第7回「シンジ受難」
間部瀬博士
1.
ある日の夜、伊吹マヤはリビングで寛ぎながらテレビを観ていた。隣室のアスカは夜遊びに出て今は留守だ。アスカに対する陰謀以外にこれといってすることのないマヤは、彼女のいない今、暇を持て余している。
マヤのアスカに対する嫌がらせは、アスカの部屋のチャイムを鳴らして、出そうになるとさっと逃げる、という子供のいたずら程度のものから、ベランダに干してあったアスカの下着をかっぱらうという真の犯罪行為に至るまで多岐に亘っている。(その下着のサイズが自分より大きいのに、マヤはさらに憎しみを新たにした。)極めつけは前にアスカの部屋に乱入したときのキャラ、モエコの姿でわざとアスカの前に姿を現し、アッカンベーをして見せる、というもの。怒り狂って追いかけて来るアスカを隠れてやり過ごすのがたまらなく面白い。他にも態々大学まで出向いては、アスカは実はだれそれとデキている、あるいはシンジが何々さんとホテルに入る所を見た、などとありもしない噂を流したりしている。それやこれやで充実した毎日を送っているマヤであった。
テレビには珍発明をネタにしたバラエティ番組が映っている。お笑いタレントの森田が司会をしていた。
『次に登場するのは北海道からいらした間部瀬ヒロシさんです。どーぞー』
登場したのは、度のきつそうな眼鏡を掛けたいかにも冴えない中年男であった。アシスタントがキャスター付きのテーブルで発明品を運んで来る。
『はい、間部瀬さん、今晩は。早速ですが、今回お持ち頂いた発明品はなんでしょうか?』
『はははいっ。き、今日発表するのは、これですっ』
あがりまくった間部瀬がテーブルからつまみ上げたのは、小さな金属製の輪っかにプラスチック製の紐がつながったしろものである。
『へー。これはいったい何ですか?』
『はいっ。これは『夢精防止器』ですっ』
『夢精防止器!?夢精ってあの思春期に付き物のアレですか?』
スタジオが笑いに包まれる。
『はい。これを夜寝る前に装着しておけば、絶対に夢精することはありません。これさえあれば夜も安心です。朝、お母さんに隠れてパンツを履き替えるなどということもなくなります』
『そうですかぁ。いやいや、これは大変な発明ですねぇー。はは。で、どうやって使うんですかねぇ』
『はいっ。まずそのう、この金属の輪がありますね。これにあのその、竿の部分を通す訳です。た、ただそれだけでは安定しませんので、これに付属したこの紐をですね、玉のほうに回すんですよ』
ここで画面はCGに切り替わる。男性器のリアルでない立体模型が現れた。女声のナレーションがかぶさる。
『今回の世紀の発明品、『夢精防止器』。思春期の皆さんにとっては悩みの種の夢精も、これさえあればもう安心。まずこの輪に竿の部分を通し…、こっちの紐を玉の奥に回してここで止めます。これでばっちりフィット。……おやおや、何かミョーな夢を見ておりますぞぉ。血液が集まってだんだん竿が太くなってきました。ところが!輪っかが邪魔して…、イタタタタ!ぱちっとお目覚め。ああ助かった!夢精防止器君ありがとう!着けてて良かった』
スタジオのあちこちから冷笑が聞こえてくる。
『うーん、どんなもんですかねぇ、これ。野々村、お前に丁度いいんじゃない?』森田は雛壇に座った若手タレントの野々村にふった。
『いや、僕には必要ないですね。夢精なんてしたことないから』
『そうだよな。溜めてないよな。一日たりとも』
スタジオがどっと湧く。
マッシュルームカットの厚化粧をしたおばあさんが言った。『どうも、あたくしにはさっきから何をお話になってるのか理解できないんですけれども』
『まあ、テツコさんには関係ないですもんねぇ』
『でもこういうものって、かなり前に発明されてるんじゃないですかねぇ』
元プロ野球選手が土間声を張り上げた。間部瀬が答える。
『ええ、そうなんですが、これは最新のテクノロジーを使って装着感を大幅に改善しているわけです』
元AV女優が手を上げて叫んだ。
『あたし、これの使い方考えた』
『ほう、何それ?』
『SMクラブの女王様がマゾ男に嵌めるの』
スタジオ内、爆笑。それから番組は採点に移っていく。
『それでは、この発明をゲストの皆さんに評価してもらいましょう。どうぞ!』
雛壇に座ったタレント達の背後にある電光掲示板が点灯する。すべてバツであった。
「アホだわ、こいつ」
マヤは冷笑を浮かべ、みかんの皮をむいた。と、その時、霊感がマヤを貫いた。
これ、使いようによっては面白いかもしんない……。
マヤは早速紙と鉛筆を取り出し、簡単なスケッチを書き始めた。
2.
数日後。シンジは両脇にレイとアスカを従えて、大学から家への帰り道を歩いている。近所の人々には見慣れた光景であった。シンジはなにやら楽しそうに微笑みを浮かべ、鼻歌でも出そうな雰囲気である。それを見てアスカがたずねた。
「シンジ、今日は楽しそうね。何かいいことあった?」
「へへへー。実はそうなんだ。この間、商店街の福引でさ、2等賞が当ったんだ」
「2等!ね、ね、何それ?ハワイ旅行にペアでご招待?」
「残念。それは1等。2等は新熱海の温泉ホテルにお一人様ご招待」
「そうなの。良かったわね、碇君」レイ(レイコ)がにっこり微笑んで静かに言った。
「お一人様ぁ?ケチねー。なんでペアじゃないのよー」と、アスカには不満のようだ。
「仕方ないだろ。あの商店街ちっちゃいから、そんなに予算ないんだよ」
「で、シンジはのんびり温泉に浸かってくるのね。いいなぁ。アタシも行きたいなぁ」
「うん、来週の水曜、早速行って来るよ。お土産買ってくるからね」
「はいはい。期待して待ってますよ」
「楽しみにしてるわ。碇君」
シンジは突然真顔になった。
「一日温泉でのんびりしながら考えようと思うんだ。君たちのこと……」
レイコもアスカもシンジの重大発言に、真剣な面持ちになった。シンジの優柔不断によって、長々と続いてきたこの関係も、遂に終止符が打たれる日が来るのか。誰も口を開かなくなった。三人はそれぞれの思いに浸り、押し黙ったまま家路を歩いた。やがて別れ道に差し掛かり、各自一人になった。
アスカは思った。シンジが一人温泉に。もしかしたら、そこで何らかの結論を出すかも。アタシはじっとそれを待ってる?バカね。アタシはそんなことできる性格じゃないわよ。レイに内緒でシンジにアプローチして、アタシを選ばせてやるわよ!
