タフト通りを巡回中の、マニラ市警のダニー・エスピーノ伍長のパトカーがその不審な車を発見したのは、本当にただの偶然からであった。

 今朝になって突然、署長からの命令で市警の交通課の連中に総動員がかかり、ありったけの車輌で市内を巡回することになったのだ。捜査課の刑事にいたっては、よほどの事件を抱えていないかぎり、朝一番で市内のあちこちに聞き込みに出されているらしい。エスピーノ伍長は、自分を朝っぱらからこうして走り回らせている写真の二人に、あまりおおっぴらには口にできないような言葉で悪態をついた。

 助手席に座っている相棒が、けらけらと笑ってダッシュボードに張りつけてあるその写真のコピーをはぎ取り、しげしげとながめている。

「日本人のテロリスト、といってもなあ。どうやって、このだだっ広いマニラ中から探し出すっていうんだろうな」

 朝の騒動が一段落ついて、これから夕方まではそれほどの混雑はない。かの世界恐慌のために、世界規模の物資の流通網が崩壊してからというもの、今でもマニラ市内では走っている自動車の数は少ないままであった。日中は、車道の中央にまであふれ出てきている自転車や、リヤカーが、市民の主要な足となる。

「ふん、テロリスト、ってのもどこまで事実なんだか。案外、そこを走っている車の中にいたりしてな。それも、日本人の大使館の車の中かなんかに」

 噂をすれば影、ではないが、ちょうどそのとき対向車線を、どう見ても日本人としか見えない男が運転している車が走ってきた。

「どうせなら、そこの車か何かに……!」

「? どうした?」

 今しがた通りすぎた車に視線をくぎづけにしたまま、エスピーノ伍長は、乱暴にステアリングを左に切り、パトカーを今しがた通りすぎていった車の後を追わせる。無茶なターンにタイヤが白い煙をあげ、アスファルトに黒々とタイヤの跡が残る。

「見なかったのか? 今の車にその娘が乗っていたんだよ」

「なんだと!?」

「追うぞ!」

 エスピーノ伍長は、回転燈に灯を入れ、サイレンを鳴らしだした。そして、アクセルを目いっぱい踏みつけ、その車のあとを追い始めた。

 

「始まったな」

「しかし、本当にこれでいいのか?」

 ブルバードSSSの助手席に座っている加持は、ダッシュボード内に収めた無線機の周波数帯を少しずついじくりながら、市内で始まったカーチェイスの一部始終に聞き入っている。イヤホンから流れてくるマニラ市警の混乱ぶりから、大使館のエージェントが行っている陽動が、思いのほかうまくいっていることがうかがえた。

 ダンテは、後部座席でいくつもの紙袋を抱えて座っているアスカを一目見やると、ほんの一〇〇メートルほどもむこうにある橋の上ではっている検問に視線を戻した。

「なに、うまくいけばめっけもの、だろ」

「うまくいけば、な。……おう、また一台引っかかった。タフト通りを一台が南下中だ」

 路の端に駐車している三人の乗っているブルーバードから、何台ものパトカーが、サイレンをかき鳴らしながらものすごいスピードで通りを南下していくのが見える。

「ま、これで市の北半分のパトカーなりお巡りなりが減ってくれれば、それだけこちらも動きやすくなる」

 ダンテは、よれよれになったマルボロの箱を取り出すと、中からしけたタバコを一本取り出して口にくわえた。

「じゃあ、いこうか。その無線機を隠してくれ。まずはあの橋の検問だ」

 

 真白いダイムラーベンツ450SELの後部座席で、ホナサンは鳴り出した携帯電話に手を伸ばした。

「見つけました! やつらです! 今、アヤラ橋を渡って市の北側に移動しています!」

 まゆ一つ動かさない無表情のままで彼は、興奮していることが受話器ごしにも伝わってくる部下の声に、冷たい声で答えた。

「その車は、どういう車だ」

「あ、はい、ええと、日本製のグレーのブルーバードで、ドライビングランプを二個鼻っ柱につけてます。やけにぶっといタイヤをはいていまして、それから……」

「判った。今、車か? そうか。なら、後をつけろ。気がつかれるな」

 そのまま返事も待たずに電話を切ると、ホナサンは、相変わらずの感情のこもっていない声で、車を出すように運転手に命じた。その命令にしたがって車が動き出すと同時に、バックミラーに何台もの車がいっせいに動き始めるのが映った。どの車にも、一癖も二癖もありそうな顔をした男たちが、手に手に雑多な銃を持って乗り込んでいる。

 ホナサン自身は、かたわらに置いてあるやけに大きい銃のキャリングケースの上に手を置き、車が動き出したはずみでケースがどこかにぶつかったりしないように支えた。そのケースは、長年使われているのか、あちこち傷つき汚れていたが、きちんと手入れされ磨き上げられていた。

 

 ぼんやりと外の景色を眺めていたアスカは、ふと、自分が何かに追われているような気がして、抱えている紙袋を床に下ろすとあたりに視線を走らせた。いつのまにか、何台かの車が、このブルーバードにむかって近づいてくる。何か嫌なものを感じ、視線をこらしてその車らを「見よう」とした。

