REALIZE AGAIN 第三話

asuka

「はぁ、ここのメニューも一通り食べ尽くしちゃったわねぇ」
アタシは小さくため息をついた。
「?」
 向かいの席でこっちを見るレイ。返事が無いのを気にせず続ける。
 無視しているわけじゃなく、そう言うやつだってのが解ったから。
「まずくは無いんだけどさ、毎日ここじゃね」
 日本に来てから、ずっと本部住まいのアタシは必然的にここの食堂ばっかり利用している。
 昨日までのユニゾン訓練では、ずっとカンヅメにされてたから余計にね。
「っていうか、まだ住むとこ決まってないのが問題なのよ、結局」
 チルドレンの安全確保やら何やらで、いまだに新居のめどが立たないのよ。
 まったく、まだ梱包といてない荷物も山ほどあるってのに。
「まあ、これもチルドレンの重要さを考えれば仕方ないんだけどさ」
 とはいえ、このままってのは勘弁して欲しいし、セキュリティカードは本式のが発行されないから色色と不便だし、あーあ早く見付かんないかなー。
「チルドレンの住める所が在ればいいの?」
「そう、でもって学校と本部に近けりゃ言うこと無いわね」
 あ、あと広くて、小奇麗で、美味しいお店が近くにあって……
「学校には少し遠い、ネルフには近いと思う」
「ちょっと、なんの話してんのよ」
「私の部屋」
 はぁ、こいつの思考回路ってばどうなってんのかしら。
「あんたのとこがどーだろうと意味無いでしょ。空き部屋があるってんならともかく」
「有るわ」
「へ?」
 つい、へんな声を上げてしまった。
「うそ?」
「嘘じゃない」
 いちいち睨むんじゃないわよあんたの目ってインパクト有るんだから。
 って、そんなことより。
「あるの?部屋!」
「ええ、沢山」
 なによもう、それならそうと早く言いなさいってーの。
「行くわよ!案内しなさい」
「?」
「引っ越すのよ。今すぐ」
「今すぐ?」
「そうよ!聞いてなかったの?」
 少し考えた様子で――と言ってもほとんど表情は変んないけど――言うレイ。
「……荷物は?」
「う、……そんなの運ばせりゃいいのよ!ほら行くわよ!!」
「まだ、食べてる」
「あーもう!とっととしなさいよね!」
 結局アタシ達が住居変更の手続きをしに行くまでに、あと10分ほど必要だった。

 で、ネルフの庶務部で、
「そこ、字が違う」
「え、そうなの?」
「吊じゃなくて号」
「もう!なんで日本人って何種類も文字を使うのよ!」
「……それも違う」
 漢字キライ。書類も。

 そして何とか書類どもを片付けたアタシが、レイに連れられてたどり着いたのは……
「な、何よここ!」
 ボロボロなビル。ひび割れた階段を昇って、たどり着いた薄暗い廊下。
 埃まみれの床に置きっぱなしにされたあたしの荷物。
「ここは私の部屋。後は空いてるから好きに使えばいいと思う」
「何言ってんのよ!こんなとこ住めるわけ無いでしょーが!」
「私は住んでいるわ」
「んなもん知ったこっちゃ無いわよ!アタシ帰る。冗談じゃないわ、もう!」
「そう、ならそうすれば」
 そっぽを向いて、いつもの調子で言うレイ。
 あぁーなんか、むかつく!!
「はん、言われなくったってそうするわよ」
「……そう」
 アタシは、荷物もそのままに階段へ向かい……。

 振り向く。
 レイはうつむいて、薄暗い廊下のドアの前で、こちらに背中を向けて、立っている。
「ねえ……」
「なに?」
 そのままの姿勢。
「人が話し掛けてるんだからこっち向きなさいよ」
「……なに?まだ何か用」
 見つめてくる瞳は……
「アンタ、ホントにここに住んでんのね?」
「ええ」
 きっと、どこか奥の方でアタシに似ていて。
「……」
「……」

 階段へ向いていた足を戻し、歩き始める。
 レイの脇をすり抜け、空き部屋のドアを開いた。
 タイル張りの床、置き去りにされた机、大きな窓。
 聞こえてくるのは解体工事の音。
 寒気がしそうな空間。

