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新世紀エヴァンゲリオン++

第壱拾話:幸せな時間を切り取って…
(ホワイトデー・後編)


2016/03/13(日)
レイとシンジの一日早いホワイトデー

早めのブランチを取りアスカを送り出した後、シンジはレイとクッキーを作りに掛かる。

オーブンをセットし、前もって用意してあった材料を並べると、シンジはレイにお菓子作りの本を見せる。
「この付箋を付けてるのを作ろうと思うんだ。ぼくが作るから綾波は手順を読み上げてよ」

シンジは前日にテキストに目を通して一通り頭に入れてはあったが、レイにも覚えてもらう為に敢えてそうした。

「ええ…」
いつも初めての料理を教わる時に見せる、神妙な表情で答えるレイ。

「じゃ、始めようか。最初は?」

「…まず、薄力粉とグラニュー糖、アーモンドパウダーを…」

レイが読み上げる手順に従ってシンジが手際よくクッキー生地を作って行く。

「こんなもんかな?」

出来上がった生地はバニラだけのプレーンな物とココアを加えた物の2種類だった。
まずは基本的な所から、というところがシンジらしい。

「同じような生地を使っても、焼き方で違う出来上がりになるんだって」

「ソフトタイプとハードタイプね?」
レイが本を見ながら確認するようにつぶやく。

「うん、今日作るのはハードタイプだけどね」

出来上がった生地をラップで包んで冷蔵庫に入れる。
「これで少し寝かせておいて、その間に次の用意をしちゃおう」

ふたりは散らかったテーブルの上を片付け、伸し板と麺棒を用意する。

「お茶の用意もしておこうか。綾波はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」

レイはシンジたちがやってくるずっと以前、本部でリツコが飲んでいたコーヒーの残りを興味本位で飲んでみた印象が「…苦い…」というものであったので、コーヒーとは苦いだけでおいしくないものという認識をしていた。
だがここに来てから、シンジが行きつけの喫茶店で仕入れて来た特製ブレンドを淹れてくれた時に、淹れたてのコーヒーは自分が以前飲んだ物とはまるで別物だと気付き、砂糖とミルクを入れた物を飲むようになっていたのだった。

一方紅茶は、毎日学校から帰ると必ず一杯淹れて、おやつをつまむのが彼等の日課になっていた。

その他にも、夕食後は和食の場合は緑茶かほうじ茶、中華の場合は烏龍茶、洋食の場合はコーヒーと決まっているのがシンジのこだわりらしい。

レイはここに来る以前はどれもほとんど飲んだ事が無かったが、今ではそれぞれの味や香りを楽しむことができるようになっていた。
まだ、これが一番好き、という物は決まってなかったが…。

レイはしばらく考えていたが、
「…碇くんはどっちがいい?」
と、逆に聞き返す。

「うん?ぼくは綾波が好きな方でいいよ」

「私…どっちでもいい…」

そう答えるレイにシンジは、
(今日の夕食後はコーヒーにするつもりだから…)
と考えて答えを出す。

「じゃ、紅茶にしよう。そこに新しい缶が有るから…。
さて、そろそろいいかな?」

シンジは冷蔵庫から生地を取り出すと、伸し板の上に広げ麺棒で適当な厚さに伸す。
伸したプレーンとココアの2枚の生地を重ねクルクルと巻き取ると、ツートンの渦巻状になった生地を再びラップで包み、今度は冷凍庫へ入れる。

