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新世紀エヴァンゲリオン++

第壱拾五話:それぞれの、想い


2016/04/14(木)
昼休み、お弁当を持って屋上に集まるいつもの面々。

クラスは別になっても週に2回、火曜日と木曜日はこうして集まることにしていた。
毎日ではないのはヒカリの「新しいクラスにも馴染まなくっちゃ」という意見によるものだ。

だが、いつもと違い、今日はマナが一緒にいた。

昼休みに入り、レイ・アスカ・トウジと一緒に教室を出て行こうとするシンジに、
「ね、私も一緒していい?」
と訊ねたマナに、シンジが
「え?いいよ」
と気軽に答えた結果である。

シンジがマナを紹介する。
「えっと、ケンスケと洞木さんはクラス違うから初めてだよね。
 こちら、ぼく達のクラスの霧島マナさん」

「はじめまして。霧島マナです」
マナはにこやかに自己紹介する。

「オレ、相田ケンスケ。よろしく。可愛い女の子の友達が増えるのは大歓迎…いててて…」
余計な事を言うものだから、早速アスカに脇をつねられている。

目ざとくそれをみつけたマナは、
「ふふふっ!相田くんって、アスカの彼氏なの?」
と、興味深げにケンスケの顔をのぞき込む。

さすがにケンスケも少し引いてしまい、ちょっと顔が赤くする。
「えっと…その…」

そんなケンスケの様子を見てムッと来るアスカだが、ケンスケは気付いていない。

「彼氏って言うか…何かな?」
一応アスカに振ってみるケンスケだが、アスカは
「専属カメラマンでしょ!」
と、にべもない。

マナはそんなふたりを見て概ね納得したのか、今度はヒカリの方を向く。

ヒカリはアスカ達の様子を見て苦笑していたが、今度は自分にその矛先が向くのではないかと、内心ドキドキしながら自己紹介する。
「洞木ヒカリです。よろしくね」

「うん。こちらこそ、よろしくね」

それだけだった。

(なんで私の時は突っ込んで来ないの?)
ホッとしたような、肩すかしを食らったような、釈然としない想いが残るヒカリであった。
本当はトウジとの関係をあれこれ言われたかったのかもしれない。

マナからしてみれば、昼休みにいつもトウジにお弁当を届けに来るヒカリを知っていたので、今更どうこう言う事もないと思ってのことだったのだが…。


「さ、みんな揃ったから、お弁当食べましょ?」
アスカの声に皆はL字型に配置されたベンチに座り、お弁当を開く。

この日はレイがお弁当当番の日だったのでシンジとアスカはレイが作ったお弁当、トウジはいつものようにヒカリの作ったお弁当だった。
ケンスケはアスカがお弁当当番の日はお手製のお弁当にありつけるのだが、今日は購買のパンであった。
そして、初顔のマナは登校途中で買ったのだろか?パン屋さんのロゴの入った紙袋からパンを取り出していた。

(霧島もパンか…)
なにげなくマナの手元を見たケンスケだったが、その視線がある一点で止まる。
「あ、その時計!」
ケンスケが短く叫ぶ。

「ん?その時計がどうかしたの?」
アスカがエビのフリッターをほおばりながら怪訝な顔でケンスケを見る。

ケンスケは興奮しているようで、マナの方に身を乗り出している。
「戦自の正式採用品じゃないか?!どうしてそれを?市販はされてないはずだけど…」

なるほど、その大きさにしてもデザインにしても、確かに女の子が持つような物では無い。

だが、マナはなんでもないような顔をしてその時計をした腕を振りながら答える。
「あ、これ、お父さんからのプレゼント」

「え?マナのお父さんって??」
こちらはシンジ。

「じえーたいの武術教官やってるの」

「へえっ!戦自の武術教官?!」
ケンスケは目を輝かせている。

「うん。私も小さい頃からお父さんに護身術として習ってるのよ」

「へぇ…」
シンジも感心している。

「うちのお父さん格闘技バカなのよね〜。
 この前も研究用にとか言って持ち帰って来た NERV の巨大ロボットの戦闘シーンのビデオ見ながら
 『体捌きがなってない』って文句付けてたし。
 ま、私もそう思うけど。特にあの紫の奴なんか酷いもんよね。
 赤いのはまぁそこそこだけど、アレもまだまだね」

