窓から月明かりがさしこむだけの薄暗い部屋で、シンジは、ただミサトがすすり泣くのを見ているしかできなかった。

 月の光を浴びて輝いて見えるミサトの美しい裸身に、ただひとつ刻みつけられたその傷が、彼女の心に今ものこっている苦悩を象徴しているように見えた。自分が弱く、臆病な子供でしかないことをなんども思い知らされてきたシンジには、今のミサトに話しかける言葉が見つかるはずもなかった。ただ、自分がなにもできないことへの悔しさと、今もかつての悪夢に苦しめられている彼女の悲しみに、唇を咬んで立ちすくむしかなかった。

 互いにとって辛い時間が、静かに過ぎていく。

 ふと気がつくと、部屋は闇にとざされていた。どうにか視線をミサトから移すことができたシンジは、窓の外に目をやった。そこでは、いつのまに現れたのか黒い雲が星空をおおい、月の光をさえぎってしまっていた。そのありさまが今の自分とミサトの関係を象徴しているような気がして、シンジのまぶたにも熱いものがこみあげてきた。自分のおろかさが彼女の微笑みを曇らせてしまったことが、むしょうに哀しかった。

 シンジは、せめて声だけは漏らすまいとして、必死に歯をくいしばった。のどになにか熱いものがあって、口に出してしまえば楽になるのがわかっていた。けれども、それをしたならば、きっとミサトをさらに悲しませてしまうこともわかってはいた。だからシンジは、必死になって哀しみをこらえながらミサトにそっと近づいた。

 そして、そっと嗚咽に肩を震わしているミサトの背中に右の手のひらをおき、優しく彼女の背をさすりはじめる。

 シンジには、今はそうするしかできなくて、だから自分にできることをやっておきたかった。

 ミサト先生。

 シンジは、心のなかだけでそっとつぶやいた。

 声に出して呼びかけることは、できはしなかった。

 だから、心のなかだけで彼女の名を呼びながら、そっとその背をさすり続けた。彼女の絹のようにすべらかで、染み入ってくるような温かな背中の感触は、シンジの心の哀しみをいやしてくれるような感じがした。

「シンジ君」

 いつのまにか、ミサトは、涙をぬぐいシンジの腕にその手をふれさせていた。

 そして、その背中にふれていた腕を手にとり、両手で包みこむように握りしめる。

「ありがとう」

 ああ、このひとは、こんなにも優しい声で話すことができるんだ。

 その優しい声に、とうとうシンジは、こらえていたものがせきを切ってあふれ始めた。

 そんなシンジをミサトは、優しくその腕のなかにだきしめた。温かく柔らかくて、甘い香りのするミサトの腕のなかで、シンジは声を忍ばせながら涙をこぼし続けていた。

 

「なぜ、泣いてくれたの?」

「?」

「今の涙は? 私のために泣いてくれたの?」

 ミサトの腕のなかでひとしきりこらえていたものを外に出したシンジに、ミサトが優しく問いかける。

 ミサトの腕のなかは居心地が良くて、シンジは、ふわっと、意識が宙に浮いているような感じでその声を聞いていた。優しくされることも、温かくされることも、ほとんどその覚えがないシンジにとっては、今こうしてミサトにいだかれていることがなによりも心地よかった。だからミサトのその問いにも、素直に自分の言葉をつむぎだすことができた。

「……僕は、人が苦しんだり、悲しんだりしているのを見るのが、哀しいんです。なにかしてあげたいんです」

 自分は、ほかの人の悲しみを、苦しみを、「見て」「聞いて」しまうから。そして、それから逃げることしかできないから。でも、逃げるのは嫌だから、だから、なにかしなければならない。

「でも、僕にはなにもできないんです。そばにいてあげたくても、でも、そんなことは、その人にとってはなんの役にも立たないんです」

 その人の悲しみや、苦しみは、その人だけのもの。

「でも、僕にはそれしかできないんです。逃げたくないんです。でも、逃げることしかできない」

 自分には、なにもできない無力感。

「それが悲しいんです。だから……」

 そして、少年は沈黙する。

 

 シンジの言葉が、本心からそう思って語っていることは、ミサトにもよくわかった。この少年の優しさが、ほかの少年少女とは違う雰囲気が、どこから生まれるのかよくわかった。それは、自分がちっぽけな存在でしかないことを、自分が無力な存在でしかないことを、知っている人間が持つことのできる優しさであった。

 だからミサトは、この少年に、彼が間違ってはいないことを教えなければならなかった。

 自分が頼りないことを知っていて、本当の苦しみを知らないことを知っていて、だからこそ他人の辛さに思いをはせることができる。それは、人が持つことのできるせいいっぱいの優しさであることを、教えなければならなかった。

「シンジ君、あなたは、間違ってはいないわ」

 身体をうごかし、ミサトはしっかりとシンジを自分の胸のなかにだきしめた。少年は、一瞬身体を固くしたが、彼女にあらがいはしなかった。

「人はね、ほかの人の苦しみを、ただ見ているしかできないわ。たしかに、苦しみをわかちあうことはできない。

 でも、その人が苦しんでいるときに、手をさしのべることはできるわ。そばにいて温もりを伝えることはできる。人は、互いの温もりを感じることができるから、苦しみや、悲しみの寒さのなかでも生きていける」

