「微笑み」

                    written by ティーエ




小さな公園を、少女が一人歩いている。やさしい春の青空を思わせる蒼髪と新雪の
ように輝く白い肌、そして見るものを引き込んで離さない真紅の瞳。
その姿は儚げで幻のような印象を受けるが、その分神秘的で逆説的ながら見たもの
にその姿を焼き付ける。
少女は、1冊の本を片手で胸に抱いてまっすぐに歩いて行くが、ふと木陰にあるベ
ンチに目を向けるとそちらに歩みを向ける。

同じ公園を、一人の少年が歩いている。線の細い体つきと女性的な顔だちから中性
的な印象を受けるが、何より優しげな瞳が印象的である。
その瞳が、木陰のベンチで本をゆっくりとめっくている少女に向けられる。

レイは、ふと人の気配を感じて顔を上げる。
それはいつも感じる、もの珍しさや冷たい視線と違い暖かく感じる。
そんな感覚に戸惑ったからかもしれない。

シンジは、レイの瞳を正面から受けてやや慌てた様子で話しかける。

「あ、綾波、こ、こんな所で会うなんて珍しいね・・・何してたの?」

「・・・散歩。」

「あっ、そうなんだ、僕も散歩してたんだ。偶然だね、でも散歩中に公園で読書な
 んて、綾波らしいね。」

同じ目的で公園に来ていた事が分かって、いつもより少し饒舌になるシンジ。
しかし、レイはシンジの言葉に戸惑いを覚える。

・・・らしい・・・それにふさわしいの意
・・・私らしい・・・個性
・・・個体に特有の性質
・・・他とは違っている特性・・・その人だけが持っているもの
・・・私には何もないのに?

「・・・どういうこと?」

沈黙の後のその言葉に、気を悪くしたのかとシンジは慌てる。

「っ、ごめん!...あの、変な意味じゃなくて...」

碇君、慌てている。どうして?
私が、変なこと言ったから?
・・・わからない。

レイには、シンジの態度が急に変わった理由が解からない。
解からないから黙ってしまう。

「・・・・」

「・・・あの・・・怒った?」

「・・・どうして?」

「あの・・・ずっと黙ってるし、なんか僕のこと睨んでるみたいだったから・・・」

その言葉を聞いて、レイは少し悲しくなる。
それでも、シンジがそう感じたのは自分の所為だと考え、気持ちを押さえる。

「・・・怒ってないわ。」

もともと素直な性格のシンジはその言葉を聞いて安心した様子でレイに話しかける。

「そう・・よかった。・・・あの、隣座ってもいいかな?」

そういったシンジの顔は、少し照れくさそうにしている。

・・・碇君・・・いつもと同じ・・・優しい声・・・なぜか安心する。

不安げなシンジの声がいつもの調子に戻ったのを感じて、ほっとする。
レイは、そんな自分の気持ちを不思議に思いながらも返事を返す。

「・・・いいわ。」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと失礼するね。」

そう言ってシンジはレイの横、肩が触れ合う程近くではなく、間に一人入ってしまう
程遠くでもない、微妙な位置に腰掛ける。

レイはそんなシンジの心の葛藤などに気づく様子もなく、先程から気になっている事
をもう1度聞き直す。

「・・・私らしいって?・・・」

シンジは、(ちょっと近すぎたかな、でもあんまり離れて座るのも変だし・・・)等
と考えている時に突然話し掛けられたので、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

「えっ?今なんて言ったの?」

レイは、冷静にもう1度同じ問を発する。

「私らしいって?・・・」

「?・・・あっ、さっきの事?うーん、そうやって改まって聞かれるとうまく答えられ
 ないんだけど・・・」

と言って、レイの方を見ると真剣な眼差しでシンジを見つめていた。
シンジは、それを見てもう1度よく考えてみる。
この辺り、いい意味で真面目さを感じさせる。

「うーん、なんていうのかな、綾波っていつも本読んでるし、あんまり周りのこと気に
 しないでしょ。普通、外で本読んでいる人ってあんまりいないもんね。」

レイは、ポツリと呟く。

「・・・普通じゃない。」

・・・他とは違っている特性・・・そう・・・私はヒトであって人ではないもの・・・

その瞳に、微かなさざなみが揺れる。

「ご、ごめん!あの、そういう意味じゃなくて、散歩に本を持っていくのってめずらし
 いし、いや、そうじゃなくて・・・そっ、そうだ公園で本読んでる人ってけっこういる
 よね。・・・・・・それに、木漏れ日の中の綾波・・・とてもきれいだった・・・」

シンジは、言い訳をしているうちに自分でも思ってもいなかった、いや、思っていても
普段口にすることは出来なかった言葉を口にしてしまった。
そして、見事なほど顔中を真っ赤にさせていた。

レイも、とっさに何を言われたのか理解できず茫然とした後、やっとのことで口を
開いた。

「な、何を言うのよ・・・」

反射的に「ご、ごめん」と謝ろうとしたシンジは、めずらしく言葉に詰まりながら頬を
少しだけ紅潮させたレイを見て、全く違う言葉を口にした。

「か、可愛い・・・」

「あっ、そうじゃなくて、綾波は全然普通だし、いや、可愛いのは本当だけど、あの、
 何言ってんだろ僕、その・・・」

必死になっているシンジを見ながらレイは、心がとても穏やかに、そして暖かいものに
満たされているのを感じた。

シンジは、混乱した思考の中で先程のレイの真剣な瞳を思い出す。

綾波のあんな真剣な表情初めてみた気がする。僕が何気なく口にした「綾波らしい」と
いう言葉が、綾波にとってはすごく重要なことなんだ。
綾波は、この世に一人しかいない。零でもなく、たくさんの中の一人でもない。たった
一人の綾波レイだというのに・・・

「・・・でも、やっぱり綾波は普通じゃないよ、僕にとっては特別な、大切な人なんだ・・・」

「碇君・・・」

レイは感じる、シンジの言葉が偽りでも計算されたことでもない、心の中から湧き出て
きたままの言葉だということが・・・

だから、自然に微笑むことが出来た、微笑んでいた。

シンジが、その時に見た笑顔を忘れることはないだろう。
何年、何十年たっても色褪せることなく思い浮かべる事が出来る。
自分がその笑顔を浮かばせた事を誇りに思える。
それは、そんな微笑みだった。




                        −Fin−        



Please Mail to ティーエ <pulimo@quartz.ocn.ne.jp>



どーも、ティーエです。

何を隠そう生まれて初めて書いた小説ですので、稚拙な文章ですが勘弁してやって 下さい。
ラストシーンの「それは、そんな微笑みだった。」は、ばればれ(?)でしょうが 菊地秀行先生の「吸血鬼ハンターD」から(無断)拝借しました。ごめんなさいm(__ )m
あのラストシーン好きなんですよね。(言い訳になってない(^^;)

感想・ご意見・誤字脱字の指摘等なんでも(一言でも)良いので送って頂ければう れしいです。

では(^^/


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Received Date: 98.10.19
Upload Date: 98.10.28
Last Modified: 98.
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