『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第1章〜『過去と現実』 第8話 『紡がれし過去と仕組まれし現実』



一日目

「ぐぅぅぅ......」

シンジはベッドの上で魘されていた。苦悶の表情を浮かべ、激しい動悸を繰り返す。
身体から溢れる異常なほどの寝汗が寝巻きを、シーツを濡らす。
何か夢を見ているようだ。それは、過去の自分――今迄歩んできた重く険しい道程。
だが、眠っているシンジにとってそれは現実と変わらない。

「碇くん......」

ベッドの傍で、心配そうな表情をしたレイが呟く。
レイは玉の様な汗を浮かべたシンジの額から生暖かくなったタオルを取ると、傍の洗面器に入れられた冷たい水に浸し、絞り、再びシンジの額に戻す。
レイはその動作だけを先程から何度も繰り返していた。



「で、どうなの。シンちゃんは!?」

「相変わらずね...。魘されているようだけど、身体には異常は見られないわ」

暗い室内にモニターの明かりがチラチラと明滅を繰り返していた。
室内には二人だけしかいなかった。後は数台のPCと何を行う為か解らない色々な大型機器に囲まれたデスクがあるだけだった。
二人はモニターの明かりだけを頼りに、会話を続ける。

「身体に異常が見られない......それに関しては安心ね。で、問題の件は?」

「今だ不明のまま。身体的に異常が確認できないのよ......はっきり言ってお手上げね」

「でも、普通じゃないわよ! あんなの......ありえないわ」

「そんなことは分かってるわよ! 精密検査を行っても何の結果も得られない......一応、本物のシンジ君かどうか遺伝子検査も行ったわよ......でも、真っ白。間違いなくシンジ君本人ね。遺伝子パターンも他の人と何ら変わるところがないわ」

口には出さないが、今回の人間離れしたシンジに、最も畏怖と好奇の念を抱いているのだ。
無論、科学者としての自分のプライドも原因の解明を望んでいる。
だが、全く説明が付かないのだ。

レイと同じような存在で無い限り、あんな事は出来ないのよ......普通の人間にはね。

だからこそ遺伝子の調査も行ったのだ。だが、答えは否。正真正銘の人間。人の手によって強制的に作られた存在ではない――
そう、ただの人間だ。だが、ただの人間にあのような真似が出来るはずも無い。

人の可能性――革新って言葉じゃ説明付かないのよ!

「とにかく、現状ではシンジ君が目を覚まさない事にはどうしようもないわね。異常が見られたら、すぐに連絡するよう手配してるから......」

「そ、そうよね」

声のトーンが落ちる。
そして、沈黙の時間が流れた。



シンジはラミエル戦の後、レイの無事を確認するとそのまま気を失ってしまい、かけつけたネルフ職員により中央病院第3外科病棟に移送された。
精密検査の後、ただの疲労と判断され、一般病棟に移された。
その間、レイは頑としてシンジの傍を離れようとしなかった。
そんなレイの反応に驚いたのはミサト達だった。
今まで周りで何が起ころうとも、一切を無感情に過ごして来たレイが、『自分のせいで碇くんは倒れた』と感情も露にシンジの傍を離れるのを拒絶した。
先に根負けしたのはミサト達だった。『意識が戻るまで』という条件でレイはシンジの傍にいる事を許可されたのだ。
そして、数時間前にようやくシンジの意識が戻った。その後、すぐにまた眠り込んでしまったが、その時のレイの表情は傍にいたミサト達が驚愕するほど劇的に変化した。

ベット上から聞こえてきたうめき声にレイは我を取り戻した。

「碇くん......」

心配そうに、シンジの力無い左手に触れると、両手で覆うように握る。
と――
不意に背後の扉が開かれた。

「レイ......そろそろ帰るわよ」

入ってきたのはミサトだった。
いつもなら、ここぞとばかりにからかうのだが、さすがに状況が状況だ、さすがのミサトもからかう気など毛頭なかった。それどころか、ミサトにしてもシンジの無事に胸を撫で下ろし、心配げなレイに笑顔すら送っている。
ミサトはレイの変化に当初は驚いたものの、今ではその変化を好意的に受け取っている。

