トリプルレイ2nd

第7回「シンジ受難」

間部瀬博士



1.
 ある日の夜、伊吹マヤはリビングで寛ぎながらテレビを観ていた。隣室のアスカは夜遊びに出て今は留守だ。アスカに対する陰謀以外にこれといってすることのないマヤは、彼女のいない今、暇を持て余している。
 マヤのアスカに対する嫌がらせは、アスカの部屋のチャイムを鳴らして、出そうになるとさっと逃げる、という子供のいたずら程度のものから、ベランダに干してあったアスカの下着をかっぱらうという真の犯罪行為に至るまで多岐に亘っている。(その下着のサイズが自分より大きいのに、マヤはさらに憎しみを新たにした。)極めつけは前にアスカの部屋に乱入したときのキャラ、モエコの姿でわざとアスカの前に姿を現し、アッカンベーをして見せる、というもの。怒り狂って追いかけて来るアスカを隠れてやり過ごすのがたまらなく面白い。他にも態々大学まで出向いては、アスカは実はだれそれとデキている、あるいはシンジが何々さんとホテルに入る所を見た、などとありもしない噂を流したりしている。それやこれやで充実した毎日を送っているマヤであった。

 テレビには珍発明をネタにしたバラエティ番組が映っている。お笑いタレントの森田が司会をしていた。
『次に登場するのは北海道からいらした間部瀬ヒロシさんです。どーぞー』
 登場したのは、度のきつそうな眼鏡を掛けたいかにも冴えない中年男であった。アシスタントがキャスター付きのテーブルで発明品を運んで来る。
『はい、間部瀬さん、今晩は。早速ですが、今回お持ち頂いた発明品はなんでしょうか?』
『はははいっ。き、今日発表するのは、これですっ』
 あがりまくった間部瀬がテーブルからつまみ上げたのは、小さな金属製の輪っかにプラスチック製の紐がつながったしろものである。
『へー。これはいったい何ですか?』
『はいっ。これは『夢精防止器』ですっ』
『夢精防止器!?夢精ってあの思春期に付き物のアレですか?』
スタジオが笑いに包まれる。
『はい。これを夜寝る前に装着しておけば、絶対に夢精することはありません。これさえあれば夜も安心です。朝、お母さんに隠れてパンツを履き替えるなどということもなくなります』
『そうですかぁ。いやいや、これは大変な発明ですねぇー。はは。で、どうやって使うんですかねぇ』
『はいっ。まずそのう、この金属の輪がありますね。これにあのその、竿の部分を通す訳です。た、ただそれだけでは安定しませんので、これに付属したこの紐をですね、玉のほうに回すんですよ』
 ここで画面はCGに切り替わる。男性器のリアルでない立体模型が現れた。女声のナレーションがかぶさる。

『今回の世紀の発明品、『夢精防止器』。思春期の皆さんにとっては悩みの種の夢精も、これさえあればもう安心。まずこの輪に竿の部分を通し…、こっちの紐を玉の奥に回してここで止めます。これでばっちりフィット。……おやおや、何かミョーな夢を見ておりますぞぉ。血液が集まってだんだん竿が太くなってきました。ところが!輪っかが邪魔して…、イタタタタ!ぱちっとお目覚め。ああ助かった!夢精防止器君ありがとう!着けてて良かった』
 スタジオのあちこちから冷笑が聞こえてくる。
『うーん、どんなもんですかねぇ、これ。野々村、お前に丁度いいんじゃない?』森田は雛壇に座った若手タレントの野々村にふった。
『いや、僕には必要ないですね。夢精なんてしたことないから』
『そうだよな。溜めてないよな。一日たりとも』
 スタジオがどっと湧く。
マッシュルームカットの厚化粧をしたおばあさんが言った。『どうも、あたくしにはさっきから何をお話になってるのか理解できないんですけれども』
『まあ、テツコさんには関係ないですもんねぇ』
『でもこういうものって、かなり前に発明されてるんじゃないですかねぇ』
 元プロ野球選手が土間声を張り上げた。間部瀬が答える。
『ええ、そうなんですが、これは最新のテクノロジーを使って装着感を大幅に改善しているわけです』
 元AV女優が手を上げて叫んだ。
『あたし、これの使い方考えた』
『ほう、何それ?』
『SMクラブの女王様がマゾ男に嵌めるの』
 スタジオ内、爆笑。それから番組は採点に移っていく。
『それでは、この発明をゲストの皆さんに評価してもらいましょう。どうぞ!』
 雛壇に座ったタレント達の背後にある電光掲示板が点灯する。すべてバツであった。

「アホだわ、こいつ」
 マヤは冷笑を浮かべ、みかんの皮をむいた。と、その時、霊感がマヤを貫いた。
 これ、使いようによっては面白いかもしんない……。
 マヤは早速紙と鉛筆を取り出し、簡単なスケッチを書き始めた。

2.
 数日後。シンジは両脇にレイとアスカを従えて、大学から家への帰り道を歩いている。近所の人々には見慣れた光景であった。シンジはなにやら楽しそうに微笑みを浮かべ、鼻歌でも出そうな雰囲気である。それを見てアスカがたずねた。
「シンジ、今日は楽しそうね。何かいいことあった?」
「へへへー。実はそうなんだ。この間、商店街の福引でさ、2等賞が当ったんだ」
「2等!ね、ね、何それ?ハワイ旅行にペアでご招待?」
「残念。それは1等。2等は新熱海の温泉ホテルにお一人様ご招待」
「そうなの。良かったわね、碇君」レイ(レイコ)がにっこり微笑んで静かに言った。
「お一人様ぁ?ケチねー。なんでペアじゃないのよー」と、アスカには不満のようだ。
「仕方ないだろ。あの商店街ちっちゃいから、そんなに予算ないんだよ」
「で、シンジはのんびり温泉に浸かってくるのね。いいなぁ。アタシも行きたいなぁ」
「うん、来週の水曜、早速行って来るよ。お土産買ってくるからね」
「はいはい。期待して待ってますよ」
「楽しみにしてるわ。碇君」
 シンジは突然真顔になった。
「一日温泉でのんびりしながら考えようと思うんだ。君たちのこと……」
 レイコもアスカもシンジの重大発言に、真剣な面持ちになった。シンジの優柔不断によって、長々と続いてきたこの関係も、遂に終止符が打たれる日が来るのか。誰も口を開かなくなった。三人はそれぞれの思いに浸り、押し黙ったまま家路を歩いた。やがて別れ道に差し掛かり、各自一人になった。
 アスカは思った。シンジが一人温泉に。もしかしたら、そこで何らかの結論を出すかも。アタシはじっとそれを待ってる?バカね。アタシはそんなことできる性格じゃないわよ。レイに内緒でシンジにアプローチして、アタシを選ばせてやるわよ!
 レイコは思った。碇君が一人で温泉に…。ひょっとしたら、そこで結論を出すかもしれないのね。…私たちは黙ってそれを待つの?…いいえ、それは駄目。アスカには内緒で碇君の所に行くのよ。それで、私たちを選ぶように持っていかなきゃ。

「ねぇ、ミサト。どう思う?アタシの考え?」
 アスカはミサトのマンションに来ていた。ミサトは寛いだ格好で例のごとく缶ビールを飲んでいる。
「そうねぇ。どっちに転ぶか分からないってんじゃ面白くないわ。思い切って行きなさい!行って力の限り迫るのよ!大丈夫。シンジ君、追い返す甲斐性なんてないから。『シンジのこと考えたら、いても立ってもいられなかったのよっ』とか言えば、シンジ君も『そうかぁ。アスカはそれだけ僕のことを想っているんだなぁ。やっぱりアスカにしよう!』と考えるに違いないわよ」
 ミサトが下手な一人芝居を交えて賛成すると、アスカも満足そうにうなずく。
「それじゃ、早速シンジの泊まるホテルに予約を入れるわ。へへっ。今度こそレイに引導を渡してやるわよ!」

「その意気よ。でも問題が一つ残っているわ」
「何よそれ?」
「レイの動向」
「アイツもおんなじこと考えるってこと?」
「そうよ。あの子がただ待っているとは思えないのよね」
「そうよねー。アイツ、大人しそうに見えて、結構行動力あるから」
 アスカは唇を噛んで考え込んだ。また三人揃ったら結局同じことじゃない。どうにかしてレイを来させないようにしなきゃ。それには……。
「ここはミサトの手を借りるしかないわね」
「ふふん。そう言うと思ったわ。まかせなさい。あたしが、朝からレイに張り付いて動けないように策を考えるわ。きっとあなたたちに邪魔が入らないようにして見せるわよ」
 ミサトは不敵な笑みを見せた。アスカは喜んでミサトの手を取った。
「ここはミサトに頼るしかないわ!お願い、アタシの望みをかなえて!」

 同じ頃、レイのマンションでは三人のレイが、水曜日にいかにシンジに迫るかの計画を練っていた。

「――というわけでさ、今度の水曜日には決着を着けてやるわ!ヒカリも応援しててね!」
『頑張ってね、アスカ。あなたならきっと大丈夫だから』
「でさ、フランス語、代返お願いねっ」
 と、その夜アスカは自宅から親友のヒカリに電話を掛けたのである。それらの会話の一部始終は盗聴していた隣家のマヤに聞かれることとなった。アスカにとっては不運なことに、一番の敵に情報が洩れたのである。
 あんのヤロー。また小狡いこと考えやがってぇ。冗談じゃないわ。あたしも追っかけて行って絶対阻止してやるわよ!こっちは秘密兵器も用意してあるんだから!

