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夕焼けの草原を走る幼い頃のアスカ
「ママー!ママ!」
「アタシ、選ばれたの!」
「人類を守る、エリートパイロットなのよ!世界一なのよ!」
ドアを開く
「誰にも秘密なの。でも、ママにだけ教えるわね」
ドアを開く
「いろんな人が親切にしてくれるわ!」
「だから寂しくなんかないの!」
ドアを開く
「だから、パパが居なくっても大丈夫。寂しくなんかないわ!」
ドアを開く
「だから見て!アタシを見て!」
ドアを開く
「ねぇ、ママ!」

そこには、首を吊って自殺している、母キョウコの姿が…。

凍り付くアスカの笑顔。
損壊して破棄された廃屋のバスタブに水を溜めて浸かっているアスカ
頬は痩け、すっかりやつれてしまっている。
側の椅子の上には、脱いだ衣服が几帳面に畳まれている。

吹き飛んだ屋根の有った場所に見える青空を仰いでアスカはつぶやく。

「シンクロ率ゼロ。セカンドチルドレンたる資格無し。
もう、アタシがいる理由も無いわ。
誰もアタシを見てくれないもの。パパも、ママも、誰も…。
アタシが生きてく理由も無いわ」

その時、壊れた壁を崩して、NERVの諜報課員が入って来る。

「惣流・アスカ・ラングレーだな」

アスカは虚ろな目を空に向けたまま、反応しない。
発令所
日向が電話を置いて報告する。
「諜報弐課から。セカンドチルドレンを、無事保護したそうです」

振り向くミサト。
「そう。ロストした揚げ句、7日後に発見とは、弐課らしくないわね」

日向
「わざと、でしょう?嫌がらせじゃないんですか?作戦課への」

「かもね」
釈然としない表情のミサト。
(で、今日、アスカの代わりの フィフス到着。
出来すぎてるわね、シナリオが)
ミサトのマンション
シンジは部屋でベッドに横たわり、天井を見つめていた。

ターミナルドグマで見たモノを思い出す。
「綾波レイ。…やっぱりそうなのか?あの感じ。母さんの…」
(母さんの…クローンなのか?綾波レイは?
でも、リツコさん、零号機が綾波のプロトタイプだって言ってた。
綾波は人間じゃないのか?
でも、エヴァは人間だとも言ってた。
どういう事なんだ?解らないよ…)

「綾波レイを…、母さんを…、何をしてるんだ?父さん」

シンジにはゲンドウが何を考え、何をしようとしているのか、想像もできなかった。
NERV 本部内・留置所
ベッドに腰掛け、うつむいたままのリツコの後ろにゲンドウの映像が現れる。

「碇司令…。
猫が、死んだんです。おばあちゃんのところに預けていた。
ずっと構っていなかったのに…。
突然、もう2度と会えなくなるのね」

「なぜ、ダミーシステムを破壊した?」

「ダミーではありません。破壊したのはレイです」

「今一度問う、なぜだ?」

「あなたに抱かれても嬉しくなくなったから。
私の身体を好きにしたらどうです。あの時みたいに!」

「君には失望した」

「失望?最初っから期待も望みも持たなかったくせに。
私には何も!
何も!
何も…」

ゲンドウの映像が消える。

「どうしたらいいの?母さん…」

嗚咽を漏らすリツコ。
ケージの弐号機の前に立つシンジ
弐号機を見上げてつぶやく。
「どこに行ったんだろう?アスカ…」

(でも、会ってどうするんだ?綾波の話でもするのか?)
零号機の爆発により出来た新しい湖の水際に立つシンジ
夕日が辺りを染めている。

(トウジもケンスケも、みんな家を失って他の所に行ってしまった。
友達は、友達と呼べる人は居なくなってしまった。誰も…)

崩壊するレイのダミーの姿を思い出すシンジ。
(綾波には会えない。その勇気は無い。どんな顔をすればいいのか解らない)

右手を無意識に握ったり開いたりしているシンジ。

(アスカ、ミサトさん、母さん。ぼくはどうしたら…どうすればいい?)

