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新世紀エヴァンゲリオン++

第壱拾八話:母なる大海に抱かれて


ゴールデンウィークのある晴れた朝
レイ、シンジ、アスカ、ケンスケ、トウジ、ヒカリ、そしてマナといういつもの面々が乗り込んだ NERV車両部レンタルの大型1BOXは、ミサトの運転で第三新東京市を離れ、伊豆中央新道を南下していた。

シンジがスイミングスクールに通っているのがバレたあの日、夕食後にシンジは電話でミサトに近くに海水浴場があるかどうか訊ねたのだった。



『海水浴?西伊豆に NERVの保養所が有るわよ。
 車で片道3時間くらいだけど…そうねぇ、せっかくだから泊まりがけで行きましょうよ!
 あなた達だけじゃダメだけど、おねーさんが引率について行ってあげるから』

「え?いいんですか?」

『もっちろん!たまには保護者らしい事してあげないとね』
ほんとは自分が遊びたいだけだったりするミサト。

「ありがとうございます!」

『いいっていいって、その頃には仕事も一段落して休みとれそうだし。
 じゃ、手配しておいてあげるから。
 あ、そうだ、他に連れて行きたい人いれば、一緒にいいわよん。
 大勢いた方が楽しいもんね』

「そうですか!じゃ、訊いてみます」

翌日、学校で…。

「海?行く行く!当然だろ?こんなチャンスなかなか無いもんな!」
ケンスケは喜んで参加を希望。何のチャンスかは推して知るべし。

「トウジも…あ、ごめん、ぼく…」
シンジはトウジも誘おうとして話し掛ける途中で、トウジの足の事に思い至り言い淀む。
普段の日常生活は不自由な素振りは見せないので、左足が偽足だという事をつい忘れてしまいがちなのだった。

(ぼくって…最低だ…トウジの足を奪ったのは、ぼくなのに…)

自責の念に駆られて俯いてしまうシンジにトウジが明るく答える。

「おう、ワシも行くでぇ!
 ほれ、センセもシケた面しとらんと、足の事は気にせんでええゆうたやろ。
 さすがに泳ぐんは無理やけど、ビーチで遊ぶくらいやったら問題無しや!」

ちなみにトウジの左足は、NERVのクローン技術により生成中であり、しばらく後に移植される予定となっている。
現在着けている動力偽足はただ足の代用をこなすだけではなく、常に生体との神経接合のデータと運動パターンを記録している。
毎月のメンテナンス時に記録をダウンロードし、培養中の足の筋組織の発育をコントロールし、実際に生体接合した際に左右の足のパワーバランスを取り、神経フィードバックの最適化も併せて、リハビリに要する時間を最低限に抑えるためである。

「でも、ミハルちゃんはどうするの?一緒に連れていってあげたら喜ぶんじゃ…」
ヒカリがトウジの妹の心配をする。トウジの家に遊びに行くたび、実の妹のようにかわいがっているのだ。

「ああ、ミハルやったら、ゴールデンウィークはお父んと一緒にばぁちゃんとこへ遊び行くゆう予定やさかい」

「トウジはそっちへ行かなくっていいのかよ」
これはケンスケ。

「ワシ、あのばぁちゃん、苦手なんや…ミハルは大喜びで楽しみにしとるけどな。
 だから、ワシはええんや」
と苦笑いを浮かべるトウジ。

「そうか…じゃ、トウジも来てよ。洞木さんも来れるかな?」

「もっちろん!楽しみね」

トウジが来るなら、ヒカリが断るはずはない。

「はいは〜い!ねね、シンジくん、私も行っていい?」
彼らの後ろから顔を出すマナ。

「あ、うん、もちろんいいよ」
断る理由は無い。

後ろでレイが複雑な表情を浮かべていたのには気付かないシンジだった。



そんなわけでこの面子となったのだが、車内の座席は助手席にマナ、運転席の後ろ右側からレイ & シンジ、2列目がアスカ & ケンスケ、最後席はヒカリ & トウジ、という組み合わせである。

シンジとレイの関係が一歩進んだ事はふたりとも進んで話すタイプではないし、アスカも黙っていたため公にはなっていないが、マナは先週からふたりがそれまで以上にいい雰囲気になっているのに気付いていた。

マナはそれを気にしつつもそれまでよりシンジと距離を置いているような感じが見られ、マナを気にする男子の間では「碇を諦めたのではないか?」という希望的観測が流れつつあった。
また、時折見せる憂いを含んだ表情が新たなファン層を作りつつもあった。

だが、今日はマナも楽しみにしていたようで、助手席を後ろ向きに回転させてシンジと向かい合わせに座り、楽しげに皆と歓談しながら時折シンジにちょっかい出してはレイに視線で牽制されるという事を繰り返していた。

その後ろの席では、ケンスケがビデオカメラを抱えつつも巧みに話題を振り、場を盛り上げている。自分ではあまりしゃべらないのだが、ポイントポイントで流れを作るのがうまいようだ。

実際、しゃべっているのはアスカ、マナ、ヒカリ、それに運転手のミサトがほとんどで、レイは自分からはほとんどしゃべらないし、シンジも相づちを打つくらい。トウジに至っては車に乗るなりヒカリお手製のサンドウィッチを平らげた後、腕を組んで寝入ってしまっている。

ちなみに今日の彼らの服装は以下の通り。

ミサトはハーフカットのブルージーンズに派手なプリントのTシャツを袖を肩まで捲り上げ、素足にデッキシューズ。髪をポニーテールにまとめた頭にサングラスを乗せている。

レイはシンプルなダブダブのTシャツにボトムもダブダブのカーキのハーフパンツと白いスニーカーだ。頭にこれまた大き目のコットンキャップを斜に乗っけたボーイッシュな出で立ちであるが、これが結構似合っている。襟もブカブカで肩が出そうな位なのにブラのストラップが見えないのは、ストラップレスを着けているのだろうか?まさか、ノーブラってことは…。