 嫌なものを感じたのは、加持やダンテも同じであったようである。二人とも、サイドミラーやバックミラーで、近づいてくる車を確認し、同時に軽く舌打ちをした。そして、ダンテはギアを四速から二速に落として車を加速させ、加持は懐に手を入れていつでもコルト・コンバットコマンダーを抜けるようにしている。

 そんなブルーバードの動きに、追ってくる車も、自分達の存在に気がつかれてしまったことを知ったのだろう、いっせいに速度をあげ、距離をつめようとしてきた。

 ダンテは、走っている他の車を、エンジンブレーキとステアリングを使って右に左によけつつ、直線で一気に加速をかけ、追ってくる車を突き放そうとした。オリジナルのエンジンではなく、オフロード・ラリー・レース用にシルビア(Ks)の二リッター・ターボエンジンを積んでいるブルは、たちまち一〇〇キロを軽く超える速度で後ろの車を置き去りにする。

 だが、追跡車も黙って置いてきぼりを喰らうつもりはなかった。邪魔になる一般車をサブマシンガンやピストルの威嚇射撃で追い払い、無理矢理加速をかけて後を追ってくる。

 アスカは、後部座席で右に左に振り回されながらも、何とか追ってくる車を「見分け」ようとしていた。

 うまく意識を追跡者にあわせることができないが、しかし、相手の殺気を捕らえてそれをたどっていくことに気がついてから、楽に相手を「見る」ことができるようになる。

 追ってくる男たちは、どれも派手な柄物のシャツを着たギャングであった。全員が、拳銃やサブマシンガン、時にはライフルで武装していて、本気で自分達を殺すつもりで追ってきている。だが、どいつもこいつもチンピラばかりで、本当に恐ろしい相手はいはしないようであった。

「加持さん、あいつら、あたしたちを殺すつもりで追ってきている」

「ああ?」

 突然アスカがしゃべり始めたことに、加持は、一瞬なにが起きたのか理解できないようであった。

「でもあいつらは、ただの雑魚よ。本物じゃない。本当に怖い敵は、まだどこかであたしたちのことを待ちかまえている。あいつらは、あたしたちがどこへ行こうとしているのかを確かめるつもりなのよ」

 突然アスカがわけのわからないことを言い出したことに、ダンテは、腹の底から不気味なものを感じた。もしかして自分は、ものすごくわりの合わない仕事を引き受けてしまったのではないかとも思い、わきの下に冷や汗がたれる。

 だが、彼女の言うことは、彼の感触とも一致していた。後ろを追ってくる連中は、どう見ても小物ばかりである。乗っている車も、たいしたことはない大衆車だし、ドライビングテクも全然なっていない。

「なら、あいつらはまいてしまったほうがいいな」

「なに?」

「しっかりつかまってろ。ぶんまわすぞ!」

 言うが早いか、ダンテは、アクセルを放して、思いっきりブレーキを左足で踏みつけた。ハンドルを鋭く右に振りながら、こんどは左足をクラッチに移してクラッチを切る。そして、それと同時にハンドブレーキを引いた。

 ブルはものすごい勢いでスピンした。車首が九〇度回ったその瞬間、ダンテはハンドルとハンドブレーキを戻しながらシフト・ダウンしてクラッチをつないだ。そして、また思いっきりアクセルを踏み込む。

 ブルは接地力を回復し、蛇行気味にすぐわきの路地に飛び込んだ。そのままブレーキとアクセルを交互に使いながら、障害物を乗り越え、シフト・アップして加速をかける。

 後方で、何台もの車が急停止し、団子になって玉突き事故を起こす音が、車内の三人にまで聞こえてきた。

 

「ざっとこんなものだ」

 裏路地から裏路地へと移動することで、完全に追っ手をまいたと確信したダンテは、リザル通りを北にむかって疾走していた。

 後部座席でひっくり返っていたアスカは、何とかぶちまけられた荷物の中からはい出すと、バックミラー越しにダンテのことをにらみつけた。今のカーチェイスの間に、頭をロールバーにぶつけてしまったらしい。左手で頭をさすりながら、散乱してしまっている荷物をかき集めている。

「あなたの腕がすごいことはよくわかった。でも、できれば次からは、もうちょっと早く警告して欲しいわ」

 ほおを膨らませている彼女の表情に、ダンテは、それこそのけぞるようにして大笑いしながら、ハンドルを握っている。加持も、我関せず、といった様子で外に視線を走らせていた。

「これでも、ずいぶんと穏やかに走っているのさ。山道に入ったら、その可愛いお口を閉じて、シートベルトを締めてしっかりロールバーにつかまっていな。舌をかみ切るか、首の骨をへし折っちまうぜ」

「大丈夫よ。あなたがさっきみたいな無茶な運転をしなければね!」

「だから、あれでもずいぶんとお行儀のいい運転なんだって」

 かみついてくるアスカを調子よくいなしているダンテに、加持は黙って左手の動きだけで警告を発した。

 一瞬でプロの表情に戻ったダンテは、バックミラーとサイドミラーで、加持が指し示した方向を確認する。そこには、何台かの車をはさんでほぼブルと同じ速度で走っている、黒いトヨタのスープラがいた。

