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新世紀エヴァンゲリオン++
第弐拾壱話:たなばた
- 2016/06/28(火)
- 学校帰り、今日はシンジはトウジとケンスケに誘われてゲーセンへ新作ゲームをやりに行ってしまったので、レイとアスカはヒカリと一緒に駅前の喫茶店でダベっていた。
ひとしきりしゃべった後、一息ついたヒカリは、窓の外を眺めながら言う。
「もう来週は七夕休みね」
常夏のこの時代、セカンドインパクト以前に有った一ヶ月以上にも渡る夏休みは完全週休二日制と年に4回の一週間ほどの休みに分割され、GWとお盆休みを含めた計6回のお休み週間の一部となっていた。
そして、7月7日を含む週のお休みは「七夕休み」と呼ばれるようになっていた。
「タナボタ?『棚から牡丹餅』ってやつ?」
「やだ、アスカ、違うわよ『七夕(たなばた)』よ」
「何よそれ?」
「七夕ってのはね…」
七夕を知らないアスカに、ヒカリが説明を始まる。
アスカは初めて聞く七夕の説明に興味深げに聞き入っていた。
レイも隣で神妙な顔をして聞いている。
「…というわけで、織り姫と彦星は一年に一度、7月7日にだけ逢う事を許されたの。
その日を祝って竹笹の枝に願い事を書いた短冊を飾ったりするようになったのよ。
元々は機織り(はたおり)が上手になるようにとか、芸が上手になるようにとかの願い事だったんだけど、
今では何でも有りみたいね。
織り姫と彦星にちなんで、恋愛成就の願い事も多いみたい」
「へぇ、一年に一度だけの逢瀬かぁ、なんか、ロマンチックね」
アスカは両手で頬杖をつきながら、遠くを見るような目をしている。
レイは目を伏せて少し寂しげな表情を浮かべていた。
「私…その話は知っていたけど…以前読んだ時は何とも思わなかった…。
でも、今は……私…碇くんと…一年に一度しか逢えなかったら…」
そんな事を想像するだけでも切なくなってしまったのだろう、膝の上で華奢な両手をギュッと握り締めていた。
「でも、そんなことになる心配無いんだから、いいじゃない?」
アスカは少々呆れ顔であったが、ヒカリはレイの純粋さに微笑ましい物を感じていた。
「ふふっ…綾波さんって、かわいいわね」
「え?…そう?」
戸惑うレイ。
「そうよ。碇君もきっとそんな綾波さんを離したくないって思ってるから、大丈夫よ」
そう言ってニッコリと笑うヒカリに、レイもつられてはにかんだような笑顔を浮かべる。
「…ありがとう…」
「そうそう、七夕って言えばね…」
彼女らのおしゃべりは窓の外に夕闇が訪れるまで続くのだった。
- 2016/07/07(木)
- 今日も快晴、七夕日和(?)である。
昼食後、リビングでくつろいでいるシンジ、レイ、アスカの3人。
アスカが空になった湯呑みを置いて言う。
「ねぇ、シンジ、今日は七夕でしょ?竹笹買って来てよ。
短冊に願い事書いて飾るんだから」
「そっか、七夕かぁ、アスカ、よく知ってるね。
そうだね、後で買い物に行く時に、竹も一緒に買って来ようか?」
シンジはいつもの様にレイと買い物に行くつもりでレイに振ったが、彼女の答えはシンジにとっては意外な物だった。
「ごめんなさい。今日は、これからアスカとお出かけなの。お買い物…」
「あ、そ、そうなんだ。そっか、ぼくと一緒じゃ買いにくい物もあるよね」
シンジはレイに断られて動揺したのか、余計な事を口走ってしまう。
「あ、アンタバカぁ?!」
久々に出たアスカの十八番。ちょっと顔を赤くしている。
「その…ご、ゴメン」
シンジも顔を赤くして謝るが、レイはキョトンとしている。
