三年前ぶりに見る初号機は、その装甲の所々に損傷があり、お世辞にも優美な様とはいえなかった。
 特に胸部装甲は根こそぎ破壊され、コアが剥き出しのままだ。
 しかし、満身創痍といってよい有様ながら、その姿はなお人類の生み出した最強の生命体としての威を失ってはいない。
 否、装甲が傷だらけであるからこそ、かえって凄惨なまでの威容を増してすらいた。
 シンジは、初号機の胸部前方を横切るブリッジを悠然と歩き、その顔を正面から見上げた。
 扉のところで擦れ違った女性職員が、持っていた書類の束をばさばさと落として「シ、シンジ君……?」と呟いたが、彼はそれを無視して目の前の鬼神に柔らかに語りかける。

「久しぶりだね、我が戦友」

 

――Yes my master.I'm grad to see you again.

 

 純粋な歓喜に満ちた声。シンジは優しく微笑する。

「嬉しいことをいってくれる。元気そうで安心したよ」

 

――Me too.

 

「ははは、そうかい? まあ、久しいといってもたかだか三年。僕らにとっては大して長いとはいえない年月だ……っと、いや、そうでもないか」

 シンジは自分の腰まで届く長髪――今はミサトに与えられた赤い紐で束ねてある――を、わずらわしげにかき上げた。

「鬱陶しいもんだよ、まったく。髪なんて伸びても何にもならないっていうのに。つくづく、人の身は不便極まりない」

 

――No,master,you have been more beautiful.

 

「男に対する褒め言葉ではないよ、それは」

 シンジは苦笑した。

「そういえば、我が不肖の母君が迷惑をかけたようだね。
 まったくもって同情するよ――あれの理想とやらにはさぞ辟易したろう」

 

――Well……but,for her doing,i could see you,know you.

 

「……。つくづく、君は健気というか純粋だ。まあ、そこがいいともいえるんだけど」

 

――I'm honored.

 

 それは奇妙な会話であったかも知れない。
 少年は、物言わぬ鬼神にただ一方的に語りかけ、微笑んでいるようにしか見えなかったから。
 しかし、彼は確かに生死を共にした戦友の声を聞き、鬼神は確かに彼をmy master――我が主、と呼んだのだ。
 揺るぎようもない、それが事実だった。
 呆然と立ち尽くす女性職員――伊吹マヤには知るよしもないことだったが。

「い、いったい、なにが……」

 マヤは、呆然と立ち尽くしながら、自分が何をすべきか、ようやく考え始めていた。
 目の前の、女と見間違う長髪・長身の少年が碇シンジであることには、彼女には確信があった。
 何といっても彼女は技術部所属のオペレーターであり、モニタ越しではあるにせよミサトやリツコに次いでもっともチルドレンと接する機会が多かった人間だ。
 ――付け加えるなら、三年前の裁判においても、碇シンジを史上最悪の罪人に仕立てるべく、膨大な量の資料を改竄・捏造した上、「証人」として出廷までした実行者の一人でもある。
 その代償として得たのが、技術部副部長兼任の技術一課課長の地位と一尉の階級、そして「天才・赤木リツコ博士の右腕」という評価だ。
 地位に相応しい職務を任され、多忙のままに過ぎ去った三年間――
 だが、「人類のため」という自己欺瞞では誤魔化しきれない自己嫌悪を伴ったその記憶は、そのていどの時間で薄れるものではない。
 そのシンジが今、自分のすぐ目の前にいて――しかも、場所は初号機のつながれたケイジ。
 自らの見ている光景の意味を理解するよりも、まずその組み合わせの危険さが、軽い恐慌に陥っていた彼女の脳裏に警報を鳴らした。

「だ、誰か! 誰か来て!」

 喉の奥から発した声はかすれかけていたが、どうにか意味をなしていた。
 確実に人を呼ぶには、壁に設置された回線を使うのが一番なのだが、焦りに支配された彼女の頭脳はそのことを忘却していた。
 しかし、このとき、彼女の必死の努力は報われた――多分に幸運というよりも単なる必然のなせる業であったが。

「マヤちゃん、何があったの!?」

 ようやくアスカを制止し、シンジがいなくなっていることに気づいたミサトが、十名ほどの黒服――保安部員たちを引き連れて追ってきていたのだ。
 彼女たちも見た。
 エヴァ初号機と、その前で微笑む少年の姿を。
 ――かつてネルフ最強の戦力をなし、サード・インパクトの引き金となった一組を。
 ことにミサトの動揺は大きかったかも知れない。
 もう四年近く前、第三使徒が来襲したそのとき――落下する瓦礫から少年を守るため、動力も操縦者もなしに起動した初号機を、彼女はその目で見ている。
 その記憶が、眼前の光景とまさに重なった。

