『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第1章〜『過去と現実』 第5話『友と他人との境界(後編)』



『目標を光学で捕捉! 領海内に進入しました』

オペレーター青葉の申告に冬月が指示を飛ばす。

「総員第一種戦闘配置!」

冬月の指示がNERV内に伝達され、第3新東京都市が戦闘形態に移行していく。

『中央ブロック及び第1から第7管区までの収容完了』

『政府及び関係各省への通達終了』

『現在対空迎撃システム稼働率48%』

次々と現状が申告される。
腕を組んだまま現状を見守っていたミサトが、青葉に声を掛ける。

「非戦闘員、民間人の退避は?」

「既に退避完了との報告が入っています」

青葉の答えに満足げにミサトは頷くと誰に言うともなく呟く。

「碇司令の居ぬ間に第4使徒の襲来か......意外と早かったわね」

ミサトの正面にあるモニターには、まるでイカのような形をした物体が映し出されている。第4使徒シャムシェルである。
UN軍の戦闘機や対空ミサイルが次々と使徒に向け発射されている。

「前回は15年、今回は3週間ですからね」

ミサトはオペレーター日向の声に戯ける様に答える。

「そ、女性に嫌われるタイプね」

UN軍のミサイルが雨のように使徒に降り注ぎ、あちこちで爆発が起こる。
だが、使徒はその攻撃をものともせず、依然、第3新東京市に向け飛来し続けていた。

「まったく、税金の無駄遣いだな」

冬月の呟きが、UN軍が使徒に与えたダメージを物語っていた。



第334地下避難所――
そこにはシンジのクラスメイトが避難していた。
こんな状況でありながらも、其処此処で生徒達の笑い声が響いていた。
現状を把握していていない訳ではない。適応力が高いというか――つまりは、慣れてしまっているのである。
だからと言って、自分達が置かれている状況を楽観視してはいない。
その証拠に、クラスのアウトローとも言える不良達でさえ、勝手な行動をせず集まっているのだ。
非常事態だと理解はしていても、現実味が無いというのが本音であろう。
非難に関しては、避難訓練の成果か、基本的にはクラス単位で纏って座っている。
トウジとケンスケも他のクラスメイトと同じように非難していた。

「まただよ!」

ケンスケが手に持ったハンディカメラでTV放送を受信しながら腐っていた。

「あん? どないしたんや、ケンスケ?」

隣で胡坐を掻いてボーっと座っていたトウジが、気の無い声を上げる。

「コレだよ、コレ! 見ろよ、また文字ばっかりだぜ」

手に持ったカメラの画面をトウジに見せながら愚痴る。
トウジは興味なさ気に画面を覗き込む。

「お前、ほんまにすっきゃなぁ」

呆れた顔で呟くトウジをよそに、ケンスケが力説する。

「報道管制だよ、僕達民間人には何も知らせないつもりだぜ! こんなビックイベントだっていうのに...」

「そりゃあ、しゃあないんやないか?」

「あまい、あますぎる! 外でドンパチやってんだぜ、今見ないでいつ見るんだよ」
深い溜め息を吐くトウジ。
ケンスケは少し考えるような仕草をすると、一度、周りを窺うように見回し、トウジの耳元で囁く。

「なぁ、トウジ......内緒で外に出ないか?」

「んな...アホかぁ! 外出たら死...モガモガモガ......」

「シー! 声が大きいって!」

慌てて、ケンスケが大声を出そうとしたトウジの口を手で塞ぐと、周りをキョロキョロと見回す。幸い、誰にも聞かれていなかったようだ。
ホッと胸を撫で下ろすケンスケ。
呆れたように呟くトウジ。

「ケンスケェ、おまえなぁ...」

「なぁ、頼むよトウジ! ロック外すの手伝ってくれ」

「せやかて、外でたら死んでまうやないか」

「ココにいたってわからないよ」

「アホォ! 何の為のネルフや、こないな時の為やろが!」

「そのパイロットを殴ったのはトウジだぜ! こないだだって、あの転校生が俺達を守ったんだ。それを訳も聞かずに殴ってさ......アイツが戦うのを拒否したらトウジのせいだからな」