マナはフリルの付いた白のタンクトップに白いミニスカートで、足を組み直したりするたびに目の前に座っているシンジは目のやり場に困ってしまう。
足元はソフトレザーの編み上げサンダルである。白い広つばの帽子を持ってきているが、今は荷物と一緒に後ろに置いてある。

アスカは淡いブルーのノースリーブにクリーム色のキュロット、靴は紺のスニーカー。いつもの髪型に麦わら帽を用意している。

ヒカリはレモン色の七分袖のワンピースに茶色のローファー。髪をいつもと違い後ろでひとつにまとめている。日差し避けには帽子ではなくスカーフを持って来ていた。

男連中の服装は…書いてもつまらんので、略(爆)。

中央新道から右に折れて西伊豆へ抜ける道に入ると、しばらく曲がりくねった道路が続く。寝ているトウジはあるカーブで体が倒れ、ヒカリにもたれかかりつつも目を覚まさない。
ヒカリも「もう、トウジったら」と言いつつ、やさしい表情でトウジの寝顔を見つめていたが、皆が自分たちに注目しているのに気付くと、真っ赤になって俯いてしまうが、トウジを起こそうとはしない。

そんなふたりを邪魔しちゃ悪いと思ったのか、みんなは何も言わずにまたとりとめのない会話に戻るのだった。


しばらく行くとミサトが声を掛ける。
「そろそろ海が見えてくるわよ」

「ええ〜っ?どこどこ??」
一斉に外を眺める子供たち。

「あ、ほら、あそこ!」
アスカが指差した前方のカーブの先に海が見える。

白波も立っておらず穏やかそうな水面に、強い陽の光がキラキラと輝いていた。


保養所到着
うっそうとした林の中を通る細いがちゃんと舗装された道を抜けると、そこに目的の施設があった。

「さ、ついたわよ」
「ここが、そうなんですか?」
「………」
「ひゅ〜!」
「すっご〜い!!」
「へぇ、保養所なんて言うからもっとショボい所想像したけど、まるでちょっとシャレた別荘ね!」

確かにそこは、別荘どころかリゾートホテルと言ってもいいような豪奢な造りの2階建ての白亜の建物だった。

皆が趣味のいい調度に囲まれたロビーを見回していると、フロントでチェックインを済ませたミサトがキーを持ってやってくる。
「201号室が女部屋、202号室が男部屋よ。そっちの階段から上がれるわ」

早速荷物を持って2階へと上がる。

「じゃ、早速水着に着替えて、下のロビーに集合ね」

と言うミサトの言葉でそれぞれの部屋に別れた彼等は、異口同音に驚きの声を上げていた。

「広い!」
「や〜ん、すご〜い!」
冷房が効いた室内は、ワンルームなのだが広さが半端じゃない。片側の壁際にベッドが並べてあるが、それでも部屋の半分も占有していない。ベッドの反対側にはテーブルとソファが置いてあり、バルコニーへ続くガラス戸からは海が見える。

「へぇ、床と家具はマホガニーね、ここがクロークに…こっちが浴室と…割といい造りじゃない」
グルリと部屋の中を見て回ったアスカが満足そうにつぶやく。

「何言ってんのよアスカ、私、こんな所に泊まった事ないわよ」
ヒカリの家では今まで家族でどこかへ行く時も、安い民宿にしか泊まったことがなかったのだ。

「ま、NERVは国際組織だからね。海外からのお客さんを接待することもあるんで、どこもこんな感じよ」
と、説明するミサト。

「へぇ〜、凄いですね。これであんなに安くっていいんですか?」
こちらはマナ。宿泊料はミサト同伴なのでビジターの彼等でも普通の民宿よりも安いくらいだ。

「んふふ…まだまだ驚くのはこれからよン」
と、なぜか自慢げな笑みを浮かべるミサトは、早速バッグを開けて水着を取り出していた。
「さ、早く着替えちゃいましょ?男の子達が痺れを切らして待ってるわよ、きっと。
 ほら、レイはさっさと着替えちゃってるわよ」

見ると、レイは既にベッドの上に脱いだ服をきちんと畳み、水着を着ようとしているところだった。

その水着がおニューであることに気付くミサト。
「あら、レイ、その水着…」

「…アスカが選んでくれたんです…」

「ふ〜ん、似合うわよ。早くシンちゃんに見せたいわね」
ミサトはそう言うと小さくウィンクする。

「…はい…」
小さく答えると少し頬を染めるレイだった。


ロビーにて
男の着替えは速い。水着に着替えるだけなら尚更である。
シンジ、トウジ、ケンスケの三人は早くも着替えてロビーに降りていた。
シンジとケンスケはバミューダタイプのパンツに、上はシンジはTシャツ、ケンスケはパーカーを羽織っている。
トウジは下は黒ジャージに上はブルーグレーのランニングという格好だ。
さすがに義足を皆の目にさらすのは気が引ける様だ。誰より、シンジが気にしてしまうだろう。

「みんな、遅いね…」
「ま、女性の着替えは時間が懸かるもんさ」
「せやかて、服脱いで水着着るだけやないか」
「チッチッチ、そう単純でもないんだよ。あ、来た来た」

階段の上からキャピキャピした会話が聞こえて来る。

「おっまったせ〜ん!」
ダイナマイトボディに豹柄の大胆なビキニを着けたミサトを先頭に女性陣登場。

「おおっ!!こりゃ…」
男性誌のグラビアモデル並みのスタイルのミサトに早速鼻の下を伸ばしているトウジ。

「男なら、感涙に咽ぶべき状況だよ、これは」
ケンスケは目をウルウルさせている。ビデオを回していないのはアスカの許可待ちなのだろうか?

