『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第3章〜『運命の歯車』 第26話『参号機』



何処までも無限に広がるような大空の中を、1機の輸送機が飛んでいる。
輸送機の下にはEVA参号機がまるで処刑を待つ罪人のように吊るされていた。
色は漆黒。闇の衣を纏ったかのような黒きエヴァだ。
輸送機は日本に向け進路を取っている。日本の松代が目的地であった。
アメリカ第一支部で開発されたエヴァ参号機の起動実験の為、一路日本本部へ輸送されているのだ。
第二支部の消滅事故が原因で、アメリカからのたっての希望で日本支部へのエヴァ参号機の譲渡――それが表向きの内容である。
だがその実、裏でゼーレの暗躍があった事は知られざる事実――どうやらゲンドウはその事実を知っているようだが、表面的には何の行動も起こしていない。
無論、その腹の内は窺い知れないのだが...。

目的地である松代へは昼過ぎを到着予定としていた。
日本の航空圏内に差し掛かったところで、だんだんと天空を覆う雲の量が増えている。
すでに目の前には深い雷雲が空を覆っている。輸送機はゆっくりとその雷雲に突入。途中、落雷が輸送機を襲った。
微かな振動が輸送機を襲うものの、飛行に影響は起こっていない。
輸送機は何事もなかったかのように、そのまま順調に飛行を続けた。
が―
雷雲に入った時、すでにある事件が起きていたのだが、その事には誰一人として気付いてはいなかった。
その事がこれから起きる悲劇に繋がるとは、この時いったい誰に予想できただろうか――



輸送機が日本に進路をとっていたちょうどその時。
日本は朝を迎えていた。
葛城邸では、久しぶりに家族そろっての朝食であった。
最近は先の使徒戦の後処理、アメリカ第二支部の消滅と、立て続けに問題が発生している為、家族がそろう事が困難な状態にあった。
ただでさえミサトの仕事は深夜に及ぶ事が多く、朝食の時間は、通常ミサトの就寝時間となっていた。
よって、家族が揃って朝食を取るのは久しぶりなのである。
まあミサトが昨日戻ってきたのも、普段通り皆が寝静まった後の深夜――つまり、この時間に起きてる事が珍しいのである。
と言っても、作戦部長であるミサトが皆と朝食を共にしていたのにはそれなりの理由があった。

「......ってことで、明日から3〜4日の間、家を空けるわね。その間は加持が面倒見てくれる事になってるから、そこんとこよろしく」

ミサトが松代の起動実験について説明している。
今日から数日間の間、ミサトは松代に缶詰め状態になるのだ。
その事の報告、並びに自分の不在の間の保護者代理についての説明であった。

「......パイロットは......誰が乗るんですか......」

レイが普段と変わらず無表情に問いかける。

「ん〜〜何でも渚カオルって子らしいけど...まだ、あたしも会った事無いのよねぇ」

無表情を保ちながらも、僅かにレイの顔が変わったのをシンジは見逃さなかった。
だが、シンジは何も言わない。それが何を意味しているのか気付いていたとしてもだ。

「んで、そいつはいつ来んのよ!」

不機嫌そうにアスカが問う。
アスカにとって、自分がエースパイロットである事は重要な事である――最近その傾向が低くなって来ているとは言えである。
ゆえに、新たなパイロットが来るのを当然好ましく思わないのだ。

「そぉねぇ。明日...かな......それまでに参号機の整備もしなくちゃいけないしねぇ」

「ふーーーん。ま、いいわ! 私がエースだって事しっかり伝えときなさいよ! ミサト!」

「はいはい......じゃ、行って来るわね」

そう言うとミサトは、玄関に向かう為に席を立ちあがった。
と――
不意に玄関のチャイムが鳴った。
ミサトが扉を開けるとケンスケが垂直に頭を下げた上体で待っていた。そして、唐突に話しかけてくる。

「おはようございます。今日は葛城三佐にお願いがあって来ました......僕を...EVA三号機のパイロットにしてくれないでしょうか?」

突然のケンスケの来訪と話の内容に、あんぐりと口を開けたミサトと呆れた顔のアスカ、溜め息をこぼすレイとシンジがいた。
当然、機密事項を知っていたケンスケは、こっぴどくミサトに叱られ、アスカに蹴飛ばされ、レイに白い目で見られた。
その後、保安部員に連行されそうになって、シンジに庇われたが、それは別の話である。



