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新世紀エヴァンゲリオン+
第弐拾六話 「星に願いを」
- ターミナルドグマ・ダミープラント
- 無意識のうちにレイの足はここに向いていた。
かつてのレイのダミーの、まだ溶け残っている身体の一部が漂う水槽の前で、レイは制服姿で膝を抱えて座り込んでいた。
(私、碇くんに嫌われてしまった)
(碇くんはもう、私を見てくれない)
(私は、所詮、人形なのね)
(夢など見てはいけなかったの…)
(もう、ここには居られない)
(消えてしまいたい…)
(無へと還りたい…)
そこに現れるゲンドウ。
「やはりここにいたか、レイ。
さぁ、行こう。約束の時は来た。
おまえは、今日、この時のためにいたのだ…」
ゆっくりと振り向き、立ち上がると、静かに答えるレイ。
「はい…」
- 初号機のケージ
- シンジはレイを探して走り回るうちに、ここへ来ていた。
アンビリカルブリッジ上で立ち止まり、無意識に握ったり開いたりしている右手を見つめる。
(ぼくは確かに綾波を避けていた。
ヒトとは違うから?三人目だから?)
(違う!そうじゃない!
ぼくは、綾波がぼくの知っている綾波じゃないかもしれないということを、
それを恐れていたんだ。
それが事実かもしれないということを、
綾波に会えばそれを知ってしまうかもしれないということを恐れていたんだ。
だから、会えなかった…。
会いたくなかったんだ…)
(でも、綾波は綾波だったんだ。
他の誰でもない、たったひとりの綾波だったんだ。
ぼくはそれがとても嬉しいんだ。
そして、今は綾波に会いたい。とても会いたい)
そしてシンジは気がついた。自分の気持ちに…。
(この気持ちは…『好きだ』という気持ち?
ぼくが自分が嫌いでも誰かがぼくを好きになってくれる事もある。
それをカヲルくんは教えてくれた。
そして、逆に、ぼくは自分を嫌いでも、人を好きになれる?
ぼくは自分が嫌いだから、人から好かれる資格なんて無い、
人を好きになる資格なんて無いと思っていた。
でも、そんなぼくでも、好きになってくれる人がいる。
自分が嫌いなら自分を変えていけばいいじゃないか。
自分の欠点が見えれば、変えていくことだって出来るはずだ。
自分を好きになってくれる人がそれを望むなら。
そして、自分がそう望むなら…)
手をギュッと握り締め、顔を上げて初号機を見上げる。
その顔にはもう迷いは無かった。
「綾波…どこへ行ったんだろう?」
(綾波は自分の心を見せてくれた。だから…)
「会って、伝えなきゃ…」
(ぼくの…自分の心を…)
その時、初号機の目に光がともる。
- シンジは暗闇に立つ白衣のユイの姿を見ていた
- 「母さん…」
「シンジ、あの人を、お父さんを止めて。
あの人は間違った道を行こうとしているの、レイを連れて…。
レイを、あの娘の魂を、救ってあげて」
「綾波は、父さんと一緒にいるの?…どこに?」
「ターミナルドグマ、リリスのもとへ…」
- ハッと気付くシンジ
- いつの間にか制服のままエントリープラグに座っている。
「ターミナルドグマ…」
つぶやくシンジ。
- 起動する初号機。
- 拘束具を強制排除し、メインシャフトへ向かう。
- 警報の鳴り響く発令所
- ミサトが叫ぶ。
「シンジくん!待って!何をするつもり?!」
ミサトは日向の方を向き、素早く指示する。
「初号機の電源をカット!停止信号を送って!」
日向が振り向く。
「ダメです!アンビリカルケーブルは最初からつながってませんし、
停止信号も受け付けません!」
モニターを見ながら伊吹が言う。
「初号機内部に高エネルギー反応!