「あ、シンジく〜ん!どぉ?これ?」
軽やかに階段を駆け下りて来たマナはシンジの前でクルリと一回りする。
いつもの競泳用の水着ではなく、白いビキニを着けている。ミサトほど面積が小さくはないものの、無駄の無い引き締まった肢体が眩しい。

「あ…う…うん…ちょっと…大胆だね」
そう言いながら顔を赤くするシンジ。
(どうして、マナって、こう、露出度の高い服が好きなんだろう?)
と思いつつ…。

そんなシンジを見て。
「えへへ〜、赤くなってる、か〜わいいっ!」
と嬉しそうに笑うマナだった。

一方、マナに先を越されてちょっとムッと来たレイは、シンジの側へ来ると、
ツンツン…とシンジのTシャツの袖を引っ張る。

「あ、綾波…」
振り向いたシンジは、そこに立つレイの姿に目を奪われてしまった。

レイの水着はシンプルなワンピースであったが、その色はプラチナブルー。レイの髪と同じ色であった。
それはメタリックな輝きが人気の最新の素材で、光の当たる角度によって微妙に色合いを変える様は、いつか見たあの魚と同じイメージであった。
そして、身体にフィットした極薄の生地と相まってボディラインの陰影を強調し、マナに劣らぬスタイルの良さを浮かび上がらせていた。

何も言わず固まってしまったシンジに不安を感じたのか、両手を背中で組んだレイはちょっと上目遣いでシンジの顔をのぞき込むと、おずおずと尋ねる。
「…どう?」

その言葉にハッと我に返ったシンジは、レイの身体をマジマジと見てしまった事に気恥ずかしさを感じ、顔を赤くして一瞬目を逸らすが、レイの表情に不安げな陰りを見つけると、正面からレイの瞳を見つめて優しく微笑む。

「うん…似合ってるよ…奇麗だ…」

その言葉に安心したのか、レイも表情を和らげると嬉しそうに微笑みを返す。

「…良かった…」

その横でマナが寂しげな表情を浮かべていたのに気付いたのは、ミサトだけだった。
(あらあら、シンちゃんも罪作りねぇ…)

アスカはレイと同じ素材で色違いのワンピース。こちらはシャイニングレッドと呼ばれるメタリックな赤である。
早速ケンスケにビデオを撮らせてポーズを取ったりしている。
「アスカ、それちょっと派手じゃない?」
「な〜に言ってんのよ!これが今年の流行なの!」
「ま、似合ってるけどね」
「あったりまえでしょ?このアタシが着てんだから!」

ヒカリはかわいらしいデザインのセミビキニだが、スタイルのいい他の三人に引け目を感じでしまっているのか、単に恥ずかしいのか、上にパーカーを着込んでしまっている。
ヒカリもクラスメイトの女の子達と比べたらスタイルはいい方なのだが…。
「トウジ…」
「気にし過ぎや。ヒカリは今の自分にもっと自信持ったらええんや」
「うん…ありがと…」

(うんうん、青春しとるねぇ!諸君!!)
と腕をくんで感慨深げにうなずいていたミサトだったが、そこで号令を掛ける。

「んじゃ、ビーチへ、GO!!」


いよいよ海へ…
ミサトに続いてロビーを横切り海側の出口を抜けると、そこはプールだった。
幅10m長さ30mほどのヒョウタン型の変形プールで、プールサイドにはデッキチェアが、壁際にはシャワーが並んでいる。

「へぇ、プールもあるんだ」

「そうよん、でも、せっかく海に来たんだし、海で泳ぎたいわよね。
 こっちからビーチに出られるわよ」
とプールサイドのオープンバーの方へ歩いて行く。

「飲み物なんかはここで好きな物を頼んでね。
 料金は込み込みだから、飲み放題よん。
 お昼もここで注文出来るから。
 あ、生大1つちょうだい」
早速ビールを頼んでいる。

ミサトにしてはビールの1缶も持って来なかったのはこういう事かと、シンジは苦笑する。

オープンバーの横の小さな階段を降りると、そこは小さな入り江の奥の白砂のビーチであった。
セカンドインパクトによる水位の上昇で天然の砂浜はほとんど消えてしまい、ここもサンゴ砂を使った人工渚である。

「うわ〜!きっれ〜い!!」
「ホント、水が透明ね!あ、ほら、お魚!!」
アスカとマナは早くも波打ち際へ走り寄ってはしゃいでいる。
ケンスケも防水仕様のビデオカメラを構えて、陽の光にキラキラと輝く水飛沫の中の絶好の被写体を追っていた。

「なんや?誰もおらへんな?」
トウジが辺りを見回して不思議そうにつぶやくが、確かに人影が見えない。

「プライベートビーチよん。しかも、今日は私たちだけの貸し切り。
 んくっ、んくっ、んくっ…ぷはぁ〜っ!!く〜っ!!最高っ!!」
ミサトは左手を腰に当てて海に向かって仁王立ちになり、右手に持ったジョッキを早速あおっていた。

そういえば、ロビーにもプールにも他に人が見当たらなかった。
ゴールデンウィークに利用者が他にいないというのは奇妙だが、どうやら裏でリツコとMAGIの暗躍が有ったらしい。
『厚生施設の予約システムなんて赤子の手をひねるようなモンよ』と言ったとか言わなかったとか…。

「すごいや…」
シンジはひたすら感心している。

レイとヒカリは持って来た荷物を近くのパラソル付きテーブルの上に乗せていた。
周りには樹脂製の椅子と、デッキチェアがいくつも置いてある。
トウジはヒカリが持って来た浮き輪に息を吹き込んでいる。
ヒカリも観念したのか既にパーカーは脱いでいた。