レイコは思った。碇君が一人で温泉に…。ひょっとしたら、そこで結論を出すかもしれないのね。…私たちは黙ってそれを待つの?…いいえ、それは駄目。アスカには内緒で碇君の所に行くのよ。それで、私たちを選ぶように持っていかなきゃ。
「ねぇ、ミサト。どう思う?アタシの考え?」
アスカはミサトのマンションに来ていた。ミサトは寛いだ格好で例のごとく缶ビールを飲んでいる。
「そうねぇ。どっちに転ぶか分からないってんじゃ面白くないわ。思い切って行きなさい!行って力の限り迫るのよ!大丈夫。シンジ君、追い返す甲斐性なんてないから。『シンジのこと考えたら、いても立ってもいられなかったのよっ』とか言えば、シンジ君も『そうかぁ。アスカはそれだけ僕のことを想っているんだなぁ。やっぱりアスカにしよう!』と考えるに違いないわよ」
ミサトが下手な一人芝居を交えて賛成すると、アスカも満足そうにうなずく。
「それじゃ、早速シンジの泊まるホテルに予約を入れるわ。へへっ。今度こそレイに引導を渡してやるわよ!」
「その意気よ。でも問題が一つ残っているわ」
「何よそれ?」
「レイの動向」
「アイツもおんなじこと考えるってこと?」
「そうよ。あの子がただ待っているとは思えないのよね」
「そうよねー。アイツ、大人しそうに見えて、結構行動力あるから」
アスカは唇を噛んで考え込んだ。また三人揃ったら結局同じことじゃない。どうにかしてレイを来させないようにしなきゃ。それには……。
「ここはミサトの手を借りるしかないわね」
「ふふん。そう言うと思ったわ。まかせなさい。あたしが、朝からレイに張り付いて動けないように策を考えるわ。きっとあなたたちに邪魔が入らないようにして見せるわよ」
ミサトは不敵な笑みを見せた。アスカは喜んでミサトの手を取った。
「ここはミサトに頼るしかないわ!お願い、アタシの望みをかなえて!」
同じ頃、レイのマンションでは三人のレイが、水曜日にいかにシンジに迫るかの計画を練っていた。
「――というわけでさ、今度の水曜日には決着を着けてやるわ!ヒカリも応援しててね!」
『頑張ってね、アスカ。あなたならきっと大丈夫だから』
「でさ、フランス語、代返お願いねっ」
と、その夜アスカは自宅から親友のヒカリに電話を掛けたのである。それらの会話の一部始終は盗聴していた隣家のマヤに聞かれることとなった。アスカにとっては不運なことに、一番の敵に情報が洩れたのである。
あんのヤロー。また小狡いこと考えやがってぇ。冗談じゃないわ。あたしも追っかけて行って絶対阻止してやるわよ!こっちは秘密兵器も用意してあるんだから!
その水曜日が来た。
レイのマンション。午前9時を過ぎたところ。この日の綾波レイ、レイカが清楚な白いワンピースを着て旅行かばんを肩から提げた。
「それじゃ、行って来るね。レイコ、レイナ」
「頑張って。吉報を待ってる」
「期待してるわ、レイカ」
二人は相次いでレイカの手を取って激励の意を表す。レイカは小さく微笑んでドアを開け外へ出た。
今日も好天の東海地方。絶好の旅行日和だ。レイカがマンションの玄関を抜けて清々しい青空を見上げたその時。
「あーらー、レイちゃん。どこかへお出かけ?」
突然聞きなれた声が掛かった。はっとして足を止めたレイカにミサトがにやりと笑って近づいて来た。
「ミサトさん……」
「おはよ。そーんな大きなかばん提げてどこへ行くの?」
「それは、その……」
さすがのレイカも不意を突かれて咄嗟に言葉が出てこない。ミサトはレイカの間近に迫った。
「残念ながらシンジ君の旅行、中止になったそうよ」
「えっ、それ本当ですか?」
レイカは驚いて目を瞠った。その表情の変化をミサトは見逃さない。にんまり笑ってレイカに言った。
「ふっふーん。やっぱりシンジ君のいるホテルに行くのね。今の答え、表情がすべてを物語っているわ。ウソよ。シンジ君は予定通り出発するわ。これはいわゆる『抜け駆け』ってやつよねぇ」
「くっ……」
レイカは唇を噛んで横を向く。ミサトはそんなレイカを満足げに見下ろし、携帯電話を取り出した。
「レイ。悪いけど、アスカサイドの私としては、あの娘に報告しなきゃならないわ。ま、アスカの文句も聞いてやって」
「それはちょっと待って!」
レイカは慌てて止めようとするが、ミサトはまるっきり無視してアスカの番号に繋ぐ。
「あ、もしもしアスカァ?あたしミサト。思った通りだったわ。抜け駆け。今レイは旅行かばん提げて目の前にいるわよん。一言言ってやったら」
ミサトは冷たい目をしながら携帯電話をレイカに差し出した。レイカは躊躇したが、やがてやむなくそれを取った。
「もしもし」
『くおらああああ!!この泥棒猫!このアタシが大人しくしてるってぇのに、なんてマネすんのよ!狡いったらないわ!今すぐそっち行ってブン殴ってやりたいわ!』
アスカはもの凄い剣幕である。レイカもこれでは小さくならざるを得ない。
「ごめんなさい……」
『むぁったく!今すぐひっかえして、人形女らしく家に閉じこもんなさい!でないとほんとに鉄拳制裁だかんね!』
(待つのよ、レイカ!)
