【決意、そして答え】

                              written by びぐ



「ふー。まったくなんで僕たちが・・」
「そうよねー」

さっきからぶつぶつと文句をもらしている人間が二人、ここ、体育館用具室に存在していた。
シンジとレイである。
先ほどから用具室には、ほうきとモップをかける規則的な音が響いていた。
体育で使われる道具がほとんどだったが、なかなかにたくさんの物が点在しており、
それらの間を縫うように行われている掃除は、あまりはかどっているとはいえなかった。

「まったくミサト先生はどうしてこういう面倒なことを生徒に押し付けるんだろう?」
「ほんとに。こんな時に週番なんて運がなかったね、碇君」

そう言いつつもどことなく嬉しそうなレイ。
なぜ彼らがこんなことをしているのかというと、放課後にいきなり職員室に呼び出され、
彼らの担任から

「ちょっち頼まれてもらいたいんだけど・・」

などと言われて、なし崩し的に用具室の掃除をやらされるはめになってしまったのだ。
他のクラスメートはほとんど帰ってしまっていて、こういう時に必ず手伝ってくれるカヲルも、
いつのまにかいない。唯一捕まったトウジたちも、今日は外せない用があるとかで、いいんちょ
ともどもさっさといなくなってしまった。アスカにいたっては授業が終わると同時に消えている。

「みんな薄情だよなあ」
「まっ、しょうがないわよ。そんなことよりさっさと終わらせちゃいましょ」
「そうだね」

再び作業に取り掛かる。

「じゃあ僕はあっち側をぐるりと回ってくるから、綾波はそっちを頼むよ」
「うん、わかった」

二人は背を向けて、それぞれ反対方向に進んでいった。

その時―――――――――

ガツッ ドサッ

「きゃあっ!」
「綾波っ!?」

突然のレイの悲鳴に慌てて振り返るシンジ。そこには、右足首を押さえてうずくまる
レイの姿があった。

「綾波! どうしたの!?」

シンジは持っていたほうきを放り出すと、すぐさま駆け寄った。

「いたた・・。そこに躓いて転んじゃったの・・」

苦痛に顔を歪めながら、自分の足元を指差す。そこにはバレーボールで使用される支柱が
無造作に転がされていた。

「まったくなんでこんなとこに・・大丈夫?」
「はは・・なんとかね」

シンジに心配掛けまいと、笑顔で立ち上がろうとするレイ。だが――――――

「いたっ!」

身を起こした途端、足首に激痛を感じ、そのままぺたんと座り込んでしまった。
見れば右足首が真っ赤に腫れている。

「綾波!? うわ、こんなに腫れてるじゃないか。ちょっとごめんよ」

すぐさまレイの足を診はじめた。

「うーん、捻挫してるかな。とにかく保健室に行こう。ここにいても何も出来ないから」

そういってくるりと後ろを向き、中腰になっておもむろにレイの前に背を差し出す。

「えっ? 碇君?」

レイはシンジの意図するものが明確につかめず、困惑の声を上げた。

「保健室までおぶっていくから」
「えっ! ちょっ・・碇君?」
「ゴメン。でもこんなに腫れてちゃ、支えても歩くのは無理だろうし。保健室に行くまでの
 辛抱だから・・」

いつになく真剣な口調のシンジ。

「う・・うん」

レイはおずおずとシンジの背に身体を預けた。

「じゃあ行くよ」

レイをしっかり背負い、シンジはゆっくりと歩き出す。
レイはその胸に、シンジの外見からは意外に思える力強い身体の感触を感じていた。

『碇君・・やっぱり格好良いな』

そんなことを考えながら、シンジの背中で揺られていた。



「あら、シンジ君に綾波さん。どうしたの?」

保健室では、主である赤木リツコが職務に精を出していた。

「あっ、リツコ先生。綾波が足首を捻って捻挫しちゃったみたいで・・」

そっとレイをベッドにおろしながら、シンジは言葉を続けた。

「ちょっと診てもらえますか」
「あら、かなり腫れてるわね。すぐに冷やさないと・・」

リツコはすぐにレイの足首を診ると、保険医らしい言葉を述べる。

「ええ。リツコ先生、お願いします」
「・・すまないわねシンジ君。これからちょっと用事があって出なくちゃならないのよ」

少し申しわけなさそうにいうリツコ。

「用が済むまであなたが見ていてあげてくれないかしら? あ、氷も湿布もちゃんとあるから
 心配しないで。捻挫の処置はできるわね?」
「あ、はい、わかりました。大丈夫です。じゃあなるべく早く戻って来てくださいね」