「さ、あなたたちも水に入って来たら?私はここで休んでるから。
 あそこに見えるポールから先は急に深くなってるから、気を付けてね」

つまり、そこまでが盛り砂をした部分である。水中に砂の流出を防ぐ堤防のような基礎が有り、その上に等間隔で目印のポールが立っているのだ。

「はい!じゃ、行こうか!」
「ええ…」
「うん」
「おう!」

水際へ向かって走り出す子供たちを見送るミサトは笑顔であったが、その目には羨望の色が浮かんでいた。

「私たちの頃は、海で遊ぶなんて考えられなかったもんねぇ」

ミサトはそう独りごちると、グイとジョッキをあおるのだった。


波打ち際まで来ると、シンジはちょっと不安げな表情を浮かべる。
「海か…ぼく…初めてだよ…ちゃんと泳げるかな?」

「大丈夫…淡水より浮き易いから」
とは言うものの、レイも海で泳ぐのは初めてである。

「シンジぃ!レイ!何やってんのよ、早く来なさいよ!」
「シンジく〜ん!!こっちこっち!」

アスカとマナは早くもミサトが言ったポールの辺りまで泳いで行ってしまっている。

「アスカぁ!マナぁ!そのポールから先は急に深くなってるから、気をつけて!」

「…オッケェ!」
「はーい!」

「じゃ、行ってみようか?」
「ええ」

ザブザブ…と水の中に歩み入ると、強い日差しに火照った肌に水の感触が心地好い。
水温は28度〜30度くらいであろうか?セカンドインパクト後、黒潮の大蛇行など潮流の混乱が発生したが、最近では水温も安定しているようだ。

バシャッ…

シンジは両手で海水をすくい、頭からかぶってみる。
「しょっぱいや…」

(LCLと似てるけど、ちょっと違うみたい)
レイはそんなことを考えていた。

ザプッ…パシャッ…

シンジは軽く平泳ぎをしてみる。入り江の中ということに加え風向きも良く、水面は穏やかで波もほとんど無い為、プールで泳いでいるのとあまり変わらない。身体もプールより軽い気がする。

(行ける)

そう思ったシンジは一旦足を付くと、レイに声をかける。
「あそこまで泳いでみようか?」
アスカとマナがいる辺りを指差す。

「ええ」

そしてふたりはゆっくりしたストロークのクロールで泳ぎ出す。

パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ…

水を飲む事もなく、ポールにつかまって一休みしていたアスカとマナの所まで順調に泳ぎ切れた。

「シンジくん!ここ、つかまって。この辺、もう足着かないから」

そのポールにつかまるシンジと、少し遅れてレイ。
1本のポールに4人がつかまっている形になる。

ケンスケはカメラをワンタッチで取りつけられるようにして更に水中モーターまで付けた改造ビート板につかまり、ポールの周りを回りながらビデオカメラを回している。

「シンジ、泳ぎ上手いじゃない?ホントに泳げなかったの?」

「ぷはっ!はぁ…う、うん。でも、良かった、海でもちゃんと泳げて」
ポールをつかんでいない方の手で顔を拭いながらシンジは答える。

「シンジくん、がんばってたもんね」
スイミングスクールでのシンジの努力を見ているマナが、嬉しそうに言う。

「誰かさんと一緒に泳ぎたかったから…ってね」
ニヤリ、とアスカ。

「えーっ?」

と声をあげるマナに、ポッと頬を染めるレイ。

「いっ、いいじゃないか、別に。
 ほ、ほら、トウジたちはここまで来れないんだから、戻ろうよ」
赤くなったシンジは誤魔化すように言う。

見ると、トウジとヒカリは波打ち際で水の掛け合いっこをしていた。
キャアキャアとヒカリの歓声が聞こえる。

「楽しそうね…邪魔しちゃ悪いんじゃない?」

「う…」(確かに…)
シンジもそう思った。

「じゃ、アタシたちは競争しましょ?
 向こう側の桟橋まで。
 シンジ、泳げる?」

ビーチの端の方に有る桟橋までは水際からここまでの 1.5倍位の距離だが、なんとかなりそうだ。
「う、うん。大丈夫だと思うよ」

「そ、じゃ、決まりね。ケンスケ!ちょっと!
 アンタは先に向こうまで行って、審査員をするのよ。
 もちろん、着順だけじゃなくって、芸術点も付けること」

「え〜っ?なんだよ、その芸術点って」

「もちろん、誰が一番美しく泳いだか?よ!」

「えー、そんなの、ぼくが一番不利だよ」
シンジは自分のフォームがまだまだなのを自覚している。

「バカねぇ、アンタ、競争にだって勝てると思ってんの?
 まだ、ようやく泳げるレベルじゃない?
 アンタはオマケよ!着いて来るだけでいいの!
 アタシの敵はレイ、マナ、アンタたちよ!」

「ふふ、いつぞやのリターンマッチって訳ね。
 いいわ、受けてあげる。負けないわよ!」
闘志満々のマナ。

「私はいい」
レイはそういうことにはあまり興味が沸かないようだ。

「レイ、アンタもたまにはつきあいなさいよ」

「そうだよ、綾波も泳ぎ上手いんだし、やってみたら?」

「そう?…じゃ、やる」
シンジの言葉にあっさりと承諾するレイ。

(アスカもさることながら、綾波さんには負けられないわね)
レイの参加で一層闘志の炎を激しく燃やすマナであった。

「シンジはポールの近くを泳げばいいわ」

確かに、ポールは5m置きくらいの間隔で立っているので、疲れてもそれにつかまれば良さそうだ。

「じゃ、ケンスケの合図でスタートよ」

見ると、既にケンスケは桟橋までの距離を半分ほど行った所だった。




桟橋から波打ち際をガヤガヤと帰って来る一行。

勝負は、着順がアスカ>マナ>シンジ>レイ。芸術点はレイ>マナ>アスカという結果だった。
シンジは芸術点は対象外である。

「ちぇ〜っ!アスカに負けちゃったぁ…」
(着順では綾波さんには勝ったけど、芸術点は負けかぁ…)

