『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第3章〜『運命の歯車』 第22話『変わらぬ日常?』



眩い光が瞼を通して差し込んでくる。
暖かな温もりに誘われるようにシンジはゆっくりと瞳を開いた。
周りは見覚えのある真っ白な病室。
壁や調度品も――調度品と言っても、鉄パイプのベッドと備え付けの床頭台があるくらいだったが――基本的に白一色で統一されている。
ふと、ベットの傍らから視線を感じ、ゆっくりとその方向へ頭を向わせる。
最初に目に飛び込んできたのは真紅の輝き――柔らかな光を放つその瞳だった。

「綾波...」

シンジは落ち着いた様子で身体を起こすと、傍らに立つレイに声をかけた。

「...約束どおり、帰って来たよ...」

真紅の瞳が微かに揺れる。

「......」

シンジはゆっくりと微笑みながら、言葉を続ける。

「...お帰りなさいって、言ってくれないのかな?」

レイはおずおずとシンジに近づくと、シンジがそこにいる事を確信するかの様にその頬に手を触れる。
シンジもあがらう事はしない。
その間も柔らかな眼差しをレイに注いでいるだけだった。
レイの肩が小刻みに揺れる。
その瞳からは透明な雫が溢れ出していた。

「...おかえり...なさい...」

ようやく紡ぎだされた言葉は揺れている。

「ただいま...綾波...」

「碇くん!!」

レイは飛びつくようにシンジに抱きつくと、その頭を自分の胸へと誘い抱きしめる。
シンジを暖かな体温が包み込む。
思わず瞳を閉じ、その温もりに身を委ねる。

「碇くん、碇くん、碇くん......」

繰り返し紡がれる言葉を聞きながら、シンジは無言でゆっくりレイの柔らかな髪に触れ、大切な物を扱うようにただ黙ってゆっくりと撫でるのだった。



「葛城三佐! サードチルドレンが...シンジ君が目覚めたとの報告が入ったそうです」

日向がヘッドホン型の通信機を外し、背後のミサトを振り返る。
ミサト達は使徒の後処理の為、現地に赴いていた。
後処理と言っても、直接ミサト達が何をすると言った訳でもないのだが、ネルフの責任者として現地での監督をする必要があったのだ。

「シンジ君、目覚めたの!?」

ミサトの顔に驚きの表情が浮かび、次いで満面の笑みが浮かぶ。

「そう...よかった......」

ミサトの笑みに、日向も笑みで答える。
日向はミサトが昨日からシンジの容態をしきりに気にしていたのを知っている。
シンジの病室に足を運ぶ事が出来ないミサトの苛立ちを間近で感じていたのだ。

葛城さん...一刻も早くシンジ君の所に行きたいんだろうな...。

そう思い、言葉を投げ掛ける。

「...後は自分が引き継ぎますので、早くシンジ君の所に行ってあげてください」

だが意に反し、ミサトはゆっくりと首を左右に振る。

「...いいのよ、日向君」

「!! で、ですが...」

「ありがとう、日向君...でも、いいの」

日向にはミサトの真意が読み取れないでいた。

「ど、どうしてですか...あれほどシンジ君を......」

「フフッ...別に会いたくない訳じゃないわ。でも...もう少し時間を与えたほうがいいでしょ」

ミサトはそう言うと悪戯っぽく片目を瞑る。

「ああっ! なるほど...。確かに...そうですね」

ようやくミサトの考えが分かり、納得する日向。

「そういう事。私は二人の後でいいわ」

ミサトは幸せそうな表情を浮かべる。

「でも、このまま此処に居るってのも何だしね。やる事やって、さっさと帰るわよ!」

「了解!!」

日向も幸せそうな顔でそう言うと、テキパキと仕事をこなしていくのだった。



「そう...1日近く眠り込んでいたんだ...」

シンジはようやく落ち着いたレイをベッド横の椅子に座らせ、自分が気を失った後の事をレイから聞かされていた。

「で、何か変わった事はなかった?」

レイは首を左右に振る。

「...別に何も無かったわ。ミサトさんが現地に行っているのと、赤木博士がエヴァの清掃をしているだけ」

「そう...」

ようやく安心した表情を浮かべるシンジに、レイは何かしらの違和感を感じていた。

何...コレは......