シンジは早速氷の準備にかかる。

「綾波さんもお大事にね」
「あ、はい」

リツコはレイに声をかけてから、入り口の方へ歩いていった。
保健室の外に出ると、ドアに向かってそっとため息を吐く。

「やれやれ、これで良いんでしょう? ミサト、アスカ」



「ちょっと待っててね。今氷を用意するから」

レイをベッドに座らせてから、せわしなく動いているシンジ。
あらためて、しげしげとレイの足首を観察する。

「応急処置はしておくけど、やっぱりちゃんとリツコ先生に診てもらった方が良いね」

だがレイは返事をせず、シンジの顔をぼーっと眺めていた。

「・・? 綾波?」

いぶかしげな声をかけるシンジ。その声に、レイははっと我に帰った。

「どうしたのさ? 綾波」
「ん・・また、碇君に助けてもらちゃったなって・・」
「えっ?」
「その・・あ、ありがと・・」

少しうつむき加減に、頬を染めて呟いたレイに、シンジも赤面してしまった。

「えっ? いっ、いや、いいんだよ、お礼なんて。僕が勝手にやってるんだし。
 それに僕にとって綾波は・・」
「えっ! な、何?」
「あ、いっ、いや、その・・。あっ! そっ、そうだ! 僕、ミサト先生に事情を説明してくるよ! 
 す、すぐ戻ってくるから!」

そういって、顔を紅くしたまま、何かをごまかすかのように保健室から走り去っていくシンジ。
彼が飛び出していったドアの方に目を向けて、レイは一言ぽつりと呟いた。

「・・ばか・・」



「・・というわけで、掃除は中断しちゃったんですが・・」

シンジの言葉をじっと聞いていたミサトは、そこで口を開いた。

「事情は分かったわ。ごめんね、まさかそんなことになるなんて・・」
「まあしょうがないですよ。じゃあ掃除はどうしましょう?」
「うん、もういいわ。後は他の人に任せるから」
「わかりました」
「そんじゃ話は終わりね。シンちゃんは、早く保健室に戻ってあげなさい。レイちゃん
 寂しがってるわよん♪」
「ミサト先生!」

シンジは非難の声を上げたが、にやにや笑うミサトにはなにを言っても無駄と判断したのか、
失礼します、とだけいって、ドアの向こうへと消えた。
ミサトはその閉められたドアへ向かって、独りごちた。

「せーっかく、二人きりになるチャンスを作ってあげたのに・・。まあ、結果として二人きりに
 なったからよしとするか」

そういって手元にあったお茶を一口飲んでから、職員室のとなりにある会議室に声をかける。

「もういいわよ、みんな」

その言葉と同時に、ドアの向こうから数人の人影が現れた。
それは、既に帰宅していたと思われていたアスカ、カヲル、トウジ、ケンスケ、ヒカリ、
さらには用事があるといってシンジの申し出を断ったリツコまでいた。

「二人きりにはなったけど、あの分じゃ進展はなさそうよ」

やれやれといった感じで首を傾けるミサト。
そう、今回のことは、すべて彼女たちの手によって仕組まれていたのだった。
互いに惹かれ合いつつも、まったく進展を見せないシンジとレイ。これは、態度を明確にしない
シンジに原因ありと見られていた。そんなシンジの気持ちをはっきりさせるべく、このメンバーで
計画したのが、今回の掃除だったのだ。レイの捻挫はイレギュラーだったが、結果として二人きり
になっているので、彼らの目論見は、まあ成功したといえよう。
だがいくら機会を授けようとも、肝心のシンジがはっきり気持ちを伝えない限り、どうにもならない。

