魂の自力救済

     〜レイ、心の逍遥

                    written by 桔梗野聡視


 第三日目(後編)

 23時20分 コンビニ近くの廃公園

 新湖畔を臨む廃墟と化したビル群の谷間にある小さな公園。

 傾いた滑り台の隣の小さなブランコにシンジとレイの二人が腰掛けてサンドイッチを食べていた。レイが今傾けた缶紅茶はシンジがコンビニを出る際に手にしたものである。

 シンジがレイを「一緒に食事をしよう」と誘った結果である。彼はこう切り出すためには大変に勇気を必要としたのであったが、その実レイはシンジから誘われる事を望んでいた。『寂しさ』を知った彼女は温もりを求めていた。心の奥底……自分ではない自分の記憶の中にいるシンジに。たとえそれがかりそめの物であっても、また、誰かの代わりであってもそれにすがりたかったのである。無論、彼女自身それを自覚していなかったが。

 満月の光をを浴びブランコの錆びた金具の軋み音を聞きながら、並んで腰掛けてサンドイッチを食べる二人。

 

 

 23時40分 ミサトの執務室

 レイとミサトが執務卓を挟んで対峙している。

 「あなたは一体誰なの?」

 「……綾波レイ」

 再度問おうとしたミサトであったが、彼女の薄い笑顔を見て止めた。

 「何が望み?」

 「……私は綾波レイ」

 レイの答えにミサトは怪訝な顔をした。レイは続ける。

 「……私はレイだから、私の望みはレイの望み。レイの望みは私の望み」

 「……」

 にらむミサト。だが、レイは笑顔を全く崩さない。

 「……で、その望みっていうのは何?」

 「……」

 ミサトの目を見て微笑むレイ。ミサトはその反応にいらいらしつつ発令所への直通回線を開く操作を行う。だが、彼女は全ての回線が不通になっていることを知る。前日のMAGIのパターン青の反応が彼女の脳裏をよぎった。

 (まさか、第11使徒と同じ!?)

 ミサトの思考を読んだかのようにひときわ明るく微笑むレイ。

 「葛城三佐、お尋ねしたいことがあります……」

 その瞬間、ミサトは強烈な光に包まれるのを感じた。

 

 

 23時45分 発令所

 「一体どうなってるんだ!?」

 日向の苛立ちを込めた叫び声もあわただしい喧騒にかき消されてしまう。

 いまや、彼はパターン青を示す警報と警告表示に囲まれていた。

 「場所はまだ特定できないのか!?」

 「依然、不明!」

 青葉に叫び返されてマヤに向く。

 「葛城三佐からの応答は?」

 「まだありません!」

 「松代との連絡は?」

 「依然、不通!」

 「クソッ、反応から5分以上経つのになんで位置が割り出せないんだ!?」

 「何で外部回線が不通になってるのよ!?」

 

 不意に全ての警報と警告表示が消えていく。降りてきた静寂の中で青葉とマヤだけがキーを叩きつづけていた。

 

 『人工知能バルタザールより現警報に対する審議が提起されました』

 

 「クッ、またなのか?」

 サブスクリーンをにらむ日向。前日の事が思い出される。経過は同じだった。だが、結論は異なった。

 

 『  メルキオール = 棄権

    バルタザール = 賛成

    カスパー   = 反対  』

 

 再度審議を始めるMAGI。青葉が叫ぶ。

 「位置特定! 本部棟内……葛城三佐の執務室です!」

 マヤも声をあげた。

 「駄目です! 葛城三佐との回線は正、副、予備およびLAN、携帯を含め一切が不通です!」

 MAGIが先ほどと同じ審議結果を表示する。

 日向が立ち上がった。

 「葛城三佐の所へ行く! 保安部と施設部から要員をまわしてもらってくれ!!」

 残る二人の答えを確認もせず飛び出していく。

 その背後でMAGIが三度目になる全く同じ回答を表示した。

 

 

 23時50分 ミサトの執務室

 光に目が慣れてくるのと同時に、荘厳な合唱曲が聞こえてくる。印象強い弦のストリングス。重厚な合唱。ミサトはその曲名を思い出すと同時に不愉快になった。

 (モーツァルトの『レクィエム』"Confutatis(呪われしものどもを罰し)"、か……皮肉かしら?)