 その水曜日が来た。
 レイのマンション。午前9時を過ぎたところ。この日の綾波レイ、レイカが清楚な白いワンピースを着て旅行かばんを肩から提げた。
「それじゃ、行って来るね。レイコ、レイナ」
「頑張って。吉報を待ってる」
「期待してるわ、レイカ」
 二人は相次いでレイカの手を取って激励の意を表す。レイカは小さく微笑んでドアを開け外へ出た。
今日も好天の東海地方。絶好の旅行日和だ。レイカがマンションの玄関を抜けて清々しい青空を見上げたその時。
「あーらー、レイちゃん。どこかへお出かけ?」
 突然聞きなれた声が掛かった。はっとして足を止めたレイカにミサトがにやりと笑って近づいて来た。
「ミサトさん……」
「おはよ。そーんな大きなかばん提げてどこへ行くの?」
「それは、その……」
 さすがのレイカも不意を突かれて咄嗟に言葉が出てこない。ミサトはレイカの間近に迫った。
「残念ながらシンジ君の旅行、中止になったそうよ」
「えっ、それ本当ですか?」
 レイカは驚いて目を瞠った。その表情の変化をミサトは見逃さない。にんまり笑ってレイカに言った。
「ふっふーん。やっぱりシンジ君のいるホテルに行くのね。今の答え、表情がすべてを物語っているわ。ウソよ。シンジ君は予定通り出発するわ。これはいわゆる『抜け駆け』ってやつよねぇ」
「くっ……」
 レイカは唇を噛んで横を向く。ミサトはそんなレイカを満足げに見下ろし、携帯電話を取り出した。
「レイ。悪いけど、アスカサイドの私としては、あの娘に報告しなきゃならないわ。ま、アスカの文句も聞いてやって」
「それはちょっと待って!」
 レイカは慌てて止めようとするが、ミサトはまるっきり無視してアスカの番号に繋ぐ。
「あ、もしもしアスカァ?あたしミサト。思った通りだったわ。抜け駆け。今レイは旅行かばん提げて目の前にいるわよん。一言言ってやったら」
 ミサトは冷たい目をしながら携帯電話をレイカに差し出した。レイカは躊躇したが、やがてやむなくそれを取った。
「もしもし」
『くおらああああ!!この泥棒猫!このアタシが大人しくしてるってぇのに、なんてマネすんのよ!狡いったらないわ!今すぐそっち行ってブン殴ってやりたいわ!』
 アスカはもの凄い剣幕である。レイカもこれでは小さくならざるを得ない。
「ごめんなさい……」
『むぁったく!今すぐひっかえして、人形女らしく家に閉じこもんなさい!でないとほんとに鉄拳制裁だかんね!』
(待つのよ、レイカ!)
 テレパシーで一部始終を聞いていたレイナが念波を送ってきた。ずっと前からレイたちはテレパシーで交信していたのだ。
(少し不自然だわ。普通なら、この場にいるのはアスカであるべきよ。ミサトがいるってことは、アスカに抜け駆けする気があるように思えるの。確かめてみて)
「分かったわ、アスカ。でも、あなたは今どこ?あなたに抜け駆けするつもりはないって証拠、あるのかしら?」
『はんっ。おあいにくさまねぇ。アタシはねぇ、今ネルフの中にいるの。今日はお仕事ってわけ。…疑ってるわね?じゃ、いいわ。日向さんに証明してもらうから。日向さーん。ねぇ、ちょっと…』
 電話から音が途切れ、間もなく男の声が聞こえてきた。それは聞き慣れた日向の声に違いなかった。
『ああ、レイかい?アスカは今、ネルフの中だよ。今日はちょっとした実験を手伝ってもらってるんだ。夕方までかかる。だから心配することないって』
 電話の声がアスカに変わった。
『どう、分かったでしょ?アタシはこれから5時までずーっと仕事なの。だからアンタも潔く引っ込みなさい!恋のバトルは正々堂々とやろうじゃないの!』
 アスカは一日仕事か。だとしたらここは大人しく引き下がるしかないかしら。
「いいわ、アスカ。今日は行くの止めることにする」
『あったりまえよ。もう汚いマネするんじゃないわよ』
 電話は切れ、レイカは携帯電話をミサトに返した。
「残念だったわね、レイちゃん。ま、我慢、我慢。ここはシンジ君にゆっくり考えさせてあげて」
 ミサトは優しげにレイカを見つめて肩を叩いた。
「分かりました」
 レイカはそう言うと、すごすごと向きを変えてマンションの玄関に入っていった。

「イヤッホウ!」一方のアスカは小躍りせんばかりに喜んだ。片手に携帯電話を、もう一方の手にはボイスレコーダーを握りしめている。それは先程の会話で日向の声を発したものだ。つまりあらかじめ録音しておいた日向の声を使ってアリバイ工作をしたわけである。(その録音は、当然ミサトが日向に圧力をかけて実現したものだ。日向は未だにミサトの頼みは断れないでいる)アスカはこの時自宅マンションにいた。
 アスカは立ち上がって旅行かばんを掴んだ。とことんプラス思考のアスカはもう勝ったような気分で、うきうきと玄関に向かった。
 待ってて、シンジ。今夜は二人だけでロマンチックな夜を過ごしましょうねん。アタシ、なんだってしてあげるから。キャー、恥ずかしいっ。

 レイカはうなだれて自宅へ戻った。「ただいま」レイコとレイナが早速近づいて来る。
「ミサトにしてやられたわね」
「向こうも読みが鋭いわ」
「どうする?もうホテルは予約しちゃったのよ。キャンセル料を払う?」
 皆一様に考え込んでしまう。と、レイナが声を上げた。
「さっきの会話、不自然じゃないかしら」
「どの辺が?」
「今日、実験があるなんてまるで聞いてなかったわ。それに日向さんの声、一方的に喋って終わったわ。すぐアスカに変わって…。何かあるわよ」
「確かにそうだわ」
「確かめた方がいい」
「こういう時頼りになるのは…」
「「「赤木博士よ!」」」
 レイコが早速博士に電話を掛けた。

 リツコは豪華な自宅で、椅子に腰掛けながら、猫を膝の上に抱いてコーヒーを飲んでいるところだった。
「……実験?今日?いいえ、ないわ。私が言うんだから間違いないわよ。どういうこと?……これはミサトの策に違いないわ。アスカはシンジ君のところへ行くと見て間違いないわね」
 電話は慌しく切れた。リツコはふう、とため息をついて遠い目をした。
「だましたり、だまされたり…。こんなこと早く終わりにさせなくちゃね」

「ぐずぐずしてられないわ。早速ホテルへ向かうわ」
 レイカは厳しい顔つきで立ち上がった。レイコがそれを制した。
「ちょっと待って。ミサトはすぐ帰るかしら?あの人のことだから、まだ見張ってるんじゃない?」
「それはありうる」
「どうする?」
 レイコが提案した。「まず斥候ね。変装して表を捜してみましょう。見つけたらテレパシーで教えるわ」

 ミサトは三人のレイが考えた通り、マンションの玄関を、程近い駐車場からサングラスをかけて双眼鏡で見張っていたのだ。
 一時間ほどミサトはそうしていた。その間、マンションからレイの姿は現れない。若い娘が三人、そこを出たが、それ以外にこれといった出入りはなかった。
 大分時間が経ったわね。そろそろいいかな。レイはもう行かないと見てよさそうね。引き上げるとするか。
 ミサトは満足して自分の車に乗り込んだ。あとはアスカ、あなたの頑張り次第よ。

 三人のレイは近くの公園のトイレに集合していた。長い黒髪に変装していたレイコが最後の荷物を旅行かばんに詰め込んだ。二つの旅行かばんがレイコの足元にある。つまり、こういうことだ。三人はそれぞれ変装し、荷物を小分けにして運び出て、この場所で落ち合ったのである。ミサトの監視はまんまとすかされた。
「これでオーケーね。さ、レイカ、レイナ、行って来て」
「ありがとう。レイコ。私達、きっとうまくやってみせる」
「大丈夫。アスカには負けないわ」
 レイカとレイナは代わる代わるレイコと握手した。レイナも行くことにしたのは、勿論対アスカ工作のためである。レイコが残るのは、三人一緒の行動は目立つのと、一人部屋に三人泊まるのはさすがに窮屈という事情からだ。
 二人のレイは決意を胸にトイレを出て、駅へ向かった。こうして温泉ホテルでの対決の幕は上がった。

3.
 シンジはバスの車窓から海を眺めながら物思いに耽っている。JRの駅から出ているホテル差回しのシャトルバスにシンジは乗っているのだ。海の濃い青と海岸の変化に富んだ風景に魅せられながら、思いはいつしか自分をめぐる二人の女のことに飛んでいく。アスカ、綾波。綾波、アスカ。僕はどうしたらいい。アスカ。いい体してたよなぁ。胸なんか、こうダイナマイツ!って感じでさ。色白いし。たまんないね。抱いてみたいなぁ。でも絶対尻に敷かれるね。そこんとこだよなぁ。綾波。あの柳腰。見飽きないんだなぁ。たまに笑うと可愛いんだよな、これが。優しいけど、ちょっと無頓着なとこがあるな。結局どっちもいいな。あーあ、悩んじゃうよなぁ。僕はどうしたらいいんだ。
 勝手に悩んでおれ。するうち、バスは今日の宿である、新熱海ヘラトンホテルに到着した。部屋数200はある大ホテルで、大浴場は広く、露天風呂も大きく作ったこの辺りでは評判のホテルである。
 バスを降りたシンジが、チェックインを済ませ鍵を受取り、いざ部屋へ向かおうとした時、シンジ、と呼びかける声がある。はっと立ち止まり、振り返ったその視線の先にいたのは――、
「シンジ、アタシ、来ちゃった」
 紅毛碧眼の娘、アスカである。
「アスカァ!」シンジは驚いて叫び声を上げた。
「えへ、ごめん。びっくりしたでしょ。レイに悪いとは思ったんだけど、どうしても体を押さえられなくって…」
 アスカはさすがに俯き加減にしながら、顔を赤くしている。対するシンジは不満そうに厳しい視線をアスカに向けていた。
「ごめんなさい。本当にいけないことだとは思うの。でも、それだけ強い想いがあるの。そこのところ分かって…。ねぇ、お願い、シンジ。そばにいさせて」
 シンジはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて言った。
「しょうがないなぁ、もう。来ちゃったものは仕方ないよね。分かったから綾波には内緒でデートしよ。それから、通常のデート以上のことはなし。いいね?」
「わぁい!やったぁ!」
 拳を振り上げて喜ぶアスカ。その可愛らしさにシンジの顔も思わず綻ぶ。
「じゃ、部屋に荷物を置いてこようよ。君の部屋はどこ?」
 二人はそれぞれの部屋に向かうためにエレベーターホールへ移動した。

 それをロビーから新聞紙越しに、密かに見守る女がいる。マヤである。長髪の鬘と眼鏡に濃い目の化粧で変装し、ちょっと見にはマヤに見えない。マヤは悔しげに歯噛みして一人ごちた。
「アスカ、おいでなすったわね。ゼッタイあんたの思い通りになんかさせないからね!」

 二人はしばらくしてから、ロビーに下りてきた。二人とも温泉宿らしく浴衣に着替えている。
「じゃ、せっかく温泉に来たんだから、ゆっくり浸かって来ようよ」
「ねぇ、シンジ。家族風呂もいいかな、なんて」
「ダメ」
 にべもなくシンジに断られたが、アスカには想定の範囲内、ま、仕方ないかと女風呂に向かう。
「それじゃ、また後で」

