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新世紀エヴァンゲリオン++

第壱拾九話:湯煙の中、ふたり


201号室
少女達が部屋に帰って来ると、ミサトの姿は無かった。
先にお風呂に入りに行ってるのだろう。

アスカはバッグからお風呂セットを取り出しながら言う。
「1階に大浴場があったわね。面倒だから、このまま行っちゃおうか?」

彼女等はまだ水着のままだ。

「そうね。貸し切りだし、着替えだけ持って…あ、浴衣が有るわよ」

ヒカリが見つけた浴衣は、白地に紺色で楓の葉をあしらってあり、かわいらしい感じだ。

「あ〜っ、かっわい〜!」
マナはその浴衣が気に入ったようだ。

「私…浴衣…初めて…」
レイは今まで浴衣という物を着たことがない。

アスカも同様だ。
「へぇ?ユカタ?アタシも浴衣って着たことないんだ。楽しみね」
と、嬉しそうに浴衣を手に取って眺めている。

そう、それが洋風の部屋の割にバスローブではなく浴衣が用意されている理由だ。
外国からのお客さんには、これが結構評判いいのである。おみやげ用の浴衣一式が格安で用意されているくらいだ。


1階大浴場
水着のままお風呂セットを手にした少女達が到着。

脱衣所で水着を脱ぐと、浴場へのドアを開ける。

だが、先に来ているはずのミサトの姿が見えない。

「あれ?ミサト、いないわね。どこ行っちゃったのかしら?」

アスカが訝しんでいると、脱衣所の壁に張ってある案内図を見ていたマナが声を上げる。
「あ〜っ!ここ、露天風呂もあるんだぁ!ほら、2階の私たちの部屋と反対側の突き当たり!」

「…この真上ね…」
「ミサトったら、ちゃんと教えてくれればいいのに」
「ちぇ〜っ!もっと早くわかってたら…」
「もう、みんな脱いじゃってるしねぇ」
「ま、温泉は24時間だから、後で入りに行けばいいか。
 明日の朝でもいいし」
「そうね。あんまり時間ないし、今はここでいいわよ」

まだ6時までは1時間以上有るのだが、彼女等にはそれでも足りないらしい。

大浴場は、さすがに大ホテルの温泉とまでは行かないがそれなりに広く、洗い場にはシャワー付きのカランが8つ並んでいて、窓際の湯船は檜造りで10人ほどが並んで入れる広さだ。
窓からは昼間なら海が一望出来いい眺めだろうが、今はもう外が暗いので天井のライトが映り込んでいて外はよく見えない。

洗い場で軽く身体を流した彼女等は、ゆっくりと湯船に漬かる。

「はぁ〜、気持ちい〜!」
「…温泉……初めて…」
「レイは浅間山の時、行けなかったもんね。
 いいもんでしょ?温泉って」
「ええ…気持ちいい…」
「あちちち…ちょっと、しみるわね。
 サンスクリーン塗ってたのに思ったより焼けちゃったみたい。
 レイは全然平気なの?」
「赤木博士が特別に作ってくれた物を塗っていたから…」
「へぇ、そんないいもんが有るなら、貸してくれればよかったのに」
「肌とのマッチングが有るから、他の人には使わせないように…って」
「あらそう、今度アタシも作ってもらおっと!」
常夏のこの時代、少女達は日に焼けた小麦色の肌よりも白い肌を維持する為に努力を惜しまない。
サンオイルも、少女達にとっては「奇麗に焼く為」ではなく「好きな男の子に塗ってもらう為」の意味しかなかった。

「でも、温泉って言うけどぉ、なんか、普通のお湯みたいだね?」
マナがお湯を両手ですくい上げてのぞき込んでいる。

確かに、温泉で連想される硫黄臭も濁りも無い。
近場の箱根湯元温泉なども、単純含石膏弱食塩泉なので硫黄臭も濁りも無いのだが、越して来たばかりのマナには新鮮だったようだ。

マナをチラッと見たレイが、抑揚の無い一本調子の声で答える。
「単純塩化物泉。無色透明。海水に近い成分で塩辛い。
 切り傷、火傷、皮膚病、婦人病に効果が有る。
 飲用にも適し、消化器病、便秘に効果が有る。
 ただし、湯船のお湯を飲まないでください。
 石鹸は泡立たないので、身体を洗う時はカランから出るお湯を使用ください」

「アンタ、よく知ってるわね。って言うか、最後のは何よ?」

「入り口に表示してあったわ」

「あら、そう?よく見てるわね」


その頃、男湯では…
早くも身体を洗い終わったシンジとケンスケが並んで湯船に漬かっていた。
トウジは、部屋の風呂を使うと言って、大浴場には来ていない。
やはり、義足を気にしての事だろう。

「風呂はいいな…身体も心もリラックスさせてくれる…。
 なぁ、シンジ、そう思わないか?」
「えっ?」
ケンスケのセリフが、あの時のカヲルのセリフにオーバーラップして、シンジは思わず聞き返していた。

「トウジの足の事、まだ気にしてんだろ?」
「あ…う、うん」
「気にするなって言っても無理だろうけどさ、
 それじゃ、トウジ本人の方が余計に気を使っちゃうぞ?
 新しい足、もうすぐ出来るんだろ?なら、いいじゃないか」
「でも、ぼくがトウジの足を奪ったと言う事実は消えないよ」
「そうだな。その事実は消えない」
「………」
「でも、それはシンジの心の中に留めておけばいい事じゃないのか?
 それをあからさまに表に出しても、周りの人間は決して良くは見てくれないぞ。
 トウジだって、かえって辛いよ。そんなシンジの姿を見るのは。
 もちろん、オレだってね。
 もっと、気楽にしろよ。せっかく、遊びに来たんだし。
 トウジもそれを望んでるよ」
「うん…ありがとう…ケンスケ…」
「いいって。さて、そろそろ出るか。のぼせちゃうよ」
「そうだね。トウジも待ってるしね」