「何度か追い抜くチャンスがあったのに、こうしてぴったり後をつけてきている」

 加持が、顔を向けることすらせずに低い声で説明した。

 思わずアスカは振り向いてその車を見ようとした。

「動くな。気づかれる」

 鋭い加持の静止の声が飛ぶ。

「もう一回、まくか?」

「無理だろう。こちらの車種とナンバーがむこうにわかってしまっている以上、へたな動きはかえって相手の過剰な反応を引き出すだけだ」

「で? 何か考えはあるのか?」

「ああ、この際だから一網打尽にしてもらおう」

 

 エスピーノ伍長は、非常に不機嫌な表情でパトカーを北へむかって走らせていた。

 彼が見つけた不審な車は、結局市の南半分を散々走り回ったあげくに、日本大使館へ入っていってしまったのである。完全な治外法権であるそこに逃げ込まれてしまっては、いくら何でも手を出すことはできない。

 それどころか、似たような女の子を乗せた車が次々と大使館に入っていくのを見て、伍長は、自分達が何を追いかけていたのか、気がつかざるをえなかった。

 祖父から、日本人が昔この島で何をしたかを散々に聞かされて育ったエスピーノ伍長は、実は日本人のことがかなり嫌いであった。そして、彼の偏見を助長するがごとくに、日本人は大量の円でこの国で女を買いあさり、犯罪の助長をし、この国を食い荒らしてきた。たかが金を持っているくらいで我が物顔にこの国を闊歩する日本人に、こんどは自分達マニラ市警の面々がはめられてしまったことに、怒髪天をつくほどに腹を立てていた。

「こちら本部、巡回中の全パトカーに告ぐ。アル・カサル通りで発砲事件発生。多数の武装したギャングを乗せた車が、中国人墓地にむかって移動中だ。至急現場に急行せよ」

「こちら一〇九号車、了解した。すぐに現場に急行する」

 即座に入った無線に答えると、エスピーノ伍長は、パトカーを北へむかって走らせた。

「ち、日本人のテロリストの次はギャングのでいりかよ。よくよく今日はついてないときてる」

「け、どうせギャング同士の抗争だろ。こっちが危険な目に遭わないようにしなけりゃな。殺し合いたいならば、勝手に殺し合えばいいのさ」

 たまった不満を思いっきりアクセルを吹かすことで表に出した伍長は、左手でステアリングをさばきながら、右手で銃のチェックを始めた。隣で同僚も、自分の拳銃のチェックをし始め、さらにはパトカーに備えつけのショットガンをチェックし始めている。

「こいつを使うと思うか?」

 鹿撃ち用のライフル・スラグ弾を取り出して、同僚が伍長に尋ねた。

「一応込めとけよ。どうせ俺たちが撃ち合いをすることはないだろうけどさ。保険の代わりだろ」

「こんなもん、撃ちたかねえなあ」

 その一〇番ゲージのポンプアクション・ショットガンのチューブ式弾倉いっぱいに弾を詰め込むと、男は、安全装置をかけて銃をドアのガン・ラックに収めた。そして、後部座席に放り出してあった防弾ジャケットに手を伸ばし、狭い車内で悪戦苦闘しながら身につける。

「ちくしょう、どこのどいつだ、こんな騒動引き起こしやがったのは」

 

 その頃、その騒動の張本人たちは、マニラ市北部の中心部にある中国人墓地にむかってひた走っていた。

 アスカは、ダンテの言った通りに四点ハーネスのシートベルトで身体を固定し、しっかりと防弾チョッキを着込んでいた。いつでも両手で頭を抱えてうずくまることができるように、身体を縮こまらさせている。

「ほう、しっかり後をついてきているじゃないか、あいつは」

「じゃあ、やってくれ」

「よしきた。しっかりつかまってろよ!」

 ダンテは、思いっきりアクセルを吹かしてブルを加速さると、三速で一五〇キロ、四速で二〇〇キロくらいまで引っぱる。エンジンの回転数が三〇〇〇回転を超えるあたりからターボ・チャージが効き始め、蹴飛ばされるように速度が上がっていく。

 突然のブルの加速に、スープラは、あわてたように速度を上げて後を追おうとする。が、初動で出遅れてしまっただけに、その差は徐々に開いていく。しかも、スープラのドライバーは、ダンテほどの技術を持っていないようで、道を走っている一般車を四苦八苦しながら追い抜くので精一杯の様子であった。

 瞬く間に、右手に目的の中国人墓地が見えてくる。

「そろそろだな。しっかりつかまっておけよ!」

 言うが早いか、ダンテは、強引にブルーバードをスピンさせ、墓地にむかって突っ込ませた。何人もの歩行者が、悲鳴をあげて車の行く手から逃げまどう。

 前輪が歩道の敷石に乗ったその瞬間、ダンテは、アクセルを目いっぱいべた踏みに踏み込み、車をジャンプさせた。そのままブルは、車止めを飛び越えて墓地の中に飛び込む。後ろから追ってきたスープラが、そのまま墓地の中に走り込もうとして車止めに激突し、その勢いのまま前転するようにひっくり返って、墓地入り口の切符売り場に突っ込んだ。スープラが突っ込んでくる直前に売り場から逃げ出した売り子が、呆然として腰を抜かしてへたり込んでいる。

