REALIZE AGAIN 第九話

kaji

「度重なる初号機の暴走、ジオフロントへの使徒侵入、そして弐号機の大破……委員会、いや、ゼーレの方にはどう言い訳するおつもりで?」
 随分と久しぶりに袖を通したネルフの礼服に、息苦しさを感じながら言った。
「結果的に使徒の殲滅には成功している、それに付いては彼らも認めざるを得んだろう?」
 やれやれ、随分なタヌキだよ、副司令も。
 しょうがない、お付き合いしますか、老人は大切に、な。
「弐号機の被害はやむ得ないと?」
 一番の問題の周りを二人で廻る。
「何事にも、犠牲は付き物だよ。ましてや、懸かっている物が大きいのだから尚更にな」
「それにも限度と言う物が有る、そう言いたいと思いますよ、彼等は」
 どうせ踊るなら、美女相手と願いたいね、ホント。
「実際の行動に付いては、我々に任されている。違うかね?」
 肩をすくめて、答えに変える。
 このあたりでいいだろう。そう思って本題を切り出した。 
「では初号機の暴走に付いては、どうお考えです」
「調査は進めている」
 おや、起きてたんですか?司令。
「今後も使用を控えるつもりは無いと?」
 やはり、初号機ですか、あなたのシナリオの要は。
「君も今言ったように弐号機は大破、そして今だ零号機の起動に成功していない以上、やむえまい」
 割りこんでくる副司令。
「なるほど、まあ委員会も現状では、そうやたらと口を出しにくいでしょうが……」
 まだ"その時”ではないって事ですからね……お互い。
「しかし宜しいのですか?ご子息を取りこんだままですが」

 まったく、表情ぐらい変えて見せたらどうです?
 そんなだから、葛城が無茶しそうで困るんですよ。

misato

 モニタに映し出された、プラグの内部
 彼の姿はなく、スーツだけが浮いている。
 PILOT VANISHED―点滅する文字。

「なによ、これ……」
 声が上手く出せない。
「ねえ、どう言うこと?彼は、シンジ君はどうなったの……」
 あたしのせい?
 彼を無理矢理乗せたあたしのせい?
 ……そうね、きっと、そう。
「エヴァ初号機に取り込まれてしまったわ」
「なによ、それ……エヴァって何なのよ!?」
 あたしの中の、最後の意地を振り絞って叫んだ。
「人の作り出した、人に近い形をした物体……としか言い様が無いわね」
 答えるリツコも、疲れたような、諦めにも似た空気を漂わせている。
「人の作り出した?あの時南極で拾った物をただコピーしただけじゃないの。……オリジナルが聞いて呆れるわ」
 力を使い果たした言葉、今にも倒れそうな、あたしの言葉。
「ただのコピーとは違うわ、人の意志が込められているもの」
 うつむいていた顔を、なんとかリツコに向け、言う。
「これも、誰かの意志だって言うの?」
「……ええ、そうかもしれない」
 だとしたらこれは……エヴァの、彼の母親の意志?
「……なんとか、してちょうだい」
「ミサト」
「作ったのはあんたなんでしょう?最後まで、責任取ってよ……」
 あたしはリツコに、昔からの友達に、今では立場の違う同僚に、只そう言うことしか出来なかった。


asuka

 あたしの部屋の中。
 帰ってきてから当り散らした、クッションや雑誌や洋服の散らばっている部屋の中。
 電気もつけずに、ベッドにうつ伏せになって、枕に顔をうずめる。
 ……何も、何も出来なかったなんて、サードに、あんな奴なんかに助けられたなんて……
「くやしい……」

 息苦しくなって、寝返りを打った。やらなきゃ良かった。
 壁が、ベッドの横の壁が、レイの部屋との間の壁が目の前に有る。
 あいつはこの向こうに居ないけど。
 まだ、病院で検査を受けているはずだから。
 何処かおかしかった、意識は戻ったけど、それだけだった。
 きっとあのまま、サードのことを考えているんだ。

