『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜
〜第2章〜『家族の輪郭』 第20話『闇での邂逅』
安全圏まで退避した弐号機は兵装ビルからロケットランチャーを取り出すと照準を絞った。
「こんちくしょーーーー!!!」
アスカは使徒に攻撃を仕掛けようとする。
「ダメ!!」
よこから零号機が射線上に割って入る。
「ちょ、レイ! 何してんのよ! シンジを...シンジを助けないと...」
「ダメ...アスカ...」
再びレイによって止められる。
怒鳴り返そうとモニターを見たアスカの目に、普段とは違い、俯き震えているレイの姿が映る。
「レイ...あんた...」
「...アスカ...レイ...後退するわよ...」
ミサトから通信が入り撤退を指示される。
「じょ、冗談でしょ! まだシンジが...」
怒鳴り返そうとしたアスカは吐き出しかけた言葉を途中で飲み込む。
レイは俯いたまま沈黙を返している。
「...命...令よ...退きなさい!!」
ミサトの声は静かだった。だが、微かに声が震えている。
モニターに写るミサトの姿――顔は俯いて見えないが、その肩は声と同様にはっきりと見て取れるくらい震えていた。
そんなミサトの姿にアスカは言葉を返す事が出来ないでいた。
辛いのはみんないっしょだ。
「......行きましょう......」
レイの抑揚の無い声に促され、アスカはようやく後退するのだった。
シンジは不思議な空間を彷徨っていた。
闇なのか光なのかも解らない空間。
『シンジ...』
遠くなのか近くなのかは分からないが、ハッキリと自分を呼ぶ声を聞いたシンジはモニターでその方向を視る。
何故か方向は分かった。
そしてその事に違和感すら感じていなかった。
何が起こるんだ?
シンジは冷静な自分に驚きながらもモニターに集中する。
声の主だと思われる人物は直ぐに見つかった。
シンジの乗る初号機の前に人が浮かんでいた。
「!!」
シンジはあまりの衝撃に瞬きすら忘れている。
目の前には、周りの空間をATフィールドで遮断し、宙に浮かんでいる少年。
か、彼が声の主?
ごくりと唾を飲み込む自分が発した音に驚き、ようやく戸惑いながらも現実に目を向けた。
その顔はよく見慣れた顔だった。
そう、見間違えようのない顔――その人物はシンジそのものだった。
「き、君は?......」
シンジが呟く。
『...僕は......』
少年は微笑みながら言葉を返す。
しかし、その口は動いていない。
音の届かないこの世界で少年は直接脳に語りかけていた。
『僕は碇シンジ......キミだよ......』
本部に戻るなりレイとアスカは待機室に篭っていた。
リツコとマヤはただ、それを見ているしかなかった。
だが、レイとアスカの2人が落ち込んでいても、現実は静止くれる訳ではない。
現実は常に動いているのだ
「葛城三佐...辛いでしょうね...」
マヤが神妙な顔つきで呟いた。
ミサトは2機が帰投してすぐ、ヘリを飛ばして現場に向っている。
今頃は使徒上空を旋回している頃だろう。
リツコはマヤに淡々と事実を語った。
「...アンビリカルケーブルを引き揚げてみたら、その先は無くなっていたそうよ...」
「そ、それじゃあ...」
「初号機に残された内臓電源は僅かだけど、シンジ君が闇雲にエヴァを動かさず生命維持モードで耐える事が出来れば...16時間は生きていられるわ」
手元の書類に目を落としたまま、感情を込めず、冷静に対応していくリツコにマヤは不信感を抱いた。
どうして、先輩はそんなに冷静でいられるんですか?
生きていられる...って、そんな簡単に割り切れるものなんですか?
シンジ君の事心配じゃないんですか?
