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「愛の習性」
作:yosi
誰かを好きになること。
人を愛すること。
その人に、他の誰でもなく、自分だけを見つめていて欲しい。
そして、一番輝いている自分を見てもらいたい・・・
どんな少女でも、少女である限り、世の習わしとも言える。
綾波レイもまた、そんな恋する少女であった。
*****
「フンフン・・・(眉毛を書き書き)」
『パタン。テクテクテク。ジャー、バシャバシャ、キュッ。・・・?』
「(口紅を塗り塗り)・・・ンパッ。とこれでいいわね。」
「・・・・・・」
「あら、レイちゃん、どうしたの。ははぁ、お化粧に興味あるんだ。」
「お化粧・・・聞いたことはあります。
でも、そこにどんな意義があるんですか?」
マヤがレストルームでお化粧を直していると、たまたまレイがやってきた。
完全に能力主義を貫いているネルフには、女性職員が極めて多い。
戦いのさなかには、お化粧をする余裕どころか、衣食すらままならなかった。
だが、戦いが終わった今では、逆に華やかでなごやかな職場となっている。
そのためか、男ばかりの戦自等から、転職希望者が後を絶たなかった。
「女の子だったら、いつもきれいにしていたいでしょ。」
マヤが化粧道具をポーチにしまいながら答えた。
レイは、当然、字面通りにその意味をとらえてしまった。
「汗をかいたらシャワーを浴びているし、服も毎日着替えています。」
「う〜ん、清潔にするだけじゃないのよ。
例えば、好きな男の子には、もっときれいな自分を見てもらいたいでしょ。」
レイは無表情なまま、論理的な思考を展開していく。
「・・・どうして。私は私、何が違うというのですか。」
マヤは、苦笑いして、困ったように説明を続けた。
「間違ってはいないんだけど・・・でもね。
お化粧して、もっときれいになったら、すてきな相手があなたのことを
もっと好きになるかもよ。」
「!」
それを聞いたレイは、何かを悟ったように目を見開いた。
お化粧してきれいになれば・・・
碇君が私のことを好きになってくれる。
あの娘のところから、私のところに来てくれる。
レイはマヤに向かって、場違いなほど真剣に頼み込んだ。
「・・・私も・・・お化粧してみたい。」
ミサトっぽく決めたはずの冗談が、レイには全く通じなかったことをマヤは悟った。
手のひらをフリフリさせながら、レイに説明していく。
「レイちゃんには、まだ早いんじゃないかしら。
それに、若くてかわいいんだから、お化粧なんかしなくても大丈夫よ。
25歳を過ぎてお肌が曲がり始めたら、必要になるけどね。
ほら、赤木博士を見てごらんなさいよ。口紅とかすごいでしょ。」
「でも・・・
見てもらいたいし・・・」
レイは、なんとなくモジモジしているように見えた。
ははん、レイちゃんはシンジ君のことを考えているのね。
やっぱり、好きなのね。
どうりでいつもシンジ君のことを見つめているわけだ。
・・・普通の女の子になれるように、私にできることは・・・
マヤは、妹を見るようなやさしい口調で、レイに言った。
「いいわ。教えてあげる。
起動試験が終わったら、私の部屋にいらっしゃいね。」
「・・・わかりました。」
レイはいつになくうれしそうに、レストルームを出ていった。
マヤは一人でうなずいていた。
「レイちゃんも、女の子なのよね。うんうん。」
『
バタン!!』
「マヤ・・・後でゆっくり話したいことがあるんだけど、いいかしら。」
マヤの後ろから、トイレのドアを開けて出てきたのはリツコであった。
その背後には、邪悪なオーラが漂っていた。
「! せ、せ、先輩。い、今のは、ほんの冗談なんです。」
マヤの額から一筋、タラリと冷や汗が流れ落ちた。
リツコは口元をゆがめ、まばたきもせずにマヤを睨み付けている。
「フフフッ。そう、とぉっても、おもしろい冗談ね。
・・・笑いすぎて死にそうだわ。」
「ヒッ・・・誰か助けて・・・・」
マヤは、この後のことを考えると生きた心地がしなかった。
*****
「ウワァ・・・誰かに見てもらいましょうよね。」
マヤは正直なところ、感心していた。これほどとは思っていなかった。
起動試験を終えたレイがやってきたので、ごく薄い化粧を施してみた。
下地の必要がないほどきめの細かい白い肌には、軽いチークとシャドウを入れて、
唇には淡いピンクのリップをつけて、・・・・
それだけの装いが、天使のような少女に小悪魔のような美しさを与えた。
蒼く輝く髪と紅い瞳と相まって、マヤでさえも魅了されそうだった。
当事者のレイはそんなことにはお構いなく、自分が映った鏡を見つめていた。
これが、私の姿・・・・
これで、あの娘よりきれいになれたの?