 その瞬間、マヤもまた動きだした。

 シンジも男風呂へ入って行き、浴衣を脱いで大浴場に入った。そこは体育館のような大ホールで、大小様々な風呂がいくつもあり、打たせ湯や、足湯などもあり、変化に富んでいる。大きなガラスの壁の向こうは和風にしつらえた露天風呂になっていて、さらにその向こうには太平洋が広がり、雄大な眺めを楽しむことが出来る。客はさほど多くなく、静かな雰囲気だ。
 シンジは手ぬぐいを頭に乗せて、その中の一つに体を沈めた。心地よい湯の感触が体を包む。そして思いは自然と女たちのことへ向かっていく。
 アスカ、来ちゃったか。まぁ、アスカらしいね。だけど、ほんとに僕はどうしたらいいんだろう。アスカも綾波も引く気配は全然ないもんな。どっちも傷つけたくないよ。しかしどうしてこんなにモテるんだろう。不思議だな。
 作者も不思議だ。
 ――誰も傷つかずにすむ方法はないかなぁ。アスカも綾波も僕が好きだ。僕も両方同じぐらい好きだ。……待てよ。て、ことは……。このまま三人恋人同士でいればいいじゃないか!二人共僕にベタぼれなんだから、それだってありだよ。買い手市場じゃないか。僕は二人平等に愛してやればいいんだ!……彼女たちが納得するかどうかだな。それが問題さ。でも、やってみる価値はある。妻妾同居。通い婚。昔からこんなのあったじゃないか!
              :
『よお、アスカ。来たよぉ』
『あーら、シンジ。久しぶり。ずーっとお見限りだったわねぇ』
『いやぁ、このところ取引先の接待が続いててさぁ、なかなか暇が取れなかったんだよ』
『あら、その取引先って、もしかして髪の毛が青いんじゃないの?』
『そんなことないさ。あはははは』
『ふっ。どうだか。それで、お風呂?お食事?どっちにするの?』
『それより君がいいな、アスカ』
『まぁ、シンジったら気が早いんだからン』(ぽっ)
              :
 ぬあーんちゃってぇええー!!…お、おや、僕、注目されてるよ。や、やばっ。ニヤケすぎちゃった。ヘラヘラしてたら変に思われるよ。真面目な顔しよ。
 ふう。…そうだ。3Pってのもあるな!男の憧れ3P。可能性あるよ!チャレンジしてみたっていいじゃないか!
              :
『ああっ、あっはぁん。いいわ、すごいわ。いかりくぅぅん』
『うへへへっ。綾波、ここがいいのかい?ここがいいのかい?』
『うっふぅぅん。そこがいいのお』
『ああん、シンジったらあ。ファーストばっかりずるいわぁ』
『へっへっへ。待ってて、アスカ。今行くよ』
『あン。抜いちゃいやン』
『綾波、ちょっと待ってて。すぐ戻るからね』
『ああ、シンジ、シンジィ。気持ちいいっ』
              :
 ………勃っちゃった。どうしよう。これじゃ、上がれないよ。何か萎えるようなこと考えなきゃ。そうだな…。ものすごい派手な服で女装して、顔には化粧を塗りたくり、毛脛をむき出しにした父さん。………うん、萎えた。いつもありがとう。父さん。
 この痴れ者め。

4.
 レイカとレイナがようやくホテルに着いた。レイカはチェックインの手続きをし、変装したレイナはきょろきょろと周囲を見回す。シンジとアスカの姿は見えない。
(ここら辺にはいないようよ。レイカ)
(カウンターで訊いたら、碇君は大分前に着いてるようだわ。いるとしたら部屋か大浴場よ)
(アスカはどう?)
(そんな名前の人はいないって。偽名を使ったのよ)
(まず大浴場を捜すことね)
(そうね。部屋に荷物を置いたら、早速行くわ。あなたはちょっと間を置いてから来て)
 この場にレイが現れたことは、マヤは気が付かなかった。その時マヤはアスカを追って、更衣室に入っていたのである。

 女湯の更衣室。ロッカーではなく、脱衣籠が四段の棚の上に置かれているタイプだ。そういう棚が四列もある。マヤは慎重に周囲を見回しながら、機会を伺っていた。マヤはアスカを尾けて更衣室に入り、何食わぬ顔で隅にある長いすに腰掛け、アスカの脱衣を見守り、今こうしてある計画を実行に移そうとしている。アスカの着物が入った脱衣籠の周りから人がいなくなった。マヤはひっそりと立ち上がり、獲物を狙う豹のようにその籠に近づいた。

 レイカが更衣室に入ったのは、マヤと入れ替わりだった。するすると服を脱いで、大浴場へ向かう。中に入ると濃厚な湯気がレイカの体を包んだ。まずレイカはアスカの姿を求めて歩きまわってみた。とりあえず屋内にはいない。残るは露天風呂だ。外へ通じるドアを開けるとすぐに、見慣れたアスカの赤毛が目に飛び込んできた。レイカは顔を引き締め、湯の中に入った。アスカは向こうを向いている。ある程度近づいたところでレイカは声を掛けた。
「アスカ」
アスカの肩が一瞬震えた。さっと振り返ったアスカの目が大きく開いた。
「レイ……」
「ネルフにいるはずのあなたと、こんなところで会えるなんて思いもしなかったわ」
 アスカはじっとレイカを睨んだ。動揺から早くも立ち直っていた。
「はんっ。どうやら同じこと考えたみたいね。良くあのトリックに気づいたわ。仕方ないわね。今日はたっぷり時間があることだし、じっくり話そうじゃないの」
「望むところだわ」
 レイカは肩まで湯に浸かり、アスカと並んで座った。
「そーれーでー。アンタ、身を引くつもりは全然ないんでしょ」
「その通りよ」
「それはアタシも同じことよ。シンジは絶対アタシのものになるわ」
「随分自信があるのね。何を根拠にそんなことが言えるのかしら」
「シンジはねぇ、この前邪魔が入ってなけりゃ、アタシを抱いてたのよ。アタシの裸が目に焼きついてるはずだわ。今だってアタシを抱きたくてうずうずしてるはずよ」
 やっぱりそこまでやってたか、この猿は。レイカはアスカをじっと睨んだ。
「見ただけでしょ。私と碇君はそのずっと先までいってるもの」
「ええ、そうでしょうよ。でも肝心なものが手付かずじゃ、関係ないわね。大体、パーツに明らかに差があるわよ。この前シンジもそれを十分認識したはずだわ。シンジの頭の中はアタシの体のことしかないの。アンタのことなんか眼中にないって」
「そんなことはないわ。男女の結びつきは体の問題じゃないの。心と心の通い合いこそが大事。私と碇君にはそれがある」
「そんなのアタシの方にもあるよー、だ。この際だから教えてあげるけどね、アタシとシンジは中学のときに、とっくにファーストキスをすませた仲なのよ。昨日今日の付き合いじゃないんだから」
 レイカは冷ややかに笑って見せた。
「何よそのいやな笑いは」
「何でもないわ」
 あなたが来る前に、私達はもうBまでいってたもの。……あれってBよね?A飛ばしたけど。とにかく私が勝ってるわよ。
「でもね、最終的にはセックスアピールが勝敗を分けるのよ。男なんてそんなもんだって。こんなペチャパイじゃ」
 アスカはいきなりレイカの胸を掴んだ。
「シンジは感じないもんねー」
「何をするのよっ」
 レイカはその手を払いのけた。その振った手が勢い余ってアスカの口のあたりにあたった。アスカの顔がみるみるうちに赤くなる。
「やったわね」
 怒ったアスカがレイカの髪の毛を引っ張った。「いたいっ」レイカは苦痛に顔をしかめ、負けじとアスカの髪を掴む。「いてててて」
 ゴホン、ゴホン、と咳払いの音が聞こえてきた。二人ははっとしてその音がした方を向く。怖い顔をした中年のおばさんがこちらを睨んでいた。
「あんたたち、迷惑だから、よそでやってくれる?」
「「はい…」」
 二人は気まずそうに立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げて風呂から出た。しばらく並んで歩いていたが、途中顔を見合わせると、ふんっ、とそっぽを向いてお互い離れて行った。

 アスカは十分湯に浸かったので、浴場から上がり、更衣室に入った。レイカは洗い場でシャンプーをしているところだ。自分の服が入っている脱衣籠に手を伸ばし、湯上りタオルを取り、水分をふき取る。そのタオルを体に巻きつけて、コーヒー牛乳を一気飲みした後、さて着替えようかと脱衣籠に手を突っ込んだ時、異変に気づいた。
 パンティがなくなっているのだ。
 アスカの顔が一瞬にして蒼白になった。穿いてきたのも、着替え用に持ってきた気合の入った勝負パンツも共になくなっているのだ。
 アスカはしばらく呆然としていたが、やがて顔を赤くして浴場の方を睨んだ。アノヤロー、やってくれたわね。いい年して、他人のパンティ隠して喜んでるなんて、とんでもない奴だわ。一発殴ってやる。
 アスカの頭の中にあるのは、当然レイが犯人だということだ。大またで浴場に戻ろうとした。その時、そばの脱衣籠に白いワンピースの端を見つけた。ん、あれレイがよく着てるやつだわ。…まてよ。こっちの報復措置の方が面白いかも!

 大浴場からロビーへ通じる廊下に休憩用の応接セットがある。その椅子の一つにマヤは腰掛け、大きめのかばんの中に手を入れて戦利品を眺めている。
 今日はいいの穿いて来てんじゃん。こっちのは、と。おおっ。やーらしーっ。シンジ君のためにサービス、サービスってわけね。布地の小さいこと。けけけ。今頃困り果ててるはずよ。あいつ、泣きそうな顔してるんじゃないかしら。ああ、どうしよう。ノーパンじゃ、外にでられないよう、なんてね。うけけけけけけけ。さーて、これで済ませるあたしじゃないわよ。今度は決定的な大恥かかせてやるんだからね。準備、準備と……。
 マヤは小型のデジタルビデオカメラを取り出した。そのカメラをかばんに入れ、液晶を覗きながら慎重に位置を合わせる。かばんの隙間からレンズが覗いている。マヤが現在座っている位置は最も廊下に近い位置だ。突き当たりには巨大な鏡があり、客室へはそこを右へ曲がることになる。カメラはその鏡を狙っていた。位置が決まると、上からタオルを掛けて周囲から見えないようにする。
 後は撮影ボタンを押すだけよ。難しいのはその後、技とタイミングね。ここが勝負所だわ。
 マヤは、かばんの中からもう一つの小道具を取り出した。バナナの皮である。
 これをタイミング良くアスカの足元へ投げて、アスカはすってんころりん。どひゃーっと大股広げたのが鏡に映り、それをビデオカメラがばっちり捉える。なんて凄い作戦なのかしら!こうやって撮った映像はネットに流してやるわ。勿論無修正よ。『混血ギャル衝撃のノーパン映像!』なんてね。むひゃひゃひゃひゃ。