 今、腕のなかにいる少年の温もりが、かつて襲ってきた、そして今も悪夢となってやってくる苦しみを耐える力となる。

「あなたは、辛いことや苦しいことから逃げはしないで。辛いことや苦しいことを自分が知っているから、ほかの人の辛いことや苦しいことを思いやることができるのだもの」

 それを弱者のなれ合いと、知ったようなことを言う人間もいるだろう。だが、この苦しみと悲しみに満ちた世界で、一人の人間になにができるというのか。

 この少年の涙を、自己憐憫の自己満足と、いいたければいうがいい。だが、心に傷を負って苦しんでいる人間を前にして、逃げ出すこともせずに、その苦しみ正面から受けとめようとする健気さを、なんというのか。

「私は、こうやって、温もりを伝えてくれる人がいるから……」

 生きていける。

 

 そのとき、月光が二人を照らし出した。

 シンジは、自分が今どういう状態にいるのか、そのときになって初めて気がついた。

 今、自分は、下着姿のミサトの胸に抱かれ、二人きりでベットの上にいる。あたりは闇の中に沈み、だれもこの教師と生徒の交歓を見ることはない。

 自分の顔にあたるミサトの柔らかなふくらみに、シンジは、全身になにか焼けた溶岩のようなものが充填していくのを感じる。あわてて彼女の甘やかな肢体から身体を引きはがし、背をむけてベットの横に立つ。こころもち腰が引けて前かがみになってしまうが、今はそんなことを気にしてはいられない。

「シンジ君? どうしたの?」

 突然のシンジの変わりように、ミサトがいぶかしげに声をかける。

「……そ、そういえば、ミサト先生って、お酒飲むの、好きですね」

 シンジは、あわてて話をそらせた。今自分がどんな状態にあるか、ミサトに気づかれたくはなかった。自分が男で、しかも若くて身体のコントロールのできない雄であることを知られて、軽蔑されたくはなかった。せっかく自分に優しくしてくれる人にめぐり会えたのに、こんなことで失いたくはなかった。

「……べつに、好きってわけではないわ。ただ、アルコールを口にしていると、昔のことを思い出さないでいられるから飲むだけ」

「……あ」

 みょうにほてった身体の奥が、すっ、と冷える。

「一人で飲む酒は、酔いが早いわ。そして、ある瞬間を境に、ふっと意識がなくなる」

 やっぱり、僕は、馬鹿だ。

 シンジは、まるで冷たい氷をまるごと呑んだかのように臓腑が冷たくなり、後悔で目の前がまっ暗になるような気がした。自分が、この傷ついた女性の心のかさぶたをはがしてしまったことが、彼女の口調からいやというほどよくわかった。

「そうすれば、すべてを忘れることができるわ。……悪夢もこんな女にかかわろうとは」

「ごめんなさいっ!」

 シンジは、ミサトにみなまで言わせなかった。

 もう一度彼女を、暗い闇のなかに突き落としたくはなかった。あやまちは一度だけで十分だった。だから、自分でもびっくりしてしまうような大声で、彼女の言葉をさえぎった。

 背中で、はっとしてミサトが顔をあげるのがわかった。そして、自分をじっと見つめているのも。

「僕は、僕は、僕は……」

 シンジがなんとかミサトにかける言葉を探して必死に考えているそのとき、ミサトの細くしなやかな指がシンジの背中に触れた。最初は、シンジのシャツに触れるか触れないかのようにそっと。そして、その指は、すべるようにわき腹の線にそって前にまわり、シンジの胸の上で止まる。

「なら、そばにいて」

 ぞくり。

 背筋を撫であげていくような、牝の声。

 肩甲骨のあたりで聞こえたその声は、シンジの身体をもう一度、さっきよりもさらにはげしく燃えあがらせる。少年は、必死になって自分の身体のコントロールをとりもどそうとした。頭に血がのぼって、目の前がなにも見えなくなる。次になにかミサトがしかけてきたならば、そのまま本能のままに身体が動いてしまいそうだった。

 背中で、彼女の浮かべている笑みが「見え」る。

 それは、さっきまでの優しい、慈愛に満ちたものではなかった。なにかねっとりとした、まとわりつくような、からめとろうとするような、そんな笑みであった。まるで、自分の身体の奥底の炎をあおり立てるような、そんな妖しく危険な匂いがする。

 シンジは、必死になって自分に言い聞かせた。このままでは、自分がなにをしてしまうか、恐ろしくてならなかった。

 ミサト先生は、教師なんだぞ! 僕の担任で!、大人の女性で!、みんなの先生で!……

 だが、そういい聞かせる自分の言葉は、むしろ自分の身体の奥にいるなにかをあおりたてる役にしかたたない。

「……アルコールに逃げるののほかに、もうひとつ、悪夢から逃げるてがあるの」

 それ以上は、だめだったら!

 シンジは、ぎゅっと拳を握りしめ、目をつぶり、歯をくいしばった。自分が今、奈落のふちの手前で、最後の一歩を踏み出そうとしていることが、いやというほどわかっていた。

 そして、心のなかで絶叫する。

 助けて!!