「さ、またこれで30分くらいだったかな?」

レイは本を確認する。
「…ええ、約30分」

「うん、じゃ、ここを片付けちゃおう」

テーブルの上と流しの物を片付けるうちに30分経ったので、シンジは冷凍庫から生地を取り出し、適当な厚みに切り分け、予熱してあったオーブンに並べる。

「…約170℃で…12〜3分ね」
レイは本を確認している。

「うん、今のうちにお湯を沸かしちゃおう。綾波は紅茶の準備をしてくれる?」

「うん…」

シンジがポットでお湯を沸かし、レイがティーサーバーの準備をしてアールグレイの缶を開ける頃には、オーブンから甘い香りが漂いはじめる。

「そろそろかな?」

シンジとレイはふたりオーブンの前に並んで中をのぞきこむ。

「なんだか、わくわくするね」

オーブンをのぞいたまま笑みを零すシンジの横顔を見て、レイもつられて微笑む。

「…ええ、そうね…」


「うん、うまく焼けたみたいだ」
オーブンからクッキーを取り出したシンジが、その出来栄えをチェックする。

「リビング、片づいてるから…」

「紅茶持って先行っててよ。これ、お皿に移しちゃうから」

「うん」
レイはティーサーバーから紅茶をカップに注ぐと、手早くエプロンを外し、きれいに畳む。

その優雅とすら言える動作に手を止めて見とれるシンジ。
(やっぱり、女の子って、こういうの、似合うな…)

「碇くんも、早く来てね」

そう言って紅茶のカップを乗せたお盆を手にリビングへ入って行ったレイの声に、ハッと我に帰ったシンジは慌てて作業を再開する。


シンジが大皿に乗せたクッキーを持ってリビングに入って来ると、レイはテーブルにふたり分の紅茶のカップを置いて、その前のソファーにちょこんと座って待っていた。

シンジはレイの前に皿を置くと改まった顔つきでレイを見つめる。

レイは立ったまま黙って自分を見ているシンジを見上げると、不思議そうな顔をして問いかける。
「…なに?」

照れくさそうな顔をして、シンジが口を開く。
「あの、バレンタインの時はありがとう。
これがぼくからのお返しだから」

レイは微笑みを浮かべるとシンジに礼を言う。
「うん…ありがとう。私、嬉しい…」

「うん…。じゃ、食べてみてよ」

レイはクッキーをひとつ取り、口に運ぶ。

サク…

甘く優しい味と香りが口の中に広がる…。
レイにはそれがシンジの優しい心そのものであるかのように感じられていた。

「…おいしい…」

「よかった」
ほっとした表情のシンジ。

レイはそんなシンジを見上げると微笑みを浮かべ、隣のクッションに手を置いて言う。

「碇くんも…座って…」

「あ、うん、そうだね」

シンジはレイの隣に腰を降ろし、紅茶のカップを手に取り一口すする。

「綾波も、紅茶淹れるの上手になったね。初めて淹れた時は…」
と、葉の入れすぎで苦くなってしまった紅茶を思い出して苦笑を漏らすシンジに、レイはちょっとむくれる。

「…だって…淹れ方、知らなかったもの…」

「そっか…ゴメン、そうだよね」
シンジはそう言いながら、
(綾波のこんな顔、初めて見るけど、むくれた顔も…かわいいな…)
などと思ってつい顔がほころんでしまう。

レイはそんなシンジの表情の真意が解らず、むくれた顔のままたずねる。
「…どうして笑うの?」

(しまった!)
レイの機嫌を損ねたと思ったシンジは慌てて弁解する。
「あ…ゴ、ゴメン。べ、別に綾波をバカにしたわけじゃないんだ。
その…綾波のそんな顔も、かわいいなって…」

「え…」
ボッと音が聞こえるかのように赤くなってしまうレイ。

「あ…いや、その…」
シンジもつい言ってしまったものの、レイの反応に自分も赤くなって、しどろもどろになってしまう。
「ク…クッキー、どんどん食べてよ。きみのために焼いたんだから」

「うん…ありがとう…碇くんも食べて…」

「う、うん…いただくよ」


サク…


サクサク…


コクリ…


無言のふたり…。
クッキーをかじる音と紅茶を飲む音が妙に大きく響く…。


(ええっと、何か話題、話題…。
困ったな、何話したらいいんだろう?
考えてみれば今まで、大抵アスカもいて3人一緒だったから、
綾波とふたりっきりになったことって、ほとんどないんだよな…。
料理する時はふたりっきりでも全然気にならないんだけど、こういう時は…)

慣れない状況に置かれたシンジは頭の中がパニック状態になっていたが、そのうちその雰囲気に慣れて落ち着いてくる。

(…静かだな…。
ひとりで居る時は音楽でも鳴らしてなきゃ寂しいけど、
綾波とふたりで居ると、今はこんな静けさもいいなと思える…。
綾波の息づかいまでもが聞こえてくる、こんな静けさが…)
そんなことを考えていたシンジは、ふと自分をじっと見つめているレイに気付く。