「シンジ君! 何をしているの!」

 それは怒号に近かったかも知れない。
 曲がりなりにも統合作戦本部長の大任を務めてきた女の一喝は、平時では実戦部隊の猛者ですら平伏させうるものだ。
 しかしこのとき、呼びかけられたシンジにとっては、単なるノイズ、それも極め付けに耳障りなノイズでしかなかったが。
 ちょうど、初号機に何事か言葉をかけようと口を開きかけていた彼は、文字通り閉口してミサトを一瞥する。

「……つくづく無粋な。旧友との再会を邪魔しないで欲しいものですが」

 発した台詞はため息まじりだった。
 その意味どころか声に込められた疲労も、ミサトは汲もうとはしなかった。

「馬鹿なこというんじゃないわよ! 勝手に本部の中を歩き回らないで!」

 シンジが自分の意思に従うことを当然の前提とした――もっといえば、息をするのにも自分の許可を取れ、といわんばかりの口調であった。
 彼は頭痛を堪える表情で、

「――また後でね」

 とりあえず初号機にそういってから、ミサトに向き直る。

「勝手と申されましてもね。僕がここに来たことに意味があるとすれば、この戦友との再会くらいしか思いつかないんですが」
「あなたがここに来たのはお父さんと再会するためでしょ!?」
「訂正を要求します。あなたが僕を父君に再会させたがっているだけでしょう」
「な……!? お父さんと初号機と、どっちが大切なの!?」
「考慮の余地なく初号機です」
「またそんなことを……!」

 ミサトは憤激――本人にとっては「義憤」なのだろう――の余り、泡でも吹きかねない表情だった。

「いい加減にしなさい! あなたは私のいう通りにしていればいいのよ!」

 ――結局はそれか。
 シンジはつくづくミサトの思考回路の単純さに眩暈を覚えた。
 どうしたらそこまで、世界が自分の妄想を中心に回っているのだと信じられるのか。
 この世には彼女の価値観で測れないものなど腐るほどあるということが、どうしても認められないらしい。
 いや、認められないというより――想像したこともないのだろうが。
 それでこれまで生きてこられたのだから、ある意味大した人間かも知れない。
 付き合わされるのは御免被るが。

「今から碇司令の所に連れて行ってあげるわ。親子で正面からきちっと話し合いなさい!」
「ちょっとミサト! なに甘いこといってんのよ!」

 ――進歩のない人間がここにもいたか。
 ミサトの背後から声を張り上げたアスカ――彼女もシンジを追ってきたらしい――の声に、シンジは呆れを通り越して感心した。
 まったくこのネルフという組織は愉快なところだ。
 これほど愉快な人間ばかりで「人類の守護者」を名乗っている辺りに、ある種の学術的興味も覚える。

「罪人の分際でここを勝手に歩き回るような奴に、お咎めなしなんて冗談でしょ!? スパイかも知れないじゃない! とっとと牢屋に送り返しなさいよ!」

 ――スパイときたね。これまた想像力が豊かなことで。いや、単に言いがかりをつけたいだけか。
 シンジは、この元同僚にもっと自由に主張させてやりたい気すらしていた。
 そのうち彼のことを、宇宙から来た侵略者だとでも主張するかも知れない。
 もしその主張が通って、また裁判でも開かれたら――
 彼は自分の想像に笑みを噛み殺した。
 怪しげな資料を振りかざして「碇シンジは宇宙人なのです!」と大真面目に主張する検事と、やはり大真面目にその主張を裏付ける「証人」たち……いったいどんなものになるか、一見の価値は大いにある。

「――騒々しい! 静まりたまえ!」

 一連の騒ぎにようやくピリオドを打つ声が響いたのは、そのときだった。
 年老いた、それなりに威厳を伴った声だ。
 中断された元同僚の主張を残念に思いながら、シンジは声のした方を見上げた。
 ケイジ全体を見下ろすモニター室。
 強化ガラスの向こう側に、二人の男が立っている。
 声を上げたのはそのうちの一人、かなり歳のいった白髪の老人だ。
 シンジの脳裏でおぼろげな記憶がその名を告げる。
 冬月コウゾウ――ネルフ副司令。
 そしてもう一人が。

「し、司令! 何故ここに……」

 その姿を認めたミサト他、シンジを除く全員が――アスカですら例外なく――背筋を伸ばす。
 ――碇ゲンドウ。
 現代における地上最大の権力者は、まるで四年前を再現するかのように傲然と、サングラス越しに息子を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Who killed Cock Robin?