 

 部屋の扉が、そのまま壊れてしまうかと思われるような激しい音を立てて、あけられた。

 二人の視線が、同時に部屋の入り口にむけられる。

 そこには、あいかわらず無表情な、しかし、その紅の瞳に見るものすべてを凍らせてしまうような冷たい光を宿らせた、綾波レイが立っていた。月明かりだけがさしこむ部屋のなかで、彼女の瞳だけが鮮烈な色彩をはなっている。夏へとむかうけだるい暑さのなかで、彼女の周囲だけは、真冬のような冷気をただよわせていた。

 そのまま、部屋の中の時間が凍りつく。

 シンジは、ミサトとレイが、正面からお互いの視線を重ねたままみじろぎもしないでいるのが、よくわかった。二人の間に生まれている緊張は、彼の肺腑の底までもを凍らせてしまう。こんどこそ本当に逃げ出したいのを必死でこらえながら、なんとか二人の対決が無事に終わってくれることを祈るしかできなかった。

 ゆっくりと、月光の生んだ影が部屋の中を動いていく。

 と、その瞬間、けたたましい笑い声が、凍りつくような緊張を破った。

 突然、ミサトは、のけぞるようにして笑い出した。まるで、たががまとめて全部外れたかのように、ベットの上で笑い転げている。ベットにはられていたシーツが掻き乱され、枕があさっての方向に吹き飛び、スプリングが悲鳴をあげる。

 シンジは、ミサトの笑い声があまりにも陽気で楽しそうなので、かえって恐くなってしまった。

 たしかにミサトは、感情の動きがはげしく表情豊かではあったが、こんな笑い方をするような女性ではなかったはずであった。今の彼女の笑い方は、まるで気でも狂ってしまったかのようであった。ぼんのくぼとかかとだけでのけぞり、痙攣するように笑い転げている彼女は、見るものにそんな恐怖を感じさせるようななにかが見てとれた。

 どれくらい笑っていたか、ミサトは、うつ伏せになったまましばらく痙攣していたかと思うと、目尻の涙をぬぐって身体をおこした。そして、呆然としているシンジや、あいかわらず無表情なままで立っているレイにむかって、楽しそうに微笑みかける。

「ごめん、ごめん、あまりにもつぼにはまっちゃったものだから……」

 そして、そのままベットに倒れこみ、ぐしゃぐしゃになってしまったシーツを身体に巻きつける。シンジには、彼女の顔が、興奮のせいか熱のせいかわからなかったが、真っ赤に上気しているのがよくわかった。

「ミサト、先生?」

 おそるおそる呼びかけたシンジに、ミサトは、肩で息をしながら、それでも楽しそうにウインクのひとつもしてみせる。そして、いまだに部屋の入り口で立ちすくんでいるレイにむかって、くいくいっと手まねきをしてみせた。

 レイは、しばらく考えこんでいたようであったが、それでも素直にミサトのベットに近づいた。

「綾波さん、あなたはどうしてここに?」

「わかりません」

 むしろ楽しげなミサトの声とうらはらに、レイの声はあくまで静かで冷えきっていた。

 そんなレイの様子に気がついているのか、いないのか、ミサトは、あいもかわらずの楽しそうな声でさらに質問を続ける。

「そんなに、シンジ君のことが気になる?」

「!」

 その瞬間レイは、まるでおびえたかのように一歩あとずさった。

 そして、そばで立ちすくんでいるシンジのシャツのそでをにぎり、わずかに眉をしかめてミサトをにらみつける。

 だがミサトは、平然としたままさらに言葉を続けた。

「そう、シンジ君のことが好きなのね」

 こんどは、二人同時に凍りつく。

 シンジは、自分の顔が一瞬で真っ赤になったのが、よくわかった。

 そのまま、どんな表情をしたらいいのかわからずに、うつむいてしまう。これまでレイを女として見たことがなかっただけに、突然そばに立っている彼女の体温や、匂いが、なにかまったく別のものに変わってしまったかのように感じられた。

 シャツのそでを握りしめているレイの手の感触が気になって、シンジは、うつむいたままそっと視線だけ横に動かしてみた。

 そして、同じようにうつむいたまま目線を動かしたレイの瞳と、視線が重なる。

 あわてて、視線をもどしてしまう二人。

 シンジは、自分の心臓の鼓動があまりにもはげしく脈打っていて、その音が部屋中に響きわたっているような気がした。血圧がどんどんあがっていき、目の前が真っ白になってしまう。頭がくらくらして、今自分がまっすぐ立っているのかどうかもわからなくなる。

 おもわず気になって、隣にいるはずのレイを「見よう」とした。

 が、どうしても意識を集中させることができない。同じようにレイも自分を見ているのではないかという思いが、今の自分が見事なまでにうろたえてしまっていることを気がつかれてしまっているのではないかという思いが、彼女を「見よう」とするのを邪魔していた。

 どうしよう? どうしよう? どうしよう? どうしよう? どうしよう?

 シンジは、ずっと頭の中で、同じ言葉をくりかえしていた。

 

 ミサトは、そんな二人の様子を、それこそ笑みくずれるようにして見ていた。

 シンジが、まあ、そうなってしまうことはわかっていたが、あのレイまでもが、ほほを上気させてうつむいたまま立ちすくんでしまうとは、さすがに思いつきもしなかった。彼女が転校してきてから半年以上たつが、ついぞそんなそぶりを見せたことは無かったのだ。一応人間なのだから喜怒哀楽の感情はあるのであろうが、それを表に出すことのできない子供なのだろうと、考えていたのである。

