前へ

新世紀エヴァンゲリオン++

第壱拾七話:雨上がりの夜空に


1時限目の後…
教師が出て行くと、マナとシンジは同時に互いの方を向き、声を掛ける。
「「あの…」」
見事なユニゾンに気まずい沈黙が流れ、レイの背中がこわばる。

「な、なに?」
シンジが切り出す。

マナは苦笑を浮かべ、上目遣いで顔の前に両手を合わせる。
「ごめんね、シンジくん。ちょっとしたジョークのつもりだったんだ」
ペロッと舌を出す仕草がかわいい。

マナは『一緒にお風呂に入ったなんて言ってしまった事』について言っているのだが、シンジはキスの事だと受け取っていた。
(そうか、そうだよな。やっぱりからかわれただけだったんだ…)
シンジはちょっと拍子抜けするが、とにかくこの場はなんとなくうやむやにしてしまいたいと考える。
「そ、そうなんだ…ははは…びっくりしちゃったよ」

「びっくりしちゃったのはこっちよ。
 まさか、シンジくんと綾波さんがそんな関係だったなんて…」
カマを掛けてみるマナ。

「えっ?ち、違うよ!!
 い、いや、綾波は嘘は言ってないけど、マナが思っているような事じゃないんだよ。
 ホントだよ!」
赤くなってうろたえるシンジだが、その前の席で背中で聞いているレイがムッと来ているのには気付いていない。

「あら?私が思っているような事って…どんな事だと思ったのかな?シンジくん?」
肘を机に着き両手を口の前に組んでゲンドウポーズを取ったマナが流し目気味にシンジを見る。

「いっ、いや、その…」

赤くなって黙り込んでしまうシンジを見て、マナはホッとすると同時に、微かな違和感を覚えていた。
それは、シンジとレイがそういう関係かもしれないと思った時のショックの少なさ、そしてそうでないと確信した時もそれほど深い安堵感が無かった事に対する違和感であった。

(私…やっぱりまだ、ダメかな?………ムサシ…)
心の中で、そう小さくつぶやくマナであった…。


昼休み
今日は雨なので恒例のお昼の屋上会は中止。皆それぞれ自分の教室で昼食を取っていた。
シンジとレイのところにはアスカとトウジがやって来ていたが、人当たりの良いマナは女の子達の仲良しグループに誘われて、そちらに混ざっている。

「でさ、今朝の話って…」
やはりその話題に興味が集中しているようだ。

「お風呂って言っても水着で入るジャグジーでぇ…」
一応説明するマナだが、更に突っ込みが…。

「でもでも、碇君とキスしちゃったってのは?」
「う〜ん、シンジくん、あんまりにも無防備だったから、つい…ね」
マナにしては歯切れが悪い受け答えではある。

「キャー!だいた〜ん!」
「いいな〜、私もしてみた〜い!」
「って、あ〜!あんた、彼氏いるでしょ?!」
「だって、碇君、かわいいんだも〜ん!」

そんなキャピキャピした騒ぎが漏れ聞こえて来るので、シンジはばつが悪い思いをしていた。

「だそ〜ですよ、シンジ様ぁ?もてる男は辛いわねぇ〜」
と嫌みタラタラのアスカ。

「ま、人から好かれるっちゅうんは、ええ事やけどな」
ヒカリお手製のお弁当をパクつきながら、トウジはそんなことを言っている。

(ぼくって、もしかして、ホントにもてるんだろうか?)
などと思いつつも、
「そんなんじゃないよ。からかわれてるだけだよ。はは…」
と自嘲気味に笑うシンジ。

「…………」
終始無言でお弁当を食べているレイ。

そんなどこか沈んだ様子のレイを見て、シンジは考えていた。
(綾波…やっぱり気にしてるのかな?
 でも、ぼくが何をしたってわけじゃないし…どうしたら…)


結局その日は、そんな雰囲気のまま放課となってしまった。


その夜・コンフォート17
レイとアスカの部屋では夕食の後片づけも終わり、シンジは明日の朝食とお弁当の下ごしらえをしていた。
レイは先ほどまでシンジの手伝いをしていたのだが、それほど手のかかる仕事ではなく、シンジに『後はぼくがやっておくから、休んでいていいよ』と言われてリビングでアスカとTVを見ていた。