『シンジと一緒では買いにくい物』がイメージ出来なかったらしい。
一瞬、妙な間が空いた後、レイが口を開く。
「夕食までには帰るから…」
「う、うん、わかったよ。竹は買っておくよ。短冊は…」
「あ、それはもう準備してあるからいいわよ」
「そうなんだ、準備がいいね。夕食は何にしようか?」
「そうねぇ…」
アスカは考え込む。
「私は、なんでもいい…」
レイが『これを食べたい』と意見を述べることは今でも滅多に無い。
シンジは七夕にから連想する物を考えてみた。
(七夕…織女、牽牛、竹…。牛肉、タケノコ、ピーマン…)
「青椒肉絲(チンジャオロースー)なんてどうかな?」
レイは今では鶏肉だけでなく豚肉や牛肉も食べられるようになっていた(匂いの強い羊肉はまだ苦手だが)。
「中華?…そうね、それもいいけど、今日はもうちょっと日本っぽいのにしなさいよ」
「日本っぽいって、なんで?」
「なんででもよ!!」
「そ、そう…じゃ、ちょっと考えてみるよ」
「じゃ、アタシたち、そろそろ出かけるから、よろしく」
「うん」
レイとアスカが自分たちの湯呑みをキッチンのシンクへ置いて身繕いに部屋へ戻るのを見送りながら、シンジは夕食のメニューを考えるのだった。
- 夕方のキッチン
- シンジはまめまめしく夕食の準備をしていた。
クツクツと煮える鍋からは湯気が立ち上り、甘辛い醤油の匂いを立ち上らせている。
「これは、これでよしと…こっちは二人が帰って来たら…」
チラッと時計を見る。
「そろそろかな?」
炊飯器のスイッチを入れ、お吸物の準備を始める。
そうこうしていると、玄関のドアが開き、二人が帰って来た物音がする。
「あ、帰って来た…」
カチン・ボッ!
グリルに火を入れる。
「ただいま〜」
「ただいま…」
「お帰り。もうすぐご飯…」
振り返ったシンジは言葉を失ってしまった。
帰って来たレイとアスカは、出ていった時の服装とは異なり、浴衣姿だったのだ。
レイの浴衣は紺地に淡い紫色の姫小百合をあしらった物で、帯は明るい紫の地に小さな百合が小紋に染めてある。
手には帯と同じ柄の巾着と百合野を跳ねる兎が描かれたウチワを持っていた。
浴衣姿は温泉で一度見ているとは言え、本式の浴衣をきちっと着付けた姿は、清楚な美しさの中に凜とした強さを感じさせる物だった。
アスカの方は赤い地に向日葵をあしらった物で、帯は黄色で一見無地だが良く見ると同系色の糸で矢羽根柄が刺繍してあり、帯と同じ生地の巾着を持っている。
ポニーテールにした長い髪を、ねじって丸めて奇麗なカンザシで止め、すっきりとまとめているのが新鮮な印象を与えている。
着て行った服や履物は手に下げた紙袋に入れてあるらしい。
「浴衣…買ったんだ…」
「ふふ〜ん!似合うでしょ?ほら、何とか言たら?」
シンジはもう一度レイの姿を上から下までじっくりと鑑賞すると、嬉しそうな微笑みを浮かべる。
「うん、綾波…奇麗だ…」
「…ありがとう…」
レイは少し頬を染めて、恥ずかしげに微笑む。
「あ、もちろん、アスカも似合ってるよ」
「ついでみたいに言ってくれるわね。ま、いいけど。
花火も買って来たのよ。ご飯食べたらやりましょ?」
「へぇ、花火か、そう言えば、ぼく、花火で遊んだことって、あまり無いよ」
「私は…初めて…」
「アタシだって初めてよ」
「楽しみだね。あ、そろそろ魚が焼けるよ。荷物、置いて来たら?」
- リビングにて
- アスカの提案で、夕食はベランダに飾った竹笹を見られるリビングのテーブルで取る事にした。
夕食は鮎の塩焼きと冷や奴、タケノコと里芋・人参等の煮つけと、青菜のおひたしにアサリのお吸い物というメニューだった。
鮎は皿に直にではなく笹の葉を敷いて乗せてあり、ハジカミが色を添えている。