「……荷物いれる前に、大掃除が必要ね」
 後ろで息を飲む音、そちらを見ずにアタシは言う。
「手伝いなさいよ、アンタ」


hikari

「それで、綾波さんと登校してきたんだ」
「そうよ。そのあとも大変でさ、結局、大掃除だけじゃなくて壁紙やら家具やらそろえるのに2日もかかったのよ」
 昼休みの屋上で、アスカと綾波さんと3人でお昼を食べながら……えっと、なんか変な感じ、あの綾波さんと一緒にこうして居るってのは。
 ほんと、朝二人で歩いてるのを見たクラスみんなが大騒ぎしたのも仕方ないわよね。……だからってHRのときまで騒ぎっぱなしなのはいけないと思うんだけど。
「ねえ、どうしたの?」
 あら、いけない。ちょっと聞いてなかったみたい。
「う、うん……そうなんだ、お休みばかりで大丈夫?」
「へーきだってば、いまさら中学レベルの勉強なんて目つぶってたって出来るもの。レイはどうだかわかんないけど」
 アスカは、コンビニのお弁当に付いてる割り箸で、綾波さんを指して言った。
 わたしは、静かにパンを食べている綾波さんをちらりと見て、さっきから何度も聞こうと思っている事を、
「あ、あのね、アスカ」
「ん、なによ?」
 き、聞くわよ、
「……お箸で人を指さない方がいいと思うの」
 ちがうでしょ、そうじゃなくって……
「え、うそ。日本じゃこれは当たり前だって……」
 慌てて首を振る。
「結構失礼な仕草よ、それって」
「え、そうなの?だって……」
 なんだか小声で「ミサトのヤツ……」とかつぶやいている。 
 それを不思議そうに見ている彼女に気付かれないように、小さな声で、アスカの耳元で、
「あの、ねえ、アスカ、……綾波さんと鈴原って、その、どうなのかな?」
「どうって?」
 普通の声で話そうとするアスカの口元を押さえながら、
「だから、付き合ってたり、するのかな」
「はぁ?……鈴原って、えーとジャージのこと?」
 ジャージって……まあ、いいけど。
「うん、そう」
「なわけないじゃない!」
 だから声が大きいってば。
「だって鈴原ってば、なんだかたまに綾波さんの事見てるし、それにそれに、今日だってそうなんだけど、お昼に鈴原がパン渡してるの何度か見たし、」
 なんだか止まらなくなって、まくし立てるわたし。
 あー、もう。
「……聞いてみればいいのよ」
「え、ちょっと、アスカ……」
「レイ!」
「何」
 突然大声を出すアスカに驚きもせず、両手にパンを持ったまま聞き返す綾波さん。
「……あんたそのパン、ジャージに貰ったって本当?」
 だからジャージじゃ……
「ええ」
 あ、通じてるし。
「なんでよ」
「……よくわからない」
「はあ?どうゆーうことよ?」
「あ、綾波さん、何がわからないの?」
 小首を傾げ、こちらを見たまま、何も言ってくれない。
 なんか、ちょっと、怖いかも……
「ヒカリ、レイにそんな聞き方してって無駄よ」
 え、でも、
「とにかく、馬鹿ジャージと何があったのか、最初っから全部話しなさい」
 あのねアスカ、そんなきつい言い方しなくてもいいと思うの……
 それに、鈴原の呼び名もなんだかひどくなってるし……

rei

――最初……使徒が来てから二週間後。場所はここ。
――屋上?呼び出されたの?鈴原に?
――ジャージのくせになんか生意気ね。
「オマエ、あのロボットのパイロットなんやって?」
「……ええ」
「うちの妹が怪我してんねん」
「……」
「オマエがなんやしらんが、ロボットでむちゃくちゃ暴れたせいで、や」
「そう」
「何が『そう』じゃ!……わしはなあ、おまえが女じゃなきゃ殴っとるとこや!」
「そうしたいなら、殴れば」
「なんやとぉ!」
「お、おいトウジ、その辺でやめとけよ」
――あ、二人だけじゃなかったんだ。
――だれよそいつ?
――メガネ。
――え?ああ、相田君のこと?
「非常召集、じゃ」
「またんかいワレ!」
「……」
「なんや!こらぁ!」
「シェルター、出ないで」
「はぁ?」
「今度は……あなた達が怪我するわ」