同日、昼過ぎの松代――
食事を終えたミサトが額に青筋を浮かべながらぼやいていた。

「私をここまで待たした男は生まれて始めてよ!」

口元で爪楊枝が揺れている。
つい先ほどまで食事をしていたようだ。
食事をしていて待ったも何もないようなものだが、そんな事はお構いなく、ミサトの怒りは収まらない。
兎に角、待たされると言う事が問題であって、そこまでの過程はこの際関係ないのである。

「まったく...今まではどうせ、待たずに帰っていたんでしょうしょうに...」

呆れ顔でリツコが呟くが、それを意に介さずミサトがさらにぼやく。

「これは『仕事』なのよ...遊びじゃないの」

「まぁ、確かにそうだけど...あなたにとってはそれだけじゃないんじゃない?」

怪訝そうな表情を浮かべてミサトがリツコに言葉を返す。

「それって、どういう意味かしら?」

「さあ...」

リツコが惚けて見せる。
ミサトが睨んでもまったく動じた雰囲気は見えなかった。
が、内心では先に言った自分の言葉について、思考を始めている。

あなたにとってはそれだけじゃない...。
そう。でもそれは、あなたにとっても私にとっても...。
私にとって...いえ、ゲンドウさんにとっては...必要な、極めて重要なファクターなのよ。
後は...シンジ君しだい。
彼がこちらの予想通りに動いてくれる事を期待するしかないわね。

シンジの行動――今まで数回見せた、あの驚異的な力。
それがリツコには心配の種であったが、それ以上にこの試験には大切な意味があるのだ。
参号機の起動試験の裏にある実験――つまり、ダミープラグの起動実験。
そう、これは先を見通しての実験なのである。
フォースチルドレン、渚カオル――ゲンドウの情報によればキールの懐刀であり、最後の使徒であるはずの人物。
その人物がまだ4つも使徒を残して送られて来るのである。
これは、予想の範囲外の出来事であった。
全ての使徒殲滅後に送られて来るべき、最後の使徒。
それが、こうも早くから送られてきた。その事実とは――
ミサトには言っていないが、このチルドレン選抜の動きは委員会ではなく、ゼーレが直接送り込んできた事はすでに明白であった。

老人たちが予定を繰り上げた?。
...いえ、今そんな事をする意味はない。
では、鳴らない鈴の変わり?
それとも何か別の意味があると言うの...。

リツコの頭脳をもってしても、ゼーレの今回の行動は腑に落ちない。
が、どういう意図があるにしても、彼が来るまでにダミープラグを完成させる必要があった。
今のままでは、こちらの計画に支障が出てしまうのだ。
それだけは何としてでも避ける必要がある。

兎に角、今は彼が到着するまでに実験を成功させなければ...。

そう、全てはそれからなのである。
今リツコに出来る事は、ただダミープラグの完成に全力を注ぐ事のみだった。



同じ頃、シンジ達の学校も昼休みを迎えていた。

「あ、あの...鈴原...」

ヒカリが頬を紅く染めながら、おずおずとトウジに声をかける。
両腕は身体の後ろ。手元は見えない。
シンジ達は先に屋上に向かっている。
ここは屋上へと繋がる階段の途中だった。

「あん? ど、どないしたんやイインチョー」

頬を染めたヒカリのかもし出す雰囲気にトウジは戸惑いぎみに言葉を返した。

「あ...うん...その...」

普段と違い、何故か言葉を濁すヒカリ。

「お、おう...」

そんなヒカリの様子にトウジも緊張を隠せずにいた。

「あ、あの...や、約束の......お、お弁当...」

「あ、ああ」

「その...持って...来たの...。食べて...くれる?」

「も、勿論や...」

「うん...食べて...」

そのトウジの言葉でようやくヒカリが笑顔を見せ、ゆっくりと後ろに隠していた弁当箱を差し出す。
その笑顔で反対にトウジの顔が朱に染まる。
トウジはそれを機械仕掛けの人形のような動作で受け取った。