Chapter 4:I,said he

七瀬由秋

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「久しぶりだな、シンジ」

 三年ぶりに見た父は、四年前――呼びつけた息子に戦いを強要したときと、まったく同じ台詞を口にした。
 それが意図してのものかどうかは不明だが、どちらにせよ、シンジにとってはどうでもいいことではある。

「どうも。お変わりないようで何より」

 当り障りのない、そしてそれだけにこの場では異彩を放つ返答を、シンジは口にした。
 この父を前にして、どんな種類の感慨も今更起こらない。
 いや、期待は少しはあったかも知れない。
 葛城ミサトの弁護、惣流・アスカ・ラングレーの弾劾……三年前の裁判には、多くの見所があり笑い所があった。
 しかしクライマックスは、間違いなくこの父の登場だった。
 いわく、「息子が道を誤った理由の大半は私にある。どうか寛大な判決をお願いする」
 思い出すだに頬が緩むのを押さえ切れない。
 あれほどの、もはや爆笑を通り越して感動すら覚えさせる台詞には、いまだかつてお目にかかったことがない。
 願わくばもう一度、あのときのような台詞を吐いてもらいたいものだった。

「……ユイが還って来た。そこの初号機とともにな」

 シンジの内心に感応した様子もなく、ゲンドウはごくごく散文的に、用件のみを口にした。

「らしいですね。作戦部長――いや、今は加持統合作戦本部長殿か――から伺ってますよ」
「お前に会いたがっている」
「それも聞いてます。非常に迷惑なお話で」

 ――おかげで僕はあの理想郷から追い出された。
 シンジは自身未練がましいと思いつつもため息をつく。

「……迷惑だと?」

 対するゲンドウは、過剰なほど不快げに眉を寄せた。
 最愛の妻――ゲンドウにとっては世界を代償にしてすら追い求め、ようやく取り戻した妻。
 それが「会いたい」と望んでいるのに、いうにことかいて「迷惑」とはどういう意味か?
 それは、信仰する神を冒涜された司祭の気分に似ていたかも知れない。
 さらにいえば、自分を前にして、まったく恐れ入る色もなく答えて来るシンジの態度にも、ゲンドウは不快感を刺激されていた。
 自分の息子は、こんなふてぶてしい(と、ゲンドウには思えた)人間であってはならない。
 絶対神の前に引き出された子羊のように、怯え、畏れ、父の言葉を神託のように受け入れる。
 それこそが、あって然るべき光景――のはずだった。
 それが実際にはどうか。
 彼の息子は、地上最大の権勢を掌握する自分を、まるで対等の存在であるかのように相対している。
 許すべからざる非礼であった。

「自分の立場がわかっているのか」
「物を見る目も考える頭も持っているつもりですよ。あなたの目にどう映っているかは知りませんが」
「……ならば口の利き方に気をつけろ」
「具体的にはどのように?」
「……もういい、黙れ!」

 堪えようのない不快感に、ゲンドウは声を荒らげた。
 ミサト以下、その場にいる一同がまるで自分が叱咤されたかのように身を震わせる。
 肝心のシンジだけが、どこ吹く風とばかりに肩をすくめた。

「わからないというならそれでも構わん。私のいうことをよく聞け」

 息子の態度は、三年前の恨みから来る底の浅い反発でしかない――ゲンドウはそう判断した。
 自分が本気になって脅せば、すぐに虚勢の皮が剥げる。そのていどのものだ。
 それ以上のことを、ゲンドウは考えようとはしなかった。

「お前をユイに面会させてやる。――ただし、三年前に何があったか、余計なことを口にすることは許さん」

 随分と勝手な、それも図々しいことをいっているという自覚は、ゲンドウにはない。
 彼にとって、自分の意思と欲求とは、すべからく自然の摂理のようにかなえられて当然の事柄だった。

「お前はユイの心を慰め、喜ばせればいい。それ以上のことをする必要はない」

 ゲンドウの声に力がこもった。
 そう、まさに「ユイの心を慰め、喜ばせる」という点が、彼にとっては重要なのだった。

「その代わり、命令を首尾よく果たしたなら、相応の報酬はくれてやる。新たな戸籍を用意し、自由な暮らしを保障してやろう。お前にとって、悪い話ではあるまい」

 公衆の面前で明言したものの、実のところゲンドウには馬鹿正直に約束を守るつもりなど毛頭ない。
 戸籍は新たに用意はする。だがシンジには、「自由な暮らし」など金輪際与えるわけにはいかない。
 ユイはもちろん、誰に対しても三年前の真実を言い触らされてはたまったものではないのだ。
 どこぞの病院に監禁し、監視下に置く。ユイには、シンジは病弱なのでずっと入院しているのだと説明する。
 それが当然の、そして唯一の、あるべき未来だった。

「……一応、確認しておきたいんですが」

 従順にその未来を受け入れるべき息子はしかし、ただ呆れた顔で父親で確認した。

「それが僕を呼びつけた用事のすべてですか?」
「そうだ」

 ゲンドウは冷然と答えた。
 列国の元首を平伏させてきた、重々しい声音だ。
 シンジはしかし、その重みを欠片も感じていない顔で、ため息まじりに呟いた。

「馬鹿馬鹿しさも極めれば喜劇として成り立つものだけど……これは単に馬鹿馬鹿しいだけだな。母君のご機嫌取りの片棒を僕に担げ、と?」
「拒否は許さん」
「あいにく僕は、喜劇を見るのは大好きですが、自分が道化を演じるのは御免被ります」
「聞こえなかったか? 拒否は許さん、といった」
「聞こえていますが拒否したんですよ」