「あ〜あ、納得行かないわね。
 着順は一番だってのに、芸術点でビリッけつだなんて!」

「しょうがないだろ、アスカは速いけど、奇麗と言うよりパワフルって泳ぎだもんな。
 ビデオ見りゃ判るけど、綾波の泳ぎが一番奇麗だったよ」

「そう?良くわからないわ」

「でも、シンジが3着でレイがビリってのは意外だったわね。
 レイ、アンタ、手を抜いたんじゃないでしょうね」

「…だって、碇くんが、心配だったから…」
レイは途中でシンジに何かあったらすぐに助けられるように、シンジの後ろを泳いでいたのだ。

(やっぱり…)
アスカは一つ溜め息をつく。
「はぁ…。レイ、気持ちは判るけど、シンジを甘やかし過ぎよ」

「あの…綾波、ぼくを心配してくれるのは嬉しいんだけど…」
シンジもちょっと困惑気味であった。

「…ごめんなさい…」
シンジの為を思ってした事が、結果としてシンジに不快感を与えてしまったと思い、顔を伏せてしまうレイ。

ちょっと気まずくなった雰囲気を振り払うべく、マナが明るく言う。
「ま、ま、いいじゃない!そんな深刻に考えなくったって!
 ほら、鈴原君が呼んでるわよ」

ビーチを見ると、トウジとヒカリが彼等に向かって手を振っている。

「お〜い!飯にしようやぁ!」
トウジはもう待ち切れないようだ。

「ほら、行きましょ?」
そう言うと、
「はいは〜い!ご飯!ご飯〜!!」
と、嬉しそうに走り出すマナ。

「そうね、もうお昼か。アタシもお腹ペッコペコ。
 先に行くわよ、シンジ」
ケンスケと連れ立って歩き出すアスカ。

シンジは友人達の背中を見つめていたが、レイに向き直り、その手を取る。

レイが驚いたように顔を上げると、そこには優しい微笑みをたたえたシンジの顔があった。

「…ありがとう…レイ…」

レイは目を2回瞬かせると、シンジを見つめる。
「…碇くん…」

「ぼくも、もっとがんばるから…」
シンジはそこで言葉を切り、レイを見つめる。

「………」

レイは何も答えなかったが、その表情がゆっくりと柔らかさを取り戻すのを確認し、シンジはまた微笑みを浮かべる。

レイも、つられて奇麗な微笑を返していた。

「行こうか?」

「…うん…」

手を繋いだまま、友人達の後を歩きはじめるふたりであった。




プールサイドのテーブルで騒がしい昼食を済ませた後、プールに放り込んで冷やしてあったスイカ(加持の畑の産物である)をビーチに運びスイカ割りを楽しんだ彼等は、満ち足りたお腹が落ち着くまでの時間を、ビーチに寝そべったり砂で城を作ったりして過ごしていた。

トイレでも行って来たのか、保養所の建物から出て来たアスカがみんなに声をかける。
「ね、ここ、ダイビングも出来るんだって!やってみない?」

「あ、そういえば、アスカは修学旅行には来れなかったけど、ダイビング出来るんだよね」
ヒカリ、ケンスケ、トウジの三人は修学旅行の沖縄で体験ダイビングをして来ているのだ。

「うん、しばらく潜ってないけどね」

「ダイビング?やるやる!私、やったことないの〜」
マナがいた学校では修学旅行にスキューバダイビングのメニューは無かったようだ。

「じゃ、みんなの復習も兼ねて、体験ダイビングコースでいいわね。ヒカリもやるでしょ?」

「え…うん…でも…」
チラッとトウジを見る。

「あ、ワシの事は気にせんと、楽しんできぃや」

「うん、ごめんね」

「ええ、ええ。ワシはちょっと疲れたさかい、昼寝しとるわ」

「レイはやらないの?」

「私はいい…そんなもの着けないで泳ぐ方が気持ちいいもの…」

「綾波は、泳ぎ上手だもんね」

「…本当は裸で泳ぐ方が気持ちいいのに…」

「えっ?」

「本部のプールでは以前は裸で泳いでいたから…。
 中学に通うようになった頃、赤木博士に
 『他の職員から苦情が出てるから水着を着なさい』って言われて
 水着を買ったの」

「………」
シンジは真っ赤になってしまい、言葉を失っている。

「ちょ、ちょっと、レイ…」

「??」
(みんな変な顔をしている…。そう…一般的じゃないのね)
「………冗談…」

「そ、そう?あ、あはは、そうよね、やっぱり(汗)」

(綾波ぃ…失敗してるよぉ)

シンジとアスカは冷や汗をかいていた。


プールにて…
「マスクに水が入った場合は、このようにマスクの上部を押さえ、
 上を向いて鼻から息を出すと水が抜けます。
 これがマスククリアです。はい、やってみましょう」

インストラクターが三点セットの使い方やダイビングの基礎をレクチャーしている。
沖縄で経験している三人はさすがに手際がよい。マナも飲み込みが速いようでレクチャーは順調に進んでいた。

アスカはレクチャー不要なのでレイと一緒にダイビング器材置き場をのぞいていた。

「へぇ、メンテナンスもしっかりしてるじゃない」

レンタル器材などはぞんざいに扱われることが多いので、メンテナンスがしっかりしていないと命に拘ることもある。
もっとも、もし器材が故障してもそれをリカバリするためにバディシステム(二人一組で潜る仕組み)が有るのだが…。

「…これ…おもしろそう…」
レイが何かを見つけたようだ。それはモノフィンと呼ばれる足ひれで、両足を一つに固定してドルフィンキックで泳ぐ物だ。

「変わった物があるわね。それ、借りてみたら?」

そんな訳で、レイは水の抵抗の少ないコンパクトなマスクとモノフィンを借りることにした。


一方、ビーチでは…
「さーて、ひと焼きしますか。
 鈴原く〜ん、背中、サンオイル塗ってくれるぅ?」

「ええっ?!ワシがでっか?」

「そ、他にだれもいないでしょ?」

「い、いや、けど、ワシは…」

「はは〜ん、ヒカリちゃんが恐い?」

「こっ、恐いことなんかあらへん!」

「じゃ、お願い」

(ヒカリ、ゴメン!男として、この場は断れんのや!)

そう心の中でヒカリに謝りつつも…

「ほな、失礼して…」

鼻の下が伸びとるぞ、トウジ。


桟橋にて
「はい、ここから、ジャイアントストライドエントリーでどうぞ」

ドブン!

ザブン!