「サ、サンキューな。イインチョー」

照れてぎこちなく微笑むトウジ。

「うん!」

満面の笑みで答えるヒカリの姿がトウジには眩しく映った。
そんな二人の様子を階段の上――踊り場から二組の視線が覗いている。

「へぇ〜。ヒカリにしては上出来じゃない?」

「そうだな。トウジは自分の気持ちに気付いてないかもしれないけど、委員長はようやく素直になったってところか」

「鈴原だって、何も感じてない訳じゃないでしょ。じゃなきゃ照れたりしないわよ。ヒカリの事を憎からず思っているのは間違いないわ。ただ、あそこまで鈍感なのは罪ね」

「ああ。まったく傍から見たら分かりきってるのに、素直じゃないからな...二人とも。まあ、なんにせよめでたいな」

「で、アンタは何してんのよ!?」

「フフフフフッ...。確かにめでたい事さ...だがそれとこれは別だ。この前の借りはまとめて返してやらないとな。待ってろよトウジ」

「......あっそ...まあ、かってにやってれば...」

初々しい二人の様子を怪しさ百倍でカメラに収めているケンスケと、そんなケンスケを半ば呆れ顔で見ているアスカがいた。
その頃、シンジとレイがそんな事とは気付かず、屋上で皆が来るのを待っていたのはお約束である。

「みんな遅いなぁ。何してんだろうね、綾波」

「......そうね」

今日も、第3新東京市は平和であった。



放課後を迎え、ヒカリとアスカは通学路を家へと歩いていた。
他愛のない話に盛り上がっている様子は、何処にでも居る中学生だった。
だがその実、二人の置かれている立場は全く違っている。
かたや多少は家事に追われるものの、ごく普通に学校に通い、日々学業に励んでいる少女と、かたや人類の滅亡をかけて異形のモノとの戦いを日夜繰り広げている戦士たる少女。
同じ歳であっても住む世界は全く異なる。
エヴァのパイロットであるアスカにとっては、このように普通に帰宅が出来るのは滅多に無い事なのだ。
ヒカリにとってはいつもと同じ帰宅風景も、アスカにとっては貴重な青春の1ページである。
この些細な時間こそが、アスカにとって14歳の自分に戻れる唯一の時間なのかもしれない。
友達と共に笑いながら帰宅する――たとえその笑顔の下に真の微笑がなくても、それは紛れもなくネルフと言う特異な環境から解き放たれた数少ない瞬間――今のアスカにとって、何物にもかえられない瞬間だった。

「ねえ、ちょっと寄ってかない?」

アスカはそう言うと、指で少し先に見える小さな公園を指し示した。

「えっ!? べ、別に構わないけど...」

その言葉に何やら嫌な予感を感じたものの、無理に逆らおうとはせず素直にアスカの後に続く。
公園内に入ると、二人は道路を歩いていた時と違い、無言のまま近くのブランコに腰掛ける。
ヒカリには何となくその先のアスカの行動、言葉が想像出来ている。

絶対にお弁当の事だ...。

今日の昼からニヤニヤとした笑顔を向けつつも、その事には何も触れてこなかったのだ。
からかわれる――そう解かっているものの、断ろうとは思わない。からかわれる事は嫌なのだが、その話の内容自体は嫌ではない。逆にこの先の事について相談したいと思っていたくらいだ。
アスカに相談しようと思っていた矢先なので、どちらかと言えば願ってもない親友の言葉だった。
とは言え、その冷静な考えと心の葛藤はイコールではないのだ。
嫌だけど嫌じゃない――今はその相反する気持ちを維持したまま、その身を硬くして運命の瞬間を待つしかないのだ。
だが、以外にもアスカは何も言わない。
ただ、ゆっくりとブランコをこいでいるだけだった。

ア、アスカぁ〜。言うなら早く言ってよぉ〜。

ヒカリにとってこの間が一番辛い時間だ。まるで、処刑台に臨む罪人の感覚だった。
別に悪い事をした訳ではない。いや、反対に年相応に恋をしているだけなのだ。悪いどころか喜ばしい事なのだが、今のヒカリにとっては針の筵に座っている心地だった。

「...ねぇ、ヒカリ......」

たっぷりと数分かけて言葉を発したアスカだったがその表情は意外にも暗い。冷やかしたり、からかってやろうとする雰囲気には見えず、ヒカリは逆に戸惑ってしまう。
ようやく発した言葉も、いつもの活動的なアスカとは思えないほどか弱弱しい声だった。