 あたしのことを忘れて。

 起きあがり、思いっきり壁を殴りつける。
 にじむ視界を痛みのせいにする。そうじゃないとアタシは、負ける。
 だから何度でも壁を殴る。

ritsuko

「サルベージ計画?」
 計画について説明しようと探していた私達が、ミサトを見つけた場所は初号機のゲージだった。
 あなたの仕事も山積みでしょうに……仕方ないかも知れないけれど。
 こんな事になると、あなたには知り様がなかったものね。
「サードチルドレンの体は自我境界線を失って、量子状態のままエントリープラグを漂っていると推測されます」
 やっと今日、分析班からあがってきた書類を見ながらマヤが言う。
「そう……彼の精神、魂とでも呼ぶべき物も一緒にね」
 魂、意思、心。なんと呼ぶにせよ、人を形作る最初にして最後の何か。
 それは今、初号機の中に、彼女の所にあるはず。
「プラグ内の成分は原始地球の海水に酷似しています」
 羊水にも、似ているわ。……子宮、なのかしら?彼がいるところは。
 寒気を感じる。ゲージの気温は一定に保たれているはずだけれど。
「生命の、スープ……目では確認できない状態に変化しているってこと?」
 問い掛けてくるミサトに、私はそっけなく答える。
「彼の肉体を再構成して精神を定着させるわ」
「そんな事ができるの?」
 私を睨み、言う。そのミサトの目は暗く、私との距離は遠い。
「正直、彼についてのデータが少なすぎるのだけれど……MAGIのサポートがあれば不可能ではないわ」
 十年前は、彼女のデータがあってMAGIがなかった。今の逆ね。
「理論上は、でしょ……」
「でも今はその理論にすがって、やってみるしかないわ」
 そう命令されている事だしね。
 悔しいのかしら?自分のいけない場所に、息子がいる事が。

 あのひとに逢える自分の子供の事が。

rei

 何も食べたくない。
 昔ならこんな日は栄養剤で済ましていた。
 でも今は、無理にでも何か口にする。

 その方がいいから。
 ホンモノの人間のような気がするから。
 何かを感じる事が出来る気がするから。

 何も付けずにパンを焼き、昨日入れたまま残した紅茶を飲んだ。
 今日の予定は無い。
 サルベージの準備が有るから。
 チルドレン二名は待機。
 部屋の中を見渡す。
 増えた家具。二人で買いに行った家具。
 アスカの選んだレースのカーテン越しの光。
 壁紙の貼られた壁。
 壁を見る。アスカの部屋とのあいだの壁を見る。
 会いたくない。
 酷いことを考えたから。

 還って来たら、サルベージされたら、逢いたいと思った。
 ここに来てしまったのなら仕方ないと、もういいと思った。
 約束を守れなかったのに。そんな資格は無いのに。
 それでも逢いたい。

 私の事を知らない、私がニセモノだと知らない碇君に、アスカより先に逢いたい。
 私のことを見て欲しい。
 私に笑いかけて欲しい。
 私のそばにいて欲しい。
 私の名を呼んで欲しい。
 少し恥ずかしそうに、私の顔を見て、私の名前を呼んで欲しい。アスカの名前ではなく。

 私は、私の心は、私のニセモノの心は醜い。
 碇君があの人の子供だから、私の元になったあの女の人の子供だから、碇くんの事が気になるのに。
 それなのに、こんな酷い事を考える。

 それとも、だからなのだろうか?
 ニセモノだから、嘘の心だから、人間じゃないから、こんな事を思うのだろうか?
 それなら私はこのまま、ずっと……


 口を押さえ流しに駈け寄りさっき食べたものを全て吐いた。

 目から、ニセモノの水が流れた。


shinji

 僕は、またここにいる。

 逃げていたんだ。
 忘れた振りをしていたんだ、僕が僕であることを。
 本当は心の何処かで知っていたのに。
 クラスのみんなの顔を見たときの訳のわからない違和感が、この街の噂を聞いたときの走り出したくなるような焦りが、停電の夜に一人で月を見上げたときのどうしようもない寂しさが、街で赤い長い髪とすれ違ったときの両手に感じる熱が、ミサトさんに会ったときの虚ろな胸の穴が、僕に教えてくれていたのに。
 僕の価値と罪を。

 覚えている。全部。
 今まで起きた事も、起きるはずだった事も……これから、起きるはずの事も。
 そして、あの浜辺の事も、全部。

 誰かに、綾波と初号機に良く似た誰かに、壊れかけの僕は運ばれた。
 母さんじゃない、別の誰かに。そして、つぎはぎの僕の心は、僕になった。

 『碇シンジ』がいる。みんなの見た僕。みんなの期待する僕。
 呼ぶ声がする。初号機の呼ぶ声。その中の母さんの呼ぶ声。
 僕はもう一度みんなに会いに行く事が出来る。
 僕はこの奥で眠っている母さんに会いに行く事が出来る。