 ところが、今まさにシンジがどうにかなりそうになったその瞬間、それこそ恋人を誘惑しようとしている性悪女を絞め殺さんばかりの勢いで部屋に飛び込んできたのだ。今も、シンジに対する感情を指摘されて真っ赤になって固まってしまったりと、なかなかに恋する乙女をしてみせているのである。しかも、いまだに彼のシャツのそでを握ったままはなそうとしない。

 ミサト自身、自分がおもいっきりハイになっていて、まるで感情のコントロールが効かないことの自覚はあったが、だからといってここでおとなしく分別のある教師づらをしようとは思わなかった。いや、思いつきもしなかった。自分の腕のなかから、望んでやまなかった温もりをとりあげた少女に、それ相応の仕返しをしてあげることしか頭になかったのだ。

 だからといって、なにか意地悪をしようというのではない。それほど彼女の考え方は、陰湿ではなかった。ただ、ちょっと困らせて、とまどわせてやりたいだけであった。

「レイ」

「……………は、い」

 かぼそい、今にも消え入りそうな声で、少女は答える。

 ミサトは、突然、そんな彼女のことがいとおしくなって、抱き締めてほおずりしてみたくなった。

「彼のこと、どう感じているの?」

 当の本人がいる前で、むごい質問である。だが、躁になっているミサトが、それに気がつくはずもない。

「……………」

 当然、レイが答えるわけがないが、だからといってここで手を引くミサトでもない。

「あなた、今、胸が痛くない?」

「? ……………はい」

「胸が締めつけられるような感じがして、でも、なにかもの足りないような感じがしない?」

「は、い」

「さっきも、腰がふわふわして、じっとしていられなくてここに来たのでしょう?」

「はい」

「彼の名前を、心のなかでくりかえすと、胸が温かくなるのね?」

「はい」

 そして、最後の一言を、ゆっくりと口にする。

「シンジ君と、ひとつになりたい?」

 こんどこそ、レイは完全に凍りついた。わずかに口を開けたまま、微動だにせず固まっている。その繊細な作りの面は、それこそ普段の血の気の薄い彼女からは想像できないほど、興奮で真っ赤に上気してしまっている。その赤い瞳は、ミサトの顔の一点を見つめたまま動こうとしない。

 シンジといえば、それこそ完全にパニックにおちいってしまっていて、ただそこにいるしかできないでいる。

 ミサトは、なんだかうれしくなってしまって、二人においでおいでした。もっとも、二人が動くはずもない。

 あいかわらず固まってしまっている少年と少女に、ミサトはじれったくなってしまって、ベットから身をのりだして二人の腕をつかんで引きよせた。完全にミサトのペースにはまってしまっている二人は、そのまま素直にベットのそばに引きよせられる。

 そのまま、シーツがはだけて半裸の肢体をさらしてしまうのにもかまわず、ミサトは二人を抱きしめた。そして、しっかりと胸のなかに抱え込むと、二人の頭にほおずりする。少年も少女も、この年齢特有の脂ぎった臭いがしなくて、それどころか、柔らかくてさらりとした香りがした。

 彼女は、しばらくそうしたまま、陶然としていた。

 そして、そのまま二人の頭を抱え込んだまま後ろにそりかえり、ベットに倒れこむ。シンジもレイも、抵抗するひまもなく、ミサトに抱え込まれたままベットの上に倒れこんだ。

「それじゃあねえ、シンちゃんにはさっきの話の続き。レイには今の答のご褒美」

 歌うように語りかけるミサト。

 あいかわらず二人の頭を抱え込んだままである。

「シンちゃん、それじゃあ、あおむけに寝て、枕に頭をのっけて」

 シンジをベットの真ん中に押し倒すようにして寝かせ、頭の下に枕を押しこむ。喜々としてシンジをおもちゃにしているミサトを、レイは、ベットの上にこしかけたまま黙って見つめていた。ただその紅の瞳は、シンジにむけられてはいたが、焦点は宙にあわされている。まるで、今なにが起こっているのか、わかってはいないようであった。

「それじゃあ、両手を枕に沿わせて拡げて」

 そのままシンジに馬乗りになり、両手をつかんで拡げる。シンジといえば、目の前の光景にもうなにも考えることもできずになすがままになっている。視線は宙をさまよったまま、もはや意識もはっきりとはしていないようであった。

「よし、準備完了! レイ、いいわよ、あなたはシンちゃんの左腕を使いなさい」

 ちろりと舌で唇をなめながら、ミサトは、さらりと過激なことを口走る。そして、座りこんだままのレイをベットにひきずりあげ、シンジの左側に寝かしつけた。

「よろしい!」

 ミサトは、そのままシンジに馬乗りになったまま、自分の仕事の成果を満足そうに見下ろした。

 彼女の下では、ベットの真ん中に寝ころがっているシンジと、そんな彼によりそうように横たわっているレイが、真っ赤になってもじもじしている。

 レイは、その小ぶりな頭をシンジの首筋にうめ、左腕をシンジの胸のうえで所在なげにさまよわせている。シンジも、どうしていいかわからないまま途方にくれたような表情で、それでも左腕でレイの頭を抱え、その月光に蒼く輝いているプラチナブロンドの髪をなでている。ちょうどシンジの左腕は、レイの首の下にあって枕のように彼女を受けとめていた。

「シンちゃん、レイ。これが、腕まくらというものよ」

 その一瞬だけ、ミサトの瞳が優しく和んだ。そして、彼女もシンジの右側に横たわると彼の首筋に顔をうめ、彼の耳もとでたっぷりと情感を込めてささやいた。

「おやすみ。いい夢見てね」

 そして、両手と両足をシンジに絡みつけ、シーツを三人でかぶると目を閉じた。

 

