REAL MIND 其の四    綾波補完委員会1周年記念連載

                    written by Radical



「あ〜おいしかった、ごちそうさまでした!」

レイは箸を置いて手を合わせ、満足そうに微笑んだ。

「それにしてもアンタよく食べたわね。カヲルの分、残って無いじゃない」

アスカが呆れたように呟く。
テーブルの上の皿はほとんど空いており、残ったものをミサトがエビチュ片手につまんでいる。
デザートのマンゴープリンもなぜかレイの前には2つあり、それさえすでに器だけだ。
カヲルは未だ意識を失ったままだが、「邪魔だから」とシンジによって シンジの部屋に転がされていた。
シンジはすでに食べ終わり、空いた皿を片づけている。

「へへっ、だって本当においしかったんだもん」
「そりゃあシンちゃんの愛のこもった手料理だしね」

ミサトが新しい缶に手を伸ばしつつからかう。

「別に愛情なんて込めてませんけどね・・・でも半端に残してゴミになるよりはいいけど」
「そんな!こんなにおいしいものを残して捨てちゃうなんてバチが当たるわ!」

憮然としていたシンジの手が止まる。
レイは全開の笑顔でシンジの方に向き直る。

「ほんっと〜に!おいしかったよ」

その笑顔に見とれてしまうシンジ。

「なに見とれてんのよ、バカシンジ」

さっきの復讐とばかりにアスカがチャチャを入れる。

「う、うるせーな、食い終わったんならさっさと帰れ!」
「でもアンタもそんな風に笑えんのね」

シンジの反撃を無視してアスカはレイに話しを振る。

「え?」
「かれこれ4年の付き合いになるけどさ、そんな全開の笑顔なんてみたコトなかったわ」
「でもシンちゃんの前では見せてたわよ」

楽しそうにミサトも話しに加わる。

「前に偶然街で見掛けたとき、楽しそうに笑ってたもの」
「そんな事があったの?」
「デートだったのかしらね。二人とも妙におしゃれしちゃってて。 初々しくって、じれったくって、可愛かったわ〜」

まるで姉が弟や妹のことを話すように楽しげに話す。

「そう言えば、二人とも変にそわそわしていた時があったわね」

二人の話しはどんどん盛り上がる。
レイは真っ赤になって二人の話しを聞いていた。
もちろん自分では全然覚えていないのだが、余計に恥ずかしくてたまらないのだ。
すっかり無視されてしまったシンジは、軽くため息を吐くと片付けを再開した。

「そ、そろそろ私帰るね」

完全に居たたまれなくなったレイは席を立った。

「あら、まだいいじゃない?」
「でもなんだか疲れちゃって・・・着替えもしたいし。それじゃ碇君、ごちそうさま」

ミサトの制止を振り切り、逃げるように出て行ってしまった。

「・・・ミサト、からかいすぎじゃない?」
「アスカも人のこと言える?」
「ちょっと、調子に乗っちゃったかしら、ね」

それでも顔は笑っている二人。
もちろん悪気などは全然無い。
洗い物の手を止めて様子を眺めていたシンジはもう一度小さくため息を吐き、 そっと台所から姿を消した。



マンションの廊下ではレイが自分の部屋の前をうろうろと歩きまわっていた。
その顔にはさっきとは打って変わって不安の色が浮かんでいる。
時々意を決したようにカードキーをスロットに入れようとするのだが、 キーが解除される直前で止まってしまい、またうろうろと歩き出すのだ。

「なにやってんだ、お前」

ハッと振り向くとシンジがエプロン姿のまま壁にもたれてこちらを見ている。

「な、何って・・・碇君こそどうしたの?」
「ミサトさんが『カードキーを持っているのか解らないから、スペアを持って行って』ってさ」

指先でつまんだカードをひらひらさせる。

「結構いいかげんだよな。でもそのカード、合わないのか?ならこれで・・・」

自分の持っているカードを入れようとする。

「あ、だ、大丈夫。合わなくないから」

慌てて自分のカードを差し込むレイ。
シュッと軽い音とともにドアが開いた。

「ごめんね、わざわざ」
「じゃ、これはミサトさんに返しておくかな」
「うん・・・じゃあ、おやすみ」
「ああ」

レイが部屋に入ったのを見届けると、カードを自分の部屋のドアに差し込む。
同じような圧搾音がすると何事もなくドアが開いた。
よく見るとそのカードにはシンジの部屋のナンバーと名前が書かれている。

