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    Over the Trouble   - Part 3 -

                    written by Radical






「まったくたいした演技力ね」

リツコが冷ややかな目でミサトを見た。

「だって今更『実は監視してたから分かってんのよ』なんて言えないでしょう?」

ミサトもばつが悪そうだ。

「でも賢明だわ。シンジが監視されてるって分かったら間違いなくまかれちゃうからね。何しろあいつは逃げることに関してだけは天才だから」

アスカもなかなか容赦無い。

「そうね。その方が面倒だし、知らない方がこちらの思惑道理に事を運びやすいわね。…ところでミサト、手が止まっているわよ」
「え?まだあるの?」

ミサトは目の前にうずたかく積まれたジャガイモを見て唖然とした。

「まだ半分よ」
「…はいはい」

仕方なく再び包丁を手に、ジャガイモの皮を剥きはじめた。
三人ともなぜか割烹着を身につけ、黙々とジャガイモの皮を剥いている。
他にもマヤを始めとする女性スタッフ達がニンジンやら玉ねぎを切り刻んでいる。
部屋の奥の方では巨大な釜がグラグラと蒸気を上げている。

「アスカ、上手だね。君にこんな家庭的な面があるなんて思わなかったよ」

カヲルも駆り出されていた。

「本当ね。私でもかなわないわ」

リツコが感心した様に言った。
アスカの包丁さばきはシンジ直伝である。
ゲンドウも実は料理が得意ということが判明し、リツコも手ほどきを受けてはいるのだが、NERV随一といわれるシンジの直弟子にはかなわないようだ。

「やだ、あんまりジロジロ見ないでよ」

アスカが照れたように下を向き、作業に没頭しようとする。

「ホント、それならいつでもお嫁に行けるわね」

ミサトが意地悪そうに言う。

「きっといい奥さんになれるよ」

カヲルがさわやかな笑顔と光る歯でアスカにとどめの一言を言った。

「もうっ、カヲルったら!」

顔を真っ赤にして振り返る。
その拍子に右手から包丁が飛び、カヲルの5センチほど上の壁に突き刺さった。
ATフィールドを展開する間も無い。

「あ゛…」

カヲルの背に一筋の汗が流れた。

『こ、これが恐怖っていう感情なんだね、シンジ君』
「と、とにかく急ぎましょう。時間が無いんだから」

アスカが包丁を引き抜きながら言い訳る。

「そ、そうね。ミサト、ここはいいから、向こうの準備に行ってちょうだい」

リツコの額にも冷や汗が浮かんでいる。

「…分かったわ」

ミサトは包丁を置き、立ち上がる。

「今日は思う存分腕を振るっていいから」

リツコに言われたミサトは、情けない顔で笑っていた。



シンジ達の車は再び市内の中心へと入って行った。
逃亡者であれば人目を避ける行動に出るものだが、シンジはそれを逆手にとり、わざと人の多い市内を選んで走っていた。
二人はここまでいろいろな話をしながら来た。
レイのお見合いのことや相手のこと。それを聞いたシンジの気持ち。今のお互いの気持ちなど。
まるでこの数ヶ月間、二人が疎遠になっていた期間を埋めるようにお互いの気持ちや考えを語り合った。
二人とも自分の心を言葉にするのが得意ではない為、言葉を選ぶようにゆっくりとした口調であったが、そこに偽りはなく穏やかな空気が漂っていた。

グゥー…

シンジのお腹が空腹を訴え音を立てた。
シンジは気恥ずかしさに少し顔を赤らめている。

「シンジ…お腹空いた?」
「うん…レイは?お腹空かない?」

グゥ…

レイのお腹も小さな音を立てた。

「わ、わたしもお腹空いたみたい…」

レイも顔が紅い。

「ははっ、それじゃあ何か食べようか」
「フフフ、そうね」

シンジは近くにみえたファミレスへと車を向けた。
店内は割とすいていて、頼んだものもすぐに運ばれた。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

シンジはピザにポタージュスープとサラダ。
レイはサンドウィッチとサラダ、アイスティー。

「はい」
「それではごゆっくりお召し上がりください」

ウエイトレスがぺこりと頭を下げ、下がって行った。

「でも、大丈夫かしら?ラジオのニュースで流れたのに、こんな所で食事なんかしてて…」
「大丈夫、そんな心配そうな顔しないでよ。こういう時はかえって普通にしてた方が見つかりにくいモノだよ」