「......」

その言葉にトウジの顔色がハッキリと変わったのをケンスケは見逃さなかった。畳み掛けるように言葉を続ける。

「......見届ける責任...あるんじゃないか?」

ジト目でトウジを見つめるケンスケ。
トウジは諦めたように一つ溜め息を吐く。

「...ハァー、しゃあないなぁ......お前、ホンマに自分の欲望に正直やなぁ」

「トウジこそ、もう少し素直になったほうがいいんじゃないか?」

ケンスケは嬉々として、トウジはしぶしぶといった様子で、二人は立ち上がると、ヒカリの傍に行き声を掛ける。

「何、鈴原?」

「いいんちょー、ワシら二人、便所や」

「もう、ちゃんと済ませきなさいよね」

呆れた顔を浮かべると、ヒカリは返事を返した。



レイとシンジはネルフに到着していた。
シンジは前回の第3使徒戦後、引き続きエヴァに乗ることを承諾した。
どういう心境の変化かは分からないが、ネルフとしては望んだ結果となった。
その後、シンジは学校と並行して訓練を受ける事となった。
ネルフ内部では、エヴァを動かすことに出来、何とか戦闘を行えるようになったシンジに賞賛の声が上がっている。
シンジとしては過去において、シンクロ率400%をマークした事もあるのだ、エヴァを動かすことは賞賛に値しない。その上、今回は望んでエヴァに乗っていないのだ、嬉しいはずがなかった。だが、ネルフ側としては木偶の坊のように突っ立ていただけの、前回の戦いしか知らないのだから、これは当然の反応と言えよう。
操作に関しては成長した(?) シンジだったが、シンクロ率自体はほとんど変わっておらず、やっと20%を超えた位だった。
動かなかったエヴァを動かせるようになるという事は、シンクロ率の上昇が見られるはずなのだ。リツコとしては謎が残る結果となった。
原因の解明のため、リツコの調査は毎日深夜に及ぶ事となったのだが、それはまた、別の話である。

プラグスーツに着替え終わった二人は、ミサトに呼び出され、発令所横の評議室に集められていた。
そんな二人の目の前には、ミサトがボードを片手に立っている。
ミサトを前に、二人は同じ表情をして立っていた――すなわち、無表情。
いつもの事であるかの様に全く動じず、ミサトが話し始める。
本題に入る前に、一言ミサトはシンジに説明した。

「シンジ君、今回はエヴァ二機による共同作戦となるので、そのつもりでいて」

ミサトの言葉にシンジは己の耳を疑った。

エヴァ二機による――共同作戦?
エヴァが二機?
零号機が出撃するって事かな?
でも、たしか零号機って壊れていたハズ......。

また、過去と違う出来事が起きている。
今回も零号機の起動実験は失敗したと聞いていた。
無論、レイがたいした怪我を負っていないことから考えて、今までとは事故の規模が違うとは考えていたが――
前回まで、零号機が起動したのは第5使徒ラミエル襲来の時と記憶している。
シンジは再び違和感に包まれていたが、その違和感が何を示しているのかまでは分らなかった。
シンジの思考をよそに、ミサトが本題である作戦の説明に入る。

「今回は初号機が攻撃を行い、零号機がそれをサポートする作戦を取ります。まず二人でATフィールドを中和しつつパレットガンの一斉射撃。その後、シンジ君が近接戦闘、レイは後方からの援護射撃。これは零号機の状態を考慮しての作戦よ。いくら再起動に成功したと言っても、やはり不安は残るわ。そこでレイは今回、初号機のバックアップをメインで行動してもらいます......何か質問は?」

「......」

「...別にありません」

「そう、じゃ用意して、直ぐに出撃よ...あ、シンジ君は少し残って貰える?」

「...はい......」

レイが退出するのを確認すると、ミサトはシンジに話しかける。

「悪いわね、今回もシンジ君に負担が掛かるけど、再起動が終わったばかりで、零号機はまだ本調子じゃないのよ。頼むわねシンジ君」

「......はい」

優しい言葉遣いとは裏腹に、真顔で語りかけるミサトに、シンジは無表情のまま返事を返すだけだった。



エントリープラグが挿入され、LCLがプラグ内に注入される
発令所のリツコは無線に向かって説明する。

「シンジ君、よくって? 練習通りにやれば、何の問題も無いわ。目標をセンターに入れてスイッチよ。いい?」

『...はい』

「二人とも準備は出来てるわね!」

『『...はい』』

ミサトは無線から聞こえた二人の返事を聞くと、隣のリツコに視線を向ける。
リツコが頷くのを確認して、高らかと宣言する。

「エヴァ発進!」

二機のエヴァが射出される。



「おぉぉぉぉ! アレがエヴァかぁ! それも二機も!」

地面から迫り出してきたエヴァに興奮した声を上げるケンスケ。
トウジも幾分興奮した様子でエヴァを見守る。
二人は裏山にある神社に登って町の様子を見ていた。
まず、使徒が現れ、続いてエヴァがその雄姿を現したのだ。

「す、すごい! これぞ苦労をした甲斐があったというもの!」

ヒートアップするケンスケ。
トウジは興奮しつつも、エヴァに乗るシンジの事を考えると、何か不思議な感覚に囚われる自分を感じていた。

あれに転校生が乗っとんのや......
もう一機の方は綾波か?