「ゴメン…」「何ですってぇ?!」

シンジとアスカが同時に答える。

「えっ?なんでシンジくんが謝るの?
 なんでアスカが怒ってるの?」
事情を知らないマナはキョトンとしている。

ケンスケはサッと辺りをうかがうと、小声で囁くように言う。
「…この3人、その巨大ロボットのパイロットだったんだよ」

「えっ、じゃぁ…」

「紫のがシンジ、赤いのはアスカ、青いのには綾波が乗ってたんだ」

「ええっ?そうだったの?!」
さすがに驚くマナ。
まさか自分と同い年の中学生があんなロボットのパイロットだったとは、普通考えられる事ではない。
(あちゃ〜まずったなぁ…知らなかったとはいえ、シンジくんの事けなしちゃったようなもんよね)
内心冷や汗を流すマナであった。

だが、アスカは、先程のマナのセリフにカチンと来たようだ。
「アタシの動きがまだまだだって?言ってくれるわね?」

マナも格闘技に関しては一家言あるようで、譲らない。
「だって、事実じゃない?アレだったら私の方がまだマシよ」

「面白いじゃない?アタシとやろうっての?」
アスカが立ち上がって挑発する。

「八年式格闘技術、見せてあげるわ」
受けて立つマナ。

「八式格技?!ビデオビデオ!」
八年式格闘技術とは 2008年に戦略自衛隊の武術研究班により完成された格闘技の集大成である。
そんなものが身近で見られるとあって、ケンスケは慌ててビデオを構える。
いつでもビデオカメラを持ち歩いているのは相変わらずだ。

アスカはマナから目を外さずにケンスケに釘を刺す。
「ケンスケ、撮るのはいいけど、後で検閲するからね。
 妙なアングルで取るんじゃないわよ」

「ちょっとアスカ!やめなさいってば!!」

ヒカリが止めに入るが、アスカは聞かない。

「ヒカリ、止めないで、これはケンカじゃないんだし、アタシ、久々に燃えてるんだから」

ジリ…ふたりの間合いが詰まる。

ピンと、空気が張り詰める。

(コイツ…口だけじゃないわね…)

(隙が無い…結構やるじゃない…)