テレパシーで一部始終を聞いていたレイナが念波を送ってきた。ずっと前からレイたちはテレパシーで交信していたのだ。
(少し不自然だわ。普通なら、この場にいるのはアスカであるべきよ。ミサトがいるってことは、アスカに抜け駆けする気があるように思えるの。確かめてみて)
「分かったわ、アスカ。でも、あなたは今どこ?あなたに抜け駆けするつもりはないって証拠、あるのかしら?」
『はんっ。おあいにくさまねぇ。アタシはねぇ、今ネルフの中にいるの。今日はお仕事ってわけ。…疑ってるわね?じゃ、いいわ。日向さんに証明してもらうから。日向さーん。ねぇ、ちょっと…』
電話から音が途切れ、間もなく男の声が聞こえてきた。それは聞き慣れた日向の声に違いなかった。
『ああ、レイかい?アスカは今、ネルフの中だよ。今日はちょっとした実験を手伝ってもらってるんだ。夕方までかかる。だから心配することないって』
電話の声がアスカに変わった。
『どう、分かったでしょ?アタシはこれから5時までずーっと仕事なの。だからアンタも潔く引っ込みなさい!恋のバトルは正々堂々とやろうじゃないの!』
アスカは一日仕事か。だとしたらここは大人しく引き下がるしかないかしら。
「いいわ、アスカ。今日は行くの止めることにする」
『あったりまえよ。もう汚いマネするんじゃないわよ』
電話は切れ、レイカは携帯電話をミサトに返した。
「残念だったわね、レイちゃん。ま、我慢、我慢。ここはシンジ君にゆっくり考えさせてあげて」
ミサトは優しげにレイカを見つめて肩を叩いた。
「分かりました」
レイカはそう言うと、すごすごと向きを変えてマンションの玄関に入っていった。
「イヤッホウ!」一方のアスカは小躍りせんばかりに喜んだ。片手に携帯電話を、もう一方の手にはボイスレコーダーを握りしめている。それは先程の会話で日向の声を発したものだ。つまりあらかじめ録音しておいた日向の声を使ってアリバイ工作をしたわけである。(その録音は、当然ミサトが日向に圧力をかけて実現したものだ。日向は未だにミサトの頼みは断れないでいる)アスカはこの時自宅マンションにいた。
アスカは立ち上がって旅行かばんを掴んだ。とことんプラス思考のアスカはもう勝ったような気分で、うきうきと玄関に向かった。
待ってて、シンジ。今夜は二人だけでロマンチックな夜を過ごしましょうねん。アタシ、なんだってしてあげるから。キャー、恥ずかしいっ。
レイカはうなだれて自宅へ戻った。「ただいま」レイコとレイナが早速近づいて来る。
「ミサトにしてやられたわね」
「向こうも読みが鋭いわ」
「どうする?もうホテルは予約しちゃったのよ。キャンセル料を払う?」
皆一様に考え込んでしまう。と、レイナが声を上げた。
「さっきの会話、不自然じゃないかしら」
「どの辺が?」
「今日、実験があるなんてまるで聞いてなかったわ。それに日向さんの声、一方的に喋って終わったわ。すぐアスカに変わって…。何かあるわよ」
「確かにそうだわ」
「確かめた方がいい」
「こういう時頼りになるのは…」
「「「赤木博士よ!」」」
レイコが早速博士に電話を掛けた。
リツコは豪華な自宅で、椅子に腰掛けながら、猫を膝の上に抱いてコーヒーを飲んでいるところだった。
「……実験?今日?いいえ、ないわ。私が言うんだから間違いないわよ。どういうこと?……これはミサトの策に違いないわ。アスカはシンジ君のところへ行くと見て間違いないわね」
電話は慌しく切れた。リツコはふう、とため息をついて遠い目をした。
「だましたり、だまされたり…。こんなこと早く終わりにさせなくちゃね」
「ぐずぐずしてられないわ。早速ホテルへ向かうわ」
レイカは厳しい顔つきで立ち上がった。レイコがそれを制した。
「ちょっと待って。ミサトはすぐ帰るかしら?あの人のことだから、まだ見張ってるんじゃない?」
「それはありうる」
「どうする?」
レイコが提案した。「まず斥候ね。変装して表を捜してみましょう。見つけたらテレパシーで教えるわ」
ミサトは三人のレイが考えた通り、マンションの玄関を、程近い駐車場からサングラスをかけて双眼鏡で見張っていたのだ。
一時間ほどミサトはそうしていた。その間、マンションからレイの姿は現れない。若い娘が三人、そこを出たが、それ以外にこれといった出入りはなかった。
大分時間が経ったわね。そろそろいいかな。レイはもう行かないと見てよさそうね。引き上げるとするか。
ミサトは満足して自分の車に乗り込んだ。あとはアスカ、あなたの頑張り次第よ。
三人のレイは近くの公園のトイレに集合していた。長い黒髪に変装していたレイコが最後の荷物を旅行かばんに詰め込んだ。二つの旅行かばんがレイコの足元にある。つまり、こういうことだ。三人はそれぞれ変装し、荷物を小分けにして運び出て、この場所で落ち合ったのである。ミサトの監視はまんまとすかされた。
「これでオーケーね。さ、レイカ、レイナ、行って来て」
「ありがとう。レイコ。私達、きっとうまくやってみせる」
「大丈夫。アスカには負けないわ」
レイカとレイナは代わる代わるレイコと握手した。レイナも行くことにしたのは、勿論対アスカ工作のためである。レイコが残るのは、三人一緒の行動は目立つのと、一人部屋に三人泊まるのはさすがに窮屈という事情からだ。
二人のレイは決意を胸にトイレを出て、駅へ向かった。こうして温泉ホテルでの対決の幕は上がった。
3.