この時代、天然物の鮎は見られなくなってしまったので養殖物であろう。
養殖と言っても擬似環境下で注意深く育てられており、天然物とほとんど変わらない味と香りを再現している。
浴衣のままシンジの対面に並んできちっと正座して座り、器用に箸を使って鮎の身をほぐすアスカと削り節とおろし生姜を乗せた冷や奴をつつくレイを見ながら、シンジがポツリと言う。
「なんか、絵になるね」
「でしょ?中華じゃ、浴衣に合わないもんね」
「あ、それで、日本っぽいのって?」
「そーゆこと!」
アスカはそういう所に妙にこだわりが有るのだった。
シンジはアスカがハラワタを取り除こうとするのを見て言う。
「あ、アスカ、鮎はハラワタも食べるんだって」
「え〜っ?これ、食べるのぉ?」
「うん、ちょっと気持ち悪いよね。無理する必要ないけど、
魚売り場の人は『鮎はハラワタが美味いんだ』って言ってたけど…」
「ふ〜ん、どれどれ…」
「……苦い…」
レイも早速箸を付けている。
「思ったほど生臭くはないけど…」
「…あんまり、美味しいもんじゃないわね」
その味は、彼らにはまだ早い様であった。
「へぇ、じゃ、洞木さんとこで着替えて来たんだ」
「温泉で着た略式のはともかく、本式の浴衣って、着方わかんなかったしね」
「じゃ洞木さんも新しい浴衣買ったの?」
「そ、今頃は鈴原といいムードよ。コブ付きだけどね」
今日は、先週3人で注文しておいた浴衣を引き取りに行った帰りに、ヒカリの家で着付を習いながら着替えて来たのだった。
ヒカリはその後ミハルへのお土産の花火を持って、トウジの家へ遊びに行っているのだ。
「へぇ、トウジのとこへも花火持って行ったのか。ミハルちゃん喜んでるだろうね」
「今じゃあのジャージバカよりもヒカリの方になついてるモンね。
ヒカリは『妹が一人増えたみたい』って言ってたけど」
そんな会話をしながら夕食を終え、香りの良い緑茶を楽しむと、
「浴衣が汚れちゃうとまずいから、今日はぼくがやっておくよ」
そう言ってシンジが片付けに立つ。
シンジの言葉に甘え、レイとアスカはそのまま座って待っていた。
一通り片づけたシンジがキッチンから声をかける。
「お待たせ〜。花火しようか?」
「はーい!」
「はい…」
返事は帰って来たが、二人とも出て来る気配が無い。
「?」
不思議に思ったシンジがリビングをのぞくと、レイは正座した姿勢のままコテンと横に転がり、アスカは両手を身体の脇についたまま俯いて肩を震わせていた。
心配になったシンジが尋ねる。
「ふたりとも…どうしたの?」
「私の足が…私じゃない感じ…とても変…」
「動けない…動けないのよぉ…」
情けない二人の声にシンジはホッとして、苦笑する。
「もしかして、足、しびれたの?」
「…しびれた?…そうかもしれない」
そう言いながらレイが足を延ばそうとするとアスカの足に当たる。
「はうっ!」
「あああああ…ちょ、ちょっと、触らないでぇええ!!」
床に突っ伏して身悶えする二人であった。
普段は長時間正座する事など滅多に無いのだから、慣れないことはするもんじゃない(^_^;)。
- ドアをロックし、エレベータへと向かう3人
- 半分ほど水を入れたバケツを持ったシンジと、花火の袋を抱えたレイ、短冊の付いた竹笹を持ったアスカ。
3人連れ立ってエレベーターに乗り込む。
シンジはTシャツに短パンというラフな格好のまま、サンダルを突っかけている。
先に乗ったレイがドアの脇のボタンを操作し、その後ろにシンジとアスカが並んで立つ形となった。
エレベータのドアに向かって立つ浴衣姿のレイを後ろから見つめるシンジ。
(レイのうなじ…綺麗だなぁ…。