「・・・世話の焼ける奴」

小さく呟くとカードをポケットに突っ込み、部屋に入って行った。



すでに暗い室内。
レイは靴を脱ぎつつ、何気なく手を伸ばして部屋の明かりを点ける。
自分でも気づいていないほどの自然な動きで。
明るくなった部屋を見回し、品定めするかのように部屋の中を見回す。
リビングにはシンジの部屋と同じようなテーブルと食器棚、テレビが据えられており、 違うのは大きな本棚と角部屋のため出窓が付いているぐらいか。
だが出窓とテーブルには花が飾られ、出窓に掛けられた淡いスカイブルーのカーテンとともに 部屋の雰囲気をより柔らかいものにしている。
マヤとの同居やシンジ・アスカの影響だろう、以前のような無機質な感じは一切無い。
これが以前の団地の部屋だったら、今のレイはどのような反応を見せただろうか?
とりあえず雰囲気に満足したのか、安心したように小さく息を吐くと、もう一度部屋をよく見渡す。
テーブルの上には料理の本が置いてあり、主が料理の勉強中であることを促している。
それはキッチンも同じ事で、綺麗にはされているがシンジの部屋のそれよりも 使い込まれてはいないようだ。
だがそれはあくまでシンジの部屋のそれと比べた感じであり、一般的に必要なものは 大体揃っているようである。

「フフッ、あの部屋を基準にしちゃいけないよね」

シンジの部屋のキッチンを思い出しつつ壁に取り付けられたコルクボードに目を移す。
そこにはワープロで書かれたらしいカレンダーにシンジ、レイ、アスカ、カヲルの名前が 順番に書き込まれていた。
今日の日付にはカヲルの名前がある所を見ると食事の当番表のようだ。

「食事当番って・・・私も作るの?」

一抹の不安を抱きつつ奥の部屋に入る。
こちらも淡いパステルカラーを多用した、柔らかな感じのする部屋である。
八畳ほどの部屋にベッドと机、大き目の本棚にタンスが置かれている。
衣類などはクローゼットに収まっているようだ。
こちらにも出窓があり、シンプルな写真立てが大小二つ並べられている。
大きい方はゲンドウや冬月、ミサトやリツコ達ネルフの上級スタッフ達とチルドレン達が勢揃いした 何かの記念写真。
そして小さい方には学校でのスナップ写真だろう、教室で微笑みを浮かべて楽しげに話している シンジとレイが写っていた。
二人ともやや頬を染めているあたりが微笑ましい。

「ホントだ。楽しそうに笑ってる」

さっきの二人の話しとシンジの顔がフラッシュバックする。

「碇君も優しそうな顔してるなぁ・・・」

しばらくボーッと眺めていたが、思い出したようにタンスやクローゼットを確認し、 シャワーを浴びるべくバスルームへと向かった。



「シンちゃ〜ん、どこ行ってたのかな〜」
「・・・別に」
「・・・イマイチなリアクションね。」

そんな事を口にしながら上着を羽織るミサト。

「あれ、帰るんですか?」
「う〜ん、もうちょっと居たいんだけど、加持が待ってるからね」

口では面倒そうに言うが、顔はすっかり緩んでいる。

「僕たちもそろそろ帰るとしようか」

いつのまにか復活していたカヲルが残った洗い物を片付け、キッチンから出てきた。

「シンジ君の料理をあまり食べれなかったのは残念だけど、今度の楽しみにしておくよ」
「アンタ、明日の訓練じゃ負けないからね。覚悟してなさい!」

アスカがビシッとシンジに指を突きつけて言う。
さっきのことがよほど悔しかったのだろう。
明日はシミュレーションプラグでの模擬戦闘訓練がある。
再戦はそれで、と言うことらしい。