お互いに功夫を推し量りながら、相手の呼吸を読む。

「あの…やめようよ…アスカ、マナ…」
シンジは止めようとするが、ふたりの間に入って行く勇気は無い。

その時、我関せずでモクモクとお弁当を食べていたレイが箸を止めたのには誰も気付いていなかった。

空気が動いた。
「「!!」」
ふたりが同時に技を繰り出した。
『カッ!!』蒼い稲妻が走る。

「キャッ!」
「あいたたた…」

「ふたりとも、食事中よ。迷惑になるわ」

ふたりの技が炸裂したかと思われたその瞬間、ふたりの間にレイが立っていた。
右手でアスカの手首を極め、左腕でマナの蹴り上げたままの足を極めている。

「ちょちょっと、レイ、痛いってば…」
アスカは顔をしかめている。

「きゃぁ!見えちゃう見えちゃう!」
マナは片足で器用にバランスを取りながらスカートを押さえている。

「トウジ、今の綾波の動き…見えたか?」
「いや…もしかして、綾波が一番強いんちゃうか?」
顔を見合わせるケンスケとトウジ。

呆気にとられる皆をよそに、レイはふたりの腕と足を離すと、何事も無かったように自分の座っていた場所へ戻り、まだ少し残っているお弁当を食べ始めるのだった。





「ふぅ…おいしかった。ご馳走様、レイ」
デザートのパインを平らげ、満足げなアスカ。
お腹がふくれたので先程のマナとの一件もどうでもよくなってしまったらしい。

「うん。もうぼくが教えることは何も無いね。こっちが教えて欲しいくらいだよ」
シンジもレイの料理の腕の上達ぶりに舌をまいていた。

「ありがとう…」
嬉しそうに笑顔を浮かべるレイ。

(あ〜っ、綾波さんって、可愛いし、強いし、お料理もうまいし…。
 私、可愛さじゃ負けてないと思うし、さっき足を取られちゃったのは不意を突かれたからだし…。
 でも、お料理は…負けてる…。あんなお弁当、私、作れないもん…。
 シンジくんに教わったって言ってたわね。
 そもそも、シンジくんと一緒に住んでるってのが大きなアドバンテージよね)

彼等はお隣さんであって、一緒に住んでいるわけではないが、第三者から見れば同じようなものだろう。

(まずいわ!
 これはちょっと、何か手を考えないと…)
マナはシンジ攻略法に考えを巡らせるのだった。

一方、お弁当箱をしまったアスカが思い出したように言う。
「そうそう、レイ、アンタ、この前のデートの写真、持って来たでしょ?見せてよ」

(デート?シンジくんと?)
『デート』という言葉にピクッと反応するマナ。反射的にレイの方を見る。

「ええ」
レイは少し頬を染めてうなずき、お弁当とは別に持って来ていた袋の中から写真を取り出す。

春休みのデートの時、レイはポーチにカメラを入れていたので何枚か写真を撮っていて、通学路にあるコンビニのプリントサービスに出していたのを、今朝登校途中に引き取って来たのだった。

「ふ〜ん?どれどれ…」
アスカは受け取った写真を1枚1枚眺めて行く。

その写真は風景を撮った物がメインで、何枚かはセルフタイマーで撮ったと思われるシンジとレイが並んで写っている物が有った。
どちらか一人だけという写真が無いのは、意識してのことだろうか?

「それにしたって、腕ぐらい組んだらいいじゃない?」
アスカの指摘通り、ふたりで写っている写真もただ並んで立っている物ばかりである。

「そんな事言ったって…」

「………」

シンジとレイはふたりして顔を赤くしている。

「ま、でも、なかなかうまく撮れてるじゃない?ね、ケンスケ」
写真を一通り眺めたアスカは、その道の権威である所のケンスケに評を求める。

セルフタイマーで撮った写真はともかく、その他の写真は定石からはかなり外れる構図の取り方であった。
だが、そうかといって、全く絵になっていないわけでもない。
ケンスケはなんと答えるべきか迷った末、
「う、うん、なんか、フレーミングが斬新でいいね」
と答えるに留めた。

シンジはあの時の事を思い出しながらその写真を眺めていた。
「そういえば、あの雨上がりの光景は撮らなかったね」

「…あの光景は…今でも…ここにあるもの…」
そう言って、レイは自分の胸をそっと押さえる。

レイはあの時の雨上がりのシンジとふたりで見た光景は撮っていなかった。

その光景は心に焼き付けていたから…。

ふたりだけの『写真』だったから…。

「そっか…そうだね…」
シンジもなんとなくレイのそんな気持ちが解り、優しく微笑むのだった。

そんなふたりを見ていたマナはレイに嫉妬を覚えていた。
(悔しいけど、このふたり、いい感じよね〜。
 やっぱ、ダメかな?う〜ん、でも、まだわかんないわよね。
 この写真見たって、手すら握ってないし…)
そう気を取り直すと明るい声でシンジを誘ってみる。
「綺麗な所ね。シンジくん、今度私も連れてってよ」

「あ、うん、いいけど…」

不用心なシンジの答えに、レイの表情に影が差す。

レイの雰囲気の変化を敏感に感じ取ったアスカは、シンジを睨んで言う。
「ちょっと!シンジ?」
人差し指をクイクイ動かして『こっちに来なさい』と命令している。

「な…何?アスカ?」
いくら鈍感なシンジでも、アスカが発する怒りのオーラにはさすがに気付き、ビクビクしながらアスカの方へ寄る。

アスカはシンジの腕を掴むと少し離れたフェンス際まで引っ張って行き、そこでシンジに向き直ると、皆に聞こえないように小声で、だが強い口調で囁く。
「アンタバカぁ?!あんなこと言って、レイが可哀想でしょ?」