hikari

「……」
 わたしはベッドの上で綾波さんの話を思い出して寝返りを打つ。
「……眠れないや」
 結局、あまり詳しい事は聞けなかった―守秘義務って言うのが有るらしい―けど、なんでも戦闘中に(本当にパイロットなんだ、って思った)二人が外に出て、綾波さん達に迷惑をかけて、その上助けてもらったらしい。……明日とっちめてやらなきゃ、そんな危ない事するなんて委員長として見過ごせないもの。
 あ、それで、パンについては、悪い事をしたお詫びなんじゃないかって話になった。
 最初、「これで貸し借りなしじゃ」とか言って、パンを突きつけたって言うから、きっとそうなんだと思う。
 (綾波さんは理由とか気にしてなかったみたい)
 良く解らないけど、パンで返すには大きすぎる借りのような気がする。
 ほんと、がさつなんだから。
 で、そのとき、普段はなにを食べてるのかって相田君が聞いて、綾波さんは購買部の人ごみが嫌でパンを買えないでいたらしくて、
 (コンビニとかで買うにも、低血圧で朝は駄目なんだってアスカが言ってた)
 そのあともパンを買ってくるようになったって言ってた。あ、もちろんお金は払ってるって。
 ……優しいとこも有るよね、うん。
 それから、えっと、わたしが鈴原のことを、その……だって事を綾波さんが知ってたのには、本当びっくりした。「とても、いいことだと思う」って言われて、わたしは真っ赤になってしまった。
 ……アスカも何となく気付いてたらしい。
 ……そんなに分かりやすいのかな、わたし。

 綾波さんは口数こそとっても少なかったけど、ちゃんと話してくれる人だった。
 アスカが「無口で、びっくりするようなことを知らなかったりして、礼儀知らずで(あんまり人の事いえないと思う。アスカも)、だけどまあ、悪いやつじゃないわよ」そう言ってたけど、きっと本当なんだろう。
 ……今まで、それに気付かなかったわたしは、ちょっと嫌なヤツかもしれない。
 でも、もしかしたらアスカの影響で変わってきてるのかも知れない。それでちょっと口が悪いのかな?……こんなこと考えたのはアスカには内緒。

 うん、明日からいろいろ話しかけてみよう、いつも読んでる本のこととか、独り暮しで(隣にアスカがいるにしても)不便なことは無いのか、とか。
 家事は得意分野だし、何か役にたてるかも。
 それから……綾波さんは好きな人がいるのかも聞こう。
 赤くなったりするのかな。
 想像してみて、わたしは少し可笑しくなった。
 顔を赤くして恥ずかしがる彼女……可愛いかも。

 ……妹さんの怪我、どうなんだろ?
 綾波さんの「酷くは無いから、だから、きっと大丈夫」って言っていたけど……


 ……寝よ。


kaji

 我侭な女に振りまわされるってのは、ちょっとした火遊びにいいもんだが……これが「女の子」となるとさすがに、な。
「ラッキー、加持さんにショッピングを付き合ってもらえるなんて」
 おいおい、腕を組むのはともかく、そう言う風にすがりつくのはどうかと思うぞ。
 まったく、こんなとこを葛城に見られたらなんて言われるやら。
「そう言えば、決まったんだって?新居」
「ええ。遊びに来てよね!」
「ん、まあ、そのうちにな。それよりレイの隣なんだろう?」
 綾波レイ、マルドゥック機関の選び出したファーストチルドレン、俺が経歴を追いきれなかった「女の子」……。
「ええ、そうよ」
「良かったのかい、誘わなくて」
「……」
 おっと、ご機嫌を損ねちまったかな?
「誘ったんだけど……」
 ん?そう言うわけじゃなさそうだ。
「断わられた?」
「うん。必要ないって」
 俯いて言う、初めて見るな、人のことをこんな風に話すアスカは。
「……アイツってさ、変なのよ。服も、アクセサリーも、とにかく自分の物だって言えるような物なんにも持ってないし、住んでるのボロボロなとこだし、人付き合いなんて考えたことなさそうだし……」
 アスカは言葉を探して口篭もった。
「心配なのかな、レイのことが」
「て言うか、なんか気になるのよ。ねえ、レイってどんな風に生きてきたのかな?今までだれも、レイのこと気にしなかったのかな?」
 そいつはぜひ俺も知りたいな。
「今までの事はわからんが、これからはアスカがいるかじゃないか」
 冗談めかして言う。
「もう!そんなんじゃないってば!」