 周囲の光景は執務室のそれではなかった。

 視界を遮る吹雪。厚く積もった雪。ミサトには覚えのある光景だった。

 (ここは……南極?……まさか!)

 嫌な予感を感じて振り返る。そこには……

 (翅……光でできた四枚の翅……セカンドインパクト当日の南極!?)

 「葛城三佐……あなたにとって使徒との戦いとは何ですか?」

 突然の問いかけに振り返ると、レイが立っていた。

 若干の逡巡。

 「…………人類を守るための……」

 答えかけたミサトの視界の端を何かが横切って行く。それが何であるかを理解した瞬間、彼女は絶句した。

 (……お父さん!)

 それは重傷を負ったミサトを抱く彼女の父の姿であった。

 冷静な、しかしミサトには微かな嘲笑が混じっているように思えてならない声が響く。

 「父の復讐ではなかったのですか?」

 レイを睨み殺さんばかりの視線で射抜くミサト。だが、彼女にはレイの問いかけに反駁するだけの事実の持ち合わせはなく、口をつぐむしかない。

 歩き去るミサトの父の後姿を見送るレイ。やがて吹雪に遮られて見えなくなってからレイはミサトの方に向き直った。

 「……では、葛城三佐にとっての私の存在とは何ですか?」

 迷うミサト。ためらいながら口を開く。

 「……人型汎用決戦兵器エヴァンゲリオン零号機専属操縦者」

 「そう、私はエヴァの部品なのね……」

 「……作戦部所属のパイロット」

 「そう、私は葛城三佐の道具なのね……」

 フォローしようと口を開くたびに追い詰められていくミサト。紅い瞳に射すくめられる緊張から、喉がからからに乾いて声を出すのに努力を要する。

 「……シ、シンジ君の……クラスメート」

 レイはそっと目を閉じる。

 (……碇君……あたたかい……私に安らぎをくれるヒト……ひとつになりたい……でも……)

 目を開くレイ。その瞳には先ほどとは少し違う光が宿っていた。

 「……私は私。碇君じゃない」

 「……い、碇指令の……」

 「私はあのヒトの人形じゃない!!」

 ミサトが静止しかかった頭でほとんど考え無しに口走りかけたところで、レイは声を荒げた。ミサトは目を見開く。うつむくレイ。だが、次に顔を上げた時、彼女の表情は元の薄い笑顔に戻っていた。

 

 「赤城博士は私に『憎悪』を見出すことで自らの行動の糧としていました」

 ミサトの脳裏をダミーを破壊するリツコの姿がよぎる。

 「弐号機パイロットは私に『自分の影』を見出していました」

 『私の事……知ってるんでしょ?』 対サンダルフォン戦の後の温泉での会話を思い出す。

 「……では葛城三佐は私に何を見出したのですか?」

 「わた……し?」

 固まるミサト。

 

 

 『……彼女は?』

 『例の調査団のただ一人の生き残りです。名は葛城ミサト』

 『葛城……? 葛城博士のお嬢さんか……』

 『はい。もう2年近くも口を開いていません』

 『ひどいな……』

 『それだけの地獄を見たのです……身体の傷は治っても、心の傷はそう簡単には治りませんよ』

 『そうだな……』

 

 扉の外で交わされる会話に顔を上げるミサト。

 (扉……?)