 そのアスカが来るのが見えた。その時がやって来たのだ。マヤは体の向きを変え、自分の顔がアスカの目に入らないようにする。マヤの右手はすかさずカメラの撮影ボタンを押した。さらにその手にバナナの皮を握りしめる。一歩二歩、アスカの立てる足音が近づいて来る。緊張の一瞬。アスカが真横に来た。今だっ。マヤの右手が素早く動いた。バナナの皮は過たずアスカの足元に落ちた。踵がそれに乗った。
「きゃああああっ!」
 アスカの足が盛大に跳ね上がり、浴衣のすそがはだけた。どしんと音を立てて、尻が廊下を打った。マヤは勝利の歓喜に燃えた目を鏡に向けた。
 その中に見た映像がマヤには信じられなかった。アスカの股間はばっちり映っている。しかし肝心の部分は白い布地がしっかり覆っているのだ。
 嘘よ!穿いてるわけないのに!こんな馬鹿なことって……。マヤは呆然と鏡を見ていた。一方アスカはいててとつぶやきながら、のろのろと体を起こした。
「チクショー。何でこんなところにバナナの皮が落ちてんのよ!」
 マヤはショックから立ち直り、不自然にならないよう言葉を掛ける。
「あの、大丈夫ですか」
「あー痛かった。このバナナの皮、おたくのですか?」
「いいえ、知りません。私、ずっと前を見てたもので」
「そう。でも廊下にこんなのが落ちてるなんてホテルの怠慢だわ。文句言ってやらなきゃ」
 アスカはぶつぶつ言いながら、肩を怒らして去って行く。マヤは憎しみを込めてその後ろ姿を見守るしかなかった。

 ない。ないわ……。
 レイカはその頃、自分の脱衣籠の前で途方に暮れていた。着替えをしようと脱衣籠から下着を取ろうとした時、穿いてきたのと着替え用のと、両方のパンティがないことに気づいたのだ。こんなところで下着泥棒なんて…。普通ありうる?はっ、まさかこれはアスカが!いつもは温厚なレイカもこれには頭に来た。アスカ、後で見てなさいよ。怒りに震えながら、レイカはレイナにテレパシーで呼びかけた。
(レイナ、そっちはどう)
(アスカが出て来たわ。フロントに行って何か話してる。碇君の姿はまだ見えない)
(そう。大至急こっちに来て。緊急事態なの)
(えっ。何が起きたの)
(レイナ、今日のパンティどれ穿いて来た?)
(はぁ?)

 マヤはその場所に座ったまま、なにがどうなって作戦が失敗したのか懸命に考えていた。
 どこからあのパンティが出てきたの?籠は絶対間違ってない。どこかから取り寄せた?あ、そうか!誰かから借りたのよ!畜生、その手があったわよねぇ。
 マヤは悔しげに歯噛みし、正面の鏡を睨んだ。その目がふと、大きく見開かれた。見慣れた人物がそこに映っている。蒼い髪、紅い目をした白いワンピース姿の色白美人。レイまで来たってわけぇ!マヤはあわてて顔を見られないよう横を向いた。レイカはマヤの真横を通過し、ロビーの方へ去って行く。マヤは呆然とその後ろ姿を見守った。

 その時、もう一人の娘が更衣室から出て来た。変装したレイナだ。レイナは頬をやや赤く染め、腰に手をやり、歩きにくそうに歩いているのだった。

 レイカがホテルの広いロビーに出た。きょろきょろと周囲を見回していると、男湯に通じる廊下から想い人が出てくるのを見つけた。レイカはすぐさま小走りに彼の方に駆け寄る。
「碇君」
「綾波ぃ……」シンジはまたも現れた恋人の姿を見て目を丸くする。
「あーあ。君まで来ちゃったのか」あきれかえったシンジは天を仰ぐのだった。
「ごめんなさい。いても立ってもいられなくて」
「分かった。分かった。もういいよ。結局こうなるのがお約束なんだよね」
「本当にごめんなさい」
「いいんだよ。実はアスカも来てるのさ。もう会ったかな?」
「さっき会ったわ」
 と、言ったのはアスカである。いつの間にかレイカの背後に立っていたのだ。
「まーたまた三人揃っちゃったわねぇ。腐れ縁もここまで来ると天然記念物だわ」
「ははは。困ったもんだ」
「笑ってる場合じゃないでしょ。それよりファースト、アンタに話があるの。ちょっと顔かして」
「私もあなたに用があるの」
「シンジ、そういうわけでアタシたち二人で、ちょーっと女同士の話をして来るからその辺で待ってて」
「あ、あの、穏便にね」
 アスカはレイカの腕を取り、人気の少ない廊下の方へ誘った。

「「パンティ返して」」
 二人は同時に言った。二人とも怒りを込めて睨み合っている。
「アンタが先にやったんじゃない。アンタが出せば返してやるわよ」
「何を言ってるの?」
「とぼけんじゃないわよ。あんなことするのアンタ以外にいないわ」
「私が何をしたと?」
「もう!アタシのパンティ盗ったでしょ!」
「知らないわ」
「何ですって!」
「私が犯人と思っているのね。それは違うわ。確かめもしないで人のものを盗るなんて信じられない」
「だったら、誰が盗ったのよ」
「それは解らないわ。私の言うことが嘘だと言うなら、身体検査でもなんでもしたらいいわ」
 レイカは気迫のこもった目でアスカを見つめた。アスカはレイカが嘘をついているようには見えなかった。口を噤んで考え込んでしまう。確かに証拠があるわけじゃなし、これ以上の追求は無理ね。
「…分かったわ。返すわよ。でもアタシが困ってるのも分かるでしょ。ここは女の情けで一枚貸しておいてよ」
「ごめんなさいは?」
 ううぬ。このアタシがレイにあやまるなんて。借りを作るなんて。でも、ここは仕方ないか。
「ごめんなさい。疑ったりして」ぺこりと頭を下げる。
「いいでしょう。ではトイレに行くわよ」
 二人は連れ立ってトイレに入った。しばらくして出てきた二人はまた同じ場所で話し合う。
「このパンティきついわねぇ。もっとお尻大きくしなさいよ」
「大きなお世話よ」
「そんなことより、アタシ、犯人の心当たりがあるわ」
「誰、それ?」
「モエコよ。あのストーカー女!」
「…モエコ…」
 確かにあの女ならやりかねない。ではあの女までがこの場に集まったというのか。
「アイツがここにいるということは、また邪魔されかねないということよ」
「周囲に気を配っていることにしましょう。今日は誰にも邪魔されたくないわ」
「同感。いっそとっ捕まえてお仕置きしてやりたいわ!」

5.
 それからしばらく経ち、昼食をすませたシンジ、アスカとレイカはシンジの部屋に集合していた。その部屋は四人は泊まれる十畳ほどの和室で、暇な平日ということでシンジ一人が宿泊している。彼らがここに集まったのは、シンジの提案で今後のことを話し合おうというのである。
「で、シンジ。いったいアタシたちのうちどっちを取るの?」
「そうだわ碇君。もういいかげんにどちらを取るか決めてほしいの」
 シンジを見つめる二人の視線は厳しい。シンジはしばらく口ごもっていたが、やがて心を決めたか、おもむろに切り出した。
「うん、じゃあまず僕の希望を言うよ」
 レイカとアスカはぐっと身を乗り出した。
「まず僕は誰も傷つけたくない。僕のせいで誰かを不幸にしたくないんだ」
「待ちなさいよ。じゃ、結局今まで通りってわけ?何も進展なし?」
 アスカが勢い込んで言う。「じょーだんじゃないわよ。アンタはそうやって言うけどね、こんなふうに中途半端にしてるのは傷つけてることにならないってえの?」
「そうよ碇君。もうこんなのはいやなの」
 たじたじのシンジだが、ここはこらえなければならない。
「それは分かる。だけど僕の心情も分かってほしい。つまり、僕は二人とも大好きだ。どちらも離したくないんだ」
 シンジは情熱を込めて二人に語りかけた。レイカもアスカもじっとシンジの言葉に聞き入る。
「だから…、僕はこれからも二人とも愛していきたい。君たちを平等に愛することを誓うよ。だから、だから、二人とも僕の恋人ってことでいこうよ!」
 アスカはぐっと唇を噛んでシンジを見つめた。やがて重みを帯びた口調で答えた。
「いやよ。そんなの耐えられないわ。全てか無か、そのどっちかでなきゃいや」
「私もいや」
 レイカもはっきりと答えた。そんなのダメよ。私たちは三人。ただでさえ一人あたり3分の1なのに、その半分だと6分の1じゃないの。それじゃあんまりだわ。
 シンジは二人のきっぱりとした拒絶に会い、急激に気力が萎えてしまった。
「そう。やっぱりだめかな。ははは、は」
「ったりまえでしょう。シンジ。調子に乗ってるといずれ痛い目に遭うわよ」
「碇君。あなたの気持ちも分からないでもない。でもね、いずれははっきりしなければいけないことだと思うの。私もアスカも中途半端はいや。もう覚悟は決まっているわ。だからどちらかを選んで」
「レイの言う通りよ」
 部屋を重苦しい沈黙が包んだ。どうやらシンジのハーレム計画は木っ端微塵に粉砕されたようである。
「……分かった。結局振り出しに戻ったね。ごめん。こんな僕で。本当にすまないと思う。でも悪いけどもう少し考えさせて。うん。近い内に結論を出すよ。それは約束する」
「それはいつなの?」アスカが暗い目をシンジに向けて言った。
「まだいつとは言えない。近い内としか」
「んもう、はっきりしないんだからっ」
「ごめん。ほんとごめん」
 シンジは深々と頭を下げた。レイカとアスカはふうとため息をつく。こうして話し合いはなんの成果もなく終わったのだった。

 レイカとアスカは夫々の部屋へ戻るために廊下に出た。アスカはエレベーターホールへ、レイカは同じ階の自分の部屋へ向かう。
 彼女らの姿を廊下の隅からじっと見守る女がいる。その女は満足げににやりと笑みを浮かべ、後退りして階段の方へ消えていった。

6.
 アスカは自分が泊まった部屋で畳に仰向けになり、天井を眺めていた。先程の話し合いのことが自然と思い返され、出歩く気にならず、考えに耽る。
 やれやれ、今日も何の進展もなしか。レイがいなけりゃねぇ。つまんないな。この後どうしよ。その辺散歩でもしようか。晩ご飯シンジと食べて。当然アイツもいて。…シンジと二人きりになりたい。なんかいい方法ないかな。
 ミサトの『力の限り迫るのよ!』と言う言葉が思い浮かんだ。
 そうよ。いつでも全力投球よ!捨て身でやらなきゃレイに先を越されるかも。同じ屋根の下にいるんだから危険は一杯ね。それなら…。
 アスカはむくっと体を起こし、部屋の隅にある電話機に向かった。