 気を取り直したアスカが俺を連れてきたのは、
「ここ水着コーナーじゃないか」
 さすがに勘弁して欲しいぞ、これは。
 周りからいろんな意味で視線を感じるような……気のせいだと思いたい。
「これなんかどお?」
 アスカが選んだのは、露出の大きなストライプのビキニだ。
「いやはや……中学生にはちと早すぎるんじゃ無いかな?」
「加持さん、おっくれてるぅーいまどきこれぐらい当たり前だって」

 なんか疲れたな実際……。
「ねぇ、加持さんは修学旅行、何処に行ったの?」
 ビアガーデンのテーブルに頬杖をついて聞いてくる。
「ああ、俺達そんなのなかったんだ」
「どうして?」
 軽く笑ってから答える、
「セカンドインパクトが、あったからな?」
 溢れ出しかけるいくつもの風景と記憶を無理やり押さえ込み、ぬるくなったビールと一緒に腹の底に押し流した。

misato

「えぇーっ!!修学旅行に行っちゃダメぇーっ!!」
 あらら、すっごい大声。
 いくらこの執務室が防音だとは言え、これは間違いなく廊下まで響いたわね。
「どうしてっ!!」
「戦闘待機だもの」
 詰め寄ってくるアスカに笑顔で答える。
「そんなの聞いていないわよっ!!」
「今、言ったわ」
「誰が決めたのよっ!!」
「作戦担当のあたしが決めたの」
 言葉も出ないぐらい怒っているのか、黙ってしまったアスカ。
「気持ちは分かるけど、こればっかりは仕方が無いわ?あなた達が修学旅行に行っている間に使徒の攻撃があるかもしれないっしょ?」
 まあ、解ってくれって言っても無理があるかもね。実際、まだ子供なんだし。
「いつもいつも待機待機待機っ!たまには敵の居場所を突き止めて攻めに行ったらどうなのっ!」
 そうできればねぇ。
「ま、訓練とかもお休みにするから、アスカもこれをいい機会だと思って、部屋の整理でもしたら?引っ越してからまだそんなに経ってないんだし」
「それとこれとは関係ないでしょ!」
「あらー、そんなこと言う?誰のおかげで保安部に無理やり連れ戻されなかったと思ってんの?」
「う、それは……」
「まったく、『チルドレンが簡単に居場所を変えるなんて大問題だ』って煩さかったんだから、ホント」
 ま、そんなこと言ってきたのは一回だけだったんだけど。
 少し感じる罪悪感。いまさらだけどね。
「あたしにも保護者としての立場ってもんがあるから、整理整頓はキチンとしておくよーにね。建物、古いんでしょ?部屋の中だけでもきれいにしとかないと」
 あたしは自分の部屋の惨状を遥かかなたに放り出して、ってこの仕事部屋もちょっち酷いわね……説得力、ないかも。
「……ミサトは知らないのね」
「なにをよ?」
「あそこ、ほとんど廃墟よ。普通人が住むようなとこじゃない」
「じゃ、なんでそんなとこに……」
 アスカは黙ったままあたしをじっと見つめている。
「レイが、いたから?」
「……たった独りで居て良いようなとこじゃないもの」
 静かに言うアスカ。そんな様子を見てあたしは、リツコの意見の正しさを思う。
「そう……不便じゃない?」
「別に。そんなでもないわよ」
 無理しなくてもいーのに。
「ホントに?」
「まあ、ボロボロで壁紙の張れない壁とか、立て付けの悪いドアとか、いろいろ有るけど……」
「じゃあさ、リフォームしちゃおうか」

rei

 水。

 揺れる体。
 水面の向こうに光るライト。
 息を吐き水底に沈む。

 息苦しさ。
 このまま肺一杯に水を吸い込んでみようか。
 意味は無いけれど。
 そう、思った。

 人の気配。
 私を呼ぶ声。
 にぎやかな声。

 前はうるさく思った声。
 「にぎやか」と「うるさい」の違いは、「弐号機パイロット」と「アスカ」の違い。
 体をひねり、水面へ。

asuka

 休暇中、本部のプールがあたし達専用ってことになった。
 まったくミサトのヤツこんなんで修学旅行の代りになるなんて思ってんじゃないでしょうね?
 ま、しょうがないから二人で来てやったんだけどさ。
「レイ、何度も言ってるけど、脱いだ服はちゃんとしまいなさいよ!」
 返事がない。……人気の無いプールを見渡す。
「あれ?レイ!どこいんのよ」
 おかしいわね、先に来てるはずなんだけど。
「呼んだ?」
 波一つ立てずに潜水してくるのはよしなさいよ、なんか怖いから。
 プールから首だけ出してこっちを見るレイ。
「なによ、人のことじっと見て……ははーん、うらやましい?」
 見せ付けるように胸をはって言う。あんたにはメリハリが無いもんねー。
「温めたの?」
「はぁ?」
「大きいから」
「なわけないでしょ!だったら何、冷やしたら小さくなるって言いたいわけ?」
「別に、……じゃ」
 また飛沫一つ立てずに潜る。
「……逃げた?こら!待ちなさいよ、レイ!」

