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新世紀エヴァンゲリオン++
第壱拾弐話:ふたりでお出かけ
- 春休みに入ったある日
- シンジ、レイ、アスカの3人は、夕食後、いつもの様にダイニングでお茶を飲みながらくつろいでいた。
愛用の寿司屋の湯飲み(魚編の漢字が一面にびっしりと書いてある)でほうじ茶をすすっていたアスカは、シンジがお茶請けに出した柿ピーの、柿の種とピーナッツを無心に選り分けているレイをぼーっと見ていた。
(何やってんのかしら?)
そのまま黙って見ていると、レイは選り分けた柿の種とピーナッツをひとつひとつ交互にカリカリとかじり始めた。
(いちいち分ける意味有るの?)
そう思ってシンジの方を見ると、シンジも苦笑を浮かべてレイを見ていた。
「綾波、おいしい?」
シンジの問い掛けに、口をモグモグさせながら、コクリと頷くレイ。
(変な娘ねぇ…。ま、いっか)
深くは突っ込まないアスカであった。
そこでアスカはふと思いつき、お茶をすするレイに向かって言う。
「だけどアンタ、せっかく服沢山買ったんだから、かわいい服着てデートでもして来ればいいのに」
アスカの言葉に、レイは湯飲みを置いて答える。
「でも、碇くんが、何も着ない方が奇麗だって…」
レイのとんでもないセリフに慌てるシンジ。
「そっ、そんな事言ってないよ!ぼく。
あの時は、その、綾波は何も着てなくったって奇麗だと思うって、言っただけだよ。
いや、だから、その、元が奇麗なんだから、かわいい服を着た綾波だって、奇麗だと思うよ」
言ってて真っ赤になっている。
「そう?…ありがとう…」
レイは目を伏せて少し微笑みを浮かべる。
「ごちそ〜さま! ま、ちょうど春休みだし、この機会に沢山デートしたら?」
(まったく、そんなことまでアタシが気を回さないと駄目なわけ?)
と思いつつも言ってみるアスカ。
「デート?…いつもしてるけど…」
意外そうな表情で答えるレイ。
「はぁ?」
と訝しげなアスカ。
レイはなぜか頬を染めてもじもじすると、つぶやくように言う。
「碇くんと…お買い物…」
「学校帰りにスーパーで?それってデートなの?」
呆れ返った表情のアスカであるが、
(ま、そこがレイらしいのかもね)
などと思い、今度はシンジに振る。
「ま、本人がそれでいいってんならいいけど、シンジはどうなの?」
(ぼく全然そんな気はしてなかったけど、綾波はデートのつもりだったんだ…。
そんな事言われると、なんか、意識しちゃうよ…)
そんなことを考えていてアスカの話を聞いていないシンジ。
「ちょっとシンジ!聞いてんの?!」
アスカの苛立った声に慌てて答えるシンジ。
「あ、う、うん、でも、たまにはいつもと違う綾波も見てみたいかな?」
「ほら、シンジもこう言ってるわよ」
アスカの言葉に数瞬考え込むような表情を見せたレイだが、すぐに答える。
「…そう…そうね、わかった」
「シンジもいいわね」
シンジに駄目押しするアスカ。
「う、うん。もちろん」
(綾波と、デートか…。なんか、照れるなぁ…)
「はいはい、決まりね。で、どこへ行くの?」
「えっ?」
間の抜けた声を出すシンジ。
「えっ?じゃないわよ!
アンタ、まさか何も考えてないなんて言うんじゃないでしょうね?」
「そ、そんな事言ったって、今決まったばっかじゃないか。
大体、ぼくだってデートなんて初めてだし、よくわかんないよ!」
もっともな意見ではあるが、アスカに通用するはずもない。
「はぁ…。ま、アンタに期待するのがそもそも間違いよね。
デートって言ったら普通、映画見るとか、ショッピングとか、あ、遊園地もいいわね」
と、とりあえず無難な候補を挙げてみるアスカ。
「でも、ぼく、人込みって、苦手だし…」
などと言うシンジもシンジだが、
「私も人が沢山いる所、嫌い。疲れるもの…」
と、レイも同じような事を言っている。
このふたり、似た者同士なのかもしれない。
「アンタ達ねぇ…」
(人がせっかくまとめてあげようとしてんのにぃ!)