目の前にはいつもと変わらないシンジが居るだけだ。
だが、明らかに今までと違う感じをシンジから受けている。

「碇...くん?」

「何、綾波?」

その気持ちが顔に出ていたのか、不思議そうな表情をシンジが浮かべている。

「...ううん...何でもない...」

「プッ! 変な綾波...。さて...っと」

シンジは軽く笑うと、ベッドから起き上がろうとする。

「どうしたの、碇くん?」

突然、ベッドから抜け出そうとするシンジに驚いて声をかける。

「ん? いや、別に身体に異常がないからマンションに帰ろうかなって...」

「ダメ」

「えっ?」

「今日まで寝ていて。明日、検査を受けてから...」

そう言うと、シンジの身体を再びベッドに戻そうとする。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ」

「ダメ!」

「...分かった」

さして抵抗もせず、再びベッドに座りなおすシンジにようやくレイも笑みを浮かべる。

「じゃ、今日は帰るから...。でも、何かあったら直ぐに連絡して...」

「うん。ありがとう」

レイは頷くと椅子から立ち上がるとカバンを持ち扉へと移動していく。
扉の前で、一度振り返り言葉を投げ掛ける。

「くれぐれも安静にしていて」

「分かった」

シンジの言葉にレイはニコリと笑うく。

「うわっ!」

扉が開くとアスカが中の様子を窺っていたかのか、聞き耳を立てていたかのような、耳を扉に添えたポーズで立っていた。が、すぐに扉脇の壁に隠れる。
レイは不思議そうにアスカに問いかける。

「何してるの?」

「べ、別に何でもないわよ!!」

「そう...」

軽く小首を傾げると、再度シンジを一瞥しゆっくりと廊下へと消えていった。
室内にはシンジ一人。扉の先は無人。
アスカは未だ姿を現そうとしないでいた。
が、壁の裏から壁越しにアスカが室内を窺っているのをシンジは感じ取っていた

「プッ...くくくくっっ...」

シンジは壁のむこうのアスカの表情を思い浮かべ、笑いを堪えきれず、思わず噴き出してしまう。

「くくっっ...入っておいでよ、アスカ」

なんとか笑いを堪えながらシンジが声を掛ける。
シンジに笑われたのが気に障るのだろうか、アスカは返事を返さない。
苦虫を噛み潰したようなアスカの表情が脳裏に浮かび、再びシンジは噴き出してしまう。

「何、僕が迎えに行かなくちゃ入って来れないの?」

シンジの意地悪い言葉に、ようやくアスカが思い切って入ってくる。
ばつが悪そうな表情のアスカをシンジは楽しそうにじっと眺めている。

「な、何よ!!」

そう言いつつも視線をシンジから逸らせてしまう。
アスカの態度はいつもと違い、強気と弱気が混じったようだった。

「別に...」

「フン!!」

顔を背けるアスカをじっと見つめ続けていたシンジだったが、ようやく言葉を口にする。

「アスカ、来てくれてありがとう。そして...心配かけてゴメン」

シンジの言葉にアスカは驚いた表情を浮かべる。
何か言い返そうとシンジに振り向いたアスカだったが、シンジの真摯な表情を見て再び顔を背けてしまう。

「大切なアスカに心配かけるなんてね...」

ほのかに顔が赤くなっていく事をアスカは自覚していた。

なんて目で人を見るのよ!
なんでそんな事をサラリと言えるのよ!
それに、何でアンタに謝られなくちゃいけないのよ!!

シンジが言った言葉は、本来アスカがシンジに言おうと思っていた言葉だった。
だが、キッカケを失ってしまった。
あのアスカである。タイミングを逸してしまうと、そうそう素直になどなれるわけがなかった。

「ん? どうかしたのかな、アスカ君?」

シンジの言葉が聞こえてくる。
が、その言葉は軽い。笑いを堪えている様にも聞こえる。

ま、まさか...シンジ!!
アンタって奴はぁ!!!

ようやくシンジにからかわれたと知ったアスカは憤怒の形相でシンジに詰め寄る。

「こ、このバカシンジ!!」

アスカの鉄拳がシンジを襲う。
思わずいつもみたいに殴りかかってしまったが、シンジが病み上がりである事を思い出したアスカは思わず拳を引こうとする。

えっ!?

シンジは殴られなかった。だがそれはアスカが拳を止めた訳ではなく、シンジによってがっしりと掴まれたからだった。
それどころか、アスカが腕を押そうが引こうがビクともしない。

な、何で!?