ザバ…

湯船から上がり、のぼせ気味の頭を冷やす為シャワーで冷水をひと浴びしてから、脱衣所へと出て行く二人だった。


再び女湯に戻る
少女達は思い思いのペースで湯船に漬かったり身体を洗ったりしている。

ヒカリとアスカは湯船の縁に腰をかけておしゃべりを楽しんでいた。
「でも、みんな、肌、奇麗ね〜羨ましいわ」
「何言ってんのよ、ヒカリだって、アタシたちと変らないじゃない」
「でも、私、ソバカスとか有るし…」
「それもチャームポイントのうちよ」

そんなことを話している二人の前を、レイがペタペタと洗い場の方へ歩いて行く。

「綾波さん…大胆、って言うか、全然隠そうとしないのね」
ヒカリが先程から気になっていた事をつぶやく。

「あはは!『いくら女の子同士でも、前くらい隠したら?』と思うわよね。普通」

ヒカリは小声でアスカの耳元に囁く。
「ねぇ、綾波さんって胸は結構有るのに…まだ、生えてないの?」

アスカも合わせて、小声で答える。
「え?ああ、あの子、毛の色があれでしょ?遠目じゃそう見えるわね。
 よく見るとちゃんと生えてるのがわかるわよ。薄いけどね」

「よく…見てるの?アスカ…」
ちょっと引いてしまうヒカリ。

慌てて弁明するアスカ。
「べ、別にそんな趣味が有るわけじゃないけど、あの子、いつもあの調子だからね」
「恥ずかしくないのかしら」
「レイには、そういう感覚無いみたい。
 ちょっと特殊な環境で育ったみたいだから。
 アタシたちと一緒に暮し始めた時なんか、大変だったのよ。
 学校から帰ると、シャワー浴びるじゃない?
 シンジがいるのに平気で裸で出て来ちゃうんだから」
「ええ〜っ?!ホント?」
「その時のシンジの慌て振りったら、おかしいのなんのって、ぷぷぷ」
「信じられないわ…」
「まぁ、シンジがさんざん頼み込んだから、シンジがいる時はそんな事しなくなったけど」

そう言いながらレイの方を見ると、レイは髪をシャンプーしている。

その右側3つ目のカランではマナが身体を洗っていたが、手を休めてレイの方をじっと見ていた。

(マナも…なんか、可哀想ね)

そう思いながら、マナの後ろ姿を見つめるアスカだった。


楓の間・6時5分前
「おお!ここや!ここや!」

いつものジャージ姿のトウジを先頭にドカドカと入って来る男連中。
シンジとケンスケは浴衣を着ている。男物の浴衣は楓ではなくイチジクの葉をあしらった物だった。
浴衣に合うようにちゃんと白木の下駄が用意されていたので、浴衣のふたりはそれを突っ掛けていた。

10畳ほどの和室に置かれたテーブルの周りに座ぶとんが敷かれ、既に料理が用意されていた。

「うほ〜!こりゃ、うまそうや!!」
トウジは早速ヨダレをたらしている。

テーブルの真ん中には巨大な舟盛りが置かれ、新鮮な近海物をメインとした様々な魚や貝の刺し身が盛りつけられている。
その周りには焼き海老や茹でた蟹、サザエの壷焼きが香ばしい匂いを発て、海藻サラダや茶碗蒸し、野菜の煮つけやお吸い物などが所狭しと並んでいる。

「部屋は洋室なのに、こっちは和室なんだな」

ケンスケが誰に言うともなくつぶやくと、後ろからミサトの声がする。

「やっぱ、宴会場は畳じゃないとしっくり来ないでしょ?」

そう言われても、中学生の彼等にはピンと来ない。

ミサトは少し胸元を緩めに遊ばせた浴衣に黒い濡れ髪という、なんとも言えぬ大人の女の色気を醸し出していたが、トウジは振り向きもせず、その目は料理の上を行ったり来たりしている。

「さ、適当に座ってたら?あの子達もそろそろ来るわよ」

「も〜、遅いなぁ!なにしとんのかいな〜」
トウジは待ち切れないようで早速座り込んでいる。

「まぁまぁ、もうちょっとの辛抱だよ」
「トウジはさっきから『腹減った』ばかりだからな」

シンジとケンスケもテーブルのトウジと同じ側に適当に座ろうとすると、カロカロと下駄を鳴らして女の子達がやって来た。

「お待たせ〜」
「わお!すごーい!美味しそう!!」
「海鮮尽くしね」

「碇くん…どう?」
レイは早速シンジに浴衣姿を見せている。今度はマナに後れを取らなかったようだ。

「うん…似合ってるよ」

少し照れ臭そうに言うシンジに、レイも少し頬を染めて、控え目な笑顔を見せる。

「…ありがとう…」

「綾波って、浴衣、似合うんだね」

確かにレイの浴衣姿は、その白い肌と白地に紺のサラッとした浴衣地が絶妙なコンビネーションを見せ、清楚さを一段と際立たせている。

「シンジくん!私も、どう?」
マナも負けてはいない。レイの隣から割り込んで来る。

「あ、う、うん、マナも似合うと思うよ」
「やったぁ!ふふっ…シンジくんの浴衣も似合うよ」
などとマナがはしゃいでいる間に、レイはしっかりとシンジの前の席を確保してしまった。

「お、アスカ、いいねその浴衣」
夕食にもちゃんとカメラを持って来たケンスケは、早速アスカを写している。

「ふふ〜ん、似合うでしょ?」
アスカもそれに応えてポーズを取る。

「みんな来たわね。さあさあ、座って。
 鈴原くんなんか、もう、お待ちかねよ」

トウジは、ヒカリの浴衣姿にも目もくれず、今にも料理に手を出しそうだ。

テーブルの上手の短辺にミサト、部屋の奥側の長辺にミサト側からシンジ、ケンスケ、トウジが座っている。その隣の短辺にはヒカリ。そして、こちら側の長辺にはミサト側からレイ、マナ、アスカという順番になった。

「おね〜さ〜ん!とりあえず、えびちゅ5本ね〜!」
ミサトは早速ビールを頼んでいる。

「ミサトさん、ぼくたち中学生ですよ?お酒はちょっと…」

シンジがたしなめるが、ミサトはそのつもりではなかったようだ。

「何言ってんのよ。これは私の分よ。
 あなたたちはジュースでも…。
 う〜ん、ま、たまにはいっか。
 じゃ、あなた達も少し付き合いなさい。
 今日は保護者の私が許す!
 おね〜さ〜ん!えびちゅ、あと5本追加ね〜!」