ダイビング器材一式を身に着けた5人は次々に海へ飛び込む。

少し沖のブイまで泳いで行き、5人そろった所でインストラクターが潜行を指示する。
「じゃ、潜行しまーす!
 ここの水深は8mです。
 一人ずつ、このロープに掴まって、ゆっくりと潜行してください。
 耳抜きを忘れないようにしてくださいねー。
 耳が痛くなったら、一旦少し浮上して、そこで待っていてください。
 下に着いたらこのロープの根元に輪になって集まってください」

アスカはそれを聞くと、先にヘッドファースト(頭を下にした姿勢で潜る潜行法)で潜って行ってしまった。
水中をのぞくともう海底に着いて仰向けになって中性浮力を取っている。
レギュを外して口から吐き出した空気でゆっくりと浮上する奇麗な銀色の輪を作って遊んでいた。

ゴボッ…コポポポポ…

3m程潜ると少し水温が下がる。寒いほどではないが、ウエットスーツを着ていないので、あまり長くはいられないだろう。

初めて潜る海。緊張するが同時に何か心安らぐ物がある。
海底に着き少し落ち着くと、意外といろんな音が聞こえることに気付く。

「シュー・ゴボボボ…」

これは、自分の呼吸の音。

「カチカチカチカチ…」
「ギッ…ギリッ…ギリッ…」
「チリチリチリチリ…」
「コツコツコツ…コツコツコツ」

これらの音は海に棲む生き物が出す音だそうだ。

周りを見回すと、色々なカラフルな魚が沢山泳いでいるのが見える。

ここ西伊豆もセカンドインパクト後は一時は生態系が乱れたが、以前は死滅回遊魚と呼ばれた黒潮に乗ってやって来る熱帯性の魚達が、水温の上昇&安定化により冬になっても死滅することなく定住して、駿河トラフから上がって来る深海性の魚と入り交じり、沖縄とはまたちょっと違う複雑で豊かな生態系を作り上げつつあった。

みんな、興味深げにキョロキョロと辺りを見回している。

5人そろうとインストラクターがやって来て彼を中心に扇状に並ぶように指示し、ポケットから何やら取り出す。

するとそれ目掛けて周りの魚が一斉に寄って来た。どうやらここの魚達は餌付けされているらしい。

インストラクターは手振りで何やら示してる。どうやらぼくらのBCジャケットのポケットにも餌が入っているらしい。
それを取り出して細かく千切ると、周りの魚が一斉に寄って来た。周り中魚だらけだ。
凄い…思わず笑い出したくなる。

餌が無くなると魚達は周りを少しうろうろしていたが、次の餌を求めて泳いで行ってしまった。

見ると、マナや洞木さん、それにケンスケも魚に囲まれていた。
アスカは餌付けには興味が無いようで、海底から2m位の高さの位置をぼくらの周りを旋回するようにゆっくりと泳いでいた。

(アスカは慣れてるから、こんなのおもしろくないのかな?)
そう思って見ていると、アスカは何かに気付いたのか手を振って沖の方を指差す。

そちらを見ると、何か白い物がこちらへ泳いで来るのが見えた。

(人魚?)
一瞬そう思ったけど、それは、綾波だった。

白いモノフィンを着けた綾波がぼくらの周りを泳ぐ。
流れるように躍動するスレンダーな肢体…美しいフォーム…。
綾波の身体の動きに合わせて、その髪と水着が海面からの光をキラキラと反射する。

(…奇麗だ…ほんとに、人魚みたいだ…)

ぼくらは唖然と見とれていた。

綾波はスイッと海面へ向かって泳いで行くと、息継ぎをしてまた潜って来た。
身体全体を滑らかにうねらす様にドルフィンキックするその姿は…まるで…。

(TVで見たイルカの様だ…なんて軽やかに泳ぐんだろう…)

これならこんな重い器材を背負ってまで潜ろうなんて思わないよな。
そう思うと自分達が間抜けに思える。

皆の周りを一回りした後、ぼくのところへ泳いで来た綾波はマスク越しにニコッと笑う。
なんだか楽しそうだ。
ぼくも微笑み返す。マスクとレギュが邪魔でうまく笑えないけど、綾波は解ってくれたみたいだ。

また海面へ上がり息継ぎをしては潜って来る。そうしてひとしきりぼくらの周りを泳いだ彼女は、ぼくに小さく手を振ると、また沖の方へと泳いで行ってしまった。

(大丈夫かな?なんか、そのままどこかへ行っちゃいそうで、心配になっちゃうよ…)


彼等のいる場所から更に少し沖へ行った所の水深10m程の中層にレイは身をたゆたわせていた。
海面から射し込む光のカーテンがレイの身体にユラユラと揺れる波紋を投影している。

海面に踊る光のダンスを眺めながらレイは思う。

(ここは…私の世界だ…)

そんな気がする。

(全ての生命の源…母なる海…LCLのなごり…)

LCLを産み出したリリス、その分身として作り出された自分…

(ヒトはここから生まれて行ったのに、ここでは生きられない…)

ここはとても心地よい…

(心も身体も解けてゆくような感じ…)

でも、もっと違う心地よさが外の世界には有る…

(碇くん…)

シンジの笑顔を思い浮かべる。

(…温かい…)

長く水中にいたので身体は段々と冷えて来たが、シンジの事を想うとお腹の奥が温かくなるような気がする。

(…気持ちいい…碇くんと一緒にこうして泳げたら…)

でも、最近やっと泳げるようになったばかりのシンジに、それは無理な注文。
シンジはがんばると言ってくれた。それだけでも、今は、いい…。

(そろそろ戻ろう…)

フィンをキックし、ゆっくりと海面へ浮上するレイであった…。


レイが桟橋の近くへ戻るとシンジたちも海面に浮上した所だった。

桟橋へと海面移動する彼等の横をスイと抜けると、レイは桟橋に泳ぎ着き、両手を掛けると反動を付けて身体を持ち上げる。

ザパッ…

そのままモノフィンを着けたままの足を下に垂らして横座りに腰かけ、マスクを外してシンジたちを待つその姿は、身体中にちりばめた水滴が強い陽の光を浴びてキラキラと輝き、まるで童話の人魚姫の様であった。