アスカは未だに沈んだ雰囲気のレイを見かねて、慰めの言葉をかける。
「まぁ、別にシンジからキスしたわけじゃなくって、されちゃったってだけでしょ?
 猿にでも噛まれたと思えば…ってあれ?犬だっけ?
 そんなに気にすることないわよ」

「………」
黙ったままTVの画面を見つめているレイだが、心ここに在らずといった風だ。

アスカはちょっと肩をすくめて続ける。
「でも、シンジも最近格好良くなって来たもんね〜。
 身体つきも男っぽくなって来たしさ、
 身長だってアタシもいつの間にか抜かれちゃってるし…」

実際、シンジの身長はこの半年でぐっと延び、レイより頭半分背が高くなっていた。
アスカ達は知らないが、水泳を始めるのに先立って毎晩部屋で腹筋や腕立て伏せなどの軽い筋トレを習慣にしていたので、線の細さは相変わらずだが筋肉もそこそこ付き始めていた。
エヴァに乗っていた時でさえそんな事はしたことなかったのだが、やはり好きな女の子を軽々と抱き上げてあげたいという気持ちがそれを成させたのだろう。

「学校の女共にも人気高いしさぁ。
 霧島マナの他にもシンジの事狙ってる娘いるわよ。
 普段はなさけない奴だけど、あの笑顔は強力よね。
 時々、このアタシでさえクラッと来る時もあるんだから…」

黙って聞いていたレイだが、これには驚いた様でアスカに振り向く。
「えっ?アスカも?」

「そ、だからしっかりと捕まえとかないと、アタシが取っちゃうかもよ…」
と言いつつ、ニヤリと笑いを浮かべるアスカ。

「ダメ!やめて、アスカ!」
その柳眉を寄せた真剣な表情は、泣きそうな顔にも見える。

「ぷっ、冗談よ!!アンタって、ほんと可愛いわね」

「…アスカの…いぢわる…」
少し頬を染めてうつむくレイ。

そんな表情を見てもう少しからかってみたくなるアスカ。
「ところでさ、シンジとはどこまで行ったのよ?」

「どこまでって…」
レイはこの文脈で使われる『どこまで』の文例を記憶からたどる。
「肉体関係のこと?」

アスカはストレートなレイの物言いに、ちょっと引いてしまう。
「う…まぁ、あからさまに言えば、そういうことね」

レイはうつむいたまま、つぶやく様に言葉を並べる。
「胸を触られた。
 抱きしめてくれた。
 手を握ってくれる。
 でも、キスはまだ…」

テーブルに片肘突いて半身に構えたアスカは視線をくるっと宙で回す。
「ふ〜ん、その『胸』ってのも例の『事故』ってやつでしょ?
 まぁ、アイツって奥手そうだからねぇ…。
 アンタから迫らないと、ダメかもよ」

「そう…そうかもしれない。
 …でも…恐いの…」
レイはうつむいたまま、膝の上で両手をギュッと握り締める。

「拒絶されるかもしれないって事?
 そんなの、当たってくだけろよ。
 大丈夫、アイツだって男なんだから。
 アンタから迫られれば…」

「そうじゃなくって、拒絶されることよりも、その理由が…。
 もしかしたら、私がヒトじゃないから、嫌なのかもしれないって…」

「アンタ、まだそんなこと気にしてんの?
 アイツはそんなこと気にしてないったら」

ちょっとマズイ雰囲気になって来たのを感じて軽く流そうとするアスカだが効果は無かった。

「そう…そう信じたい。
 …でも…恐いの」

それはレイが心の底にずっと抱えていた不安だったのだから。
それがマナとの一件により顕在化してしまった以上、簡単に忘れてしまうことができなくなっているレイだった。

「アンタ、シンジを信じられないの?
 シンジはどんなことがあってもアンタを信じてるって言ったでしょ?
 そのアンタが、シンジを信じてあげなくてどうするのよ!」

「信じたい…。
 信じたいけど、でも、とても不安なの。
 アスカには解らないわ…こんな気持ち」

これにはさすがにアスカも堪忍袋の緒が切れた。
「アンタね!悲劇のヒロインぶるのもいいかげんにしなさいよ!!
 アンタが持っているような不安は、恋する乙女なら誰だって、ううん、
 人間なら誰だって持ってるもんよ!」