やぶへびだ。

「ちょっと、ミサトさん…」
「いけないわ、お酒はだめよ」
良識派のシンジとヒカリ。

「ま、いいんじゃない」
「…ビール…飲んだことない…」
「私、あんまり好きじゃないのよね、苦くって…」
アスカ、レイ、マナの順である。

「おお〜!さすがミサトさん、話が判るねぇ」
ケンスケは嬉しそうだ。

「ど…どうでもええよって、早よ食わしてぇな」
トウジが情けない声を出している。

「はいはい、みんな、コップに注いで。行き渡ったわね」
ミサトが取り仕切っている。
「じゃ、今日の皆の無事を祝って。そして明日の平穏を祈って。
 波切不動さんに、カンパーイ!」

「「「「「「「カンパーイ!!!」」」」」」」
ミサトの音頭に皆が乾杯の声を上げる中、レイは首を傾げていた。
「…波切不動って、何?」

「船の航海の安全を見守ってくれる神様だよ。
 水難事故からぼくたちをお守りくださいって、
 そういうつもりなんだろ?ミサトさんは」

「そう…」

「乾杯しそこなっちゃったね。ほら、乾杯」
シンジがグラスを上げ、微笑みで促す。

レイも穏やかな笑みを浮かべると、それに答える。
「ええ…乾杯」

コチン…

軽くグラスを合わせる二人であった。

「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ…ぷはぁ〜っ!
 く〜っ!んまい!!
 お風呂上がりのビールを我慢した甲斐が有るわ!」
ミサトは早速グラスを開けている。

「……苦い……」
「うん、あんまりおいしいもんじゃないよね」
「…ワインの方がいいわ」
「あ…綾波は、あまり飲まない方が…」
「これはおいしくないから、この1杯だけにしておく」
「はは…そうした方がいいね(汗)」
シンジはいつかの『酔っぱレイ』の再現を恐れていた。

トウジは物も言わずものすごい勢いでご飯とお刺し身を掻き込んでいる。
「このお刺し身、おいしーっ!」
「これ、何かな?白身のお魚って、お刺し身にすると甘いのね」
「こっちのもイケルよ、このプリプリした歯ごたえと、舌触り。
 く〜っ、至福の時だね」
「誰か、これ食べる?私、サザエって、ダメなの」
「食う食う、ワシが食ったる」
「このお腹の所が気持ち悪くって…」
「なんちゅ〜もったいない!そこが旨いんやないか!」

「これ…どうするの?」
「綾波さん、蟹、食べたことないの?」
「綾波、蟹はこうするとうまく割れるんだよ」
「こう?」
「そうそう、その酢醤油で食べてごらん」
「……おいしい…」
「だろ?蟹は今までやったことなかったね。今度、うちでも茹でてみようか」
「ええ…」

そんなこんなで、皆、和気あいあいと豪華な海鮮料理を楽しんでいたが、そのうち料理もあらかた片付くと、皆、一段とかしましくおしゃべりに花を咲かせはじめる。

「は〜っ!食った食った。もう入らへん」
「ホント、もう、大満足」
「おいしかった〜!」
「トウジ、いったい何杯食ったんだ?」
「あ〜?数えてへんわ」
「ヒカリ、なんだかんだ言って、結局飲んじゃったんじゃない」
「だって、残すのももったいないし…」
「マナも結構食べるわね。ご飯おかわりしてたじゃない」
「えへへ、見てた?だって、おいしーんだも〜ん」

そのうち、次第になんだか宴会のノリに…。

「アスカ、そのビール、何杯目?」
「さぁ?ま、いいじゃない、まだ酔ってないわよ。ほら、アンタも飲みなさいよ」
「オレ…もういいや…」
「アンタ、アタシの酒が飲めないっての?」
「アスカ…やっぱ、酔ってるんじゃ?」
「酔ってないわよ。ほら、シンジ、アンタも飲みなさいよ」
「ああっ!ちょっとアスカ、こぼれてるって!」
「ったく、鈍臭いわねぇ」

ミサトはいつの間にか、ビールから冷酒に切り替えていた。
冷酒用の小さなグラスじゃ物足りないのか、ビールのグラスにそのまま注いでいる。
「ん〜?レイは、ビールは嫌い?んじゃ、これ飲んでみる?」
「それ…なんですか?」
「お米のワイン。おいしいわよん」
「…いただきます」

こく…

「ん?おいしい?」
「はい…」

こくこく…

「あら、結構行けるじゃない?」

こくこく…

「ふぅ…」

「お見事!」ぱちぱちぱちぱち
ミサトは手を叩いて喜んでいる。

「あっ、綾波!お酒飲んでるの?まずいよ…」
「いいえ、おいしいわ」
「そ、そうじゃなくって…」

レイの白い肌はほのかに色付いていて、その目もなんだかトロンとして来ている。
こうなると、先程まで清楚さを演出していた浴衣は、今度は艶やかさを醸し出す事になる。

(マズイよ、綾波、またいつかみたいに脱いじゃわないだろうな?)