これで・・・
「レイちゃん、とってもきれいよ。さぁ、みんなに見せに行きましょう。」
生まれて初めてのお化粧にとまどいを隠せないレイ。
マヤは大発見を手にした探検家のように、レイを引っ張りたてていく。
「あれっ、レイちゃんじゃない。ほー、これはこれは。」
「綾波さん、とってもチャーミングよ。」
「その子、もしかしてファーストチルドレン?!」
「く〜っ。俺がもう十年若かったらな〜。」
「ダメダメ。おまえはもう結婚してるだろ。ここはひとつ僕が。」
・・・云々
出会う人のすべてが、いつもと違うレイに目を留めた。
マヤにネルフ内を連れ回されるにつれて、堅かったレイの表情もいつしか
ほぐれていった。
みんな、ほめてくれている。
なぜだろう。見られているのに嫌な感じがしない。
・・・これも、私なのね。
「ねっ? レイちゃん、心配しなくても大丈夫でしょ。
次は、どこにいこうかしら。・・・たぶん食堂に行ってるんだわ。」
気を利かせたマヤは、シンジのいる場所を探しながら、レイを連れていく。
*****
マヤに手を引かれたレイが食堂にやってくると、そこにはシンジとアスカがいた。
「というわけなのよ。わかったわね、シンジ!」
「わかったけどさ。なんで僕が・・・」
「男がいちいち、うるさいこというんじゃないわよ。」
「でもさ・・・・あれ? 綾波じゃないか。」
いつものようにアスカにやりこめられていたシンジが、真っ先にレイに気づいた。
それを見たマヤは、レイの背中を押すようにして、2人のテーブルに近づいていく。
「シンジ君に、アスカちゃんじゃない。
どう、二人とも。これが、大変身したレイちゃんよ。」
レイはシンジに近づくが、もじもじしながら下を向いている。
目線はシンジの靴のあたりを泳いでいた。
「・・・・・綾波って、やっぱりきれいだったんだ。」
お化粧をしたレイを見て、シンジが惚けたようにつぶやいた。
それを聞き逃さなかったレイも、消え入るような小声でいう。
「・・・
ありがとう、碇君。」
・・・よかった。碇君に見てもらえた。
「あっ、ゴメン。変なこと言っちゃったよね、僕。」
シンジも赤くなって、照れたように手で頭をかいた。
そんな二人の様子を間近で見せられたアスカが黙っているわけがない。
ちょっと、何やってんよ。バカシンジ!
”やっぱりきれい”ってどういうことよ。
私には言ってくれないのに・・・
ファーストなんかにデレデレしちゃってさ。
「あんたたちっ! アタシを無視してんの。
何よ、その化粧は・・・ばっかじゃない。
まぁ、あんたがいくら頑張ってもアタシの足下にも及ばないけどね。
シンジもそう思うでしょ。」
アスカがレイに辛辣な言葉を投げかけた。
テーブルの下では、シンジの向こうずねを思いっきり蹴っている。
「あ痛っ! アスカぁ。えっ、いや、ううん、でも・・・」
シンジは、睨み付けるアスカにしどろもどろになった。
レイはかすかに肩を落とし、上がっていた唇の端が下がって一文字になっていく。
「・・・そう。似合わないのね。」
「さぁ、こんな女相手にしてないで、行くわよ。」
そういうとアスカは、シンジの手を引っ張って席を立った。
「ち、ちょっと、アスカってば。行くから、そんなに引っ張らないでよ。
・・・綾波、きれいだと思うよ。」
引き回されていくシンジが、すれ違いざまにレイにささやいた。
「・・・うん。」
曇りかけたレイの表情が、その瞬間元に戻った。
「ね。私が言った通り、大丈夫だったでしょ。」
シンジたちが出ていくのを見ながら、マヤがレイの肩に手を置いた。
「はい。」
「私のお古でよければ、化粧品をいくつかあげるけど。」
マヤが、レイの顔を覗き込むようにして問いかけた。
「はい・・・・それと、もう一度使い方を教えてくれませんか。」
騒々しい2人組が去った後には、うれしそうな2人組が残された。
*****
次の日。
レイは、わざわざいつもより朝早く起きていた。
マヤに教えてもらった通り、自分一人でお化粧をするためである。
しかし、慣れないせいか、思ったよりも時間を取られてしまった。
そして・・・お化粧をしたままで、学校に出掛けて行く。