「なに?綾波?」

「ううん、なんでもない…」

そう言うと頬を染めうつむいてしまうレイ。
なんだか笑いをこらえているような表情だ。

シンジには訳が解らなかったが、ただ純粋に
(やっぱり、可愛いなぁ…綾波って…)
と思っていた。


しばらくしてうつむいたままレイがつぶやく。

「碇くん…」

「うん?」

「ふふ…」
小さく笑いを零すレイ。

シンジもつられて笑顔になってしまう。

レイは考えていた。
(ただ…碇くんとふたり…並んで座って…、
何をしているわけでも無いのに…、
どうして…こんなに楽しいの?
心が…なにか…温かい物で満たされる感じ…)

レイは顔を上げると、シンジを見つめる。
「碇くん…」

「なに?」

「幸せ?」

唐突なレイの問いかけだったが、シンジはそんなレイの幸せそうな笑顔に、自分も照れたような笑顔で答える。

「綾波が幸せなら、ぼくも幸せだよ」

「嬉しい…碇くん…私も、幸せ…」
少し頬を染めてうつむき、そうつぶやきながらソファに身を沈ませるレイ。

(私…幸せ。…碇くんも幸せ。
…嬉しい…。
このまま…時間が止まってしまえば…いいのに…。
このまま…ずっと…)

この時間を慈しむかのように目をつむる。

(碇くんの匂い…。
なんだか…心が落ち着く…。
…心が…身体が…暖かい物で…包まれていく……感じ……)

ゆっくりとシンジの方に身体が傾いて行く。

レイが自分に寄りかかって来たのを感じて驚くシンジ。
「あ、綾波…」
慌ててレイの方を見ると目の前にレイの横顔があるのにドキッとするが、彼女は気持ち良さそうに目を閉じて小さく寝息を立てていた。

(寝ちゃったんだ…。
警戒心無いのかな?
いや、それだけぼくを信頼して、頼ってくれてるんだな。
嬉しいな…。
綾波の信頼に応えられる男にならなくっちゃな…)

そんなことを考えていたシンジだが、触れ合う二の腕から伝わるレイの温もりと、耳元で聞こえる穏やかな寝息に心が安らぐのを感じると、ひとつ大きなあくびを噛み締める。

(綾波って、いい匂いがするな…
…なんだか…ぼくも…眠くなっちゃった…)





「ただいま〜。…あれ?誰も居ないの?」

そろそろ夕日が射し込む時間に帰って来たアスカが、誰の返事も無いので不審に思ってリビングをのぞくと、ソファーに座ったまま肩を寄せ合って眠り込んでいるシンジとレイを見付けた。

(チェ〜っ!見せつけてくれるわね〜!
幸せそうな顔しちゃって。…あ、そうだ!)

アスカは何か思い付いたようで、ニヤリと笑みを浮かべると自分の部屋に入って行った。

少しして戻って来たアスカは、長いリボンとケンスケからプレゼントされたデジカメを持っていた。

(これを、こうしてっ…と)

ふたりを起こさないようにそっとふたりの身体に一回りぐるっとリボンを掛ける。

(こんなもんかな?)

カメラを構え、シャッターを切る。

(どれどれ?)

すぐにプリントしてみる。

(うん!上出来!)