「全く、バカシンジが! このアタシを振るんだから、はっきりしてもらいたいのに!」

開口一番、アスカが怒鳴り声をあげる。わざわざ身を引いた彼女としては、当然の言い分だろう。
ちなみに今回の計画の言いだしっぺは彼女である。

「そやなあ。まあ、シンジらしいっちゃ、らしいんやが」

トウジが相づちを打つ。

「朴念仁だからなあ、シンジは」

頭の後ろで手を組んで、ケンスケが分かったような口調で天を仰いだ。

「確かに碇君らしいけど・・」

少し沈んだ声を出すヒカリ。アスカの心情を思いやってのことだろう。ちらりとそちらに
目を向ける。

「渚君、あなたはどう思う?」

ミサトがそれまで黙っていたカヲルに声をかけた。

「・・シンジ君がレイのことを好きなのは間違いないと思います。ただ・・」
「ただ?」
「シンジ君は繊細だから、気持ちを言葉にして伝えるのがためらわれてるんだと思います」

ミサトの方を見やりながら、カヲルは続ける。

「それにシンジ君は・・優しいから・・」

少し言葉を濁すカヲル。それを聞いて、アスカが口を開いた。

「いいわよ、カヲル、はっきり言っても。アイツがアタシに気兼ねしてるっていうんでしょ?」

きわめて平静に話す。
自分がシンジにとってただの幼なじみ以上の存在になれないと悟ったときから、彼女はシンジの
事を諦めた。
シンジの気持ち――自分に対する好きと、レイに対する好きは、種類が違うのだ。

『何でも分かりすぎちゃう幼なじみってのも考え物ね』

心の中だけでそっと呟く。
いまだに気持ちの整理がついたとはいえないが、だからこそシンジにはっきりしてもらいたいのだ。
そんな態度のアスカを見て、カヲルは心の中で微笑む。

『強いね、アスカちゃん・・好意に値するよ・・』

と――リツコが口を開く。

「シンジ君はあの性格だから、ほっといてもどうにもならないんじゃない?」

自分の事よりも他人の事を第一に考えてしまうようなシンジである。
このままではいつまで経っても進展しない可能性は多分にある。

「・・よし、私が直接にきっちり問い正すわ。リツコ、ちょっとお願い」

アスカの目が薄く光った。



「あれ? アスカ。帰ったんじゃなかったの?」

保健室に戻って来たリツコから教室に行くように言われて、訳も分からずやってくると、
そこにはとうの昔に帰宅したと思っていた幼なじみの女の子が立っていた。
教室には他に人影はない。
何か声をかけようと口を開きかけたシンジに、突然ずんずんとアスカが詰め寄ってきた。

「わっ! どっ、どうしたのさ、アスカ・・?」

アスカのただならぬ雰囲気の前に、シンジは少しおびえていた。

「シンジ・・聞きたい事があるの」
「えっ、何を?」

アスカのあまりの真剣な口調と瞳に、自然と背筋が伸ばされた。
シンジの目を見据えたまま、一呼吸おいてからアスカは言葉を紡いだ。

「シンジ、レイの事を、どう思ってるの?」

いきなり核心を突くアスカ。
それは彼女にとって一番聞きたくないと同時に、聞きたかった質問であった。

「え? どうって・・いきなりなんなのさ、アスカ」

シンジはシンジで、心臓に釘を打たれたような衝撃を感じていた。
取り合えず当たり障りのない事でごまかそうとするシンジ。だが――

「真面目に答えて!」

彼女はそれを許してくれなかった。その瞳に宿るものが、有無を言わさぬ力を放っている。
それでもシンジはすぐに答える事はできなかった。
自分は確かにレイに惹かれている。だがそのことを目の前の少女に伝えて、彼女とレイと
自分の今の関係を壊す事を恐れているのも事実だった。
と、黙り込んでしまったシンジに、アスカが再び声をかけてきた。