「え?なんで?」

ボケボケッとしたシンジにイライラしながら、アスカは一気にまくしたてる。
「そんなことも解んないの?
 いい?レイはあのデートの事をとても大切な思い出にしてるのよ。
 アンタとふたりだけで共有出来た時間の記憶だもの。
 それをアンタは他の女にまで!!
 ったく、ほんとにどうしてこうニブチンなのかしら?!」

「あ…そうか…ご、ごめん…」
さすがにシンジもまずかったと思ったようだ。

「アタシに謝ったってしょうがないでしょ?」

「そ、そうか、そうだね。解ったよ、アスカ」

そして、皆の所へ戻ると、申し訳なさそうに言う。
「マナ、悪いけどあの場所はふたりだけの秘密なんだ」

シンジの言葉を聞いたレイは一瞬驚いたような表情になるが、
(ふたりだけの秘密?
 …私と…碇くんの…ふたりだけの…秘密?
 …嬉しい…)
その表情はゆっくりと穏やかな物に変っていった。

シンジはレイの表情の変化には気付かずに続ける。
「遊びに行くなら違う所へみんなで行こうよ」

「え〜っ!残念!」
(『ふたりだけの秘密』ねぇ…。
 う〜ん、まっ、しょうがないか、シンジくんとは水曜日にはふたりだけで逢えるし)
などと思いながら、立ち直りの早いマナは既にどこかへ遊びに行くつもりになっている。
「じゃ、どこに行く?」

シンジはふとある事を思い出し、ケンスケに話し掛ける。
「そういえばケンスケ、市の写真展で部門賞取ったんだって?」

「そうなの?凄いじゃない?相田くん!」
ヒカリは初耳だったようで驚いている。

「まあね。オレの腕なら当然だよ」
ちょっと気取ってカメラを構えながら答えるケンスケ。

(ケンスケ、なんだか言うことがアスカに似てるなぁ…)
そう思って苦笑するシンジ。

「ま、このアタシがモデルしてやったんだから、当然よね!」
案の定アスカもこの調子である。

(やっぱり、同じこと言ってる)
シンジはそう思いながらも先程思いついた事を提案してみる。
「でさ、その写真展、今やってるんだろ?みんなで見に行かない?」


その週末…
そんなわけで、シンジたちは新第三東京駅からバスで15分ほどのところに有る『第三新東京市・市民ミュージアム』へ、その写真展を見に来ていた。

「へぇ〜!こないな所、ワシ、はじめて来たわ!」
バスを降りたトウジがその綺麗な建物を感心したように見上げている。
ヒカリに念を押されたのか、さすがに今日はジャージではなかったが、ダブっとしたワークパンツに安全靴のようなごつい革靴、上は黒のランニングのみである。ヘルメットでもかぶればどこぞの土木作業員かと思うようないでたちだが、トウジいわく『男っぽさ』を演出したらしい。

「トウジ!あまり大きな声出さないでよ!恥ずかしいじゃない!」
トウジの隣で恥ずかしそうにしているヒカリは、マスタード地にブラウンとグリーンの大きなチェックの入ったジャンパースカートに、淡いピンクのブラウスを合わせ、白のソックスにモカシン。

「オレ、授賞式ん時来たから、案内するよ」
ケンスケも今日は一見普通の格好をしていた。薄いブルーの開襟シャツにグレーのスラックス、靴は黒のプレーントウ。学校の制服の様でもあるが、彼等の学校の物ではない。実はこれは某国国立士官学校の制服であることは当人以外誰も知らない事実であった。胸にその学校の校章が刺繍されているので判る人間には判るのだが、そんな物をどうやって手に入れたんだか…。