やっぱり、レイが変わったのはシンちゃんのおかげかしら。

そう思うと、内心嬉しさがこみ上げてくる。
レイを引き取ったのは、偶然にもレイの部屋を覗いたのが原因とはいえ、今では妹のような――大切な家族の一員である。
聖母の笑顔を浮かべ、優しくレイを諭す。

「シンちゃんなら大丈夫よ、もう心配は要らないらしいから...」

「でも...」

戸惑うレイに再び言葉を紡ぐ。

「レイが心配する気持ちは分かるわ。けど、目を覚ました時にレイが倒れていたら、シンちゃんはどう思うかしら?」

「......」

「...でしょ。なら、帰りましょ。シンちゃんが戻って来たときに笑顔で迎えられるように...ね」

「......はい...ミサトさん......」

渋々といった感じで、それでもゆっくりとシンジの左手から手を離す。

レイがこんなに他人に興味を示すなんて......ね。
でも、今のシンジ君......普通じゃないのよ。
レイ......あなた、何か知ってるの? だからこそ、シンジ君の傍から離れないの?

ガタっと、椅子が立てた音に思考を中断させる。
レイが鞄を片手に持つと、ミサトに視線を送る。
それを確認してから、ミサトはレイを連れ、病室を後にした。



二日目

「君には借りが出来てしまったな...」

意味無く広い司令室の暗闇の中にゲンドウの声が響く。
誰かと電話のやり取りをしている。
手元には十数枚に及ぶ紙面での資料が握られている。
無論、情報が外部に流れない為の手段の一つだ。
そこには人型に近いロボットの写真も添付されていた。

『返す気は無いんでしょう?』

電話の相手が茶々を入れる。
若い。それでいて落ち着きのある声。
それなりの経験を積んだ者のみが出せる深い声色でゲンドウに話しかける。

『彼らは情報公開を盾に迫っていた資料ですが、ダミーを混ぜてあしらっておきました......例の件もこっちで手を打ちましょうか?』

ゲンドウは手元の資料を一瞥し、相手の言葉に一瞬ニヤリと薄笑いを浮かべると、静かに返事を返す。

「いや、君の資料を見る限り、その必要はないだろう...」

『分かりました......で、先の件は委員会にどう報告するつもりですか?』

「それは君が関与する事ではない」

『.........』

「あれはイレギュラーだ」

『ま、そうでしょうね......では、例の件はシナリオ通りに...』

ガチャリと電話が切れる。

「フッ...シナリオ通りか......」

ゲンドウはいつものポーズに戻ると、傍らの冬月に声をかける。

「赤木博士を呼んでくれ...」

ゲンドウが陰鬱な笑みを浮かべた。



キキキキキィィィィィィ!!

タイヤを軋ませながらルノーが駐車場に停車する。
続いて、ハイヒールを履いた美女が姿を見せると、周りから羨望やら歓喜やらの声が上がった。
周りの男どもの視線を一身に集めながら、悠然と校舎内に歩と進める。
言うまでも無くミサトである。
今日は三者面談があるのだ。ミサトはレイとシンジの保護者代わりである。当然のように学校に来ていた。特に、シンジが欠席している以上、これはチャンスである。普段のシンジの様子を自ら確認できるとあって、ミサトはやたらと気合が入っていた。