柔らかそうな産毛が色っぽいっていうか…触ってみたいな…なんて…)
そんなことを考えながら浴衣の襟首からのぞくレイの白く細いうなじに視線を這わせる。
(…!……碇くん…私を見てる…。
首筋が…ぞくぞくする…)
うなじにシンジの視線を感じたレイは、振向かずに首を傾げるようにして、少し頬を染めて掠れるような声で訊ねる。
「なに?」
「えっ?な、なんでもないよ?!」
よこしまな気分を見破られたのかと焦るシンジ。
(ま、まさか、見てたのわかっちゃったのかな?どきどき)
シンジの隣に立って一部始終を見ていたアスカがぽそりと言う。
「今の目線、やらしいわね」
ギクっとするシンジ。
「そ、そんなこと…」
「ふ〜ん?ど〜だか?」
冷や汗をかいたシンジと、頬を染めたままのレイ、そんな二人をニヤニヤと見ているアスカ、3人を乗せたエレベータはすぐに1階へと到着した。
- コンフォート17前の路上
- 街灯が有る為以前停電の時に3人で見た程ではないが、新月が終わったばかりで月が細いこともあり、かなりの星が瞬いているのが見える。
アスカが満天の星を見上げて言う。
「普段あんまり星なんか見ないけど、奇麗なもんね」
「今は1年中こんな気候だけど、セカンドインパクト前は梅雨(つゆ)っていう雨季の真っ最中で、
七夕の夜に星が見えることって、あまり無かったみたいだね」
アスカは視線をシンジに移す。
「へぇ、ならなんでそんな日を七夕の日にしたのよ?」
「昔は旧暦だったから、本来は今のお盆の頃…えっと…8月中旬だったんだよ。
その頃には今と同じように星が見える日が多かったようだからね。
それに、旧暦の七夕の日はちょうど上弦の月の頃で、その月の形を天の川を渡る船になぞらえたんだって」
「なるほどねぇ…ところで、この竹笹、持って来てどうするの?」
「ああ、焼いて天に送るんだよ。
織り姫と彦星に願いが届くようにね。
花火が終わったら焼こう」
「……今日は、やめて…」
それまで静かにシンジの話を聞いていたレイが口を挟む。
意外なレイの言葉にシンジが問い返す。
「えっ?綾波、どうして?」
「だって、無粋だわ。
今日は一年に一度だけ、織り姫と彦星が逢える日。
邪魔をしたくないもの」
「ふ〜ん、ま、そりゃそうね」
「そっか、綾波は、優しいね。
じゃ、これは明日にしようか」
そう言って竹笹を傍の植え込みに刺して立てるシンジを見ながら、レイは考えていた。
(優しい?…私…優しいの?
だって、私なら、碇くんと二人だけの時を誰にも邪魔されたくない。
一年に一度しか逢えないなら、尚更だわ)
「じゃ、花火しよっか?レイ、どれからやる?」
レイがアスカの声に我に返ると、アスカは既に花火の袋を開けて中を物色していた。
「え…どれって…私…知らないから…」
レイは今まで花火なんてやった事ないのだからわかるはずもない。
「あ、そっか、そうよね。じゃ、まずはこの大きいの行きましょうか。
バーンと、景気良く」
アスカは大きな筒状の花火を取り出す。打ち上げ式の連発花火のようで、地面に立てる為の足が付いている。
「これは地面に立てるのね。導火線を引き出して…と、シンジ、ライター貸して」
「あ、ぼくがやるよ。火をつけたらすぐ離れないとだめだろ?下駄じゃ危ないよ」
アスカとレイは浴衣に合わせて白木の下駄を履いているのだった。
「そ、じゃ、たのむわ」
「はい、二人とも、もう少し下がってて、点火するよ」
シュッ…ジジジ…シュボッ!シュボッ!シュボッ!シュボッ!シュボッ!シュボッ!
次々と火の玉が上がる。奇麗な火花の尾を引いて。
「ワオ!」
「きれい…」
レイとアスカはそれを見上げて喜んでいる。
シュボッ!…ポン!