「もっと人が多いかと思ったけど、そうでもないね」
3バカトリオの残りのひとり、シンジはオレンジのポロシャツにオフホワイトのチノパン、デッキシューズと、当たり障りのない無難な服装をしていた。

「ま、有名作家の展覧会やってるわけじゃないしね。こんなもんでしょ?」
アスカは萌葱色のサマーセーターにデニム地のフレアスカ−ト、セーターに合わせた色合いのソックスにスニーカーと、カジュアルな格好だ。

「へぇ〜、おっきいね。こんな所に相田くんの写真が展示されてるなんて、凄いね」
素直に感心しているマナは白のノースリーブのブラウスに赤いチェックのミニスカート、白のレース付きソックスにローファー。
シンジを意識しての事だろうか?そのキュートな容姿と相まって、かなり男共の目を引く格好ではある。

「………」
黙ってシンジの脇に寄り添うように歩いているレイは、黒の7分袖のカットソーに同じく黒のタイトなレザースカート、マナほどではないがミニである。足元はこれまた黒のショートブーツと全身黒ずくめで、首から下げたシルバーのクロスがアクセントとなっている。
『きっと霧島マナは気合い入れた格好で来るから、アンタもそれなりの格好しなくちゃね』というアスカのコーディネートである。
その容姿(髪と瞳の色、それに黒ずくめの服でさらに際だった肌の白さ)のせいもあり、こちらもマナに負けず劣らず目立っている。

レイはシンジを挟んで反対側を歩いているマナが気になるらしく、時々チラリと視線を投げかけている。
マナも同じく、シンジとその向こう側のレイを時々チラチラと見ている。

そんな美少女ふたりに挟まれたシンジは、ふたりの間に流れる緊迫した空気を感じていた。
(ううっ…なんか、落ち着かないなぁ…)


「こっち側が常設展、市民写真展はその奥だけど、ま、のんびり見て行こうや。
 時間はたっぷり有るし、2階には喫茶店もあるし」
ケンスケはそう言うと、ゆっくりと館内を先導して歩いて行く。

常設展には色々な彫像や絵画が展示されていた為、それらを鑑賞(?)しながら彼等は進む。

「うひゃひゃ!なんやこりゃ?変なもん作るのう」
「ちょっと、トウジ、触っちゃダメよ!」

「へぇ、これ、ちょっといいじゃない?」
「あ、いいよな、それ、売店にレプリカ有ったぜ」
「レプリカじゃねぇ…」

二組は自然にペアに別れてしまっている。

そして、ここに、ペアになれずにいる3人が…。

「あ、ほらシンジくん、これ、見て見て」
さりげなくシンジの右腕を取り、引き寄せるマナ。

「マナ、ちょっと…」
マナに引っ張られながら、チラッとレイの方を見るシンジ。

レイはその紅い瞳でじっとシンジを見つめている。

(うわっ、まずい、綾波、怒ってるよぉ…)
シンジにはそう見えた。

シンジの腕を取ったまま、そこの絵を見ているマナに、シンジはためらいがちに話し掛ける。

「あ、あのさ、マナ…」

そこまで言い掛けて左腕に柔らかい感触を感じて振り向くと、シンジの左腕を両手で胸に抱え込むようにしたレイが、じっとこちらを見つめている。

Illustration by Suacaen : suacaen@msd.biglobe.ne.jp

「あ…綾波…」
シンジは二の腕に当たるレイの胸の感触にドギマギしてしまう。

そんなふたりに気付いたマナは、次の絵へとシンジを引っ張る。
シンジと一緒に、その腕にしがみついた形のレイも引っ張られる。

「ちょ、ちょちょっと、ふたりとも…」
どうしたら良いか解らず、うろたえるシンジ。

(ズルい!綾波さん!これじゃ私がふたりの仲を引き裂こうとする悪者みたいじゃない?)