シンジがレイの雰囲気にドキドキしつつも内心心配していると、いつの間にか隣に来ていたマナがシンジのグラスにビールをお酌する。
「はいはい、シンジくん!ささ、ぐーっと…」
「ちょっと、マナ、ぼくはもう…」

そこへフワフワした足取りでやって来たレイがぎゅむっ!と割り込む。
シンジに抱きついて「じ〜っ」とマナを牽制すると、シンジの顔を見上げて気だるい口調で言う。
「シンジさん…もう…寝ましょ…」

「ぶっ!」とビールを吹き出すアスカ。

それを正面から浴びてビショ濡れのケンスケ。

マナは目を丸くし、トウジとヒカリは赤くなっている。

「ふ〜ん?『シンジさん』ねぇ…」
ミサトはニヤニヤしている。

「いっ、いや、これは…その…」

しどろもどろになってしまうシンジだが、周りの状況などお構い無しのレイは、シンジに抱きついたまま寝入ってしまう。
浴衣の裾がはだけてスラッとした足がのぞいている。
シンジは少し顔を赤らめながらも裾を直してやり、フッと表情を和らげる。

そんなレイを見ていたマナが、しんみりとした声でつぶやく。
「綾波さんって…可愛いね…」

「うん…そうだね」
自分の胸の中で幸せそうに眠るレイの横顔を愛しげに見ながら、つい相槌を打つシンジ。

一瞬シンジの顔に視線を移したマナは、うつむいて寂しげな声を漏らす。
「私…かなわないな…」

「えっ?」

シンジがマナの方に振り向くと、マナは立ち上がっていた。

「マナ?」
「シンジくん、ちょっと…外、付き合ってくれる?」
「で…でも…」
「お願い…」
そう言うとマナはシンジの返事も聞かず、部屋を出て行ってしまった。

「どうしよう…」

気がつくと、皆か自分を興味津々と見ている。

「シンジ、この際、ハッキリさせたら?
 アンタだって、あの子の気持ち、気付いてるんでしょ?
 あの子には酷かもしれないけど、
 このまま曖昧なままってのは、優しさじゃないわよ」

アスカの言葉にシンジはうつむいてしばし考え込んでいたが、覚悟を決めたようで、顔を上げると、アスカに答える。
「うん、そうだね。ちょっと行って来るよ。
 綾波を…お願いするよ」

そう言うと、腕の中のレイをそっとその場に寝かせると、部屋を出て行くシンジだった。


プールサイド
シンジはだいたいの見当をつけ、プールサイドへの通路を出る。

満天の星空には半分より少し欠けた月が上り、淡い光を落としている。
プールはライムグリーンの水中ライトでライトアップされ、所々に立っている柱に掛けられたカンテラを模したライトが放つオレンジ色の淡い光が、辺りを明る過ぎない程度に照らしていた。

プールサイドのデッキチェアは片付けられ、代わりに木製のベンチがポツポツと置いてあった。

そのベンチの一つにマナはひとり腰掛けて、光るプールをぼんやりと眺めていた。
下からの光に照らし出されたマナの横顔はハッとするような美しさを見せている。

シンジはゆっくりと近付き、声をかける。
「マナ…」

「…座って」

「うん」

シンジは身体半分の間隔をおいて、マナの横に座る。

だが、それっきりマナは何も話そうとせず、互いに目の前のプールを見つめたまま、息の詰まる沈黙がしばらく続いた。

「あの…」

沈黙に耐えきれなくなったシンジが声を掛けようとすると、マナがそれを遮る。

「私、シンジくんが好き」
一呼吸おいて、シンジの方を見る。
「シンジくんは私の事、どう思う?」

いきなり核心に触れるマナに、シンジはうつむいて思い詰めたような表情でつぶやくように答える。
「その…マナは…可愛いと思うよ…」
そして意を決したように顔を上げると、マナと視線を合わせる。
「でも…ゴメン…ぼくは、綾波が好きなんだ」

「…そっか、やっぱりね、勝ち目は無い…か…」
マナはそう言うと一度足元に視線を落とすが、すぐに顔を上げる。その表情は意外と晴れ晴れとしていた。

「マナ…」

「私ね、分かっちゃった。やっぱり、こんなの、ダメなんだって…」

「え?何が?」

「私ね、前の学校で付き合ってた人がいるの。
 ムサシって言ってね、シンジくんとはタイプ違うけど、カッコいい男の子だったんだ」

「そう…そうだったんだ…」

「つまんない事でケンカしちゃってね。
 丁度私は転校だったし、そのまま別れちゃったの。
 辛かったから、寂しかったから、忘れたかったの…。
 それで、あの時プールでシンジくんに声をかけたの。
 もちろん、シンジくんが好みのタイプだったからで、
 誰でもよかったわけじゃないけど…。
 重たい気分を振り払う為に、わざと明るく振る舞ったりして。
 軽い女の子だと思ったかもね…ふふ…」

「そんなこと…」

「でも、綾波さんを見てて、思ったの。
 あんなに自分の気持ちに素直で、自分を飾らないでいられるって、羨ましいなって…」

「………」

「シンジくんの事が好き。これはホントよ。
 でも、それ以上に、やっぱり、ムサシが好きなの。
 だから、もう、こんな事は止めるわ。
 でも、最後に、一つだけ…お願い、聞いてくれる?」
マナはベンチのシンジとの隙間に手を着くと、身体を傾けてシンジの顔をのぞき上げるようにする。

「な…何?」

「キス…してくれる?」
そう言って、首を傾げたまま、じっとシンジを見つめるマナ。

「マナ…」
思わずマナの唇に目が行ってしまう。
柔らかそうな、形の良い、桜色の唇…。
だが、シンジは目をマナの瞳に戻すと、硬い表情でハッキリと答える。
「…それは…できないよ。
 ぼくがキスする人は、綾波だけだよ」

シンジの答えに、フッと…いたずらっぽい笑みを浮かべるマナ。
「だってさ!綾波さん。
 良かったわね」

「えっ?…あ、綾波…」

シンジはマナの方を向いていたので気付かなかったが、振り向くと数m後ろにレイが立っていた。
レイはふたりがいなくなったのに気付いて、慌てて後を追って来たのか、下駄も履かず裸足のままだった。