それはその通りであろうが、自分はヒトとは違うと思い込んで意固地になってしまっているレイには通用しない。

「そう?…そうなのかしら?
 …解らないわ…。
 私…もう、寝るから…」

そう言ってレイが立ち上がるのと同時に、丁度一段落付いたシンジが3人分の紅茶を乗せたトレイを持って入ってきた。

「紅茶、入れたけど…」
そう言いかけたシンジだが、レイと一瞬見つめ合う形になり、その瞳が寂しげに揺れているのに気付くと、言葉が切れてしまう。

「ごめんなさい…」
レイはそのまま目を伏せるとシンジの脇を通って自分の部屋へ行ってしまった。

閉ざされたレイの部屋のドアをしばし見つめていたシンジだが、アスカの方を振り返って訊ねる。
「あの、綾波…どうしたの?」
そう言いながら、トレイをテーブルに降ろす。

しかめっ面をして何かを考え込んでいたアスカは意を決した様に立ち上がるとシンジに詰め寄る。
「ちょっと、シンジ、アンタ解ってるの?
 レイの心を支えてやるって言ってたでしょ?
 あの娘、今、とても不安がってるわよ!」

「え、でも、どうして?」
シンジには訳がわからない。

「レイはアンタがほんとに自分を必要としてくれているか不安なのよ」

慌てて弁明するシンジ。
「そんなの、当たり前じゃないか。ぼくは綾波に好きだって言ったし…」

ジロリと睨みつけるアスカ。
「それ、いつも言ってあげてる?」

シンジはなんとなく目をそらしてしまう。
「そんな事…そんなにいつも言うことじゃないだろ?
 綾波だって解ってるよ」

はぁ〜という感じで頭を垂れ、腰に両手を当てると顔を上げ、キッとシンジを睨みつけるアスカ。
「そう?言わなくてもいいかもしれないけど、ちゃんと態度で示してる?
 レイだって普通の女の子なのよ。
 いつでも自分を見ていてくれるって実感が無いと、不安になるのよ」

「どうしろって言うの?」
困り果てた様なシンジ。

「もぉ!アンタってほんとに鈍いわね!!このバカシンジ!!」
アスカが声を張り上げる。

レイは部屋に戻ると部屋着のTシャツとスパッツのまま着替えもせずにベッドにうつぶせになっていた。
(誰にでも碇くんを好きになる権利は有る。
 それは…自由。
 碇くんが人に好かれるのは嬉しい。
 でも…嬉しくない。
 碇くんは、誰を選ぶの?
 それは…碇くんの自由。
 私には、碇くんを縛る権利は無い。
 ………
 私の望みは…碇くんと一緒になる事。
 でも…碇くんの望みは?
 私の望みがかなう事で碇くんが不幸になるなら…私は…。
 私よりも…霧島さんやアスカと一緒になった方が碇くんは幸せになれるのかもしれない。
 でも…
 でも……碇くんは?…どう…思うの?)

そんなことを考え込んでいたレイだったが、シンジとアスカの声に気付く。

『もぉ!アンタってほんとに鈍いわね!!このバカシンジ!!』
『なんだよそれ、そんなんじゃ解んないよ!』
『だからバカだって言ってるんでしょ!』

(アスカ?碇くんとケンカしてるの?)