シンジはバスの車窓から海を眺めながら物思いに耽っている。JRの駅から出ているホテル差回しのシャトルバスにシンジは乗っているのだ。海の濃い青と海岸の変化に富んだ風景に魅せられながら、思いはいつしか自分をめぐる二人の女のことに飛んでいく。アスカ、綾波。綾波、アスカ。僕はどうしたらいい。アスカ。いい体してたよなぁ。胸なんか、こうダイナマイツ!って感じでさ。色白いし。たまんないね。抱いてみたいなぁ。でも絶対尻に敷かれるね。そこんとこだよなぁ。綾波。あの柳腰。見飽きないんだなぁ。たまに笑うと可愛いんだよな、これが。優しいけど、ちょっと無頓着なとこがあるな。結局どっちもいいな。あーあ、悩んじゃうよなぁ。僕はどうしたらいいんだ。
勝手に悩んでおれ。するうち、バスは今日の宿である、新熱海ヘラトンホテルに到着した。部屋数200はある大ホテルで、大浴場は広く、露天風呂も大きく作ったこの辺りでは評判のホテルである。
バスを降りたシンジが、チェックインを済ませ鍵を受取り、いざ部屋へ向かおうとした時、シンジ、と呼びかける声がある。はっと立ち止まり、振り返ったその視線の先にいたのは――、
「シンジ、アタシ、来ちゃった」
紅毛碧眼の娘、アスカである。
「アスカァ!」シンジは驚いて叫び声を上げた。
「えへ、ごめん。びっくりしたでしょ。レイに悪いとは思ったんだけど、どうしても体を押さえられなくって…」
アスカはさすがに俯き加減にしながら、顔を赤くしている。対するシンジは不満そうに厳しい視線をアスカに向けていた。
「ごめんなさい。本当にいけないことだとは思うの。でも、それだけ強い想いがあるの。そこのところ分かって…。ねぇ、お願い、シンジ。そばにいさせて」
シンジはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて言った。
「しょうがないなぁ、もう。来ちゃったものは仕方ないよね。分かったから綾波には内緒でデートしよ。それから、通常のデート以上のことはなし。いいね?」
「わぁい!やったぁ!」
拳を振り上げて喜ぶアスカ。その可愛らしさにシンジの顔も思わず綻ぶ。
「じゃ、部屋に荷物を置いてこようよ。君の部屋はどこ?」
二人はそれぞれの部屋に向かうためにエレベーターホールへ移動した。
それをロビーから新聞紙越しに、密かに見守る女がいる。マヤである。長髪の鬘と眼鏡に濃い目の化粧で変装し、ちょっと見にはマヤに見えない。マヤは悔しげに歯噛みして一人ごちた。
「アスカ、おいでなすったわね。ゼッタイあんたの思い通りになんかさせないからね!」
二人はしばらくしてから、ロビーに下りてきた。二人とも温泉宿らしく浴衣に着替えている。
「じゃ、せっかく温泉に来たんだから、ゆっくり浸かって来ようよ」
「ねぇ、シンジ。家族風呂もいいかな、なんて」
「ダメ」
にべもなくシンジに断られたが、アスカには想定の範囲内、ま、仕方ないかと女風呂に向かう。
「それじゃ、また後で」
その瞬間、マヤもまた動きだした。
シンジも男風呂へ入って行き、浴衣を脱いで大浴場に入った。そこは体育館のような大ホールで、大小様々な風呂がいくつもあり、打たせ湯や、足湯などもあり、変化に富んでいる。大きなガラスの壁の向こうは和風にしつらえた露天風呂になっていて、さらにその向こうには太平洋が広がり、雄大な眺めを楽しむことが出来る。客はさほど多くなく、静かな雰囲気だ。
シンジは手ぬぐいを頭に乗せて、その中の一つに体を沈めた。心地よい湯の感触が体を包む。そして思いは自然と女たちのことへ向かっていく。
アスカ、来ちゃったか。まぁ、アスカらしいね。だけど、ほんとに僕はどうしたらいいんだろう。アスカも綾波も引く気配は全然ないもんな。どっちも傷つけたくないよ。しかしどうしてこんなにモテるんだろう。不思議だな。
作者も不思議だ。
――誰も傷つかずにすむ方法はないかなぁ。アスカも綾波も僕が好きだ。僕も両方同じぐらい好きだ。……待てよ。て、ことは……。このまま三人恋人同士でいればいいじゃないか!二人共僕にベタぼれなんだから、それだってありだよ。買い手市場じゃないか。僕は二人平等に愛してやればいいんだ!……彼女たちが納得するかどうかだな。それが問題さ。でも、やってみる価値はある。妻妾同居。通い婚。昔からこんなのあったじゃないか!
:
『よお、アスカ。来たよぉ』
『あーら、シンジ。久しぶり。ずーっとお見限りだったわねぇ』
『いやぁ、このところ取引先の接待が続いててさぁ、なかなか暇が取れなかったんだよ』
『あら、その取引先って、もしかして髪の毛が青いんじゃないの?』
『そんなことないさ。あはははは』
『ふっ。どうだか。それで、お風呂?お食事?どっちにするの?』
『それより君がいいな、アスカ』
『まぁ、シンジったら気が早いんだからン』(ぽっ)
:
ぬあーんちゃってぇええー!!…お、おや、僕、注目されてるよ。や、やばっ。ニヤケすぎちゃった。ヘラヘラしてたら変に思われるよ。真面目な顔しよ。
ふう。…そうだ。3Pってのもあるな!男の憧れ3P。可能性あるよ!チャレンジしてみたっていいじゃないか!
:
『ああっ、あっはぁん。いいわ、すごいわ。いかりくぅぅん』
『うへへへっ。綾波、ここがいいのかい?ここがいいのかい?』
『うっふぅぅん。そこがいいのお』
『ああん、シンジったらあ。ファーストばっかりずるいわぁ』
『へっへっへ。待ってて、アスカ。今行くよ』
『あン。抜いちゃいやン』
『綾波、ちょっと待ってて。すぐ戻るからね』
『ああ、シンジ、シンジィ。気持ちいいっ』
:
………勃っちゃった。どうしよう。これじゃ、上がれないよ。何か萎えるようなこと考えなきゃ。そうだな…。ものすごい派手な服で女装して、顔には化粧を塗りたくり、毛脛をむき出しにした父さん。………うん、萎えた。いつもありがとう。父さん。
この痴れ者め。
4.