シンジが悪戯小僧の顔で微笑んだ。
この顔を見ると、ゲンドウと親子なのがよく分かる。もっとも本人は決して認めようとはしないだろうが。

「それじゃあ食べようか」
「ええ」

食べはじめようとしたとき、店にMPが二人入ってきた。
まだ二人には気づいていないようだ。

「まただ…」

シンジは頭を抱えた。

「…食べましょう」

レイは気にする様子も無く、サラダを食べはじめた。

「さっきあなたが言ったでしょう。ビクビクしてるとかえって怪しまれるわ。
それに食べられるときに食べておかないと」

シンジは少し驚いたようだったが、「そうだね」といって微笑み、ピザを食べはじめた。
しかしそうはうまく行かないものである。
MP達はシンジ達の方をしばらく見た後、一言二言言葉を交わし、ゆっくりと近づいてきた。
やがてシンジ達の前で立ち止まる。

「碇シンジだな」

MPの一人が言った。

「え?誰ですか?」

シンジは努めて普通に言ったつもりだった。が、彼の額を伝う汗と引きつった頬が「嘘でーす」と声を大にして叫んでいた。

「これ以上おちょくるとただじゃ済まないぞ」

もう一人のMPが低い声で呟いた。
二人とも大柄で筋肉質。とてもシンジの細腕では太刀打ちできそうに無い。

「…どう済まないのかしら」

レイが何時にもまして無感情な声で言った。

「なんだと…うわっ!」

レイはおもむろに立ち上がりタバスコのビンを掴むと、MPの顔めがけてぶちまけた。
シンジもすかさずもう一人の顔に熱いスープを皿ごと投げつける。

「レイ!」

MP達が顔を押さえてのたうちまわっている横を、二人は駆け抜けた。

「ごめんなさい!これ代金です!!」

シンジが駆け抜けざま、レジのところに何枚かの紙幣を置いて行った。



「シンジ!」

レイが駐車場から車を回してきた。
慌てて運転を変わり、急発進する。
何台かのパトカーやジープとすれ違うが、何とか気づかれずにすんだようだ。
しばらく走って落ち着いた頃、やっとシンジが口を開いた。

「結構ヤバかったね」
「そうね」

レイは微笑みながら答えた。

「それにしてもレイがあんな事するなんて思わなかったよ」

レイは微笑みを浮かべたまま言った。

「あなたは私を守るって言ってくれたわ。でも、同じように私もあなたを守る の。ずっと前にも言ったでしょう」

シンジの脳裏にレイとの初めてともいえるふれあいの記憶が蘇る。
苦しかった頃の暖かい思い出。

「あの時は命令されたことだけど、今は私の意志でそうしたいの」
「レイ…」

レイはシンジを見つめていた。あの時のままの染み入るような微笑みを浮かべて。

「それより、これ」

レイは白い包みを差し出した。

「なに?」
「シンジ、ほとんど何も食べられなかったでしょう?」

レイが取り出したのはナプキンに包まれたサンドウィッチだった。

「…あんな時によく持ってこれたね」

シンジもさすがに呆れたようだ。

「あ、でも運転しながらじゃ食べられないかしら?」

レイは少し困った顔を浮かべたが、何かいい事を思い付いたように笑顔を浮かべると、サンドウィッチを一つ取り、シンジに差し出した。

「あーん」
「レ、レイ」

シンジの顔はもう真っ赤だ。

「だって運転しながらじゃ食べられないでしょう?だから、あーん」

…なんかアスカとかミサトさん辺りの影響が濃いな。
シンジはパニりながらもどこか冷静にそんな事を考えていた。
それにしても、レイってやっぱりすごいや。
シンジは逃亡中の身を忘れて、どこかほのぼのとした幸せを噛み締めていた。



その頃、戦自駐屯地の一室。
室内からは忙しそうに動き回る男達の声が響いている。
部屋の入り口には「花嫁強奪犯捜査本部」と乱暴に書かれた紙が貼ってある。

「博士、目標はバイパスの検問を突破。旧小田原方面に逃走中とのことです」
「博士、市内のレストランにて捜索中の隊員が目標らしき人物に接触。反撃に遭い救援を求めています」
「博士、海上警備隊より連絡。目標らしき車両が海岸通を浜松方面に逃走中!」
「博士…」

市内に捜査網を展開して30分もしないうちに方々から情報と目標発見の連絡が相次いだ。
しかも同時に十箇所以上から。
恐らくは正しい情報も混じっているのだろうが、実にもっともらしいモノから嘘臭いモノまで、いちいち調べている暇はなかった。
その上、情報は休むことなくどんどんやってくる。
すでに時田を始めとする「捜査本部」の面々はうんざりしていた。