 そこはもう吹雪に閉ざされた南極ではなかった。

 「この部屋って……」

 白ずくめ、ぶつかっても怪我をしないように柔らかいウォームウレタン入りの壁と床。かすかに感じる機械動力特有の振動と平衡感覚に作用するヨーイングとが、ここが船の中である事を示している。

 ミサトにとって、ここには良い思い出はない。

 「……あなたは、私と重ねていたのではないですか?」

 紅い双眸がミサトを貫く。

 「彼女を……」

 レイはミサトの背後を指差す。ゆっくり振り返ると……

 「……!!」

 椅子が一脚。その椅子には白いパジャマを身につけた少女が膝を抱えて座っている。肩のラインを超える柔らかい黒髪。整った顔立ち。十年もすればかなりの美人になるだろうと思われる。だが、彼女の漆黒の瞳は空ろに開かれて何も見ていない。

 ミサトの思い出したくない過去の自分の姿であった。

 呆然と過去の自分を見詰めるミサトの背後からレイは続ける。

 「その過去の姿を私に重ね合わせたのね?」

 「……そんなことないわ」

 「他人と接触しようとしない私の姿に過去の自分を見出したのね?」

 「……そんなことない」

 「だから同情しようとしたの?」

 「……違う」

 「疎ましく思ったのね?」

 「……違う」

 「だから私が他人を拒絶する姿を見るのが嫌だったのね?」

 「違う」

 「だから碇君を通して私を見ようとしたのね?」

 「違うわ」

 「だから碇指令を通して私を見ようとしたのね?」

 「違うわ!」

 「葛城三佐にとって私は無視したい存在だった?」

 「そんなんじゃない!」

 「その態度を変えさせたい存在だった?」

 「そんなんじゃない!!」

 「入院した弐号機パイロットに会いたがらなかったのも同じ理由?」

 「そんなんじゃないわよっ!!!」

 

 

 24時00分 コンビニ近くの廃公園

 「……碇君」

 すでにサンドイッチを食べ終え、さりとて立ち去る気分にもならずブランコに腰掛けたまま黙って月を見上げていた二人。満月から目を離すことなくレイが呼びかけた。

 「……何、綾波?」

 答えるシンジも満月から目を離そうとしない。

 「…………私といて、楽しい?」

 「えっ?」

 視線をレイに移すシンジ。目を細めて月光を浴びる彼女は美しかった。だが、シンジはその紅い瞳になぜだか不安定なものを感じる。

 「………………私といて、うれしい?」

 「……綾波?」

 俯くレイ。その彼女の揺れる瞳を見てシンジは朝食の時の考えがよみがえってきた。

 (……綾波、もしかして……)

 そっと彼女の肩に手を置く。

 「綾波、もしかして……寂しいの?」

 弾かれたようにシンジに顔を向けるレイ。

 「……! 寂しい?」

 やさしい笑顔で頷くシンジ。それを見てレイは頬を朱に染めて視線をさまよわせた。だが、しばらくすると元のように俯いてしまう。

 「……わからないわ」

 彼女の態度に一時は明るくなりかけたシンジの気持ちであったが、俯く彼女を見て、またしぼんでしまう。

 (綾波……やっぱり僕では駄目なのか。それとも『二人目』の記憶が必要なのか……いや、逃げちゃダメだ、綾波は以前の僕と同じ気持ちを味わっているんだ……)

 「……綾波は僕といるとどう感じるの?」

 優しく問いかけるシンジの瞳を恐る恐る見るレイ。彼女の心に今朝感じた感情が浮かんでくる。それを口にしようとするがうまく言葉にならない。2,3回口をパクパクさせると、しばらくの間考え込む。

 「…………暖かい」

 「……えっ?」

 小さな声でつぶやくようにレイ。シンジは耳を寄せる。

 「……………………暖かくて、気持ちがいい……」

 俯いて自分の足のつまさきを見つめながら、それでも頬を紅潮させて話すレイ。シンジは心の中に何か暖かいものが広がるのを感じた。だが、そのレイの表情はたちまち曇ってしまう。