レイカとレイナがようやくホテルに着いた。レイカはチェックインの手続きをし、変装したレイナはきょろきょろと周囲を見回す。シンジとアスカの姿は見えない。
(ここら辺にはいないようよ。レイカ)
(カウンターで訊いたら、碇君は大分前に着いてるようだわ。いるとしたら部屋か大浴場よ)
(アスカはどう?)
(そんな名前の人はいないって。偽名を使ったのよ)
(まず大浴場を捜すことね)
(そうね。部屋に荷物を置いたら、早速行くわ。あなたはちょっと間を置いてから来て)
この場にレイが現れたことは、マヤは気が付かなかった。その時マヤはアスカを追って、更衣室に入っていたのである。
女湯の更衣室。ロッカーではなく、脱衣籠が四段の棚の上に置かれているタイプだ。そういう棚が四列もある。マヤは慎重に周囲を見回しながら、機会を伺っていた。マヤはアスカを尾けて更衣室に入り、何食わぬ顔で隅にある長いすに腰掛け、アスカの脱衣を見守り、今こうしてある計画を実行に移そうとしている。アスカの着物が入った脱衣籠の周りから人がいなくなった。マヤはひっそりと立ち上がり、獲物を狙う豹のようにその籠に近づいた。
レイカが更衣室に入ったのは、マヤと入れ替わりだった。するすると服を脱いで、大浴場へ向かう。中に入ると濃厚な湯気がレイカの体を包んだ。まずレイカはアスカの姿を求めて歩きまわってみた。とりあえず屋内にはいない。残るは露天風呂だ。外へ通じるドアを開けるとすぐに、見慣れたアスカの赤毛が目に飛び込んできた。レイカは顔を引き締め、湯の中に入った。アスカは向こうを向いている。ある程度近づいたところでレイカは声を掛けた。
「アスカ」
アスカの肩が一瞬震えた。さっと振り返ったアスカの目が大きく開いた。
「レイ……」
「ネルフにいるはずのあなたと、こんなところで会えるなんて思いもしなかったわ」
アスカはじっとレイカを睨んだ。動揺から早くも立ち直っていた。
「はんっ。どうやら同じこと考えたみたいね。良くあのトリックに気づいたわ。仕方ないわね。今日はたっぷり時間があることだし、じっくり話そうじゃないの」
「望むところだわ」
レイカは肩まで湯に浸かり、アスカと並んで座った。
「そーれーでー。アンタ、身を引くつもりは全然ないんでしょ」
「その通りよ」
「それはアタシも同じことよ。シンジは絶対アタシのものになるわ」
「随分自信があるのね。何を根拠にそんなことが言えるのかしら」
「シンジはねぇ、この前邪魔が入ってなけりゃ、アタシを抱いてたのよ。アタシの裸が目に焼きついてるはずだわ。今だってアタシを抱きたくてうずうずしてるはずよ」
やっぱりそこまでやってたか、この猿は。レイカはアスカをじっと睨んだ。
「見ただけでしょ。私と碇君はそのずっと先までいってるもの」
「ええ、そうでしょうよ。でも肝心なものが手付かずじゃ、関係ないわね。大体、パーツに明らかに差があるわよ。この前シンジもそれを十分認識したはずだわ。シンジの頭の中はアタシの体のことしかないの。アンタのことなんか眼中にないって」
「そんなことはないわ。男女の結びつきは体の問題じゃないの。心と心の通い合いこそが大事。私と碇君にはそれがある」
「そんなのアタシの方にもあるよー、だ。この際だから教えてあげるけどね、アタシとシンジは中学のときに、とっくにファーストキスをすませた仲なのよ。昨日今日の付き合いじゃないんだから」
レイカは冷ややかに笑って見せた。
「何よそのいやな笑いは」
「何でもないわ」
あなたが来る前に、私達はもうBまでいってたもの。……あれってBよね?A飛ばしたけど。とにかく私が勝ってるわよ。
「でもね、最終的にはセックスアピールが勝敗を分けるのよ。男なんてそんなもんだって。こんなペチャパイじゃ」
アスカはいきなりレイカの胸を掴んだ。
「シンジは感じないもんねー」
「何をするのよっ」
レイカはその手を払いのけた。その振った手が勢い余ってアスカの口のあたりにあたった。アスカの顔がみるみるうちに赤くなる。
「やったわね」
怒ったアスカがレイカの髪の毛を引っ張った。「いたいっ」レイカは苦痛に顔をしかめ、負けじとアスカの髪を掴む。「いてててて」
ゴホン、ゴホン、と咳払いの音が聞こえてきた。二人ははっとしてその音がした方を向く。怖い顔をした中年のおばさんがこちらを睨んでいた。
「あんたたち、迷惑だから、よそでやってくれる?」
「「はい…」」
二人は気まずそうに立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げて風呂から出た。しばらく並んで歩いていたが、途中顔を見合わせると、ふんっ、とそっぽを向いてお互い離れて行った。
アスカは十分湯に浸かったので、浴場から上がり、更衣室に入った。レイカは洗い場でシャンプーをしているところだ。自分の服が入っている脱衣籠に手を伸ばし、湯上りタオルを取り、水分をふき取る。そのタオルを体に巻きつけて、コーヒー牛乳を一気飲みした後、さて着替えようかと脱衣籠に手を突っ込んだ時、異変に気づいた。
パンティがなくなっているのだ。
アスカの顔が一瞬にして蒼白になった。穿いてきたのも、着替え用に持ってきた気合の入った勝負パンツも共になくなっているのだ。
アスカはしばらく呆然としていたが、やがて顔を赤くして浴場の方を睨んだ。アノヤロー、やってくれたわね。いい年して、他人のパンティ隠して喜んでるなんて、とんでもない奴だわ。一発殴ってやる。
アスカの頭の中にあるのは、当然レイが犯人だということだ。大またで浴場に戻ろうとした。その時、そばの脱衣籠に白いワンピースの端を見つけた。ん、あれレイがよく着てるやつだわ。…まてよ。こっちの報復措置の方が面白いかも!
