【前へ】
- シンジはいつの間にか夕焼けに染まる列車の中に居た。
- うつむいてシートに座るシンジの向かいには、幼いもうひとりのシンジが座っていた。
幼いシンジがたどたどしい口調でシンジを責める。
「どうして殺したの?」
「だって、仕方なかったんじゃないか!」
「どうして殺したの?」
「だってカヲルくんは、彼は使徒だったんだ!!」
「同じ人間なのに?」
「違う!!使徒だ!!ぼくらの敵だったんだ!!」
「同じ人間だったのに?」
「違う!違う!違うんだ!!」
幼いシンジが座っていた場所に、いつの間にか制服姿のレイが座っていた。
レイも冷たい口調でシンジを責める。
「私と同じヒトだったのよ」
「違う!使徒だったんだ!」
「だから殺したの?」
「そうだ!、だからああしなければ、ぼくらが死んじゃう!
みんなが殺されちゃうんだ」
「だから殺したの?」
「好きでやったんじゃない!でも仕方なかったんだ」
「だから殺したの?」
シンジは身体を丸め、頭を抱え込んでいた。
「助けて…」
「だから殺したのね」
「助けて…」
「私も殺すの?」
ビクッとするシンジ。
「だれか助けて…」
「私も殺すの?」
身体を更に丸め、身体を震わして叫ぶ。
「だれか助けて…。お願いだから誰か、助けてよおお!!」
レイが霧散するように消え、そこに現れるカヲル。
「シンジくん…」
カヲルに気付き、顔を上げるシンジ。
「カヲルくん…」
「人は眠っている時には、心の壁は薄く、弱くなるからね。
残留思念体にしか過ぎない今のぼくのこんな弱い力でも、
君の心にアクセス出来る」
「カヲルくん…。
ぼくの手には、君を…握り潰した感触が…今でも残っている。
あんな、恐ろしいこと…。
忘れたいのに、忘れられないんだ…」
「シンジくん、ぼくは『人は忘れる事ができるから生きていける』と言ったよね。
でも、残酷だけど、今は忘れないでいてくれ。
それだけが、今のぼくと君との絆なんだ」
(そう、無理に忘れようとしなくても、人は、時が経てば、自然に忘れてしまうものだから…)
「カヲルくん…」
「でもシンジくん、君はなぜレイを恐れるんだい?
彼女がぼくと同じモノだからかい?
だけど、恐れる必要は無い。彼女の魂はひとつだ。
今の綾波レイも、君の知っている綾波レイと同じ魂を受け継いでいるんだからね。
会って、話をしてみるべきだね」
「カヲルくん…どうして…」
「ぼくは『君達』に未来を託したんだよ。それを忘れないでくれ。
シンジくん。」
「はっ!!」
目を覚ますシンジ。びっしょりと寝汗をかいている。
見慣れた天井。ミサトのマンションの、シンジの部屋だった。
重たい上半身を起こし、うなだれた額に右手を当て、つぶやくシンジ。
「カヲルくん…。綾波…。」
新世紀エヴァンゲリオン+
第弐拾五話 「真実を、求める心」
- NERV 本部・セントラルドグマ
- ミサトは加持が残したパスコードを使って、MAGI はおろか全てのネットワークから切り離されたスタンドアロンのデータベース端末にアクセスしていた。
かなり気温が低いらしく、吐く息が白い。
ミサトは真剣な表情で納得したようにうなずく。
「そう、これがセカンドインパクトの真相だったのね…」
(私、あの時あそこに居たのに、何も知らなかったのね)
端末に手早くディスクをセットし、データをコピーする操作をする。
(では、サードインパクトとは?
地下のアダムと使徒が接触するとそれが起こるとされていたけど、
第17使徒の時も、それは起こらなかった。
たまたまシンジくんが間に合ったから?
それとも、まだ何か有るの?)