いつもと感じが違う。
いつものシンジだったら、当然のようにアスカを止める事なんて出来るわけがない。
今までなら、殴りかかろうものなら怯えた瞳でアスカの様子を窺っているはずだった。
だが、今目の前にいるシンジは微笑すら浮かべている。

「うん。やっぱり、そのほうがアスカらしいよ」

「んなっ!」

笑顔で呟いたシンジの言葉に、己の頬が再び赤みを帯びるのをアスカは感じていた。

シ、シンジよね...。

やはりいつもとシンジから受ける感じが違う。
そんなセリフをサラリと言えるような奴じゃないのだ。

ど、どうしちゃったのよ...コイツ。

と、シンジが急に手を離す。

「あっ...」

バランスを崩したアスカの身体はそのままシンジの方へと傾き――

「おっと!」

次の瞬間、暖かなモノにアスカは抱きしめられていた。
シンジの身体は細身だったが、思ったより筋肉質であった。
アスカはピクリとも動けずにいた。
早鐘のように心臓の鼓動が増す。

シンジって、あったかいんだ...。

ゆっくりと身体の力が抜けていく。
そして瞳を閉じようとした時――

「ねぇ、アスカ...いつまで抱きついているの?」

そのシンジの一言で飛び起きる。
そして、拳骨を一発。

「痛ったぁ!!」

今度は当たった。
シンジは頭を抱えて蹲っている。

「じ、自業自得よ!!」

アスカはシンジに背を向けると、ボソリと呟く。
いつものアスカらしく強気に戻ったようにみえるが、実際の所、心の中では違っていた。
心臓は先程以上にバクバクと音を立てており、顔はハッキリと真っ赤に染まっている。

いつもの...シンジ...よねぇ...。
......。
って、何で私がシンジにドキドキすんのよ!!
しっかりしなさいアスカ!!

内心で自分に激を飛ばす。
そして、シンジに分からないように深呼吸をする。
ようやく、鼓動が落ち着いてきたのを確認し振り向く。

「な、何するんだよアスカ! 抱き止めただけだろ!」

シンジは頭を抑えながら恨めしそうな目でアスカの顔を覘いていた。

やっぱり、いつものシンジじゃない!

何故かアスカはそんなシンジの態度にホッとしていた。
そしていつもの高飛車な表情を浮かべ、シンジをビシッと指差しながら早口にまくし立てる。
いつもの調子を取り戻したようだ。

「いい、バカシンジ! 今日はたまたまこの部屋の前を通りかかっただけなんだから、その辺の事、ぜっっったいに勘違いするんじゃないわよ!」

突然のアスカの態度の激変に、シンジはきょとんとした表情を浮かべている。

「後、伝える事があるわ。アンタが退院したらミサトが皆で旅行に行くって言ってたわ。いい、ちゃんと伝えたからね!! で、アタシの用事は以上よ!!」

「は、はい...」

「じゃ、アタシは帰るから」

退院したら旅行に行く事になったのを伝えると、後はもう用は無いとばかりに部屋を退出しようとする。

「ちょ、ちょっとアスカ!?」

本当に帰ろうとするアスカに驚いて、思わず声をかけてしまう。

「何よ!!」

「い、いや...その...」

だがアスカの剣幕にシンジは戸惑いを隠せないでいた。

「用事がないのなら、アタシは帰るわ」

「そ、そう...。今日は来てくれてありがとう」

「フン!!」

アスカは扉を開けスタスタと部屋から出て行こうとする。
扉が開く。
と――出掛けに一度立ち止まり、呟くように言葉を残した。

「シンジ...」

「ん!?」

「......助けてくれて...ありがとう」

扉が閉まる。
後には静寂だけが残された。

「何だったんだ...いったい。でも......」


アスカ...。
早くいつもの元気なアスカに戻って...。

通り過ぎた嵐を追う様に、シンジの柔らかな視線は部屋の扉をいつまでも見ているだけだった。



第7ケイジに大音量の水音が溢れていた。
エヴァ初号機に大量の水が注がれている。清浄な水で機体に付着していた使徒の返り血を洗い流しているのだ。
先の戦闘後、初号機は再び深い眠りに落ちたように微動だにしなかった。
だが、あの惨状は目撃した者達に、初号機に対する畏怖とも嫌悪とも取れる感情を植えつけるには、これ以上無い程の成果を発揮していた。
そんな様々な感情を周囲に与える初号機を、ゲンドウとリツコは少し離れた場所から眺めていた。
2人とも水飛沫が掛からない様に雨合羽を着ている。
初号機を眺めるゲンドウの表情に変わりは見えなかったが、リツコの表情は周囲の者と同じく嫌悪と畏怖に塗り固められていた。