そんなシンジの耳にベートーベン第九のハミングが聞こえる。

声のする方を振り向くと、そこには瓦礫の上に腰掛けて夕日を見ている、シンジと同じくらいの歳の少年の姿が有った。

「歌はいいねぇ」

その少年の唐突な発言にシンジはたじろぐ。
「え?」

「歌は心を潤してくれる。リリンの産み出した文化の極みだよ。
そう感じないか?碇、シンジくん?」

そう言うとシンジに顔を向けた少年。美しく整った顔立ちをしている。
髪はプラチナブロンド。瞳は、レイと同じ、血の紅をしていた。

「ぼくの名を?」
戸惑うシンジ。

「知らない者は無いさ。
失礼だが、君は自分の立場をもう少しは知った方がいいと思うよ」

「そうかな…」
そしてシンジはたずねる。
「あの、君は?」

「ぼくはカヲル。渚カヲル。
君と同じ、仕組まれた子供、フィフスチルドレンさ」

驚くシンジ。
「フィフスチルドレン?君が…あの、渚くん?」

「カヲルでいいよ。碇くん」
そう言うと、カヲルは笑顔を見せた。

その笑顔に、ちょっとドギマギしてしまうシンジ。

「ぼくも、うん、シンジでいいよ」

笑顔を交わし合う二人。
ジオフロントへ向かうカートレインの上
ミサトの車。助手席に日向が乗っている。

日向が報告する。
「フィフスチルドレンが、今到着したそうです」

ミサトは両手を頭の後ろに組んで、シートにもたれかかっている。
「渚カヲル、過去の経歴は抹消済み。レイと同じくね」

「ただ、生年月日は セカンドインパクトの同一日です」

「委員会が直で送って来た子供よ。必ず何か有るわ」

「マルドゥックの報告書も フィフスの件は非公開となってます。
それもあって、ちょいと諜報部のデータに割り込みました」

「危ないことするわねぇ…」

「その甲斐は有りましたよ」
日向は小声でミサトの耳元に囁く。
「リツコさんの居場所です」

体勢を戻して話題を変える日向。
「フィフスのシンクロテスト、どうします?」

「今日の所は小細工をやめて、素直に彼の実力、見せてもらいましょ」
皮肉っぽい表情のミサト。
NERV 本部内実験場・管制室
モニターにレイ、シンジ、カヲルの姿が写っている。

拘留されているリツコの代わりに、冬月が実験を指揮している。
「あと0.3下げてみろ」

伊吹
「はい」

冬月がモニターに表示されるシンクロデータを見て言う。
「このデータに間違いは無いな?」

日向
「全ての計測システムは、正常に作動しています」

伊吹
「MAGIによる計算誤差、認められません」

信じられん、といった感じの冬月。
「よもや、コアの変換も無しに、弐号機とシンクロするとはな。この少年が」

モニターに写るカヲルは、目を閉じ、穏やかな笑みを浮かべている。

不安げに伊吹が言う。
「しかし、信じられません。いえ、システム上、あり得ないです」

ミサトが腕を組んだまま言う。
「でも事実なのよ。事実をまず受け止めてから、原因を探ってみて」
実験が終わり、制服姿でエスカレーターを上るレイ
その上でレイを待っているカヲルに気付く。

「君が ファーストチルドレンだね。綾波レイ。
君はぼくと同じだね」
笑顔で話し掛けるカヲル。

「あなた、誰?」
怪訝な表情で問いかけるレイ。

これは意外、と言った感じのカヲル。
「解らないのかい?」

じっとカヲルを見つめるレイ。

「ま、今はいいか。じゃ、また明日」
そう言うとカヲルはレイとすれ違い、エスカレーターを降りていく。

レイはしばらくカヲルの後ろ姿を見つめていたが、そのまま近くの出口へと向かった。
NERV 総司令官・執務室
冬月が報告する。
「フィフスの少年が、レイと接触したそうだ」