別に疑ってる訳じゃ無いんだけど......昨日の事もあるしね......。

浮かんだ考えに瞬間戸惑い、そして嫌悪する。

「言い訳......か...」



「おおぉぉぉぉぉ...ミ、ミサトさんや!」

「いい! やっぱミサトさんはサイコーだな!」

当然のようにトウジとケンスケもギャラリーと化していた。
ケンスケの手には予想通りハンディビデオカメラが握られ、歓喜の表情で撮影に勤しんでいる。

「あれでネルフの作戦部長やっちゅうとこがまたええわ。」

「ああ、まさに天は二モツを与えたもうたって事だな」

ケンスケはそう答えながらもファインダー越しのミサトから目を離さない。
校舎の窓にいるトウジとケンスケに気付いたミサトがピースを送る。

「ミ、ミサトさん。気付いてくれよった!」

トウジとケンスケが満面の笑顔でピースを返す。

「なによ......バカみたい!」

ヒカリのそんなトウジの姿を見ながら呟いた一言は寂しそうだった。

「綾波。次、君だよ」

ガラガラと音を立てながら教室の扉が開かれる。

「ありがと、相田君」

「い、いえ。この相田ケンスケ、ミサトさんの為でしたらこの位......」

ニコリと微笑むミサト。
感動と緊張のあまりか意味不明な事を言い始めるあたり、ケンスケも純情である。

「後でシンちゃんの事、詳しく聞かせてね。さぁ、いくわよレイ」

席を立ちかけたミサトだったが、レイの反応がない。 
空を見つめたまま動かないレイを訝しげに眺めると、再び声をかける。

「レイ!?」

「は、はい...」

ミサトは黙ったまま席を立つと教室の中に消えていく。
無表情のまま続くレイに違和感を覚える。
いつもと同じように見えるがどこか違っているようにも感じる。

やっぱ、シンちゃんの事が心配なのね。
でも、あのレイがねぇ......変われば変わるものね。
ま、レイも女の子ってことかしらね。

妙に嬉しそうな表情をしたミサトを初老の教師は不思議そうに眺めるのだった。



三日目

「父さん!」

ジオフロントの壁を突き破りながら初号機が姿を現す。
右手にはエヴァ量産型の引き千切られた腕が握られ、左手には――ロンギヌスの槍のオリジナルが握られていた。
初号機の面前には十字架に吊るされた半身の使徒――下半身が無く、いや、幾つもの無数の小さな下半身をはやしたと言ったほうが適切か――リリスが見えている。
そしてその下方、LCLの畔に立つレイとゲンドウ。
ゲンドウの右手がレイの乳房に触れている――いや、正確にはレイの胸と半融合していた。
響く爆音と飛び散る粉塵にも動じていなかったゲンドウは、ゆっくりとレイの身体に右手を侵食させていく。

「...うぅぅん......」

ピクリとその動きに反応したレイの口から微かな吐息が漏れる。

「やめてよ父さん!!」

シンジの叫びも空しくレイの胸に埋没する右手。

間に合わない!!

シンジは一瞬両の瞼を閉じた。と同時に壁が突き破られ、激震がドグマを揺らした。
振動に揺られ、レイの体内からゲンドウの右手が引き抜かれ、二人の距離が離れる。
ドグマの壁を突き破ったのは新たなエヴァ量産型だった。

キシャァァァァ!

量産型が奇怪な叫び声を上げる。
その叫びに瞼を開いたシンジは、量産型の登場に驚きつつも、ゲンドウとレイの間に距離が出来ているのを確認する。

チャンスは......今しかない!!

言うが早いか、シンジの意識に反応してか初号機が動き出す。
ゲンドウも、その初号機の動きに気付いて、レイに向け再び右手を差し出す。
量産型もアダムを求め、その動きを始めた。

「間に合えぇぇ!」

シンジが叫んだその時――

ズブゥゥゥ...

