Over the Trouble   - Part 1 -

                    written by Radical










「馬鹿者!」

ゲンドウが怒気も露わにシンジを殴り倒した。
しかもグーで。
事態の唐突さとゲンドウのイメージとのギャップとに、NERV本部司令部内は固まっていた。
殴った状態のゲンドウと殴り倒されたシンジも、そのまま固まっていた。

『シンジを殴ってしまった。シンジを殴ってしまった。シンジを殴ってしまった……』
『父さんが殴った。父さんが殴った。父さんが殴った。父さんが殴った……』

ゲンドウはわずかに青ざめ、シンジはなぜか嬉しそうだった。

「司令、何してるんです!」

二人を開放したのは今やゲンドウの妻の座におさまったリツコだった。
はっとした様に再びにらみ合う二人。

「シンジ君を殴るなんて。あなたらしくも無い」
「…あ、いや、シンジ、お前が悪いのだ。」
「…父さん」

シンジは俯いてしまうが、ゲンドウはかまわず続ける。

「お前が何時までもはっきりしないからレイがあてつけのように見合いなぞして、気が付けば明日は結婚式だ。私も忙しくて監視を怠ってしまったが、お前はそれでいいのか?!」
「父さん、監視ってまだそんな事…」

ジト目でゲンドウを見つめるシンジ。

「だまれ!些細なことはどうでもよい。お前の気持ちの問題だ」

危うく露呈しかけた負い目を迫力を持って振り払ったゲンドウはさらにシンジを追いつめる。

「お前が何にこだわっているのかは分かる。レイがユイ、自分の母親のクローンではないかという疑惑のことだろう」

シンジは俯いたまま答えない。

「それについては何度も説明したでしょう」

リツコが「まだこだわってるの?」といいたげに話しはじめた。

「確かにレイの生い立ちはシンジ君、あなたに見せてしまった通りよ。そしてその時に合成した遺伝子情報にあなたのお母さんのものがあったことも事実」

シンジの肩がわずかに震える。

「だけどこうは考えられない?あなたとレイの遺伝子情報の適合はあなたと司令のそれと比べればはるかに少ないわ。つまり、出生や血縁上はともかく、あなたとレイの遺伝的な関係はせいぜい『遠縁の親戚』程度しかないの。倫理や常識についても何らとらわれる必要はないと思うわ」

「それでもお前はレイを拒絶するというのか」

ゲンドウの声にはかすかな淋しさがあった。



「…自信がないんだよ」

しばらくしてシンジが口を開いた。

「綾波の出生とか遺伝子のこととか、そんなことは僕だって分かってるんだ。あれ以来いつも近くにいてくれて、彼女が人としての優しさや温かさをどんどん身につけていく姿を見てきたからね」

7年前…人類補完計画が僕のために誰も予想しなかった結末を迎え、アスカと二人でL.C.Lの海から帰ってきたみんなを迎えたとき、最後に還ってきたのは、僕にとってもっとも大切な二人だった。

綾波と、カヲル君。

父さんともようやく普通に接する様になった。

あの、L.C.Lの中でみんなと一つになったとき、父さんの気持ちにも触れることができたから。

それから僕たちは父さんのおかげで普通の中学生に戻ることができた。

やがて街も復興してバラバラになっていたクラスのみんなも帰ってきて、僕たちにとって本当の日常が帰ってきたんだ。
NERVも解体されて国連の一組織になってしまったけど、事実上は元NERVのスタッフが国連自体を動かしているといっていい。
だって父さんの今の肩書きは、国連事務総長兼特務機関統括責任者なんだから。

あわただしくも楽しい日々。
そんな事を思い出しながらシンジは淡々と話し続ける。

「綾波やカヲル君が「普通」じゃ無いなんて思ったことなんてなかったよ。確かに他の人と違う感覚はあったけど、個性みたいなもんだと思っていたしね。
それに綾波が僕のことを特別に感じていることも気が付いていたし…」
「それなら…」
「でも駄目なんだ!そんな姿を、頑張ってる綾波の姿を見てきたから余計にこんな僕じゃあって思っちゃうんだ!」

「あー!うるさいっ!!」

叫び声とともにシンジの後頭部に飛び蹴りがきまった。

「…アスカ」

頭を押さえつつ振り向いた先には、ナイスバディを白衣に包み仁王立ちしているアスカと、やや後ろで同じく白衣を着て、相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべているカヲルが立っていた。

「あんたっていくつになってもそうね!ウジウジウジウジと鬱陶しいたらありゃしない。そんなだからレイも呆れて見合いなんかしちゃうのよ!」

無意識のうちにジリジリと後退していくシンジを捕まえて、アスカの説教はさらに続く。

「あんたねえ、レイの気持ちを考えたことあんの?あの子がどんな気持ちで見合いなんてしたかって」
「…愛想が尽きたからだろ」
「この大馬鹿モノー!!」

アスカの鉄拳がうなり、シンジの体はきれいな放物線を描いて床に沈んだ。

「シンジ君、大丈夫かい?」

カヲルが助け起こす。

「カヲル、そんな奴助けなくったっていいわよ。いい、シンジ。レイはねあんたに止めてほしかったのよ。あんたが自分を止めて、ついでにさらって行って欲しかったのよ。そんな事も分かんないあんたを好きだったなんて、昔の私はつくづく見る目がなかったわ」