 ――ミサトがあんな性格で出世できた理由が今わかった、とシンジは思った。
 上官も同じタイプだったからだ。
 これほど人の意思を無視する人間はそうはいないだろうと思ったが、早計に過ぎなかったようだ。
 類は友を呼ぶというが、どうもこれは真理だったらしい。

「シンジ君、落ち着いてよく考えなさい! 自由になれるのよ!?」

 そのミサトが、真摯に思いやる表情で――少なくとも本人はそのつもりで――口を挟んだ。
 本来、上官の会話に割り込むなど非礼に当たるのだが、ゲンドウはあえて何もいわない。
 あるいは、四年前のことを思い出しているのかも知れない。
 あのときも、初号機に乗ることを拒否したシンジを説き伏せたのは、彼女だった。
 しかし今は、四年前ではなかった。
 シンジは大きくため息をつき、

「あほらしい。僕はもっと芸を凝らした茶番を期待していたんですけどね。まったく、こんなことのために連れてこられたのかと思うと、嘆かわしい限りです」
「……もう一度だけいう、黙れ!」

 ゲンドウは、この冷徹な謀略家らしくもなく、苛立ちもあらわに怒鳴りつけた。
 傍らの冬月が「碇、落ち着け! シンジ君を懐柔するのが第一だろう」と囁くが、不遜な息子に対する憤怒が打算に勝った。

「そいつを捕らえて独房に放り込め。抵抗するようなら少々痛めつけても構わん!」

 ケイジにいる十人ほどの保安部員たちに、ゲンドウは声を高くして命じた。

「し、司令!」

 思わず声を上げるミサトを、冷然たる目で一睨みする。
 ただそれだけで、ミサトは鞭に打たれたように口を噤んだ。
 固唾を飲んで見守っていたマヤも、同じく威に打たれたように萎縮する。
 ネルフの軍人、すなわち碇ゲンドウの部下としてあるべき態度がそれだった。
 唯一アスカだけが、そら見たことかとばかりに嘲笑を浮かべてシンジを見やっている。

「…………」

 無表情な顔に「隷従こそ美徳」とプリントして張り付けたような保安部員の一人が、つかつかとシンジに歩み寄り、その右腕を掴んだ。
 罪人というより獲物に対する態度であったかも知れない。
 抵抗するなら痛めつけてもいい――それはすなわち、抵抗されるようなやり口であっても許される、ということだったから。
 手加減というものをまったく放擲したその力に、シンジは顔をしかめた。

「放してもらえませんかね。牢獄に戻れというなら進んで行きますから」

 保安部員はむろん、その要請を無視した。
 それどころか、力任せにシンジの腕をねじり上げ――ようとした。
 彼がそうする寸前、シンジは「やれやれ」と呟き、

「人の話は聞きましょうね?」

 そういって、自由な左手の人差し指で、保安部員の額を軽く弾いた。
 自分の立場をまったく理解していないかのような、無邪気ですらある抵抗。
 それはある意味、この少年にとってはごく自然な抵抗の表現だったかも知れない。

 ――ただ、次の瞬間、弾けるように砕け散った保安部員の頭と、飛び散った鮮血とが、あらゆる意味で不自然だった。

 

 

 誰もがその光景を理解できなかった。
 誰もが身動き一つ出来なかった。
 唯一、当事者の少年を一人除いて。
 彼は、ゆっくりと仰向けに倒れていく保安部員の身体から、つい、と身体を離した。
 噴水のように噴き出る血の雨に濡れるのを避けたのだということを、見ていた何人かが脳裏の片隅で理解した。
 まるでスローモーションのように、頭部の上半分を失った無残な死体が、自身の作った血の海に沈む。
 べちゃり、という生々しい音が、まるで雷鳴のように轟き、一同は無意識に背筋を震わせた。
 耳が痛くなるような沈黙の中、感心したような少年の声だけが場違いなほどのどかに響く。

「ふーん。脳って意外に白っぽいんだ。『灰色の脳細胞』って、こういう意味だったんだね」

 血とともに飛散した、哀れな保安部員の脳細胞のなれの果て。
 てらてらと照明に照らされて鈍く光るそれらを観察しながら、シンジは腕組みをした。

「う……ぅっ……」

 目にした光景というより、シンジのその言葉こそが引き金になったのかも知れない。
 マヤがうずくまり、ケイジを満たすLCLに向かって胃の中身を嘔吐する。
 それが契機となって、居並ぶ「人類の守護者」たちの自我が急速に現実へと引き戻されていく。