大浴場からロビーへ通じる廊下に休憩用の応接セットがある。その椅子の一つにマヤは腰掛け、大きめのかばんの中に手を入れて戦利品を眺めている。
今日はいいの穿いて来てんじゃん。こっちのは、と。おおっ。やーらしーっ。シンジ君のためにサービス、サービスってわけね。布地の小さいこと。けけけ。今頃困り果ててるはずよ。あいつ、泣きそうな顔してるんじゃないかしら。ああ、どうしよう。ノーパンじゃ、外にでられないよう、なんてね。うけけけけけけけ。さーて、これで済ませるあたしじゃないわよ。今度は決定的な大恥かかせてやるんだからね。準備、準備と……。
マヤは小型のデジタルビデオカメラを取り出した。そのカメラをかばんに入れ、液晶を覗きながら慎重に位置を合わせる。かばんの隙間からレンズが覗いている。マヤが現在座っている位置は最も廊下に近い位置だ。突き当たりには巨大な鏡があり、客室へはそこを右へ曲がることになる。カメラはその鏡を狙っていた。位置が決まると、上からタオルを掛けて周囲から見えないようにする。
後は撮影ボタンを押すだけよ。難しいのはその後、技とタイミングね。ここが勝負所だわ。
マヤは、かばんの中からもう一つの小道具を取り出した。バナナの皮である。
これをタイミング良くアスカの足元へ投げて、アスカはすってんころりん。どひゃーっと大股広げたのが鏡に映り、それをビデオカメラがばっちり捉える。なんて凄い作戦なのかしら!こうやって撮った映像はネットに流してやるわ。勿論無修正よ。『混血ギャル衝撃のノーパン映像!』なんてね。むひゃひゃひゃひゃ。
そのアスカが来るのが見えた。その時がやって来たのだ。マヤは体の向きを変え、自分の顔がアスカの目に入らないようにする。マヤの右手はすかさずカメラの撮影ボタンを押した。さらにその手にバナナの皮を握りしめる。一歩二歩、アスカの立てる足音が近づいて来る。緊張の一瞬。アスカが真横に来た。今だっ。マヤの右手が素早く動いた。バナナの皮は過たずアスカの足元に落ちた。踵がそれに乗った。
「きゃああああっ!」
アスカの足が盛大に跳ね上がり、浴衣のすそがはだけた。どしんと音を立てて、尻が廊下を打った。マヤは勝利の歓喜に燃えた目を鏡に向けた。
その中に見た映像がマヤには信じられなかった。アスカの股間はばっちり映っている。しかし肝心の部分は白い布地がしっかり覆っているのだ。
嘘よ!穿いてるわけないのに!こんな馬鹿なことって……。マヤは呆然と鏡を見ていた。一方アスカはいててとつぶやきながら、のろのろと体を起こした。
「チクショー。何でこんなところにバナナの皮が落ちてんのよ!」
マヤはショックから立ち直り、不自然にならないよう言葉を掛ける。
「あの、大丈夫ですか」
「あー痛かった。このバナナの皮、おたくのですか?」
「いいえ、知りません。私、ずっと前を見てたもので」
「そう。でも廊下にこんなのが落ちてるなんてホテルの怠慢だわ。文句言ってやらなきゃ」
アスカはぶつぶつ言いながら、肩を怒らして去って行く。マヤは憎しみを込めてその後ろ姿を見守るしかなかった。
ない。ないわ……。
レイカはその頃、自分の脱衣籠の前で途方に暮れていた。着替えをしようと脱衣籠から下着を取ろうとした時、穿いてきたのと着替え用のと、両方のパンティがないことに気づいたのだ。こんなところで下着泥棒なんて…。普通ありうる?はっ、まさかこれはアスカが!いつもは温厚なレイカもこれには頭に来た。アスカ、後で見てなさいよ。怒りに震えながら、レイカはレイナにテレパシーで呼びかけた。
(レイナ、そっちはどう)
(アスカが出て来たわ。フロントに行って何か話してる。碇君の姿はまだ見えない)
(そう。大至急こっちに来て。緊急事態なの)
(えっ。何が起きたの)
(レイナ、今日のパンティどれ穿いて来た?)
(はぁ?)