と、頭を抱えるアスカ。
「そうだ、山へ行こうか?」
急に思いついたように明るい表情になるシンジ。
「山?」
と、小首を傾げるレイ。
「はぁ?山ぁ?」
こちらはアスカ。
「そう、山。ちょっと知ってる場所が有るんだ」
シンジは以前家出した時に歩いた、ある山道を思い出していた。
(あそこならそう遠くないから、半日有れば行って来れるし…)
- 翌日、空は快晴、デート日和である。
- シンジとレイはアスカに見送られ、駅へと向かった。
『薮の中を歩くわけじゃないし、大袈裟な格好は必要ないよ』というシンジの言葉に従いアスカが見繕ったレイの服装は、シンプルな紺のキャミソールに生成りのニットのカーディガンをはおり、ボトムはスリムなブラックジーンズ+白のスニーカーといういでたちで、肩から可愛らしいポーチを袈裟懸けにしている。
さすがに化粧はしていないが、『アンタ、色素無いんだから、日焼け止めちゃんとしとかないと酷いことになるわよ』というアスカの助言に従い、UVカットのクリームとリップを付けていた。
レイが身なりを整えて出て来た時、シンジは思わず見とれてしまったが、アスカの『ほら、何とか言ってあげたら?!』の声に『う、うん…何だか、大人っぽいね。似合うと思うよ』と答えて、ふたりで赤くなっていたのはお約束。
シンジの方は、半袖のエンジ色のポロシャツにダークグリーンのバミューダ。ポロシャツと同系色のソックスに、バミューダと同系色のトレッキングシューズという組み合わせであった。
背中には早起きしてレイとふたりで作ったお弁当と冷やした烏龍茶が入った水筒が入ったデーバックを背負っている。
レイは本部へ行く時に乗る環状線やジオフロントへのリニアトレイン以外は乗ったことがなかったので、郊外へと向かうこの列車に乗ってボックスシートにシンジと向かい合わせに座ると、
(はじめての場所へ、ふたりだけで出かける…。
…嬉しい…なんだか…わくわくする)
そんな事を考えながら、車窓を流れる景色を眺めていた。
シンジも窓の外を眺めていたが、いつもよりちょっとだけオシャレをしたレイをまぶしく感じながらも、時折その横顔を無意識に見つめてしまっている自分に気付くのだった。
(やっぱり…奇麗だなぁ…綾波って…)
ふたりはとある駅で降り、バスに乗り換えて山奥のバスターミナルまでやって来た。
1時間に1本しかない帰りのバスの時間を確認すると、登山道へ入って行く。
そこは山道とは言えそれほど険しくはなく、広葉樹の林の中を通る緩やかな起伏の続く道であった。
この辺りでも気温の上昇に適応できず枯れてしまった針葉樹は多く、その代わり亜熱帯性の広葉樹が勢力を伸ばして来ていた。
シンジと並んで歩くレイにとって、風にザワめく木々の葉擦れの音、土と草木の香り、道の脇に流れる小川のせせらぎ、その全てが新鮮で、本や図鑑から得られる情報だけでは感じられない何かを全身で感じ取っていた。
レイは今まで NERV本部と、学校と、自分の部屋、これらを結ぶ決まり切った通り道以外、ほとんど歩いたことがなかったのだから…。
見る物触れる物の名前をひとつひとつ呟きながら、好奇心に瞳を輝かせるレイを見ながらシンジは、
(へぇ…よく知ってるなぁ…。でも、なんだか子供みたいで、かわいいな)
と、微笑ましい物を感じていた。
そこへ『ブーン』という羽音と共に何かが飛んで来てレイの頭に止まり、ビクッ!として固まってしまうレイ。
「碇くん、何?これ、何?」
ATフィールドを使えば頭の上でもぞもぞ動くそれを難なく排除できるにもかかわらず、そうしようとしないのは、レイが自分の命を大切に思いはじめてから芽生えた、相手が生き物であるが故の優しさだった。
不安げな表情で頭に手も上げられず固まったままのレイに、シンジは安心させるように笑顔を見せるとそれを取り、自分の掌に乗せてレイに見せる。
「大丈夫、ほら、カナブンだよ」
それは緑がかった金属光沢をした大きな甲虫だった。
「死んでしまったの?」
手足を突っ張って動かなくなってしまったそれを見て悲しそうな表情を浮かべるレイに、シンジは安心させるように言う。
「死んだ振りしてるだけだよ」
その通り、それはやがてシンジの掌の上でごそごそと動き出した。
「カナブン…コガネムシ科の甲虫ね」
レイも安心したような表情になり、それを指で触ってみている。
「奇麗ね…」
「うん、タマムシなんかは、もっと奇麗だけどね」
シンジはそう言って、それを近くの木の枝にそっと乗せ、また歩き出す。
そんな風にゆっくりと登って小1時間ほどで頂上近くまで来たが、その辺りまで来たところで空に急に雲が広がり、辺りが薄暗くなったかと思うと、突然強い雨が降り出した。
ふたりは慌てて少し先に見えた大きな木の下に駆け寄ったが、その数十秒間でかなり濡れてしまった。
シンジは背中のデーバックを下ろしタオルを取り出してレイに渡す。
「タオル、ひとつしかないんだ。ぼくは後でいいから先に身体を拭いて」
レイは手早く自分の髪や身体を拭くと、シンジに返す。