「な、何!?」

「......」

戸惑ったまま言葉を発したヒカリだったが、アスカは何も語らない。
沈黙――
何か言った方がいい。だが何を言えばいいんだろう。
ヒカリはアスカにかける言葉を持ち合わせていなかった。
アスカの置かれている立場。NERVと言う組織に関して。その全てにおいてヒカリは殆ど何も知らない。
一度はアスカに聞こうと思ったが、他人の領域に無断で足を踏み込むようで、それも出来なかった。
だから、アスカ達、チルドレンと呼ばれる友人達の状況はよく解からない。
だがアスカは今、確実に何らかの壁にぶつかり悩んでいる。それは間違いなく分かる。
それが何なのか、その問題に踏み込んでいいのか。心配はするが、その一歩を実行に移せないのがヒカリという少女であった。
だが、何に悩んでいるのかは解からなくても、他人が――それも親友たるアスカが悩んでいるのを黙ってみている事が出来ないのもヒカリであった。

キィ...

ゆっくりと腰掛けていたブランコから立ち上がると、アスカを背後からそっと抱きしめる。
アスカは瞬間ビクリと反応を返したが、何も語ろうとしない。

「...アスカ...ごめんね。私にはアスカが何を悩んでいるのかわからない...。かけてあげられる言葉ももってないの。でも...でもね。」

ゆっくりと諭すように、かみ締めるように言葉を紡ぐ。

「でも、話を聞く事は出来るし、傍に居てあげる事も出来るわ。泣きたいんだったら泣いてもいいし、愚痴りたいんなら、聞いてあげる事も出来る......だから...」

ゆっくりと回した腕に力を込める。
労るように優しく、優しく――

「だから...アスカ一人で抱え込まないで。少しくらいなら...力になれるかもしれないから......」

アスカはゆっくりと俯いた――何かを隠すかのように。
透明な雫が砂地に吸い込まれて、丸い跡を作っていく。
その間、ヒカリは黙ってアスカを抱きしめ続けるだけだった。
これが今のヒカリにとって出来る精一杯の優しさ――問題に今一歩踏み込めないとしても、こうして温もりを与える事は出来るのである。
そんなヒカリの想いが分かったからこそ、アスカはその優しさに甘える事が出来た。
ヒカリの優しさが暖かく包んでくれる。
乾ききって荒涼としていた心に、再び緑が――温もりが戻ってくる。
そして、自らもう一歩を踏み出す。

「ごめんねヒカリ。うん。もう大丈夫」

沈黙の後に、アスカはようやく呟くようにそう語ると、ゆっくりと自分に回されていた腕から抜け出した。
ヒカリはそれを少し寂しそうな眼差しで見つめる。
アスカは何も語らない。語るべき内容ではなかったのかもしれないが、話してほしかった。
世界を守っているアスカの力に少しでもなりたかった。
――何があったの?
――私に話してみて。
その一言を言うだけで、変っていたのかもしれない。
だが――
その一歩が踏み込めない。
アスカは確かに強い。が、本当はとても弱い女の子だ。
その小さな胸にどれほどの苦悩を抱えているのだろうか。
その苦悩を少しでも軽くしたかった。
だけど――
やはり踏み込めない。踏み込んではいけない。
それをすると、アスカの為にはならないと思うから...。
アスカ自身で乗り越えないといけない事と感じたから...。
だから――ヒカリは一言だけ、アスカに声をかけた。

「...もう、いいの?」

微笑む。
だが、その微笑みは悲しい色を帯びているだろう。そして、それがまたアスカに負担をかける。
アスカの性格からすれば、ヒカリに心配をかけたと思うだろう。
だから、アスカはたぶん微笑みを浮かべる。

「うん。大丈夫よ、ヒカリ!!」

満面の笑顔。

「ごめんね、ヒカリ」

ほら、思ったとおりだ。
だから、ヒカリは辛く感じる。
が、その笑顔を浮かべる事すら出来ないほどアスカは悩み苦しんでいたのも事実だ。
そして、今は微笑を浮かべている。
少しでもアスカの力になれた気がして、ヒカリはようやく心の底からの笑顔を浮かべこう答える。

「ううん。別に何て事ないわ」

「てへへっっ、なんかみっともない所を見せちゃったわね」

「何の事? 私は何にも見てないもの」

そうとぼけて見せるヒカリ。
アスカは心の底からヒカリと言う親友がいることに感謝した。

シンジから投げかけられた波紋は確実にアスカを蝕んでいた。
そして、一人でいる事に耐えられなかった。
シンジに頼る事は出来ない。レイも同じだ。
この問題はチルドレンの誰もが自らの力で乗り越えるべき壁なのだ。
迷いはある。悩みも何も解消されたわけではない。
だが、一歩を踏み出す力を分けて貰った。

