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2016/12月初旬、コンフォート17にて…
それはアスカの誕生パーティーの後での事だった。

「でも…声が…」

「窓を閉めれば防音はバッチリだし…」

「じゃ…後で、部屋に行くから…」

「うん、アスカに気付かれないようにね」

「わかってるわ…」

アスカが風呂に入っている間、リビングでなにやらひそひそと密談するシンジとレイの姿が有った。


・・・・・・・


アスカがそれに気付いたのは、12月の半ばを過ぎてからのことであった。

ある日、寝る前に明日の予定の確認をしようとレイの部屋を訪ねたのだか、彼女が部屋に居なかったのだ。
その時は(トイレにでも行ってるのかな?)と気にもしなかったのだが、ある時、夜中にそっと外へ出ていくレイを見てしまい、こっそりと跡をつけてみるとシンジの部屋に入っていくのを目撃してしまったのであった。

どうやらレイは毎晩アスカの目を盗んでシンジの部屋を訪ねているようであり、1時間ほどで戻って来てはいるようだったが、そういう状況で想像できる事と言えば…

(レイってば、毎晩夜這い?!…それはちょっと、ヤリすぎなんじゃない?)

とは思ったものの、さすがに気恥ずかしくもあり、なかなか本人達に面と向かっては言い出す事の出来ないアスカであった。



新世紀エヴァンゲリオン++

第弐拾六話:聖誕祭


2016/12/25(日)
世間的には今日はクリスマス。だが、今年は彼らとってクリスマス以上に大切な意味が、この日には有った。

そう、あの日からちょうど1年。レイが自ら決めた自分自身の誕生日、その日であった。(第五話参照)
翌日の26日がトウジの誕生日でもあることから、NERVの関係者主催で誕生パーティーを開催することになったのだった。
幹事は加持リョウジ・葛城ミサト夫妻であるが、クリスマスのイベント自体は前日のイブの夜があるので人によっては二日連続のパーティーになるだろうが出席は問題無かろうという判断である。

一月ほど前にミサトからその申し出を聞いた時、レイもトウジも「そんな大袈裟なことはしてもらわなくても…」と断ったのだが、どうしてもというミサトの熱意に負け、パーティー開催を承諾したのだ。

会場は第三新東京市都心にある NERVの公開施設を借りることになった。
公的な式典に使われる特別室の他、NERV職員の結婚式や各種パーティーにも使われ、NERV職員であれば格安で利用でき、それでいて一流ホテルにも劣らない設備とサービスが人気の施設である。
なお、舞台裏の話であるが、VIPが集まるイベントが多いためセキュリティーも万全である。

総勢50名ほどのパーティーの招待客は、レイやトウジと直接面識のある NERV医療部&技術部のメンバーとお馴染みの発令所メンバーが約2/3、そして残りの1/3を招待されたクラスメート達が占めていた。


開場時間を迎え、パーティー会場には続々と人が集まり始めていた。

このパーティーは立食形式で、会場のあちこちに料理のテーブルが並べられているが、特に席は決まっていないので、見知った顔同士で集まって適当にグループを作りつつあった。

NERV関係の大人達は、男性はスーツやNERVの式典用制服を着込み、エスコートされる女性もスーツやドレスで着飾って華やかなムードを作り出している。

本日の主役の一人、トウジは一丁前にタキシードを着込み…というか、着せられたと言う感じである。
本人はラフな格好を望んだのだが、ミサトが
「あっら、ダメよぉ。せっかく主役なんだから、ちゃんと正装しなきゃ」
と、イベントスタッフのスタイリストに貸し衣装を選ばせたのだ。

だが、嫌々ながら着たタキシードとは言え、パリっとしたその装いはなかなかの男前である。

そして、こちらは主役ではないシンジたちだが、一応それらしい格好を…と言うことで、それぞれそれなりの格好をしている。

シンジは涼しげな生成りの麻のジャケットとパンツ、グリーン系のカラーシャツにエンジ色のタイ&ポケットチーフで決めている。靴は茶色のスエードのウイングチップ。

ケンスケは深いネイビーブルーのマオカラー・スーツに立て襟のシャツにタイ無しという格好だが、トウジに「なんや、ケンスケは学ランかいな」と言われてガックリ来ていた(^_^;)。

一方、クラスメートの少女達は誰もがここぞとばかりにオシャレに着飾って、気合を入れたメークをしている者もいる。
そんな華やかな少女達の中に在っても、やはりレイとアスカは際立って目立ち、周囲の羨望と嫉妬の視線を受ける事になる。

滅多に無い本格的なパーティーにはしゃぐ少女達に対し、アスカはドイツでこういったパーティーの経験があるのだろう、背中が大きく開いて胸から上が透ける素材の、サイドスリットの深い真紅のチャイナドレスを着こなし、落ち着いた立ち振る舞いで大人びた印象を見せて、まさに太陽のような輝きを放っている。

そして、そんなアスカに連行、もとへ、手を引かれて連れられて来た今夜のもうひとりの主役のレイは、襟周りにフワフワの綿毛をあしらい、スカートの裾の前が短く後ろへと長くなる幾重ものレースをたっぷり使った純白のドレスに身を包み、肘上まであるシルクの長手袋という正装。
透けるような白い肌にプラチナブルーの髪とルビーの瞳がアクセントとなり、月の妖精とも言える儚げな美しさと気品を漂わせていた。

「ほらほら、シンジ!愛しの彼女の登場よ!
 どうよこのドレス?可愛いでしょ?」

と、アスカに手を引かれてシンジの前に現れたレイは、おずおずと、少し上目遣いにシンジをうかがう。

「………どう?」

Dress up girls by Suacaen : suacaen@msd.biglobe.ne.jp

「………」

シンジは、初めて見るレイのドレス姿に、息をするのも忘れて見惚れてしまうのだった。

「…碇くん?」

返事が無い事に不安になったレイの問いかけに、ハッと我に返るシンジである。

「あ、ごめん、うん、綺麗だ…すごく似合ってるよ」

「…ありがとう…」

シンジが照れて真っ赤になりながらもしっかりと言うべき事を言うと、レイも安心したように表情を緩め、頬に喜びの桜色が差すのだった。

「ふふ〜ん、このアタシが選んであげたんだから当然よねっ!」

「なんでアスカが得意そうにするんだよ。
 でも、アスカのも似合ってるよ。なんていうか、色っぽいよね」

「でしょ?ま、そこらのお子様には無理よね」
と、クラスメートの女の子達を敵に回しそうなセリフを吐きながら、得意そうに胸を張るアスカであった。

「アスカはそういうのが似合うからいいわよねぇ。
 私なんか、地味で…」

と言うヒカリは、大きな襟と袖口の折り返しが白いレモンイレローの古風なワンピースを着ており、襟元に大きなブローチ、靴は飴色のローファーで同じ色のハンドバッグを持っている。
髪はいつものように後ろで二つお下げにしてリボンで結んでいる。