画面を見つめて考え込むミサトであった。
- NERV 本部内・留置所
- ベッドに腰掛けてうなだれているリツコ。
後ろでドアが開き、黒服の保安部員が入って来て事務的に言う。
「赤木リツコ博士。総司令官からの命令です。執務室へ出頭するようにと」
リツコ、立ち上がりながらつぶやく。
「必要となったら捨てた女でも利用する。相変わらずのエゴイストね」
そして保安部員に言う。
「その前に、シャワーと、服も着替えたいわ。いいでしょ?そのくらい」
保安部員は腕時計にチラッと目をやり、答える。
「いいでしょう。ですが、急いで下さい」
リツコはやれやれといった風に首を振る。
「わかってるわ」
- NERV 総司令官・執務室
- ゲンドウがファイティングポーズで座っている。
「赤木博士、ダミープラントの件は不問に処す」
リツコは不快感を隠さずに言う。
「既に不要の物、ということですか?」
「君には、MAGI を使ったゼーレへのクラッキングをやってもらう」
「ゼーレへのクラッキング?」
「そうだ。向こうには MAGI タイプが5台有る。
彼我戦力差は5:1だが、君ならなんとか出来るだろう?」
「能力を評価してくれるのはいいですが、気安く言ってくれますわね」
「やりたまえ」
リツコは無言のままゲンドウを睨みつけるだけだった。
- 発令所
- 「リツコ…」
リツコが入って来たのを見て驚くミサト。
事情を知らない伊吹が駆け寄る。
「あ、先輩!!どこへ行ってたんですか?私、心配で…」
「ん、ちょっとね」
そんな伊吹の純真な瞳に見つめられリツコは言葉を濁すが、少し考えて言う。
「ああ、そうだ、マヤ、後でちょっと手伝ってもらうことがあるわ」
「はい。先輩のお手伝いなら、何でも」
と明るく答える伊吹。
(なにせ5:1だから、こちらもそれなりのツールを用意しておかないとね)
ゲンドウへの反発はさておき、ハッカー魂に火が付いたリツコ。
「ふふ、ちょっとばかりハードな仕事だけどね」
無気味な笑みを浮かべるリツコに、少し不安になる伊吹であった。
「リツコ、ちょっといい?」
彼等の後ろから声を掛けるミサト。
黙ってうなずくリツコ。
エレベータへ向かって歩き出しながら言う。
「私の部屋に行きましょ?その方がいいでしょ?」
「そうね」
ミサトはリツコについてエレベータに乗り込む。
- エレベータの中
- ふたり共ドアの方を向いて立っているが、無言である。
リツコは、視線を下に向けている。
ミサトはドアの上のインジケータを見ながら考えていた。
(リツコは無罪放免ってこと?ダミープラントは重要な施設ではなかったの?
碇司令は何を考えているのかしら…)
- ジオフロント行きリニアトレインの中
- 本部へ向かう制服姿のシンジ。この車両にはシンジしか乗っていない。
隣の車両には一人見知らぬ男が乗っている。たぶんシンジのガードなのだろう。
シンジは命令に無い行動を阻止されるのではないかと思ったが、今のところ咎め立て無しらしい。
シンジはうつむいて座席に座ったまま、右手を閉じたり開いたりしながら考えていた。
(父さんには聞けない。
ミサトさんもあまり知らないみたいだ。
でも、リツコさんなら知っているはずだ)
顔を上げると窓からジオフロントの景色が見える。
(あの後、保安部の人に連れていかれちゃったけど、会えるかな?