実際その通りとも言えるが…。

(しょうがない、この手は諦めるか…)
「あ、ゴメン、シンジくん。つい夢中になっちゃって…」
マナはシンジの手を離す。

ホッとしたシンジはレイにそっと話し掛ける。
「あの…綾波も、離してくれるかな?」

レイはシンジの目を見つめると、フッと顔を伏せ、その視線を自分の胸の中に抱いているシンジの腕に落とす。
そこでようやく自分がしている事に気付いたのか、ポッと頬を染め、スッと手を離すと小さな声でつぶやくように言う。
「ごめんなさい…」

「い、いや、いいよ…」
シンジはレイのそんな仕草に見とれていたが、慌てて取り繕う様に答える。
「ほら、みんな、先行っちゃったよ。ぼくらも行こう?」


ようやく目的の写真展にたどり着いた彼等は、ポートレート部門のコーナーでケンスケの写真をみつけた。

「これって…アスカ?」
「うっそ〜!」
皆、異口同音に驚きを口にする。

そこには、普段のアスカからは想像も出来ないような柔らかな雰囲気の、穏やかな表情で微笑むアスカが写っていた。

「なに?これがアタシだって、信じられないってわけぇ?!」
さすがにアスカはムッと来たらしい。

「だって…なぁ…」
「うん…」
「アスカ、こんな表情見せたこと無いじゃん」

アスカが語気を荒らげる。
「ちょっと、アンタ達ねぇ!!アタシだってたまには…」

「アスカ…奇麗…」
しばらく写真に見とれていたレイがつぶやく。

「え…うん…ありがと」
アスカはその素直な言葉に毒気を抜かれ、ちょっと照れ臭そうに微笑みを浮かべる。

「ケンスケって、ほんと、凄いんだね…」
心底感心したようなシンジ。

「ワシは解っとった。ほんまは、ほんまに凄い奴なんやって、いつかはやる奴やって」
トウジがウンウンとうなずいている。

「そうおだてるなよ。何も出ないぜ?」
と言いつつ、まんざらでもなさそうなケンスケ。

「そうね、せいぜいここのケーキセットくらいなもんね。
 今日はアンタの奢りね」
アスカは2階の喫茶店のケーキセットを奢らせるつもりらしい。

「ええっ?なんでだよ!」

「賞金、もらったんでしょ?」

「そっそれは…」
賞金はこの前アスカにプレゼントした服に化けてしまっていたのだが、それを口にするのも気が引けて、泣く泣く皆にケーキセットを奢る羽目になったケンスケであった。