確かにアスカのような派手さは無いが、歳相応の可愛らしさ出ていて悪くない。というか、はっきり言って可愛い(*^_^*)。
比べる相手のレベルが違いすぎるだけなのだが、ヒカリとしては自信を持てないのかもしれない。

「そんな事ないわよ!
 ヒカリも可愛いじゃん!」
と、慌ててフォローするアスカであった。


招待客も大方集まったのか、そこここに雑談するグループが出来る中、ステージ(と言っても30cm程の高さの簡易ステージだが)の脇に置かれたスタンドマイクにスポットライトが当ると、そこには深い紫色のパンツスーツで決めたミサトが立っていた。

「えー、皆さん、こんばんわ。
 今夜の司会を務めます、葛城ミサトです」

どうやら開会の辞を述べるようだ。

「本日は綾波レイちゃん並びに鈴原トウジ君の誕生パーティーにご出席いただき、
 まことにありがとうございます」

パチパチパチパチ…と拍手が起こる。

「なんて堅苦しい挨拶は抜きにして、さっそく始めましょ。
 レイ、トウジ君、前に出てきて」

ミサトの呼びかけに二人が前に出る。

「はい、じゃ、ステージに上がってね。
 本日の主役の綾波レイちゃんと鈴原トウジ君でーす!」

緊張した面持ちの二人がペコリとお辞儀をすると『おお〜!!』パチパチパチパチ…と大歓声と割れるような拍手が送られる。

そして、ステージに立った二人それぞれの前に、スタッフの手により小さなテーブルが運ばれて来る。
テーブルには真っ白なクロスが掛けられており、その上には綺麗に飾りつけられた大きなデコレーションケーキが乗っている。
そして、その上に立てられた15本のキャンドルに火が灯される。

スタッフがステージから降りると照明が落ち、ステージ上の二人だけがキャンドルの光に浮かび上がる。

「では、皆さん、ご一緒に!
 ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪」
『ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪
 ハッピーバースデー・ディア・レイちゃーん♪
 ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪』
『ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪
 ハッピーバースデー・ディア・トウジくーん♪
 ハッピーバースデー・トゥー・ユー♪』

合唱が終わると満面の笑みを浮かべたミサトが二人に促す。
「さぁ、二人とも、一気に吹き消してね」

その合図と共に、二人はキャンドルに息を吹きかける。
トウジは男らしく一気に吹き消したが、レイの方は一息では消せなかったようで、二息目で全部消すことが出来た。
そして、最後のキャンドルの火が消えると共にスポットライトがステージを照らし、盛大な拍手が送られるのだった。

「それではここで乾杯です。グラスをお持ちください。
 みんな、行き渡ったかな?
 はい、では、綾波レイちゃんと鈴原トウジ君の15歳の誕生日を記念して、カンパーイ!!」

『カンパーイ!』
唱和と共にグラスが上がり、パチパチパチパチ…と再び盛大な拍手が送られる。

「では皆さん、暫しのご歓談を…。
 あ、プレゼントタイムは特に設けないんで、
 二人にプレゼントがある方は、適当に渡しちゃってねん。
 最後に集中しちゃうと受け取る方も大変だから。
 じゃ、そーゆーことで」
ミサトのアナウンスと共に会場の照明が灯り、ざわめきが戻る。

なかなかアバウトな進行であるが、もったいをつけて格式ばることもなかろう。
主役の子供達にとってはこの方がありがたいくらいである。

まずはひと仕事を終えたミサトがステージの方へ振り向くと、そこには、これからどうしたら良いのかと途方にくれている二人の姿が有った。

(あちゃー。ま、無理も無いか)と内心苦笑し、声を掛けるミサトであった。

「二人とも固まってないで、降りてきていいわよん。
 とりあえず、来てくれたみんなに挨拶して回った方がいいわね。
 っても、みんな、てぐすねひいて待ってるようだけど」
というミサトのアドバイスに従い、会場内を回り始める二人であった。


・・・・・・・


「レイちゃん、写真いいかな?」
「誕生日おめでとう。はい、プレゼント」
「綾波さん、写真撮らせてもらえるかな?」
「レイちゃんおめでとう。あ、これ、うちの家内」

などなど、記念撮影やらプレゼントを貰ったりと大忙しのレイは、シンジと一緒にいる事も出来ずにあちこち引っ張り回されていた。
それでも不満げな顔をする事も無く終始柔らかな微笑を絶やすことが無かったのは、自分の初めての誕生日を皆が祝ってくれているという喜びに浸っていたからであった。

レイは自分の生まれの特異性から疎まれこそすれ、その存在を喜んでくれる人など居ないと思っていた。
ゲンドウですら彼女の存在は彼の計画のための一片でしかなかったのだ。

それ故、ただ一人、シンジにだけ祝ってもらえればいいと思っていたレイであったが、それが、過去はどうあれ今では皆がこうして自分の誕生日を祝ってくれる。
自分がこの世に生まれてきた事を喜んでくれる人達がいる。

これはレイにとって望外の喜びであった。

だから、心を込めて祝辞に応える。
「ありがとうございます」
心からの微笑と共に。

その笑顔は歳相応と言うよりも少し大人びて見え、男性のみならず同伴の女性でさえ心を奪われる、生きる喜びに満ちた物であった。
使徒戦争以前からの古いスタッフなどは、かつての無表情なレイを知るだけに特に感慨深いものを感じていた。

そして、レイの笑顔を受け取ったものは皆、我知らず優しい微笑を浮かべ、会場に暖かな空気を広げていくのだった。


もうひとりの主役、トウジの方も
「鈴原君、誕生日おめでとう」
「トウジ君、これ、プレゼント」
など、次々に声を掛けられ料理にパク付く暇も無かったが、テーブルに並ぶ料理を横目で睨みながらもきちっと受け答えしていたのは、その後ろでトウジのために皿に料理を確保しているヒカリの内助の功(?)と言ったところか。