シンジの部屋の電話機がなった。誰だろう。シンジは二人の女のうちどちらかに違いないと思いながら受話器を取ると、案の定アスカだった。
『シンジィ。今暇?』
「アスカかい。うん、暇だけど」
『アタシもなの。それでね、退屈しのぎにクイズを出してあげる』
「クイズ?どんな?」
『では問題です。アタシが今身に着けているのは次のうちのどれでしょう?1番、普通の浴衣。2番、普通のツーピース。3番、シャネルの香水。さあ、どれかな?』
「うーん。1番」
『ブー、はずれ。正解は3番、シャネルの香水でした』
「へー、香水ねぇ。…って、もももしかして、そそそれ裸ってこと?」
『あったりー。アタシ今一糸まとわぬ姿なの』
 シンジの脳裏にアスカのしどけない姿が浮かんだ。
「ア、 アスカ。よしなよ、そんなの。どういうつもりなのさっ」
『だって暑いんだもーん。ねぇ、シンジ。想像してみて。この前、ちょっとだけ見たでしょ。アタシの生まれたままの姿。感じたでしょ。萌えたでしょ。シンジが少し足を動かせばそれがまた見られるの』
「アスカ……」
『ほら、思い浮かべるの。あの日のアタシ。シンジったら目を丸くしてた。見たいでしょ。触りたいでしょ』  シンジはごくりと生唾を飲み込んだ。血液が股間に集まりだしていた。
『受話器、胸の間に挟んじゃおっかなー』ごそごそごそ。
『別の所にも挟んじゃおっかなー』ごそごそごそ。
 今やシンジの脳裏にはアスカの体のあちこちが大写しになっている。股間のソレははちきれんばかりに怒張を遂げ、軽い痛みすらシンジは感じているのだ。
『シンジ、いつまでもほおっておかれると、アタシ、風邪引いちゃう』
「アスカ……」
 アスカの声はますます熱を帯びていき、シンジの脳に媚薬のように作用していく。
『さぁ、来るのよ、シンジ。ぐずぐずしてないで。見られるのよ。触れるのよ。アタシと一つになれるのよ』
「……………」
『シンジ、さぁ、いらっしゃい。怖がることはなにもないの』
「アスカ!ごめん!ちょっとだけ考えさせて!」
 シンジはがちゃっと受話器を置いた。はーっと大きく息を吐いた。額に汗が浮かんでいた。

 アスカはゆっくりと受話器を置いた。シンジはきっと来る。そう確信してにんまりと笑った。その肢体は勿論浴衣の中に収まっている。

 どうしよう。行きたい。アスカとしたい。息子がびんびんだよう。納まりがつかないよ。…行こうか。でも綾波は?綾波が可愛そうだ。でもアスカのあの体。ああ、どうしたらいいんだ。…まてよ。アスカとした後、綾波ともしてやれば…。そうだ、そうだよ!それでおあいこだ。二股掛けたっていいじゃないか!後のことはその場その場で何とかすればいいよ。や、やるんだ。童貞とおさらばするんだ。
 よし、行くぞ。いや、ちょっと待て。まだ髪が洗いざらしだ。身だしなみはちゃんとして行こう。あと何か忘れてないかな。そうだ!避妊具がいるじゃないか!まさかホテルの売店には置いてないだろ。外に出ればどうかな?このぐらい大きな温泉街なら薬局があるんじゃないか?行ってみよう。アスカを待たせちゃうな。電話しとこう。
「アスカかい。後で行く。必ず行くから待ってて」
 ……言っちゃった。もう後へは退けない。やるんだ。大人になるんだ。
 シンジはバスルームに入り、鏡に向かって髪をセットしだす。心はもう有頂天。鼻歌まで歌いだした。

(リムスキー・コルサコフ作曲、交響組曲『シェヘラザード』海のテーマでどうぞ)
♪ひーとりーだけじゃーでーきないよセックス(セックス)
ピーヒャラリーラーとなーるのはファックス(ファックス)
せーいのーしんぴー、よーるーのーほむらー
ジーンのーさけびー、むーねーのーうずきー
おーとーなーだからーすーるのさセックス(セックス)
ふーつかーもはけばーにーおうぞソックス(ソックス)
おーれはーやるぞー、やーってーやるぞー
あーれをーするぞー、こーれもーするぞー
あーいーのーきょーくちー
こーいーはーそうまーやーくー
やーるーぞーきぶんーはマックス!
そーうだーけついーはフィックス!
ゆーくぞーそうさーやーるんだセックス(セックス)
あーいのーしるしーすばらしいセックス
セックス!セックス!セックス!セックス!
おとこのゆめよくぼうのこえ
ふとももしりおっぱいちくびーーー♪

 アスカもまた心うきうき、幸せ一杯でシンジの来訪を待っている。
 とうとう来たのね、その時が。レイ、悪いけどこの勝負アタシの勝ちよ。アタシは女になるわ。アンタはずーっと清らかな処女でいたらいいのよ。それからアタシとシンジはラブラブよ。そして、そう遠くない将来二人はめでたくゴールイン!この小説もLASになって、タイトルも変わるの。そうね、こんなのがいいな!




アスカとシンジのラブラブ日記

第1回「一日の始まりは甘ーいキッスからよん」

間部瀬博士


1.
 ちゅっ。ほっぺたが軽く音を立てて、アタシは目覚めた。目を開けると、シンジの顔が間近にあったの。
「起きて。お姫様。もう7時だよ」
「お早うシンジ」
アタシはいつものようににっこり笑ってシンジの首に両腕を回した。シンジはアタシに覆いかぶさって唇を合わせてきた。唇が唇に挨拶してから、彼の舌がアタシのお口の戸を叩くの。アタシの舌は喜んでそれを迎えいれてあげる。舌と舌がからみあってお互いをたっぷり味わったわ。

アタシが着替えや顔を洗ったりしてから、ダイニングに行くと、そこのテーブルの上にはもう朝食が乗っていたわ。シンジお得意のとってもおいしいハンバーグや、トースト、スープにサラダなど。彼、お料理がほんとに上手。アタシほど幸せな奥さんもまずいないわ。掃除や洗濯もほとんどやってくれるし。
「さあ、アスカ。冷めないうちに食べてね」
「まぁ、今日もアタシの好物なのね。うれしいわ、ダーリン」
 アタシは身を乗り出して彼の頬にお礼のキスをしてあげた。彼も満足そうだわ。
「そう言ってくれると作ったかいがあるよ。マイハニー」
 それから私達は柔らかい朝の光の中、楽しくおしゃべりしながらお食事をした。ふと、シンジは窓の外に何かを見つけて声を上げたの。
「彼女、また来てるよ」
 どれどれとアタシも外を見たの。すると庭の向こうの木陰に蒼い髪に目の紅い女が、立ってこっちを眺めているのが見えたわ。
「ああ、彼女ね。困ったものだわ。きっとまだシンジのことが忘れられないのよ」
 ええと、彼女、名前なんだったっけ。忘れちゃったわ。
「僕、行って、もう来ないように言って来るよ」
 シンジが立ち上がりかけた。その時、アタシにいい考えが浮かんだわ。
「待って。それよりこの場でアタシたちがどんなに仲がいいか見せてやったら?そうすればきっとあきらめるわ」
「それもいい考えだね」
 それでアタシたちは窓際に行って抱き合ったの。窓は床まであるからアタシたちの全身が見えるはず。シンジはアタシをきつく抱きしめて唇を求めてきた。アタシもそれに答えて二人情熱に溢れたキスをした。最初、ちょっと恥ずかしかったけど、見られてるのにだんだん燃えてきちゃった。そのうち彼ったらアタシのお尻に手を回してなでまわすじゃないの。アタシ、いやだって言ったんだけど彼、全然聞かないで手を離さない。そうするうちに…いやだわ、どんどん感じちゃう。アタシ、口を離してシンジを見上げた。きっと瞳が情欲に濡れてたと思うわ。
「ねぇ、シンジ、ベッドに連れてって」




「なんなの、これは?」
 ま、レイちゃん、そう怒らないで。単なるネタですから。
「私がどうしてストーカーになるの?」
 これはあくまでもアスカの立場に立った話ですから…。
「あなたはこのサイトの性格を理解しているのでしょうね?」
 まぁ、一応は。
「今すぐ止めなさい」
 は、はい。

 それでは本編をどうぞ。

7.
 シンジは、服を洋服に着替え、髪をきちんとセットして部屋を出ようとした時、電話機が鳴った。シンジはそれを取った。
「もしもし、こちらフロントですが碇様ですか?」それは女の声だった。
「はい、そうです」
「まことに申し訳ありませんが、空調に不具合が出ているようでして。これからそちらへ伺って点検をしたいのですが、ご都合はいかがですか?」
「あの、長くかかりますか?」
「いえ、1、2分で終わりますから」
「それならどうぞ」
 シンジは受話器を置き、やむなく畳の上に座った。2,3分経った頃、ドアを叩く音がした。シンジはそちらに歩み寄り、何の警戒心もなくドアを開けた。
 女が立っていた。長い髪の毛に眼鏡をした女だ。
「お休みのところすいません。ちょっと失礼します」
「いえ、どうぞ」
 シンジは体をずらして道を開けようとする。そのシンジの顔の前にスプレー缶が突きつけられた。しゅっという音と共にガスが発射される。一瞬の後、シンジの意識は急激に失われた。

 マヤは崩れそうになるシンジの体を支え、やっとの思いで部屋に運びこんだ。やれやれ、シンジ君の体、重いわ。よっこらしょっと。
 畳の上にシンジの体をようやく横たえた。マヤは腰に手を当てて満足げにそれを見下ろした。ふう。ごめんね、シンジ君。あなたにはなんの怨みもないけど、アスカにいい思いはさせられないの。女の執念ってやつね。分かってね。…って、分かってくれるわけないか。
 マヤはシンジの傍らに腰を下ろした。と、なんとズボンのベルトをゆるめ、膝まで下ろしてしまったではないか。白いブリーフが露になった。マヤはさらに思い切ってそのブリーフに手を伸ばし、一気に下ろした。
「…ちっちゃい…」