さすがのマヤも、化粧のTPOまでは教えなかったらしい。
もちろん、レイには一つの大きな目的があった。
今日も、碇君に私を見てもらえる。
あの娘の側にいる碇君は、いつも困っているわ。
私が助け出して・・・そして、碇君を私のものにしてみせる。
『ガラガラッ』
朝のホームルーム直前になり、レイが教室の後ろの扉を開けて入ってきた。
普段はかなり早めに登校し、教室で一人で本を読んでいる。
この日は、遅刻しなかっただけでも儲けものであった。
『ガヤガヤガヤ・・・
!!・・・えっ・・・オイオイ』
レイの姿を見た生徒は、息をのんでしまう。
その驚きは、つられて”何事か?”とレイの方を見たものへと伝染していった。
そんな教室の様子を一向に気にすることもなく、レイは自分の席に座った。
朝の喧噪が静寂に変わった一瞬の後、教室は笑いの渦に巻き込まれていった。
「ちょっと。綾波さん、それ変だよ。」
「アハハハハ。綾波さんって、そういうジョークが好きだったんだ。」
「笑っちゃダメよ。かわいそうじゃないの。でも、ウプププッ。」
・・・・
いち早く立ち直ったヒカリが、委員長としての役割を果たそうとする。
「綾波さん、私達は中学生なんだから。お化粧はまだ早いと思うんだけど。
だから・・・早く落としてきた方がいいと思うわよ。」
ヒカリの後ろから、追い打ちをかけるようにアスカが馬鹿にして言った。
「ファーストったら、なによあれ。
まるでお化けじゃないの。ばっかみたい。
あれできれいだと思ってるのかしら、ねえシンジ。」
レイを不思議そうに見ていたシンジは、急に話をふられて戸惑った。
「綾波・・・ア、アスカも、そんないい方しなくてもいいじゃないか。」
シンジは、とっさにレイをかばってしまう。
しかし、それはいたずらにアスカの怒りをかき立てるだけに終わった。
「なによぉ。みんなそう思ってるわよ。
私は口に出しただけじゃない。
シンジはどう思っているのよ。ほら、言ってみなさいよ。」
アスカはシンジに詰め寄ると、指を突きつけるようにして言い放った。
『ガタンッ』
無言のままでいたレイは、おもむろに席を立った。
「わかったわ。
落としてくればいいのね・・・」
アスカの顔をじっと見つめたままつぶやくと、まっすぐに教室を出て行く。
そんなレイの後ろ姿を見て、ヒカリがアスカとシンジに言う。
「私も、アスカが言い過ぎたと思う。
碇君、綾波さんの様子を見てきてちょうだい。」
「う、うん。わかった。」
アスカとの口論に気を取られていたシンジは、それを聞くとレイの後を追った。
残されたアスカは、悔しそうな顔でヒカリに向き直った。
「ヒカリ・・・なんでよ。」
「どうしてだか、わかってるでしょ。アスカ。」
ヒカリは、しっかりとアスカの目を見て言い返した。
しかし、アスカはヒカリの顔が直視できずに、そっぽを向いた。
「・・・アイツが戻ってきたら、ちゃんと謝るわよ。」
ヒカリの意地悪・・・シンジのバカ・・・
*****
レイは教室を出ると、廊下の端の手洗い場にやってきた。
そして、水を思いっきり出すと、バシャバシャと顔を洗った。
ヒカリに言われて教室を出てきたシンジは、レイを見つけた。
そして、その後ろまで来ると、そっと声をかけた。
「あ、綾波。アスカの言ったことは、気にしなくてもいいよ。
僕はいつも、もっとひどいこと言われてるしさ。」
「・・・碇君はどう思ったの?」
レイは、シンジに背を向けたまま顔を上げた。
手洗い場の縁を両手でつかむと、正面の窓ガラスに映ったシンジの姿を見つめる。
顔を洗った水が、顔の横の髪と制服の襟にはねていた。
「ほら、水で洗っただけじゃ。ちゃんと落ちないよ。」
シンジは、ポケットからハンカチを取り出した。
レイが背を向けたままなので、後ろから近づいて手を回す。
そして、ハンカチをレイの手の上に置いて渡そうとする。
レイは受け取ろうとはしなかった。
逆に、シンジの手を押さえ込むようにして、自分の反対の手をその上に重ねた。
「碇君も、やっぱりお化けだと思ったの。」
『・・・・ポタッ』
レイの頬から顎へ、そして2人の重ねられた手の上に、一粒の水滴が落ちた。
