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NEON GENESIS EVANGELION Plus

EPISODE 23 : Rei III



零号機の自爆により出来た巨大なクレーターに芦の湖の水が流れ込んでいる。

まだ地表は熱を持っているため、蒸発した水蒸気が辺り一面を包んでいた。
林の中で零号機のエントリープラグを発見する防護服を着込んだ捜索部隊。
付近は立ち入り禁止にされている。

隊員のひとりがリツコを呼ぶ。
「赤木博士」

エントリープラグを覗き込むリツコ。
そこには高熱により炭化したレイの変わり果てた姿が有った。

「この事は極秘とします。プラグは回収、関係部品は処分して」
「了解」

「作業を急げ!」

慌ただしく、回収作業が進められていく。
ゼーレ・リモート会議
全員 [SOUND ONLY] のモノリス姿である。

「ついに第16の使徒までを倒した」
「これでゼーレの死海文書に記述されている使徒はあとひとつ」

[SEELE 01]キール
「約束の時は近い。その道のりは長く、犠牲も大きかったが…」

「左様、ロンギヌスの槍に続き、エヴァ零号機の損失」
「碇の解任には十分過ぎる理由だな」
「冬月を無事に返した意味の、解らぬ男でもあるまい」
「新たな人柱が必要ですな。碇に対する」

キール
「そして、事実を知る者が必要だ」
NERV 本部内・リツコの私室
不機嫌そうなリツコ。
灰皿にはタバコの吸い殻が山になっている。

机上のノート端末のキーを操作すると、昔の写真が写し出される。

高校生の頃のリツコ。
母親ナオコと、ゲンドウが写っている。
ミサトのアパート・シンジの部屋
ベッドの上に座り込み、天井を見つめるシンジ。
脇には軽快なポップスを再生中の SDAT が放り出してある。
そこへミサトの声。

「シンジくん、開けるわよ〜」
シンジは反応しないが、ミサトは部屋に入る。

ミサトがシンジの横に腰掛けると、シンジは天井を見つめたまま言う。
「ミサトさん、出ないんだ、涙が。
悲しいと思っているのに、出ないんだよ、涙が」

「シンジくん。今の私に出来るのは、このくらいしかないわ」
ミサトはそう言うと、シンジの手に触れようと手を伸ばす。

「やめてよ!!」
シンジは強く言うと素早く手を引き、ミサトに背を向け、今度は弱々しく言う。
「やめてよ、ミサトさん」

「ごめんなさい」
そう言って、シンジを残し、部屋を出るミサト。

(寂しいはずなのに、女が恐いのかしら。
いえ、人との触れ合いが、恐いのね)

そのまま、寝そべってTVを見ているペンペンに近づく。
しゃがみこんで、ペンペンを呼ぶ。
「ペンペン〜。おいで〜」

ペンペンはチラッと振り向くが、すぐにTVに目を戻してしまう。

(そっか、誰でもいいんだ…。寂しかったのは、私の方ね)

そして、それぞれの思いを残したまま、夜は更けていく。
次の朝
自室で机に突っ伏したまま眠り込んでいたミサトは電話に起こされた。
「はい…もしもし…」

「なんですって!レイが助かった?!」

慌ててシンジに声を掛ける。

「シンジくん!レイが助かったんですって!病院へ行くわよ!!」
部屋で制服のまま寝ていたシンジを起こし、付属病院へ急行する。
NERV 付属総合病院
レイは病室で目を覚ました。

しばらく天井を見つめてぼーっとしていたが、そこが病院のベッドである事に気付く。
(…ここは…病院?…私はどうなったの?
定期調整で LCL カプセルに入っていた時までの事しか覚えていない。
…そう、前の身体はダメになったのね?
何があったのかしら…)

起き上がるが、身体がフワフワした感じで心許ない。
頭もまだぼーっとしている。

身体の状況を確認すると、片目と腕に包帯を巻き、右手を肩から釣っていたが、 どこも痛みは無い。

そのままゆっくりと病室の外へ出ると、廊下の窓から外を眺める。

そこへシンジが到着し、レイを見付けて駆け寄る。
「綾波!!」

振り返るレイ。
「碇くん…」

シンジはたずねる。
「もう、いいの?」

レイは無表情に言う。
「私は大丈夫。着替えて来るから」

「う、うん。ここで待ってるから」
病院の廊下
制服に着替えたレイは、ベンチに腰掛けている。
その脇に壁に背を持たれかけて立つシンジ。
医者の報告を聞きに行っているミサトを待っている。