 でも、そのどちらも選びたくないんだ。

 人に言われるままにエヴァに乗るのも、母さんの所に逃げ込むのも、違うと思う。
 それ以外の答えが欲しい。僕がただ僕でいられる、そんな居場所が欲しい。

 それは自分で見つけるしかない。そう、あの時一度選んだ事。
 だけど僕はその答えから逃げ出した。
 みんなが戻ってこなかったから?アスカが居なくなったから?綾波が怖かったから?
 違う、僕が自分で投げ出しただけ。

 それなのに僕は、またここにいる。
 なにも決める事が出来ずに。

rei

 前と同じ。
 私が見つめる先でプラグが排出される。
 響く警告音。吹き出すL.C.L。
 力無く歩み寄る葛城三佐、膝から崩れる体。


 無音。


 なにも起きない。

 何故?
 何故、戻ってこないの?

 いや。それは駄目。
 会えないのは嫌、どこかに行ってしまうのは嫌。
 だから。
 目を閉じて呼びかける。

shinji

 ……あの時、あの砂浜で綾波の声が聞こえてきた時、僕は酷く寂しかった。
 誰も帰ってこなかったから、アスカが……死んでしまったから、一人きりだった。

 声が、僕じゃない人の声が聞こえてきた時、すごく嬉しかった。
 すがりつきそうになった。
 綾波に泣きついて、辛いんだと、苦しいんだと、そばに居て欲しいんだと、喚きたかった。

 でもそれと同じくらい、悔しかったんだ。
 自分で決めたのに、その自分で出した答えに意味が無いと言われたみたいで。
 溶けたままのみんなが正しくて、こんなところに戻ってきた僕が間違っているんだと言われたみたいで。

 だから、拒絶した。
 言われるままに、人に望みを叶えてもらいたくは無かった、自分で何かを手に入れたかった。
 ……でも、あそこには何も無かった。僕の欲しいものが、なにも。
 それに気付いたから、もう僕にはどうしようもないと判ったから、遅すぎたから。
 どうしようもなく悔しくて、綾波を、望みを聞く声を、撥ね退けた。
 望む事なんて無い、という否定の言葉は、僕の弱い心のままに暴走して、綾波に当り散らした。

 その後、本当は何が起きたのか、分からない。
 世界がガラスのように割れて、その小さなかけらの中に僕の砕けかけた心があった。
 その放っておけば砕けた筈の破片を、誰かが摘み上げ……そして気がつくと僕は、叔父さんの家に居た。
 みんなの事を、心の奥底にしまい込んで。


 そして僕はここに居る。
 まだ何も決める事が出来ずに。


―碇君―
 声が聞こえる。
―碇君―
 ああ、綾波の声だ。
―還ってきて―
 でも、解らないんだ。
―還ってきて―
 何がしたいのか、何ができるのか、解らないんだ。
 自分の欲しい物が解らないんだ。変だよね、あの時は選べたのに。
 今の僕は決められないんだ。自分が何処で生きていくかを、僕の生きる意味を。
 あの時は、僕の中の綾波とカヲル君の前では決められたのに。
―碇君―
 どうしてこんな僕を呼ぶのさ。
―碇君―
 会いたいから?でもそれは僕をエヴァに乗せたくて呼ぶみんなと何が違うの?
―還ってきて―
 戻りたくないわけじゃない。みんなに会いたいと思う。
 でも、人に言われるままにそうするのが嫌なんだ。自分でそう決める理由が欲しい。
―還ってきて―
 エヴァに乗ってみんなを守るため?
 そんな事できっこない、僕がエヴァに乗ってやったのは人を傷つける事だけだった。
 アスカや綾波に会うため?
 会ってどうするのさ、アスカに酷いことをした僕が、綾波から逃げ出した僕が。
 もう一度、やり直すため?
 そうなのかな?僕は今度は上手くやれるのかな?僕は僕の罪を無かった事にできるのかな?
 ……そんなのは無理だ。
 僕は覚えている。
 トウジを傷つけたこの手が、カヲル君を殺したこの手が、アスカを汚したこの手が覚えている

