何時の頃からか、人々は「ネルフ」と「ゼーレ」に分かれ争いを続けている。

 人は既に記憶の中からも消え去ろうとしている『平和』に思いを馳せながら、それでも「敵」、それも自分達がそう思っている者達に刃を向け、血を流す。





 そうして、今...


 一つの戦いが終わった。

 セレシオン星域で起った戦いはネルフ帝国の勝利で終わったのだ。


 しかし、それはゆっくりと廻り続ける歴史の歯車の一刻みにすぎない。

 長くそして惰性的な振子運動の様に繰り返される安息と流血。それが当たり前となっているこの宇宙。

 退廃的で、望みの少ない世界。
 そして今、歴史の振子運動は再び安息へと戻ってゆく。

 勝者は凱旋の、敗者は敗残の帰路へ、それぞれがそれぞれの故郷へと帰っていく。


 その中で帝国首都ネルフガルドへと帰途の道についているアスカ・ラングレー上級大将率いる艦隊にあって一際映える戦艦ブリュンヒルトの艦橋で、一人漆黒の宇宙へと視線を投げかけている者がいた。

 黒を基調とする軍服には色の抜けた蒼い髪、白い肌、そして紅い瞳は余計に異質なものに見える。


 その瞳は悲しげでいて、そして懐かしげでもあった。




 それは、彼女が幼い頃の話。






夢幻抱擁
−むげんほうよう−

『女神征くは星の大海』外伝 -Part 1-
written by 螺旋迷宮




 彼女が産まれた時、彼女の両親は複雑な心境に陥っていた。

 若くして恋愛結婚をした両親であったが、お互いを思う気持ちとは裏腹に子供に恵まれなかった。

 何がいけないのか、医者にも通い迷信だと判っていても誰かに縋りたくもなった。




 それから17年。

 ようやく恵まれた子宝に両親は飛び上がるほどに喜んだ。

 しかし、産まれてきた子供を見て驚愕する。



「...まあ、典型的なアルビノですね」



 医師は冷酷に、そして無機質に両親に宣告した。



 二人は嘆き悲しんだ。

 ようやくこの世に生を受けた実の子供が、これから一生差別されながら生きていかねばならないのか?

 なぜよりによってこの「ネルフ帝国」に生を受けてしまったのか?血を重んじ、年功を重んじ、そしてなにより正常者を重んじるこの帝国に。



 かつて統治力に優れた皇子がいた。与えられた領地を公正に且つ平等に何の手抜かりも無く統治し、遂には帝国随一の公領へと発展させた。

 しかしその者はこの世を去るまで至尊の冠を戴くこと無く、その有益な能力もそれ以上に発揮させる機会は二度と訪れなかった。


 理由は、ただ一つ。

 片足が無かったからである。



 そんな外見にしか眼の向かないこの社会にどうしてこの子は生れてきてしまったのだろう...


 しかし、二人は何時までも落胆してはいなかった。

 一時はゼーレへの亡命も考え、実行寸前まで準備をした。もし、事が成っていれば宇宙の歴史は大きく修正を余儀なくされたことだろう。しかし、宇宙船の手配が最後まで付かないことによって頓挫し、同時に帝国は貴重な人材を失わずに済んだのである。

 両親は自分達の子供−レイ−が如何に世間に迫害されようとも、自分達だけはこの娘に全ての愛を注ごうと決心した。



 世間は両親の想像に違わずその異質なものを忌避した。

 帝国法がそれを強要したのもあるのだろうが、人の性、それもマイナスの性が幼いレイ・アヤナミには辛すぎた。


 両親が温かい愛情に包んでくれていたため人格の崩壊には至らなかったものの、彼女は自分が心を許すものにしか自分の胸の内を明かさなくなっていった。


「鉄面皮」「冷徹な視線」「無表情」そして「機械人形」


 幼い彼女には耐えられない言葉の数々が周囲を取り巻いていた。






 それから10年。

 レイは遂に運命の出会いをすることになる。



 それはある週末の昼下がりのことだった。

 薔薇の世話をしていた父親の手伝いをするために庭へ出た時、ここ数年空き家であった隣家が騒がしいことに気が付いた。


「お父さん、隣...」


 娘の声に父親は答えた。


「ああ、貧乏貴族が引っ越してきたんだそうだ。確か...ソリュートとかいう帝国騎士だよ」

「ソリュート?」

「父親しかいないみたいだが、娘さんと息子さんは奇麗な子達だったよ」


 それ以上父親は何も言わなかった。

 あの家に近寄るなとか、友達になってあげなさいとか、決して言う事をしなかった。

 それがアヤナミ家のレイに対する教育というべきであろうか。全ては自分で考え、自分で決める事。それについては自分が責任をもつ事。そして、外見だけで人を見定めない事。


 それは後々に彼女の糧となる。




 しかし、この時彼女は隣家に近寄る事はしなかった。

 なにより自分が傷つく事が怖かったからだ。自分の姿を見て人間ではない奇異な動物を吟味するような視線を向けられる事が嫌だった。


 それ故になるべく見つからないようにしていたのだが、その翌日にはソリュート家の姉とばったりと出くわしてしまった。



 何故こうなってしまったのか?レイ自身が最も当惑していただろう。




 いつも通りに父親が大切にしている薔薇の世話をしている最中に、隣の庭先に人の気配を感じた。それだからレイは慌てて隠れようと家の裏手へと逃げ込むように駆け出したのだ。  しばらくの間そこに留まり時が経つのを待った。


 家の影の為に大地は暗く、少し湿度が高いようにも感じる。暗く隠れた裏の世界。それが自分には相応しいのかもしれない。不意にそんな事を思ってしまう。



「レイ、そろそろ戻って来なさい」


 母親の声が遠くから響いてきた。

 そう、だからまた庭へと歩を進めたのだ。ところが...




「へぇ、あなたが隣に住んでいる娘ね」


 隣家との境に設けられている柵の向こうから若い女の子の声が鼓膜を叩いた。








Please Mail to 螺旋迷宮 <spiral@mb.infoweb.ne.jp>



mal委員長のコメント:
やっとやっと公開できました、螺旋迷宮さん珠玉の一品(じゃないか(^^;)
螺旋迷宮さんいわく『銀河英雄伝説を読んでいただけるとより一層おいしく召し上がれます』
とのこと、もちろんわたしも読んでますので(^^;、身をよじりそうでした。
とはいってもこのお話、螺旋迷宮さんの「SPAIRAL LABYRINTH」内にある『女神征くは星の大海』
の外伝なので、本編もみなさんどーか読んでください!!
続きも・・・ゆぅぅぅぅぅううっくり待っておりますっ(^^;


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Recieved Date: 98.3.10
Upload Date: 98.4.9
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