「・・・綾波は普段のままで、十分かわいいと思う。
きっと、みんなはひがんでいるんだ。
無理して、お化粧なんかしなくても大丈夫だよ。」
「そう・・・・私、喜んでいいのね。」
レイはハンカチを差し出したシンジの手を離すと、くるっと振り返った。
そして、そのままシンジの手を引き寄せると、正面から抱きつく。
「あ、綾波っ! ち、ちょっと。」
「碇君、私を・・・このままの私見ていてくれる?」
「うん、僕でよかったら・・・一緒に戦った仲間じゃないか。」
抱きついたまま、レイはシンジの肩に顔を埋めていく。
シンジは、そんなレイの頭に頬を寄せて慰める。
レイの息づかいが耳元に感じられて、なんだかこそばゆかった。
「・・・今は、これで十分だわ。」
シンジの優しさを感じ、自分の成果に一人微笑むレイであった。
*****
『ガラガラッ』
シンジが後ろからレイの背中を押すようにして、教室に入ってきた。
レイは、すっかりお化粧を落としていた。
綾波の髪の毛が濡れていたから、シャツが濡れちゃったな。
でも、綾波はなんであんなこと言ったんだろ。
2人を待っていたヒカリが、横目でアスカに促す。
「ほら、アスカってば。」
「そんなに言わなくても、わかってるわよ。」
ふてくされたアスカは、レイの方を向いて謝った。
「悪かったわね。ファースト・・・
でも、アンタもちゃんとお化粧の勉強くらいしなさいよね。」
「アスカっ!・・・まぁいいか。」
ヒカリは、すでに諦めたようだった。
レイはアスカの謝罪を聞くと、威圧するように数歩近づいた。
「・・・そう。でも、目的は果たしたから。
私には、もうお化粧は必要ないわ。」
シンジはレイの言葉を聞いて、もう大丈夫だと安心した。
そして、自分は後ろに下がった。
「アンタ、何いって?、!!」
アスカはレイに文句を言いかけたが、それを見ると顔色が変わった。
同時に教室中がどよめいた。
『
オオオオッ!!!!』 『キャアアアアアア!!!!』
皆が見たもの・・・それまでレイの影に隠れて見えなかったシンジの姿であった。
ヒカリは握りしめた両手を口元にあてながら、イヤイヤをしていた。
「い、い、碇君! ふ、不潔よ。」
トウジは、あちゃーという顔でシンジに最後通告を行った。
「おい、シンジィ。首んとこに
キスマークついとるで。それと、耳の横にもな。」
アスカは拳闘家のような仕草で、胸の前で両手の指を鳴らしながら詰め寄っていく。
「シンジ〜ィ。レイと何をしていたのか、全部聞かせてもらうわよ。」
「えっ?! なんでこんなものが?
ち、ちょっと待ってアスカ。これは、誤解だよ〜。」
シンジの叫び声が、教室に響きわたった。
満足そうな顔で、ゆっくりと自分の席に戻っていくレイ。
碇君への
マーキングは完了。セカンドチルドレンが何といっても、これで碇君は私のものね。・・・ニヤリ。
終わり
Please Mail to yosi <ayoshida@po.kumagaya.or.jp>
作者コメント:
隣の家の子猫がかわいいんです。足の周りにじゃれてきて、マーキングしようとするんですよね。
これは猫や犬の”習性”なんですが、それとかけたオチになっています。
& 満員電車でお化粧の濃いOLさんが側にくると、ちょっと心配ですよね(笑)
御年始の予定だったのですが、1万5千ヒット!お祝いとして急いで仕上げました。
つたない作品ですが、今年もみなさんよろしくお願い申し上げます。
mal委員長のコメント:
うっひゃっひゃっひゃ!なんつーオチじゃ!!、委員長大喜びっす(^^;
なるほど、”ならわし”ですか...(犬猫の?(^^;)それにしても
1シーン1シーンがすっごく面白くって魅力的で、とても一言では
言い尽くせない(^^;作品で・・・嬉しい!!っす(^^;
本当、委員長の怠惰で公開遅くなって申し訳ないっ!!!m(__)m
でも・・・みなさま楽しんでいただけましたよね(^^;
yosiさんありがとう!!!&お見捨てなくっ!!(^^;
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