 後方で起きた爆発音に、ダンテは、ニヤリと笑ってマルボロのパッケージに手を伸ばした。

 が、すでにすっからかんになってしまっていることに気がつき、口をへの字に曲げてシフト・チェンジする。いったん速度を落としたブルは、そのまま墓地の中心部にむかって走り始めた。

「大したもんだ」

 すっとダンテの口先に、火のついたラッキーストライクが差し出された。

「ありがとよ。ま、これくらい、夜の山道を時速一〇〇マイルで突っ走るのに比べれば、それほどのことじゃないがな」

「そいつはすごい。さすがに、そんな無茶をする奴は初めてだ」

 にやにや笑って、ダンテはタバコをくわえる。

「というわけだ、お嬢さん。感想は?」

「……わかったわ。さっきのあなたの運転が、ずいぶんと上品であったのを認めるわ」

 まさしくぐうの音も出ない、といった表情で、アスカはしぶしぶ認めた。

「それで、あたしたちは、これからどうすればいいの?」

 またも無線機に聞き入っている加持は、視線だけアスカに走らせると、マニラ市の市街地図を広げた。

「一旦、どこかに停めてくれ。そこで説明する」

 

 中国人墓地の南にある看護婦学校の手前で、ホナサンは、部下が目標の追跡に失敗して、あげくに多数のパトカーを呼び寄せるはめになってしまったことを知った。

 あまりの失態に、きりきりと歯噛みして腹を立てたが、しかし、そうなってしまったことに取り返しはつかない。彼は、即座に市内で待機している全ての部下を集めることにした。目標が北へむかってリザル通りをひた走っているのは、後をつけている部下からの報告でわかっている。うまくすれば、そこに見える中国人墓地に連中を追い込んで、一気にかたをつけることもできなくはない。

 ちょうどその時であった。目標を追跡していた車から報告が入ったのは。

 なんと目標は、自分から中国人墓地へと入っていくつもりらしい。一気に速度を上げて、追跡している車をまこうというつもりなのだろう。

「全員をそこの墓地に集めろ。やつらが逃げ出さないように、出入り口はしっかり見張らせておけ」

 ホナサンは、とうとう自分の出番がきたことを、ぞくぞくするような喜びと共に理解した。

 

 エスピーノ伍長は、中国人墓地に集まってきたパトカーの数に、かなりびっくりしていた。さらに、市警の重装備中隊の装甲車まで出動して、墓地を封鎖しようとしているのを見て、かなりげんなりしてしまってもいた。その姿は、頼もしいというよりは、自分達がこれからどんな修羅場に放り出されるはめになるのかを想像させてくれて、いい加減嫌気がさしてくるのだ。

「なあ、俺たち、何をやらされるんだ?」

 さすがに不安そうな色を隠せず、同僚が、伍長に尋ねてくる。

「俺が知るかよ」

 聞きたいのは、こっちの方だ。

 さすがに口にはしなかったが、伍長の内心では同じ気持ちであったのだ。

 その時、パトカーの無線に、本部からの命令が入ってくる。

「本部より、中国人墓地周辺に展開した各警察官へ。現在ギャングの自動車が墓地内に侵入中だ。可能な限りこれを発見しだい逮捕し、連行せよ」

 ふざけるな。

 そう叫び出したいのを我慢して、エスピーノ伍長は、了解した旨を報告した。

「仕方がない。とにかく一回りぐるっと回ってお茶をにごすさ」

 同僚のいい加減な台詞も、今はなんの気休めにもならなかった。

 

「こちら加持。状況を報告されたし。送れ」

「こちらアスカ。ギャングは、墓地の東側から車で入って来ているわ。警察は西側から。送れ」

「了解した。もう警察が来たのか。予想より早すぎるかな。まあいい。新しい動きがあったら教えてくれ。以上、終わり」

 加持は、手にしたM21セミ・オートマチックライフルに着ていた背広を巻きつけると、居並ぶ廟楼の影を腰を低くして走った。そのまま墓地の東側に向い、出入り口が見通せるところまで近づく。そして、適当な建物の陰に陣取り、M21を取り出した。

 中国人の作る墓は、その祖先を大切にする伝統から、非常に金のかかった大きな建物であることが多い。ちょっと離れて見ると、まるで建て売り住宅に見えなくもない。なにしろ、塀や門で囲われている上に、中には台所やバスルームすら備えているものもあるのだ。

 加持は、今いる場所が墓地の出入り口からは死角になっていることを確認して、M21をチェックした。まずサイト・スコープの取りつけ金具を確認し、そこに歪みがないかチェックする。そして、レンズ覆いを外して、大体の目測に合わせて倍率を変更する。

 ここから墓地ので入り口までは、大体、距離にして二〇〇ヤードほどある。彼は、タバコの煙で風の向きと強さを調べ、ほとんど微風といっていい状態であることを確認した。

 スコープの倍率を最低の二倍に調節し、十時線に目標を収める。このような日中の風のない理想的な条件での狙撃では、下手に倍率を上げて視界を狭めるよりも、視界を広げて確実な弾着観測をするほうが良いことを、加持は知っていた。