 でも、それでも、弐号機を、あの使徒に掴まれていた弐号機を見たとき、僕はどうにかしたいと思った。
 助けたいと思った。許せないと思った。アスカを、殺されるのは嫌だった。

 それで善いのかも知れない。もしかしたら、それでも良いのかも知れない。
 僕は許されなくても、みんなに何かをしたいと思う。僕は自分を許せないけど、でも、それは何もしたくないのとは少し違う。
 ここでうずくまっていたくは無い。
 またミサトさんに怒られるから?アスカに馬鹿にされるから?綾波が呼んでいるから?
 違う。ぼくがそう思うから。


―碇君。還ってきて―
 うん。そうする。

 ……カヲル君。
 逢えるのかな?そこに戻れば僕はもう一度カヲル君に逢えるのかな?
 もし、そうなら……



 裸で、ゲージに倒れていた。ミサトさんが、リツコさんが、マヤさんが居た。
 ミサトさんに抱き抱えられながら、姿を探して見上げた先に、綾波が居た。
「……あやなみ」
 力の入らない咽から音は出なかった。
 綾波の後ろ、廊下の影にアスカが居た。その二人の姿が、昔の、病室での様子と同じに見えて、何だかおかしかった。

 すこし、笑った。

 そして意識を失った。

rei

 碇君が私の名前を呼んだ。
 絶望に目を閉じる。

 間違い無い。
 目を閉じたまま、頬に冷たい金属の手すりを感じながら思う。
 今の口の動きは、私の名前。
 昔呼ばれたときの、何度も思い返したそれと同じ。
 名前を呼んで欲しいと、何度も空想したそれと同じ。
 そんな事、しなければよかった。
 判らなければよかった。
 気が付かなければ、もう少し夢を見ていられたのに。
 もう一度、碇君に笑い掛けてもらえると、思っていられたのに。

 でも、もう駄目。

 私を、知っている。
 碇君が私のことを知って、いいえ、覚えている。
 私がヒトでないことを覚えている。
 私があの時、何をしたのかを覚えている。
 私が、あの女の人のニセモノだという事を覚えている。

 これは、罰?
 約束を守れなかった私への、酷いことを考えた私への、罰?

 そして、声をかけられた。
「良かったじゃない。サードが出てきて」
 アスカ?
 後ろからかけられた声。
 振り向くと、壁に寄りかかり、腕を組んで、唇の端を歪めて私を見ているアスカが居た。

asuka

 サードがレイに笑いかけるのを見て、レイが安心したかのように力を抜いてへたり込むのを見て、アタシは我慢できなくなった。
 すごくイライラした。
「良かったじゃない。サードが出てきて」
 きっと酷い顔をしている、アタシ。
 嫌われる。そう思った。
「……アスカ」
 でも、止まらなかった。吐き出してしまいたかった。
「なによ、ちょっとは嬉しそうな顔でもすればぁ?それとも何?アタシなんかに話しかけられるのが迷惑?」
 こんなのを、自分の中だけに抱え込んでいるなんて無理よ。
「そんな事、ない」
 あんたなんて嫌い。レイなんて大っ嫌い!
「どうだか!役に立ちゃしないアタシなんかより、サードとよろしくやってるほうがいいんじゃないのぉ?ファーストチルドレン様は!」
 アタシのことなんか見たくないんでしょ。
 アンタなんか、サードと二人でアタシのこと笑ってりゃいいのよ。
 アンタのことなんか、忘れるんだから。
 名前でなんて、呼んでやらないんだから。
「アスカ、」
「うるさい!なれなれしく呼ぶんじゃないわよ!」
 ホントにそう呼びたいの?馴れ合いたいだけじゃないの?ほんのちょっとでも、アタシのこと気にしてるの?
「アンタなんか嫌い、キライ、大キライ!」
 駆け出した。
 誰も居ない廊下。幾つもの曲がり角。通りすぎた沢山のドア。
 息を切らして立ち止まったアタシは、そのまましゃがみ込む。