 ミサトは、こんどは夢を見ることはなかった。

 

 シンジは、悪夢にうなされていた。

 暑く、明るく、空気が水のようにまとわりついてくるそこで、シンジは四肢がいうことをきかないままに宙をただよっていた。

 突然、まとわりついている空気が人の形をとり、四肢をシンジに絡みつけてくる。

 ようやく視線をまとわりついているなにかにむけ、シンジは、その正体を確認しようとした。それは、身に下着しか纏わせていない綾波レイと葛城ミサトの姿をしている。ただその瞳は、ねっとりと絡みつくような、妖しく誘うような光をたたえていた。二人とも彼にその肢体をすりよせ、まとわりついてくる。

 シンジは、全身を這いずるその快感に、あえぐようなため息を漏らしてしまう。

 その一瞬のち、右側のミサトが、彼の耳に息を吹きかけるようにささやいてきた。

「ねえシンジ君、私とひとつになりたい?」

 耳から伝わるその声が、シンジの背筋を這い降りていく。

「心も体もひとつになりたい?」

 それは、眠っていた彼の身体の奥のなにかを目覚めさせる。

「それはとてもとても気持ちいいことなのよ」

 身を起こしたそれに、火がともる。

「いいのよ。私はいつだっていいの」

 一瞬で背筋のうぶ毛が逆立ち、なにかが逆流してくる。

 同じように左側にいるレイも、耳もとでため息のような声を漏らす。

「碇君」

 綾波レイの声。

「私とひとつになりたい?」

 だが、それはレイではないなにかがこもっている。

「心も体もひとつになりたい?」

 それは、男の身体の奥のなにかを目覚めさせるもの。

「それはとてもとても気持ちいいことなのよ」

 目覚めさせたそれを、燃えあがらせるもの。

「碇君」

 目覚めたそれが背筋を上に走り抜け、シンジの脳になだれこんでくる。

 シンジは、身体がいうことをきかず全身をむずがゆいなにかが満たしていき、焼けただれたなにかが自分を内側から喰い荒らしていく感覚に、うめき声をあげることすらできずにいた。ただ、その皮膚の内側で這いずりまわるそれに、全身をゆだねているしかなかった。

「私とひとつになりたい?」

 ミサトが誘う。

「心も体もひとつになりたい?」

 レイが誘う。

「「とてもとても気持ちのいいことなのよ」」

 二人の声が重なる。そして、

「「ほら、安心して心を解き放って」」

 

 世界が、爆発した。

 

 

 リツコは普段は朝食を、ラージサイズのマグカップ二杯のブラックコーヒーと、ソルトビスケット三枚で済ませている。

 今朝もいつも通りのブレイクファーストを済ませ、新聞に目を通し、ノートパソコンのPIMソフトで一日の予定を確認する。ただいつもと違うのは、かたわらにできたばかりのおじやの入ったタッパが、テーブルナプキンで包まれていることであった。

 実は今朝彼女は、いつもより一時間早く起きると、寮に近い診療所に寝ている友人のために簡単な病人食を用意したのである。たぶん、というより十中八九、普段ろくな食事をしていない彼女のための、滋養にも十分気を使った友情料理であった。

 すでに診療所が開く時間であることをダイニングテーブルの上の猫をモチーフにした時計で確認すると、彼女は、白衣にそでを通し、部屋を出た。右手に書類の入ったノートパソコン用のキャリングケースを持ち、左手にタッパの入ったナプキンを下げて。

 時計は、午前六時三十分をさしていた。

 

「お早うございます」

 まさかこの時間にミサトが起きているはずがないとは思いつつも、リツコは、一応挨拶だけはして部屋の扉を開けた。

 と、部屋に一歩足をふみいれた瞬間、なんともいいようのない臭いに眉をしかめる。

 それは、かなり昔にリツコも嗅いだことのある、しかしここしばらくずいぶんとごぶさたしている、男と女が一緒になって作り出すあのただれた臭いであった。おもわず入り口で足が止まり、部屋の中を目を細めて観察する。そして、本来ならミサトが一人で寝ているはずのベットが、どう見ても彼女一人では作れそうもないふくらみを作っているのを見て、その女性にしては黒くはっきりとした眉が跳ね上がる。

 リツコは、タッパの入ったナプキンの包みをベットの脇のサイドテーブルにおき、いったん深呼吸をするとそのしわだらけになって膨らんでいるシーツを勢いをつけて引っぺがした。

 そこでは、シンジをまんなかにしてミサトとレイが、彼に四肢を絡みつけるようにして抱きついて眠っていた。

 リツコは、まず自分の十年来の友人が、ブラとショーツだけというあられもない格好でシンジの右腕を枕にして、極楽太平な寝顔で寝こけているのを見て、頭に血がのぼるのを自覚する。次に、レイが、同じようにシンジの左腕を枕にして、これも幸せそうな微笑みを浮かべて休んでいるのを見て、こめかみに血管が浮き出るのがよくわかった。

 最後にシンジが、二人に抱きつかれていながら、なにか苦悶の表情を浮かべて眠っているのを見て、ほほがけいれんし始めるのを止めることができなかった。そして、なぜか彼の鼻と唇の間に血のりがこびりつき、ズボンが変なふうにしわになっているのが確認できたとき、リツコはそれこそ診療所全体をゆるがすような大声で三人を怒鳴りつけた。