「アリガト...ヒカリ...」


呟くようにそう囁く。ヒカリには聞こえないくらいの声で。
だが、それでいい。
心配はかけただろうが、ヒカリは解かってくれる。
そして、何も聞かずに勇気を分けてくれる。
だから――

だから私は...。
私は『惣流=アスカ=ラングレー』であり続けられる。
そして、そのままで変わっていけばいい。
たぶんそれをシンジも望んでいるだろう。

今ならそう思う事が出来る。
だから、今までどおり振舞える!!
乗り越えていけばいい。
立ち塞がる全てのものに。
自分は一人ではないのだから。

「それでぇ〜ヒカリはあのジャージの何処がいいわけよ!!」

「えっ?」

「あんなジャージしか着ない男の何処がいい訳?」

「ア〜ス〜カ〜!!!」

ニヤッと笑ってそう言い放ったアスカをヒカリが睨む。
ようやくいつものアスカに戻った。
ヒカリはトウジの事で次々とからかわれながらも、アスカの元気な姿に嬉しくなる。
照れて紅くなったり、怒ったりもするが、その全ての表情に微笑みが含まれていた。
アスカが毎日こんな風に笑っていられる日が早く訪れればいい――ヒカリは真にそう思う。
だがその為には、この戦いを早く終わらせなければならなかった。
そして、その戦いに赴くのは他ならぬアスカである。

神様...どうかアスカをお守りください。

ヒカリは心からそう願わずにはいられなかった。
だが、その願った神の使いと敵対しているとは、あまりにも皮肉な話だ。

使徒――神の使いの名を冠するモノ――

使徒――彼らは真に神から差し向けられたモノなのだろうか?
神はそこまで厳しい罰を人に与えようとしているのか?
そんなにうとまれるほどの悪行を人は行ってしまったのか?
人は本当に神から見捨てられた存在となってしまったのだろうか?

だがその答えを知っているのは神だけだろう。
そしてその答えを真に欲しているのは、あるいは神自身なのかもしれない――



夜の葛城邸はいつもと同じながら、何か違った雰囲気に包まれていた。
その雰囲気を作り出している張本人はやはりアスカであった。
今日は妙にテンションが高い。だが、はしゃいでいるといった雰囲気ではない。
普段と同じように見えるのだが、何故か受ける印象が異なっているのだ。
そんな不可解なアスカの雰囲気を生み出させた張本人は、無論ミサトの代わりに保護者としてこの場に訪れた男――加持であった。
アダムの一件以来、アスカの加持に対する態度は変わった。
一時は完全に加持を避けてすらいた。まるで、加持を見るとアダムを思い出すかのように。
その後、家族旅行に加持が随伴した事で、表面的には元の関係を取り戻したように見えたが、やはり以前のようには接していなかった。
だが、今日は違う。
アスカはかつてのように加持を追い掛け回している。
とは言え、恋人に甘えるといった昔の様子ではなく、兄に甘える妹のようにだが。
どうやら、加持とミサトの中を認めているらしい。
本音はどうかわからないが、そう感じられる。
その一歩引いた状態で、加持にくっついて回っていたのだ。
だがその至る所で、ネルフに対しての鋭い質問を投げかけている。
シンジにすればそれを聞き出すために加持について回っていると感じずにはいられない。
が、シンジはそんなアスカに気付きこそすれ全くの無関心を装っている。
シンジが『我関せず』を決め込み、レイはキョトンとその様子を眺め、加持はアスカに振り回されっぱなしだった。
その騒動は加持が風呂場に消えた事で一時的な終局を迎え、今に至っている。
シンジはレイと宿題を、アスカはTVを見て食後の一時を過ごしていた。

「ねえ...フォースチルドレン...渚カヲルって、どんな奴かな?」

何気にアスカが話を切り出した。
レイがピクリと反応する。表情が僅かに変わった。
シンジは手を止め、視線だけをアスカに向けると、

「さぁ」

呟くように答え、再びノートパソコンのキーを叩き出した。
レイもすぐに無表情に戻り、宿題へと戻っていった。
アスカはTVを見ていたのを止め、身体ごと二人に向き直ると、噛み付くように言葉を発する。