「…霧島さん……」

「じゃ、私、もう戻るね」
そう言うとレイの脇を通り抜けるマナ。

レイはゆっくりシンジの側へ来ると、その場から立ち去ろうとしているマナを振り返る。
「碇くん…あの人……」

「うん。マナ!」

シンジの呼びかけに、ビクッとして立ち止まるマナだが、振り返りはしない。

「あの…ありがとう、ぼくのことを好きになってくれて。
 でも、その人、ムサシって人と…もう一度話をしてみたら?」

「………うん…そうだね」

数瞬の間をおいてそう答えると、マナはくるりとシンジたちの方を向き、ニコッと笑うと明るい声で言う。

「ありがとう、シンジくん!
 私、シンジくんに逢えて良かった!
 綾波さんにも!
 じゃ、ごゆっくり〜!」

マナはそう言うと、下駄をカロカロと鳴らしながら、部屋へと戻ってくのだった。


しばらく無言でそこに佇んでいたふたりだったが、シンジが口を開く。
「ちょっと…歩こうか?」

シンジがレイに合わせて下駄を脱いで手に持って立ち上がると、レイはコクリとうなずき、シンジの腕を取り、ピトっとシンジに寄り添う。

シンジはちょっと照れるが、誰も見ていないその場の雰囲気に押され、そのままほのかな月明かりに照らされた海岸へと歩き始める。

サク…サク…サク…

素足に砂の感触が心地好い。

ザン…ザザン…サラサラサラ…

耳をくすぐる波の音の中、ふたりは交わす言葉もなく、ゆっくりと歩いて行く。

波打ち際まで来ると、波の届かない辺りに腰を降ろして、そのまま海を見つめるのだった。


一方、201号室では…
マナが帰ってきたのを見て、アスカが声をかける。

「マナ!お風呂行こっか!」
「アスカ…」
「温かいお風呂にゆっくりと漬かれば、気分転換になるわよ」
「うん…ありがとうアスカ。
 大丈夫、シンジくんには振られちゃったけど、代わりに、勇気をもらったから」
「そう?でも、お風呂は入るでしょ?せっかくだから、露天風呂も楽しまなきゃ!」
「そうね。ね、行きましょ霧島さん。葛城さんもまた入りに行ってるのよ」
「お酒持ち込んでね。ミサトも好きよねぇ…」
「ふふ…わかった。行こう!」

早速お風呂セットを準備する少女達だった。


再び海岸…
遠く水平線に漁火がチラチラと光っているのが見える。

「夜の海って…なんだか、恐いね…」

「…そう?」

「何かが出て来そうな気がしない?」

「…この辺りには…危険な生物は生息していないわ」

「いや、そういう事じゃなくって…」

「私は恐くないわ……い…シンジさんが、こうして、一緒にいてくれるもの…」

「レイ…」

ふたりは見つめ合い…徐々に距離が縮まる。
鼻が触れ合うほどに顔を近づけると、レイは自然に目を閉じる。

ふたりにとって2度目のキスは、やはり唇を触れ合わせるだけの幼いキスだったが、初めての時よりも少し長かった。

お互いの温もりを感じ合い、気持ちを確かめ合うと、ゆっくりと顔を離し、照れたような微笑みを交わす。
そのままふたりは肩を寄せ合い、互いの手を取り指を絡めて、暗い海の水面に踊る月の光を眺めるのだった…。

ザン…ザザン…サラサラサラ…

ザン…ザザン…サラサラサラ…

ザン…ザザン…サラサラサラ…

波の音が心地好い。

絡め合った互いの指の感触と、触れ合う腕から伝わる温もりを楽しみながら、ふたりはぽつりぽつりと言葉を交わしていた。

そのままどのくらいの時が過ぎただろうか?シンジはレイと触れ合っていない側の自分の身体が冷えているのに気付いた。絶えずそよ吹く潮風は、気付かぬうちにかなりの熱量を身体から奪って行ったようだ。

「レイ…寒くない?」

「そうね…もう、もどりましょ?」

ふたりはゆっくりと立ち上がると、建物の方へと歩き出すのだった。


2階への階段を上るふたり
「身体、冷えちゃったし、足も汚れちゃったから、もう一度お風呂に入った方がいいね」
「2階に露天風呂が有るわ」
シンジの提案にレイが答える。

「うん、そうみたいだね。一緒に行こうか?」
「…ええ…」
レイは少し頬を染めてうなずくが、シンジはその意味をさして深く考えなかった。

「じゃ、ここで」
部屋の前の待ち合わせを示し合わせるとそれぞれの部屋に戻るふたりだった。


202号室
トウジとケンスケは酔いつぶれていた。アスカにさんざん飲まされたらしい…。
おかげで、女の子達が露天風呂に行っている間も、ノゾキにも行けず部屋でのたうっていたようだ(^_^;)。
アスカは最初からそれを狙っていたのかもしれない。

「あの…ふたりとも、大丈夫?」

シンジが心配して声を掛けると、「うげ〜気持ち悪い〜」とか「ワシ…もうダメかもしれへん…」とかいう苦しげな声が帰ってきた。

シンジは「意識が有るなら大丈夫だろう…」と考え、手早くお風呂セットを用意すると、ふたりに声を掛けて出て行く。

「ぼく、お風呂に行って来るから」


201号室
レイが部屋に入ると、皆はお風呂に入って来たらしく、髪を乾かしていた。

「あら、レイ、おかえり。シンちゃんとのデートはどうだった?」
ミサトがからかうようにニヤケ顔で言う。

「はい…楽しかったです…」
レイは少しはにかんだ笑顔で答える。

「あらあら、ご馳走様」

「レイ、対戦しない?」
髪を乾かし終えたアスカが、持って来たゲーム機を備え付けのテレビに繋いで誘う。

「私…お風呂入って来るから…」
そう言いながらお風呂セットを準備するレイ。

「あ、そうね。行って来たら?露天風呂、気持ち良かったわよ。
 マナ、対戦しない?」
アスカに誘われてテレビの前に座り込むマナをチラリと見ると、レイは静かに部屋を出て行った。

レイが出て行ってしばらくし、アスカとマナの対戦を後ろから見ていたヒカリが、ぽつりとつぶやく。
「綾波さん…もしかして、露天風呂、碇くんと一緒に行ったんじゃ…」

その言葉にアスカとマナの手が止まる。

「ちょっと、あそこ、混浴だったわよね!」
バッ!と顔を見合わせる少女達。

「シンジくん、知らないんじゃない?
 脱衣所と洗い場は男女別に仕切られてるけど、湯船はいっしょになってるって…」

「ダメよ、いけないわ、混浴なんて、不潔よ、綾波さん」
久々に出たヒカリの十八番(^_^;)。

「なぁに、あのシンジに、混浴なんて出来るわけないじゃない。
 アタシ『シンジが慌てて飛び出して来る』に『ぴのきお』のケーキセット賭けるわ」
「じゃ、私は『シンジくんが鼻血出しちゃう』に『ティノ』のビックリパフェ」
「ダメよ、賭け事なんて…でも、それじゃ、私は…『何も起こらない』に『文晶堂』の栗ゼンザイ」
「あっら〜、おもしろそうね。私も混ぜてよ」
「ミサトもなんか賭ける?」
「ん〜、じゃね『ふたりがお風呂で最後まで行っちゃう』に、えびちゅ1ケース」
「ちょっと、ミサト、ずいぶんと大穴狙いね」
「あら、シンちゃんだっておっとこの子よん。
 レイだって嫌じゃなかろうし」
ニンマリと笑うミサト。