「…もういい。しばらく電話は切っておけ」

時田が疲れきった声で命令した。
現在部屋にいるのはMPではなく、時田の息のかかった技術部の連中である。
例外としては同じように疲れきったMP隊隊長と、馬鹿馬鹿しそうに居眠りを決め込んでいるケンスケぐらいである。

「おおかたNERVの嫌がらせだろう。情報撹乱は奴等の十八番だからな」

ドキュメント化された情報を見るともなくスクロールさせた。
全てを信じるならば碇シンジは瞬間移動ができるか、そうでなければ100人以上存在していることになる。
改めてうんざりした顔で端末から離れようとしたとき、メール着信のコールが鳴った。

「…?」

不審に思いながらも届いたメールを表示させてみた。

『親愛なる時田博士。
すっかりご無沙汰しています。その後御変わり有りませんか?
あなたが戦自に左遷されたということは以前から存じておりましたので、あなたの登場は私にとって充分予想の範囲内でした。
ところで、私の居場所は分かったでしょうか?僭越ながらこちらからたびたびご連絡させていただいたのですが、まだ見つから無いようですね。
まあ、“何年も前の正体不明の決戦兵器”に結局勝てなかったあなたですから無理も無いでしょうが。
このままではこちらとしても埒があかないので、もう少し確かな情報をご連絡しようと思いましてメールを遅らせていただきました。
私は現在移動中ですが、数時間後には第一期開発区へ着く予定です。
あそこであれば何があっても他に被害が及ぶことはありませんから…。
それではまた後で御会いできることを楽しみにしています。
せいぜい頑張ってください。
なお、レイはお返しするつもりは毛頭無いと哀れな隊員の方に御伝えください。

碇シンジ

P.S. 研究はその後いかがですか?こちらの決戦兵器はまだまだ起動可能です。』

読み終わる頃には時田の血管が2、3本切れていた。

「…相田君」

悪鬼のような形相でケンスケに声を掛けた。
無論ケンスケはまだ寝ている。

「相田―っ!!」
「は、はいっ!」

慌てて飛び起きる。

「君の研究している“セカンド”起動可能かね」
「あれ…ですか?問題はありますが、起動は可能です。ですが、あれを動かすとなると、いろいろと面倒が起きるんじゃ…」

ケンスケが嫌々答える。

「そんなことはどうでもいい。動くか、と聞いているんだ」

室内が急に寒くなったように感じられた。

…ヤバいよ…本気で怒ってるぞ…

「これを見たまえ、今届いたものだ」

時田はシンジのメールを見せた。

『これって…本当にあのシンジが書いたのか?』

どこをどう見てもシンジの書いたものとは思えない。
だが、直接会ったこともない時田にはそんな事分かるはずも無い。

「そういう事だ。奴の手にはまだ“エヴァンゲリオン”がある。対抗できるの
 はあれしかいないのだ」
「…はあ」

結局階級の違いのため、命令に従うしかないケンスケだった。



その少し前、市内のとある電話ボックスで長時間にわたり長電話し続けていた男が目撃された。
男はひとしきり電話を掛けまくった後、携帯端末を接続しメールを送った。

「ふう…これでしばらくは時間も稼げるだろう…それじゃ次の支度、っと」

男は無精髭を撫で回しながら何処へともなく立ち去って行った。








                もっと続く!



Please Mail to Radical <radical@pop01.odn.ne.jp>



mal委員長のコメント:
早くもその3をRadicalさんに頂きました(^^)
なんか・・・逃避行といいつつ婚前旅行のような・・・(^^;
サンドイッチがすさまじくうらやましいっす、はい(^^)
アスカ×カヲルの夫婦漫才・・ってあぶねーなー、おい(^^;
アスカの料理上手は・・わからんでもないが、どーもミサトに
期待されてるようで、あの炊き出しはなにかある?(^^;
ちらっとだけでしたがゲンドウの料理上手ってのは・・・
ひじょーに不気味(^^;
「セカンド」やっぱり出てきますか・・・、
こりゃ次回は見せ場を期待して、いいのかな?(^^)
と、いうわけでRadicalさんありがとう!
続編首を長くしてお待ちしています(^^)

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Received Date: 98.2.13
Upload Date: 98.2.15
Last Modified: 99.02.17
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