それに、会えても、話してくれるかどうか…)
シンジはリツコがターミナルドグマでダミープラントを破壊した後、保安部員に連行されるところを見ていた。
再びうつむき、手のひらを見つめる。
(それでも、知りたいんだ、ぼくは…)
(真実を…)
- NERV 本部内・リツコの私室
- リツコとミサトが部屋に入ってくる。
リツコの後ろから切り出すミサト。
「リツコ、どういうこと?」
リツコはデスクの前で振り向いて、デスクに寄り掛かるようにして立ち、腕を組んでミサトを見る。
「碇司令にとって、ダミープラントはもはや不要な物で、
私にはそれより重要な新しい仕事ができたってこと。
それ以上は、あの人の考えていることなんて、私には解らないわ」
「そう。いいわ。
実は、リツコに見てもらいたい物があるの」
ミサトはそう言うとポケットからディスクを取り出す。
- 発令所
- 「あれ?シンジくん。どうしたの?」
ひとり入って来たシンジに気がついた伊吹が声を掛ける。
「あ、マヤさん。あの…」
言い淀むシンジ。
「なあに?」
優しく微笑む伊吹。
「その…リツコさんがどうしてるか、知りませんか?」
「あら、シンジくんも心配だったのね。
急にいなくなっちゃって私も心配してたんだけど、
ついさっき戻って来て、今は葛城三佐と自室にいるはずよ」
その答えに驚くシンジ。
「え…ミサトさんと…」
「?」
怪訝な表情でシンジを見る伊吹。
「あ、いえ、そうですか。
ちょっと教えて欲しいことが有ったので…。
じゃ、どうもありがとうございます」
そう言うとエレベータへ駆け出すシンジ。
(どうしたんだろ、先輩も、葛城三佐も、シンジくんも…)
伊吹は小首を傾げていた。
- リツコの私室
- リツコは自分の端末でミサトのディスクを閲覧していた。
意外な物を見たような表情のリツコ。
「驚いたわね。ここまで食い込んで来るとは、素人の仕事じゃないわね。
加持くん?」
後ろに立ったミサトが答える。
「そ、あいつが残してくれた手がかりを元に、後は自分でやったわ」
「そう…」
その時、ドアのインターフォンが鳴る。
リツコがセキュリティーモニタに目を走らせると、カメラにはシンジの姿が映っていた。
ミサトと顔を見合わせるリツコだが、マイクのスイッチを入れる。
「シンジくん?入っていいわよ」
そう言ってドアロックを解除する。
ためらいがちに部屋に入って来たシンジにリツコが言う。
「この前は、みっともないとこ見せちゃったわね。
いえ、それよりも、あなたには酷いことをしたんだったわね、ごめんなさい。
私、嫌な女ね」
「いえ、それはもういいんです。でも…」
「何かしら?」
しばし逡巡していたシンジだが、決心したように顔を上げる。
「ぼくは、知りたいんです。真実を。
綾波のこと、エヴァのこと、
使徒って何なのか、
父さんが何をしようとしているのか」
ミサトも同調する。
「私も知りたいわね。全てを」
リツコは少しの間考え込んでいたが、やがて口を開く。
「そうね…私が知っている情報、
ミサトが手に入れた、加持くんの残したデータベースから選られた情報、
これらを統合すると真実の姿が見えて来るわ…。
全てを説明するにはとても一日や二日では足りないから概要だけ話すけど、
それでいいわね」
「はい」
シンジは迷わず答える。
「ま、長くなるから、座って聞きなさい。
今、コーヒー入れるから」
そう言って立ち上がるリツコ。
- NERV 総司令官・執務室
- 携帯電話をしまった冬月がゲンドウに話しかける。
「サードチルドレンが赤木博士の部屋に入ったそうだ。
葛城三佐も一緒だ」
ゲンドウは読んでいた書類から目を離さずに一言だけ言う。
「そうか」
「いいのか?」
ゲンドウは書類から顔を上げ、冬月をジロリと見ると言う。
「真実を知りたければ、教えてやればいい。