 出入り口には、ギャングが大量に乗った車が、続々と入ってくるところであった。いくらフィリピンであるとはいえ、白昼からこれだけおおっぴらに武装した兵隊を動かしていることに、加持は、一応警察官としての意識が目覚めた。が、すぐにそれを心の奥深くにしまい込み、意識を狙撃のことだけに集中させる。

 このM21は、三〇〇ヤードで十時線の周辺に弾着するように調整されている。つまり二〇〇ヤードで狙撃するということは、いくらか十字線よりも上に弾が着弾することになる。銃弾は弧を描いて飛ぶ以上、ある一定の距離で調整されたサイトでそれより手前の目標を狙撃する時には、そのサイトの照門と照星で狙った位置よりも上に銃弾が着弾するものなのだ。

 加持は、侵入してきた車のうち、一番外れたところを走っている一台に照準を合わせた。

 そして、その運転席の男の胸元に、照準を合わせる。

 まず引き金を遊び一杯まで引き、ゆっくりと手のひら全体で握るようにして、引き金を最後まで絞り込んだ。

 轟音と共に薬莢が右斜め上に吐き出され、次の三〇八ウィンチェスターの被甲弾が装填される。遊底の回転はスムーズで、まったく引っかかるところはない。

 弾丸は、銃声が出入り口のギャングたちに届くよりも早く、目標の男の左目を撃ち抜いた。弾頭はその形を変えながら、そのまま男の後頭部から飛び去り、後ろの座席の男の一人ののど元にめり込む。二人のまき散らす血や脳漿で、車内はパニックになった。弾着のショックで運転席の男は、身体を左にひねって倒れ込み、そのままステアリングが左に回る。

 時速四〇キロ近い速度で走っていた車は、そのまま左回りにスピンすると、後続の車に頭から突っ込んだ。スピンする車をよけきれなかった後続車は、あわててハンドルを右に切ろうとし、そのまま腹をさらして衝突してしまう。そして擱座した二台は、燃料タンクから漏れ出したガソリンに火花が散り、ギャングらが逃げ出すまもなく爆発するように炎上する。

 加持は、そんな目標の状況には目もくれず、スコープのつまみを調整して弾着位置が何センチか左に寄るように修正した。そして、続けざまにギャングらを狙撃し、銃の癖を確認し、修正していく。

 ほぼ一〇人ほども狙撃したところで、加持は、腹ばいになって後退し、その場から離れた。あたりは、めったやたらに撃ち返してくるギャングらの銃弾で、まるで戦場のようになってしまっていた。時たま、流れ弾にあたってしまった一般人の悲鳴が、風に乗って聞こえてくる。だが、彼は、意識からいっさいのそうした雑音を排除して、ジグザグに建物から建物へと走り、また一人、また一人と、ギャングを片付けていく。

 ほぼ弾倉二つ分、四〇発弱ほども射撃した後、加持は無線でアスカらに連絡を取った。

「こちら加持、送れ」

「こちらアスカ。どう、大丈夫?」

「……ああ、まったく無事だ。警官隊は、どんな感じだ? 送れ」

 加持は、周囲の状況を確認して、あたりに誰もいないことを確かめた。そして、予備の弾丸を空になった弾倉に詰め始める。二〇連弾倉に、一八から一九発程度の弾を込めていく。一度に限度いっぱいに弾丸を装填してしまうと、スプリングがいかれて装弾不良を起こす確率が高くなるのだ。

「銃撃戦が始まったから、いっせいに突入してきたみたい。……ええと、送れ」

「よし、入ってくるのは、どこのゲートだ? 送れ」

 弾を込め終わった弾倉をズボンのベルトに挟み、またM21をジャケットで覆うと、加持は、姿勢を低くしたままでこんどは西のゲートにむかって走り出した。

 彼の去った後では、いくつもの死体と、泣き叫ぶ負傷者と、怯えてめった撃ちに銃を撃ちまくるギャングだけが取り残されていた。

 

 突然、墓地の東側で始まった銃撃戦に、墓地の西側から進入しようとしていたエスピーノ伍長をはじめとする警官隊は、あわてて入り口の車止めを除けると、装甲車を先頭に車輌の縦隊を作って中に入っていった。さすがに中にはまだ一般市民も多数いるわけで、へたに四の五の言っている場合ではなかったのだ。

 エスピーノ伍長も、防弾チョッキにヘルメットというものものしいいでたちで、慎重にパトカーを運転しながら前へと進んでいく。と、前方に、武装しているとおぼしい男の影が見えた。手に自動小銃を持ち、まるで訓練された兵士の様にはるかかなたを走っている。

「一〇九号車より本部へ。武装したギャングとおぼしい人影を発見。これから後を追跡する。増援を送れ。以上」

 あわててアクセルを踏むと、ほとんど車幅いっぱいの細い路地を、男の影の方にむかって走り始めた。

「おい、いいのか!」

 あわててショットガンを扉のガンラックから取り出した相棒が、銃をひざの間に抱えてわめく。

「仕方がないだろう。見つけちまったんだから」

 本人としても、危ない橋を渡りたくはないのだが、第一発見者が自分である以上、仕事はしなければならない。もしかすれば、負傷した民間人を助け出すこともあるかもしれないのだ。ギャング同士の銃撃戦ならば、なんだかんだ言って逃げることもできるが、そうでないならば、警官としての仕事はしなければならない。