内蔵電源ではなく、S2機関で起動しています」
ミサト呆然とつぶやく。
「なんてこと…暴走なの?」
伊吹がキーボードを叩きながら答える。
「いえ、信号はオールグリーン。
パイロットの精神状態は多少興奮状態にあるもののノーマルですし、
初号機からのパルスの逆流も精神汚染も認められません」
そこにシンジからの通信が入る。
「ミサトさん、母さんが言うんだ。
父さんを止めろって、綾波を救ってやれって。
だから、行かなくちゃ…」
「お母さんが…って、シンジくん?」
心配そうなミサト。
リツコがつぶやく。
「そう、初号機の中のユイさんが…」
「つまり、碇司令は、今、これから、補完計画を実行に移そうとしている、
という訳ね」
ミサトは噛み締めるようにつぶやくと、顔を上げてシンジに言う。
「解ったわ、シンジくん。
お願い!司令を止めて!補完計画を阻止して!」
- メインシャフトを降下中の初号機
- エントリープラグ内のシンジが決意を浮かべた表情でつぶやく。
「補完計画?
アレを実行するつもりなのか?父さん…
父さんには、ぼくらの未来を変えてしまう権利は無いんだ。
ぼくらの未来はぼくらが創る。
ぼくが行くから、
待ってて、綾波…」
- ターミナルドグマ・リリスの部屋
- レイとゲンドウはリリスの前に立ち、その白い巨体を見上げている。
「アダムは既に私と共に在る。
ユイともう一度会うには、これしかない。
始めるぞ、レイ。
全てのヒトの、ATフィールドを、心の壁を解き放て。
欠けた心の補完。全ての魂を今再び一つに」
レイは靴と黒いソックスを脱ぎ、続けてゆっくりと制服を脱ぎはじめる。
後ろからその姿を見守る、左手をポケットに突っ込んだポーズのゲンドウ。
パサ…
最後の下着をその手から落とし、一糸まとわぬ姿となったレイ。
顔を上げると、ゆっくりと浮上していく。
リリスの胸の前で止まり、その仮面を付けた顔を見上げる。
その時、轟音と共に隔壁を破った初号機が現れる。
「綾波っ!父さん!!」
「来たか…」
ゲンドウの足元をLCLの波が洗い、レイが脱ぎ捨てた衣服をさらって行く。
だがゲンドウは身じろぎもせずリリスとレイを見上げている。
シンジはリリスの前にレイが浮かんでいるのを見た。
「綾波、何を…」
レイはリリスの顔を見つめたままつぶやく。
「無へと還るの…それが私が生まれてきた意味だから」
リリスの胸の一部が触手のように伸びてレイを捕らえ、そのまま胸の中へと取り込んでしまう。
その手を十字架に打ち付けていた巨大なくさびがズルリと抜けるように外れる。
前のめりになりながら足元のLCLの海に着水するリリス。
仮面を落とし、身体を起こしながら急激にその形態をレイの姿へと変えていく。
焦るシンジが叫ぶ。
「綾波!!きみは、リリスじゃない!!綾波レイだ!!
たとえ身体が何で出来てたって、きみは人の心を持っているんだ!!
それは、人間だってことなんだよ!!」
リリスは既に完全にレイの姿となっていたが、その眼は虚ろで何も見ていない感じだった。
そして、その背中と足から6対の翼が生え、伸びて、広がった。
その白く燐光を発する翼の間から、青白いアンチATフィールドの輝きが広がりはじめる。
- 緊迫する発令所
- 青葉がモニターを見て叫ぶ。
「ターミナルドグマに高エネルギー反応!
ATフィールド、いえ、これは…アンチATフィールドです!!」
「何ですって?!」
(間に合わなかったの?)
焦りの表情のミサト。
- ターミナルドグマ
-
「補完が始まる。いよいよだ」
ゲンドウがつぶやく。
シンジは青白い光の翼を広げたリリスの姿を見て絶望と恐怖を感じていた。
だが、その思いを断ち切らんとばかりに絶叫する。
「きみは言ったじゃないか!!