「シ、シンジ……き、貴様、何をした!?」

 真っ先に言葉を発したのは、さすがというべきか、碇ゲンドウであった。
 声は上ずり、かすれかけていたが、どうにか意味をなす言葉をは発せたのは上出来といえよう。

「はあ?」

 シンジは困ったように苦笑した。
 まるで無知な子供からごくごく当たり前の質問をされたかのような表情。

「見ての通り、指で弾いただけです。俗語で『でこピン』ともいいますね。それ以外の何に見えました?」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけるなといわれても、あいにく僕は事実をそのまま告げただけでして。――まあ、僕にとっての事実があなたがたにとっての事実と同一とは限らない。受容できないといわれても強制する気はありませんよ」

 長い黒髪をかき上げながら、シンジは赤子をあやすように微笑した。

「シ、シンジ君、あなた一体……一体何をしたの!?」

 身に付いた反射的な動作であろう、懐から拳銃を抜き放ちながら、今度はミサトが問うてくる。
 ――やれやれ、どうしてこう人の話を聞かないんだ?
 重ね重ねの質問に、シンジは肩をすくめつつ、

「繰り返しましょう。指先で弾いただけです。他に答えようがありません」
「そ、そんなことを訊いてないわ!」
「では何を答えろと?」

 途方に暮れてシンジは反問する。
 ミサトは保安部員の骸を指差して、絶叫するように、

「そ、その男、死んだんでしょう!?」
「ええ。これで生きているとしたら、人類という種にとって一大革命となるでしょうね」
「あ、あなた……自分が何をしたかわかってるの!?」
「原因、でこピン一発。結果、頭部破裂・死亡。何か間違ってます?」

 きょとんとそう答えてから、彼は不意にくすくすと笑った。

「ああ、それとも――こう答えた方がご期待に沿えたのかな。『動く肉塊を動かぬ肉塊に変えただけのことだ』、とでも」

 人類史上最悪の虐殺者とやらには、こちらの表現の方が似合いでしたかね――と、シンジは楽しげに笑った。
 新鮮な事実を、彼はこのとき満喫していた。
 悪役に仕立てられるのではなく、自ら悪役を気取るということが、こんなに楽しい気分だったとは!
 絶句したミサトに代わり、再びゲンドウが声を張り上げた。

「そいつを捕らえろ! 全員で飛び掛れ!」

 先刻と同じような命令。
 ただし、込められた感情がまるで違う。
 先刻のそれは絶対者の自信と傲慢、今のそれは恐怖と狼狽。

「何か武器でも持っているのだろう――油断をするな!」

 それでも、現実的な命令を与えられた保安部員たちは、目が覚めたように表情を改めて動き出した。
 機械の歯車のようではあっても、鍛えられたプロの兵士としての理性と本能が、彼らの脳裏で活動を再開している。
 指で弾いたくらいで人の頭が砕けるはずはない。
 何らかの武器、おそらくは火器に類するものを、標的が隠し持っていた――彼らはそう判断した。
 チーフが手で合図すると、保安部員たちはミサトやアスカらの他の職員の前に進み出て、腰に装備されていた警棒を引き抜いた。
 警視庁でも採用されているセラミック製の特殊警棒だ。
 各々が剣道や軍隊格闘技の猛者であるネルフ保安部員たちがそれを用いれば、人の骨など陶器のように砕け散る。
 油断なく警棒を構えながら、保安部員たちはじりじりとシンジに近づき、前後を包囲する。
 敵意と等量の警戒に囲まれながら、シンジは何か珍しい動物を観察するかのように、無言で彼らを眺めるだけだ。

「かかれ!」

 切り裂くようなチーフの号令を受けて、二人がシンジの両肩に警棒を振り下ろし、三人が組み付きにかかった。
 誰もが、両肩を達磨のように砕かれて組み敷かれる少年の姿を夢想した。
 だが、その次の瞬間に起こった光景は、それらの夢想をあっさりと粉砕した。

「……つまらない。何ともつまらない。もしかして、これで終り?」

 両肩に特殊警棒を食い込ませ、両腕と腰にそれぞれ大柄な保安部員を抱きつかせながら、彼は悠然と立っていた。
 組み付いた保安部員たちは顔を赤くし、全力でもって少年を引き倒しにかかるが――まるで樹齢数百年を数える大木のように、少年の身体は微動だにしない。

「ひ、怯むな!」

 チーフの再度の号令を受けて、残った三名の保安部員も同僚に加勢した。
 回り込んだ一人がシンジの首に手を回し、二人はシンジの足下にタックルを敢行する。
 余裕の欠片もない、必死の表情――それは皮肉にも、それまで鉄壁の職業的無表情を保っていた彼らの見せた、初めての人間らしい表情だった。

「こ、この……!」

 計六人の保安部員に組み付かれたシンジに、二人の保安部員が狂ったように警棒を振り下ろす。
 サンドバッグを殴るような、鈍い殴打の音がケイジに響き渡る。
 だが、忠実な保安部員たちに与えられたのは、まるで古タイヤでも殴ったような手応えと、つまらなそうなシンジの表情だけだった。