 「……でも、わからないの」

 「えっ?」

 「……なぜそう思うのかわからないの……私、それを望んでいる……望んでいると思う……でも、なぜそう思うのかわからない……」

 「綾波……」

 その痛々しいまでの表情にシンジは掛けるべき言葉が見つからない。

 「……なぜそう思うのかを考えると、その先に私ではない誰かを感じる」

 「……」

 「……私は碇君を知らない……でも、碇君を知っている誰かを私の中に感じる。私の感じている心地好さは、一体誰の物なの?」

 「……」

 「……私が感じている心地好さ……それは私のものではないのかもしれない……『本当』の私は心地好いとは思ってないのかもしれない……でも、碇君といたい……『寂しい』……それは『心』が『痛い』こと……『寂しい』のは嫌……私、どうしてしまったの?……私、どうすればいいの?」

 いつのまにかレイはシンジの腕にすがりついていた。迷子の子供のような不安でいっぱいの瞳でシンジに救いを求める。

 「綾波!」

 鈍い彼にしてはその時取るべき行動を間違えなかった。

 一挙動で立ちあがるとレイの手を引いて立ち上がらせ、思いっきり強く抱きしめる。

 「……!」

 呆然と抱きしめられたまま立ちすくむレイ。

 

 

 24時10分 ミサトの執務室

 自らの心の行先が見えず呆然と座っているミサト。その姿を見つめるレイ。しかし、そのレイの表情は常に無く苦い。

 (なぜ? なぜMAGIを制御しきれないの? なぜ私の介入を拒むの?)

 発令所ではいまだにMAGIが同じ審議を繰り返していた。

 目を閉じて何かを探るような仕草を見せる。

 (カスパーが私に抵抗してる……そう……未だに忘れられないのね"ばあさん"?)

 散らかった執務卓に置かれたボードコンピューターに目をとめる。

 (あれね……)

 瞬間、レイの瞳が怪しく輝くとボードの背面パネルに青白い火花が走り、システムがダウンした。

 「クスッ……」

 

 

 24時13分 発令所

 無限に続くかと思われたMAGIの審議に変化が起きた。

 

 『……可決。本決議に基づき現警報は誤報と判断され、本件に関する記録は一切が消去されます。全システム通常モードに移行……』

 

 「な、何が起こったの?」

 誰へともなく問いかけるマヤ。無論、答える者などいない。

 呆然としてサブモニターに表示されたMAGIの模式図に見入る。

 だから彼女は気がつかなかった。結審とほぼ同時にネットからミサトに渡したボードが強制ログアウトしたことに。

 

 

 24時15分 ミサトの執務室

 「葛城三佐……あなたは一体何を望んでいるの?」

 レイの問いかけと同時に風を感じて顔を上げるミサト。そこは第三新東京市の上空1500メートルといったところか。夕暮れの時間帯で、長尾峠にかかる夕日が投げかける残照が、街全体を朱に染めている。