人形じゃないって!!
人として生きたいって!!
自分の気持ちを裏切らないで!!
ぼくの気持ちを裏切らないで!!
ぼくをひとりにしないでよ!!
好きだったんだよ!!きみを!!
綾波レイを!!
きみを好きなんだよぉ!!」
全身全霊を込めて叫ぶシンジ。
「綾波ぃぃ!!」
シンジの心からの叫びは、ついにレイの心に届いた。
「…っ!碇くん!!」
強く2回まばたきすると、虚ろだったその瞳に光が宿る。
アンチATフィールドの青白い輝きが消える。
「私…人間じゃないのに…好きだと言ってくれるの?」
シンジは、ハッと我に帰り、目の前のリリスを凝視する。
その時、リリスは、綾波レイそのものになっていた。
そしてシンジは、もう恐怖を抱いていなかった。
「言っただろ、容れ物がどうであれ、人の心を持っているきみは、人間なんだって…。
だから…ぼくは…」
胸が詰まり、言葉が続かなかった。
レイはそれを聞くと感極まったように顔を伏せ自分の胸をかき抱いた。
そして、肩を震わせながら、震える声で言った。
「碇くん…私を…リリスを、殺して…」
シンジはビクッとする。その脳裏にはカヲルとの記憶が走りぬける。
そこにゲンドウの焦りを含んだ声が割り込む。
「いかん!!なぜだ!!レイ!!」
レイはそのままの姿勢で、
「私、あなたの人形じゃない」
吐き捨てるように言うと、
「碇くん、お願い!!このままでは、私はリリスを抑えきれない!!
お願い、このまま心まで人でないものになってしまう前に!!」
そう叫ぶ。
シンジは青ざめた表情でうつむいたまま、迷ったときの癖で右手を握ったり開いたりしながら、
「ぼくは、どうすればいいんだ?どうすれば?」
そうつぶやいていたが、その時、カヲルの声だったか、母・ユイの声だったか、何かを聞いた気がした。
そう、確かに。
「そうか!!」
顔を上げると、その目には決意の光。
「リリスは封印する!!
でも、綾波!!きみは助けるよ!!
絶対に助ける!!」
「これが、リリスが、人類の母なら、人類はもう独り立ちしてるんだ、
いつまでも母親に縛られてはいられないんだ!!」
そう、それは、自分に向けての言葉だったかもしれない。
「そうだよね…母さん…」
「でも、母さん…これが最後だ。
お願いだ!力を貸して!」
「うをおおおおおおおおお!!!!」
シンジが叫ぶ。初号機もそれにシンクロして雄叫びを上げる。
身体の各部の拘束具が吹き飛び、その背中から6対のATフィールドの翼が開かれていく。
リリスのATフィールドと初号機のATフィールドが干渉し合い、空間が激しく振動する。
- 発令所
- 不安げなミサト。
「なに?この振動は?」
青葉
「ターミナルドグマからです!」
ミサトが焦りを隠せず声を高める。
「どうなってんの?!」
青葉が答える。
「強力なATフィールドにより、モニターもセンサーも死んでます!!
確認できません!!」
そこに日向の報告が入る。
「大気圏外から高速で接近中の物体有り!!」
続いて伊吹の報告。
「形状分析!ロンギヌスの槍です!!」
冷静を保っていた冬月だったが、それを聞くと顔色を変える。
「ロンギヌスの槍だと?!なんてことだ…」
(碇、どうする?)