「もう一度訊きますね。――それで終り?」

 傷痕一つない綺麗な顔で、シンジは尋ねた。
 警棒を手にした二人の保安部員は、もはや肩で息をしている。
 それでも職務に忠実に警棒を振り上げるその二人に、シンジはため息をついた。

「……あまりに芸がない」

 シンジの腕に組み付いていた二人の保安部員――ヘヴィ級ボクサーに遜色ない体格の男たちの足が、一瞬、宙に浮いた。
 彼らをぶら下げたまま、シンジが腕を伸ばしたのだ。
 その手が、警棒を構えたまま硬直した二人の保安部員の頭を掴む。
 ぐしゃりという鈍い音がした。
 熟れたトマトのように頭を握り潰された保安部員二名の姿を、その場にいた全員が声もなく見つめた。
 頭部をまるごと失った二つの死体が、先刻の頭部の上半分を失った死体の上に崩れ落ちる。
 硬直した時間の中で、シンジは自分に組み付いた六名の保安部員たちを見下ろし、

「あなたがたも、これは忠告ですけどね――僕には不用意に触れない方がいいですよ。今更という気もしますが」

 その言葉の意味を、正確に理解できた者はいなかった。
 誰もが折り重なった三つの死体に目を奪われていた。
 だが、正確に五秒後、全員がその意味を悟らされた。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!?」

 耳を打つ六つの悲鳴――
 何度目のことか、「人類の守護者」たちは己が目を疑った。
 ついさっきまでシンジに組み付いていた六人の保安部員たちが、悲鳴を上げて床に転がっていた。
 それだけならまだいい。いや、よくはないが理解の範疇だったろう。
 常軌を逸していたのは、喉を振り絞って絶叫する保安部員たちの姿だ。
 彼らの身体は奇妙な具合に欠けていた。
 文字通りの意味で欠けていた。
 ある者は両腕の肘から先を失い、またある者は胸の前半分が削り取られたように失せていた。
 喉から顎を失って声もなく転がりまわる者もいる。
 腹部を半ばまで削られてじたばたもがく者もいる。
 さらに奇妙だったのは、失った肉体のパーツがどこにも見当たらないどころか、血すら流れていなかったことだ。
 よくよく観察する余裕のある者がいれば、彼らの傷口――といっていいものかどうかは不明だが――を、淡く発光する光の粒子のようなものが覆っていることに気づいたかも知れない。
 そしてその光の粒子が、ゆっくりと、しかし確実に広がり、保安部員たちの身体を蝕んでいくことにも。

「た、助けて……たれか、たふゅけて……」

 腹部を完全に光の粒子に蝕まれ、上半身と下半身が切り離された保安部員が、這いずり回って哀願した。
 暴力のプロ、忠実無比の軍人の姿はそこにはない。
 目を覆うような惨状なのに、一切の流血がないのが、むしろ凄惨だった。

「残念ですが、そりゃ無理ですよ。そこまで侵食が進むと、手の施しようがない」

 まるで他人事のように、シンジがいった。
 乱れた長髪を、紐でくくり直しながら。

「う……撃て! 何をしている、殺しても構わん! 撃ち殺せ!」

 再度にわたる立ち直りの早さはさすがといえよう――
 混じり気のない完全な恐怖に声を上ずらせながら、ゲンドウが絶叫する。
 それを受けて、ほとんど反射的ないしは発作的な動作であろうが、ミサト以下残る十数名のネルフ職員たちが銃を構え、一斉に発砲した。
 再三にわたる常軌を逸した体験に、彼らはこのとき、自分たちが何をしているのか、その自覚すら失いかけている。
 ただ、命令されれば実行するという軍人としての本能と――何より、未知の体験に対する得体の知れない恐怖の反動だけが、彼らを突き動かしていた。
 鼓膜が破れるような銃声が絶え間なく轟く。
 血臭を圧倒する火薬の臭いが鼻腔を刺激した。
 それは、実際には十秒あるかないかといった、そのていどのものだったろう。
 携帯できるていどの小型火器の弾が尽きるまでの時間など、たかが知れている。
 しかし、憑かれたように引き金を引き続ける者たちにとっては、永遠に等しい時間だった。
 やがて弾が尽き、かちかちと数度虚しく引き金を引いてから、彼らは我に返った。
 自分が何をしていたか、今更に気づいた、というように。
 ケイジには硝煙が靄のようにたなびいていた。
 刺激臭を伴った白い煙が目を刺激する。
 十数丁の拳銃がそれぞれ十五発ずつ、二百発近い弾を――人体をミンチに変えるに十分な弾丸を、たった一人に叩き込んだ結果だった。