マヤはその場所に座ったまま、なにがどうなって作戦が失敗したのか懸命に考えていた。
どこからあのパンティが出てきたの?籠は絶対間違ってない。どこかから取り寄せた?あ、そうか!誰かから借りたのよ!畜生、その手があったわよねぇ。
マヤは悔しげに歯噛みし、正面の鏡を睨んだ。その目がふと、大きく見開かれた。見慣れた人物がそこに映っている。蒼い髪、紅い目をした白いワンピース姿の色白美人。レイまで来たってわけぇ!マヤはあわてて顔を見られないよう横を向いた。レイカはマヤの真横を通過し、ロビーの方へ去って行く。マヤは呆然とその後ろ姿を見守った。
その時、もう一人の娘が更衣室から出て来た。変装したレイナだ。レイナは頬をやや赤く染め、腰に手をやり、歩きにくそうに歩いているのだった。
レイカがホテルの広いロビーに出た。きょろきょろと周囲を見回していると、男湯に通じる廊下から想い人が出てくるのを見つけた。レイカはすぐさま小走りに彼の方に駆け寄る。
「碇君」
「綾波ぃ……」シンジはまたも現れた恋人の姿を見て目を丸くする。
「あーあ。君まで来ちゃったのか」あきれかえったシンジは天を仰ぐのだった。
「ごめんなさい。いても立ってもいられなくて」
「分かった。分かった。もういいよ。結局こうなるのがお約束なんだよね」
「本当にごめんなさい」
「いいんだよ。実はアスカも来てるのさ。もう会ったかな?」
「さっき会ったわ」
と、言ったのはアスカである。いつの間にかレイカの背後に立っていたのだ。
「まーたまた三人揃っちゃったわねぇ。腐れ縁もここまで来ると天然記念物だわ」
「ははは。困ったもんだ」
「笑ってる場合じゃないでしょ。それよりファースト、アンタに話があるの。ちょっと顔かして」
「私もあなたに用があるの」
「シンジ、そういうわけでアタシたち二人で、ちょーっと女同士の話をして来るからその辺で待ってて」
「あ、あの、穏便にね」
アスカはレイカの腕を取り、人気の少ない廊下の方へ誘った。
「「パンティ返して」」
二人は同時に言った。二人とも怒りを込めて睨み合っている。
「アンタが先にやったんじゃない。アンタが出せば返してやるわよ」
「何を言ってるの?」
「とぼけんじゃないわよ。あんなことするのアンタ以外にいないわ」
「私が何をしたと?」
「もう!アタシのパンティ盗ったでしょ!」
「知らないわ」
「何ですって!」
「私が犯人と思っているのね。それは違うわ。確かめもしないで人のものを盗るなんて信じられない」
「だったら、誰が盗ったのよ」
「それは解らないわ。私の言うことが嘘だと言うなら、身体検査でもなんでもしたらいいわ」
レイカは気迫のこもった目でアスカを見つめた。アスカはレイカが嘘をついているようには見えなかった。口を噤んで考え込んでしまう。確かに証拠があるわけじゃなし、これ以上の追求は無理ね。
「…分かったわ。返すわよ。でもアタシが困ってるのも分かるでしょ。ここは女の情けで一枚貸しておいてよ」
「ごめんなさいは?」
ううぬ。このアタシがレイにあやまるなんて。借りを作るなんて。でも、ここは仕方ないか。
「ごめんなさい。疑ったりして」ぺこりと頭を下げる。
「いいでしょう。ではトイレに行くわよ」
二人は連れ立ってトイレに入った。しばらくして出てきた二人はまた同じ場所で話し合う。
「このパンティきついわねぇ。もっとお尻大きくしなさいよ」
「大きなお世話よ」
「そんなことより、アタシ、犯人の心当たりがあるわ」
「誰、それ?」
「モエコよ。あのストーカー女!」
「…モエコ…」
確かにあの女ならやりかねない。ではあの女までがこの場に集まったというのか。
「アイツがここにいるということは、また邪魔されかねないということよ」
「周囲に気を配っていることにしましょう。今日は誰にも邪魔されたくないわ」
「同感。いっそとっ捕まえてお仕置きしてやりたいわ!」
5.
それからしばらく経ち、昼食をすませたシンジ、アスカとレイカはシンジの部屋に集合していた。その部屋は四人は泊まれる十畳ほどの和室で、暇な平日ということでシンジ一人が宿泊している。彼らがここに集まったのは、シンジの提案で今後のことを話し合おうというのである。
「で、シンジ。いったいアタシたちのうちどっちを取るの?」
「そうだわ碇君。もういいかげんにどちらを取るか決めてほしいの」
シンジを見つめる二人の視線は厳しい。シンジはしばらく口ごもっていたが、やがて心を決めたか、おもむろに切り出した。
「うん、じゃあまず僕の希望を言うよ」
レイカとアスカはぐっと身を乗り出した。
「まず僕は誰も傷つけたくない。僕のせいで誰かを不幸にしたくないんだ」
「待ちなさいよ。じゃ、結局今まで通りってわけ?何も進展なし?」
アスカが勢い込んで言う。「じょーだんじゃないわよ。アンタはそうやって言うけどね、こんなふうに中途半端にしてるのは傷つけてることにならないってえの?」
「そうよ碇君。もうこんなのはいやなの」
たじたじのシンジだが、ここはこらえなければならない。
「それは分かる。だけど僕の心情も分かってほしい。つまり、僕は二人とも大好きだ。どちらも離したくないんだ」
シンジは情熱を込めて二人に語りかけた。レイカもアスカもじっとシンジの言葉に聞き入る。
「だから…、僕はこれからも二人とも愛していきたい。君たちを平等に愛することを誓うよ。だから、だから、二人とも僕の恋人ってことでいこうよ!」
アスカはぐっと唇を噛んでシンジを見つめた。やがて重みを帯びた口調で答えた。
「いやよ。そんなの耐えられないわ。全てか無か、そのどっちかでなきゃいや」
「私もいや」
レイカもはっきりと答えた。そんなのダメよ。私たちは三人。ただでさえ一人あたり3分の1なのに、その半分だと6分の1じゃないの。それじゃあんまりだわ。
シンジは二人のきっぱりとした拒絶に会い、急激に気力が萎えてしまった。
「そう。やっぱりだめかな。ははは、は」
「ったりまえでしょう。シンジ。調子に乗ってるといずれ痛い目に遭うわよ」
「碇君。あなたの気持ちも分からないでもない。でもね、いずれははっきりしなければいけないことだと思うの。私もアスカも中途半端はいや。もう覚悟は決まっているわ。だからどちらかを選んで」
「レイの言う通りよ」
部屋を重苦しい沈黙が包んだ。どうやらシンジのハーレム計画は木っ端微塵に粉砕されたようである。
「……分かった。結局振り出しに戻ったね。ごめん。こんな僕で。本当にすまないと思う。でも悪いけどもう少し考えさせて。うん。近い内に結論を出すよ。それは約束する」
「それはいつなの?」アスカが暗い目をシンジに向けて言った。
「まだいつとは言えない。近い内としか」
「んもう、はっきりしないんだからっ」
「ごめん。ほんとごめん」
シンジは深々と頭を下げた。レイカとアスカはふうとため息をつく。こうして話し合いはなんの成果もなく終わったのだった。
レイカとアスカは夫々の部屋へ戻るために廊下に出た。アスカはエレベーターホールへ、レイカは同じ階の自分の部屋へ向かう。
彼女らの姿を廊下の隅からじっと見守る女がいる。その女は満足げににやりと笑みを浮かべ、後退りして階段の方へ消えていった。
6.
