鏡を買った。

 小さな鏡。

 鏡に映る白い顔。紅い瞳。蒼い髪。

 

(あなた,誰?)

 

 私は綾波レイ。

 

 

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  • 鏡よ,鏡
  •   
  •   written by Tomoaki
  •  

     

     ふと思い出す。

     『笑うともっとかわいいのに。』

     そう言ってから真っ赤になった碇君の顔。

     碇君のことばは時々私を落ち着かない気持ちにさせる。

     でも,不快じゃない。むしろ心地よい。

     

     鏡の中の私にむかって笑顔をつくってみる。

     くちびるをつりあげ,頬の筋肉を弛緩させる。

     鏡の中の私は笑っているようには見えない。

     「・・・なに,してるの。」

     鏡の中の唇が動く。

     意味のないこと。

     なぜこんなことしてるの?

     ・・・わからない。

     

     

     携帯電話の呼び出し音が鳴る。

     「――はい。」

     

     

     

         *****

     

     

     

     ドアを開ける。

     コンクリートが剥き出しの壁。ベッド。椅子。冷蔵庫。ビーカー。チェスト。

     カーテンの隙間から洩れる光。

     見なれたもの。

     私の部屋。

     見なれないもの。記憶にはなかったもの。

     小さな鏡。

     私はその鏡の前に立つ。

     眼帯を取る。頭に巻かれた包帯をはずす。

     鏡に映るのは傷ひとつない白い顔。紅い瞳。蒼い髪。

     私の顔。

     鏡の中の私が見つめ返す。

     

     (あなた,誰?)

     

     私は綾波レイ。

     赤木博士が言った。

     私は『3人目』の綾波レイ。

     

     チェストの上を見る。

     眼鏡。高熱で歪んだ眼鏡。

     記憶が教えてくれる。

     あの人のもの。

     あの人と私,2人目の私との絆。

     そう,絆。

     

    絆。

    2人目の私が欲しかったもの。

    2人目の私が大切にしていたもの。

    人と人を結ぶもの。

    こころとこころをつなぐもの。

    今までの「私」をつくりあげたもの。

    これからの「私」をつくるもの。

    それが,絆。

     

    (あなた,誰?)

     

     私は綾波レイ。

     私は私。

     私が綾波レイ。

     

     私は眼鏡を手に取る。

     

    これはただの壊れた眼鏡。

     

     指に力を込める。

     

    必要のないもの。

     

     フレームが軋む。

     

    いらないもの。

     

     レンズにひびが入る。

     

    だから壊すの。

     

     手にこぼれおちるしずく。

     

    「これが,涙?はじめて見るはずなのに,はじめてじゃないような気がする。」

     

     涙がとまらない。

     

    「私,泣いてるの?なぜ泣いてるの?」

     

     泣くのは悲しいから。笑うのはうれしいから。

     でも,うれしいときにも涙が出ることを教えてくれた人がいた。

     病院で会った人。碇君。

     彼の表情やことばは誰のものよりも多く記憶に残されている。

     壊したくても壊せない,かたちのない,絆。

     

    絆。

    私のものではない,絆。

    私を縛りつけるもの。

    いらないもの。

     

     いいえ,ちがう。

     

    いらないのは,私。

    必要ないのは,私。

    私には,何もない。

     

     鏡を見る。

     鏡の中の私が涙を流している。

     

    クルシイ。イタイ。

    何もないはずなのに,どうしてこころが痛いの?

     

    (あなた,誰?)

     

     私は誰?

     

     

     

     

     

     

     

     


    Please Mail to Tomoaki <tomo-aki@tb3.so-net.ne.jp>



    mal委員長のコメント:
    レイのモノローグでつづられるこの作品、レイの戸惑いが切なく心を
    打ちます...形のある絆、そして姿のない絆...全てを無に帰そうとしても
    なぜか残る戸惑いを、鏡はただ写しだす...
    解釈が多岐にわたる24話の鏡のシーンですが、こんな描き方が一番合うんじゃ
    ないかな...ふとそんなことを考えたりもしました。
    Tomoakiさんありがとうございました! これからも長いお付き合いを(^^)

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    Received Date: 98.2.8
    Upload Date: 98.2.10
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