少女達は顔を赤くしている。

「ちょ、ちょっと、見に行ってみようか?」
口元に妙な笑いが浮かんでいるアスカ。

「そ、そうよね。賭けの結果を確認しないといけないしぃ…」
なんだかソワソワしているマナ。

「の、ノゾキに行くんじゃないのよね。
 間違いが起こらないよう、監視するだけよね」
などと言い訳がましい事を言いつつ、既に腰を上げているヒカリ。

「そうね。保護者としては、不純異性交遊が無いように見張ってないとね」
もっともらしい理由を付けるミサト。

そうして連れ立って部屋を出て行く女4人であった。


いいけど、馬に蹴られるなよ(^_^;)。


露天風呂
シンジは脱衣所のドアを開け、洗い場に立っていた。壁際にカランが4つ。大浴場ほどは広くない。
女湯との境は竹垣になっていて、その途中に立っている柱に燈る照明が辺りを薄明るく照らしていた。
湯船の方は湯気が立っていて良く見えないが、結構広そうである。
洗い場の上には庇が張り出しているが、湯船の上には星空が広がっていた。

「貸し切りか…なんか、贅沢だな…」

女湯の方からシャワーの音が聞こえて来た。レイが身体を洗っているのだろう。

シンジも洗い場で軽く身体を洗うと、ヒタヒタと湯船へと歩いて行く。
大浴場とは違いこちらは石造りになっている。

ちゃぷ…

湯船に足を入れる。

熱過ぎもせず、ぬるくもない。適温だ。

ザブザブと湯の中を歩き、対面側の縁まで行く。
そこで湯船の縁に背を預けてゆっくり漬かろうと、振り向いたシンジは、そこで固まってしまった。

(白い…影……人……綾…波?…綾波?!)

「ななな、なんで綾波が??」

慌てて顔を背け、ザブンとお湯の中に座り込むシンジ。

(み…見ちゃった…って言うか、ぼくも見られちゃった…)

そう、そこには、レイがいた。もちろん、一糸纏わぬ姿で。
月明かりに浮かび上がるその透けるような白い肌を隠そうともせず、ゆっくりと湯船の中をシンジの方へと歩いて来る。

水音とお湯の動く気配で、レイが近付いて来たのに気付いたシンジは上ずった声で訊ねる。
「あ、あの…どうして…」

対するレイは少し頬を染めているものの、声は平然としている。
「だって、ここ…混浴だもの…」
レイはそう言うと、シンジの隣に座り込み、石の壁に背を預ける。

そういわれて見れば、洗い場までは竹垣で仕切られているが、湯船は一つになっている。

「あ…綾波は…知ってたの?」
気が動転すると、『レイ』ではなく『綾波』に戻ってしまうらしい。

「ええ…」

「じゃ、どうして?…綾波は、恥ずかしくないの?」

「どうして?…私は…見て欲しいのに…」

「え…」
レイの言葉にドキッとするシンジ。

「…奇麗って、言ってくれたのに…どうして…見てくれないの?」

その声に寂しい響きを感じたシンジは、思わずレイの方を見てしまう。

レイは湯船の中で膝を抱え込んでいた為、幸い(?)胸元は見えない。
その代わり、濡れ髪と、水滴の浮いた細い肩からうなじへの滑らかなラインが月の淡い光に映え、シンジをドキッとさせる。
少しうつむいたレイの横顔はお風呂の温かさに上気していたが、その目には寂しげな影が浮かんでいた。

シンジは一瞬見とれてしまったが、あまりジロジロ見ないようにまた顔を逸らす。
「ぼくだって、ホントは、見たいさ…だけど…」

「恥ずかしい…の?」

「う…うん…」

「よく…わからないわ。
 私は、裸を見たり見られたりする事を恥ずかしいと思ったことないもの。
 むしろ、碇くんに見てもらえるときは…
 嬉しくて…くすぐったいような気持ちになる。
 もっと、見て欲しい…そう思うのに…」

「そ…それは嬉しいけど…でも、他の男には見せないで欲しいな…」
(ああっ!何を言ってるんだよ、ぼくは!)

「そう…そうね。私も、そうしたい。
 碇くんだけに見て欲しい…
 碇くんだけに触れて欲しい…」

なんとも大胆なレイの発言に、シンジは息が詰まる。

「綾波…」

顔と頭に血が上っているのが自分で判る。頭の中に心臓が入ってるんじゃないかと思うほどドキドキしている。

(綾波…見て欲しいって?…触って欲しいって?…
 ダメだよ、そんなこと…ぼくたち、まだ中学生だし…
 で、でも…本人がいいって言ってるんだから、いいんじゃ…)
シンジはそんな誘惑に負けそうになっている。

真っ赤な顔をして黙り込んでしまったシンジを見て、レイは不安になる。
「ごめんなさい…碇くんを困らせてしまって…。
 今は…こうして、一緒にお風呂に入っていられるだけでいいから…」

「う…うん…別に、いいよ。
 ぼくもこうして一緒に入れて、嬉しいし…」
レイの言葉に不安気な響きを感じて返した言葉だったが、結果として墓穴を掘る事になる。

「良かった…」
レイはそう言ってシンジにもたれかかって来たのだった。

ドクン!