「はい、私はもういいわ、碇くんも早く拭いて」
タオルを受け取ったシンジはまず顔を拭こうとタオルを顔に持って行くが、そこでタオルに残ったレイのほのかな香りを感じ、手が止まる。
(あ…綾波の匂いだ…)
タオルを顔に当てたまま思わず深く息を吸い込んでしまったシンジは、ハッとしてチラリと横のレイを盗み見る。
(…気付かれてないよね)
レイはボーッと空を見上げて落ちて来る雨を見ているようで、シンジのそんな様子に気付いてはいないようだったが、烈しい雨にけぶる緑をバックにしたその横顔の、走った事で少し上気した頬と雨に濡れた髪がえも言われぬ色気を感じさせ、シンジはドキッとしてしまう。
(何をドキドキしてるんだよ、ぼくは…)
シンジはよこしまな気分を振り払うと大雑把に頭と身体を拭き、一息付く。
「天気予報じゃ降るような事言ってなかったけど、やっぱり山の天気は変わり易いのかな?」
「そうね…でも…すぐに止みそう。
ほら…見て…」
そう言ってレイが指差した空の一角は既に雲が切れかかっており、淡いサーチライトのような光が射しはじめていた。
その光はやがてカーテンのように空を広がり、いつしか雨も上がっていた。
そしてその雨上がりの青空に広がる、大きな虹の、アーチ。
木々の枝葉から風に飛ばされ、陽光にキラキラと煌く雨の、雫。
「わぁ…」
「奇麗…」
それは美しくも荘厳な情景であった。
ふたりは木の下から出て、少し先の展望台になった場所へと歩いて行った。
その高台から、雨の名残の水蒸気の中、淡く浮かび上がる山並みを見つめるふたり。
「これが……世界……。
私……今まで、この世界のごく一部しか見ていなかったのね…」
そうつぶやくレイの目には涙が光っていた。
自分の頬を伝う涙に気付くレイ。
「涙…そう…こういう時にも…涙が出るのね」
「うん…人は…悲しい時や、嬉しい時以外にも…何かに感動した時に…涙を流すんだ」
シンジも涙こそ流してはいなかったが、その光景に感動したようで、ゆっくりと言葉を紡いでいた。
「今日は…ありがとう、碇くん。
私…この日を、この光景を、忘れない…」
(碇くんと一緒に見た、この景色を…)
「うん…ぼくも…」
そなまましばらく余韻に浸っていたふたりだったが、どちらからともなく顔を見合わせると、微笑みを交わす。
「…お弁当、食べようか」
「ええ」
- 夕刻…
- 日没のころ、ふたりはいつもの駅に帰り着いていた。
すっかり暗くなり街灯が照らす帰り道を歩きながら、シンジはレイに言う。
「遅くなっちゃったね」
「そうね。でも、楽しかった…」
「良かった。綾波に楽しんでもらえて…」
横を歩くシンジに首をかしげるようにして訊ねるレイ。
「…碇くんは?」
「もちろんぼくも楽しかったよ。
また、どこかへ遊びに行こうよ」
「ええ…」
その後は交わす言葉もなく、今日一日のデートの余韻に浸りながら、並んで歩くふたりであった。
コンフォート17に帰って来ると、アスカがパスタを茹でてるところだった。
ふたりが遅いので、ひとりで夕食を取ろうとしていたらしい。
シンジが遅くなった事を謝ろうと口を開く前に、アスカが先制攻撃を仕掛けた。
「あら、帰って来たのね。お泊りかと思ったのに」
「なっ!そっそんなことするわけないだろ?!まだそんなの早いよ!
あっ、じゃなくって…」
慌ててしどろもどろになるシンジだったが、
レイは小さい声でぽつりとつぶやく。
「…それでもよかったのに…」
「はぁっ?」
と思わず聞き返すアスカと、
「え?なに?」
よく聞き取れず、聞き返してしまうシンジ。
レイは単に、お泊りの方がシンジとふたりだけで一緒にいられる時間が長いと考えたのだが、それが意味するところに思い至って顔に血が昇るのを感じると、
「なんでもない…」
と小さく答え、そそくさと自分の部屋に着替えに入ってしまった。
だがシンジは、
「ほら、アスカが変な事言うから、綾波が気を悪くしちゃったよ!」
などと見当違いもはなはだしい事を言っている。
「あんたバカぁ?!ほんとに解ってないわねぇ!」
苛立たしく声を荒げるアスカに、
「えっ?何が?」
と、キョトンとするシンジ。
(ったく鈍感ねぇ!この男は!!
それにしても、レイったら、意味解ってて言ってんのかしら?
…やっぱ、解ってるわよねぇ…。
でも、もう一歩踏み込んだ意味には気付いてないみたいだけど…。
ま、その方がいいわね、今は…)
アスカはそう思いながらも、シンジに追い打ちをかける。
「で、キスくらいはしたの?」
「し、してないってば!!」
慌てて否定するシンジに、ヤレヤレといった表情で首を振るアスカだったが、まさかふたりが今日一日、手すら握っていないとまでは思いもしなかった。
シンジくん、奥手過ぎるのも、どうかと思うぞ…。
- あとがき
- 今回は、地の文を増やして情景描写に挑戦してみましたが、難しい…。
「絵」は見えているのに、それを文章に表わす術を知らない…。
ボキャブラリーの貧困さを思い知りますね。
ま、一朝一夕に身につく物でもないか。精進精進。