知ったところで、今更どうすることもできんのだからな。
既に計画は動きはじめている。シナリオ通りだ」
「シナリオ通りか…」
冬月は、そうつぶやくと窓から外を眺める。
(知らん方がいいこともある、か)
- リツコの私室
- 3人はコーヒーカップを手に車座になっている。
シンジとミサトを交互に見ると、リツコがゆっくりと話しはじめる。
「約40億年前、リリスとアダムの卵を乗せた火星ほどもある質量の恒星間飛行物体、
スターシードと呼んでいるわ、それが地球に衝突したの。
これがファーストインパクト。
ジャイアントインパクトとも呼ぶわね。
この時、衝突の衝撃で衛星軌道にまで飛び出した地殻の破片の一部が衛星軌道上に集まって現在の月を形成したの。
バラバラに分解したスターシードの一部と共にね。
スターシードの破片のほとんどは、まだ地殻が固まっていなかった地球のマグマと溶け合ってしまったけど、リリスとアダムの卵はATフィールドの球状殻を持っていたので、マントル対流とプレートテクトニクスによって、何度も地表近くまで浮いたり沈んだりしながら、生命の発生と進化を司って来たの。
そう、アダムとリリスは、地球上の全ての生命の源だったのよ。
そしてこの周期ではリリスの卵は日本列島のど真ん中に、このジオフロントの位置ね。
アダムの卵は南極大陸へ。
そして、スターシードのコアとも言える部分は現在の死海の位置へ。
これがロンギヌスの槍なの」
「1980年に死海の海底をボーリングしていた地質調査団がここと同じような球形空洞を発見したの。
その中心にあったのが、ロンギヌスの槍。
そして、何かとんでもないものが見つかったということで、全ては極秘のまま、多国籍の学者達で編成された研究チームが派遣されたの。
発掘されたロンギヌスの槍には表面に微細な文様が刻まれていて、解析の結果、まったく未知の文法体系を持つ言語であるということが判明したわ。
解読は大変だったようね。
当時のコンピュータを駆使しても、全文を解読するのに10年かかったわ。
これが、後にゼーレの死海文書と呼ばれるもの。
1947年に死海のほとりでみつかったいわゆる死海文書とは別物なの。
それとは比較にならない大変な発見だったの。
まだ人類どころか地球上には生命すらも生まれてもいなかった頃の物なのに、人類の発祥と進化そのものについての詳細な記述が有ったのだから。
『ロンギヌスの槍とは何なのか。そのコントロール方法は。
ロンギヌスの槍とスターシードを作った始祖種族について。
アダムとリリスの存在。
使徒とは何か。またその出現の予言。
ヒトとは何か。どこから来て、どこへ行くのか』
そう、人類はついに、神への道を示す道標を手に入れたのよ」
「そして、その秘密を知った研究チームへの資金提供者達は、それを独占し、自ら神への道を進むべく秘密結社を結成したの。
それが、ゼーレ。
研究チームのメンバーは、そのままゼーレに取り込まれた人がほとんどだったけど、中にはゼーレのやり方に反発して、離脱した人もいたの。すぐ暗殺されてしまったけど。
それらの人の中に、日本の理論物理学者・碇トシヒコ博士の名が有ったわ」
その名にシンジが聞き返す。
「え…碇って…」
「そう、ユイさんのお父さん。あなたのおじいさんよ。
碇博士は何等かの方法で死海文書のコピーを持ち帰っていたのね。
1991年に碇博士が無くなった後、ユイさんはそれを遺品の中から見つけたらしいの。
それが、ユイさんとゼーレを結び付けることになったのよ。
そしてゼーレは、死海文書から得られた知識を使い、このジオフロントに磔にされていたリリスを確保。
南極にも球形空洞を発見。そこで磔にされていたアダムを確保したわ。
その付近で眠っていた第壱使徒と共にね。