最後の玉が上がり、その軌跡を追っていた二人が空を見上げていた首を戻すと、その顔には、アスカには満面の笑みが、レイには控え目な微笑みが浮かんでいた。
シンジも嬉しくて、自然と笑顔になる。
「楽しいね」
「うん!」
「ええ…」
そして、3人で花火の袋の所へしゃがみこむと、さっそく次の花火を物色し初める。
「ね、次はコレどうかな?」
「ドラゴン?…これも打ち上げ式ね」
「打ち上げって言うか、噴き出し式じゃないかな?それ、やってみようか」
シュッ…シュアアアアアアアアアアアア
火を着けると、奇麗な光の噴水が上がる。
「ワオ!コレも奇麗ね!」
「ええ…素敵…」
次々に色を変える光の迸りの照り返しを受けて浮かび上がる浴衣姿の二人の少女の姿は、花火とはまた別の美しさを湛えていて、二人とは少し離れた位置で見ているシンジはつい見とれてしまった。
(レイもアスカも、奇麗だな…。なんか、ぼく一人で見るのがもったいないような…)
そんな事を考えていると、
キキッ…カシャン
後ろで自転車を止める音がする。シンジが振り向くと、ケンスケが自転車を置いてやって来るところだった。
オリーブドラブのTシャツに迷彩のワークパンツ&ブーツという格好であるが、自転車はごく普通の通学用タイプだ。
さすがに自転車にまでは金が回らないようだ。
「よぉ、シンジ、やってるな」
「あ、ケンスケ、アスカに呼ばれたの?」
「ああ、さっき電話でな。浴衣買ったから、カメラ持って来いって」
「あいかわらず強引だなぁ…」
「まぁいいさ、オレも見たいしね」
「来たわね、ケンスケ。どう、これ?」
「向日葵か、アスカらしい絵柄だね。バッチリ似合ってるよ」
「ふふ〜ん。ま、当然よね」
「でもケンスケ、もっと明るい所へ行かないとよく見えないんじゃ…」
「まぁ、花火の光に浮かび上がる浴衣姿ってのも風情が有っていいさ。
それに、コレなら充分写るしな」
ケンスケはそう言って自慢のカメラを構えて見せる。
「ほら、レイも来なさいよ。記念撮影よ」
とりあえず、レイとアスカ、レイとシンジ、アスカとケンスケ、最後にセルフタイマーで四人揃って記念写真を撮ると、再び花火へと戻る。
「なんだシンジ、ライター使ってんのか?危ないぞ。
着火用の線香とかロウソクが入ってるだろ?」
ケンスケはシンジがアスカが花火と一緒に買って来た使い捨てライターで火を着けているのを見ると、花火セットの袋をのぞき込み、太い線香とロウソクを取り出す。
「ほら、有った、導火線タイプのはともかく、手持ち花火とかはこれを使った方がいいよ」
そう言ってロウソクを地面に立てる。
「あ、そうなんだ。ありがとう」
「いいって」
そうこうしているうちに大型の据え置き式花火は無くなり、手持ち花火へと移る。
レイとアスカはススキや、スパーク、噴き出し式などの手持ち花火を次々に楽しんでいた。
手に持った小さな筒から噴き出す光のシャワーを見る二人は本当に楽しげで、それを見守るシンジとケンスケの心を温かくする。
「なぁ、シンジ」
「ん?何?ケンスケ」
「そろそろお前が来て1年だよなぁ…」
「あ…うん」
「オレ、正直言って、アスカはともかく綾波があんないい表情をするなんて、
あの頃は想像も出来なかったよ」
「…そうだね。そうだろうと思うよ」
シンジは当時を思い出したのか、表情を少し翳らせる。
「でも、こうして、今は平和に暮らせるんだ。
エヴァに乗って、死ぬような目に遭いながら戦ってくれたシンジたちのおかげだよ。
綾波も、アスカも、シンジ、お前だって、こうして笑っていられるってことが、
どんなに素晴らしい事か…」
「ケンスケ…」
「オレもさ、あの頃、エヴァに乗りたがってたのは憶えてるだろ?
シンジは乗りたくて乗ってたわけじゃないのに、今思うと、子供っぽい憧れでさ。
オレは、シンジに酷い事言っちゃった事もあったよなぁ…」
「そんなこと…」
「オレは、感謝してるよ、シンジ達に。
ああ、辛気臭い話になっちゃったな、やめよう」
「…ありがとう…ケンスケ」
「ん?…おっと!アスカ!ちょい待ち!」
ケンスケが慌てて立ちあがる。
見ると、アスカがロケット花火を手に持って火を着けようとしていた。
「な、何よケンスケ、大声出して」
ケンスケの突然の叫びに驚くアスカ。
「危ないなぁ、それは手持ち花火じゃないぞ」
「え?そうなの?」
「これは、こうやって…」
その辺に転がっている打ち上げ花火の空筒を使って発射台を作りロケット花火を差し込む。
「人や建物の無い方向に向けてだな…」
着火
シュッ!ピィーーーーーーーーーーーーイッ!パァン!!