「起きなさい!! 三人とも!!」

 

「ごみん、ごみん。いや、悪いとは思ってはいるのよ」

「悪いとは思ってはいる、ですって! あなたという人はいったいなにを考えているの! よりにもよってこんなところで自分の生徒をベットに引きずり込んで!」

 もう一度、リツコの怒鳴り声が診療所をゆるがす。シンジとレイを自分の部屋に帰したリツコは、まずはこのねじの何本か抜けおちた友人を徹底的にしめあげるつもりでいた。

 ベットの上でシーツを巻きつけただけの格好であぐらをかき、ミサトは、怒り猛っているリツコの前で一応は反省していることを説明しようとしていた。が、みょうにさっぱりとした彼女の表情が、そんな口先だけの反省を見事に裏切っていた。全開にしている窓からふきこむ朝の風が、ミサトに巻きついているシーツをはためかせる。一応視線で窓をしめてほしいと訴えかけはしているのだが、本気で怒っているリツコは冷然とそれを無視した。

「いやね、なんか昨日の夜はハイになっちゃっていて、コントロールがきかなっくてさ。あ、一応なにもなかったからね。大丈夫だから」

「……大丈夫、ですって!? どこをどうすればそんなセリフが出てくるというの!」

「いや、ほんとだってば。信じてよ、ね、リツコ」

「信じたくても、あなたとのつきあいが長いのよ、私は。また、躁鬱がでたというんじゃないでしょうね」

「あれは治ったってば。だいたい昨日はアルコールも入っていなかったし」

「あなたがしらふの時のほうがよっぽど軽躁なのは、よくわかっているのよ。ええ、よーくね」

「いやあ」

 困ったように頭をかくミサト。なんとか笑ってごまかそうとするのだが、それこそリツコの怒りの炎に油を注ぐだけでしかなかった。さすがに状況が悪化しつつあることを理解した彼女は、作戦を変えてみた。

「そういえば、なんか風邪がなおっちゃっているのよね」

「?」

 いぶかしげに眉をしかめてみせたリツコに、ミサトはこれさいわいと言葉を続ける。

「まあ、昨日は熱のせいで頭がわやになっていたのは認めるわ。ついでに、やたらとはしゃぎすぎたことも認める。でもねえ、今朝になって平熱にまで戻っているっていうのも、変じゃない?」

 さっきまでわきのしたにはさんでいた体温計をぶらぶらさせながら、ミサトは不思議そうにリツコの顔をのぞきこむ。

 リツコは、さっきまでの怒りが嘘のように黙りこくっている。

 これはいけるかもしれない。そう心のなかでほくそえんだミサトは、さらに言葉を続けた。

「それに、夜はここも施錠して、外から人が入れないようにするんでしょう? どうやってシンジ君やレイは、ここの診療所に入ってきたのかしら?」

 よし、やった。

 形勢が完全に逆転したことを確信したミサトは、最後にだめ押しととどめの一撃をはなった。

「ねえ、昨日の風邪薬、あれなんだったの?」

 みずからの逆転勝利を疑っていないミサとを見ながら、リツコは、表面上は無表情をよそおいながら、内心おおきな安堵のため息をついていた。

 ミサトがなかなかに目はしのきく女性であることは、長いつきあいでよくわかっていたはずであったが、まさかこの研究所のもっともふれて欲しくはないところに近づこうとは思ってもみなかった。いちおう偶然ではあったようだが、この件に関しては話をそらしたうえで彼女の思い込みを補強しておいた方がよいみたいである。

「なにを言っているの、友人のあなたを新薬の臨床試験につかったとでも? あれは、ただのアスピリン系の風邪薬よ」

 心外な、といった感じで反論をしてみる。ただし、声のはしばしのトーンを微妙に変えて、真実とは遠いところを口にしているような印象を与えるように。

「まーた、また。リツコったら、もう」

 ミサトは左手でわざとらしく口もとをかくし、右手を上下にひらひらとさせてみる。

「それに、新薬を使ったとしても、こうして風邪が見事になおったんだからいいじゃない。ミサト、ここでゆっくりしていていいの? 今日が終業式ではないの?」

「いっけない! 忘れてたわ。リツコ、シャワー借りるわよ!」

「そこの奥の扉がそうよ。タオルやなんかは、脱衣所の棚にあるわ」

「ありがと!」

 ミサトが下着姿のままシャワールームに駆けこむのを横目で見ながら、リツコは、白衣のポケットからセーラムを一本抜き取って口にくわえた。

 とりあえずは、ごまかすことができたようであった。これからは、もう少し気をつけなければならない。いつ子供らに注意をむけられることになるか、わかったものではないのだ。ただでさえ、親と同居もせずにこんな妖しい研究所で一人暮らしをしていることで、周囲の耳目を集めやすいのだ。もう少し慎重になってもいいのかもしれない。

「……無理か」

 声に苦笑の粒子がふくまれる。

 あの他人のことが気になってしかたがないシンジと、自分のライフスタイルを守るためならば手段を選ぼうとはしないレイの二人が、そんな殊勝になるわけがない。たぶん昨晩のことも、ミサトのことが心配でしかたないシンジを彼女がからかったせいではないかと、リツコは考えていた。レイに関しては、そんなミサトを「見て」居ても立ってもいられなくなってしまっただけなのであろうことも、手にとるようにわかった。