第壱使徒はアダムから生まれたモノであることが解っていたわ。
そして、その動力となるのは、それが発見されるまでは異端とされていたS2理論。
その調査の為に、S2理論の提唱者、ミサトのお父さんね、葛城博士が率いる調査団が南極へ向かったのだけど、そこにはアダムとの接触実験の被験者の大人達に混じって、自我境界が大人より柔軟な子供の被験者として、当時14才だったミサトが父親と同行していたの」
シンジがつぶやく。
「ミサトさんも…」
ミサトは当時の出来事を思い出したのか辛そうな表情で答える。
「そう、私は何も知らされてなかったけどね」
「そして、西暦2000年 9/13。
運命の日、審判の日と呼ぶ人もいるわね。
南極でのアダムとロンギヌスの槍を用いた実験中、アダムが目覚め、それに呼応するように第壱使徒も目覚めてしまった。
拘束具を引きちぎった第壱使徒が動きだし、安全装置としてそのS2機関に連動するよう仕掛けられていたN2爆弾が起爆しコアを破壊したの。
同時に、ロンギヌスの槍がアダムのコアを貫き、アダムの肉体をほぼ消滅させてしまった。
それらによるエネルギーの開放は2本の光柱を伴う大爆発となって、地軸もねじ曲がるほどの凄まじいものだったわ、ご存じの通りにね。
これがセカンドインパクト。
公式発表では『南極大陸マーカム山に大質量隕石が落下した』とされているけど。
爆発の衝撃波による地震・津波・粉塵と、地軸変動による異常気象、それらによる飢餓と混乱・紛争で人類が半減してしまったのは歴史の教科書が教える通り」
「セカンドインパクトの7日後の 9/20。今までその存在は極秘にされて来たけど、この日、旧皇居の地下数百メートルの位置に眠っていた第弐使徒が目覚め、リリスを求めて地上に這い出したの。
そして、これを殲滅する為、N2爆弾が大量に使用されたわ。
これによって日本は首都と50万人の命を失ったけど、それくらいの犠牲を出せば、使徒は通常兵器でも殲滅できたのよ。
セカンドインパクトの直後だったから、環境に対する影響を気にする必要はなかったしね。
そして我々は第弐使徒の身体のサンプルを手に入れることができたわ。
その調査結果、第弐使徒はリリスから生まれたモノであることが解った。
それが後の零号機、そして初号機の開発につながるの。
一方、弐号機以降は南極からドイツに持ち込まれたアダムと第壱使徒の組織サンプルを元に作られているわ」
「セカンドインパクトの1年後、碇司令と冬月副司令が率いる調査団が南極を訪れる直前に密かにゼーレが送り込んだ調査員は、全てが死に絶えたその場所で、ATフィールドに包まれ安らかに眠っている赤ん坊を発見したの。
アダムにダイヴさせたヒトの遺伝子からアダムが生み出したモノ、それが渚カヲルだったのよ。
そして、以前話したように、レイもまた、渚カヲルと同様リリスから作られたモノなの。
ヒトの、ユイさんの遺伝子を受け継いだリリスの分身とも言っていいわ。
でもね、シンジ君。
私たち人間もね、リリスから生まれた18番目の使徒なのよ」
茫然とした表情でシンジが聞き返す。
「使徒?使徒なんですか?ぼくたちも…」
ミサトが補足する。
「他の使徒たちは別の可能性の姿だったの。ヒトの形を捨てた人類の。
ただ、お互いを拒絶するしかなかった悲しい存在だったけどね。
そして、同じ人間同士ですら…」
リツコはうなずいて後を続ける。
「使徒とは、始祖種族の後継種族・星を継ぐ者の候補として、アダムまたはリリスから生み出された生命体の総称なの。
その呼び名は単なるコードネームにすぎないわ。
ヒト以外の使徒は全て、自分を生み出したアダム、またはリリスの元へ還ろうとしていた。
遺伝子に組み込まれた使徒の本能とでも言うべき行動ね。
使徒は自らを生み出した存在と融合することで、後継種族へと進化することが出来るのよ。