 

 男は、そろそろと車を走らせながら、血眼になってあたりに人影がないか目をこらしていた。

 先ほどの狙撃で、瞬く間に二〇人ものメンツが死ぬか重傷を負うかしたのだ。いつ自分らもそれと同じ目に遭うか、まったくわからないのだ。本当なら、今すぐここから逃げ出したいのだが、後で加えられるリンチの凄惨さを思うと、それもできはしなかった。

 助手席や、後部座席に座っている仲間が、手に手に持っている銃をあちこちに向けながら、必死になって人影を探している。ちょっとでもそれらしい影を見つけたならば、とにかくなんでもいいから撃ちまくっていたのだ。

 と、その時だった。突然、後部座席の男が、飛んできた弾に腕をかすめられて座席に転がり込み、情けない声をあげて泣きわめいた。

 あわてて、他の男たちも、弾の飛んできた方向にむかって銃を向け、ろくに狙いも付けずに弾倉が空になるまで撃ちまくる。

「で、出ました、奴です、奴が出ました!」

 ほとんど泣き声に近い調子で、男は携帯電話にむかって絶叫した。

「誰だ、名前を言え! それから、そこはどこらへんだ! まず先にそれを言わんか!!」

 電話のむこうから、パニックを起こしている男を叱責する声が飛ぶ。男は、その声に張り飛ばされたかのようにあわてて背筋を伸ばした。

「は、すいません、自分は……」

 

 突然聞こえてきた銃声に、エスピーノ伍長は、あわててパトカーを停車させた。そして、相棒とともに、車を降りると、銃を構えてそろそろと前進を始めた。

 と、むこうの建物の陰に、さっと人影が走る。

 二人は、はっとして、そのまま引き金を引いてしまった。が、弾は出なかった。あわてて銃の安全装置を解除し、薬室に銃弾が装填されているかどうかを確認する。

「い、今の、死ぬかと思った」

 それこそぜいぜいと肩で息をしている同僚の前で、エスピーノ伍長は、へなへなと座りこんでしまった。まるでそのままの装備で一キロ以上も全力疾走してきたかのように、全身が汗でぐっしょりと濡れてしまっている。

「お、俺もだ」

「とにかく、近づいてみよう。民間人かもしれないし」

「そ、そうだな」

 そして、銃口をそちらへ向けたまま、二人はそっと建物の方に近づいていく。

「警察だ。もし手助けが必要ならば、返事をしろ」

 だが、その呼びかけには、なんの返事も返ってこなかった。

「おい、そこに誰かいないのか!?」

 きりきりと胃の腑をしぼりあげる緊張感に耐えきれなくなり、伍長は、声を荒げて建物に近づいた。同僚も、おっかなびっくりで、その後に続く。緊張で、手にしているショットガンの銃口が上下左右に震えている。

 だが、二人が建物に近づいたとき、幸運にもそこには誰もいなかった。

 とりあえず建物を一周し、あたりに誰もいないことを確かめてから、二人はパトカーに戻った。そして、ぜいぜいと息を切らしながら、本部に報告を入れ、パトカーを発進させる。

「ふう、本当に一回りして、さっさととんずらしよう。とにかくこれでは、命がいくらあっても足りやしない」

「まったくだ。とにかく、車を出そう。こんなところには一瞬だっていたくはねえ」

 

 加持は、二人組の警官が、へっぴり腰であたりを調べ、そのまま去っていくのを黙って見ていた。そして、彼らがパトカーに乗り込んだのを確認してから、そっと隠れていた場所から動きだした。こんどは、さっきの狙撃でわざと命中させなかったギャングの車に、注意を向ける。彼らも、どうやらこれ以上の狙撃はないと安心したのか、そろそろと車をこちらへと進めてくる。

 加持は、隠れていた陵墓のそばに生えている木の上で、ゆっくりと周囲の状況をM21のサイトスコープで確認した。まだ双方共に、増援が到着する気配は見られない。だが彼は、そのまま彼らを、この場から去らせるつもりはなかった。

 二台の車の相対的な位置関係を頭の中で計算する。そして彼は、もっとも効果的な一瞬を狙って、ギャングたちの車にむかってM21の引き金を絞った。

 

 ギャングらは、あれから一発の弾も飛んでこないことに気を良くし、もしかしたら自分達がめくら撃ちに撃ちまくった弾が偶然相手に当たったのではないかと、都合のいいことを考えていた。

 だから、突然飛んできた弾丸が後部座席でサブマシンガンを振り回していた男の頭半分を吹き飛ばした瞬間、彼らは、それこそ弾倉に残っている全ての弾丸を打ち尽くす勢いでそこら中に弾をバラまき始めたのだ。どこから撃ってきたのか、目を皿のようにしてあたりを見まわしていたギャングの一人が、そこから去ろうとしている車の後ろ姿を見つける。そのままなにも考えずに、手にしているサブマシンガンを弾倉が空になるまで撃ち続ける。