そっと部屋を出てリビングへ向かうと、アスカがシンジに迫っている(様にレイには見えた)ところだった。

「キスして欲しい!抱いて欲しいのよ!!
 そんなことも解らないの!?」

「!!」
愕然とするレイ。
(ウソ…アスカ…本当は碇くんの事が好きだったの?)
完全に誤解している。

(あら、いいタイミングね。レイ)
アスカはシンジの肩越しに茫然と立ち尽くすレイの姿に気付いた。

シンジもレイに気付き振り向く。
「あ…綾波」
と声を掛けようとするが、レイは首をふるふると振りながら後ずさるようにしたかと思うと、踵を返し、玄関から飛び出て行ってしまった。

「ほら、後追っかけなさいよ!
 どうしてあげたらいいか、解ってんでしょうね!」
発破をかけるアスカ。

「解ってるよ!!」
レイの後を追って走り出しながら、振り返りもせず叫ぶシンジ。

シンジが表に飛び出すと、レイは小走りにエレベータに向かっている所だった。

慌ててレイを追って走り出し、叫ぶシンジ。
「綾波!待ってよ!」

だが、レイはちょうど到着したエレベータに乗り込み、ドアが閉まり始める。

ダン!!

シンジはそのドアにぶつかるように飛びついて、ドアの間に手を差し込む。
ギリギリで間に合い、挟まれセンサーによりドアが開く。

顔をあげたレイはドアの向こうに息を切らせたシンジが立っているのを見ると、慌てて後ろを向いてしまう。
(ダメ、今、私、きっと酷い顔してる。
 碇くんにそんな顔、見せられない!)

そんなレイを見てシンジはエレベータに乗り込み、1階へのボタンをキャンセルすると、屋上へのボタンを押す。

シンジが乗り込んで来た事にレイはビクッとするが、何も言わず後ろを向いたままだ。

シンジも無言のままレイの後ろ姿を見ている。

『ポーン!オクジョウデス』

音声ガイドと共にドアが開くとシンジは落ち着いた声でレイに話し掛ける。
「綾波、降りて、話を聞いてよ」

レイは少しの間逡巡していたが、コクリとうなずくと、顔をシンジに見られないように伏せたまま表に出る。

その後をゆっくりついて行くシンジ。

雨はいつの間にか上がっていた。
屋上には照明設備は無く、雲の切れ間からのぞく丸い月だけが辺りを照らしている。

レイは濡れた街並みを見渡せるフェンス際まで来ると立ち止まり、右手を上げその指をネットに掛ける。

その後ろに数歩離れてシンジも立ち止まるが何も言わない。

しばらくそのままでいたふたりだが、レイが沈黙を破る。
「話って…なに?」

シンジはレイの背中に向かってためらいがちに話し始める。
「綾波…。
 ぼくは…本当に…きみのこと、好きなんだ」

(!!碇くん…)
飾り気の無いシンジの言葉に、レイは息が詰まるような胸の痛みを感じていた。
だがそれは決して不愉快なものではなく、心地の良い痛みであった。

「一度だけだけど、あの時、言ったよね。
 その気持ちは、ずっと変わってないから。
 ぼくと一緒に居て欲しい、いつまでも…。
 これはぼくの本当の気持ちだよ」

ゆっくりと綴られるシンジの言葉は、雨に濡れそぼった小猫の様に震えていたレイの心に染み渡り、レイは全身が温かい物で満たされて行くのを感じていた。
(私…碇くんと一緒にいていいの?…ずっと?…それを望んでくれるの?)
レイは背筋が震えるような悦びを感じ、街の灯が潤んで震えて見える。

シンジが言葉を切ったのでレイは振り返る。
その紅い瞳は安堵の涙に濡れていたが、レイは同時にシンジの目に不安の色が現れているのを看て取り、シパシパっと目を瞬くと、どうしたの?という表情になる。

シンジは寂しげな笑顔を浮かべて言う。
「でも、気付いてる?
 きみはぼくのこと好きだって、言ってくれた事、無いんだよ」

あっ!と目を見開き、両手を口に持って行くレイ。

「だから、ぼくもたまに不安になる時があったんだ。
 きみの態度で、ぼくのこと好きでいてくれるんだって感じるんだけど、
 それもぼくの思い込みなんじゃないかって…。
 自分だけで舞い上がっちゃってるんじゃないかって…」