「………シ、シンジ君……?」

 ミサトが呆然と行った態で呟く。弾が切れ、ただの鉄塊となった拳銃が、ごとりと音を立てて床に落ちた。

「わ、私、今なにを……」

 今更のように、ミサトは自分の両手を見つめた。
 周囲のネルフ職員たちも、同様の表情を互いに見交わしている。
 チーフであったがために唯一生き残った保安部所属の一人を除いて、彼らのほとんどは技術将校だ。
 戦闘訓練は受けても、実際に人を撃ったのは初めての経験である。
 既に呻き声すら途切れ途切れになっている保安部員たちのことも忘れ、各々が各々の顔に自失の色を確認していた。
 と、そのとき――ケイジを轟音が襲った。

「こ、今度は何だ!?」

 そう叫んだのは、ゲンドウの傍らで一部始終を見下ろしていた冬月である。
 それに応えたのは、アスカの悲鳴のような絶叫だった。

「しょ、初号機が……!」

 ゲンドウと冬月は強化ガラスの窓に駆け寄り、ケイジを見下ろした。
 そして、アスカの絶叫の意味を、知りたくもないのに知らされた。
 第参新東京市で発見されて以来、起動する予兆すらなかった初号機が、動いていた。
 正確には、動こうとしていた。
 全身につながれた拘束具を引きちぎろうと、もがいていた。

「い、伊吹一尉!?」
「だ、大丈夫です。この零番ケイジの拘束具は、他のケイジの二十五倍の圧力に耐えうるよう設計されてます。い、いくら初号機でも動けるはずありません」

 動揺も露な冬月から問いかけられたマヤは、むしろいくらか冷静さを取り戻した口調で答えた。
 初号機がネルフの制御によらず起動した場合の対処法は、すでに何百回もシミュレート済みだ。
 技術部の幹部であるマヤにとっては、いわば自分の土俵といってよい。
 少なくとも、先刻の悪夢のような光景に比べれば、理性で対処するのははるかに容易だった。
 だが、その落ち着きも、長くは続かなかった。
 初号機の顎部を覆う拘束具が、音を立てて砕けた。
 鬼神の顎がその牙を剥き出しにする。

「Uhhhh……Wooohhhhhhhhhhhhhhhhhn!!!!!」

 鬼神の咆哮――
 それは、その場にいたすべての者の度肝を抜いた。
 間近でその咆哮に打ちのめされた者たちは、ミサトやアスカも含めて、全員が腰を抜かして尻餅をついた。
 モニター室にいたゲンドウと冬月すら、無意識に数歩後退した。

「Wooooohhhhhh…………Aaaaahhhaaawoooo!!!!!!!!」

 初号機は咆哮を上げながら、さらにもがいた。
 鉄骨に亀裂が走り、ワイヤーの千切れる甲高い音が響く。

「そ、そんなはずは……」

 マヤが今度こそ呆然とした声で呟く。
 MAGIのシミュレーションと強度計算をあっさりと無視して、初号機が拘束具を破壊しかけている――
 皆がなす術もなく、その光景を見守っていた。
 人知で量ることの出来ない使徒を相手に勝利してきた「人類の守護者」たちが、その使徒を実際に屠ってきた初号機の前に、己が無力を思い知らされていた。

 

「――こらこら、落ち着きなよ。君が撃たれたわけでもないだろうに」

 

 恐ろしく呑気な声が響いたのは、そのときだった。

「!?」

 もがき続ける初号機のことも、そして六人の保安部員のことも、一瞬にして脳裏から消え失せた。
 一斉に視線を転じる一同の前に、彼は悠然と立ち上がっていた。
 微かに残る硝煙の中、胸元の埃を払い落とすような仕草をしながら。

「にしても、荒っぽい方々だ。服がボロボロになってしまった。まあ、貰い物だから文句はいえませんが」

 言葉の通り、穴だらけになった服を見下ろして。――しかし、そこから覗く真白の肌には、傷一つついていない。

「ば、化け物……」

 アスカが呻くように呟く。
 シンジは軽く苦笑し、

「ひどい言われ様だ。一応、この身は生物学的に間違いなく人のそれなんだけど」

 肩をすくめていってから、シンジは初号機を見上げる。
 紫の鬼神は、なおも激しくあがきもがきながら、彼にしか聞こえぬ声で絶叫していた。

 

――Master……my master! Give me orders,please! Let me ruin your enemy,master!
Orders! Orders! Orders! Orders!
Orders! Orders! Orders! Orders! Orders!
Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders!
Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders!
Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! 
Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders! Orders!