シンジの心拍数が一段と上がる。

実際身体が触れているのは二の腕だけなのだが、腕をくすぐるレイの柔肌の滑らかな感触と、お風呂の中でふたりとも裸という事実が、シンジの本能を強烈に刺激する。

(ううっ!膨張しちゃダメだ!膨張しちゃダメだ!膨張しちゃダメだ!膨張しちゃ…ったよ…;_;)

うんうん、男の子だね、シンジくん(^_^;)。

こうなっては逃げ出す事もままならず、進退きわまるとはこの事。
(マズイ!マズイよ!!こんなの、見られちゃったら…。
 見られちゃダメだ!見られちゃダメだ!見られちゃダメだ!)
焦ったシンジは、お湯の中で腕を交差して前を隠しながら、目線を宙にさ迷わせる。

一方、レイも気持ちの高揚を感じていた。
(なんだかドキドキする…。
 顔が熱い…でも…嫌じゃない。
 混浴って…気持ちいいのね…)

そう思いながらシンジに顔を向けたレイは、シンジも真っ赤な顔をして落ち着かない様子なのに気付く。
(碇くんもドキドキしてる?
 私と同じ気持ちを感じているの?)

シンジのドキドキはちょっち違う様だが(^_^;)。

レイの視線に気付いたシンジは、慌てて取り繕うように空を見上げて言う。
「ほ、星が奇麗だね…ほら…」

レイもつられて空を見上げる。
「ええ…綺麗ね…」

「この辺りは第三新東京市と違って、周りに明かりが無いからね」
当たり障りのない会話を繋ぎ、なんとかその場を凌ごうとするシンジであったが、偶然流れ星を発見する。
「あっ、流れ星」

「え?…どこ?」

「あ、見えなかった?もう消えちゃったけど、さっき…あの辺に…」

シンジはレイと反対側の手を上げ、空の一角を指差す。
しばらく、そのままその辺りを見つめていたが、今度は先程とは少し離れた位置に流れる光を見つける。

「あっ、ほら!」

「うん、見えたわ…。
 ほら、また…」

今度はレイも見えたようだ。しかも、立て続けに二つ。
シンジの言う通り他に明かりが無い事から、第三新東京市で見る空とは星の数が違う。星の密度が高いと言うか、見ていると吸い込まれそうな程の圧倒的な星空であり、その中を時折流れる星を見つけるのもさほど難しい事ではないのに気付く。

「流れ星って…意外とすぐに見つかる物なんだね。知らなかったよ」

「そうね…」

そうしてしばしば流れる流れ星を探して空を見上げるふたりだった。


一方こちらは女湯側の脱衣所
10cm程開いた浴場へのドアの所に、女四人が固まっている。

「う〜、湯気がじゃまでよく見えないわね」
「ふたり並んで座ってるようだけど…」
「何か話をしてるみたいね」
「シンジ、意外と落ち着いてんじゃん。慌てて逃げ出すかと思ってたのに…」
「あのふたり、意外と、結構先まで進んでたりして?」
「それは無いはずだけど、さすがにそこまで行っちゃまずいっしょ。そうなる前に止めなきゃ」
ミサトは先程はああ言ったものの、マジで心配になって来たようだ…。

しかし…5分…10分…と、ただ並んでお湯に漬かっているだけのふたりに、イライラを募らせるギャラリー。

「ええい!男ならガッと行かんかい!ガッとぉ!!」 by アスカ
「肩を抱くとか、キスするとか、押し倒しちゃうとか、出来ないのかしら?」by マナ
「碇くん、やっぱり、奥手なのねぇ…」by ヒカリ
「まぁ、シンちゃんだからねぇ…(タメイキ)」by ミサト

好き勝手な事を言っている。


混浴中のふたり
流れ星に意識を集中させていたシンジは、いつのまにか気持ちが落ち着いて来ていたが、ふと、かなり長い時間お湯に漬かったままだったことに気付く。

「ふぅ…ぼく、なんだか、のぼせそうだよ…」
「そうね…もう、出ましょ」
そう言うとレイは、シンジの視線を気にすることもなく、立ち上がる。

ザプッ…パシャ…

シンジは無防備なレイの奇麗なお尻を目の当たりに見てしまって息を呑むが、レイはお構い無しで洗い場の方へと歩いて行く。


脱衣所
慌てる覗き見部隊。

「撤収!撤収〜!!」

慌てて脱衣所から逃げ出す4人だが、間一髪でレイには見つからずに逃げ出せたようだ。

シンジもレイのお尻を見て再びマズイ事になってしまった一部分をタオルで隠しながら、なんとか無事脱衣所へとたどり着いていた。


部屋へ戻る廊下にて
「結局、なんにも無かったじゃない!
 シンジの意気地無しったら!」
「何か有ったらマズイわよぉ!」
「あ〜あ、賭けはヒカリの勝ちね」
「でも、なんか、ああいうのも自然で、いいかも…」
「そう?アタシならもうちょっと、こう…って、何言わせんのよ!」

ガヤガヤと賑やかに部屋へと戻って行く4人だった。


それから少しして、部屋の前まで戻って来たシンジとレイ。

「また…いつか、来ようよ。
 今度は…その…ふ、ふたりで、さ」

シンジの言葉に、驚いたように目を見開くレイだが、ゆっくりと笑顔になると、頬を染めてうなずく。

「そうね…ふたり…だけで…」

レイの返事に、照れたような微笑みを返すシンジ。
「うん…じゃ、お休み。レイ」

「おやすみなさい…シンジさん…」
レイも柔らかな微笑みをこぼすのだった。


201号室
頬を緩めたまま部屋に入って来たレイをアスカが見とがめる。

「あら、レイ、なんか、妙にごきげんじゃない?
 さては…何かいいこと有ったのね?」

「…秘密…」
少し頬を染めて微笑むレイ。

「あ〜っ!やっぱり、シンジと何か有ったんだ!」
「ちょっと目を離した隙に!」
「不潔…」
「惣流さん、これはちょっと調査が必要ですね」
「そうね、霧島さん。詳細な検査がね」
目くばせしてニヤリと笑うと、ゆっくりとレイに詰め寄るふたり。