ゲンドウの右手が再び融合した。



第28放置区域。国立第3実験場。
ミサトとリツコはJA完成披露パーティに参加していた。
JA――ジェットアローン。ネルフのエヴァに対抗した「日本重化学工業組合」と「日本政府」の監修の元、民間企業、「時田重工業」により作成されたリアクターを内蔵した人型兵器である。
JA開発責任者でもある時田シロウとリツコが口論を繰り広げている。

「...先ほどの説明によりますと内燃機関を内臓とありますが、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵する事は安全性の点から見てもリスクが大きすぎると思われますが?」

「まぁ、5分も動かない決戦兵器よりは役に立ちますよ。それに、パイロットに負担をかけ、精神汚染を起こすよりは人道的にも安全と思いますが?」

珍しくもリツコが劣勢に立たされていた。
ミサトは激論を交わしているリツコを横目に、ボーッとその会話を聞いているようにみえる――内心は別にして。

「よしなさいよ......大人気ない......」

リツコはミサトの声も耳に入っていないのか、激論を続ける。

「人的制御の問題もあります!」

「制御不能に陥り、暴走を起こす危険極まりない兵器よりは安全だと思いますけどね。制御できない兵器など実にナンセンスです......ヒステリーを起こした女性よりたちが悪い」

周りから失笑が起こる。
それが、余計にリツコに拍車をかける。

「その為のパイロットとテクノロジーです!」

「まさか、科学と人の心があの化け物を抑えるとでも? 正気ですか!?」

「ええ、もちろんですわ」

「人の心などという曖昧なものに頼っているから、ネルフは先のような暴走事故を起こすのですよ。その結果、政府やUNは莫大な予算を迫られる。わかりますか、某国では2万人を超える餓死者を出そうとしているんですよ!? ましてや、肝心の暴走原因も未だに不明だそうですね。せめて責任者としての責務は果たして貰いたいですよ......よかったですねぇ、ネルフが超法規的に保護されていて」

キッと時田を睨むリツコだったが、当の時田は涼しい顔でリツコの視線を受け流す。
暖簾に腕押し、糠に釘。そう判断したリツコは、時田との討論に終止符を打つべく、高らかに言い放った。

「何と仰られようと、ネルフの決戦兵器意外ではあの敵は倒せません!」

しかし、時田の表情は飄々としたままだった。いや、我得たりといった表情にも見える。
そして、間髪無く返答する。

「ATフィールドですか? まぁ、それも時間の問題でしょう。いつまでもネルフの時代ではないのですよ。第一、戦争を子供にやらせるなんて、大人として恥ずかしくないですか?」

再び失笑が起こる。今度は冷笑も含まれていた。
ミサトはすっとぼけたように、目の前に置かれたジュースのストローを弄んでいる。
リツコの顔は怒りで赤黒く染まっていた。



「ヌゥ...! シンジ......」

右手が融合したのはレイの身体ではなかった。

「い、碇...くん......」

レイの瞳が驚きに見開かれる。
レイとゲンドウの間を初号機の右手の掌が遮っていた。
ゲンドウの右手は初号機の掌に差し込まれている――融合しているのだ。
シンジが両の瞳を大きく見開く。

サードインパクト!!

シンジの頭にその単語が浮かぶ。
使徒とアダムの接触によってサードインパクトは起こる。エヴァもアダムより生み出されしモノである以上、サードインパクトが起こるのは必然。シンジの顔が強張るのも無理は無かった。
が、実際には何が起こるわけでもなかった。

何で、何も起こんないんだ!?

喜ぶべき事なのだが、戸惑っているシンジはその事に気付かなかった。
と、そこに遅れて来た量産型が、初号機に体当たりを仕掛ける。

「うわぁぁ!!」

「ぐぉぉぉ!!」

シンジとゲンドウから同時に叫び声が上がる。
量産型に体当たりされた初号機が、ゲンドウの右腕を引きちぎりながらLCLの海へ投げ出された。
大きな水しぶきが上がる。
が、次の瞬間――

「うぉぉぉぉぉぉ!」

シンジの絶叫と共に、雨のように滴るLCLの中からロンギヌスの槍が繰り出される。
槍の穂先は狙い違わず、量産型の身体に吸い込まれていった。

「キシャァァァァ!!」

断末魔の悲鳴を上げ、量産型が地に沈む。
そして、再び静寂が訪れる。

「グッ...! シ、シンジ......それを...アダムを渡せ!」

右肩から血を滴らせながら、顔面蒼白でシンジに迫るゲンドウ。
シンジはそんなゲンドウに構わず、自分の掌――称号機の掌から突き出しているゲンドウの右腕に視線を送る。

こんなモノが......
こんなモノが有るから......