「『さぁ』って、気にならない訳? 新しいパイロットが来るのよ。これから一緒に戦うってのに、そんなに無関心でどうすんのよ!!」

「そんな事言っても、全く情報がないんだから分らないだろ」

シンジが今度は手を止めずに呟くように答える。

「でも、気にはなるでしょ。自分勝手でわがままで、自己中心的な奴だったらどうすんのよ!!!」

シンジはアスカの言葉に苦笑する。言ってる内容は一つだけだ。
だが、口に出しては、

「来てみないと分らないでしょ。それに...先入観でその人を決め付けるのはどうかと思うけど」

「別に決め付けてるわけじゃないわよ!! でも、気になるじゃない。レイもそう思うでしょ」

話を振られて、レイが言葉を返そうとした時、

「ん? 何騒いでるんだい」

加持が風呂から上がってきた。

「...いえ、フォースチルドレンがどんな子なのかって話をしてたんですよ」

シンジが代表して答える。

「ねぇ、加持さんは知らないの? その...渚カヲルって子の事」

先ほどまでとは違う甘えるような声で加持に尋ねる。

「う〜ん。そうだなぁ。俺のところには何も情報は来てないけどな。葛城の方が詳しいんじゃないか?」

「...ミサトもまだ会った事はないって言ってたわ」

「ははは...。なら、来るまで楽しみに待つしかないな」

「ええ〜〜っっ!! そんなぁ〜〜」

加持の答えに、アスカががっくりと肩を落とす。
無論、ポーズだったが。

「それより、もう9時だ。部屋に戻らなくて大丈夫かい?」

加持が時計の時間を確認すると、そう呟く。

「加持さ〜ん。今時の中学生が9時に寝るわけないじゃない。それより、皆でトランプでもしない?」

加持から視線をシンジ達に向けながら答える。

「まあ、僕は構わないけど...。宿題も終わったし...」

「...私も構わないわ......」

シンジ達の同意を受け、加持におねだりポーズで迫る。

「ね、加持さん。シンジ達もそう言ってるし...いいでしょ」

「...まぁ、そういう事なら構わんが...」

「やったぁ!! じゃあ私、部屋からトランプとって来る」

言うが早いか、アスカは部屋へと戻っていった。
そんなアスカに、加持とシンジはお互い顔を見合わせると、クスリと笑った。
レイもそんな二人を見て微笑んでいる。
和やかな空気が部屋を包む。
その後、アスカが戻ってきて、葛城邸ではしばしの穏やかな団欒の時が続くのだった。



翌日――松代第2試験場――。
カオルはまだ到着していない。

その頃リツコはコアについて色々と考えていた。

どうやら、この機体には別段仕掛けなどされていないようね。
コア...。
フォースに対応している人物...か。

リツコはガラスを挟んだ向こう側――目の前にある参号機をじっと眺めている。
アメリカから送られてきたエヴァンゲリオン――その参号機――
そして、まだ見ぬフォースチルドレン――
エヴァのコアにはパイロットたるチルドレンの親近者がインストールされているはずだ。
この参号機のコアにも渚カヲルの親近者がいるはずだった。
だが、その情報はリツコの元に届いてきてはいない。
インストールは済んでいるのだろうか。
それとも――未だ、空のままなのだろうか。
情報が無い以上、それに対する結論は下せない
だが――
渚カヲル。
委員会――いや、ゼーレから直接送り込まれて来たと思われる少年。
参号機に何もしていない訳が無い。
ましてや、その少年は最後の使者である可能性が高い。

ゼーレは何故今ごろ彼を送りつけてきたのだろうか。
予定を進めるとしても、まだ他の使徒が残っている。
シナリオから考えれば、彼を送りつけてくるのはもっと後でいいはずだ。
本部に潜伏させておくつもりなら...今である必要は無かったはず。
では何故?