「良かった。綾波が無事で」
嬉しそうに言うシンジ。

(私には…その記憶は…無い。
どうしたら…なんて答えればいいの?)
無言のレイ。

少し言いにくそうにシンジがたずねる。
「あの…父さんは来てないんだ?」

(あの人…まだ見てない)
やはりレイは何も答えない。

シンジは、そんなレイに戸惑った。
(ええっと、とりあえず、お礼を言わなきゃ)

「ありがとう、助けてくれて」

「何が?」

「何がって、零号機を捨ててまで、助けてくれたんじゃないか。綾波が」

「そう、あなたを助けたの」

どうしたのかと訝るシンジ。
「うん。覚えてないの?」

レイは淡々と言う。
「いえ、知らないの。たぶん…私は三人目だと思うから」

「えっ?」
(何を言ってるんだ?綾波…?三人目って?)

シンジはレイが何を言っているのか解らなかった。
いや、解りたくなかったのかもしれない。
会ったばかりの頃のレイに感じていた違和感が脳裏をよぎる。

…なんだか、ロボットみたいな…

(まさか!そんな!!聞き違いだよね?!)

「あなたを助けた私は、二人目の綾波レイだったの」
シンジの方を見ずに正面を見つめたまま静かに話すレイ。

(それは確かに私なのに、私にはその記憶が無い…。
私なのに私でない私…。
あなたは自分の身体を犠牲にして碇くんを助けたのね)

「そんな…そんなことって…」
見たくなかったものを見てしまったような、シンジの脅えた目。

「…碇くん?」
シンジの様子に訝るように視線を向けるレイ。

「うわああああ!!」

シンジは発作的に叫ぶと、レイから逃げ出すように走り出した。

(うそだ!うそだ!うそだぁぁ!!)

後に残されたレイはシンジの走り去った方向を見つめていた。
その紅い瞳に深い悲しみの色が浮かべて…。
レイの部屋
鏡の前に立って包帯を解くレイ。そこには傷ひとつ無い。
じっと、自分の紅い瞳を見つめている。

(碇くん…)

(あの時、私を見た、あの目…)

(恐かった…。痛かった…心が…。辛かった…。とても…)

(私は私なのに、私を私として見てくれないの?…どうして?)

(私は私なのに…)

鏡から視線を逸らし、ふと横を見ると、ゲンドウの眼鏡が目に止まる。

(あの人、碇司令は、来てくれなかった…)

それを手に取り、力を込める。

しかし、頬を暖かいものが伝うのを感じて、力を緩める。

メガネの上に落ちる涙。

「これが…涙?初めて見たはずなのに、初めてじゃないような気がする」

「私、泣いてるの?」

「なぜ、泣いてるの?」

レイは、自分の心の中に渦巻く感情が何なのか解らず、ただ、そのまま立ち尽くしていた。
NERV 総司令官・執務室
ゲンドウ
「そうだ、ファーストチルドレンは現状維持だ。新たな拘束の必要は無い。
セカンド、サード についても同様だ。監視だけでいい」

冬月
「しかし、レイが生きていると解れば、キール議長らがうるさいぞ」

ゲンドウはファイティングポーズで言う。
「ゼーレの老人達には別のモノを差し出してある。心配無い」
ゼーレ・査問会
一糸まとわぬ姿のリツコが中央に立たされている。
彼女がレイの身代わりであった。

キール
「我々も穏便に事は進めたい。君にこれ以上の陵辱、辛い思いはさせたくないのだ」

平然とした表情でリツコは答える。
「私は何の屈辱も感じていませんが」

「気の強い女性だ。碇が側に置きたがるのも解る」
「だが、君を我々に差し出したのは他でもない、碇くんだよ」

その言葉に眉をひそめるリツコ。

キール
「零号機パイロットの尋問を拒否。代理人として君をよこしたのだよ、赤木博士」

(レイの代わり…私が…)
リツコの胸の内に、黒く蠢くモノが沸き上がっていた。
ミサトのマンション
ミサトは自室で、あの時加持から受け取ったカプセルに入っていたチップに納められた、加持からのメッセージを聞きながら端末を叩いていた。

「君の欲しがっていた真実の一部だ。
他に36の手段を講じて君に送っているが、おそらく届かないだろう。
確実なのは、このカプセルだけだ。
こいつは俺の全てだ。君の好きにしてくれ。
パスコードは、俺達の最初の思い出だ。
じゃ、元気でな」

ミサトはチップを摘まみ、それを眺める。

(鳴らない電話を気にして苛付くのは、もう止めるわ)

決心を固めた表情でつぶやく。
「あなたの心、受け取ったもの」
NERV 本部
リツコはエスカレータを下りながら、復讐を決意していた。

(碇司令…。あなたにとって私は、レイにも劣る存在だったの?)