「ああ、いくらでも相手になってやる」

ニヤリと口を歪める。
さすがはゲンドウのDNAを受け継ぐだけはあり、異様なほど様になっている。

「じゃ、また明日」
「おやすみ〜」
「本当に覚悟していなさいよ!!」

結局アスカの両脇をカヲルとミサトが抱えるようにして出て行った。
途端に静かになる室内。
防音も完璧なのだろう、外の音も一切入って来ない。
なんとなく手持ちぶさたになったシンジは、奥の部屋へと入って行った。
コンポのスイッチを入れると、穏やかなチェロの調べが聞こえてきた。
室内を見渡すと、リビングから影になっている所に大きな楽器のケースが立てかけてある。
また机の上にはノート型の端末が置かれ、レイの部屋にあった物と同じ集合写真が スタンドに入って飾ってある。
他にはこれといって目を引くものはない。
椅子に座り、机の引き出しを開けてみる。
いくつかの雑物の下から一枚のDVDディスクが出てきた。
ケースには「Aida Selection for Shinji」と書かれている。
端末を立ち上げ、そのディスクをセットする。
微かな駆動音とともにデータが読み込まれ、画面にいくつかの画像が現れる。
デジタルカメラの映像だろう、学校や街中でのスナップ写真のようだ。
そのいずれもレイを被写体としたものである。
軽い驚きはあったが、次々に画像を表示させてみる。

「・・・ずいぶん感じが違うな」

ほとんどは無表情なものが多いが、中には微かに微笑みを浮かべているものもある。
やがて最後の画像になり、シンジの手が止まる。
それは今までとは打って変わって楽しげな笑顔を浮かべたレイとシンジの写真。
それはレイの部屋に飾られたものと同じ写真だった。

「・・・」

シンジは魅入られたようにその写真を眺め続ける。
だがその顔にはいつしか微笑みが浮かんでいた。



バスルームから戻ったレイは大き目のパジャマに身を包み、机や本棚を物色していた。

「なんだか泥棒みたい・・・」

やがて引き出しの中から1冊の古い手帳が見付かった。
手帳はどこにでもある普通のもので、表には「2015」と書かれている。
少し考えてからページをめくる。
はじめの方は実験が何時からだとか訓練の内容がどうだといったことが 箇条書きに書かれていた。
あまりのつまらなさにパラパラと飛ばしていく。
やがてあるページで手が止まった。
そこにはそれまでと同様に何かの作戦行動が時間とともに書かれていたが、 最後の所に小さく「笑うこと」と書かれていた。
それ以降、それまでには書かれていなかった筆者の日記のようなものが綴られるようになる。
筆者は感情の表現が不得意なのだろう。だが拙い文章ではあるが、一生懸命表現しようという 努力が見られる。
初めての感情に戸惑い、悩み、苦しんでいる様子が克明に書かれている。
恐らくは書くことによって鬱積したものを解消しようとしていたのだろう。
そしてその奇妙な日記は手帳の終わりを待たずに唐突に終わっている。
その最後の文章を読み終えた時、自分の頬を伝うものにレイは気づいた。

「・・・涙?泣いているの、私」

なぜ涙が出るのかは解らなかったが、無性に切なくなってしまうのだ。
手帳を元の引き出しにしまい、ベッドに潜り込む。
感情が昂ぶっているのか、何度も寝返りを打つがやがて静かな寝息に変わった。
こうしてそれぞれに夜は更けていくのだった。





Please Mail to Radical <radical@pop01.odn.ne.jp>



作者Radicalの戯言:
どうも、Radicalです。
・・・もう何も言いません。遅いのはどうにもならないです (^^;
気長にお付き合いください (^^;
そろそろ「Over The Trouble」も再開しないと忘れられそうですね。
次はそちらかな?
叱咤、激励、催促、感想のメール、心よりお待ちしています。


Top Page Contributions <- 其の参

Received Date: 98.11.29
Upload Date: 98.12.06
Last Modified: 98.
inserted by FC2 system