 「この街を守ることで何を望むの?」

 「……」

 「使徒を倒すことで何を望むの?」

 「……」

 「加持リョウジの『遺産』を引き継ぐことで何を望むの?」

 「……」

 「『真実』を求めることで何を望むの?」

 「……」

 「私にかかわることで何を望むの?」

 「……」

 「碇君の心を掴もうとして何を望むの?」

 「……私は」

 微かに震える声でミサトがつぶやくように言った。

 「確かに私は父の仇を討ちたいと思った」

 ミサトは顔を上げない。

 「私は確かにあなたの姿に私の過去を見出していたかもしれない」

 涙が俯いた彼女の頬を伝う。

 「あなたの態度を疎ましく思ったかもしれない」

 声が震える。

 「加持の協力を得て人類補完計画の……エヴァの真実を探ろうともしたわ」

 勢いよく顔を上げる。大粒の涙が零れ落ちた。

 「でも!」

 この瞬間、ミサトの感情が決壊した。血を吐くように辛そうに、それでも震える涙声で叫ぶように続ける。

 「でも、あなた達の為なのよ!!」

 「……人道主義?」

 レイの冷や水を浴びせるような声にもミサトは怯まない。

 「違う! 違うわよ!!」

 ミサトはレイの見透かすような紅い瞳を、その漆黒の瞳で射貫く。

 「私は……私はあなた達に希望を見出したのよ!」

 「……希望? 生き残るための?」

 「あなた達に未来を託したかったのよ……」

 「……未来?」

 周囲の景色が第三新東京市上空から、ミサトの執務室に戻る。

 「シンジ君……アスカ……そしてもちろんあなたもよ、レイ。私達は、あなた達に……わずか14歳の子供でしかないあなた達に多大な犠牲を強いてきたわ。たとえそうしなければ生き残れなかったという状況を差し引いたとしてもね。……そう、私達はそうする事しかできなかったにしても、その14歳の子供達を死地へと送り込み、自分達はその背後から指揮……指揮の真似事しかしてなかった。」

 大粒の涙をこぼしながら話すミサトを見詰めるレイ。彼女の表情は、いつしか笑みが消え、まるで『本当』のレイの様に無表情であった。ミサトは両の拳を握り締め、俯いて嗚咽交じりの震える声で続ける。

 「碇指令はあなた達を人として扱おうとしない……目的達成のための道具としか見なしていない……リツコはあなた達をエヴァの付属物と見なしている……そればかりかあなたとシンジ君に対して個人的な『復讐』をぶつけたりした……私はその二人のする事を止めもせず、それどころか指をくわえて見ている事しかできなかった。『戦術作戦部作戦局第1課長』ですって?……大層な肩書きだこと……笑っちゃうわよね……私のやった事と言えば『戦争ごっこ』もいいところよ……あなた達を『駒』にしたね……おかしいわよね……クッ……ククククク……」

 壊れたかのように低く笑うミサト。俯いていたのでその表情は伺えなかったが、顔の下あたりの指揮卓には涙で小さな水溜りができていた。ひとしきり笑った後、また話し始める。

 「だから……こんな……こんな駄目な大人達に関わってしまったあなた達にはどうしても幸せになって欲しかった……私にできる事といえば平和到来のためにあなた達が使徒を一刻も速く倒してしまうための条件を整えてあげる事と、その平和を脅かす可能性がある『人類補完計画』を探る事、そして今日の状況を齎したセカンドインパクトの真実を暴く事……これくらいなのよ……確かに父の復讐から始めた行為よ……でも……今ではこれが……正しい……事……と……思……」

 最後の方は切れ切れになって、ついには机に伏して泣くミサト。レイはしばらくの間その姿を眺めていたが、ふと声に出してぶつやいてみた。

 「……希望……未来……幸せ……」

 その声には多分の羨望と微かな諦観の情が含まれていた。もしミサトがレイの顔を見ていれば、辛そうにするレイを見た事だろう。

 ややあって大きなため息をつくレイ。

 いつしか背後に聞こえていたレクイェムは、"Lacrimosa(涙の日)"に移っていた。最後の重厚な『アーメン』の合唱にかぶせるようにレイはつぶやく。

 「……希望……そう、そうなのね……ならばいいわ……」

 踵を返し、数歩か歩いたところで立ち止まる。そして振りかえらずに言った。

 「さよなら」

 自分を"影"にしてディラックの海を形成すると、その中へと消えていくレイ。

 

 

 レイがいなくなった事でようやく扉を開ける事に成功した日向と保安要員がミサトの執務室に飛び込んでくる。だが、彼らが見出したのは机に伏して泣くミサトの姿だけであった。

 

 

 24時30分 航空自衛隊第二新東京分屯地(第二新東京国際空港E滑走路)