その一方で、今日の主役ではないのに、
「シンジくーん!一緒に写真撮ろう?」
「あ、次私〜!」
と、NERVのお姉さま方やクラスメートの女の子達に引っ張り凧のシンジであった。


しばらくして、一通り挨拶を終えたレイがシンジのもとへ戻ってくる。
その頃にはシンジの方も開放されて、一足先に料理をつまんでくつろいでいた。

「お疲れ様。のど乾いたろ?ジュース飲む?」

シンジからグラスを受け取ったレイがそれを一口飲んで一息つく。

「ふぅ…こんなに大勢来てくれるなんて…」

「レイは人気者だからね」

「そう…知らなかった…」

「そうだね、自分が知らないところでも誰かが自分を見ていてくれる。
 みんな、繋がってるんだ」

「絆…」

「と言うほど、大袈裟なものじゃないけどね。
 でも、そういうのって、嬉しいよね」

「ええ…、誕生パーティー、やってよかった…」

「うん」

そんな会話をしている二人を遠巻きに眺めていたクラスメートの一人が、向こうの方からやって来る人物に気づく。

「あら?ほら、あそこ、マナじゃない?
 エスコートしてる男の子、誰?かっこいいじゃん!」

見ると、白いブラウス&オレンジに赤のチェックの入ったミニスカートでキュートに決めたマナと、彼女に腕を取られて歩いてくるダークスーツにワインレッドのネクタイ、それにチャッカーブーツといういでたちの見知らぬ少年がいる。
マナより頭ひとつ背が高い浅黒い肌をした精悍な顔つきの少年で、艶やかなストレートの黒髪を真中で分けて奇麗に切り揃えた、きりっとした印象のハンサムボーイである。

「え?どこどこ?あ〜っ!ホントだ!
 あれって、マナの彼氏?ムサシって言ったっけ?」

彼女たちはマナからムサシの話を聞いてはいたが写真を見たことがなかったのだ。

「そうみたいね。あ〜、羨ましいなぁ。私もあんな素敵な彼氏欲しい!」
「あんた、さっき碇君みたいな彼氏欲しいって言ってなかったっけ?」

などと騒ぐクラスメート達をよそに、マナはシンジを見つけてこちらへやって来た。

「シンジ君!レイちゃん!遅れちゃってごめんね!」

こちらに向かって手を振りながらにこやかに近づいてきたマナは、隣に立つ彼を嬉しそうに紹介する。
「私の彼を紹介するね!」

「はじめまして、ムサシ・リー・ストラスバーグです」
マナの言葉を引き継いでムサシが自己紹介する。

名前からするとアスカと同様に日本と中国ともうひとつ西洋系の血が入ったクォーターのようだ。

「あ、はじめまして、碇シンジです」

「綾波レイです…」

「あ、君が綾波さん?誕生日おめでとう」

「はい…ありがとうございます」

「お二人にはずいぶんとマナが迷惑掛けたみたいで、すみませんね(笑)」

「い、いえ、そんな、迷惑だなんて…(汗)」

「そうよぉ!そりゃ全然…ってわけじゃないけどぉ、ちょっとだけよ、ちょっとだけ!」


そんな彼らの様子を少し離れたところから見ているケンスケとアスカの姿が有った。
ケンスケは自慢のカメラを手に、すでに何十枚も写真を撮っていた。
ファインダーを覗きながら二組のカップルが並ぶ絵を狙うケンスケは、誰に言うともなしにつぶやく。

「う〜ん、綾波とシンジもだけど、霧島の彼氏も二人並んでると絵になるなぁ」

それに比べて…とわが身を振り返えらずにはいられないケンスケであった。
少なくとも、見た目アスカと釣り合うようには自分自身、とても思えないのだ。
構えていたカメラを下ろすと、ケンスケのジュースのグラスを持っていてくれたアスカの方を振り向き、遠慮がちに問いかける。
「なぁ、ホントに、オレなんかで良かったのかな?」

ケンスケらしくない弱気な発言にアスカはひとつため息をついて眉をひそめる。

「アンタねぇ、このアタシが見てくれで判断すると思ってんの?」
「だってなぁ、ほら、第一印象が…」

アスカがドイツから来た時、初めて顔を合わせた空母の甲板でシンジに言った言葉が『冴えないやつぅ』だったのだから仕方が無い。

「う…まぁ、アタシもあれから成長したって事よ!」
アスカはちょっと顔を赤くして一瞬言い淀むが、そうきっぱり言い切ると、
「ほら、シャキッとしなさい!
 このアスカ様の彼氏なんだから!」
と、ケンスケのおでこを指でピン!と弾く。

真正面から見つめるその青い瞳に揺ぎ無い信頼と自信を見たケンスケは、フッと自嘲の笑みを見せる。

(アスカは強いな。
 負けないようにオレも自信を持たないとな)

そう己に言い聞かせると、右手で眼鏡をクイッと上げてすまし顔で左腕を曲げて肘を上げる。
「ではお姫様、お手をどうぞ」

「バッカ、何格好つけてんのよ!」
と言いつつ、嬉しそうにケンスケの腕を取るアスカであった。

その二人の姿はケンスケが思うほど不釣合いな物には見えず、しっくり落ち着いた雰囲気のカップルとして周りの目には映るのだった。


一方、こちらでは…

「それでね、ムサシはスポーツ万能だし、勉強も学年で一桁に入るし、
 武術の心得も有って、強いんだよ。
 それに、バンドやサーフィンもやってるのよ」
と、マナの彼氏自慢が始まっていた。

「へぇ、凄いんだ。
 ぼくなんか、スポーツも勉強もそこそこだから羨ましいよ」

以前なら『そこそこと言うよりダメダメでしょ!』というアスカの突っ込みが入るところだが、最近は努力の甲斐有って、スポーツはともかく勉強はそこそこ出来るようになっていたシンジである。