 結局、ひたすらプールの中で追いかけっこをした。
 以外と楽しかった。

 使徒が見つかるまでは。


misato

『あれ?……ねえ、あれって、』
 クレーンに吊り下げられ、マグマへの潜行を待っているアスカが見つけたのは、
「UN空軍よ」
『手伝ってくれるの?』
「いえ、後始末よ?」
「わたし達が失敗した時のね」
『どういうこと?』
「使徒をN2爆雷で熱処理するのよ、わたし達ごとね」
 肩をすくめて言いながら、モニタに移るレイの顔に目線を走らせる。
 いつもと変わりないわね……。
 司令の命令を疑問に思っていないの?それとも……わたし達を、いえ、アスカを信じているのかしら?
『なによ!それ!』
「ま、失敗するつもりなんてないでしょ?」
『当然!!』
「だったら問題ないじゃない。ちゃっちゃと片付けちゃって温泉よ!」

「こっちは良いわよ」
 リツコがクレーンの調整が終了したことを伝てくる。
「アスカ、準備はいい?」
『いつでもどうぞ』

 火口に向かい降りていく、D型装備の、とてもちっぽけに見える、弐号機。アスカの乗っている機体。
 細いパイプ。真っ赤なマグマ。遥か深みにいるであろう使徒。
 今、アスカはなにを考えているのか。
 あたしは、それを、知りたくはない。

rei

『目標、捕獲しました』
 アスカの声。
『ナイス、アスカ』
『やっぱ、楽勝じゃん。ああ、はやいとこ温泉入りたい』
 駄目。

asuka

「何よこれぇーっ!」
 両腕に伝わる振動、モニタの映像が異変を教える。
『不味いわ、羽化をはじめたのよ』
『捕獲中止!キャッチャー破棄!!』
 シールドを破って、変形、成長をする使徒の姿。
『作戦変更!使徒殲滅を再優先。弐号機が撤退しつつ戦闘準備!!引き上げ急いで』
「まってました!」
 突っ込んでくる使徒を見てアタシはバラストを捨てるべきか少し悩む。
 安定は悪くなるけど……まずは浮上が先ね。
 上昇速度がほんの少しだけ上がった。
 使徒がアタシの足元を通りすぎ、それに煽られてバランスを崩す。
 あーもう、動きにくいのよ、このカッコ。

 引き上げに掛かる時間を確認し、大きく回りこんでくる使徒の動きを見つめる。
 こりゃ、逃げ切るって訳には行かないわね。
「にしても、素手でどうしろってのよ!」
『ナイフ、投げたわ』
 レイってば、こんなときでもホント落ち着いてるわよね。いや、ありがたいんだけどさ。
『到達まで、あと40!』
 ぎりぎり、ね。
 正面の使徒を睨みながら、タイミングを計る。

 腕をD型装備の許す限界まで振り上げ、使徒が迫り、掴んだナイフを、弐号機に伸ばされる腕、切りかかるアタシ、ナイフが掴まれる。
 使徒が口を開いた。はっ!いまさらそんなもんじゃ怯みゃしないっての!!
「このぉおお!」
 弾け散る火花、うそ、切れない!?
『高温、高圧、これだけの極限状態に耐えているのよ、プログナイフじゃ駄目だわ』
 今さら、んなこと言ってんじゃないわよ!
 泣き言を叫びかけるアタシの頭に閃く閃光!
「そうだ!さっきのヤツ!!」
『……そう、熱膨張』
 左腕の冷却パイプを切り裂き、使徒の口に突っ込む。
『アスカ!なにを、』
「冷却液の圧力、すべて3番に回して、はやく!」

 形を崩し沈んでいく使徒を見ながら、アタシは凍りついていた。
 パイプ、切れたわよね……。
『アスカ!いい?そのままじっとしてて、下手に動いたら、』
「解ってる。何本?残ったのは?」
 沈黙、そして、
『2本よ。そのうち片方は3番だから冷却に使えるのは一本ね』
 リツコが答えた。
「そう、じゃあ熱くなりそうね」
『ええ』