 レイナはホテルの階段をふうふういいながら昇ってきた。(先程レイカに貸したパンティは無事帰って来ている)モエコ捜索の任を帯びたレイナはホテル中隈なく捜し回り、今は階段を点検してきたところだ。これだけ捜してもいないのは、どこか客室に潜伏しているに違いない。そう結論づけたレイナはレイカの部屋に戻ろうとしている。815号室がそうだ。レイナがそこへ通じる廊下へ出ようとした時、ぎょっとして足を止めた。たまたま同じ階にあるシンジの部屋、803号室から女が出てきたのだ。その女は手にバッグを提げてあたりに気を配り、こちらに向かってくる。レイナは後退して階段まで下がった。女が間近に迫った。長い髪の眼鏡の女だ。レイナは今来たばかりという様子で、女の顔を見ないようにしながらすれ違った。そのまま歩きながら頭の中で十数えると、くるりと踵を返し、女を尾ける。同時にレイカへテレパシーを飛ばした。
(レイカ、異変よ。碇君の部屋から女が出て来た)
(なんですって?知ってる女?)
(いいえ、知らない女よ。30近い感じ。おかしいわ。従業員って感じじゃなかった)
(碇君の部屋に電話してみる)
(そうして。私はあの女を尾けるわ。もしかしたら私たちモエコについて考え違いをしていたかも)
(と、言うのは?)
(あの姿がモエコの本当の姿じゃないってことよ)
(なるほど。私たちと同類ってことね)
(なんとかしてあいつの正体を掴んでみるわ)
(頑張って。私は碇君の様子を探る。とても心配だわ)

 レイカはさっきからずっとシンジの部屋に電話を掛けている。しかし、シンジは出ないのだ。おかしい。なぜ出ないの?レイカの心中は不安で一杯だ。そこへレイナからのテレパシーが。
(女は520号室に入ったわ。従業員じゃないことは間違いない)
(だとしたら碇君の部屋に入れたのはなぜ?オートロックなんだから、中に碇君がいなければ開けられないはずよ)
(電話には出ないの?)
(出ない。彼の身に何かあったのよ!)
(大変なことになったわね)
(……遂に封印を解く時が来たのだわ)
(それって、まさか!)
(それしかないわ。大丈夫。私に任せて)
 レイカはすっくと立ち上がり、窓際に寄った。窓を大きく開けて外の様子を見る。まだ日は高く、遠くには太平洋が陽光にきらきらと輝いているのが見える。眼下には駐車場があり、数台の車が停まっているが、今のところ人影はない。その向こうは松林になっていて、それが海岸まで続いている。
 いけるわ。レイカは窓枠に足を掛け、乗った。引き締まった表情で下界を見つめた。そして、一気に空中へ踏み出した。
 その体は自然の法則に反して落下しなかったのである。下方へ向けて展開したATフィールドが引力を遮断し、その体を空中に止めているのだ。さらにレイカは用心のため結界を張った。外部からは輝く光球に見えることだろう。レイカは結界の中からうっすらと見えるホテルの窓をたよりに、ATフィールドを操作しつつ、シンジの部屋へ移動を開始した。
 一つ、二つと窓の数を数えながら、レイカは横へ横へと進んで行く。中から見られないように窓枠からやや下を進んだ。やがて、ここと見当をつけた窓の下に辿り着き、そっと体を持ち上げて中を覗いた。
 シンジの姿があった。シンジは敷布団の上に洋服のまま横たわっている。寝てるわ。でもそれなら電話の音で目覚めそうなもの。それに服を着たままというのも不自然。ま、まさか碇君!レイカは窓を動かしてみた。動く。幸い鍵は掛かっていない。レイカは窓を大きく開けて、部屋に入り込んだ。振り返って外に異変がないか確かめる。目撃者らしきものは見当たらない。レイカは安心してシンジの元に駆け寄った。

 ところが、目撃者はいたのである。たまたま松林の中にいた地元の漁師がそれを見ていた。
 この事件は後に『水曜スペシャル 現代の怪現象!UFOか霊魂か?温泉街を恐怖のドン底に陥れた怪異の謎が今夜明らかになる!次々と登場する驚きの新事実にスタジオ騒然!』というテレビ番組で大きく取上げられた。
 漁師の証言:「ホテルのあっこのあたりからよう、こう丸い光がすーっと横に動いてってぇ、あっこの辺で消えちまったじゃん。おら、びっくりこいたべさ。ありゃーUFOにちぎゃあねゃあずら」
 スタジオでは例によって矢追ジュンイチはUFO説、O槻教授がプラズマ説、織田ムドウは霊魂説を唱えて三者鋭く対立したのであった。

 そのことはひとまず措いてレイカである。レイカはシンジの傍に座り、右手の脈を取った。ちゃんと力強く脈打っている。次にシンジの額に手を当ててみる。熱があるようには感じられない。ようやく安心したレイカはレイナにテレパシーを送った。
(レイナ、安心して。碇君、寝てるだけみたい)
(良かった。強盗に遭ったのかも知れないわ。盗られたものはないかしら)
(まず碇君を起こして確かめてみる)
(しっかりね、レイカ。私はあいつの部屋を見張っているわ)
「碇君。起きて、碇君」
 レイカはシンジの肩を掴んで激しく揺さぶった。しばらくは深く眠ったままのシンジだったが、やがてううんと呟いて薄く目を開けた。
「…あやなみ?」
 レイカの姿に気づいたシンジはぱっちりと目を開け、上体を起こそうとする。途端に激しい頭痛が襲い、シンジは頭を抱えた。「いてててて」
「大丈夫、碇君?」レイカは心配そうにシンジの顔を覗き込んだ。
「頭が痛いのね。いいから無理しないで横になっていて」
「ごめんよ綾波。僕はどうしてこんな…。そうだ、あの女!あいつ僕をスプレーで眠らせて…。大変だ!盗られた物はないかな」
 シンジは頭痛に耐えながら起き上がり、ズボンのポケットやバッグの中などを一通り点検した。幸い、奇妙と言えば奇妙なことに何も盗まれてはいない。もう一つ奇妙なことがある。股間に異物感があるのだ。何だろうこれ?変なものが着いてるみたいだ。綾波の前じゃ調べられないよ。
 猛烈な眠気が襲って来た。取りあえず後で調べることにして、シンジは再び布団に横になった。
「ごめん、綾波。何も盗まれてないみたいだから、少し寝かせて」
「いいわ、碇君。私はここにいるから」
「それにしても綾波、どうして分かったの?どうやって入ったの?」
「女が出てくるところを丁度見ていたの。碇君、電話しても出ないから心配になって、ホテルの人に頼んで入れてもらったの」
「そう…」
 そのままシンジは再び眠りに落ちていった。レイカはシンジの寝顔にじっと見入った。すやすやと幸せそうに眠っている。愛しさがこみ上げてきた。少し考えて電話機のプラグを壁から抜いた。これで邪魔は入らない。レイカは立ち上がって押入れから枕と毛布を取り出し、シンジに掛けた。そして部屋の乱れ箱にある予備の浴衣に着替えてから、自分も傍らに横たわった。一つの布団の中で二人は密着した。時はそのまま静かに流れていった。

 アスカはシンジが来るのをじりじりしながら待っていた。遅いわねぇ。あれから大分経つわよ。何してるのかしら。電話機に手を伸ばして、シンジの部屋に繋いだ。聞こえてくるのは話中の音だ。まったく。誰と話してるの?アイツに決まってるわよね。チクショー!また邪魔しやがってぇ。

 自室に戻ったマヤは、満足そうに微笑みながら、一人ウイスキーの水割りを飲んでいる。くくく、もう少しで彼、目覚めるわね。驚くだろうな。彼女たちになんて言い訳するのかしら。ま、ここは聖人君子になってね。アスカもレイも今夜はがっかりね。寂しく一人エッチでもすればいいわ。むふ。むはははははは。

8.
 1時間ほど時が経った。シンジの目が開いた。すぐ目の前にレイカの顔があった。
「わっ」驚いたシンジは上体を起こす。すっかり目が覚めていた。レイカも目を閉じて眠っていたのだが、その声に反応したのか、うっすらと目を開けた。シンジの方を向いて愛らしい微笑を見せた。
「碇君。起きたのね」
「綾波。そうだ。いたんだよね。今何時だろ?」
レイカは枕元に置いた腕時計を見た。「5時30分」
 げっ。シンジはあせった。アスカ、かんかんに怒ってるよう!えらく待たせちゃった。大変だ、大変だ。シンジは勢いよく立ち上がった。頭痛の方はきれいさっぱりなくなっていた。うう。綾波がいる。急に出て行ったら変に思われる。何とかして自然に出て行くようにしなきゃ。そこでようやくシンジは股間の異物を意識した。そうだ。これも調べないと。それには…。
「ちょっとトイレに行って来る」
「もう頭は痛くないの?」
「平気だよ。綾波、いろいろありがとう」
 シンジはいそいそと襖を開け、奥にあるトイレに向かった。
 トイレの個室の中で、シンジは慌しくブリーフを下ろした。そこに見たものはまさに驚愕に値するしろものだった。
 男の大事なモノの付け根に、金属性の輪が鈍い光を放っているのだ。
「なんだこれ!」シンジは低く叫んでその輪を下に下ろそうとする。途端にその下の部分から形容を絶する痛みが。
「★○□▲◆◎(゚∀゚)▽▲■☆●▼!!!!」
 袋にからまった輪が玉を圧迫したのである。シンジはその場にうずくまってしばらく動けなかった。ようやく痛みが治まってから改めてその異物をまさぐってみた。竿に嵌っている金属の輪からはビニールのような輪が伸びている。幅は1センチ程あるだろうか。それが玉袋の付け根を廻っているのだ。さらに脅威なのはそのつなぎ目と思しき箇所にはごく小さな金属性の塊が垂れ下がっているだけで、どうにも外しようがないのである。シンジはその輪を力一杯引っ張ってみたが、輪はびくともしない。
「なんだよ、これ。どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだよう」
 シンジは涙目になりながら、あれこれといじくりまわしてみる。だが、輪をはずす手段は皆目見当もつかない。そのうち、シンジは金属の輪に結び付けられているこよりのようなものに注目した。もしかしたら何かヒントが。シンジはそれを慎重にはずしてみた。それはやはり、小さな紙片を細く折り畳んだもので、広げてみると、ごく小さい文字がびっしりと印字されていた。

シンジ。これをはずしてほしければ24時間以内に次の行動を取ること。
1.アスカに向かってお尻ぺんぺんしながら、「やーい、バカアスカ。お前の顔なんかもう
見たくもないや。お前とは絶交だ。アホ、チ○カス、くされマ〇コ」と言うこと。
2.「モエコ、好きだよ。愛してるよ」と書いた手紙を100通書いて下の住所へ送ること。
  第三新東京市××区××町××丁目×‐×× 桃原モエコ
あたし、ずっとあなたを見張ってるからね。この通りにしないと永久にあなたは童貞よ。
これやったら鍵を送ってあげるから。あたしといっぱい愛しあいましょうね。ウフ。(はあと)
あなたのモエコより

「何なんだよ。これはぁ」
 してみるとこの金属性の塊は南京錠のようなものか。シンジは絶望のあまり頭を抱えてその場に座り込んでしまった。天国から地獄へ突き落とされたような気持ちがして、シンジは大声で叫び出したい気分だったが、部屋にはレイカがいるのでそうもいかず、ただ悔しげに唇を噛み締めるのだった。