マヤは背後のリツコに視線を向ける。
リツコの顔は何かの実験をしている時のようになんら変わる事はなかった。
レイとアスカの間は沈黙が続いていた。
2人とも待機室に戻ってきて言葉どころか目も合わせていなかった。
俯いて身動き1つしないアスカにガタガタと震えているレイ。
沈黙を破ったのはアスカの呟きだった。
「ハン! 勝手に助けに来て、勝手に使徒に飛び込んで、まったく作戦も何もあったもんじゃないわね!」
「......」
「あんなことすれば、結果がこうなる事ぐらい分かってるじゃない。ホント馬鹿ねアイツ」
「......」
レイは言葉を発しない。ただ俯いた顔を上げ、無表情でアスカに視線を送っただけだった。
そんなレイの態度にベンチから立ち上がると、アスカは苛立ちを含んだ視線で答える。
「何よ! 言いたい事があったらハッキリ言えばいいでしょ!」
「......別に...言いたい事なんてないわ。あなたは...あなたの瞳は悲しそうだもの...」
その言葉に――態度に、アスカが目を怒らせてレイに喚いた。
「何よ! 何よ何よ! あんたのせいだって言えばいいじゃない! なんで何にも言わないのよ!!!」
「......」
レイは何も答えない。
文句の1つも言ってもらえたほうが楽だった。
楽になりたかった。
だが、レイは何も言わない。
力なくベンチに座り込むと、アスカはポツリポツリと誰に話しかけるでもなく呟いた。
「そうよ......いつも...アイツは......私を......救って...くれる......」
「......」
沈黙を返すレイ。再びアスカが激昂して叫ぶ。
「どうして...いつもいつもアイツに助けて貰わなけりゃいけないの!! 私は頼んでない......アイツが勝手にやってるのよ!」
アスカの本音にレイがキッ! と鋭い視線で睨みつける。
「碇くんは...あなたの代わりに使徒に......」
「解ってるわよ!」
叫ぶアスカ。だが、すぐに泣きそうな表情になって俯く。
「解ってるわよ...そんな...事......」
再び、沈黙が支配した。
「大丈夫...」
「......えっ?」
「帰ってくるわ......碇くん......」
アスカは顔を上げると驚いた表情でレイを見る。
「......だって......碇くんは...帰ってくるって...言ってたから......」
震えは止まっていない。だが、その瞳は悲しみを湛えてはいるものの、絶望の色合いは見て取れなかった。
「.........そう...よね...」
2人の視線が絡み合う。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「...待っててって......」
「............うん」
一瞬微笑み合うも、再び、場は沈黙を落とし、2人の耐える時間は続いていくのだった。
その間――現地から返ってきたミサト達を加え、リツコによって使徒の説明が行われていた。
「じゃあ、あの影の部分が使徒の本体な訳!?」
「そう、直径680メートル、厚さ約3ナノメートルのね。その極薄の空間を内向きのATフィールドで支え、内部はディラックの海といわれる虚数空間......多分、別の宇宙に繋がっているんじゃないかしら...」
リツコの説明は続いている。
ミサトが呻く様に呟いた。
「初号機を取り込んだ影が目標か......」
外はとっくに日が落ちて、辺りを闇が覆っている。
ミサトとリツコがライトの光の下で話しをしていた。
「エヴァの強制サルベージ!?」
ミサトの驚きの声を上げる。
「現在、可能と思われる唯一の方法よ...」
リツコの提案はこうだった。
現存する992個のN2爆雷を使徒に投下、残る2機のエヴァのATフィールドを利用して、使徒の虚数回路に介入させ、N2爆雷の爆発でディラックの海ごと使徒を殲滅するものだった。
ミサトが再び驚きの声を上げる。
「ちょ、それじゃあ、シンジ君はどうなるのよ!!」
「作戦は初号機の回収を第一とします...ボディが大破しても...構わないわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「この際...パイロットの生死は問いません」
リツコの物言いにミサトの平手が飛ぶ。
リツコの眼鏡が地面に弾き飛ばされる。
頬に手を当てたまま、リツコが睨むような視線をミサトに投げ掛け、言葉を吐き捨てる。
「シンジ君を失うのは、あなたの責任なのよ!! そこのところ忘れないで頂戴!!」
「碇指令やあなたがそこまで初号機にこだわる理由は何?」
リツコの胸元を右手で手繰り寄せると真顔で問い詰める。
「いったいエヴァを使って何がしたいの?」
「あなたに渡した資料が全てよ......」
「嘘ね...」
2人の間に沈黙が流れた。
「ミサト...私を信じて...」
ミサトは答えない。
「...この作戦についての一切の指揮は私が取ります」
リツコは眼鏡を拾うと、ゆっくりとミサトの横を擦り抜けるように歩き去る。
ミサトは何も語らず、その場に立ち尽くしていた。
セカンドインパクト――
補完計画――
アダム――
まだ、私の知らない真実が隠されている...。
加持君...私どうしたらいい?