ザバ…

桟橋に掛った簡易ハシゴを上がってきた彼等は、マスクを外すとしゃべり始める。
「はぁ、おもしろかった〜」
「凄かったね、魚がいっぱいいて」
「凄いって言えば、レイよ、なんであんな泳ぎできんのよ」
「そうそう、ホント、人魚みたいだったわ」
「く〜っ!水中カメラ持って来るんだった!!」
ケンスケのカメラは防水仕様ではあったが、潜水仕様ではなかったので持ち込めなかったのだ。

「あ、いたいた、綾波さん!凄い!!私、感動しちゃった!!」
レイの側へ駆け寄って来るマナ。本当に感動したようで、目を輝かせている。

「そうそう、ホント、泳ぎうまいのね。驚いちゃった」
ヒカリもやって来た。

「うん、すごく奇麗だったし、あんな風に泳げたらホント気持ちよさそうだね」
と、シンジ。

レイはちょっと小首を傾げて考えるような素振りをする。
「……みんなも…練習すれば、きっと出来るようになるわ」

それはちょっと簡単じゃないと思うぞ、レイ(^_^;)。


再びビーチへ…
器材を片付けインストラクターにお礼を言ってビーチに戻ると、上半身裸のトウジにミサトが襲いかからんとしているところだった。

「かっ、堪忍してや!ミサトさん!」
「遠慮することないじゃない、気持ちよくしてあげるわよ?」

「と…トウジ!」
言葉を失うヒカリ。

「ミサト…アンタ…そういう趣味だったの?」
ジト目のアスカ。

「あ…あら、お帰り、早かったのね」
「ひ…ヒカリ…これは、誤解なんや!ワシは、別に…」

太陽を背に仁王立ちしたヒカリの表情は逆光で良く見えないが、怒りのオーラが陽炎の様に立ち上っているのが、シンジにも判るくらいだった。

さすがにミサトもビビったようで必死に取り繕う。
「そ、そ〜よ。ちょっとサンオイル塗ってもらったから、
 お礼に私も塗ってあげようとしただけで…そ、そうだ、鈴原君、
 ヒカリちゃんにも塗ってあげなさいよ、ね、ね」

「え…」
これにはヒカリも心が揺れたようだ。尖っていた雰囲気が緩む。

「せ、せやな。ヒカリ、ワシが塗ったるさかい…」
トウジはそう言いつつも顔が赤くなっている。

「私…知らないっ!」
ヒカリは真っ赤になってしまった顔を背けてしまうが、首筋まで真っ赤なのがかわいい。

トウジは立ち上がるとヒカリの側へ歩み寄ってなだめはじめたが、他のメンバーは既に行動を起こしていた。

「シンジくん!サンオイル塗って!」
「碇く…」(むー)

またもやマナに先を越されたレイは、ちょっとむくれてしまう。

「あの…マナ…綾波…その…」

二人に挟まれてアタフタしているシンジに、ニヤケ顔のミサトが助け船(?)を出す。
「シンちゃ〜ん、もてる男は辛いわねぇ…。
 二人とも塗ってあげればいいじゃない?
 レイの方が面積少ないから先に塗ってあげたら?」

レイは「先に」ということにちょっと機嫌を直すが、同時に(私もビキニにすればよかった…)と思っていた。
レイの水着も背中が開いているとは言え、ビキニとワンピースでは露出した肌の面積がかなり違う。

「じゃ、じゃぁ、綾波から、いいかな?
 ここにうつ伏せに寝てくれる?」

側のデッキチェアをフラットにすると、シンジはレイに呼びかける。

マナは既に反対側のデッキチェアにうつ伏せに寝そべって、組んだ両腕に顔をこちらに向けて乗せ、足をパタパタさせていた。

シンジはサンオイルを掌に取ると、一応レイに確認する。
「綾波…いいかな?」

「ええ…お願い…」

シンジの手がレイの肩から二の腕へと遠慮がちに滑って行く。
透けるように白く、柔らかい、だが張りのある滑らかな肌…。
シンジはレイの肌の感触にドギマギしながらも、ゆっくりとオイルを塗り広げていく。

レイは目をつむってシンジの掌の感触を味わっていた。
火照った肌にひんやりとしたオイルの感触と、シンジの優しい愛撫が心地好い。
(碇くんの手…気持ちいい…)

ゆっくりと両腕を塗り終わると次は今度は背中へ行く。肩甲骨の辺りから白く細いうなじへと手を滑らすと、レイは一瞬ピクッと身を震わせる。
「んっ…」

焦るシンジ
「あ、ゴメン…」

レイは気持ち良さそうに目をつむったまま、続きを促す。
「んん、気持ち…いいの…もっと…」

レイの際どいセリフにシンジは真っ赤になってしまい、お得意の呪文を心の中で唱え始めた。
(変な事考えちゃダメだ!変な事考えちゃダメだ!変な事考えちゃダメだ!変な事考えちゃダメだ…)

そうしながらも、ようやく背中を塗り終わると一息つくシンジ。
「あの、もう、いいかな?」

「……足も…」

「はぅっ!」

(綾波の太もも?!綾波の膝裏?!綾波のふくらはぎぃっ?!)