 これでアタシは一人。昔決めたように一人。一人で生きるの。
 静かな廊下で、誰も居ない廊下で床に座って、アタシは思う。

 でも、本当は、追いかけて来て欲しかった。


misato

 回る換気扇の向こうに夕焼けが広がっている。
 その光が当らない暗闇の中から、加持の背中を見た。
 手にした鉄の塊を意識する。
 響く靴音、振りかえる加持。

「よう、遅かったじゃないか」

 銃声。


「やれやれ、やっぱりこうなったか。……悪いな葛城」
 その、銃を持って倒れた死体を覗き込んで、加持が言った。
「別に。それよりこれって……」
 まだ煙を揚げている銃を懐にしまって、物影から踏み出す。
「ああ。もう連中にとって、俺は用済みって事なんだろう……ま、この一月なんの連絡も無かったからな。予想どおりではあるさ」
「しょうがないんじゃない?実際、役立たずだったんだし」
 軽口を叩きながら……あたしの殺した死体の前で唇を歪めて笑いながら、あたしは考える。
 あの夜、結婚式のあった夜、帰ろうとするこいつを引き止めたのは何故なんだろう。
 一人きりの部屋が、寒かったからだろうか?それとも、あたしに隠し事をしているみんなに、我慢出来なかったからだろうか?
「酷いな、お前まで無能扱いか?」
 加持は、どうしてあたしを抱いたんだろう。
 あたしを好きだから?それともあたしを、作戦部の人間を引き込みたかったから?
 今、あたしに撃たせたのは、後戻りできなくさせるため?
「司令達のこと、止められなかったでしょ」
「俺の仕事はそこまでのもんじゃないさ、せいぜい猫の首につけた鈴って所だ」
 まあ、そんな事はどうでも良いんだけどね。
 今あたしがここに居るのは、父さんの復讐のためだけでも、加持のこと忘れられないだけでも無いもの。
「鈴、ね。それがゼーレに振られたあんたの役割、ってわけ?」
「まあな、ところがこの鈴はあんまり出来が良くないらしく、司令達はやりたい放題。そこに持ってきて初号機が立て続けに暴走。さらには今回のサードの件だ」
 碇シンジ君。あたしが戦わせた子供。リツコの力を借りずに戻ってきた子供。
 そしてレイが気にしていた子供。経歴の何処にもレイとの接点は無かった。普通の子供……だと思う。
「エヴァとチルドレンは計画の要だからな。さすがに見逃せなかったって所かな」
「初号機から戻ってきた、碇司令の子供、か」
 あの時、何処か悲しそうな顔であたしを見たのは何故だろう?
「この場合は、碇ユイの子供って言うべきかもしれないがね」
「司令は何をするつもりなの?」
 あの子達を使って、ネルフを使って何をするつもりなんだろう。
「さてね、さすがにそこまでは解らんさ。ゼーレの計画に相乗りして、何かを狙ってているとは思うんだが」
「……人類補完計画ね」
 不快感がわきあがる。あたしには馬鹿げた物に思える計画。
「ああ、セカンドインパクトの原因さ」
「……」
 黙りこんだあたしに、顔を寄せ加持が言う。
「どうやら量産機の本格的な建造もはじまるらしい……余り時間は無いぞ。それでもここに残る気か?」
「ええ、もう少し」
 もう少しだけ、あの娘達を、
「そうか。俺は先に行くわ。……引き際を間違えるなよ」
 急に真顔になって言ってくる加持。心配してくれてるのかしら。
「わかってるわよ」
「お前には決して出来ないこともあるんだ。残念だけどな」
 解ってるわ。
「そうね。きっと、そう」
 本当に、悔しいけど。それが現実って奴なのよね。

maya

 何だか、雰囲気悪いな。
 三人の子供たちのデータを見ながら、そう思った。
 最近、様子が変だ。
 いまもこの管制室の後ろの方から見つめている葛城さんと、何処かそれの視線を気にしている先輩のことが気になる。
 ううん、この二人だけじゃない、子供たちもそう。
「ファースト、シンクログラフマイナス9.8。セカンドはマイナス12.8です」
「これはまた……酷いわね」
 眉をひそめて、先輩が言う。
「ええ、特にセカンドは起動指数ギリギリですね」
 これまでずっと安定していたのに……。
「順調なのはサードだけね」
 サードと零号機のデータを見る。
 シンクロ率38%
 初号機の時ほどでは無いけれど、十分に実戦可能な数字。
 不思議な子だと思う。
 参号機であんな目に会って、初号機に取りこまれて、それでもエヴァに乗ることを選んだ子供。
 一昨日、検査の為に入院していた病室に司令が行った時も、ほとんど何も言わずにいたらしい。
 まだエヴァに乗るつもりはあるかって言葉に一言だけ、ハイと答えた。
 そういう噂が医療部の人間から流れている。
 親子なんだよね。司令と……。
「レイが起動すらさせられなかった零号機で、この数値とはね……」
 まさにエヴァに乗るために生まれてきたような子供。
 昔のあたしなら、そう言って喜んだと思う。でも、今は、色んなことを知ってしまった今のあたしには、そんな事出来ない。
 三人の、何処か辛そうな顔を見る。