帰り道…
「アタシ、ヒカリん家寄ってくから、アンタ達は先帰ってて。
 夕食までには帰るから」

そう言って途中でシンジ達と別れたアスカは、ヒカリと一緒に彼女の家までの道を歩いていた。

ひとしきり昨夜のドラマの話題に花を咲かせた後、アスカは唐突に切り出す。
「で?ヒカリは鈴原とどこまで行ったのよ?」

「えっ…そ…その…」
いきなりの突っ込みに、うろたえるヒカリ。

両手を後ろで組んで、うつむき加減のヒカリの顔をのぞき込みながら、もうひと押しするアスカ。
「春休み、何かあったんでしょ?」

耳まで真っ赤になってしまうヒカリだが、もじもじしながらも白状してしまう。
「う…うん…トウジ…はじめて…してくれた…」

「ええっ!やったじゃんヒカリ!!で、で、どうだった?優しくしてくれた?」
アスカはヒカリの正面に回り込んで、更に詳しく聞き出そうとする。

「ちょっと、乱暴だったけど…」
うれしはずかしといった感じのヒカリ。

「ふんふん、やっぱり、痛かった?」
興味津々と目を輝かすアスカ。

「えっ?!やっヤダ!!アスカ!!何言ってるの?!キスよ!キ・ス!!」
ヒカリは慌てて手を振りながら弁明する。

「はぇ?あ…あ、ははは、ゴメン、なんか勘違いしちゃった」
さすがに赤面するアスカであった。

「もう…アスカったらぁ〜。そういうアスカはどうなの?あ・い・だ・くんとは?」
仕返しとばかりに、逆にアスカを問い詰めるヒカリ。

「え…うん…そうね…アタシもキスまでだけどね…」
急に声のトーンが落ち、表情に明らかに影が差す。

そんなアスカの様子に心配そうに訊ねるヒカリ。
「??どうしたの?何か悩み事が有るの?アスカ」

アスカは黙ったまま、うつむき加減に歩いて行く。
ヒカリも黙ったまま、アスカと並んで歩いて行く。

しばらくして、アスカは立ち止まると、空を見上げて、ひとつ、大きく深呼吸すると、そのまま一言、ポツリと言う。
「アタシね…………」
そのまま、空を見上げたまま黙り込んでしまう。

ヒカリはそんなアスカの次の言葉を辛抱強く待っていた。

やがてアスカは顔を下ろし、一瞬やるせない表情をヒカリに見せるが、また空を見上げて話し始める。
「アタシ…レイの前ではお姉さんぶってるけど、あの娘の方がずっと強いわ。
 アタシなんかよりずっと辛い思いをしてきてるし、自分の気持ちをしっかりと持ってるもの。
 不安なのよ。自分の気持ちが判らないの…。
 確かにケンスケはアタシを救ってくれた。それには感謝してるわ。
 でも、その気持ちが、アイツを好きなんだって錯覚させてるのかもしれないと思うと、否定できないのよ。
 あの時、アタシをエヴァのパイロットではない、ひとりの人間として見てくれた人なら、
 誰だって良かったんじゃないかって…」

アスカの突然の真情の吐露に戸惑いを感じながらも、優しく問いただすヒカリ。
「そう…仮にその時はそうだったとして、今はどうなの?」

「わかんない…。
 わかんないけど…アタシ…。
 アイツといると楽なのよ。肩肘張らないでいいって言うか…。
 アイツにはアタシの一番みっともなかった頃、見られちゃってるからかな?
 あの頃、毎日、来てくれてたのよね、アイツ…。
 記録画像見たけど、アタシ、ホント酷い顔してた…。
 それのなのに、アイツったら…ふふ…」
次第に表情に明るさを取り戻し、最後にはそう言って微笑を浮かべるアスカ。

そして、そんなアスカを見つめていたヒカリも微笑みをこぼす。
「今のアスカ、いい顔してるわよ。本当。
 今日の写真もそうだったけど、相田くんってアスカのいい所を引き出すのがうまいんじゃない?」

「え、そうかな…」

ヒカリは優しく、諭すように言う。
「ねぇ、アスカ、焦ることないんじゃない?
 自分の気持がはっきりするまでは、今のままでもいいじゃない。
 相田くんだって、待ってくれるわよ。
 私たちはまだ若いし、時間はいっぱい有るもの…」

「そうね…そうかもね…」

「そうよ」

アスカはニコッと明るい笑顔を浮かべると、ヒカリに向き直る。
「………ヒカリ、ありがと。なんか、すっきりしちゃった」

「うん」
ヒカリも優しい笑顔で答えるのだった。


その夜…マナの場合
「う〜ん、なかなかうまくいかないもんね…」

マナは湯船に漬かり、紅潮した滑らかな細い腕をマッサージしながらつぶやいていた。

(今日の作戦は失敗か〜。綾波さんのガードが堅かったし…。
 でも、シンジくんって、押しに弱いみたいな感じよね…
 今度の水曜日、ちょっと大胆に迫ってみよっかな?ふふふっ)

邪魔者のレイがいないスイミングスクールでシンジにアタックしよういう作戦だ。

「よしっ!」
ザバッ!
と、気合を入れて元気に立ち上がったマナだが、
「あ、ダメ…」
よろっとよろめくと、バスタブの縁にもたれ掛かって、
「へにゃ〜」
などと妙な声を出している。
どうやら長湯し過ぎて、のぼせて立ち眩みがしたらしい。


その夜…レイの場合
レイは自分の部屋の机の上に置いた鏡の前で物思いに沈んでいた。

(今日の写真…。
 アスカの笑顔…綺麗だった…。
 碇くん……私…碇くんの前で、あんな笑顔できてる?)