 ターミナルビルから一番離れたこのE滑走路まで送ってきた黒塗りの高級車から降り立つ二人。そのまま照明によって明るく照らし出されたNERV連絡用VTOL機へと進む。

 手にしたファイルに目を落としながら冬月は問いかけた。

 「しかしいいのか、碇?」

 タラップに足を掛けた碇ゲンドウが立ち止まる。

 「ああ、問題無い」

 「そうか? 委員会直々に送り込んでくるんだぞ? 何か裏があるのではないか?」

 納得していない冬月に碇はつぶやくように言う。

 「現時点でセカンドチルドレンの回復の見込みは無い。まもなく最後の使徒が来るというのに弐号機を遊ばせておくこともできんよ。この状況でフィフスチルドレンを断ったら委員会に要らぬ口実を与えることになる」

 「しかし……なぁ……」

 再度、手にしたファイル……フィフスチルドレン発見を報告するマルドゥック報告書を意味も無くめくってみる冬月。第二新東京市での日本政府との折衝の場にわざわざ届けられたものである。それも委員会からの直で。冬月には何かゼーレの『本気』というようなものが感じられてならなかった。

 「必要なカードはすべて我々の手の中にある。老人達には何も……」

 そこまで言ってゲンドウは口を閉ざした。次の瞬間二人と連絡機を爆音が襲う。冬月が思わず見上げるとちょうどその真上をRF-4偵察機が連絡機のぎりぎりでフライパスしていった。

 「……やれやれ、嫌がらせか……露骨なことだ。嫌われたものだな、碇?」

 意味ありげな含み笑いと共に冬月。だが、ゲンドウはそれには取り合わず、遠ざかっていく偵察機を眺めてポツリとつぶやいた。

 「……あんな骨董品がまだ飛んでいるとわな」

 皮肉気に口元を吊り上げるゲンドウ。冬月は苦笑しつつ説明する。

 「ここの部隊は対サキエル戦の時に壊滅したからな。いかに新首都の防空基地とは言え内陸の基地など価値は低いから未だに元の通りというわけにもいかず、あんな骨董品を引っ張り出さざるを得んのだろう……戦自には恨まれてるだろうな」

 それはともかく、と中置して続ける冬月。

 「いずれにせよフィフスの少年は3日後には第三新東京市に到着するそうだ。お前はずいぶんと強気なようだが……まあ、俺につまらん仕事が回ってこないようにしてくれ」

 冬月の言葉を聞いてゲンドウは口の両端を吊り上げて見せた後、そのまま機体に乗り込んだ。冬月も苦笑しつつそれに続く。

 

 

 24時15分 コンビニ近くの廃公園

 シンジに抱きしめられて呆然としているレイ。

 ふと彼女は自分の頬に熱いものが伝うのを感じた。

 (……これは何?……涙?……私、泣いてるの?……)

 (……涙……悲しいときに流すもの……私、悲しいの?)

 すぐ横にあるシンジの顔に目をやる。

 

 『綾波が生きててうれしいから泣いてるんじゃないか』

 

 レイの胸の奥に鋭い痛みが走る。

 (今のは何?……記憶?……何時の?…………誰の?)

 (とても大切なことのような気がするのに……思い出すのが怖い……思い出してしまったら、私は『私』でいられるの?)

 三人目としての『心』と二人目の『記憶』が責めぎ合う。どちらが本当のシンジへの想いなのかと。

 (……怖い……でも、暖かい……)

 シンジを抱き返す腕に力を込めるレイ。満月が二人を柔らかく照らしている。

 (……満月……白い月……蒼い光……やさしい光……満ちたるモノ……そして、これから欠けていくモノ……)

 レイの心に残る微かな翳り……

 

 

 

第四日目前編に続く                


Please Mail to 桔梗野聡視 <asj1117@mail.interq.or.jp>



第三日目中編へ Contributions 第四日目前編へ
Top Page

Received Date: 99.1.10
Upload Date: 99.1.11
Last Modified: 99.2.2
inserted by FC2 system