「いや、たいしたことじゃないよ、姉ちゃんにこき使われてこうなっただけで…」

ちょっと照れたような表情が少年らしい面影を見せ、NERVの一部のお姉さま方のハートを鷲掴みしてしまったのは本人の与り知らぬところ。

「へぇ、お姉さんがいるんだ」

「ムサシ、ご両親を早くに亡くしてしまって、お姉さんと二人暮しなの」

「そうなんだ…」

「あ、気にしないでいいよ、昔の話だし。
 おかげでなんとかご飯だけは食べていけてるよ」

「ごめんね、変な話になっちゃった。
 でも、そういえば、葛城さんと似てるわね」
と、慌ててフォローするマナである。

「え?ムサシ君のお姉さんって、ミサトさんに似てるの?」

「うん、なんていうか、雰囲気かな?
 明るくて、お酒好きだし〜。
 あ、でも、料理はすっごい上手なの!」

マナはミサト料理の被害を直接は受けてないが、その武勇伝(?)はシンジ達から聞いていた。
「へぇ、じゃ、食事はお姉さんが作ってるんだ」

「ああ、でも、普通の味だけど?」

「え〜っ?ムサシは舌が慣れちゃってるからそう思うのよ!
 私、あのお料理の腕には結構プレッシャー感じてるんだから」

「まぁ、マナだって、ミサトさんみたいに味音痴なわけじゃないから…」
本人が聞いてないと思って結構酷い事を言うシンジであった。

が、噂をすれば何とやらで、ちょうどミサトがビールのグラスを片手にやって来た。

「はぁ〜い!楽しくやってる?
 あら?あなた、霧島さんの彼氏?」

「あ、はい、ムサシ・リー・ストラスバーグです」

「あ、葛城さんこんばんわ。
 えっと、こちらはシンジ君達の保護者の葛城ミサトさん。
 ゴールデンウィークに海に行った時にお世話になったの」

「ムサシ君ね、よろしく。
 ふ〜ん?シンちゃんよりかっこいいじゃない?
 どうしてこんなかっこいい彼氏をほっぽっといて、
 シンちゃんにチョッカイ出そうなんて思ったのかしら〜?」

「え〜、だって、ムサシったら、酷いんですよ!
 2年の終わりの頃、向こうの学校の友達とムサシのお姉さんの友達の女の人と、
 一緒にカラオケに行ったんですけどぉ」

「ちょっと、マナ(汗)」

「ムサシったら、なんか妙にそのお姉さんと仲良くなっちゃって、
 別れ際にキスしちゃったりするんだもん!」

「だから、あの時は、不意を突かれて…」

「ほーほー、ムサシ君はプレイボーイの素質があるのかなぁ?」

「違いますよ!向こうが勝手に…」

「女を泣かせるタイプね(にやり)」(それとも女難の相が有るのかしらねぇ)

「だから、違うって…(T_T)」

「あはは!まぁ、あまり彼女に心配掛けないようにね!
 いい娘なんだから、泣かせちゃダメよん」

「そうそう、遠距離恋愛って辛いのよね〜。
 いろいろ不安だし、心配だし…」

「信用しろよ」

「へへっ!うん、信じててあげる」
ぴとっと、ムサシの腕にすがりつくマナであった。

「ハイハイ、ごちそうさま!
 じゃね〜ん、楽しんでってね」
ミサトはパチッとウインクすると、手をヒラヒラと振って次の獲物を探しに行ってしまった。

「はは、ホント、姉ちゃんと似てるわ…」

「ところで、ムサシ?」

「ん?」

「シノブとカナに聞いたわよ。
 転校生のイオリちゃんって娘と仲がいいんですって?」

「えっ?(ぎくり)」

「どういうことかしら?」

「い、いや、あれはだな…」

(痴話喧嘩は他所でやってくれー!^_^;;;)
と、シンジは引きつった笑顔を浮かべながら、興味津々と聞いているレイの手を引いて、そろりそろりとその場を離れるのであった。
レイも最近は他人の色恋沙汰や噂話に興味を持つようになっていて、他人に対する関心が何も無かった頃と比べれば格段の成長とも思えるが、あまり噂話などに首を突っ込んで欲しくないと思うシンジは複雑な心境だったりする。


「おう、シンジ、あれが霧島のツレかい。
 ワシも挨拶せなあかんな」

トウジの方もひと段落したようで、シンジ達が話しているところを見つけてやって来たようだ。

「あ、トウジ、今はちょっと立てこんでるみたいだから、後にした方がいいと思うよ」

「彼氏の浮気がバレて、修羅場なの…」
コラコラ、レイってば、決め付けないように(^_^;)。

「ああ?はー、そら難儀やな。
 あちらさんもえらい二枚目やさかい、霧島も心配やろ」

「私も心配…。碇くん、もてるから…」

「えっ?そんな事無いよ!」

「まぁ、自分らはいつでもくっついとるさかい、
 割って入る隙やらあらへんから心配無いやろ。
 現に今かて仲良う手ぇつないどるし」

「あ…」

「………」

シンジがレイを見ると、レイはシンジを伺うように上目遣いの視線を向け、握る手の力を僅かに強める。
そんなレイの仕草に、思わず頬を緩めてしまうシンジであった。

「そらそうと、向こうで赤木博士が呼んどるで。
 綾波にプレゼントがあるゆうてから。
 ワシも今貰ったとこや」

「え?そう?トウジは何を貰ったの?」

「足や、足」

「足?…あ、そっか、新しい足、出来たんだ…」

「手術は受験終わってからやし、しばらくはリハビリやろ」

「これがプレゼントだなんておこがましいのだけど、
 私たちからの謝罪の気持ちとして受け取ってくれるかしら」

そう言ってリツコから渡されたのは、トウジの生体(クローン)義足の移植手術のスケジュール表だった。

「実際のところ普通の人間への応用はこれがテストケースになるのだけど、
 これが成功すれば同じような障害で苦しむ人たちへの光明となるわ」

既に国連を通じた NERV技術部の働きかけにより、自己組織復元に限りヒトへのクローン技術適用が許可されるようになり、法律面での整備も進みつつあった。

「わかりました。もちろん、ワシとしても願ったり叶ったりやけど、
 受験が終わってからにしてもらえまへんか。
 しばらく入院せなあかんのですやろ?」

「ええ、そうね、もちろんそうさせてもらうわ。
 ありがとう」

「いえ、お礼を言わなあかんのはワシの方ですよって。
 ほんま、ありがとうございます」

「っちゅーわけやから、センセももう気にせんといてや」

「…うん。ありがとう、トウジ」

「ええからええから。ほれ、行ってこいや。
 二人で来いゆーとったで」

バン!とトウジに背中を叩かれリツコの方へ向かうシンジと、彼に寄り添うように歩き出すレイだった。

「トウジ…良かった、ほんとに…」
つぶやくように言うシンジは、心底安心していた。

レイは何も言わなかったが、トウジから「足」と聞いた時から繋いでいたシンジの手がこわばるのを感じていた。その力が抜けたのを感じてシンジの手を優しく握り直す。

レイのいたわりの心に気付いたシンジは、レイに顔を向け、微笑む。
「ありがとう」

シンジの言葉にレイはただふるふると首を横に振り、透き通った微笑を返すのだった。


「あ、来た来た。
 レイちゃーん!シンジくーん!こっちこっち!」

マヤの声が聞こえる方向を見ると、壁際に薄いピンク色のスーツ姿のマヤが立っており、その奥の椅子に腰掛けたリツコがいた。リツコはアキラを連れて来ていたため、マヤが彼女のために料理を皿に取り、リツコは我が子を抱いて椅子に腰を落ち着けていたようだ。