シンジはクラクラしながらも、丁寧にオイルを塗り進めて行った。

(膨張しちゃダメだ!膨張しちゃダメだ!膨張しちゃダメだ!膨張しちゃダメだ…)

その間、レイはシンジの必死の形相にも気付かず、目をつむったまま気持ち良さそうにシンジに身を委ねていた。

ようやく一通り塗り終えた時シンジは汗だくになっていたが、レイはと言うと、すやすやと軽い寝息を立て寝入ってしまっていた。

「終わったよ…綾波?
 寝ちゃったんだ…」

「はーい!シンジくん、次は私ね」

シンジは喉がカラカラになっていたが、早く済ませてしまおうとマナの方に向き直り、そこで絶句する。
うつ伏せになってシンジを待つマナは、ビキニのブラの紐を外してしまっていたのだ。
ほとんど裸に等しい。
緊張が緩んだ所に不意打ちを食らい、一気に血が上る(どこへ?^_^;)シンジ。

「ま…マナ…ゴメン!!」
そう言い残すとシンジはダッ!と水辺へ向かって走り出し、なんとなくギクシャクした走り方で水際まで行くと、倒れ込む様に水に飛び込んでしまった。

「あ…あれっ?シンジくん?」

「ぷっ!くくく、シンちゃん、わっかいわねぇ…。
 霧島さん、その格好はシンちゃんにはちょっち刺激が強過ぎたみたいね」
ミサトがニヤニヤして立っている。

「そんなぁ…」

「しばらく戻って来れないんじゃないかしら?
 私が塗ってあげましょうか?」

「…もう、いいです」

隣のデッキチェアで幸せそうに眠るレイを見ながら憮然とするマナであった。

周りを見回すと、トウジとヒカリも既に仲直りしてサンオイルを塗ってもらっているようだ。
アスカとケンスケは突然水へ飛び込みに行ったシンジを指差して、笑いながら何かしゃべっていた。

マナは手早くブラの紐を締めると、立ち上がる。
「ね!みんな!!ビーチバレーやらない?」
立ち直りの速いマナであった。

「おっし!やろう!それやったらワシもいっしょにできるよって」

トウジの賛同で皆立ち上がると、ビーチボールを持ったマナを先頭に、ぞろぞろと波打ち際へ歩いて行く。

(霧島さんもいい子ね…。
 でも、シンちゃんの気持ちは決まってるだろうから…ちょっち可哀想かな?)

ミサトはそう思いながら、寝ているレイを見下ろす。
「レイ、起きなさい」

モゾ…と動いて、まぶたを重そうに開くレイ。
「んん…碇くん?……あ、葛城さん…私…寝てしまったんですね」

「気持ちよく寝てるとこ、起こしちゃってゴメンね。
 でも、シンちゃんはあそこよ。あなたも行ったら?」

身体を起こすと、シンジたちが波打ち際でビーチバレー(もどき)で遊んでいるのが見える。
「はい…ありがとうございます」

レイが立ち上がると、ミサトも並んで皆の方へと歩き出す。

「よっしゃ!いっちょ揉んでやりますか。
 私、こういうの得意なのよね」
ミサトは嬉々として肩を回していた。




ネットの無い簡易ビーチバレーは、レイがボールを受けそこなって顔で受けたりするなど意外と球技が苦手な事が判明したり、途中ミサトのブラがほどけて見事なバストを披露してしまったりなどのハプニングがあったり、最後には単なるボールのぶつけっこになってしまったりしたが、皆それを楽しんでいた。

日が傾き、空が夕焼けに染まる頃になると、さすがに風もひんやりとして来る。

「風が涼しくなって来たね」

「そうね。そろそろおしまいにしよっか!」

「ふぅ、疲れたぁ!」

「でも、おもしろかったぁ〜」

「ワシ、もう、腹ペコやぁ!」

「もう、トウジったら…」

「ふふ、夕食も豪華よん。
 その前に、お風呂入って来たら?
 じゃ、私は先に上がるから、あなたたちも6時には1階の『楓の間』に集合ね」

そう言うと、ミサトは保養所へと引き上げて行った。


残った子供たちは、波打ち際に立って、夕日を眺めていた。

ザザン…サラサラサラサラ…

ザザン…サラサラサラサラ…

ザザン…サラサラサラサラ…

交わす言葉もなく、ただ、繰り返す波の音だけが響く…。

赤い太陽がゆっくりと水平線へと沈み始める。

「…夕日が…沈む…」

レイのつぶやきに、答えるともなくシンジもつぶやく。

「…奇麗だね…」

(夕日…消えていく命。
 あの頃の私みたいで、以前は好きじゃなかった…。
 でも、今は…)

隣にシンジがいる。それだけで、心が安らぎ、身体が温かいもので満たされる。

レイはそっとシンジの手を握る。

シンジもレイの手を優しく握り返す。

いつもなら、こういうシチュエーションならシンジにチョッカイ出して来る筈のマナも、今はなぜかおとなしく、静かに夕日を見つめていた。茜色に染まったその横顔は少し寂しげで、なんとも言えぬ儚さを感じさせるものだった。

アスカもひとり静かに夕日を見つめていた。隣にいた筈のケンスケは、いつの間にか後方10m程まで下がり、夕日にスラリとしたシルエットを浮かべるアスカの後ろ姿をカメラに収めていた。

トウジとヒカリは、寄り添うようにして互いの腰に手を回して沈む夕日を見ていた。

見る間に沈んでしまう夕日。しばしの間、その照り返しの赤が雲の底を染めていたが、やがてその色も失われ、徐々に紺碧へと移ろう空は、その中に星の瞬きを見せはじめる。

「戻ろっか」

アスカの声に我に返った少年少女達は、言葉少なに建物の方へと帰って行くのだった。


To Be Continued...

あとがき
いやはや、長いっすね。
今回、海ネタと言う事で張り切ってしまいましたが、後半、バランス取れるのだろうか?心配です(^_^;)。

トウジの妹の名前は「冬二」の次と言う事で「三春」と、安直に…(^_^;)
「ハルミ」でないのはフルネームで呼んだ時に「原」と「春」が続くと語感が悪かったので…。

レイの水着姿…挿し絵を描く予定なのですが…少々お待ちを…(;_;)。


さて、次回はいよいよ温泉。レイとシンジの混浴も有り?乞うご期待(^_^;)。


謝辞
今回よりフリーのアウトラインプロセッサ『Story Editor』を使わせてもらっています。
アイデアノート代わりにも使えて便利です。

作中のトウジの河内弁は、A.S.A.I.さんにご指導いただきました。どうもありがとうございます。


ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

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