 そしてその銃弾のうちの一発は、ほんの数十メートル離れたところを走っていた、エスピーノ伍長のパトカーのサイド・ミラーを吹き飛ばした。

 

 突然なにが起こったのか、伍長も、その同僚も、把握することはできなかった。それどころか、ギャングらが自分らにむけてサブマシンガンを撃ちまくっているのに気がつき、あわててアクセルを踏んでこの場から逃げようとする。だが、パニックでまともな思考能力を失っているエスピーノの運転のせいで、車はそのまま陵墓の一つに頭から突っ込み、擱座してしまう。

 二人は、しばらくショックでもうろうとしていたが、車に降り注ぐ弾丸の弾着音で、すぐに意識がはっきりした。あわてて装備をつかんで外へ飛びだし、手近なところに隠れられるところはないかと、視線を右左にさまよわせる。

 だが、そんな二人目がけて容赦なく弾は降り、同僚が防弾チョッキごと何発もの弾丸で引き裂かれるのを見たエスピーノは、下半身を失禁で濡らしながら、あわててパトカーの無線機に飛びついた。そして、文字通り鼻水混じりの泣き声で、本部にむかって救援を要請した。

「ギャングが、ギャングが撃ってくる! 至急救援を! ホセが殺られたんだ、急いでくれ!!」

 

 加持は、パトカーにむけてひたすら銃を撃ち続けているギャングどもを、弾倉の半分の銃弾で次々に射殺した。

 そして、警官がまだ生きているのを確認してから、そっと彼らから死角になる位置で木の上から地面に降り立った。そのまま、彼らや、彼らの連絡でやってくるであろう増援の目に付かないように、建物や、木々の陰から陰へと、身体をかがめてひた走りに走った。そして、一旦混乱の圏外へ出ると、また手ごろな隠れ場所を見つけてそこに隠れ、周囲の状況を確認した。

 周囲は、あちこちから聞こえてくる銃声以外、ほとんどなにもなかった。ギャングや警察の車が、次々と駆けつけ、そのままなしくずしに銃撃戦に参加していく。とりあえずギャングも警察も、たった今始まった銃撃戦に加わるので精一杯で、とても自分たちを探しに来る余裕は無いようであった。加持は、トランシーバーの電源を入れ、アスカらと連絡を取った。

「こちら加持。追っ手と警察を噛み合わせることに成功した。そっちの状況はどうか? 送れ」

 返事はすぐに戻ってきた。

「こちらアスカ! 加持さん、無事ね。今そっちに警官隊のほとんどが向かってるわ。あと、ギャングの残りも。送れ」

「了解した。両方の警備が手薄なところへ誘導してくれ。そこで落ち会おう。送れ」

 目の前で警官隊とギャングが盛大な銃撃戦を始めるのを横目で見ながら、加持は、そっとその場を離れた。周囲は、どちらともわからない流れ弾で、まともに立って歩くことすらままならない有り様であった。だが、そういった状況には慣れてしまっている彼は、周囲の状況に気を配りながら素早く移動した。

「こちらダンテ。カジ、どうぞ」

 加持が安全圏まで脱出したころあいを見計らって、ダンテが呼びかけてきた。

「こちら加持。あとどれくらいで合流できそうだ? 送れ」

「合流自体には、それほどかからん。で、こんどはどうやってここから脱出するつもりだ? どうぞ」

「まずは東側へ移動してくれ。合流したら説明する。送れ」

「了解した。急げよ。終わり」

 トランシーバーのスイッチの切り際に、ブルーバードのエンジンがぶるんと音を立てて始動するのが、加持の耳に聞こえた。二人の乗ったブルが、隠れていた楼廟から飛び出していく様を想像して、加持は、わずかに口の端をゆがめた。そして、自分も彼らに合流するべく、脱兎のごとく走り始めた。

 

「で、どうやって、この陰気な檻から逃げ出すんだ?」

 三人が落ち合って最初に出たのが、ダンテのそのセリフだった。

 色々と言いたいことがあったにもかかわらず、ダンテに機先を制されてしまったことに、アスカは、またもダンテのことを張り倒したそうな目でにらみつけている。

 さすがに一分一秒が惜しいこの瞬間、加持にも、アスカのそんな感情の動きにかまっている余裕はなかった。そのままダンテに地図を広げて見せ、説明を始める。

「見てくれ。アスカの言う通りならば、ここと、ここのゲートにギャングらがいるはずだ。で、墓地の東側全体から南面一体は、警官隊が封鎖していると考えていいと思う。北側も、西側も、そろそろ封鎖が終わる頃だと思う」

 それで。

 目の動きだけで、ダンテは、加持に続きをうながした。

「だが、ここの墓地は、かなりでかい。周囲六キロ全部を封鎖することは、いくら何でも無理だろう。だとすると、封鎖のメインは、こことここの自動車が出入りできるゲートになるだろう。で、だ」

 加持の指が、素早く地図の一点をさす。

「ここは、ちょうど外の道路が塀際にそってはしっているうえ、うまいこと繁みになっていて周囲から見づらくなっている。しかも、どのゲートからも結構距離がある。突っ切ろうと思えば、気がつかれずに突っ切ることはできると思う」