「な、何をするつもりだシンジ......」

ゲンドウの口から驚きの呟きが漏れる

アスカ......今行くよ......

シンジは瞳を閉じるとそう呟く。

「ダ、ダメ...碇くん!!」

不意の叫びにシンジの瞳が開かれる。その瞳には――レイが駆け寄ってくる姿が映っていた。

「だめだ...来ちゃいけない! 綾波ぃぃ!!!」

ガバッと勢いよく身体を起こす。
シンジは一瞬、自分自身の感覚が分からなくなり、再びベッドに倒れこむ。
そして、自分の置かれた状況をようやく把握した。

「...夢......だったのか......!?」

いや、違う。夢じゃない。
アレは......。

一瞬、暗い表情で俯くも、次の瞬間、シンジは重い身体を無理やり起こし、手早く普段着に着替えるとそのまま病室を後にした。



「何が起きている!?」

『JA制御不能!!』

時田の顔に何が起こったかわからないといった表情が覗かせる。
JAは起動した。そして――暴走。

「まったく、これでよくウチに喧嘩売ろうとしてたわね」

ミサトが呆れたような声を上げる。
対して、リツコは冷静だった。いや、溜飲が下がる思いはミサトと同じだろう。
だが、この現状は予想されていた展開だ。
暴走する――そう、幾万通りにプログラムされた情報を無視して暴走するのだ――この機械は。

そのまま、管制室の天井を踏み抜き、JAはとにかく歩き続けた。
死者が出なかったのは奇跡に近かった。

『制御棒作動しません』

『このままでは炉心融解の危険性もあります』

「そんな...バカな......このような事態が起こるはずが無い......」

戸惑いの表情を浮かべたまま時田が呟く。

「でも、現に炉心融解の危機が迫っているんでしょ!」

そして、ミサトの言葉に面を翳らせた。
時田は呟くように答えるのが精一杯だった。

「こうなっては自然に停止するのを待つしか方法は......」

「自動停止の確率は?」

「0.00002%......まさに奇跡です......」

ミサトの声に職員も暗い顔のまま報告する。

「奇跡を待つよりも捨て身の努力よ!」

ミサトは時田に視線を送ると問いただす。

「停止手段を教えなさい」

「......全ての方法は試した。後は「いいえ! まだ、全てのプログラムを白紙に戻す方法があるはずよ......」」

時田の声を遮るようにミサトが追い討ちをかける。

「!! それは私の権限では教える事は出来ない!!」

「なら、さっさと許可をもらいなさい!! 責任者は責任を取る必要があるんでしょ!!」

時田の顔が青ざめたのは言うまでもない事だった。



「あっ、日向君!? 至急、レイと零号機をこっちに送ってくれない!?」

更衣室で耐熱スーツに着替えながらミサトは携帯でネルフと連絡を取っていた。
そんなミサトを冷めた眼差しでリツコが見つめていた。

「無駄よ、葛城一尉。おやめなさい」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょ...あっ、こっちの事よ......えっ! 何! シンジ君が!?」

ミサトの突然の叫びに顔色を変えるリツコ。

「どうしたの? シンジ君になにかあったの?」

携帯電話を耳から離すと、リツコに視線を投げかける。

「.........病院から消えたって...保安部もロストしたらしいわ......」

「何ですって!!」



シンジは芦ノ湖に来ていた。
体操座りのように両足を抱いた姿勢でしゃがみ込んでいる。その面は俯いたまま、身体は微動だにしない。
俯いた顔には混乱の表情を浮かべていた。

夢じゃない......
あれは......かつての僕だ......
あの後......サードインパクトが起こる......。

記憶が走馬灯のようにシンジを襲う。

もう、やめてくれ!!!