「私は今回ほどこのエヴァが怖いと思った事はありません。本当にエヴァは味方なのでしょうか......私達は憎まれているのかもしれませんね......」

そう語るリツコの口調も、いつもと違い覇気に欠けているように思えた。

「...全ては約束の時の為だ...。それまでは何としても我々のシナリオにしたがってもらう必要がある」

「ハイ...」

ゲンドウの表情は変わらない。
リツコはそんなゲンドウの内面を少しでも覘こうとするが、彼の仮面が外れることは無かった。

「葛城三佐...何か感づいているかもしれません」

「...そうか...今はいい...」

リツコは視線を正面の初号機に戻すと、何事も無かったかのように言葉を続ける。

「レイやシンジ君が本当の事を知ったらどう思うでしょうか...許してもらえないでしょうね」

「全ては未来の為だ。何と思われても構わん」

「本当によろしいんですか?」

「......」

それ以上ゲンドウは語ろうとしなかった。
リツコも問いただそうとはしない。
水流の音だけが2人の心情を表すように当たりに響き渡っていた。



コツン。

何かが窓を叩く。
室内に微かに響いたのは、窓に小石か何かをぶつけたような音だ。

「...来たようだね」

ベッドで眠っていたシンジは、呟きと共に瞑っていた瞼をゆっくりと開いていく。
シンジは眠っていたわけではない。
ただ眠っていた振りをしていただけだった。
その意図は――どうやら、誰かと待ち合わせをしていたらしい。
あの音が到着の合図だったのだろう。

「さて...と」

仄かにシンジの瞳が鋭く光る。
が――それだけだった。
別段周囲に変わった様子は見られない。
シンジはゆっくりとした動作でベッドから身を起こすと、壁に掛けられていた自分の私服に着替え始める。

「さて、あれからガルムさんがどう動いたか...。上手くいってればいいけど...」

私服に着替え終わったシンジはそう呟くと、ゆっくりと病室の扉から姿を消した。
それが何を意味するのかは密会する当人達以外は知る由も無かった。



勢いよく教室の扉が開く。次いで2人の女生徒が教室に姿を現す。
クラスメイトの視線がその女生徒に注がれる。
いつもの事だ。
よって、2人は周囲を気にせずゆっくりと教室内に足を踏み出した。

「おっはよぉ! ヒカリ!」

今朝は久しぶりにアスカの元気な声が教室に響いた。
ここ数日には見られなかった事だ。
何か悩んでいるようでもあり、何かに怒っているかのようで、周囲も普段通り声を掛けづらかったのだが、今日はいつものように太陽のような明るさを周囲に振りまいていた。

「あっ、おはよ、アスカ、レイさん」

ヒカリもアスカが元気になって嬉しいのだろう、満面の笑みで2人を迎え入れる。

「おはよう」

「さあ、今日も元気にガンバロー!!」

いつもと同じ調子の寡黙なレイと比べ、明らかにアスカのテンションは高い。
今も気合の掛け声と共に腕を高らかに突き上げ、クラスの半数近く(殆どが男子だった)のアスカファンを除き、周囲を圧倒させている。
あえて言うなら――引いていると言うだろう。

「きょ、今日はいつも以上に元気ね...アスカ。どうかしたの?」

ヒカリもさすがに引き攣った笑顔になってボソボソとレイに声をかける。

「さあ、解らないわ」

そう言っているレイの顔にも微笑が浮かんでいる。

昨日は2人とも浮かない顔...っていうか、この世の終わりみたいな顔をしてたのに...。
やっぱり、碇君が原因かしら...?