トウジは使徒に視線を向ける。
イカに似た第4使徒シャムシェルの姿が見える。
平たい身体を起こし、左右に光の鞭のような触手をくねらしている。

あないな、けったいな格好したバケモンと戦うんかいな、転校生......

二機のエヴァが動いた――手に持ったパレットライフルを構えると一斉に射撃を開始する。
オレンジの壁のようなものがシャムシェルの正面に現れ、弾丸を弾き返した。



「ATフィールド?」

ミサトの上ずった声が発令所に響いた。

「ATフィールドの中和は?」

「ダメです! 中和仕切れていません」

リツコの問いに間髪いれずマヤが答える。
リツコに険しい表情が生まれる。



管制室の慌ただしさに比べ、プラグの中のシンジは冷静だった。いや、無表情のままだったと言ったほうが正しい。
レイの無表情とは、また違った無表情のシンジ。
レイの無表情は、感情の表現を知らない為の無表情であったはずだ。
しかし、シンジの無表情は違った。何事にも無関心である事を装う為の無表情である。シンジには感情がある。だが、それを表に出さないのだ。
何故か?
それはシンジにしか分からない事だった。



その間も戦闘は続いていた。
二人は全ての弾を吐き出し尽くしたパレットライフルを投げ捨てる。
それを待っていたかのように、シャムシェルの触手がシンジを襲う。
この程度のスピードの攻撃なら、今までのシンジにすれば、軽く避けられる攻撃――だが、今の初号機では回避を行うのは無理なスピードだった。
シャムシェルはライフルを捨てた直後の右手に触手を巻きつけると、軽々と初号機を頬リ投げる。



「「うわぁぁぁぁぁーーーー!!」」

トウジとケンスケの口から絶叫が上がる。
頭上から大きな影が迫ってきていた。吹き飛ばされた初号機が二人目掛けて降って来たのだ。
ズシン! と言う音に続いて濛々と砂ぼこりが宙に舞い上がった。

「......」

無表情のまま、襲い来る衝撃に耐えるシンジ。
即座にシャムシェルは初号機に追い討ちを掛けるべく迫ろうとしていたが、レイの援護射撃によって足止めされている。
だが、徐々に2体の距離は狭まっていた。
シンジは初号機を起こそうとしたが、ふと何かを思い出したかのように辺りを見回す。
モニターには、初号機の右手の指の間に、丸まったまま頭を抱えている、半泣き状態の二人の少年の姿が映っていた。



管制室のモニターにトウジとケンスケのパーソナルデータが表示される。

「シンジ君のクラスメイト? 何でこんな所に......」

ミサトが呟く。
メインモニターには目標を変え、零号機を触手で攻める使徒が映し出されている。
ミサトの舌打ちが聞こえた。判断に迷った時の癖だった。
二人の少年の安全を考えれば、エントリープラグに乗せるのが一番だろう。
だが、唯でさえシンクロ率の低いシンジのプラグに異物となる2人を乗せるという事は、起動不能となる可能性が高すぎた。
そうなれば、格好な攻撃の標的となるだろう――
レイの足止めに期待して、二人を回収に向かうか?
ミサトは判断を付けかねていた。
時間が経てば経つほど、少年達の危険度は高くなっていく。

「シンジ君!」

リツコの驚愕の叫びに、ミサトは反射的にモニターに視線を送る。
そこにはイジェクトされたエントリープラグが映っていた。



トウジとケンスケは目の前のロボットの首の部分から飛び出してきた白い筒を驚きの眼差しで見ていた。
『そこの二人来い! 早く乗るんだ!』

外部スピーカーからシンジの声が響く。
さらに驚きの表情を浮かべる二人。
転校生の声が聞こえる。何か言っていた。

早く乗れ? 何処に? 誰が?

振って湧いたような災難に続き、突然の提案。二人は完全に混乱していた。

『急げ、死にたいのか! いつまでも綾波が足止め出来るとは限らないんだ!』

強い口調――普段のシンジからは想像できない口調で二人に指示を出す。
跳ねるように飛び起きると、二人はエントリープラグに向かって走り出した。



「シンジ君! 許可ない民間人をエントリープラグに乗せるのは許可できません!」
リツコがマイクに向かって叫ぶが、シンジから返答は無い。
モニターに映っているシンジの顔も、いつもと同じ無表情のままだった。

「シンジ君!」

リツコは尚もシンジに呼びかけるが、シンジからの返答は返ってこない。
ミサトはその様子を黙って見ていた。いや、見ているしかなかった。

あんなシンジ君は見た事が無い。
確かに、命令違反をしているけど、それは私も考えた事――
このまま、手を拱いていても現状は変わらない。
だったら――シンジ君に賭けてみよう。