ギュッと瞼を閉じ、襲い来るものから自分を守るようにきつく両足を――身体を抱きしめる。
唐突に深い淵へ意識が向かう。

そうだった。今まで変えようしてきた。だが、結果はどうだったか...。
考えても自分には何も出来ない。何も変わらない。
だったら、何もしないほうがいい...。

「アスカ......助けてよ......。誰か僕を助けてよ!」

悲鳴とも叫びとも言い表せない、乾いた声を上げる。

『......あなたは何の為にここにいるの? どうしたいの?』

レイの切ないような悔しいような――悲しみと怒りが混じったような表情が頭に浮かんでくる。

綾波......

『...泣いてもいいのよ......』

ミサトの優しい笑顔――

ミサトさん......
...。
...。
そうだ...。
僕は......逃げちゃいけないんだ。
たとえ変える事が出来なくても......みんなを守りたいという気持ちに...嘘は無い。
今は......やれる事を......

シンジはギュッと閉じた瞼に力を入れる

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ......」

呪文のように唱えてみる。
ほんの少しだけ、震えが止まった気がした。
シンジは面を上げる。その顔には苦渋が滲んでいたが、瞳の色までは失っていなかった。



『碇君...先の戦闘はどういう事かね』

『さよう。我々のシナリオには存在しない出来事だよ』

『よもや、『彼女』が覚醒したとでも言うのかね』

「覚醒はしておりません。ただ、『彼女』の力の一端が現れたと我々も認識しています」

『......確かに、使徒は倒された。それはシナリオ通りでもある。が......』

「ご心配には及びません......多少の誤差は起こるものです。シナリオから外れるほどの事ではありません」

『しかし、あの力......ただ事ではないぞ』

「問題ありません」

『......』

『......まあ、よかろう......零号機、その他の修正予算は検討しておこう』

『ご苦労だった』

次々とモノリスから光が消える。
残された『01』と描かれたモノリスが言葉を投げかける。

『何を隠している...碇』

「.........」

『ふむ。まあよい。だが、計画の遅延は認められん......それだけは肝に銘じておけ』

最後のモノリスから光が消える。
暗闇の中、ゲンドウだけがいつものポーズで座っていた。



あの時の――自分の力。
シンジが過去を振り返ってみても、あんな力は自分には無いはずだった。
母さんが助けてくれた? そう考えてみてもやはり納得できる力ではなかった。
なぜそうなったのか――なぜそんなことが出来たかなどシンジには解らない。
いったいどうなっているのか、何がなんだか分らない。
訳が分らないまま使途は殲滅された。

思うように動かない初号機――そして不思議な力――
綾波レイ――零号機――あの笑顔――

考えている内に、ふと自分の変化に気付く。
今までのように現実から逃げていない自分を不思議に思った。

変えられないと分かっていても...か......。

過去を繰り返して自分が成長したとは思えない。
世界が――自分がどうなってもよかったはずなのに、何を考えている。
助けられないのに助けたいと考える――矛盾だ。
そう分かっていてもやめようとは思わない。

この世界に馴染んできたせいかな......。

苦笑を洩らすと、一息つくように背伸びをする。
その時、背後に視線を感じ、シンジは思わず振り返る。
そこには金髪の女性が立っていた――。

「碇...シンジさんですね...」



JAの暴走は止まった。
事の顛末はこうだった。

零号機によって押さえ付けられたJAにミサトが乗り込む。
だが、レイもミサトも内心焦っていたのかもしれない。
ミサトが乗り込んだ後、JAは零号機を振り切って再び歩き出す。
ミサトは懸命に制御パスワードを入力するが効果がない。
レイも再びJAを押さえ込もうとするが、うまく取り押さえる事が出来なかった。
と。不意にJAが起動を停止したのだ。