残されたミサトは、思考の向うにある真実を見つめるかのように、目を細めた。
「......もう一人の僕?......」
シンジともう一人の『シンジ』は会話を交わす。
だが、内心では今目の前で起きている現実に混乱していた。
もう一人の僕...
僕の中にいるもう一人の僕。
でも...なんなんだ...
この感覚は?
いつもと違う!?
目の前の僕は彼じゃないの?
目の前の『シンジ』がゆっくりと頷いた。
『そう、キミが考えているもう一人の『僕』じゃない......キミの中にいる『碇シンジ』ではなく、キミの目にも映る、正真正銘の『碇シンジ』さ』
「?」
シンジは良く解らないと首を振る。
『シンジ』の顔から微笑みは消え失せ、真面目な表情が浮かぶ。
『キミは自分が変わったと思ってないか?』
「...何が...言いたいんだ......」
『キミは変わっていない......如何すればいいのか解っていない......自分では何も出来ないと思っている』
図星を指されて戸惑うシンジ。
シンジは思わず目を逸らしてしまう。
だが、思っていることはそのまま口に出ていた。
「! ......そうさ、何も出来ないさ、だけど...綾波やアスカ...目に映る人くらいは救おうと思っている。変わった...変わったさ、僕は!」
『いや、変わっていない。変わったと思い込んでいるだけ...逃げてるだけさ...』
「違う!」
『違わないさ......嫌なことには目を瞑り、耳を塞いで逃げているだけ......何度、同じ時を繰り返しても何も変わっていない......』
「違う!」
エントリープラグ内で頭を抱えるシンジ。
『楽しい事だけを紡いで生きていこうなんて無理なんだよ...』
「そんなこと無い!」
『過去の自分は何をしていた? 綾波を...アスカを...ミサトさんを......誰も救えなかった...それは...何故?』
「嫌だ! ......聞きたくない......」
耳を塞ぎ、首を左右に振り続ける。
その身体は震えていた。
『ほら、また逃げてる......本当は解っているくせに、認めようとしない......このまま自己欺瞞を続ける限り、キミはこのメビウスの輪から抜け出せないよ』
「......そんな事......無い! ...僕の事を知りもしないで、解ったような事言うな!」
涙声で絶叫するシンジ。
『解るさ......だって...僕はキミだから......』
「......」
シンジは『シンジ』を仰ぎ見る。
『シンジ』は微笑んでいた。
『キミは知らない。なぜキミだけが過去を繰り返すのか、なぜ世界を救えないのか......その答えが知りたければココに来るといい......僕が力を貸すよ』
「......」
シンジは答える事が出来ずにいた。
何故自分だけが、同じ時間を何度も繰り返すのか...。
本当に世界を救う事ができるのか?
アスカを...ミサトさんを...綾波を救う事ができるの?
『シンジ』は優しく微笑み、言葉を投げ掛けてくる。
「......さあ...」
「......」
まだ迷っている自分。
いや、迷ってはいない。答えはもう出ていた。
知りたい。
答えが知りたい。
いや、知らなければならないのだ。
何故僕がココにいるのか...。
僕が何を成さなければならないのか...。
だから...行こう。
...行こう!
真実を掴む為に...。
シンジは自分の意思でエントリーブラグを強制イジェクトする。
エントリーブラグの周りはATフィールドで覆われていた。
LCLがゼリーのように塊になって辺りに漂う。
シンジはゆっくりと、力強くプラグの外に足を踏み出した。
シンジはもう一人の『シンジ』と対面する。
もう瞳は逸らさない。
微笑みながらもう一人の『シンジ』が手を差し出してくる。
ゆっくりとシンジがその手を掴んだ瞬間――世界は真っ白になった。
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