日向が叫ぶ。
「本部を直撃します!!」
ミサトはとっさに指示を出す。
「アブソーバー最大!対ショック防御!!」
ほぼ同時に激しい衝撃がジオフロントを襲った。
手近なものにつかまり、衝撃に耐える発令所の面々。
- ターミナルドグマ
- ロンギヌスの槍は各層の隔壁をいとも簡単に突き破り、今、初号機の手に在った。
「綾波!!ごめん!!」
シンジはそう叫ぶと、ロンギヌスの槍を両手で水平に構え、リリスに向かって突き出した。
同時にリリスは後ろに吹き飛び、再び十字架に磔られた格好になる。
間髪入れず初号機の右手刀がリリスの胸に突き立ち、のけぞるリリス。
「!!!」
声にならないレイの叫び。
苦痛がレイを襲うが、意識を失ったらリリスを抑え込んでおくことが出来ないので、必死に耐える。
初号機の手刀は素体が剥き出しになっている。
リリスのコアを掴むその手がコアと融合していく。
「ああっ!!くっうっうっ…」
悶絶するレイ。リリスも苦悶の表情を浮かべている。
だが、その心にシンジの声が流れ込んで来る。
(助けるから!!必ず助けるから!!だから、会いたいって!!帰って来たいって!!強く念じて!!)
レイは暗い部屋にひとりしゃがみこんでいた。
そして、誰かを待っている。
とても寂しい。でも、きっと、その人が来てくれる。
必ず来てくれる、と、信じている自分に気がついた。
だから、待っていられる。
そうして、ずっと待っていた。
そして、その時は来た。
重い扉を開けて、その人は来た。
手を差し伸べている。
「さぁ、行こう。レイ。ぼくたちには、未来が有る。
カヲルくんが譲ってくれた、ぼくたちの未来が…」
その手を取って立ち上がるレイ。
「碇くん…逢いたかったの…」
そして、光の奔流。
シンジは、その手にレイを感じ取ると、初号機の手をコアから引き抜いた。
そして、初号機の手には生まれたままの姿のレイがいた。
気を失ってはいるが、確かに生きている。
それを確認すると、シンジは左手でロンギヌスの槍をリリスのコアに振り降ろす。
「リリスを、はじまりの姿へ!!」
その叫びに呼応して、槍は姿を変える。二股に別れた先端は弧を描くように変形し、リリスのコアを指で摘まむように挟み込んだ。
その瞬間コアは激しい光を放ち、肉体から分離した。
コアを失ったリリスの肉体は崩壊をはじめ、LCLの海の中へ崩れていく。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
シンジはあえいでいた。
「終わったのか?」
ロンギヌスの槍に囚われたリリスのコアはまだ光を放っている。
「…いや、まだだ…」
シンジはゲンドウの姿を見つけると、槍のもう一方の端を向けた。
「父さん!!」
ゲンドウは静かにその先端を見つめていた。
シンジはゆっくりと言う。
「そこに、アダムがいるんだろう?」
ゲンドウはニヤリとその口元を歪めると、低い声で言った。
「私の負けだな、シンジ」
そして、左手を上げ、手袋を外す。
その掌にはアダムの胚が植え付けられ、組織が変質していた。
手首にはロンギヌスの槍から採取した組織で作ったブレスレットがはめられており、それがアダムの暴走を防いでいる。
シンジは嫌悪の表情を浮かべて凝視していたが、ゲンドウが脇から銃を抜いたのを見て、ハッと身を乗り出した。
「父さん!何を?!」
同時に数発の銃声。
「父さん!!」
叫ぶシンジが見たのは、左腕の肘から先を失い、激痛に耐えるゲンドウの姿だった。
そしてゲンドウは落とした左腕を右手で拾い、槍の前に掲げた。
「さぁ、どうした、シンジ」
その気迫に飲まれかけていたシンジだったが、ゴクリと唾を飲み込み、うなずくと、叫んだ。