決断したミサトの行動は早い。

「シンジ君!」

「私が許可します!」

隣から聞こえた声に、リツコは驚きの声を上げる。

「ミサト! ......越権行為よ葛城一尉!」

リツコの抗議も空しく、二人の少年がプラグの中に消える。

「神経系統に異常が発生!」

マヤの申告を受けて、リツコが断言する。

「異物を二つもプラグに挿入したからよ......神経パルスにノイズが混じってるわ。今のシンジ君ではエヴァの起動にも問題が発生するはずよ」

リツコの予想では、当然のようにシンクロ率は起動指数を割るはずだった。
が、シンクロ率の低下は視られない。指数は22%を示したままだった。

「そんな......どうして......」

「初号機は一時退却! レイ! シンジ君が退却するまで時間を稼いで...」

『了解』

即座にレイから応答がある。
リツコも納得が出来ないながら、回収作業の指示に取り掛かった。
シンジは初号機を起こすと指示された回収ゲートに移動を開始する。
だが、使徒も思惑に気付いたのか、初号機に矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。
零号機がそうはさせじと追いすがる。
攻防が続く。
触手の一撃を喰らい、初号機が再び吹き飛ばされた。

「どわぁぁぁ!!」

伝わってきた衝撃にケンスケが悲鳴を上げる。
視線をシンジに向けたまま、トウジは黙って衝撃に耐える。

転校生......お前はこないな事をしてたんか?

シンジはプログレッシブナイフ――通称、プログナイフを肩から引き抜くと、シャムシェルを牽制しながら回収ゲートに初号機を走らせる。
レイも予備のパレットライフルで使徒に牽制攻撃を仕掛ける。
だが、シャムシェルの攻撃は苛烈を極めた。
触手を鞭のように扱いレイを牽制し、弾の弾道を変えさせつつ、反対の触手で初号機を攻撃し前に進ませない。
ついに、攻撃を避け損ねた初号機の胸に、触手が突き刺さる。
1本――
そして反対の触手も――

「ぐはっ......」

シンジの口から苦痛の呻きが漏れる。

「て、転校生!」

「お、おい、大丈夫なんか!」

二人の問いには答えず、苦痛に耐えると、シンジはプログナイフを捨て、両手で触手を握りシャムシェルの動きを封じる。とたんに、両手から焼けるような痛みが伝わってくる。
痛みに耐えつつ、シンジは無線に向かって叫ぶ。

「あ、綾波ぃ!」

シンジの叫びに答えるように、レイの駆る零号機のプログナイフがシャムシェルのコアに突き刺さる。
プログナイフの振動が、シャムシェルのコアと擦れあい、火花を上げる。
数秒後、ようやくコアにひび割れが走り、赤い光が失われる。
使徒がその動きを止め、触手からも光が失せる。

「「転校生......」」

シンジの荒い息に二人は心配そうな顔を浮かべるものの、何も出来ないでいた。

「...大丈夫......大丈夫だから......」

シンジが呟く。その顔は無表情を装っていたが、疲労と痛みで真っ青になっていた。
その言葉に二人は何も言えず、ただ、シンジを見ているだけだった。
プラグ内に沈黙が流れた――



「目標は完全に沈黙しました」

日向の報告に、固唾を呑んで戦闘を見ていたミサトの顔に、安堵の表情が浮かぶ。

「初号機、神経接続カット」

「了解」

リツコの指示に、素早くマヤが反応する。
管制室を覆っていた重々しい空気が消え、ようやく穏やかな空気が流れ始めた。

「日向君、初号機と零号機の回収。青葉君は、政府各省に報告」

「「了解」」

日向と青葉が指示を実行に移すべく行動を開始する。

「これで作戦終了とします」

ミサトはそう宣言すると、駆け出すようにケイジへと向かうのだった。



数日後――
雨はなお降り続いていたが、その勢いは和らいでいた。
トウジは自席で、俯いたまま考え込んでいる。

「トウジ...」

ケンスケが心なしか心配そうに声を掛ける。

「わぁっとるわい!」

トウジは意を決したように席を立つと、シンジに向かって歩き出す。
ケンスケは黙ってそれを見守っていた。
自席からヒカリも心配そうにトウジを眺めている。
最近、トウジが落ち込んでいるのを知っていたのだ。
そして、それにシンジが絡んでいるのも、何となく想像がついていた。
トウジはシンジの席に辿り着くと、弱る心を押さえ込むかのように、一度、強く手を握り締めると、意を決したように声をかける。

「転校生......いや、碇......」

ケンスケが微笑みを浮かべた。
ヒカリも微笑みを浮かべた。
雨脚が衰え、徐々に雨が降り止んでいく。
雲の切れ間から太陽が差し込んだ――

Please Mail to 葵 薫
( aokao_sec@yahoo.co.jp )

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