手元のデートの時の写真をめくってみても、自分で納得できる笑顔が無い。
レイは意識して写真を撮られる事には不慣れであったため、セルフタイマーを使ってふたりで並んで写っている写真は、カメラに向かってシャッターが落ちるのを待つ幾許かの緊張感が見て取れる。
互いに見つめ合う姿をセルフタイマーで取るなどという高度なテク(?)は、まだまだ今のふたりには望むべくもない。

レイは写真を置くと、鏡の中の自分に向かって少し微笑んでみる。
…なんとなく、不自然。

(……違う…これは作った笑顔…。
 私も、アスカのような笑顔を…碇くんに見せたい)

そこでマナの明るい笑顔を思い出す。

(霧島さんの笑顔も素敵…)

隣の芝は青く見えると言うが、実際の所はレイもシンジに対してアスカやマナに劣らず実に魅力的な笑顔を見せてはいるのだが、自分自身には見えないのだから仕方ない。

(…私…どうしたら…あ…そういえば…)
レイはリビングのテーブルに無造作に置いてあったアスカが買って来た女性ファッション誌の表紙を思い出し、それを取りに行く。
持って来た雑誌の表紙には『特集:フェイスマッサージ・魅力的な笑顔を』と書かれている。

夜遅くまで、雑誌を見ては鏡に向かって顔をマッサージしたり、普段しないような色々な表情を試してみるレイであった。


その夜…シンジの場合
シンジは部屋の電気を消して、布団の上で横になったまま S-DAT でポップスを聞いていた。

(今日の綾波…かわいかったな…)

シンジはいつもよりボディラインの出るタイトな服を着たレイの姿を思い浮かべる。

(綾波、スタイルいいもんなぁ。ああいう服も似合うんだ…)

ついでにマナのミニスカート姿も思い浮かべる。

(マナもかわいいけど、気軽に腕を組もうとして来るのは困っちゃうな。
 ぼくのこと、男として意識してないのかな?)

実際には逆なのだが、鈍いシンジは気付いていなかったりする。

そして、レイに自分の腕を両手で抱え込むようにしがみつかれた事を思い出す。

(綾波、やっぱり、マナに嫉妬してたんだよね?)

嫉妬されるということは、それだけ自分を好きでいてくれるという事のように思い、嬉しさを感じる半面、対立を好まないシンジは複雑な心境でもあった。

(マナとは別にただの友達なんだし、そんなに意識することないのに…。
 なんか、あのふたり、あまり仲良さそうな雰囲気じゃないもんなぁ…。
 もっと仲良くできるといいのにな…)

そんな事を考えているうちに、猛烈に眠くなって来た。
「ふぁああ…もう、寝よう…」

ピッ!

シンジは S-DAT を止め、イヤフォンを外す。

(…お休み、綾波…)

いつものように、レイの部屋との間に有る壁に向かって心の中でお休みを言うが、その壁の向こうではレイが鏡に向かって百面相さながらの事ををしているなどとは、思いも寄らないシンジであった。


To Be Continued...

あとがき
ううっ…難しいですねぇ、マナ…。いまいち描き切らん…(;_;)。
じゃ、レイやアスカは描き切れてるのか?って突っ込みは置いといてぇ(^_^;)。

とりあえず、前半の「八年式」云々は『鋼鉄』の「少年兵マナ」という設定から流用。少年兵なら当然格闘技の訓練も受けていただろう、という所から、以前書いた「護る為に」と組み合わせてこの形になりました。
中盤はアスカとケンスケの補完でしたが、アスカメインでケンスケは描けず。期待されてた方、ごめんなさい。
それにしても、色々詰め込み過ぎてちょっと散漫になってしまったかな?「+」を抜いて自己最長記録になってしまったし…。

次回は、マナがプールでシンジにアタック?!レイはどうする?ご期待ください。


挿絵は、すあかえんさんにいただきました(*^_^*)。


ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

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