客観的に見ればレイがシンジを好きな事は明らかなのだが、シンジにはどうもその自信が持てなかったらしい。

そしてレイもシンジの思わぬ告白に自分の至らなさを悔いていた。
(私、自分のことばかり考えていて、碇くんも不安だった事に気付いてなかった…)

「碇くん…そんなことない…そんなこと…。
 ごめんなさい、私、大事な事、言ってなかった…。
 私…私…碇くんが好きなのに…。
 大好きなのに……。
 …ごめんなさい…」

レイはうつむいてしまい、大粒の涙をポロポロ零していた。

「やっと言ってくれたね。…レイ…」

その言葉に目を見開き顔を上げるレイ。

シンジはレイに歩み寄り、指でその涙を拭ってやる。
「ぼくの方こそゴメン。
 きみを泣かすつもりなんてなかったんだ。
 今、やっと解ったよ。
 言葉にしなくても伝わる想いもあれば、言葉にしないと伝わらない想いもあるってことが…。
 だから、これからは、ちゃんと言葉にして言うよ。
 涙も奇麗だけど、笑った顔はもっと奇麗なんだから、笑ってよ…レイ。
 笑顔のきみが…好きなんだ」

「碇くん、今…私のこと…」

照れたように笑うシンジ。
「決めてたんだ。きみが好きって言ってくれたら、名前で呼ぼうって…」

そしてシンジは両手でレイの肩を引き寄せ、その潤んだ紅い瞳を見つめる。

徐々に縮まるふたりの距離。

「キス…していい?」
シンジは緊張で声が裏返ってしまう。
(うっ…かっこわる)
赤面するシンジ。せっかくここまでは格好良く決めたのに、詰めで台無しになってしまった。

しかし、レイはそんなことは気にならないようで、シンジの言葉にボッと顔を真っ赤に染めてコクリとうなずくと、心持ちおとがいを上げ、そっと目をつむる。

雲を割り優しい光を投げかける満月の下、ふたつの影はゆっくりと近付き、そして、ひとつになった。

Kiss in the moonlight

それはただくちびるを触れ合わすだけの優しいキスだったが、今のふたりにはそれで充分だった。

シンジはレイのくちびるの柔らかさに『この人を護ってあげたい、決して悲しい想いはさせたくない』そんな切ないほどの愛おしさを感じていた。
(好きだ…レイ…好きだ…)

そしてレイは、くちびるからシンジの優しい心が温もりとなって伝わって来るような、心の中が安心感で満たされていくような、そんな気持ちがしていた。
(私の心に流れ込んでくる、この温かいものは…碇くんの心?
 私を想ってくれる碇くんの心?
 嬉しい…私…嬉しい…碇くん…好き…)

数秒後、お互いの気持ちを確かめあったことに満足し、ゆっくりと顔を離すふたり。

頬をほんのりと染め潤んだ紅い瞳をキラキラと月明かりに揺らすレイは本当に奇麗で、シンジは我知らず微笑みを浮かべていた。
レイもそんなシンジの柔らかな笑顔に魅せられたようにシンジを見つめ、ふたりは、そのまま、しばらく見つめ合っていた。


やがて、シンジが口を開く。
「あのさ、レイ…」

シンジの呼びかけに、初めてのキスの余韻に浸ってたレイは、『何?』と目で問いかける。

「その…ぼくのことも、シンジって呼んでくれるかな?」

コクリとうなずくレイ。
(『シンジ』?…呼び捨てにはしたくない。
 『シンジくん』?…霧島さんと同じ呼び方はしたくない)
「シンジさん?」

(ううっ!!なんか、すごく恥ずかしい!)
体中がムズムズするような感じにうろたえるシンジだったが、とりあえずお礼を言っておく。
「う…うん、ありがとう、レイ」

レイもその呼び方に奇妙な気持ちの昂揚を感じていた。
「シンジさん…」
もう一度口にしてみる。
(嬉しいような、くすぐったいような、変な感じ…。
 初めての感じ…)。

だが、シンジはそこで、2度目のダメージを受けていた。
(はうぅっ!やっぱ、だめだ、恥ずかしすぎる!!)