結構いいところをついているヒカリである。
無論の事、昨日シンジは学校を休んでいる。
一昨日の戦闘後、意識を失って倒れていたのだから当たり前である。
ヒカリは昨日落ち込んでいた2人を元気付けるのに四苦八苦していたのだ。
特にアスカはクラスのムードメーカーであり、元気の象徴である。
昨日はクラス全体が沈んだ雰囲気になっていたのは想像に難くないだろう。
それが一転してこの調子である。
一昨日の戦闘――昨日の2人の態度とシンジの欠席――ネルフで何かあった事は推理するには容易い事だった。
まあ、どういった経路でも元気になって良かったと思えるところがヒカリらしい所である。
だが、疑問もある。

でも、碇君は一緒じゃないのよね...。

その事がヒカリの中で唯一引っ掛かっている所だった。

「な、何や! この異常な盛り上がりは!?」

「何か異様に元気だねぇ〜惣流」

ようやく2人の登校である。

「なぁにシケた面してんのよ! 3バカ−1!」

ノリにノったアスカがさっそくからかい始める。

「な、何やとぉ!! どういう意味や惣流!!」

「言葉通りの意味じゃなぁ〜い」

「もっぺん言ってみぃ!!」

「何回でも言ったげるわよ、3バカ−1!」

「おんどれはぁ!!」

あっという間にいつもの騒動が始まる。

「ちょっと、2人ともやめなさい!!」

ヒカリが2人の間に割って入り、騒ぎの収拾に乗り出す。
騒ぎ立てる周囲。
レイは我関せずと自席で読書を始める。

「元気だねぇ〜相変わらず」

のんびりとファインダー越しに騒ぎを見つめるケンスケ。
そして変わらない日常が始まるのだった。



「起立、礼」

「ああ〜っ、今日の休みは碇だけかね?」

ゆっくりとした調子で年配の労教師による授業が始まろうとしたその時――

「すみません、遅くなりました」

教室の扉が開かれ、シンジが姿を現す。
クラスメイトの視線が一気にシンジに注がれる。
途端にざわつき出す教室内。。

「ね、ねぇ...あの人...碇君よねぇ...」

「う、うんミッコもそう思った? 何か感じが変わったような...」

「うんうん。かっこいいかも...。私、断然ファンになっちゃう!!」

「何か、男子が惣流さんを追っかける気持ち分かるよね!」

「分かる、分かる!!」

どうやらシンジを見る女生徒の視線が変わったのだけは確かなようだ。
すでに、シンジと視線が合っただけで、キャーキャー言っている女生徒もいる。
男子生徒にしても、シンジに気圧されたような雰囲気に包まれている。

あ、あれ...碇君よね......。

ヒカリにしても何故か頬が熱く火照ってくるのを感じていた。
登校してきたのはシンジである。
今まで一緒に過ごしてきたクラスメイトである。
が、今のシンジから受けるイメージは全く違う。
何ら見た目が変わった様には見えない。
だが、明らかに別人のように見えるのは何故だろうか。

「碇くん、まだ寝てなくちゃ...」

「そうよシンジ! アンタちゃんとリツコの許可は貰って来たんでしょうね!?」

心配そうに席を立つレイとアスカだったが、彼女達の頬が仄かに紅色に染まって見えているのは見間違いじゃないだろう。
それを見たアスカやレイのファンはたまったものではない。
影やチャットでヒソヒソと雑談ならぬ会合を始めるグループもいる。

「ああ、リツコさんの許可なら貰って来たよ。もう異常ないってさ」

シンジは2人の質問にサラリと言葉を返す。

「そ、そう...ならいいけどさ...」

「無理しないで、碇くん」

おずおずと自席に座る二人にシンジは笑顔で礼を返す。

「ありがとう」

その笑顔が女生徒達に拍車をかける。
女生徒はトロンとした表情や顔を真っ赤に染めるものも出て来る始末だ。

「その頃、私は根部川に住んでましてね・・・。」

周囲の騒ぎをよそに既に老教師は自分の世界に旅立っている。

「ちょっと皆、授業中よ! 静かにしなさい!!」

ヒカリの言葉も既に届かない。

「お、おい、ケンスケ!! あ、あれって...シンジ...やな...」

「う、売れる! 売れていくぅぅぅ!! すごい! すごすぎるぅぅぅぅぅ!!!」

トウジの戸惑いをよそに、ケンスケは己のノートパソコンに寄せられてくる、シンジの写真の注文に天にも昇るような心地を味わっていた。

「あ、あかん...。こうなったらもう止められん」

「そうだぁ!!! なんぴとにも、もう俺は止められないぜぇ!!!」

こうして、激動の一日は始まるのであった。



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( aokao_sec@yahoo.co.jp )

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