その時は、競争に敗れた他の候補達には滅びの道しか残されないの。
でも、ヒトは他の使徒と違って、リリスの元へ還るという本能すら壊れた出来損ないの郡体にしか過ぎない。
そんなヒトの個体の一人や二人がリリスと融合したところでダメなの。
ヒトが星を継ぐ者になるには、全ての個体の心の壁を取り払い、ただ一つの存在となることが必要なの。
ダミープラントは、レイのATフィールドを全てのクローンにネットし、記憶を共有化する為の装置だったの。
人類のホロンレベルUPの為の雛形だったのよ。
つまり、全てのレイは、ネットしている間は同じ記憶を共有するけど、魂は一つしかないから、人として活動できるレイは常に一人だけなの。
活動中のレイの肉体が死に瀕すると、魂はクローンボディの任意の一体に自動的に乗り移るけど、前回のネット以降の記憶は失うわ。記憶は脳内の化学反応だから。
それでも魂に刻まれた記憶のトリガーは失われないらしいことは解っているけど。
碇司令の計画は、レイを使ってリリスをコントロールし、その強力なATフィールドにより全人類を強制的にネットし、全てのヒトの記憶と心を共有させることで人類を強制的にホロンの1階層上に引き上げようというものなの」
そこでミサトが口を挟む。
「それが補完計画?」
「そうよ、私達の心には常に空白の部分、喪失した所が有るの。
それが心の飢餓を、不安を、恐怖を生み出すの。
ヒトはだれしも、心の闇を恐れ、それから逃げようと、それを無くそうと生き続けているわ。
ヒトである以上、永久に消えることは無いの」
「だからって、人の心を一つにまとめ、お互いに補填し合おうという訳?
それも他人が勝手に!余計なお世話だわ!!
そんなの、ただの馴れ合いじゃない!」
「でも、ゼーレが進めている補完計画は、もっと酷い物だわ。
ゼーレのメンバーは12人、その人数分のエヴァを揃えて、自らエヴァと融合することにより、無限の命と力を持つ神になろうとしているのよ。
そちらの計画では、ロンギヌスの槍でリリスを制御して、全てのヒトのATフィールドを開放し、ただ一つの存在、無へと還そうとしていたの。
それがサードインパクトとなるはずのモノだったのよ。
そして、その後で新たな人類の創世記を自ら作り上げるつもりなの。
もっとも、ロンギヌスの槍が失われた今、計画の変更は余儀なくされているはずだけど」
「なんてこと…」
驚愕の表情でつぶやくミサト。
シンジは、リツコの説明に頭が飽和状態になっていて、ただ茫然とするしかなかった。
- NERV 総司令官・執務室
- 冬月がたずねる。
「しかし、人間の処理能力を越える情報量に脳が耐えられるのか?」
ファイティングポーズのゲンドウ。
「ヒトは元々そのように設計されている。問題無い」
「死海文書に記述されている脳の未使用領域の開放か?
いずれにせよ自我は保てなかろう?自殺行為だぞ?」
「フッ。我々はホロンの階層を一つ上がるのだ。多少の犠牲はやむをえん」
「多少の…か」
冬月は諦めの表情でつぶやき、あの時の、湖畔でのユイの言葉を思い出していた。
『エヴァンゲリオン、私達が作り出そうとしている最強の人間。
それがS2機関を獲得すれば、無限の命を得ることになりますわ。
ヒトはこの地球でしか生きられないけど、エヴァはたとえ50億年経って、
この地球も、月も、太陽すら無くしてしまったとしても残りますわ。
その中に宿る人の心と共に…。
たった独りでも生きていけたら…。
とても寂しいけど生きていけるなら…。
ヒトの生きた証は永遠に残りますわ』
(ユイくん、本当にこれでいいのか?)
- 同刻・レイの部屋
- レイはパジャマ姿で両手で枕を抱え込み、ベッドの上にペタンと座り込んでいた。
窓から見えるほぼ満月になった月を、その悲しげな紅い瞳で、じっと見つめながら…。