甲高い音を立てて飛んで行き破裂する様を見たアスカは目を丸くするが、
「なるほど、超小型のミサイルみたいなもんね」
そう言って納得した表情になる。
そんなこんなで粗方やり尽くし、「コレは最後にやるもんだ」というケンスケの意見で取っておいた線香花火が残った。
「センコー花火?また、ずいぶん、ひょろっとした花火ねぇ?」
単なるカラフルな紙縒り(こより)にしか見えないその外観に、アスカは怪訝な顔をする。
「まぁ、やってみなって、これもなかなか風情があっていいもんだぜ」
そう言うとケンスケは3人にそれを配り、火を着ける。
ジジジ…パチパチパチ…
先程までの花火と違い控え目な、だが、それでいて華やかなオレンジ色の花が咲く。
細い細い花弁を付けた、繊細な火の花。
「へぇ、結構奇麗じゃない?」
やがて、花は散り、紙縒りの先に鈍く光りを放つ実を結ぶ。
チチチチ…
「終わっちゃったわね」
少し寂しげなアスカの声に、ケンスケが答える。
「まぁ、待てよ、じっとしてな、これからが勝負なんだ」
「え?」
チチ…チ…パシッ…
やがて、先程の花よりも更に繊細で儚げな花が咲く。
チ…パシ…パシッ…
ひとつ…ふたつ…
…パシッ…パシ…チ…
そして、最後の花が散り、冷えた花茎が残る。
…ほぉ…
息を詰めていたのか、レイが微かな吐息をつく。
「…切ないくらい…奇麗…」
「ほんとだね」
シンジもしみじみと同意する。
「花は散るから美しいってね。いいもんだろ?」
嬉しそうなケンスケ。
「そうねぇ…派手なのもいいけど、こういうのも風情が有るわね。
気に入ったわ」
放心したようになっていたアスカもケンスケに笑顔を返すのだった。
「よし、じゃ、片付けようか」
そう言ってシンジは立ち上がり、隣のレイに手を差しのべる。
「ええ」
シンジの手を取ってスッと立ち上がったレイは、一瞬シンジと見つめ合うと、繋いだ手をキュッと握って引き寄せ、シンジの肩にちょっとだけ頭を預け、すぐに離れる。
「掃除、しましょう」
「あ、う、うん」
予期せぬレイの振舞いにドギマギしてしまったシンジだが、一緒に立ち上がったケンスケ、アスカと共に散らばった花火の燃えカスを拾い集める。
火の用心の為にバケツの水を掛けて、花火セットの入ってた袋にまとめて入れると、可燃物置き場へ持って行く。
戻って来ると、ケンスケが自転車を押してこちらへやって来るところだった。
「そうそう、来る時、河原沿いの道を通って来たら、蛍が飛んでたぜ」
「へぇ、ホタルかぁ…。ネッ、見に行かない?」
「そうだね、すぐそこだし、行ってみようか。
綾波も、いいかな?」
「ええ、行ってみる」
そして四人は連れ立って河原へと歩いて行くのだった。
- コンフォート17から歩いて15分ほどの河原の散歩道
- カロカロ・カロカロ
二人の少女の下駄が鳴る。
チーチーチーチー
虫が鳴いている。
差し渡し3m程の川面を渡る風は涼しく、サラサラと流れる川のせせらぎを運んで来る。
その中を、儚げな光を放つ蛍が無数に乱舞していた。
「わぁ、たくさん飛んでるわね。こんな近くにこんなに蛍がいるなんて知らなかったわ」
「ここの蛍はここの環境で自然繁殖できるよう、品種改良されてるって聞いたよ」
先を歩くアスカとケンスケがそんな会話をしているのを聞いていたレイがふと立ち止まる。
「?」
手を繋いで隣を歩いていたシンジが怪訝に思ってレイを見ると、レイは蛍達の光の舞いをその赤い瞳でじっと見つめていた。
「造られた…命…」
レイのつぶやきにシンジはハッとしてレイの横顔を見る。
「でも…自然に生きている…」
(蛍の光は自分の存在を誇示し、異性を惹き付ける為のもの。
そして、短い一生の中で子供を作り、繁殖する…)