写真の出来に満足したアスカは、そこでふたりに声を掛ける。
「ほら!ふたりとも起きなさい!!アスカ様のお帰りよ!!」

ビクッ!としてシンジが目を覚ます。
「あ、アスカ…お帰り」

レイも目を開けるが、ちょっとボーっとしている。
(…?…私?…碇くん?…?…私?…私…)
「…あ?…アスカ?」

「レイったら、なに寝ぼけてんのよ。ほら、シャキッとしなさい!」
アスカが腰に両手を当てて仁王立ちになって見下ろしている。

そこでシンジが身体に掛けられたリボンに気付く。
「わ、何だこれ?」

「ふっふっふ…ジャーン!!」
とアスカは先程撮った写真を見せる。

そこには柔らかな午後の光の中、可愛くリボンを掛けられ、仲良く眠りこけるふたりの姿が在った…。

Clipped Happiness

「ああっ!アスカ!何だよ、それ!」
真っ赤になってしまうシンジ。

レイもすっかり目が覚めたようだ。
「アスカ、その写真…欲しい…」

アスカが自慢げに答える。
「ふふん?いい写真でしょ?
いいわ、アンタにプレゼントしたげる」

レイは嬉しそうに写真を受け取ると、じっとそれを見つめる。
「ありがとう、アスカ…。私、大事にするから…」

シンジはそんなレイを見ながら、
(綾波ぃ〜、後生だから、学校へは持って行かないでよ…)
と祈っていた。


夕食後
残りのクッキーをかじりながら、コーヒーでくつろぐ3人。

「何よアンタ達、結局、午後はほとんど寝てたってわけ?
せっかくの日曜日、もったいないじゃない」
アスカがあきれたように言う。

「でも…とても…気持ちよかった」
穏やかな表情でつぶやくように言うレイ。

そしてシンジを見つめ、一瞬目を伏せるが、また顔を上げ少し頬を染めて言う。
「碇くん…また、一緒に、寝てくれる?」

「えっ!…う、うん。たまにはこういう午後もいいよね」
真っ赤になりながらも照れくさそうに笑うシンジ。

だがその横でアスカは飲みかけのコーヒーにむせて咳き込んでいた。
「けほっ!けほっ!」
(二日続けて、やってくれるわね、この娘ったら…)


その夜
今、レイの部屋の机の上には、幸せな時間を切り取ったその写真が、アスカからもらったシンプルなフォトスタンドに入って大事に飾ってある。

レイはその写真に見入りながら考えていた。

(これは…幸せな時間の切片。
…私が…確かにここに生きたという…証…)

(私の…この身体…ヒトとは違う身体。
私はこの先ずっと、碇くんと同じ時間を歩んで行くことはできないかもしれない。
だから…今…できる限りのこの時間を、碇くんと一緒の時間を生きたという証を、
少しでも多く残しておきたい…)

(カメラ…時を切り取るもの…。私も、買おう…)
レイは自分もカメラを買おうと決意した。

そして視線を移したその写真の側には、あのリボンが巻いて置いてある。

(そして…これも、絆…。
碇くんとの…絆の…ひとつ…。
アスカ…ありがとう…)


2016/03/14(月)
ホワイトデー本番の日、次々と生徒が登校してくる朝の学校。

「洞木さん、おはよう」
珍しくレイから声をかける。

「あら、綾波さん、月曜日の朝からなんだかご機嫌ね。
さては、碇くんから何かいい物もらったのかしら?」

「ううん、くれたのはアスカ」

「は?」

「碇くんを…くれたの…」

「なっ??」

「私と碇くんが寝てたら、アスカが…」

「あっ、綾波さん?!」

「っちょっと!レイ!待ちなさいって!
ヒカリ、あのね…」

ヒカリに事情を説明するアスカだったが、周りの有象無象は既に妄想モードに突入している。

「おっ、おい、今、惣流が綾波にホワイトデーのプレゼントをって言ってたぞ」
「何ぃ!まさか、アスカ様に限って、レズってるなんて事は…」
「ちょっと待て、そのプレゼントは碇だって話だぞ」
「そっ、そうか、アスカ様は、下僕の碇に飽きが来て、綾波に払い下げたと…」
「あれ?惣流って、ケンスケと…」ドカ!バキ!!グシャ!!
「貴様、我々が敢えて考えまいとしている事を…」
「そっ、それより、綾波と碇が…寝てたって?」
「マジぃ?!碇の奴ぅう!!」
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」

今日も2年A組は平和であった(をいをい^_^;)。


To Be Continued...

あとがき
いかがでしたでしょうか?入魂の LRS 。…え?ラブラブ度が足りない?
今のふたりには、これが精一杯…。

今回は最初にこの写真のイメージが有って、それにお話を付けたような物なんですが、男なんて描いたの何年ぶりだ?(^_^;)
しかも文章は出来たものの、挿絵のシンジが似なくって苦戦してるうちに A.S.A.I. さんの『春眠、黄昏ヲ覚エズ(改)』が公開されちゃって大ショック!!(^_^;)。
そちらも読んでみると、共通する部分、対になる部分、異なる部分、などが見えて面白いかもしれません。

ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

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