 ゆっくりと、昇っていく。
 上がる温度、そんなにダイエットする必要ないんだけどな。
 ゆっくりと、昇っていく。
 金属のこすれる音、それを聞きスピーカから流れる息を飲む声、何もかも大きく聞こえる。
 ゆっくりと、昇って、!?
 衝撃。
『アスカ!』
『大丈夫。まだ一本残っているわ』
 口も開きたくない。そんなはずないけど、それだけで切れてしまいそうな気がする。
『地上まで、あと350』
 軋みが大きくなって来た。
『まずいわね、圧力が下がってひずみが開放されて来ているわ』
 そんなこと聞こえるように言わないでよ。

 ……ついに聞こえてくる大きな音、最後の命綱の切れた音。

 そのときアタシは、
 現在位置、浮上速度、その他何もかもを計算し、きっと間に合うと確信して?
 それとも何も考えないで、ただ単純に?
 どちらか解らないけれど、
「レイ!」
 そう叫んでいた。

 そして、腕を掴まれる感触。
 見上げた先に居るのは、初号機。
「……ありがと」


misato

「かぁーやっぱ日本人は温泉よね!」
「ミサトの場合はそれにビールもでしょ」
 ジト目でいうアスカ、きょろきょろとあたりを見まわすレイ。
 あたし達は、後片づけを皆に任せて、温泉にやってきた。
 露天風呂に立ち込める湯気と、それを照らす夕日がいい感じだ。さらに、片手に抱えた風呂桶に一杯の氷とえびちゅもいい感じだし。
 ……別にアスカがわがままを言ったわけでも、あたしがビールの誘惑に負けたわけでもない。
 これも仕事だから。

 だいぶ体も温まったので、お風呂のへりに腰かけて風にあたる。
 レイはまだ落ち着かないのか、あちこちうろつきまわって……なんだか子供みたいね。
 ちらちらとこちらを見るアスカ。女同士なんだからそんな珍しいもんでもないでしょーに。
 って違うか。
「ああ、これね?セカンドインパクトの時、ちょっちね」
 胸からお腹へ走る傷跡。あのとき、南極で作った傷跡。
「知ってるんでしょ?、アタシのこともみんな」
 アスカは不安げに、夕日を見つめたまま聞いて来た。
「ま、仕事だからね」
 そう、仕事だから。

 リツコに渡された書類を思い出す。
 『ファースト及びセカンドチルドレンの精神的傾向分析、その結果導かれる結論について』
 長ったらしいタイトル。このあたしが覚えてしまうほど読み返した書類のタイトル。
 その内容は馬鹿みたいな話だった。
 二名のチルドレン間には共感、親和傾向が見られ、物理的、心理的距離を近づけることによって使徒戦において望ましい効果が得られる可能性が高い。
 数十枚の紙束の中身は、要約してしまえばそれだけのことだった。
 あたしたちに都合が言いから、二人を仲良くさせてやろうって、馬鹿な話。
 それでもあたしは、使徒に勝つために……

「そうだ、帰ったらあれ終わってるから」
「は?」
「?」
 不信げなアスカと、あまり分かっていなさそうなレイ。
「リフォームよぉ、リフォーム。やるって言ったでしょ」
「そりゃ言ってたけど、終わってるってそんないきなり……」
「こういう事は、早い方がいいんだってば」
「……て言うか、なんで本人たちの意見も聞かずにやってんのよ」
「だいじょーぶだって、壁紙とかは気に入らなかったらまた張りなおさせるから」
「ホントに?」
「せっかく費用はネルフ持ちなんだから好きなだけわがまま言ったほうがいいわよ」
 こっちは善意でやってる訳じゃないし、ね。
 と、なあに、レイ?
「……リフォームとは何ですか?」
「やっぱり……」
「あんた知らないこと多すぎ!」

 あたしは偽善者だろうか?
 けれど、二人に、
 リフォームの意味から始まって、今はお気に入りの壁紙の柄についてまくし立てているアスカに、
 それをたまに頷きながら、でもやっぱりよく分かっていなさそうな顔で聞いているレイに、
 幸せに……いや、それはあたし達の言っていいことじゃないか。

「そろそろあがりましょ、二人とものぼせちゃうわよ」

 せめて、少しだけでも、嬉しいことのある日々を、この二人に。
 あたしは、そう思う。




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