 なんだか悲しくて、我慢が出来なくなって、目をそらし……仕事を続ける。
 先輩?汚れるって、こういう事なんでしょうか?
 先輩。


rei

 警報とゲージへの呼び出しを無視して、私はここに居る。
 発令所へ司令室から向かうときに使う、エレベータの前。
 扉が開いた。
「レイ」
 司令の声。
「……何故ここに居る?」
 アスカの為。
「槍の、使用許可を」
「何だと?」
 答える。
「使徒は軌道上に居ます」
 あの槍が必要。
 アスカの為に。嫌われたけど、でも、
「お前がそんな事を考える必要は無い」
 少し早口に司令が言う。
「お願いします」
 ただ見つめて言う。

 もし駄目なら、勝手にするだけ。そう考える自分に驚いた。

misato

「エヴァの準備は?」
 モニタに映った衛星軌道上の使徒を睨みながら聞いた。
 まったく、厄介な所に……
「弐号機、零号機はカタパルトにて待機中です」
 日向君が答え、サブモニタにエヴァが映る。
「二機だけ?初号機は?」
「パイロットがまだです!」
「レイが?」
 どういう事?
 続けて聞こうとした時、
「レイは今ゲージに向かった。……初号機をドグマに降ろし、槍を確保させろ」
 司令塔からの命令が響く。今来た所なのだろう、リフトのある方から歩いてきて椅子に座る司令。そこに冬月副司令が何か話しかけている。
 槍?あれを使う気なの司令は?
「しかし……」
「A.T.フィールドの届かん軌道上の目標を倒すにはそれしかない。急げ」
 あたしのあげかけた言葉は、冷たい声に遮られた。
 どうする?
 司令の言う通りにするべきか、それとも、
「……初号機をメインシャフトへ、零号機、弐号機は現状にて待機」
 迷いながら、そう言った。
 これはおそらく委員会の、いいえゼーレの意志には一致しない事。
 それならここは司令に従っておいた方が……

shinji

 最初からあれを使う事になったんだ……

 発令所からの声を聞いて、僕は少し安心した。
 どうやって今度の使徒を倒せばいいのか分からなかったから。
 そもそも僕は今回、普通にエヴァを動かした事が無いんだし、出撃させてもらえるかどうかってとこから不安だったんだよな。
 零号機は何だか頼りないし……暴走しなかっただけ、前よりはましなのかな。
 でも、なれていないだけかもしれないけど、何だか不安な感じがする。
 他人の部屋に勝手に上がり込んだような感じ。

 それにしても、なんで零号機なんだ?
 僕が呼ばれなかったのも、零号機に乗せられているのも、綾波がなにかしたからなんだろうか。
 初めから槍を使う事になったのも?
 ……僕なんて、要らないのかな?綾波とアスカだけでも、やっていけたんじゃないのか?

 そんな事を考えている所に聞こえて来た、アスカの声。

 昔聞いたのと、同じ言葉。
『冗談じゃないわよ!、エヴァ弐号機、発進します!』
『アスカ!』
 そんな!それじゃ駄目だ!

misato

「仕方ないわ、先行してやらせましょう。……零号機をバックアップに」
 司令の狙いも解らない以上、手は打てるようにしておいたほうがいいかも知れないしね。
 弐号機に続いて、打ち出される零号機。
「レイがくるまで無茶はしないでよ、アスカ。シンジ君も命令があるまで後方で待機。いいわね」
 彼にはほとんど訓練らしい訓練も受けさせてないし……何かあった時の回収役ぐらいかしらね、期待できるのは。
『はい』
『……』
 アスカからの返事が無い。
「アスカ?」
『……わかってるわよ!うるさいわね』
 ご機嫌斜め、ね。
 レイとの仲もギクシャクしてるみたいだし……いったい如何したっていうのよ。
「初号機が戻るまで、後どれくらい?」
 声をひそめ、アスカに聞こえないように聞く。
「現在、メインシャフトを降下中です。おそらく20分ほど……」
「そう。ありがと」
 20分か、長いわね……今のアスカには。