「アダムを、はじまりの姿に!!」
リリスの時と同様に槍が変形し、アダムを掴む。
次の瞬間、アダムは光を放ちながらリリスのコアと同じような球体へ姿を変えていた。
そして、数秒間リリスとアダムの卵は呼応するように明滅していたが、やがて光を失い。沈黙した。
「終わった…」
シンジは深く息を吐き、目をつむってインテリアシートに身を沈めたが、ハッと目を見開くと、初号機の右手に横たわっているレイをのぞき込んだ。
「綾波!!」
慌てて、しかし、丁寧にレイを床に降ろすと、エントリープラグを排出し、初号機の機体を滑り降り、倒れているレイに駆け寄る。
そっとレイを抱き起すシンジ。
「綾波!!綾波!!」
「ん…」
気付いたレイはゆっくりを目を開けた。
「碇くん…」
その瞬間、シンジは、レイを抱きしめていた。
「綾波…良かった…」
レイはそうつぶやくシンジの背中にそっと手を回すと、目をつむり、囁いた。
「ただいま。碇くん…」
シンジはゆっくりとレイから身体を離すと、目に涙を浮かべながらも笑顔で答えた。
「お帰り。綾波…」
その笑顔を嬉しそうに見つめるレイだったが、その瞳がシンジの背後の動きを捕らえたのにシンジは気付き、振り返った。
ふたりの眼前にはATフィールドのオレンジ色の球体が浮かんでおり、その中には右手で左上腕を押さえて立つゲンドウと、白衣のユイの姿が…。
「父さん…母さん…」
シンジが声をかけると、ゲンドウは少し躊躇したようなそぶりを見せたが、やがて口を開いた。
「私はこの世界を嫌悪していた。いや、自分自身を、だったかもしれんな。
だから、全てを変えるべく、人類補完計画(甲)を進めて来たのだ。
だが、私も性急すぎた」
血の付いた右手でメガネを外すゲンドウ。
「ユイにもたしなめられたよ。
私には、おまえ達の未来を変えてしまう権利は無かったのだな。
お前たちは、ヒトの、この人類の可能性は、
私が考えていたよりももっと大きいものだと教えてくれた」
ゲンドウは表情を和らげ、シンジに問いかける。
「シンジ、おまえはこの世界が好きか?」
戸惑うシンジ。
(父さんが?世界が、自分自身が、嫌いだったって?
父さんも…僕と同じだったんだ…)
そして、ゆっくりと噛み締めるように答える。
「昔は、嫌いだった。今でも、どうか、よく判らない。でも…
好きになれる…と思う。好きになりたいと思う!」
最後の言葉には、強い意思が込められていた。
「そうか」
ゲンドウは今までシンジには見せたことのない笑顔を、そう、ユイの他にはレイにだけしか見せたことのなかった、あの笑顔でシンジを見つめていた。
「父さん…」
ゲンドウは、自分を見上げるシンジからレイに視線を移し、声をかけた。
「すまなかったな、レイ」
しかし、視線を逸らすレイ。
ユイが見かねたように口を開く。
「レイ、この人を許してあげて…」
レイは、しばらく視線をさ迷わせ、何か考えている様子だったが、やがて顔を上げると、ゲンドウを見つめ、言った。
「もう、いいの。
私は、碇司令によってこの世に生を受けたのだし…」
そっとシンジの手を握るレイ。
「今は、生きる希望も見つけたの。
だから…いいの」
そして、また顔を伏せる。
その様子を見て、シンジに視線を戻すゲンドウ。
「シンジか…」
シンジはレイを見てつぶやく。
「綾波…」
そして、シンジが顔を上げると、シンジを見つめていたユイと視線が合う。
ユイが優しく言う。
「シンジ、私達は、これから無限の時間を生きていくけど、
いつまでも、あなたのことを愛しているわ。
この人は口下手だからそんなこと言わないけど、想いは同じなの」
「母さん…。ぼくは大丈夫だよ。大丈夫だと、思う」