「あまり厳しく叱れないわね」

 だが、そんな二人であるからこそ好意を感じているリツコは、苦笑とともにセーラムに火をつけた。

 サイドテーブルの空っぽのタッパが、みょうに場違いで愉快だった。

 

 まる二十四時間ぶりのシャワーに、ミサトは心にたまったおりまで洗い流されるような心地よさを味わっていた。

 東南アジアに国連職員として勤務していたころからは考えられもしないほどの清潔好きになってしまった彼女は、朝、夕、夜の入浴は欠かせない娯楽のひとつとなってしまっていた。

「ふうう、極楽極楽」

 全身を医療業務用の石鹸ですみずみまできれいにしながら、ミサトは、鼻歌まじりで昨日の晩のことや、今のリツコとの会話を思い出していた。

 あの碇シンジという少年は、たしかになにか不可思議な印象をあたえるところがある。

 だが、それが不気味なものではなく、むしろ神秘的といった印象をあたえるのは、たぶん彼が欲望のボルテージをコントロールするすべを心得ているせいなのだろう。昨日の夜だって、まあこれだけの美女にあれだけあからさまに誘われても、最後まで一線をこえようとしなかったのだ。彼が雄であるのは、体の反応を見ればあきらかではあるし、きちんと年齢相応の性欲があるのもよくわかった。

「うふふ、いい感じじゃない」

 ミサトは、シンジが必死になって自分のなかのケダモノと戦っている様子を思い出して、うれしくなってしまった。

 べつに、まあ、そうなってしまってもかまいはしなかったが、あえてそうなることを選ばなかった彼のことが、なんとも格好良く感じられた。普段から男たちの好奇と欲望の視線の対象になっている彼女は、自分の牝の部分ではなく人間の部分に好意を持ってくれているあの少年のことが、なんともいえず好きになってしまっていた。彼女のことをそう見てくれたのは、男ではたぶん彼が三人目であった。父と、最初の恋人と、そして、シンジ。

「やっぱり、少年はああじゃなくっちゃ」

 自分のことは棚にあげていることの自覚はあったが、それはそれ、これから理想的な陽気で気のいいお姉さんを演じればいいだけのことである。なにしろ、シンジにはちゃんとした保護者がそばにいないのだ。研究者としては無条件に尊敬できる親友のリツコも、人間としては奇人変人の部類に入ることは間違いない。とてもではないが、保護者というがらではないだろう。

「でもねえ、なんでだろ?」

 このなにを研究しているのかさっぱりわからない、しかし規模の大きさと質の高さだけは異常なほどのこの研究所に、なぜシンジとレイが居住しているのかさっぱりわからなかった。

 二人の親権者は一応シンジの父親の碇ゲンドウのとなっているが、実際の保護者はここの研究所の所長の冬月コウゾウ博士であるらしい。そのうえ、現実に二人の世話をしているのはリツコである。

 誰がどうみてもここの研究所での二人の扱いは、そのて知人の子供をあずかっています、といったものとは違っていた。

「しっかし、わけのわかんないとこよね、この研究所って」

 じつにこの国立基礎理論研究所は、第三新東京市の七不思議に数えられているほどの謎の組織であった。

 市民の一部に、謎の秘密結社、特務機関NERVと呼ばれているのも、ゆえの無いことではない。なにしろ、本当になにをやっているのかさっぱり見えてこないのだ。政府施設は最高裁判所をはじめとしてこの街には多くがあるが、これだけその正体がさっぱりわからない機関はほかにはない。

 そして、シンジとレイがここの研究所でやたらと丁寧に扱われているのも、目をつけるところに目をつければ一目瞭然であった。

 これでもミサトは、一応国連職員として政情不安定な東南アジアで難民キャンプの管理なぞやっていたのである。そのての兆候を見極めるのは、生きていくうえでの最低限のマナーみたいなものであった。

「ま、今はいいか」

 とりあえずミサトは、それ以上考えるのはやめることにした。

 時間もなかったし、好奇心のおもむくままに首を突っ込んで痛い目にあうのは、もうこりごりであった。

「さてと、下着を換えに戻る時間はないわね」

 シャワーのコックを閉めると、ミサトはかるく身震いをした。

「さてと、今日もせいいっぱいがんばるとしますか」

 

 ごとんごとん。

 バスルームの外で部屋に備えつけの洗濯機が動いている音が、シャワーを浴びているシンジの耳にも聞こえてきた。

「最低だ、僕って」

 昨晩と今朝の騒動を思い出して、シンジはそう一言つぶやいた。

 たしかに、ミサトが過去の辛い体験を今でも夢に見てうなされるのを見ていられなかったのは、嘘ではない。

 だが、自分がのこのこ診療所に忍びこんだのは、それだけではなかったのだ。自分が聖人君子であるとは、露ほどにも思ってはいないが、だからといって、自分があんな夜這いまがいのことをしてしまうとは、想像することすらできなかった。これまでは。

 診療所での騒動をもう一度思い出して、シンジは、また身体がほてってきてしまった。

 下着姿のミサトの美しい肢体と、柔らかく甘やかで温かな感触が全身によみがえってくる。

「朝なんだぞ、もうっ!!」

 なんだかむしょうに腹が立って、シンジは、シャワーの冷水のコックを全開にした。

 全身の熱を冷たい水流でさまそうとする。

 そのままそうやって、しばらく全身を冷やし続ける。ようやく興奮がさめて、ふだんの自分にもどったと納得がいったシンジは、バスルームから出てバスタオルで身体をぬぐった。冷えた肌に夏の温かく湿った空気が心地よい。