「あの…アスカ?霧島さん?」
困惑の眼差しで、ジリ…と後ずさりながらベッドへと追い詰められるレイ。

「それっ!剥いちゃえ!」
「ひゃうっ!…や…ちょっと、アスカ…」
「くふふふ…綾波さん、かわいいっ!」
「あん…なに、霧島さ、ひゃん!」
「不潔よぉっ!」

「若いって…いいわねぇ…」

シンジが見たら鼻血を噴きそうな光景を繰り広げる少女達を眺めながら、ひとり溜め息をつくミサトであった。



翌朝・早朝
「ぬぁんってこったぁ!混浴だったとは、相田ケンスケ、一生の不覚!」
露天風呂から聞こえるケンスケの悔しそうな声。

ケンスケは朝早く目が覚めてひとり露天風呂へ来ていたが、それまでそこが中は混浴だった事を知らなかったのだった。


同刻、201号室
昨夜は遅くまではしゃいでいた少女達+女の人(笑)は、前日の疲れもあって、ぐっすりと眠っている。
まだ当分起きては来なそうだ…。

床にはゲームのディスクと食い散らかしたお菓子の袋、それに浴衣が脱ぎ散らして有る…。
ってことは…みんな…どういう格好で寝てるの?(^_^;)


一方、202号室では…
「あ〜、飯はまだかいなぁ〜?」
こちらも早くも空腹で目を覚ましたトウジがベッドの上でウダウダしている。
二日酔いは無いようである。

シンジは昨夜はレイとの一次接触を思い出して悶々としてしまい、なかなか寝つけなかったのだが、ケンスケやトウジが起きてゴソゴソし出した物音で目を覚まし、部屋に備え付けの案内書を見ていた。

「ここに『朝食は8時〜10時』って書いてあるから、もうすぐだよ。
 ところでケンスケは?」
「ああ、あいつやったら、風呂行く言うて出てったで」
「え?まさか、露天風呂?」
「ん?それがどないしてん?」
「大丈夫かな?あそこ…混浴なんだけど…」
「な、なんやて?!それを早よ言わんかい!」

慌てて起き上がるトウジに苦笑するシンジ。

「あ、でも、今は女の子達は入ってないかな?昨日の夜入ったみたいだし」
「っちゅ〜事は、惣流の奴、ワシらにさんざん酒飲ましたんは…」
「多分、ノゾキに来れないようにだね」
「く〜っ!何ちゅ〜あこぎな!!」
「ケンスケも、ガッカリだろうね(苦笑)」
「そ〜ゆ〜センセはどないやねん。まさか…昨日、綾波と…」
「えっ…そ…それは…」
思わず赤くなってしまう。

「シンジ…」
珍しくシリアスなトウジの表情にビビってしまうシンジ。
「え?」

「…ちゃんと、ゴム着けとるやろな?」
「え?ゴムって………なっ!そっ、そんな事して無いよ!!
 ただ、一緒にお風呂に入っただけだよ!」

真っ赤な顔をして焦りまくるシンジは墓穴を掘っていることに気付かない。

「ほぅ…やはり、綾波と混浴、しとったんやな…(ニヤリ)」
「…ああっ!ズルいよ!!トウジ!」
「いいや…ズルいのは貴様だ…」
いつの間にかケンスケが後ろに立っていた。

「あ…ケ…ケンスケ…」
「シンジ…オレ達は…親友だと思っていたのに…
 裏切ったんだ…オレ達の気持ちを裏切ったんだ…」
「ち、違うんだよケンスケ!ぼくも知らなかったんだよ!」
「ふ…男の友情って、そんな物なのかな?」
「ああ…もろいもんやな…」
「ケンスケ…トウジ…そんな…」
「……っくくく、な〜んてな!ほら、そんな顔するなよシンジ!
 シンジがそんな奴じゃない事くらい解ってるさ」
「せやせや。まぁ、場合によっちゃ許したらん事もあらへん」
「で、どうだったんだ?混浴は。詳細にしゃべってもらうぞ」
「綾波とあないな事やこないな事までしとったんとちゃうか?」
「だからしてないって…(汗)」
(誰か、ぼくを助けてよ…;_;)

その後、館内アナウンスで食事の準備が出来た事が告げられるまで、シンジへの追求の手が緩められることはなかった。


その後…
朝食の後お腹が落ち着くのを待つのももどかしく早速海岸へ出た子供たちは、波打ち際で水の掛け合いをしたり泳いだりと、午前中目一杯楽しんでから第三新東京市への帰途に着くのだった。



こうして、彼等のお泊り海水浴&温泉旅行は無事、終了を迎えた。



翌日、コンフォート17にて…
マナから電話があったのはその夜、リビングでレイとシンジがふたりで宿題をやっている時のことだった。アスカはお風呂に入っていた。

「……うん…うん…そう…良かったね、マナ…」

『ありがとう…ゴメンね…シンジくん…』

「いいよ…じゃ、また、学校で」

『うん、おやすみなさい』

「おやすみ」

ピッ…

「マナ、仲直り出来たって…」

「そう…良かったわね…」

「うん。ホントに、嬉しそうだったよ」

「………私たちも…喧嘩する事あるかしら…」

「う〜ん、絶対無いとは言い切れないけど、そんなの、考えたくないな…」


そんな時が来て欲しくない。でも、もしそんな時が来たらどうすればいいのだろうか?
つい、そんなことを考えてしまうふたりだった…。




To Be Continued...

あとがき
あぅ…ペンペンを忘れてた…(;_;)。
加持とお留守番という事にしといてください(^_^;)。

ちゃぷちゃぷを期待された方、ごめん。まだ、早いんです(^_^;)。
なんとか指定物にはならずに……って、もしかして、R指定…かな?ど、どうなんでしょう?これ(^_^;;)。

ちなみに、レイとシンジがお互いに呼ぶ呼び方が安定していないのはまだ過渡期で、お互い慣れてないからです。

さて、この2話、過去最長記録となりましたが、いかがだったでしょうか?
自分としては楽しみながら書きましたが、かなりキツかった部分もあるのも事実。
やはり、私には1話20KB程度が合っているように思います。

次は…宿題となっている挿し絵も残っているのでいつになるか…。
また少し間が空くかもしれませんが、シンジの誕生日ネタかな?


ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

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