そう言って、レイの手を強く握り返すと、レイは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにはにかんだような表情に変わりシンジを見つめた。
シンジはレイと一瞬視線を交わし、自分も照れたような微笑みを浮かべた。
「綾波がいる。アスカも…。友達も出来たんだ。もう、ぼくはひとりぼっちじゃないから…」
微笑むユイとゲンドウ。
「シンジ、すまなかったな。私はユイと行く。
もうひとつの計画(乙)を他の星で実現するためにな。
もはや急ぐことはない。ゼロからのスタートだ」
シンジは何を言っていいか解らず、ただ、
「父さん…」
とつぶやくだけだった。
いつのまにか、冬月、ミサト、リツコがその場に来ていた。
「初号機による強制サルベージか…無茶をしおる」
ゲンドウは冬月に顔を向ける。
「冬月先生。後を頼みます」
「まったく、厄介な仕事ばかり押し付けおって。だが…」
憧憬にも似た眼差しでユイを見つめ、笑顔を浮かべる。
「君らの計画がいつの日か実を結ぶことを祈っているよ」
ゲンドウはリツコに顔を向けて言う。
「リツコくん。すまなかった。それは私からの最初で最後のプレゼントだ」
リツコがびくっと顔を上げると、その目には涙を浮かべていた。
そして涙声で、
「…勝手な人ね」
そう言うと、顔を伏せ、自分の下腹部にそっと両手を重ねた。
「でも…ありがとうございます」
その顔は、笑っているような、泣いているような、複雑な表情だったが、それまでリツコが見せたことの無い、穏やかな雰囲気を醸していた。
ミサトは、それが何を意味するのか悟り、驚いてリツコを見つめた。
「リツコ…あんた…」
ゲンドウは次にミサトに顔を向けると、
「葛城くん。子供達を頼む」
頭を下げ一礼した。
ミサトは、ゲンドウの意外な行動に目を見張ったが、慌てて
「はっ、はい!」
と敬礼で答えた。
そんなミサトを見てゲンドウは苦笑いを浮かべると、
「これは命令ではない、私個人…」
と言いかけ、ユイにチラっと目をやると、言い直す。
「…いや、私達夫婦からの頼みだ」
そして、もう一度シンジとレイに目を向けるゲンドウ。
「シンジ。元気でやれよ」
シンジも、もう、ゲンドウへのわだかまりは無かった。
「さようなら…父さん。母さん」
そして、レイも、つぶやくように…
「さようなら…」
ゲンドウとユイはATフィールドの光に包まれ、ひとつの光球となって初号機のコアへと吸い込まれていく。
そしてロンギヌスの槍の両端にリリスとアダムの卵を持った初号機は、6対のATフィールド翼を広げ、宇宙へと飛び立って行った。
満天の星空に輝く満月を、飛び越えるように…。
「ところで、シンちゃん、レイにいつまでその格好させとく気ぃ?」
ミサトの言葉で我に帰ったシンジは、腕の中のレイが裸のままなのに気がついた。
「うわっ!たっ!ごごご、ごめん!」
真っ赤になって慌てるシンジに差し出される白衣。
「リツコさん…」
「これ、着せてあげて」
「あ、はい」
シンジは受け取ると、レイに渡す。
「ほら、これを着て」
「うん、ありがと」
レイは受け取ると袖を通し、前を合わせた。
「リツコ、あんたレイを憎んでたんじゃ…」
と訝るミサト。
「もう、いいの。憎む理由もなくなったわ」
さっぱりした顔でリツコ。
「じゃぁ、さっきの司令のセリフ…。リツコ、アンタやっぱり…」
ミサトの追求を軽くかわし、
「ふふ…さぁ、どうかしら?そのうち解るわ」
と踵を返し、出口へと歩きはじめるリツコ。
「あ、ちょっと!ん〜、ま、いっか!さ、戻りましょ?みんな心配してるわよ」
と、いつもの明るさを取り戻したミサト。
「ふ…女は強いな…」
苦笑を浮かべ、ひとりつぶやく冬月であった…。