「無茶を言うな。で?」

 あきれたようにため息をつき、ダンテは、加持のことをねめつけた。

「だが、確かに無茶だ。それでだ、ちょうどそこの面の仕切りは、鉄製の柵だったな」

「ああ」

 二人の疑問に満ちた視線に、加持は、軽く口の端をゆがめて笑ってみせることで、自信のほどを示す。

「世の中、結構何とかなるもんさ」

 

「信じられんほど、あっけなかったな」

 まるで気が抜けたような表情で、ダンテはブルーバードのステアリングを握っていた。周囲の車にあわせたスピードで、目立たないように通りを北上していく。

「でも、あんなに簡単に柵って断ち切れるのね。知らなかった」

 やけに感心したような表情で、アスカは、一人で納得したように肯いている。

「だから言ったろ。何とかなるもんなんだって」

 加持がやけに自信たっぷりであったのは、手もとにあった一キロのプラスチック爆薬のせいであった。

 彼は、この爆薬が非常に安定していて、かつ、いくらでも形状を変えることができる、という性質を利用して、特殊部隊が橋梁等の鉄骨で構成された構造物を破壊する要領で、金属性の柵を吹き飛ばしたのだ。簡単に説明すると、左右両方から場所を少しだけずらして力を加えると、瞬間的に大きな応力がかかって金属疲労を起こす。そして、その勢いが強ければ、金属内に応力が残って、金属疲労切断を起こすのである。

 彼は柵の鉄骨がそれほど太くはないことから、わずか一キロのプラスチック爆薬でも、十分に柵をブルーバードが通れるほどの広さに切断できると見積もったのであった。そして、墓地内ではいまだに激しい銃撃戦が行われており、多少の爆発音ならば、警官隊の迅速な対応を招くことはないとふんだのだ。

 彼のねらいは見事にあたり、三人がこうしてのうのうとマニラ市内から出ようとしている今この瞬間にも、墓地内で激しい銃撃戦が続いていたのである。

 ふと、たった今気がついたかのように、ダンテが口を開く。

「それで、だ。お嬢さん、一つ聞かせてもらっていいかな」

「なに?」

 突然自分に話がふられて、ぼうっとしていたアスカは、はっとしてバックミラー越しにダンテの顔をのぞき込んだ。

「よく、まあ、あいつらの動きがあれだけ正確に把握できたもんだ」

 口調は相変わらず軽かったが、バックミラーごしに映る彼の瞳は、彼が決して冗談やへらず口をたたいているのではないことを語っていた。アスカは、うかつにも自分が調子に乗って「力」を使いすぎたことに、いまさらになって後悔した。自分だけが役に立たないでいることが、どうしようもなく我慢できなかったせいだが、しかし、調子に乗りすぎていたのも事実であった。

「偶然、と言っても信じてくれないわね」

「信じて欲しいのかい」

「信じてもらいたいなあ」

 会話がそろそろ剣呑な方へ流れそうになったのを、加持がまぜっ返して押しとどめる。

「とにかく、一段落するまでは、この話題は先送りにしていいかな」

 加持の口調も穏やかだったが、言外に、これ以上の詮索は無用、と気配で語っていた。

 アスカに何か公にはできない事情があることは、ダンテも薄々感づいてはいた。少なくとも、日本大使館のエージェントが動き、加持ほどのエージェントが護衛についているのだ。そしてそれは、あまり他人に知って欲しくはないことなのであろう。

 だからダンテは、これ以上アスカの秘密について詮索するのはやめることにした。

 あたりの景色は、徐々に緑が深くなっていき、そろそろ走っている車の影もなくなってくる。

「さて、次の橋を渡ったら、マニラともおさらばだ」

 ダンテがそう独り言ちた瞬間だった。

 前方に黒い影が立ちふさがった。

 


 あとがき

 

 はい、そういうわけで続きです(笑)。今回の話は、基本的にいかにメインの三人のキャラクターを表現するか、が主題でした。

 もっとも、どうも加持が強くて、うまくいきはしませんでしたが。やはりアスカが一番割を食ってしまいます。とにかく加持とダンテに守られなければならない、というのが、大きな問題です。が、まあ、仕方がないんですけれどもね。だって、そういう話なんだから(笑)。

 まあ、あとお読みになった方はわかってしまったかとも思いますが、この話はものすごく大藪春彦氏の影響を受けております。

 とにかく、いかに加持にアスカが惚れるか、そして、いかに加持を有能なエージェントに仕立て上げるか、が、今回の書く目標の一つなので、どうしてもこうなってしまうわけですな(笑)。まあ、原作の加持は、ただの説教兄ちゃんにすぎなかったので、一応そこそこ活躍してもらおうかなあ、と(笑)。で、私にとっての有能という最低ラインをクリアしてもらうと、こんな感じになった、と、そういうわけです。で、そういった有能の描写は、やはり大藪春彦氏の影響が大きかった、と(笑)。

 多分あの世でビッグ・ハンティングを楽しんでいるであろう氏に、感謝の意を込めて黙とうをささげます(笑)。

 さて、当然まだまだ話は続きます。

 というわけで、これはFPartに続きます(笑)。

金物屋亡八 拝 


 F Partへ続く

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