 レイカはシンジを待ちながら考え事に耽っていた。
 碇君のさっきの態度。何か変だった。約束事を思い出したような。それにトイレも長い。何があったの?はっ、もしかして。レイカは自分の推測の重大さに愕然とした。
アスカのところに行こうとしてるのね!
レイカはたまらず立ち上がり、歩き回りながら対策を考える。あの色気猿、碇君をたらしこんで……。ああ、どうしよう。このままでは碇君を取られてしまう。そうだわ。私も積極的にならなきゃ。体ごとぶつかるつもりでやらなきゃ。レイカは決意を込めてシンジのいるトイレの方を見つめた。襖を開けてトイレのドアを見る。ドアノブのところに鍵が掛かっていることを示す赤い印が見えた。大丈夫、まだいる。レイカは襖を開けたままにしておいた。

 シンジは悄然としてトイレから出て来た。ふらふらと夢遊病者のように部屋に入る。そこには浴衣姿のレイカが待っていた。
「どう?碇君?」
「ああ、綾波。なんともないよ」シンジは力なく笑った。
「ねぇ、碇君。私の胸、小さいかな?」
「えっ」シンジは息を呑む。「そ、そんなことないと思うよ」
「アスカの胸、大きいよね?魅力的よね、あの人。でも私だってまんざらじゃないと思うの」
「そ、そうだよ。そうだとも」
「確かめてみて」
「は?」
「今、ここで確かめてみて」
 レイカはするすると帯を解き、浴衣を脱ぎ捨てた。下には何一つ身に着けていなかった。
「私のすべてを見て」
 シンジの眼にレイカの全裸が飛び込んできた。かつて見た小さめだが形の良い双乳。これ以上細くなっては病的に見えてしまうほどの柳腰。細く可憐な手足。そして何よりあのホテルでの一夜でも見ることの叶わなかった女の花園。そこには成熟の証たるべき叢がなく、幼女のごとき艶に輝き、妖しいエロチシズムが爛漫と匂い立つ。
 シンジは呆然としてそれらに見入っている。血液が股間に集中しだしていた。レイカが一歩近づいた。
「抱いて。碇君」
「うんぎゃああああああああ!!」
 突然、シンジが叫んだ。一瞬にして官能が消し飛んだ。シンジはしゃがみ込み、股間を押さえて苦痛に悶えた。性器の付け根がぎりぎりと締め付けられ、例えようのない痛みが脳天へ突き抜けた。
「どうしたの!碇君!」
 レイカはあわててシンジの元に駆け寄った。シンジの方は、苦痛からすっかりその気が失せ、それがしぼむと同時に痛みも無くなった。下を向いてはあはあと息をした。
「ねぇ、いったいどうしたというの?」
 シンジの傍に座ったレイカ。その体が再び目に入る。しかも先程よりもアップで。二つの丸い丘とその可憐に突き出たピンク色の頂点が。あの禁断と官能の門が。
「☆★○■▽(゚д゚)▽■◎★◇!!!!」
 シンジはまた、激痛で声にならない叫びを上げ、涙を流してうずくまる。
「ねぇ、何なの?私、どうしたらいいの?」
 シンジは下を向いたまま、目をつむってレイカに囁いた。
「ごめん、綾波。頼むから服を着て」
「そんな。そうなのね…。私がきらいになったのね」
「ちがうよお」
「どうちがうの?好きだったらそんなことは言わないはず」
「好きだよお。お願いだから話をややこしくしないで」
「だったら、だったら私を抱いて」
 レイカはシンジの体を無理やり起こし、ひしと抱きついた。むさぼるようにシンジの唇を奪った。レイカが上になり倒れこんだ、レイカはそのままシンジの左手を取り、自分の胸に押し付けた。シンジの手には、遠いあの日のそれとは一味違う胸の感触があった。またしても官能が蘇り、またしても苦痛がシンジの性器を襲うのだった。
「◇▽●□■(゚o゚)♂☆★◎▲!!!!」
 その時、どんどんと激しくドアを叩く音が、激しい怒声を伴い、襖をも通して聞こえて来る。
「バカシンジ!!いったい何やってるの!!早くこのドアを開けなさいっ!!でないと突き破っちゃうわよ!!」

9.
 アスカとレイカはテーブルを挟んでシンジと相対していた。レイカは勿論きちんとワンピースを身にまとっている。アスカもブラウスとミニスカートを着ていた。三人は今回の事件について話し合っているのだ。
その少し前、アスカが来たためにあわてて行為を中断して、衣服を着たレイカだったが、そのためにシンジがドアを開けるのが遅れた。アスカは部屋にレイカがいるのを見た途端、最前まで部屋で何をしていたか感づき、一騒動持ち上がった。そこをシンジが必死の言い訳をし、アスカを宥めて、こうして話し合いをもっている。
アスカはモエコの手紙を手にしながら、怒りにぶるぶる震えている。
「おのれモエコめぇ。どこまでアタシを邪魔したら気が済むのよぉ」
「私も許せないわ。碇君にこんなことをするなんて」レイカの方も怒りに白い顔を赤く染めている。
「まったく!身に覚えのない僕がなんでこんな目に遭わなきゃならないんだ!捕まえて警察に引き渡してやりたいよ」シンジも珍しく怒りを露にする。
「奴はきっとまだホテルの中にいるわ!みんなで捜しましょうよ!とっ捕まえて鍵を出させるのよ」
「賛成。三人で捜せばきっと見つかるわ」と同調したレイカだったが、一方で悩みもあるのだ。レイカはレイナの情報によって、モエコの居場所を知っている。そこを襲えばいいわけだが、なぜそれを知っているのか説明のし様がないのだ。
(レイカ!)
(どうしたの?レイナ)
(女が出てきた!上に上がって行くわ。レストランに行くのよ、きっと)
(しめた!そこを捜しに行けば捕まえられる)
(でも問題ができたわ)
(何それ?)
(変装を変えたの。碇君が見た格好じゃなくなってる)
(何ですって!じゃどうすれば…)
(せっかく犯人が分かっているのに、手出しできないなんて)
「ちょっとファースト。聞いてるのっ!」アスカがテレパシーに耽るレイカに叫んだ。レイカはテレパシーを中断してアスカの方を向く。
「ごめんなさい」
「ったくもう。ボーっとするんじゃないわよ。いい。これから三つに分かれて捜しに行くわよ。あいつの背格好は頭に叩き込んだわね。シンジはこれから最上階のレストランに行くわ。丁度食事時だからいる確率が高いからね。アタシは1階。アンタはその他の階をお願い。分かった?」
「わ、分かった」
「それじゃ時間がもったいないわ。早速行動開始よ!」
「ちょ、ちょっと待って」レイカは立ち上がりかけたアスカを制した。
「何よ。時間がもったいないわ。早くして」
「モエコだけど、碇君が見た時の姿形でいるとは限らないと思うの」
「どうしてよ」
「考えてみて。最初はソバージュ、今度は長髪。一定してないわ。だったら今も同じ格好でいるかしら」
「確かにそうだよ。ずっと同じ格好でうろうろしてたら、僕らに発見して下さいと言ってるようなものだね。綾波の意見は正しいと思う」と、シンジが言った。
「じゃあとっくにここを出て行った可能性もあるってことだわ。それだったら一巻の終わりね。でも今はいることを信じて捜すしかない。アイツの顔に何か特徴はなかった?」アスカがシンジに訊いた。
「えーと…」シンジは真剣に考え込む。そのまま時間は刻々と経過していく。
(レイナ、レイナ)
(何よレイカ)
(あいつの姿に前と同じところはない?)
(そうねぇ……。あ、イヤリング!あいつイヤリングを着けっぱなしにしてるわ!)
(えらいわ、レイナ。これで何とかなるかも)
「あのね、碇君。例えば耳とかに特徴はなかったかしら?」
「耳、耳ねぇ……」
「何か飾りを着けてたとか」
突然シンジはぱっと明るい顔をして叫んだ。「そうだ、イヤリングだ!彼女、耳に菱形のイヤリングをぶら下げてた。プラチナみたいなやつ。結構目立ってたよ!」
「オッケー。それを目当てに捜しましょう。ファースト、いい勘してるじゃない」
「ただなんとなくね」
「ところでアンタたち携帯は持って来た?」
「いや、置いてきたんだ。その、今日は誰にも邪魔されないでじっくり考えたかったから」
「私も」
「だめねぇ。ま、仕方がないわ。じゃ、行くわよ、みんな!」
 三人は勢い良く立ち上がり、モエコ捜索を開始した。

 マヤは手に持った皿にローストビーフを乗せた。ここはホテル最上階にあるレストラン。バイキング形式で、客は好きな料理を好きなだけ食べられる仕組みだ。マヤは鼻歌でも出そうな雰囲気で、次々と好物を皿に盛っていく。今は服装を改め、鬘もウェーブの掛かった短髪のものにし、眼鏡も種類を変え、化粧も濃い目にしている。マヤにはシンジと会っても絶対見破られないという自信がある。だが、そこに驕りがあった。耳のイヤリングはうっかりそのままにしていたのだ。
 今日はお祝いに一杯食べちゃお。アスカたち、早く来ないかな。あいつの悔しそうな顔見てやりたいわ。くっくっく。きっとお通夜みたいな雰囲気になるわよ。それにしても夢精防止器転じてマヤ式貞操帯、傑作だわね。商品化しちゃおうかな。
 マヤは壁際の自分の席に戻り、ローストビーフに箸を付けた。と、入り口の方に見慣れた人物を発見する。シンジだ。シンジ君が来たわ。他の二人はいない。きょろきょろ見回してるわね。そうか、三方に分かれて捜してるのね。でも大丈夫。この変装がばれるもんですか。
 シンジは盆と皿を取り、料理を選ぶふりをしながら周囲を観察する。そして三品ほど皿に乗せて、ゆっくりと席を選ぶような感じでレストラン内を歩き回った。ここは目線を合わさないようにしましょ。自然に、何気なく。シンジがマヤの前を通り過ぎた。ふん。行っちゃったわ。やはり私の変装は完璧よ。シンジは一番奥まで行くと、踵を返してまたこちらへ向かって来る。また来たわ。見ないようにしよ。その足がマヤから数歩先で止まった。ん?何止まってんの?
 シンジはつかつかとマヤに歩み寄り、いきなり隣に座り込んで、すぐさま二の腕を掴んだ。
「モエコだろ」
 マヤは脳天を殴られたような衝撃を受けた。そんな!ばれるなんて!
「ち、違います。誰ですか、それ?」マヤはそれでも、びっくりしたような声色で訊き返した。
「とぼけるなよ。そのイヤリング、はっきり覚えているんだ。はずさなかったのは失敗だったね」
「くっ……」マヤの顔が悔しそうに歪んだ。
「さあ、鍵を出して。さもないと警察に突き出すよ」
 マヤの頭脳はフル回転で事態打開の可能性を探った。シンジのマヤの腕を握る力は強い。到底逃げ切れる可能性はないし、ここで下手に騒げば本当に警察沙汰になる公算が大きい。ひとまず言いなりになってチャンスを探るしかないわ。
「分かったわ。鍵は今、私の部屋よ。そこへ行きましょう」
「いいとも」
 シンジとマヤはテーブルに料理を置いたまま立ち上がった。奥のテーブルにその一部始終を見守っている者がいた。レイナである。
(レイカ、やったわ!)
(何、なに?見つかったの?)
(うん。碇君、あいつの腕を掴んで連行して行くわ)
(良かった!これで万事解決ね!)