「僕の前でそういう事を言うのかい、アスカ」

カヲルはシンジから手を放し、アスカの前に立つ。
支えを失ったシンジの頭は再び床に激しいキスをした。

「まあいいさ。相手がシンジ君ならね。それに昔の話だろう?」
「あ、当たり前じゃないの」

紅くなった顔を隠すように背けるアスカを、カヲルが優しく抱きしめた。

「な、ちょちょっと、カヲル…」
「確かに僕たちは普通とは言えない生まれかたをしてしまった。でも苦しさを経てネルフや学校のみんなと出会えた。何よりアスカ、君に」
「…カヲル」
「あれから僕たちは変われたと思う。いい意味でも、悪い意味でも。でもそれが人としての道であり、何より僕たちが選んだ道なんだ。まだまだこれからも変わっていく必要があるだろうけど、アスカ、僕と一緒に歩いて行ってくれないか?」
「…カヲル、それって…」
「君と結婚したいってことさ」

すっかりラブラブモードの上、どさくさに紛れてプロポーズまでした二人を周囲はただ見ているだけだった。

「…こんなトコでプロポーズなんて、私はもっとムードのある方がよかったなぁ」
「…とまぁ、こうすればいいんだよ、シンジ君」

にっこりと笑ったまま振り向いたカヲルの後頭部にアスカの延髄蹴りがきまる。

「あんた、まさか今のお芝居だったんじゃないでしょうね!」

しかしカヲルは倒れたまま動かない。


「…?」

不審に思ったアスカがカヲルの体をひっくり返してみると、笑顔を張りつけたまま白目をむいていた。

「わーっ!カヲルー!!」
「アスカ、落ち着きなさい!気絶しているだけだから。誰か、タンカ持ってきて!」

リツコの指示で運び出されてゆくカヲルを見ながら、シンジは決意していた。



「…ふっ、お楽しみはこれからだ。シンジ」

ニヤリ。
ゲンドウの瞳が妖しく光った…。








「綾波!」

参列の人々が振り返る。
第3新東京市郊外の小さな教会。
そこでは厳かに結婚式が執り行われていた。
セカンドインパクトと7年前の都市部壊滅という2つもの大災害を乗り切り、見事に復興を遂げた街並みを見下ろす山の上、雲一つない空の下での結婚式。
式は新婦の誓いの言葉を待つという、計ったようなタイミングである。

レイが反射的に振り返ると、そこにはポロシャツにジーンズというおよそ結婚式に参列する格好ではないシンジが汗だくになって立っていた。
荒い息遣いの中、シンジの眼には何かを決意した光が宿っていた。
右目にはゲンドウに殴られたときのものだろうか、うっすらと青く痣が浮いている。

シンジと対照的に、レイの眼には明らかに動揺が浮かんでいる。

「綾波…いや、レイ!おいで!!」

ドアの前に立ったままレイに手を差し出す。
レイは一瞬躊躇し傍らに立つ軍服の男へと視線を移した。
男は何が起こったのかわからないように呆然としている。

「レイ!」

シンジが再び呼びかける。

「…ごめんなさい」

レイは男にしか聞こえない声で呟くと、シンジに向かって駆け出した。
時間が止まったような教会の中をレイが駆け抜ける。

「いかりく…シンジ!」

レイはそのままシンジに抱き着く。

「シンジ、シンジ、シンジ…」

シンジもレイを優しく抱き留める。

「ごめん、レイ…遅くなっちゃって」
「いいの、それより私こそ…」
「いいんだよ。君は僕のところへ戻ってきてくれたんだから。それより…」

シンジは顔を上げ、周囲を見回す。
放心状態から回復した人々がざわつきはじめた。
見知った顔がいくつもあるが、いかつい軍服姿の一団から怒気が生まれはじめ
ている。
新郎側の関係者だろう。

「どうなってるんだ?」
「なんだよ、これ」
「あ…あいつ、碇シンジだ!」

シンジを知っている者が居たらしい。

「彼女と付き合っていたっていう奴か?」
「冗談じゃねーぞ、戦自をなめてんのか」
「こんなん許せるか!」

徐々にヒートアップしてくる。
ただでさえNERVと戦自は犬猿の仲である。
暴走も時間の問題か。
シンジはレイの髪に顔を埋め、さらに強く抱きしめた。
まるで見せ付けるように。

「てめえ!ふざけんなよ!」

新郎が駆けてくる。

「逃げるよ、レイ。いいね」
「ええ!」

いつしかレイの眼には大粒の涙が溢れていたが、その顔には染み入るような微笑みが浮かんでいる。
レイは着けていたヴェールをはずすと、ブーケと一緒に放り投げた。
皆が気を取られた隙に、二人は走り出した。
慌てて軍服達も追いかけようと通路に飛び出す。
が、先頭の男が足を引っかけられ、派手に転ぶ。

「あら、ごめんなさい」

ロングヘアの女性がいたずらっ子の笑みを浮かべて謝る。

「…ミサト、全然すまなそうじゃないぞ」

無精髭に長い髪を無造作に束ねた男が同じような顔でいう。
ミサトは答えず、シンジ達の方を見つめている。
無精髭−加持リョウジは軽くため息を吐くと、立ち直った軍服達を見送りつつ呟いた。

「…お似合いだよ、お二人さん」

この日第三東京市を襲った騒ぎは、唐突に開幕したのだった。








                続く!



Please Mail to Radical <radical@pop01.odn.ne.jp>



mal委員長のコメント:
競作にも作品をいただいたRadicalさんに再び頂いたのは
唐突に始まるラブラブな作品!(^^) 相変わらずなっさけない(^^;シンジと
ロクでもない親父もお気に入り・・・以上に気に入ったのがアスカ&カヲルの
夫婦漫才だったりします(^^;
に・・・してもトンでもない引きですな(^^;、これで続編がなかったら
欲求不満で眠れませんよ(^^;、レイの出番、まだまだっしょ?(^^;
つーわけで、Radicalさん期待してますよっ!(^^)

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Received Date: 98.1.25
Upload Date: 98.1.30
Last Modified: 99.02.17
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