「シンジ・・アタシに遠慮なんかしなくて良いのよ」
「アスカ・・・」
「シンジ、アタシはね、碇シンジの本音を聞きたいのよ。建前じゃなく」

アスカの蒼い瞳が、まっすぐにシンジを射抜く。

「お願いだから本当の事を言ってよ。じゃないと・・はっきりしてくれないと・・アタシ、
 シンジ以外の人、好きになれないじゃない!」

目尻に涙を浮かべて言い放つ。そして彼女はじっと待った。シンジの次の言葉を。自分にとっては
悲しい言葉を・・。

「・・アスカ・・僕は・・」



保健室のベッドの上で、何かする事があるわけでもなく、レイは一人物思いにふけっていた。
シンジは先ほどリツコに言われて教室に向かった。おそらくミサトに何か頼まれたのだろうと
思っている。リツコはというと、シンジが出ていってからまもなく、再び用事があるといって
姿を消した。そんなわけでレイは取り合えず横になる以外する事がなかった。
白い無機質な天井を見上げながら、いろいろな事が頭に浮かんでくる。

『碇君、私のことどう思っているのかなあ・・』

そっと目を閉じて、シンジの事を考える。
転校初日にあの通学路の角でぶつかった事、同じクラスになったこと、そして今にいたるまでの
さまざまな思い出・・
どれもレイにとっては大切なシンジとの絆であった。
自分はシンジが好きなのだということをはっきり思う。だが、シンジはどうなのだろうか? 
今のシンジとの関係を壊すことを、そしてシンジに拒絶される事を恐れ、自分の内なる想いを
伝える事はできなかった。
何より彼には仲の良い幼なじみがいる。小さいころからずっと一緒だった二人の間に、後からの
このこと入る隙間があるとも思えなかった。

『・・アスカも・・いい子だもんね。碇君の事は何でも分かってるし・・』

何ともいえない寂しさが胸中に満ちる。自分はまだ知り合って一年足らずなのだという事を、
改めて痛感した。

『私には・・碇君の気持ちがわからない・・』

がらっ
突然ドアが開いた。

「あ、綾波、具合はどう?」
「あっ、えっ、碇君?」

あんなことを考えていた矢先にシンジが戻って来たので、レイは少し慌てていた。

「う、うん。冷やしたらだいぶ痛みは引いたよ」

冷静を装おうとしたが、多少口調が吃ってしまう。

「そっか、よかった」

だがシンジは気にした風もなく、いや、気付いてないのか、どこか心ここにあらずといった
様子であった。
そのままベッドの脇にパイプ椅子を開いて腰掛ける。
レイも上半身を起こし、シンジの方に顔を向けた。
しかしそれからの話が続かず、辺りを沈黙が支配してしまった。
レイはレイで何を話してよいのかがわからなかったし、シンジは先ほどから緊張のさなかにあった。冷や汗が背を伝うのを感じる。

『僕は・・僕は・・』

伝えるべき言葉が見付からない。後一歩を踏み出す勇気が足りなかった。焦燥の中、ただ時だけが
過ぎ去っていく。

「あ、あの・・」

その沈黙を先に破ったのは、レイだった。

「わたし・・いつも迷惑かけてばっかりだね・・碇君に・・」

シンジから目を逸らし、俯くレイ。

「ごめんね・・」

そんなレイを見て、シンジの心は定まっていった。
言葉をかけず、代わりにレイの手をそっと握り締める。

「! い、碇君?」

突然のシンジの行為に驚くレイ。

「謝らないで、綾波。僕は迷惑だなんて思ってないよ」

真剣に――――真剣にレイの瞳を見据える。

「だからそんな顔しないで」
「碇君・・」
「僕は・・綾波にはいつも笑っていて欲しいんだ」

シンジの口から紡がれる言葉。
それは今までシンジが伝えられなかった言葉。

「僕は・・・・・君が好きだから・・」
「・・・・・・・・」

視線が絡み合う。もはや言葉は要らなかった。互いの瞳から伝わる想い。

『碇君・・私も・・』

自然とお互いの顔が近づいていき―――――
そっと、二人の唇が重なった。

窓から差し込む夕日の光が、そんな二人を優しく包み込んでいた。


                                                           ≪終り≫







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mal委員長のコメント:
小説補完に山のように登録のあるぴぐさんから、だいぶ前に(爆)
頂いたラブラブ作品、おうおうみんなに祝福(^^;されて・・・涙が出てきそう(^^;
とにかく3万ヒット祝いということで公開させて頂きます
(単に私が更新さぼっていただけという・・・・すいませーーーーーんm(__)m)
ぴぐさん、ホントにありがとうございました!、色んな意味で(爆)

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