「おめでとう、レイちゃん。
 可愛いドレスねー」

「ありがとうございます。
 ドレスは、アスカが選んでくれました」

「そっかー、アスカのも可愛いけど、私もそんなドレス着てみたかったなー。
 あ、シンジ君も、なかなか決まってるじゃない?」

「はは、どうも。着慣れないもんで、落ち着かないですけど…。
 マヤさんのスーツ姿も初めて見ますけど、似合いますね」

「そう?ありがとう。うふふ…」

と、舞い上がっているマヤに苦笑しながら、リツコがレイに声を掛ける。

「レイ、今日はおめでとう。
 こんな格好でごめんなさいね」

リツコは落ち着いたブラウン基調のワンピースを着ているようだが、なぜかその上に白衣をまとっていて、華やかな雰囲気の会場で一人浮いた感じである。

「この子、私が白衣着ないで抱くと、泣くのよ」

なるほど、アキラにとってリツコの白衣は、いわば「ライナスの安心毛布」的存在なのだろう(^_^;)。

「いえ…ありがとうございます。
 それに、似合ってますし」

「ぷっ、あはは!それって、褒め言葉かしら?」

「??…何か、問題が?」

「ふふ…いいえ、ありがとう」

そう言ってレイを見上げたリツコは、彼女の視線が腕の中のアキラに向いている事に気付く。

「ん?レイ、ちょっと抱いてみる?」

リツコは立ち上がって抱いていたアキラをレイに差し出すが、レイは戸惑っているようだ。

「え?…でも…」
「大丈夫よ、ほら、ここを、こう支えて…」

抱き方を教えながら、アキラをレイに抱かせる。

「あ…」

腕の中にすっぽりと収まった小さな命の重みに、レイは思わず緊張してしまう。

「うー、あー」

母親と違う銀色の髪が珍しいのだろう、レイの顔を見上げてくりくりと動く大きな瞳が愛らしい。

「だぁ、あー」

その髪に触れようとしているのか、ぺちぺちとレイの頬を触れる小さな掌に、緊張していたレイの表情が自然と緩み、優しい微笑が浮かぶ。

「…可愛い…」

小さくつぶやくレイであったが、その表情は柔らかく暖かく、幼さの残る少女の面影の中にも母性の芽生えが感じさせられ、喩え様の無い美しさと優しさを醸し出していた。

「レイ…」
そんなレイの姿に、思わず抱きしめてしまいたい衝動を抑えながらも見惚れてしまうシンジであった。

「レイちゃん…」
同様にマヤも、その姿の可憐さもさることながら、女性らしいたおやかな雰囲気を身にまといつつあるレイの成長に、言葉にならない感動を覚えていた。

「ふふ…なかなか様になってるじゃない?」
アキラを抱いて微笑むレイの姿を、優しい眼差しで見守るリツコであった。


「さて、私達からのプレゼントを渡すわ。
 マヤ、ちょっとアキラをお願い」

3人はリツコの言葉に我に返り、アキラをマヤに受け渡して手が空いたレイに、リツコが書類封筒を手渡す。

「…これは?」

「開けてみてちょうだい」

レイはリツコに促されて封を開けて書類を取り出すと、タイトルを見てハッとしたように目を見開き、食い入るように文字を追う。

「…赤木博士…これは……本当ですか?」

書類から顔を上げ、真剣な表情でリツコに問い掛けるレイに、リツコは優しく微笑むと頷く。

「もちろん、嘘なんてついてもしょうがないでしょ?」

レイはシンジの方へ振り向き、笑顔を浮かべようとするのだが…。
(こんな時は…「笑えばいいよ」そう言ってくれた、あなたに…
 ダメ…うまく、笑えない…)

「…碇くん…私……」

視界が涙で滲む…。

「レイ?」

シンジの声に、レイは思わずその胸に飛び込んでいた。

「??」
事態が飲み込めておらず唖然とするシンジだが、心配そうにレイの背に両手を回し、その細い身体をそっと抱く。
「レイ…どうしたの?泣いてるの?」

「……嬉しいの…」
シンジの問いに答える声も、幾分涙声になってる。

レイを抱いたまま途方にくれた顔をしているシンジに、リツコが話し始める。

「シンジ君、代わりに私が説明するわ。

 結論から言って、レイがシンジ君の子供を産むことは可能だし、
 その子に深刻な遺伝障害が現れる可能性は普通の夫婦よりは高いけど無視出来るレベルね。
 この街の交通事故発生率より低いわ。

 それと、レイの体細胞の加齢シミュレーション結果…成長速度と寿命の予測ね。
 これも心配要素だったんだけど、概ね普通の人間と同じと考えていいわ。
 予測余寿命は60年プラス7年マイナス3年といったところかしら?
 つまり、普通の人間として生きていけるってことよ。
 シンジ君と一緒にね」

「そうですか…良かった…良かった…レイ。本当に…」

正直、今から子供云々言われてもピンと来ないシンジだが、少なくとも一緒に生きていけるということ、レイが『普通の人生』を歩んで行けること、それが嬉しくて、レイを抱きしめる力を強めるシンジであった。


リツコはマヤからアキラを受け取り、肩の荷が下りたように一つ息をつく。

「良かったわね…」

「罪滅ぼしに…なったでしょうか?」

「たとえ私達の自己満足でもね。
 あの子達は私達の事を恨んでいたわけではないもの」

「そうかもしれませんが、でも、良かったです」

リツコとマヤは、抱き合う二人の姿を優しく見守りながら、暖かい微笑みを浮かべるのだった。


やがて気が鎮まったのか、シンジはそっとレイの身体を離す。
さすがに衆目の前で抱き合ってしまった事に気恥ずかしさを覚えてか、シンジの顔が赤い。
レイの方はポーっと頬を染めているが、それは恥ずかしさと言うより、シンジに抱きしめられていたからのようだ。