「そっか、今日は終業式なんだ。もうそんなになるんだ」

 前にいたところからこの研究所に移ってきて、だいたい三週間になる。

 そしてこの三週間は、前にいたときの三カ月以上の密度と内容をもった三週間であった。

「しばらく、みんなとも会えないんだ……」

 級友と会えないことが寂しいことだと、ここに来て初めて知ったことであった。

 シンジは、自分がもう前の自分ではないことに、初めて気がついた。すくなくとも、前の生活に戻ることはできそうになかった。だがそれは、むしろ彼にとっては壮快感すら覚えさせる発見であった。

 服を着て登校のしたくをととのえると、シンジはだれもいない部屋にむかってあいさつをした。

「それじゃ、いってきます」

 

 ほてった身体にあたる冷たい水滴が、肌をひきしめるようで心地よい。

 レイは、昨晩の騒動が、今朝目覚めてからずっと意識から離れないでいることに困惑を覚えていた。

 ベランダからシンジを「見て」、そしてミサトのもとへとむかった彼のあとを追ってわざわざ診療所にまでいったこともそうだが、ミサトとシンジのからみを「見て」頭に血がのぼってしまったことが、いっそうその困惑を深めていた。これまで、こんなふうに自分を制御できなくなったことは一度もなかったのである。ところがシンジが関係してくると、とたんに自分の感情が暴走してしまう。

 レイは自分が、訓練によって自分を完全に管理できていると思っていたのであるが、全然そんなことはなかったことにものすごく困惑していたのであった。

 ふと、ミサトが言ったセリフが思い出される。

 シンジ君と、ひとつになりたい?

 碇シンジ。

 現在自分のほかにただ一人、この研究所にいる「能力者」。

 自分のことを気にかけていてくれて、守ってくれようとする人。そして、自分を守ってくれた人。

「私にとって、碇君は、なに?」

 わからない。

「好きなの?」

 わからない。

「碇君」

 心が、身体が、温かくなる。胸が温かくて、でもしめつけられるように切なくなる。

「心が痛い」

 でも、不快ではない。むしろ心地よい。

「『EVANGELION』?」

 研究所の理事研究員と、主任研究員の一部だけが知っている言葉。自分と、シンジと、ドイツにいるもう一人の子供だけが持っているなにか。研究員たちが口にしない、「人類補完計画」と「E計画」の要。そして、今は二人をつなぐ唯一の絆。

 いや、絆は、もうひとつあった。

 レイは無言でシャワーのコックを閉じると、バスルームを出て身体をふく。

 なぜかぐっしょりとぬれてしまった下着を昨日シンジといっしょに買った洗濯かごに入れ、同じくシンジといっしょに買った下着を身に着ける。その瞬間、なぜか身体にシンジの感触と匂いが思い出された。

「碇君」

 口をついて彼の名がこぼれる。

 着がえ終わったレイは、緩やかな心地よさに身をひたしながら部屋を出た。

 


 あとがき

 

 どうもおひさしぶりです、H金物です。

 というわけで、今回も最初っから謝らさせていただきます。はい、前回予告で、今回はたいして長くはなんないから、さっさとあげて第二話を終わらせてアップロードできると書きました。

 はい、すいません、どれひとつとして達成することはできませんでした(笑)。

 今回は、これまでで最長の分量をほこる回です。今回書くのに、えらく手間と時間がかかりました。そして、まだ終わりません(爆笑)。ちっくしょう、なんでだ、おい?(笑)

 で、ですね、十一月十六日の時点では、現在上梓されているC、DPartは、二つあわせてCPartだったのでした。で、当然長すぎてダウンロードとかの問題が発生しましたので、現在のような形になりました。だって66Kもあったんだもん(笑)。たまったもんじゃないっす(笑)。

 というわけで、次回こそ必ず終わらせてみせます。ほんとか?(笑)

 うおお、アスカの出番がこうして遠のいていく。アスカの下僕な方々、ごめんなさいね、もう少しでアスカ登場ですからね。あと一話、待ってくださいね。そうすれば、加治さんがアスカを連れて日本にやってきますから。そうしたら、今までのようなレイの怒濤のラブラブ攻撃だけではなくて、アスカの「あんたばかぁ!」が聞けますから(笑)。

 そういうわけなんで、今しばらくお待ちくださいませ。

 それにしても今回は、ずいぶんとナニな内容になってしまいました。

 別名「シンちゃんのヰタ・セクスアリス」(笑)。

 ま、それだけいい思いができたのですから、もって瞑すべしといってあげましょう。なむー(笑)。ま、冗談ではありますが。それにしても、レイががんばるがんばる。多分次あたりで、レイはシンジにらぶらぶとなるんではないでしょうか。ま、でも相手がおくてでにぶちんのシンジですから、そうそう仲が簡単に発展するとは思えませんが(笑)。レイも、そこまでのふんぎりも知識もないでしょうし(笑)。

 ちなみに、最後になりましたが、このストーリーのテーマは、あくまで「ラブラブシンちゃん」です(笑)。

 それではまた、機会がありましたら、次の作品でお会いしましょう。 

H金物拝  


 D Partへ続く

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