「…私も…」
「えっ?」
(あなた達のように生きられたらいい。
命の炎を、静かに燃やして…。
私はヒトでないけれど…)
「私も…精一杯、生きるから…」
強い意思の光を湛えた瞳で、蛍達のダンスを見つめたまま、シンジの手を握る手に力がこもる。
(碇くんと一緒なら…
私は、人として生きられるから…)
「レイ…」
レイの言葉と眼差しに「造られし者」としての自分に不安を抱きつつも強く生きて行こうとする意思を感じたシンジは、そんなレイにたまらなく愛おしさを感じていたが、気の利いた言葉も掛けられず、ただ、その手をしっかりと握り返すだけであった。
それでも、レイはシンジの優しさが自分を包んでくれているのを感じ、そっとシンジに寄り添うと、その肩に頭を預けて、川面に踊る微かな光を見つめるのだった。
しばらくそうして蛍を眺めていたが、サラリ…とシンジの頭がレイの髪に触れ、その手がレイの腰を引き寄せる。
レイが顔をシンジへ向けると、シンジはレイを見つめていた。
そのまま無言で見つめ合うふたり。
その距離は徐々に縮まり、目を閉じて、そっと、くちづけを交わす。
触れるだけの、優しいキス。
今では躯の芯が熱くなるような、心がとろけるような甘いくちづけも知った。
だが、レイは、そっと唇を触れ合わすだけの、このキスが好きだった…。
ふたりの心が優しく触れ合うような、そんな感じがするから…。
短いキスの後、シンジはそのままレイと頬を合わせ、耳元で囁く。
「ぼくは…レイが、好きだから…」
その言葉が、レイの心を熱くする。
「私も…シンジさんが…好き…」
キュッと抱き付くその細い腕の感触と耳元をくすぐる鈴を転がすような声に応えるように、シンジもレイの腰に回した腕の力を強める。
このまま離したくないとでも言うように。
自転車で川沿いの道を帰って行くケンスケを見送ったアスカが振り返ると、淡い光をまとった蛍達が飛び交う中、しっかりと抱き合っているふたりの姿。
「あ…アンタ達…声、掛け辛いじゃない…」
小声でそう言葉を漏らし、少し赤面してしまうアスカだった。
- コンフォート17
- 河原から帰って来て、竹笹を再びベランダに飾りつけた3人は、もう一度天の川を挟む織り姫と彦星に思いを馳せる。
「ん〜、今日は、何だか、日本のワサビ文化を満喫した感じね」
「ワサビ?…もしかして…ワビ・サビの事?」
「え?…そ、そうとも言うわね(汗)」
「これをワビ・サビって言うのか解らないけど、でも、たしかにいい夜だったね」
「ええ…いい思い出になるわ…」
「そうだね。あ、スイカ冷えてるよ。切ろうか?」
「さんせー!」
さて、3人の短冊の内容はと言うと…。
「アスカ、ちょっと欲張りすぎじゃない?」
「いいじゃない、合理的でしょ?」
「…そうね」
「アンタだって同じ様なもんじゃない。優等生なお願いですこと」
「いいだろ、別に」
「碇くん、優しい…」
「綾波…大丈夫だよ。ぼくは、そばにいるよ」
「碇くん…」
「はいはい、ご馳走様」
3人は冷えたスイカにかじりつき、それぞれの願いの書かれた3枚の短冊は、そよ吹く風に、笹の音と共に優雅に踊るのだった。
- あとがき
- 時間がかかった割には短かったかな?でも、このくらいが本来のペースです。
七夕については、湘南ひらつか七夕まつりの記事を参考にさせていただきました。
作中ケンスケが「そろそろお前が来て1年だよなぁ…」と言っていますが、シンジが第三新東京市へやってきたのは2015年の7〜8月頃と推定しています。
1ヶ所、遊佐未森さんの「虫の話」の詩の一部をアレンジして使わせてもらっています。
さて、次は、「何も無い普通の日」にチャレンジ。