「落ち着いたかしら?
 レイ、良く聞いて」

リツコの真剣な表情にレイも姿勢を正す。

「…?…はい」

「あなたはこれまで自分の命を仮初めの物と考えていた節が有るわね。
 でも、あなたの寿命が人のそれとほぼ同じ事と判った以上、
 あなたは、自分で自分の生きる道を探さなければならないわ。
 今はシンジ君ベッタリで生きていてそれでもいいかもしれないけど、
 あなたの人生はあなたの物なのよ。
 解るわね」

「…はい…でも…」

いきなりそんな事を言われても戸惑うばかりであるが、リツコもそこは承知の上のようで、続けてフォローする。

「ま、今すぐ決めろってわけじゃないし、
 これから、高校、大学と進むうちに決めればいい事よ。
 あなたはまだ中学生。他の子達だってみんな同じようなものだし、
 それほどスタートが遅れた訳でもないわ。
 だから、自分をより一層輝かせる為、自分を磨く事ね。
 シンジ君を、ずっと惹き付けておけるようにね」

「以前、アスカにもそう言われました」

「そう…いい友達を持ったわね」

「はい…」

「でもレイ、忘れないで。
 全ての生命に言えることだけど、
 生物学的寿命をまっとう出来るかどうかは誰にも分からないのよ。
 事故で明日死んでしまう事だって有り得るの。
 だから、一瞬一瞬を大切にしなさい」

「はい…」

「ま、難しく考えないで、人生を楽しみなさいって事よ」
いつのまにか傍に来ていたミサトである。

「ミサト、あなたはお気楽ね…」
ため息をつくリツコであるが、ふっと表情を和らげる。
「ま、でも、そうね。そういうところ、見習いたいわ」

「でしょ〜?」

得意げに満面の笑顔を見せるミサトに、少し硬くなった場の雰囲気が和むのだった。



「赤木博士…」

「うん?」

「素敵な、プレゼントを…ありがとうございます」

「どういたしまして」



・・・・・・・



『キーン、コンコン』

軽いハウリングとマイクをタップする音に続いて、ミサトの声が会場に響く。

「え〜、それではこの辺で、今日の主役の二人からお礼の言葉があります」

じゃ、鈴原君、がんばってね。と、ウインクしながら、ミサトはトウジにマイクを渡す。

「あーあー、ええと、鈴原です。
 綾波は、なんや準備有るからゆうて後になりますよって、ワシから先に」

会場内のざわつきが静まり、皆がステージのトウジに注目する。
少し緊張した面持ちのトウジは、会場を一渡り見回すと口を開く。

「今日は、ワシのためにこない大勢集まってもろて、どうもありがとございます」
「九割がた綾波のためだけどな」
「じゃかぁしわい!」

ケンスケの突っ込みとトウジの受け答えに会場がどっと沸く。
それで緊張が解けたのか、トウジのノリがリラックスした物となる。

「いや、ほんま、こんなパーティー開いてもろたなんて初めてですやろ、
 昨日はもう緊張してもうて、よう寝られまへんでしたわ。
 おまけに、このセビロの窮屈な事。ネクタイなんて金輪際締めとうないですわ。
 ああ、でも、食いモンは最高ですわ。
 こんな服やのうていつものジャージやったら、もっと入ったのに思うと、
 残念でしゃーないですわ」

会場にどっと笑いが起こるが、ヒカリは「もう、トウジったら、恥ずかしいわね」と赤くなってうつむいていた。

「せやけど、マジな話、今日はほんま、ありがとうございました。
 不幸な事故でワシの足は今はこんなやけど、それももうすぐ元に戻るゆうし、
 ほんま、NERVの人達には感謝してもし足らへんくらいや」

(せやからホンマもう気にせんどいてや、シンジ)
と思いつつステージからシンジの姿を探すように視線を巡らすトウジだが、見つける事が出来ずにまた言葉を続ける。

ステージの下でもアスカがシンジの姿が見えないことに気付いていた。
「あれ?バカシンジ、どこ行ったのかしらね?もうすぐレイの番だってのに」

「ん?さっきまでその辺にいたけどな。トイレにでも行ってるんじゃないか?」
ビデオのファインダーをのぞきながら応えるケンスケだが、あまりり気にしている様子は無い。

アスカも「ま、すぐに戻ってくるか…」とステージに意識を戻すのだった。


「なんか、しょーも無い事ばかりペラペラしゃべってしもたかもしれませんが、
 ご清聴ありがとうございました」

そう言って深いお辞儀をするトウジに、会場から惜しみない拍手が送られた。

会場に見られるスタッフの中には、トウジが今着けている動力義足を開発&メンテナンスしているメンバーや、生体義足の培養&調整を行っているメンバーもいて、少年が再び自らの足で立ち、歩き、走り回れる日が来る事を確信しつつ、その最初の実験台になってくれた彼への感謝の気持ちを拍手に乗せて贈るのだった。


「それじゃ、次はレイね」

ステージを降りるトウジからマイクを受け取ったミサトは、意味ありげな笑顔を見せると、大袈裟な身振りでレイの登場を促す。

「では、本日のメーン・キャスト!綾波レイちゃんで〜す!」

ミサトのアナウンスに合わせて、舞台の袖にパッと照明が集まる。
そこには、少し緊張した面持ちのレイが立っていた。

『おお〜っ!!』と怒号にも似た歓声が湧き起こる。
『レーイちゃ〜ん!!』と叫ぶ声も聞こえる。まるでアイドル歌手か何かの登場と勘違いしているかのようでもあるが、機密に直接触れる立場に無い一般職員にとって、今やレイはアイドルそのものなのかもしれない。

レイはミサトに手招きされてステージ中央へとことこと歩いて行き、正面を向くとちょこんとお辞儀をする。
「……綾波…レイです」

『わぁっ!』と歓声が上がり、拍手が沸き起こる。

律儀に自己紹介などしなくても、この場に居合わせる人間は皆レイの事を知っているのに…という苦笑も含まれているが、そこがまた可愛いという歓声でもあった。

レイはゆっくりと会場を見渡すと、両手でマイクを持ち、一呼吸した後、ゆっくりと言葉を続ける。
「今日は…ほんとに…どうもありがとうございました」

「ああ、もう、始まっちゃったじゃない!
 バカシンジのやつ、どこで油売ってんのかしら?」
レイの挨拶が始まったにもかかわらずシンジが戻ってこないことに業を煮やしたアスカが、苛立った声で誰に言うとでもなくつぶやく。