 

「……落ち着けといって、聞ける状態でもないか」

 脳裏に響く初号機の絶叫――主に牙を剥いた愚か者への報復を、狂おしいほどに求めるその声に、シンジは苦笑と微笑がない交ぜになった表情を浮かべた。
 視線を転じて、彼はモニタ室に立ち尽くす父とその側近を見上げ、次いで尻餅をついたままのネルフ職員たちを見やる。
いずれの顔にも確認できたのは、純粋な――恐怖。
 ――いい表情だった。
 歓喜であれ、憎悪であれ、そして恐怖であれ、不純物のない単色の感情を表すとき、人は最高の表情をする。
 美醜いずれにせよ、純粋な、そして圧倒的な感情の奔流が、表情という形をとって現れる。
 そう、まるで眩しい宝石のように。
 シンジは、ふっ、と微笑を浮かべて、一歩踏み出す。
 ――と、その足が、血の流れぬ肉片を踏み砕いた。
 先刻、彼を組み敷こうとした六人の保安部員たちのなれの果てだ。
 かろうじて拳大ほどの形を保っていたその肉片は、踏み潰された瞬間に音もなく光の粒子と化して、宙に溶けた。

「ひぃぃ!!!!」

 誰かが絶叫をあげた。
 それに弾かれたように、何人かがずりずりと尻餅をついたまま後退りする。
 そして別の何人かは、がちがちと震えながら、弾の尽きた拳銃を構え、かちかちと虚しく引き金を引き続ける。

「まあまあ、落ち着いて。話せばわかる――」

 穏やかになだめるように口にしたその言葉に応えたのは、わけのわからぬ絶叫と、狂ったように引き金を引き続ける金属音だけだった。

「――とはいかないか。こちらも」

 シンジはあきらめるようにため息をついた。

「仕方ないなぁ……」

 嘆かわしげに、掌で顔を覆う。

 

――Please give me orders my master! I don't forgive the fools!

 

 紫の鬼神はなおも激しく求めていた。
 その叫びが、その渇望が、彼の耳にははっきりと聞こえる。

「――認めざるを得ないか。我が平穏は疾く過ぎて……二度と還ることはない、か……」

 彼は肩を震わせた。

「仕方ないなぁ……まったくもって仕方ない……」

 何度も何度も、呻くように、呟くように。

「…………くすっ」

 そして、

「あはははは……」

 押さえ切れぬ笑い声が、

「くくくっ…………はははは……」

 喉の奥から湧き上がった。

「あーーーーっっっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 彼は笑った。
 笑い声を上げた。
 狂ったような笑い声を響かせた。

 

「誰が駒鳥殺したか!
それは私と僕がいった!
かわいそうな駒鳥――哀れな駒鳥――自分が雀だと信じていた駒鳥たち!
心静かに、耳をすませ、目を凝らせ!
とうの昔にその弔歌は響いていた!」

 

 加速する狂喜のままに彼は叫ぶ。

 

――Master! Give me Orders!

 

「許す!
祭の始まりだ――好きなようにやるがいい!」

 

――Yes my lord!

 

 待ち望んでいた主の許しを得て、鬼神の身体が歓喜にうち震えた。
 その全身の筋肉が、一回り膨張する。
 ケイジの外壁ごと、拘束具が弾け飛んだ。

「!? ……!! …………!」
「…………! ………!!! ……………!?」
「……!!!!!!」

 言葉にならない悲鳴をあげて、「人類の守護者」たちがケイジの扉へ殺到する。
 いつしかモニター室の二人の姿も消えている。
 誰も彼もが押し合いへし合いながら我先に逃げ惑う。
 その背に向けて、彼は高らかに叫んだ。

 

「さあ!
今宵、うたかたの静寂は破られて、始まりの鐘は鳴らされた!
山を成す屍の上で、河を成す血の中で、
阿鼻叫喚のコーラスを謡い、断末魔のパレードに拍手しよう!
喜劇だ! 茶番だ! 饗宴だ!

All the birds of the air
空ゆくすべての鳥たちは
Fell A-sighing and A-sobbing!
ため息ついてすすり泣く!」

 

――When they heard the bell toll
――鐘の音 高く響き渡る
For poor Cock Robin!
哀れな駒鳥 弔うために!

 

「さあ! ――戦争だ!
Hurrah! Goddes bless us!」

 

 

 

 

 彼は天をも破るような哄笑を響かせた。
 彼は溢れるような歓喜を迸らせた。
 彼は希望も絶望も何もかも突き抜けた狂気を轟かせた。

 

 

 ――成す術もなく逃げ惑う「人類の守護者」たちは、このとき、自らの平和と栄光の刻が終焉を告げ、破滅の扉が開かれる音を、はっきりと聞いたのである。

 

 

 

 

 

 

……一羽の鷲が中天を飛び、声の限りに叫んだ。
 「災いだ! 災いだ! 地に住む人は災いだ!
 残り三人の御使いが、黙示の喇叭を吹き鳴らす!」

新約聖書 ヨハネの黙示録

 

 


……to be continued

 

 

 

凪は嵐に。
静寂は狂騒に。
栄光の賛歌は破滅の歌声に。
いざ歌い叫び、踊り狂え。
安らぎの場所は、もうどこにもない。
――Next Chapter : war time


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