(レイ…最近のあの娘、明らかにシンジくんに好意を寄せている)

レイの行動を逐一モニターしているリツコは、最近のレイが時折シンジの名をつぶやくことが有るのを知っていた。

(…まさか、恋? あのレイが?
…許さない!そんなこと!)

(レイ。シンジくんにあなたの正体を見せてあげるわ)

残酷な笑みを浮かべるリツコ。

(シンジくんはどう思うかしらね?レイ。
あなたも、苦しむといいわ)
ゼーレ・リモート会議
モノリスが集まっている。

「良いのか?赤木博士の処置」
「冬月とは違う。彼女は返した方が得策だ」
「エヴァシリーズの功労者、今少し役に立ってもらうか」
「左様。我々人類の未来のために」
「エヴァンゲリオン、既に8体まで用意されつつある」
「残るはあと4体か」

キール
「第3新東京市の消滅は、計画を進める良き材料になる。
完成を急がせろ。約束の時はその日となる」
夕刻・ミサトのマンション
ミサトはどこかに出かけていた。

シンジは昼間の病院でのことを思い出していた。

(綾波…三人目だって言ってた…。どういう事なんだ?
まさか、ほんとにロボットなの?でも、そんなことが…。
解らない…解らないよ!!)

考えは堂々巡りをくり返していた。

そこに電話が鳴る。

しばらく放っておいたシンジだが、なかなか鳴りやまない。

しかたなく電話を取るシンジ。
「はい。もしもし?」

「そのまま聞いて。あなたのガードを解いたわ。今なら外に出られるわよ」

「リツコさん?」

「レイの秘密を知りたいでしょ?」

その言葉に、ビクっとするシンジ。
(どうしよう…。でも、ぼくは…ぼくは、知りたい。真実を…)

「…解りました」

そして、シンジは本部へと向かった。
ターミナルドグマ・立ち入り禁止区域
リツコがドアのロックを解こうとカードを通すがエラーになる。
「ん?」
訝るリツコ。

「無駄よ。私のパスが無いとね」
背後からのミサトの声と同時に、リツコの背中に銃が突きつけられる。

驚くリツコ。
「そう、加持くんの仕業ね」

厳しい表情でミサトが言う。
「ここの秘密。この目で見せてもらうわよ」

「いいわ。ただし、この子も一緒にね」
リツコが視線を向けた場所にはシンジが立っていた。

ミサトは驚きもせず、
「いいわ」
そう言うと、銃で先を促す。

エレベーターで最深部へ降りて行く無言の三人

人工進化研究所・3号分室
ライトを付けるリツコ。
医療用のベッドがひとつと様々な機器が散在している。
机の上には、ビーカーと多数のカプセル・錠剤が…。

シンジがつぶやく。
「まるで綾波の部屋だ…」

「綾波レイの部屋よ。彼女の生まれ育ったところ」
リツコが答える。

シンジが聞き返す。
「ここが?」

「そう、生まれたところよ。
レイの深層心理を構成する光と水は、ここのイメージが強く残っているのね」

ミサトは苛ついたような声でリツコに言う。
「赤木博士。私はこれを見に来たわけじゃないのよ」

「解っているわ。ミサト」
目を伏せてそう答えるリツコ。
エヴァの処分場
そこに横たわる多数のエヴァの残骸に驚くシンジ。
「エヴァ!」

「最初のね。失敗作よ。10年前に破棄されたわ」

シンジがつぶやく。
「エヴァの墓場…」

「ただのゴミ捨て場よ」
吐き捨てるように言うリツコ。

「あなたのお母さんが消えたところでもあるわ。
覚えてないかもしれないけど、あなたも見ていたはずなのよ。
お母さんの消える瞬間を…」

息を飲むシンジ。
(母さんの…消える…瞬間?…ぼくも…見ていた?)

「リツコ!」
銃を構えてリツコを制するミサト。

「ふっ」
嘲るよな笑みを浮かべるリツコ。
ダミープラント
中央の LCLカプセルと、その上に繋がる巨大な装置。
それはパイプ状の部品が絡み合い、まるで大脳のような外観をしていた。

ミサトはそれを見て言う。
「これが、ダミープラグの元だというの?」

「真実を見せてあげるわ」
リツコは厳しい表情で言うと、白衣のポケットに入っていたコントローラーのスイッチを押す。

部屋の周囲を円形に囲う壁に明かりが付く。
そこは壁ではなく、オレンジ色の LCL を満たした水槽であった。
その中には、無数の綾波レイの形をしたモノが漂っていた。