 雨の中、地上に出た弐号機がポジトロンライフルを構える。
 後ろには、シンジ君の零号機。
 その姿がなぜか、とても不安そうに見えた。

asuka

『目標、今だ射程外です』
 精密射撃用のバイザーを下し、待ち構えるあたし。
 その耳に聞こえるうっとおしい声。
 全然そろわない照準にいらつく。
「もう!さっさと来なさいよ!じれったいわねぇ」
 そう言った時だった。それが起きたのは。
 使徒から放たれた光。
 装甲も、エヴァの体も、プラグも貫通してアタシを直接照らす冷たい光。
 ざわめきが聞こえる。
 あたしの中から聞こえる。
 入ってくる。心の中に。あたしの中に。
「いやあぁぁぁぁ!」
 苦しい。
「私の、私の中に入ってこないで!」
 切り開かれていく。光に、氷に、使徒に。
「痛い!」
 剥き出しの神経と精神と心とをいじられている。そう感じた。
 汚されている。アタシが。
 何か喚いた気がした。むちゃくちゃに体を動かしたような気がした。
 意味無かった。
 アタシを見られている。
 覗かれている。冷たい手が掻きまわし、引き摺り出す。
 記憶を。それをアタシも見せられる。

 子供のアタシ。嘘のママ。ぬいぐるみ。パパと嘘のママ。人形。ママ。

 やめて。そんなもの見せないで。

 エヴァ。使徒。役立たずなアタシ。

 やめてってば!

 そして……レイ。

 いや。

 眠っているレイ。少しだけ笑っているレイ。アタシを見つめるレイ。

 それだけはイヤ。

 冷たい目をしたレイ。あたしを見ようとしないレイ。サードと二人で行ってしまうレイ。

 イヤ!あたしを置いて行かないで!あたしを一人にしないで!

 光が途切れた。
 あたしに覆い被さる影が有った。
 あたしを守ってくれる影が有った。
 ぼやけた視界に、大きな、温かい影。
 ……エヴァ?レイ?
 違った。零号機だった、アイツだった。

「なんで」
 よりにもよってなんでアンタなんかに……
「またアンタなんかに助けられるなんて」
 なんでよ!!アンタなんか大嫌い。

 サードも、レイも嫌い。
 みんな嫌い。


 でもアタシは、アタシが……助かったと喜んでいるアタシが一番キライ。


shinji

 走り出していた。
 ミサトさんが止めるのも聞かずに。
 そうしなくちゃいけないと思ったから。もう人の命令で誰かを見捨てたりするのはゴメンだと思った。
「アスカ!」
 叫び声が口から飛び出した。
 使徒がアスカを照らす光の中に飛び込んで、弐号機に覆い被さる。
 逃げても無駄だと解った。これはあの使徒の心なんだと思う。ある意味、この光が使徒なんだ。隠れたりしても意味が無い。これを遮る事が出来るのは人だけだ。
 だから弐号機をA.T.フィールドで、僕の心で覆う。
 ざわざわする。
 なで上げられるような、いやな感じ。
 そして入ってくる。
 現実と2重に映る僕の記憶。
 トウジ、アスカ、3人目の綾波、カヲル君、ミサトさん。
 沢山の死人。
 唇を噛んで我慢した。
 こんなの、どうって事無い。僕はもっと酷い目に会った。
 そう自分に言い聞かせる。
 そうさ、こんなのたいした事じゃない。ただの僕が本当にやった事じゃないか。
 夢では、毎晩見る夢では、もっと酷い事が起こる。僕が傷つけた人たちに責められ、僕が殺されて、それが嫌で僕がまた他人を傷つける……そして僕はまたひとりになる。
 それに比べればたいした事無い。
 そう言い聞かせる。
 辛い事には慣れたんだ。幸せとかそんなのと関係無く、僕は、僕が今こうしたいから、ここに居るんだ。

 そして、唐突に光が消えた。
 ああ、綾波がやったんだ……。

 息をつき、周りに気をはらう余裕が出来た僕は、弐号機から聞こえてくる啜り泣きを聞いた。
 声を殺して泣いているのは、アスカ。
 ……なにか、取り返しのつかないことをしたような気がした。





next
back
top

ご感想はこちらへ 

inserted by FC2 system