「あの、綾波、ごめん」
呼び方が戻ってしまっている。
「自分から頼んでおいて悪いけど、みんなの前では今まで通りに呼んでよ。
 その、なんだかすごく照れ臭くって…。
 きみの事も、みんなの前では今まで通り呼んでいいかな?
 ふたりきりの時だけ名前で呼ぶってことで…」

ヒカリとトウジの例から、そんなことはすぐバレるのは目に見えているのに、往生際の悪い男である。

「そう?…解った…碇くんがそう言うなら、そうする」
レイは別段こだわりは無いようで、抵抗無くシンジの提案を受け入れる。

「ありがとう。
 さ、帰ろうか?アスカも心配してるよ」
ホッとしたシンジは手を出しレイをいざなう。

レイは差し出されたシンジの手に自分の手を重ねると、嬉しそうに笑顔を見せる。
「うん」


「アッタシは、ここよ!」

物陰から突然飛び出たアスカに驚くシンジ。
「うわ!アスカ!!なんでここに?!…まさか見てたんじゃ…」

ニヤリとするアスカの手にはデジカメが…。
この時代のカメラは月明かりがあればフラッシュはいらない。

(デジカメでデバガメ…。アスカ…なんだか、ケンスケと似て来てるよぉ…)

「『雨降って地固まる』ってやつね。良かったじゃない」

「アスカの場合は『散水車の後にロードローラー』だろ」

「ぬぁんですってぇ?!
 大体アンタ、あの場面で『キスしていい?』なんて、訊く?フツー。
 おまけに声裏返ってるし。まったく、ムード無いったらありゃしない!」

「そ、そんな事言ったって、ぼくだって、キスなんて初めてだし、あ…」
痛い所を突っ込まれたシンジは、しどろもどろになって思わず墓穴を掘ってしまう。

「あ〜そっ!アタシなんかとのキスはキスのうちに入らないってわけね。
 よーく解ったわ!」

「あ、あの、その…ごめん」

「ふん!ま、いいわ。
 レイ、さっきはゴメンね。
 だけど、こうまでうまく引っ掛かるとはね〜」

「えっ!お芝居だったの?」

「芝居掛かった演出はしたけど、言ってたことはほんとの事よ。
 アンタがシンジにキスしてもらいたがってるって!」

「え…そんなこと…私…」
(そう、私の勘違いだったの…。でも、良かった…)

「でも、むふふ…『レイ』に『シンジさん』ねぇ〜。
 なんか、聞いてるこっちの方が、体中こそばゆくなっちゃうわよ」

アスカのひやかしに、ふたりとも真っ赤になってしまう。

「それと、アタシは別にのぞきに来たんじゃないのよ。
 レイってば靴も履かないで出てっちゃったでしょ?
 ほら、サンダル持って来てあげたわよ。
 帰りましょ?」

「あ、そう言えば、ぼくも裸足だった。
 あの、アスカ、ぼくの分は?」

「そんなの持って来るわけないでしょ。
 アンタは裸足で充分よ!」

「酷いよアスカ…」


そして、またレイの机の上に写真が増えるのであった…。


そこには、満月をバックに浮かび上がる、ひとつのシルエットが…。


それは、新たなる、ふたりの、絆。


To Be Continued...

あとがき
は〜っ、なんとか、まとめました。いやー疲れた!(^_^;)
レイには今回かなり辛い思いをさせちゃったんですが、これで、許してくれるかな?

遅くなりましたが挿し絵を追加しました。これがなかなか思ったイメージにならなくて苦労しましたが、次の挿し絵もあるんで、これはこの辺で(^_^;)。

さて、マナとの決着は次の海編へと持ち越しになってしまいましたが、「ムサシ」の名を出した時点でネタが割れちゃってるかも(^_^;)。

と言うわけで、次は海&温泉。う〜ん、お約束のオンパレード(^_^;)。


ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

このページの「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスにより掲載許諾を受けたものです。
画像の配布や再掲載は禁止されています。

目次へ戻る
inserted by FC2 system