驚愕の表情でそれを見るシンジとミサト。

シンジは思わず声に出す。
「綾波…レイ」

その言葉に反応し、一斉にシンジの方を見るそれらのモノに、シンジは目を見開き、息を飲む。

ミサトは真実を悟った。
「まさか!エヴァのダミープラグには!」

「そう、ダミーシステムのコアとなる部分、その生産工場」

ミサトは空虚な笑みを張り付けたレイの形をしたモノを見ながらつぶやく。
「これが…」

「ここに有るのはダミー。そしてレイの為のただのパーツにすぎないわ。

人は神様の知識を拾ったので喜んでそれを使おうとした。
神様を自分達で復活させようとしたの。それがアダム。
だから罰が当たった。
それが15年前。
そしてアダムから神様に似せて人間を作った。それがエヴァ」

シンジが聞き返す。
「ヒト?エヴァが?…人間なんですか?」

「そう、人間なのよ。

零号機は人の形を取れなかったレイなの。プロトタイプなのよ。
レイは起動実験の時、それに気付いたらしいわ。
零号機が自分と同じ存在であることを知って取り乱したのね。
それが零号機が暴走した原因。

零号機のコアにはレイのコピーが入れてあったの。
完全なものではないわ、出来損ないの擬似人格。
私が作った、ただの物真似プログラムなの。
ダミーシステムのプロトタイプでもあるわ。

シンジくんも気がついているでしょう?
エヴァのコアに何が入っているのか…。

シンジくんのクラスメート、少なくとも片親を無くしている子がほとんどでしょ?
まぁ、セカンドインパクトとその後のゴタゴタで亡くなった方は多いから、
この時代、珍しいことじゃないけど。
みんな NERV の関係者だったってことも NERV のお膝元っていう場所柄から不自然じゃないわね。
でも、本当は亡くなった方はリリスやアダムとの接触実験で取り込まれてしまったのよ。
それをサルベージした物がエヴァのコアとなるの。

そして、零号機は例外だけど、エヴァとシンクロするには肉親を使ったコアが最適なのよ。
シンジくんの場合と同じようにね」

愕然としたシンジがつぶやく。
「そんな…じゃ、弐号機や、トウジの時も…」

「そうよ。弐号機にはアスカの実の母親の魂とも言うべき物が込められているわ。
鈴原くんの場合も同じ」

「なんてこと…」
つぶやくミサト。

「本来魂の無いエヴァには人の魂が宿らせてあるの。
みんなサルベージされたものなのよ。
生まれた時から魂の入っていた容れ物はレイ、ひとりだけなの。
あの子にしか魂は生まれなかったのよ。ガフの部屋は空っぽになっていたの。
ここに並ぶレイと同じモノには魂が無い。ただの容れ物なの」

リツコ、声のトーンを落とす。

「だから壊すの。憎いから」



コントローラーのスイッチを押す。

水槽の LCL に変化が起き、その色を血のような赤に変えていく。
透明度が落ちた為はっきりとは見えないが、その中で組織を崩壊させ、
人の形を失っていくレイのダミー。

シンジは正視できず、目を逸らして吐き気をこらえていた。

呆然としていたミサトだったが、ハッと我に帰り、リツコに銃を向ける。
「アンタ!何やってるのか解ってんの?!」

リツコは自嘲めいた笑みを見せる。
「ええ、解ってるわ。破壊よ。ヒトじゃないモノ、ヒトの形をしたモノだわ。
でも、そんなモノにすら私は負けた。勝てなかったのよ!
あの人のことを考えるだけで、どんな…どんな陵辱にだって耐えられたわ。
私の身体なんて、どうでもいいのよ」

リツコはうつむいて、涙声になっている。

「でも、でも、あの人…あの人は…」

崩れ落ち、床に膝をつくリツコ。

「解っていたの。バカなのよ、私は。
親子揃って大馬鹿者だわ!」

激白するリツコ。

そんなリツコを悲しい目で見つめるシンジ。
(何を言ってるんだ?リツコさん…。
『あの人』って誰のこと?
負けたって?綾波に?)

シンジにはリツコの行動が、言っていることが、理解できなかった。

(それに、今の話じゃよく解らないよ。
綾波って…綾波レイって、結局何なんだよ…)

「私を殺したいなら、そうして。
いえ、そうしてくれると嬉しい」

そう懇願するリツコに、向けていた銃を降ろすミサト。

「それこそバカよ。あなたは…」

リツコは床に崩れ落ち、嗚咽を漏らす。

(エヴァに取り憑かれた人の悲劇)

ミサトは肩を震わせ泣いているリツコの背中を見つめる。

(私も、同じか…)

広い室内に、リツコの嗚咽が響いていた…

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