ゲンドウは一言答える。
「そうか」

「今、フィフスのデータをMAGIが全力を挙げて洗っている。
しかし、あの髪と目の色、本人は先天性のアルビノだと言っているが、
あれはどう見ても…」

「今はいい…。レイの方はどうだ?」

「レイはいつも通り、特に変わった様子は見せず部屋に帰ったそうだ」

「そうか」
ミサトのマンション
ミサトは自室でノート端末の画面を見ている。
「MAGIがフル稼働で解析しているのにもかかわらず、未だ正体不明。
何者なの?あの少年…」
アスカの部屋のドアの前に立つミサトとペンペン
(アスカの精神状態は回復の見込みが立ってないし…)
シンジの部屋のドアを開けるミサト
「シンジくんも、未だ戻らず。保護者失格ね、私」
NERV 本部
ゲートの前のベンチに腰掛けてSDATで第九を聞いているシンジ。
ドアが開いてカヲルが現れる。

「や、ぼくを待っていてくれたのかい?」

「いや、別に…あの、そんなつもりじゃ…」
何故か顔に血が昇るのを感じて口ごもるシンジ。

「今日は?」
たずねるカヲル。

「あの、定時試験も終わったし、あとはシャワーを浴びて帰るだけだけど」

笑顔で、シンジの言葉の続きを待つカヲル。

「でも、ほんとはあまり帰りたくないんだ、この頃」

「帰る家、ホームが有ると言う事実は幸せにつながる。良い事だよ」

「そうかな?」

「ぼくは君ともっと話がしたいな。一緒に行っていいかい?」

「え?」

「シャワーだよ。これからなんだろ?」

「う、うん」
いまいち歯切れの悪いシンジ。

「ダメなのかい?」
残念そうな表情を見せるカヲル。

慌ててとり繕うシンジ。
「あ、いや、別に…そういうわけじゃないけど…」
NERV 付属銭湯
壁面のディスプレイには、富士山の絵と NERV のロゴマークが交互に表示されている。

並んで湯船に漬かる二人。

シンジがカヲルの横顔を盗み見るようにすると、カヲルは目をつむったまま話しはじめる。
「一次的接触を極端に避けるね、君は。
恐いのかい?人と触れ合うのが。
他人を知らなければ裏切られる事も、互いに傷付く事も無い。
でも、寂しさを忘れる事も無いよ。
人間は寂しさを永久になくすことは出来ない。
人は独りだからね。
ただ、忘れる事ができるから、人は生きていけるのさ」

その言葉と同時に、カヲルは湯船の中のシンジの手に自分の手を重ねた。

シンジは息を飲んだ。手を取られた事に対しても有ったが、それはいつか聞いたゲンドウの言葉と同じだったから。

突然、照明が落ち、非常灯だけになる。

シンジは動揺をごまかすように言う。
「時間だ」

残念そうにカヲルがたずねる。
「もう、終わりなのかい?」

「うん、もう寝なきゃ」

「君と?」

カヲルの意味深な発言にうろたえるシンジ。
「えっ!いや、カヲルくんには部屋が用意されてると思うよ。…別の」

「そう…」
立ち上がるカヲル。
「常に人間は心に痛みを感じている」

顔を真っ赤にしているシンジの方を振り向いてカヲル。

「心が痛がりだから、生きるのが辛いと感じる。
ガラスの様に繊細だね。特に君の心は…」

シンジがつぶやく。
「ぼくが?」

「そう、好意に値するよ」

「好意?」

カヲルは極上の微笑みを浮かべて言う。
「好きって事さ」

新世紀エヴァンゲリオン+

第弐拾四話 「最後のシ者」


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