「そうだな、シンジらしくないな。どうしたんだろ?」
ケンスケもこの場にシンジがいないことを訝っていた。

だが、ステージでは二人の心配をよそに、レイが言葉を続けていた。

「お礼に…と言うのも変かもしれませんが、歌を歌います」

『おお…』と低いどよめきが会場を満たす。

「以前…ある人が聴かせてくれた歌です。
 その時、私はこの歌を知りませんでしたが、今ではとても好きな歌です。
 ここに集まっていただいた…全ての人に…感謝の気持ちをこめて…」

深々とお辞儀をするレイに、再び拍手が沸き起こる。
と、同時に、どこからともなく流れ出す、深く豊かな情感あふれるメロディー。
暖かなその音色は…

「シンジ…」
「えっ?」
「この、チェロの音、シンジよ!」
アスカはその聴き覚えのある音色に、直感的にシンジが弾いているものと確信していた。

緩やかに紡がれる旋律。
その落ち着いた音色は、シンジの優しさ、そして温もり。

「シンちゃんの優しさそのもの…ね」
ステージの脇に立つミサトも穏やかな表情で小さくつぶやいていた。

そして、その曲は、誰もが知っている古い歌。

「この曲…そう…ホントに、レイのための歌ね…」
リツコは胸に抱いたアキラをあやす手を止め、レイに優しい視線を向ける。

ゆったりとしたチェロの音色に乗って、レイの歌が始まった。


「When you wish upon a star…」
(星に願いをかける時…)

「Makes no difference who you are…」
(あなたが何者であろうとも…)

「Anything your heart desires will come to you…」
(あなたの心が何を望もうとも、それはきっと叶うだろう)


決して声量が有る訳ではないが、透明感の有る涼やかなその声は、伸びやかに会場に広がり、人々の心に染み渡って行く…。


「If your heart is in your dream…」
(あなたの心が夢見る時…)

「No request is too extreme…」
(その望みに限りは無い)

「When you wish upon a star as dreamers do…」
(夢見るままに、あなたの願いを星に託そう)


レイの全てを包み込むような暖かなシンジのチェロの音色に、心に満ちる喩えようの無い安らぎ。
そして、身体から溢れ出んばかりの悦びを歌声に乗せて、レイは歌う。


「Fate is kind…」
(運命の女神は優しく…)

「She brings to those who love…」
(愛し合う人々の…)

「The sweet fulfillment of their secret longing…」
(密やかな願いを、きっと満たしてくれる)


レイの過去を知る者は皆、その歌の意味するところに目頭を熱くし、そうでない者も心の奥底にまで染み入る清楚にして艶のある歌声に、我知らず涙が滲むのだった。


「Like a bolt out of the blue…」
(青天の霹靂のように…)

「Fate steps in and sees you through…」
(運命の女神が現れ、あなたの願いを叶えてくれる)

「When you wish upon a star your dreames come true…」
(星に願いをかける時、夢はきっと叶うだろう)


やがて、緩やかに余韻を残してチェロの音が止まり、会場に静寂が訪れる。



一瞬の空白。



『ほぉ…』

まるで息をする事も忘れていたかのような、人々の吐息が漏れる。

パチ…パチ…パチパチ…パチパチパチパチパチパチ!!

まばらな拍手が一瞬で割れんばかりの拍手に変わり、会場を埋め尽くす。

歌い終わった余韻を楽しむように、目を瞑ってシンジのチェロに耳を傾けていたレイは、怒涛のような拍手の音にビックリして目をパチクリさせている。

無粋に声を上げる者はない。
ただ、己の両手を叩き合わせる事で感動と心からの祝福を表そうと、誰もがレイに熱い拍手を送っていた。

パチパチパチパチパチパチ…

その割れるような拍手の中、リツコはふと腕の中でスヤスヤと寝息を立ててる我が子に気付く。
「あらあら、ちょうどいい子守唄だったかしら?」

「ほんと、素敵な歌でしたねー」
マヤはうっとりと夢心地な表情でステージを見つめている。

「ケンスケ!ちゃんとビデオ撮った?!」
「もちろん!!これを撮り逃す手はないぜ!
 絵はバッチリ!だけど、ちくしょー!もっと良いマイク持ってくるんだった!」
こちらはアスカとケンスケである。


やがて、拍手もまばらになり、再び会場にざわめきが戻りはじめると、ミサトがマイクのスイッチを入れる。

「ホントに素敵な歌だったわね〜。
 もちろん演奏も素敵だったわよん。
 チェロの演奏は、レイちゃんの未来の旦那様のシンちゃんでしたー!」

というミサトの声と共にステージの後ろに張られていたカーテンのような薄手の引き幕が開かれると、そこにはチェロを抱えて椅子に座り困ったような顔をしているシンジがいた。

『おお〜っ!』『ピュー!ピュー!』『パチパチパチパチ』
ヤッカミ半分の歓声や口笛と拍手が上がる。

「ちょっと、ミサトさん…」

「なに照れてんのよ、今更。
 ほら、お姫様がお呼びよ」

そう言われてレイと視線が合うと、彼女は微笑みながら左手を差し伸べてきた。

(やれやれ、ここでぼくが出るはずじゃなかったのに…)
と思うが、こうなっては仕方ない。

「…そうですね、じゃ」

腹をくくったシンジは、ふっと優しい笑みを浮かべると立ち上がってチェロを脇のスタンドに置くと、レイの傍まで歩いて行くとその手を取り、レイに目配せして会場へ向き直る。

そして、二人で深々とお辞儀をする。レイの誕生日を祝いに来てくれた全ての人に、感謝の気持ちを込めて。

「では皆さん、もう一度この素敵な二人に、盛大な拍手を〜!」

ミサトのアナウンスに、会場は再び割れるような拍手に満たされるのだった。



・・・・・・・



「本日は鈴原トウジ君、綾波レイちゃんの誕生パーティーにご参列いただき、
 まことにありがとうございました。今夜はこれでお開きとさせていただきます。
 それでは皆さん、お気をつけてお帰りください」

最後の冬月総司令からの二人への祝辞の後、盛大な拍手と共にミサトの簡単な閉会の辞が終わり、シンジのチェロによるクリスマスキャロルが静かに流れる中、皆は三々五々連れ立って会場を出て行く。

やがて、人も疎らになり、替わってイベントスタッフが会場の片付けのため慌しく働き始めると、足を止めてシンジのチェロの音色に聞き入っていた者達も会場を後にするのだった。