世論的にはエヴァがJAの暴走を防いだ事となった。
が後にミサトは呟く。「奇跡は仕組まれていた」と。



JA発令所――

周りが喜びに沸き騒ぐ中、戻って来たミサトが開口一番に叫んだのは次の一言だった。

「シンちゃんが見つかったってホント?」

後ろに続いていたレイも興味深そうに聞き耳を立てている。

「え、ええ...。買い物をしているのを保安部が発見したそうよ。今はミサトの家に居るらしいわ」

二人から迫られて、引き攣った笑顔を浮かべながらリツコが答える。

「ありがと、リツコ! レイ、急いで帰るわよ!」

リツコにそう答えるとレイを促す。
コクンと頷くと二人して扉に駆けていく。

「ち、ちょっとミサト! ココはどうすんのよ!!」

「リツコ! 後任せたわ!!」

戸惑うように問いかけたリツコにミサトはそう答えると扉を潜り姿を消す。
不意に、レイが扉の前でその動きを止める。
何かを感じ取ったのか――その何かを探るように周囲を見回す。

「レイ! 行くわよ」

「! ハ、ハイ」

扉の向こうから聞こえてくるミサトの声に、一瞬躊躇するもすばやく後を追う。

「......まったく......」

そう言いつつも、いつものミサトに戻った事を嬉しく思い苦笑いを浮かべるリツコだった。



その頃――発令所から少し離れた場所で時田は呆然としていた。
JAが停止した事は確かに嬉しい事だが、技術屋としては戸惑いを隠せない。

「何故...暴走したんだ......。理論もプログラムも完璧だったはず......」

呟く時田の背後に少年は佇んでいた。
気配に気付き時田が振り向く。

「時田シロウさんですね......」

ニコリと微笑む少年の真紅の眼差しは極めて優しく、男である時田をもドキリとさせた。
JAの踏み抜いた天井から舞い込む優しい風が、少年の銀髪をそよいだ。



「シンちゃん!! 帰ってるの!?」

玄関の扉が開くまもなく、ミサトが叫ぶ。
そこに、リビングからシンジがヒョコリと顔を覗かせた。

「あ、お帰りなさいミサトさん」

あまりに自然なシンジの態度に、思わず拍子抜けをしてしまうミサトだった。

「シ、シンちゃん!? 身体は大丈夫なの?」

「はい。 問題ありません」

いつもと違いハキハキと返事を返してくるシンジに、ミサトは驚きの表情を顕にした。

な、何なのよ...いったい。
シンジ君...大丈夫かしら?

等と失礼な事を思い浮かべる辺り、混乱しているのかもしれない。いや、これがミサトの地なのだろうか...?

「どうしたんですか? ミサトさん?」

ニコリと笑顔を浮かべる。

えっ!?

突然の笑顔にミサトがその動きを止めた。
玄関で立ち止まったまま固まっているミサトの横を不思議そうな顔をしたレイが擦り抜ける。

「綾波も、おかえり」

「あっ、た、ただ...いま...」

返事は返したものの、レイもシンジの笑顔で固まってしまう。

なんなのよ、あの笑顔は......。
犯罪ね...あの笑顔は...。
でも......シンちゃんって、笑うとかわいいのね。

ミサトの身体は動かなくても、頭脳はしっかりと動いているようだ。

「あの...そんなとこで止まってないで、早くリビングに入りましょう。ご飯が冷めちゃうから...」

不思議そうな顔をしたシンジの言葉に我に返る二人。

「シ、シンちゃん? ご、ご飯って?」

「あっ、暇なんで作っておきました。」

唖然とするミサトに、あっさりと答えるシンジ。
よく見るとシンジはエプロンをしていた。

「クワァ、クワ、クワァ!」

「あっ、ゴメン。ペンペンのご飯も出来てるよ」

「クワァァァ!!」

ペンペンの声に急かされるように、シンジの姿がリビングに消える。
硬直から立ち直ったミサトが、未だ固まったままのレイに声をかける。

「レ、レイ。そ、そろそろい、い、行こっか......」

機械のようにコクンと首だけを振ると、赤い顔のままのレイが、ギシギシと擬音が鳴りそうな雰囲気でリビングへと歩を進める。

ど、どうしちゃったのかしら......シンジ君。
で、でも、明るくなったのは良いことよね。
......。
シンちゃんのご飯か......うふふ...楽しみだわん。
レイの事もあるし...後はビールがあればいう事なしね!!