リツコは昨日からこの話題を考え続けてきた。
だが、結論は出ない。
出るわけが無かった。

本部の監視?
いえ、チルドレンとして配属される以上、勝手な行動は出来ない。
仮に何らかの方法を講じて行動を起こしたとしても、大した情報など何も得る事は出来ないはず。
ゲンドウさんのシナリオは彼の頭の中にあるのだから...。

そうなのであった。
ゲンドウが隠れて行っている計画は、表面上、ゼーレのシナリオに沿っている。
ダミープラグにしてもそうだ。
研究の結果は逐一ゼーレの老人たちに伝えられている。
無論、伝えていない事もある。
だがその証拠は何処にも存在しない。
MAGIにも何も残されていないのだ。
紙面やコンピュータ上に残されていない以上、渡した情報以上は知る事は出来ないのだ。
すでに研究は終了し、完全ではないが初号機と零号機に搭載済みだ。
真実はリツコと冬月、そしてゲンドウしか知らない。
そして、全ての計画はリンクしている。
ゲンドウの計画はすでに佳境に入っていた。

邪魔は出来ない。
知るすべも無い。
では、彼が来るのは何が目的?

リツコは出口の無い袋小路に迷い込んだかのように、答えの出ない問題の解答を必死に探している。
無駄と分っていてもなお――
完全をきすために――

リツコが意識化で考えている間も、明日の起動実験に向けての最終調整は着々と進められていた。

「明日には間に合いそうね...」

ミサトがコーヒーを片手に、ボーッとしたまま呟く。

「そうね、特にエヴァ自体に、特に問題はなさそうだし...」

リツコは我に返ってミサトに答えた。

「そう...」

ミサトの態度に違和感を感じたリツコは、少し眉根を寄せながらミサトに声をかける。

「如何したの...いつものミサトらしくないわね。この機体も納品されれば、あなたの直轄部隊に配属されるのよ」

「エヴァを四機も独占か......その気になればその気になれば世界も滅ぼせるわね」

リツコを見ながら呟く。
リツコは一瞬何かを言おうとしたが、言葉を飲み込むと視線を手元にあるコンピューターに移す。
夥しい数の文字と数字が画面を覆い尽くしている。

何を考えているの...ミサト。

ようやく、文字の流れが止まり、オペレーターの一人が振り向いた。
リツコはそのオペレーターに頷くと、眼前のEVA参号機に視線を戻し声高に指示を出した。

「実験を第2次試験へ移行します。主電源をカット。引き続き、第2次試験の準備に掛かってください」



だが――
オペレーターの口から思わぬ報告が漏れる。

「電源、切れません!!」

「なんですって!!」

リツコが驚愕の表情で叫ぶ。
エヴァと自分たちを隔てている強化ガラスが振動に震える。
職員たちの視線がエヴァに集まっている。
ミサトの瞳も驚愕の形で見開いたままだ。
リツコがエヴァに視線を戻す。

と――

EVAの目が淡く輝いた。
プラグを挿入するはずの場所が粘菌のようなものに覆われている。

「まさか......使徒」

ミサトの目がさらに大きく見開かれた。

「ウォォォォォォォォォォォォォォンン!!」



使徒バルディエル覚醒――
エヴァが吼える。
瞬間、リツコの目の前は真っ白な光に包まれていた。



その状況はNERV発令所でも確認が取れていた。

「松代の事故現場で未確認移動物体発見」

「パターンオレンジ......使徒とは確認できません」

青葉、日向から報告の声にゲンドウは眉一つ動かすことなく、いつものポーズで静かに指示をだす。

「総員第一種戦闘配置」

「総員第一種先頭配置につけ。繰り返す、第一種戦闘配置につけ」

指示が復唱され、発令所全体が緊張に包まれる。

「EVA各機、迎撃ポイントに発進します」

中空モニターには松代付近の映像が映し出されている。
徐々にその姿を現す物体。
発令所内にどよめきが走る。
モニターに映っていたのはエヴァ参号機だった。

「やはり、これか......」

冬月の冷静な声に反応するかのようにゲンドウの指示が飛ぶ。

「活動停止信号を発進、エントリープラグはどうなっているか?」

「ダメです、停止信号コード認識しません。エントリープラグは......そんな......挿入されていません」

マヤの報告に、再び発令所内がどよめいた。

「エヴァンゲリオン三号機は現時刻を以って破棄、目標を第13使徒と識別する」

「りょ、了解...」



シンジ達に連絡が入ったのはそのすぐ後だった。

遂に来たか...バルディエル。

シンジは一度、瞳を閉じる。

アベルは約束を守った。
次は僕の番だ。
...必ず、成功させて見せる。

再び開かれたシンジの瞳には決意の光が宿っていた。



Please Mail to 葵 薫
( aokao_sec@yahoo.co.jp )

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