トウジはレイと共に会場の入り口に立って招待客を見送った後、ヒカリを送ってケンスケと一緒に帰って行った。
そして、今ここに残っているのはレイ・シンジ・アスカとミサト・加持・リツコ(+アキラ)、そしてマヤだけとなった。


「それにしてもレイ!アンタ、歌上手いじゃない?!いつの間に練習したのよ?!
 …あ、そうか、そーゆーこと?」
何やらひとりで納得しているアスカである。

「え?何が?」

「毎晩二人でシンジの部屋にこもってナニしてんかと思ったら、そういうことだったの。
 アタシてっきりアンタ達が…」
と、はしたない勘違いをしていたのが恥ずかしいのか、少し頬を染めて口篭もるアスカであった。

アスカも含め皆を驚かそうと極秘裏に練習していた事が中途半端にバレていた為、かえって変な想像をする余地を与えてしまったようだ。

「え?……あ」(ぼっ)×2
っと、真っ赤になるレイとシンジである。アスカが何を言わんとしているのか二人にも解ったのだ。

「なっ何言ってんだよアスカ!ぼくら、別に、そんなこと」
「そ、そう。そういうことは、土曜日だけって決めてるもの…」
焦りからか珍しくどもりつつ早口になっているレイであるが、自ら墓穴を掘ってしまっている。

「え?」「は?」「ほう」(にやり)
「あぅ、レイぃ…」
「あ…ごめんなさい…」

頭を抱えるシンジに、小さくなるレイである。

「シンジ君、週一とは大した自制心だな。
 俺なんが15の時には…おっと、ミサトが睨んでるから止めておこう」

「もう!リョウジは余計なこと言わないの!
 でもまぁ、週に一回だけなら、いいわよ」

「え…」(汗)

「ん?そういえば、レイってば『一回だけ』とは言わなかったわねぇ?」(むふふ)
相変わらずお下品なミサトである(^_^;)。

「そっ…それは…」(真っ赤)
「………」(真っ赤)

「ふ〜ん?土曜日ってことは…やっぱ、昨日も?」

「「………」」
アスカの突っ込みに、何も言えず真っ赤になって俯いてしまう二人であった。


「いいなぁ…レイちゃん…」

「マヤ、あなたも早くいい人をみつける事ね」

ぽーっとした表情で指を咥えているマヤに、タメイキ交じりに応えるリツコであった。


昨夜・クリスマスイブの夜、コンフォート17にて…
翌日にレイの誕生パーティーを控えて親しい友人達だけでのささやかなクリスマスパーティーが開かれた。
そして、その後片付けが終わった後、シンジの部屋でいつものように本番直前の最後の練習を終えた二人は、テラスに出て星空を見上げていた。

「星が…綺麗…」

「うん。今夜は月が出てないから星が良く見えるね」

レイの横に立ち、腕をレイの細い腰に回すシンジだが、その身体が少し冷えている事にシンジは気付く。
常夏の第3新東京市ではあるが夜は少し冷え込む。特にこのようなマンションのテラスは風が良く通るので、身体が冷えてしまったのだろう。

「レイ、寒くない?中に入る?それとも上着取ってこようか?」

「ううん、いいの。少し…ここに居て…星を見ていたいの…」

「そう?…じゃ、こうしよう」

シンジはレイの後ろに回り、背中から包み込むように彼女を自分の腕の中にすっぽりと納めてしまう。

「こうすれば、暖かいだろ」

「ええ…暖かい…」

頭を少し上げてシンジの頬に自分の柔らかな頬をすり寄せるレイに、シンジは優しい微笑みを浮かべる。
二人は、そのまま見つめ合うと、肩越しにそっと優しいキスを交わし、そして、また二人で星空を見上げるのだった。


やがて、二人は満天の星空の一角にスッと流れる星のカケラを見つける。

「あ…流れ星…」

「うん。きみの願いは…叶うかな?」

「…叶えてくれる?」

左手の薬指に輝くシンプルなプラチナのリングに触れながらレイが応える。

それはシンジからのクリスマスプレゼント兼誕生プレゼントであった。
今夜のパーティーでそれをもらった時、レイは躊躇することなく左手の薬指へはめたのだった。
もちろん、レイもその意味は分かっている。
シンジは「左手の薬指」の意味にいささか慌てたが、嬉しそうに顔をほころばせてリングをうっとりと見つめるレイに、内心それを期待していた自分に気付き、少し照れながらもレイを想う気持ちを新たにしたのだった。

そして、今のレイの仕草と問いが意味するところは…。

「離すもんか…絶対…」

きつく優しく、レイの細く柔らかな身体を抱きしめながら、そう応えるシンジであった。


やがてシンジは、レイの耳元に、そっとささやく。

「…部屋に、戻ろうか?」

「…ええ…」

微笑と共に、レイが応える。


そしてふたりは、お互いの温もりを愛しく感じ合いながら、これから共に歩んでいく未来へと想いを巡らすのだった。


不安は…有る。

だけど、この人が居れば…

そう、この人が居てくれれば…

一緒に生きてくれるなら…

きっとどんな苦しみも困難も乗り越えて行ける。


満ち足りた想いが、心を熱く震わせ、ただ、愛しさがこみ上げる。


この人を、愛してる。


だから…


未来は、ここに在る。

幸せは、ここに在る。

この人と共に…



命ある限り…







To Be Continued...

[ When you wish upon a star ] Lyrics by Ned Washington (対訳は XXXsによる意訳)

あとがき
レイアスカヒカリの3人のパーティーコスチュームのデザインおよび挿絵は「opus maker」のすあかえんさんにお願いしました。
年末の忙しい時期に、どうもありがとうございました。

トウジの河内弁は「Artificial Soul: Ayanamic Illusions」の A.S.A.I.さんに校正をお願いしました。
ご指導ありがとうございました。

それと、今回初登場のムサシのモデルになってもらった読者のH君(無断でごめん^_^;)と、いつも楽しいH君の日常レポートを送ってくれるお姉さんのYさんに感謝(笑)。

今回も苦労しました。
なにせ、当初のプロットがたった1行「レイが誕生パーティーでアレを歌う」だけだったので(^_^;)。
結局、レイが歌うシーンはあまり飾らないものになってしまいましたが、いかがだったでしょうか?

それと、前回レイにアキラを抱かせそこなったので、今回は実現させました。


ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

このページの「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスにより掲載許諾を受けたものです。
画像の配布や再掲載は禁止されています。

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