アスカは自分が泊まった部屋で畳に仰向けになり、天井を眺めていた。先程の話し合いのことが自然と思い返され、出歩く気にならず、考えに耽る。
やれやれ、今日も何の進展もなしか。レイがいなけりゃねぇ。つまんないな。この後どうしよ。その辺散歩でもしようか。晩ご飯シンジと食べて。当然アイツもいて。…シンジと二人きりになりたい。なんかいい方法ないかな。
ミサトの『力の限り迫るのよ!』と言う言葉が思い浮かんだ。
そうよ。いつでも全力投球よ!捨て身でやらなきゃレイに先を越されるかも。同じ屋根の下にいるんだから危険は一杯ね。それなら…。
アスカはむくっと体を起こし、部屋の隅にある電話機に向かった。
シンジの部屋の電話機がなった。誰だろう。シンジは二人の女のうちどちらかに違いないと思いながら受話器を取ると、案の定アスカだった。
『シンジィ。今暇?』
「アスカかい。うん、暇だけど」
『アタシもなの。それでね、退屈しのぎにクイズを出してあげる』
「クイズ?どんな?」
『では問題です。アタシが今身に着けているのは次のうちのどれでしょう?1番、普通の浴衣。2番、普通のツーピース。3番、シャネルの香水。さあ、どれかな?』
「うーん。1番」
『ブー、はずれ。正解は3番、シャネルの香水でした』
「へー、香水ねぇ。…って、もももしかして、そそそれ裸ってこと?」
『あったりー。アタシ今一糸まとわぬ姿なの』
シンジの脳裏にアスカのしどけない姿が浮かんだ。
「ア、 アスカ。よしなよ、そんなの。どういうつもりなのさっ」
『だって暑いんだもーん。ねぇ、シンジ。想像してみて。この前、ちょっとだけ見たでしょ。アタシの生まれたままの姿。感じたでしょ。萌えたでしょ。シンジが少し足を動かせばそれがまた見られるの』
「アスカ……」
『ほら、思い浮かべるの。あの日のアタシ。シンジったら目を丸くしてた。見たいでしょ。触りたいでしょ』
シンジはごくりと生唾を飲み込んだ。血液が股間に集まりだしていた。
『受話器、胸の間に挟んじゃおっかなー』ごそごそごそ。
『別の所にも挟んじゃおっかなー』ごそごそごそ。
今やシンジの脳裏にはアスカの体のあちこちが大写しになっている。股間のソレははちきれんばかりに怒張を遂げ、軽い痛みすらシンジは感じているのだ。
『シンジ、いつまでもほおっておかれると、アタシ、風邪引いちゃう』
「アスカ……」
アスカの声はますます熱を帯びていき、シンジの脳に媚薬のように作用していく。
『さぁ、来るのよ、シンジ。ぐずぐずしてないで。見られるのよ。触れるのよ。アタシと一つになれるのよ』
「……………」
『シンジ、さぁ、いらっしゃい。怖がることはなにもないの』
「アスカ!ごめん!ちょっとだけ考えさせて!」
シンジはがちゃっと受話器を置いた。はーっと大きく息を吐いた。額に汗が浮かんでいた。
アスカはゆっくりと受話器を置いた。シンジはきっと来る。そう確信してにんまりと笑った。その肢体は勿論浴衣の中に収まっている。
どうしよう。行きたい。アスカとしたい。息子がびんびんだよう。納まりがつかないよ。…行こうか。でも綾波は?綾波が可愛そうだ。でもアスカのあの体。ああ、どうしたらいいんだ。…まてよ。アスカとした後、綾波ともしてやれば…。そうだ、そうだよ!それでおあいこだ。二股掛けたっていいじゃないか!後のことはその場その場で何とかすればいいよ。や、やるんだ。童貞とおさらばするんだ。
よし、行くぞ。いや、ちょっと待て。まだ髪が洗いざらしだ。身だしなみはちゃんとして行こう。あと何か忘れてないかな。そうだ!避妊具がいるじゃないか!まさかホテルの売店には置いてないだろ。外に出ればどうかな?このぐらい大きな温泉街なら薬局があるんじゃないか?行ってみよう。アスカを待たせちゃうな。電話しとこう。
「アスカかい。後で行く。必ず行くから待ってて」
……言っちゃった。もう後へは退けない。やるんだ。大人になるんだ。
シンジはバスルームに入り、鏡に向かって髪をセットしだす。心はもう有頂天。鼻歌まで歌いだした。
(リムスキー・コルサコフ作曲、交響組曲『シェヘラザード』海のテーマでどうぞ)
♪ひーとりーだけじゃーでーきないよセックス(セックス)
ピーヒャラリーラーとなーるのはファックス(ファックス)
せーいのーしんぴー、よーるーのーほむらー
ジーンのーさけびー、むーねーのーうずきー
おーとーなーだからーすーるのさセックス(セックス)
ふーつかーもはけばーにーおうぞソックス(ソックス)
おーれはーやるぞー、やーってーやるぞー
あーれをーするぞー、こーれもーするぞー
あーいーのーきょーくちー
こーいーはーそうまーやーくー
やーるーぞーきぶんーはマックス!
そーうだーけついーはフィックス!
ゆーくぞーそうさーやーるんだセックス(セックス)
あーいのーしるしーすばらしいセックス
セックス!セックス!セックス!セックス!
おとこのゆめよくぼうのこえ
ふとももしりおっぱいちくびーーー♪
アスカもまた心うきうき、幸せ一杯でシンジの来訪を待っている。
とうとう来たのね、その時が。レイ、悪いけどこの勝負アタシの勝ちよ。アタシは女になるわ。アンタはずーっと清らかな処女でいたらいいのよ。それからアタシとシンジはラブラブよ。そして、そう遠くない将来二人はめでたくゴールイン!この小説もLASになって、タイトルも変わるの。そうね、こんなのがいいな!
第1回「一日の始まりは甘ーいキッスからよん」
間部瀬博士
■Please Mail to 間部瀬博士(作者様の希望により、感想メールは綾波展で受け取ってから転送します)