あっさりというか、ミサトらしいというか、現実をすぐに受け入れると、満面の笑顔でリビングへと向かうのだった。




第1章 終了記念の『キャラクター座談会』


シンジ:お疲れ様でした。

レイ :(コクン)

ミサト:はい、お疲れさん。 ようやく第1章が終わったわね。

シンジ:はい。

ミサト:にしても、暗いわね...シンちゃん。

シンジ:えぇぇ! 僕のせいじゃないですよミサトさん。

レイ :碇君は暗くないわ...。

ミサト:いえ! 暗い! 暗すぎるわ!

レイ :でも、碇君は大変なの...。

ミサト:う、うぅぅぅぅぅ...ま、まぁ、それは認めるけどねぇ。

シンジ:いいんだよ、綾波。 綾波さえ分かってくれてれば...。

レイ :(ポッ)

ミサト:はいはい。 ご馳走様。

???:何ベタベタしてんのよ! バカシンジ!!

シンジ:えっ!?(キョロキョロ)

???:ココだぁ!!(頭上からのニードロップ)

シンジ:ぐぇぇぇえええ!!!!!

レイ :碇君!!

ミサト:アスカ。 何もシンちゃんをレイに取られたからって、そんなに怒らなくても...。

アスカ:(引き)そ、そんな訳無いでしょ〜が!! 何でバカシンジなんか...。

シンジ:酷いよアスカ。

ミサト:シンちゃん、復活早っっ!!

アスカ:うるさいバカシンジ!! あたしが居ないからって、何ファーストとイチャイチャしてんのよ!

シンジ:べ、別にイチャイチャなんて...本編見れば分かるだろ。

アスカ:(本編を読み直して)やってるじゃないの!!!(ドロップキック)

シンジ:がはぁぁぁぁああああ!!!!!

レイ :やめて! 碇君を虐めないで!!

アスカ:フン!! いいファースト!! 本編読んで分かるように、シンジは私の奴隷なのよ。

ミサト:アスカ...それはちょっち......。

アスカ:だから、勝手に手を出すんじゃないわよ!!

ミサト:それが、本音か......。

アスカ:ミサトは黙ってなさい!! ま、次から私が主役だし...ファーストは今まで通り、影で
こそこそとやってればいいわ。

レイ :イヤ!! それに主役は碇君。

ミサト:(冷蔵庫からビールを取り出し、一気飲み)
アスカ負けるな〜〜!! レイもしっかりやれー!!

シンジ:ミサトさんあまり飲み過ぎないようにして下さいね。

ミサト:シ、シンちゃん、急に出てくるのやめてくれない? ま、いいわ。 で、ホントはどっちが好きなの?

シンジ:な、何言ってんですか、ミサトさん!!

アスカ:どうなのシンジ!? ハッキリしなさい!!(にじり)

レイ :碇君!?(負けじとにじり)

シンジ:......アハハハハ。(脱兎の如く、撤収)

アスカ:待ちなさい!(シンジを追って撤収)

レイ :碇君...。(続いて撤収)

ミサト:ありゃりゃ行っちったか。 まあ、アスカが来日するし、これからどうなるか楽しみよねぇ。
それに、シンちゃんを狙ってる女の子が、もう一人いるみたいだし...ね。

シンジ:ね。 じゃありませんよぉぉ!! 助けて〜〜〜!!


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