 シンジとマヤはマヤの部屋に入った。シンジの部屋と同じ和室だ。上がり込んだシンジにマヤは、バッグの中から取り出したごく小さなT字型の鍵を渡した。「はい、これよ」
 シンジはそれをつまんで考えた。どうする?アスカかレイを呼びたいところだな。携帯を持って来れば良かった。とにかくここは僕一人で何とかしなきゃ。
「ここから一歩も動くんじゃないぞ」
「いいわ。もう逃げも隠れもしないわよ」
 マヤのしおらしい態度に、シンジは安心してしまった。シンジは後ずさりして襖を開け、玄関に入った。トイレの中で錠をはずすためだ。さすがに女性の前でそれを曝し出すのは憚られたのだ。シンジの姿が見えなくなったのと同時にマヤは動いた。甘いわね、シンジ君。こういう時は縛り付けておくものよ!
 シンジはズボンを脱ぎ、ブリーフを下ろした。便座に座り、足を広げて上げるという、真に情けない格好で南京錠をまさぐった。鍵の先をそれにこすり付けていると、確かに鍵穴にそれがはまり込む感触がした。それをひねるシンジだったが……、まったく動かないのだ。さらに力を込めて何度もやり直してみる。しかし、鍵はびくともしない。
「変だぞ、これ」何か不具合があるのか。シンジはモエコに問い質そうとブリーフだけを穿いてトイレを出た。
 その時、玄関のドアがしまっていくのが見えた。
シンジは愕然とした。逃げられる!あわててドアを開けて見回す。階段の方へかばんを持ちながら、すごい勢いで駆けていくモエコの後姿が見えた。
「待てっ!」と、シンジも数歩追いかけて、急に止まった。パンツ一丁じゃないか!こりゃだめだ。ズボンを穿かなきゃ。シンジは回れ右してドアのノブを掴んだ。
顔からサッと音を立てて血の気が引いた。ノブはぴくりとも動かない。オートロックが掛かってしまったのだ。

10.
 シンジはホテルの廊下にブリーフとシャツという、珍妙な格好で締め出されてしまったのだ。
 たた大変だ、どうしよう。ここは僕の部屋に、…って駄目だ。鍵はズボンの中だよう。シンジの脳は目まぐるしく回転する。とにかくここにこうしちゃいられない。こんなの誰かに見られたら一生の恥だよ。どうにかしなきゃ。いつまでもここにいるわけにもいかないし。
 結局シンジは目立たぬように、1階のフロントまで行き、部屋の鍵を開けてもらうように頼むしかないと思った。そこまで辿り着けば、腰を覆うものも貸してくれるだろう。そう心に決めたシンジは、誰にも会わないことを祈りながら階段の方へ進んで行った。

 マヤは、息を荒くしながら、階段を駆け下りて1階に降りた。シンジ君、ダミーの鍵にまんまと引っ掛かってくれたわ。まだ私に運があるわね。とにかくこんなところ一刻も早く引き上げましょう。やつらに見つかったらただでは済まされないわ。マヤは柱の陰から、フロントの方を見た。この時間帯、ロビーは閑散としている。アスカやレイらしき人影は見えない。やったわ。今の内に脱出よ。

 シンジはそろそろと階段を下りて行く。3階から2階へ向かう途中だ。と、そこへ誰かが上がって来る足音が。シンジはうろたえたが、目の前に身を一時的に隠すのに手頃な柱の出っ張りがあるのを見つけた。足音はどんどん大きくなってくる。思い切ってその柱の陰に身を押し付けた。うまくいけば見られずにすむかもしれない。足音はさらに近づき、シンジの間近に迫った。シンジは息を潜めてその人物が通り過ぎるのを待つ。頼むからこっちを見ないで!その人物は墜にシンジの目前に差し掛かった。頭の禿げた中年男だ。男はシンジに目もくれず、遠ざかっていった。シンジはほっとため息をつき、再び階段を下り始めた。

 アスカは大浴場の捜索を終えてロビーへやって来た。ロビーは広いが、人は少ないので捜索はた易い。その中ほどまで進んだ時、フロントから一人の女が立ち去ろうとしているのが見えた。かばんを肩から提げて出口へ向かって行く。こんな時間にチェックアウト?普通じゃないわ!アスカは素早く女の方に近づいて女の耳を見た。
 菱形のイヤリングがきらきらと輝いている。
「モエコ!!」
 思わず声が出てしまった。その声に女ははっとしてこちらを振り返った。驚愕して目を大きく見開き、即座に走り出した。
「待ちなさいっ!」
 しまったと思いつつアスカも猛烈な勢いでダッシュした。逃げるマヤ。追うアスカ。マヤには荷物を負ったハンデがあった。両者の間隔は次第に縮まり、もう3メートルもない。このままではアスカに捕まる。だがその時、マヤにとって最大の僥倖が訪れた。
 ぶちっ。
 アスカのスカートの下で何かが破滅的な音を立てた。アスカは腰の回りが急に楽になったのを感じた。げっ、これって…。パンティがするするとずり下がっていく。今まで耐えてきたレイの小さなパンティのゴムが、急な運動の拍子に切れてしまったのだ。アスカは懸命にそれが落ちるのをスカートの上から押さえようとする。悪いことにアスカのスカートはシンジを悩殺するためか、ごく短い。もう追跡どころではなくなっていた。パンティだけは見られまいとしゃがみ込んでしまった。
「チクショー!こんな時にぃ!!」
 一方のマヤは必死の形相で走り続けた。出口を抜けてからも懸命に走る、走る。しばらく走って幹線道路まで出た時、ようやく後ろを振り返った。誰も追って来ない。マヤはぜいぜいと荒い息をしながらもぐふふと笑った。そこへ1台のタクシーが通り掛った。空車のランプが点いている。マヤは大きく手を振り、それを停め、数秒後には車上の人となった。顔にはいつまでも勝利の笑みが貼り付いていた。

 アスカは太ももに両手を当てた格好で立ち上がり、出口を見つめている。その目には悔し涙が浮かんでいた。
「ファーストのバカ。なんでお尻ちっちゃいのよ…」

 シンジはようやく1階に降り、フロントへ向かう廊下に立っている。目の前は宴会場になっていて、中からがやがやと騒がしい声が聞こえてくる。立看板には『五島家・星野家結婚披露宴会場』と書かれている。シンジは誰も出て来ないように念じながら、廊下の端を足早に進んだ。フロントはまだずっと先だ。シンジは柱のでっぱりに身を潜めながら徐々に近づいて行く。柱の陰からそっと行き先を覗く。ロビーにいるのは2、3人で、誰もこちらを見ていない。今のうちに一気に、と歩みだそうとした瞬間、向こうの大浴場の方から女たちが団体で出てきたのだ。まずい。こっちに来る!シンジはまた柱の陰に隠れて覗き見る。女たちは数を増やし20人程にもなった。それが固まってこちらに向かって来る。駄目だ、あんなにいたら誰かに見つかっちゃうよ!シンジはあせった。ここまできてまた上に戻らなければならないのか。どこか隠れるところは。きょろきょろと辺りを見回すと、階段の下の空間に、台車の上に大きな布をかぶせた縦2メートル、幅1メートル程の物体を見つけた。そうだ。あれに隠れれば!
 シンジは素早くその物体に近づき、布の下に入り込んだ。シンジの目の前は真っ暗だ。背中がごつごつしたものに当たった。大勢の足音と、騒がしい話し声がシンジの前を通り過ぎて行く。そして辺りが静かになり、そこを出ようとした時、台車が急に動き出した。
 えっ、どこ行くの?シンジは仕方なくそのままじっとした。汗が額を滴り落ちた。なんかやばい雰囲気だぞ、これ…。やがて急に賑やかな音がシンジを包んだ。無数の話し声、笑い声、BGM。シンジはとんでもない事態に気づいて体が震えた。えらいことになっちゃった…。
 やがてシンジが乗った台車が停まり、女性司会者のものと思われる声が響いた。
「さてご来場の皆様。ここで一つ皆様にご披露したいものがございます。新郎の五島ケンスケ様の叔父様は、皆様ご存知のように日本を代表する彫刻家の五島ガクドウ様でいらっしゃいますが、その五島ガクドウ様より今回、お二人へのはなむけとして、彫刻一体を贈呈されました。これよりその彫刻を皆様のお目にかけたく存じます。では先生。お願いいたします」
 大きな拍手。それが静まると、老人の声が聞こえてきた。
「ケンスケ君、アヤカさん。おめでとう。まあ、これから先色々困難なこともあるかと思うけどね、うー、その時はこの彫刻を見てだね、まあ、しっかり前向きな気分にね、なってほしいなと、まあこう思うわけだ。そんなわけでだね、まあ一生懸命作ったから、こう大事にしてほしいなと、まあ思うんで、えーひとつよろしく」
 シンジはがたがた震えながら観念してその時を待った。
 布が急に取り去られ、シンジの目に宴会場の全景が映った。会場は満員だ。全員がシンジを注視している。 一瞬静寂が会場を包んだ。目を丸くする者がいる。口をあんぐり開いた者がいる。
シンジは震えながらも作り笑いを浮かべて言った。「あ、あのその、けけ結婚おめでとうございます」
 次の瞬間、会場に怒号と悲鳴が飛び交った。




(新東京新聞三面記事より)

結婚披露宴会場にパンツ男乱入

×月×日午後8時頃、新熱海ヘラトンホテルにおいて、新郎Aさん(30)と新婦Bさん(24)の結婚披露宴会場にパンツを丸出しにした男性が突然現れ、会場は騒然となった。警察は男性(20)を猥褻物陳列罪の疑いで拘留し、同行していた二人の女性と共に事情を聴いている。男性は事故によりこうなったと主張している模様。
 新婦のBさんは「私たちの一生に一度の大事な披露宴をぶちこわしにして許せない。裁判を起こして慰謝料を請求することも考えている」と語った。



(続く)


(第8回へ続く)



■Please Mail to 間部瀬博士(作者様の希望により、感想メールは綾波展で受け取ってから転送します)

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